大洗女子 第64回全国大会に出場せず 【改訂版】   作:エドガー・小楠

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第15話 未成戦車のコンバット・プルーフ

 

 

 

「ふーん。でも秋山にハンガリー戦車を買わないかと言ってきた営業は、他のも勧めていったらしいけど」

 

 ナカジマは「戦車もクルマ」と考えている。だからレオポンも動力性能を上げることだけ考えて、走りのチューニングをしてきた。攻と防はすでに十分と思っている。

 

「さてそれだ。

 ハンガリーの戦車道では、自国戦車だけの戦車道チームはないそうだな。安斎」

 

 まほが話を振った安斎千代美は、アンツィオチームを強化するためイタリアに出向いて戦車を買い付けしてくるほど、ヨーロッパになれている。

 もちろん中小国の事情にも詳しい。

 

「ふーっ。まずさ、Tas以前には『純国産』戦車ってハンガリーにはないんだよ。

 Toldiはスウェーデンのランツヴェルク社L-60Bのライセンス、そしてTuránの設計はシェコダだよ。これもライセンスだ。

 ハンガリーは本当はⅢ号の方をライセンスしたがっていたが、ドイツが認めなかった。

 ドイツの品質管理に合格できる工業力はハンガリーにはなかった。

 だからドイツはシェコダのLT35後継計画戦車の方をハンガリーに勧めた。

 知ってたんだろ? 秋山」

「……はい」

「いまでもハンガリーの現地では、そこらを掘ればToldiやTuránぐらい出てくるだろう。

 でも、向こうではⅢ号Ⅳ号やT-34が主流。理由は日本と同じ。

 よほど愛国主義の連中でもない限り、そう、そこの西の知波単だけが日本戦車を使うのと同じく、ハンガリー戦車を使う奴はいない。自国設計じゃないから日本よりさらに少ない。

 だから日本にもハンガリーの提携校はない。

 国際的評価もハンガリー戦車は『欧州のチハ』だよ」

「いちいち我が校を引き合いに出さないでください」

 

 少々西はむくれている。わざわざ紙装甲戦車を使う物好き扱いされたからだ。

 でもそれをアンツィオの安斎に言われる筋合いはない。

 

「悪気はないよ。

 ハンガリーが戦車を作っていたことが知られていないのは理由があると言いたいだけさ。

 イタリアと日本は自国設計自国生産だったから、末期にはなんとかⅣ号相当の戦車を試作するまでになっていた。

 だがハンガリーは自国設計の経験が全くないのに、いきなりゼロからティーガー相当の戦車を作ろうとした。できると思うか?

 ときにハンガリー人は宇宙人ではないかと言われるぐらい、優秀な人物を輩出する。

 フォン・ノイマンとか、ピュリツアーとか、ルービックとか、キャパとかチッチョリーナとか。

 でも自国にいても展望がないから外国に流出する。

 DD戦車を作ったシュトラウスラーも、ハンガリーにいたころ全部自分で戦車を設計したけど、ハンガリーの工業力にあわせてのものだったからてんでものにならなかった。

 結局、彼はイギリスに移住して各種水陸両用戦車を作ることになる」

「でも、末期で言うならⅣ号F2相当のTuránⅢができています」

 

 優花里は該博だ、だが彼女がくわしいのはいってしまえば「戦車史」だ。

 歴戦の戦車道選手のような、「戦闘機械」としての使い勝手という見方はしないし、ナカジマのような「コンペティションマシン」という見方も出来ない。勝ち負けにかかわらず、すべてのレーシングマシンが好きだというようなコレクター気質なのだ。

 

「できていたかもしれない。だろうと私は思っている。

 敗戦寸前ですべてががれきと化し、そのあとソ連が『革命』をした国だ。

 何でも最大装甲厚90mmだそうだ。それが23トンでできるか?

 シャーマンだって30トン超え、T-34初期でも26トンある。

 いいところ防循の一部だけで、あとはそれなりだろう。

 そもそも実物がまったくみつからないんだから、本当のところは全くわからない。

 私はTurán系列の前面装甲は50mm、TuránⅠは日本の一式チヘ、TuránⅢはその急造ぶりも合わせて三式チヌ相当と思っている」

 

 知っている戦車の性能で言えば、優花里よりも勝負の場に身を置き続けてきた安斎の方がよく理解している。かたや趣味の世界、かたや実戦を戦う兵士だ。

 

「Tasも同じだ。下北タンクディストリビューションとかが買い付けたTasというのは、おそらく現在も生き延びているガンズ社が設計図面を『解釈』したのかもしれない。

 ドイツ戦車と装甲厚の比率が同じになるように。

 だが仮に防循だけ120mmにしたとしても、あのデカい車体で38トンに収めるというなら、装甲はおそらくシャーマン無印未満だろうね。

 あの戦車は当初ソ連のV-2ディーゼルをリバースエンジニアリングしたものを積むという、初めから無理な計画だった。ドイツがHL230エンジンのライセンス契約を拒否したこともある。

 それにガンズ社はもう戦車復刻から手を引いている。部品も入らないよ」

 

 すべてに関わった優花里には、これでようやく相手の考えが理解できた。

 最初に身元を隠した人間が、身元をわからなくした資金を渡す。

 それでは戦車は買えないが、ちょうどいいタイミングで「訳あり品」をもって呼びもしていないセールスマンがやってくる。

 喜んで次回の全国大会にエントリーしてきた大洗を、汚名を雪ぐためのいけにえにするべく誰かが待ち構えている……。一度ぶちのめしてしまえば、あとは大洗女子には用はない。

 消えるなりなんなりすればいい。みほとともに……

 優花里はいいように踊らされてきたのだ。

 それはまだいい。相手は完全にみほの破滅を願っている。許せない!

 優花里は怒りで震えている。怒りをとおりこして、悔し涙がほほを伝う。

 

「優花里さん、どうしたの?」

「――西住殿、皆さん、聞いて欲しいことがあります!」

 

 

 

 優花里はいままで隠していたことまで泣きながら明かした。そして最後は号泣した。

 みほと華がなだめている。アヒルさんチームはなんともいいようのない表情をした。

 まほ、安斎、西の三人は顔を見あわせ嘆息している。ダージリンは珍しく黙っている。

 

「で、これからどうするの?」

 

 こういうときに話を先に進めることができるのは、角谷だ。

 むろんもう引退の身だから、差し出口はたたかない。

 

「もちろん、補助金なんか受け取らず、すべてを白紙に返すという方法もあります」

 

 口に出してはそういうが、みほはもちろん不服だらけだ。

 

「でも、これには政局がまたからんでる。

 下北タンクディストリビューションって、親会社の大間崎ホールディングともども『政商』っていうべき連中なの。だいたい『男』が戦車を商っている段階で真っ黒けでしょ?」

 

 愛里寿の口調が実年齢ではなく、精神年齢相応のものに変わる。

 

「例のカール『自動』臼砲って、辻と連中が結託して作ったものなの。

 リバースエンジニアリングや逆コンパイルどころか、中身は別物なのよ。

 本物は車体の外に砲兵が18人いてやっと撃つことができる。

 でもあれはフルオートで弾庫から砲弾を取り出し、自動ラマーが薬包を添えて装填するという、いつの時代のテクノロジーって代物。

 連盟だって本来は認めるわけがない。でも理事長は認めた。

 ――だってあれ、制作費は全部島田家の持出しだから。認めるしかないでしょ。

 お母様は弱り目に祟り目の西住流を潰す機会をうかがっていた。

 そこに辻が介入しようとしたの。大洗動乱の1ヶ月前に。

 西住みほと大学選抜隊の試合をセッティングして、もし可能なら姉の方も潰すから、そのための道具を用意するための資金をよこせって」

「ふん、やせているくせにやっぱりタヌキか。私に押されているように見せて、自分が望む方向に事態を持って行ったと」

 

 そういう割に角谷は悔しそうではない。実際、辻にとって邪魔な人間をすべてまとめて叩き潰すのなら、一番いいやり口だ。ひとつ勉強になったとだけ思っている。

 誤算があるとしたら、みほの側についた者が多すぎたことと、理事長が彼以上のタヌキで気が長い人間だったこと。現に戦車道連盟のサイトは辻の非を鳴らし、戦車道業界紙では辻が官製談合などの汚職に手を染めていると『思わせる』記事が載っていた。

 ふふふ、タヌキばかりだ。おじさんたちもそうだが、この島田親子も、元ダージリンもねぇ。

 そう思いながら角谷はまほの身を案じている。あんな直線的な思考で、魑魅魍魎がうじゃうじゃする利権だらけの世界でうまくやっていけるのかと。

 いずれはメスダヌキ候補生の角谷が、この姉妹の後ろ盾をやることもあるというつもりで、これから政治を修行しなければならなそうだ。

 

「でも単に長射程の自走臼砲が必要なら、うちには一切ルールに違反しないのがあったのにね。

 そう言ってくれればお母様も無駄な出費はしなくてよかったのに。

 結局一番お金をスッたのは島田の家ってことね。

 唯一の戦利品のウルトラレアボコも、結局あなたにあげてしまった」

 

 普段の無表情ながら肩をすくめて愛里寿はみほを見る。

 みほは完全に怒った顔だ。愛里寿ではなく大人たちに。

 なるほど、ここにいる人間すべてで逆襲をかけて、せめて手足になった下北タンクディストリビューションぐらいには痛い目を見てもらうか。と表情に出さず考える愛里寿は、もうひとり気になる人物の顔を見る。

 いまでは『もとダージリン』というべき女生徒は、シンボルである髪型をほどいて、緩いウエーブのセミロングにしている。

 だいたいなぜ彼女がここにいるのだろう。おそらく愛里寿自身と同じだろう。

 乙女のたしなみという金看板の裏側で行われる低レベルの争いにうんざりしているに違いない。

 ならば、と愛里寿は考える。今だけは同盟者に加えてもいいだろう。未来はどうなるかわからないが、母も含めた家元連中のような子供じみた勢力争いはしたくない。

 やるならもっと自分の精神が高揚するような戦いにしたいものだ。

 そんなことを見かけだけは中学二年生の大学戦車道第一人者は考えている。そろそろ、中二病を発症する時期でもあるし、背伸びがしたいのだ。してもまったく無意味だが。

 そして元・ダージリンがお決まりのセリフをつぶやく。

 

「……こんな話をご存じ?」

 

 

 

 

 

 

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