大洗女子 第64回全国大会に出場せず 【改訂版】   作:エドガー・小楠

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第20話 全国大会で待つもの

 

 

 

 仕掛けは上々だ。火をつければ勝手に燃え広がってくれる。

 もちろんその中心で火だるまになっているのは、大洗女子を血まみれにしようとした陰謀の実行役である『政商』たちだ。

 そしてついに衆議院でこの事件の事実関係を調査する特別委員会が設けられ、大洗動乱以来の激震が霞ヶ関を襲っていたちょうどそのころ、第64回戦車道全国高校生大会の組み合わせ抽選会が、お台場の大型ホールで開催された。

 果たして渦中の大洗女子がエントリーするのか、そして初戦の相手はどこなのか。

 

 大洗女子は今年も出場する。

 そう聞いた戦車道界隈の人々は、これで大洗女子の「伝説」もとうとう終わりだと思った。

 強化された黒森峰、センチュリオンMk.2主力の聖グロリアーナ。

 M26パーシングを主力とし、さらに主砲を73口径90mmT15E1にしたT26E1/1(欧州戦線増加装甲装備)、T15E2装備のT26E4、ティーガーⅡ並みの重装甲試作型T26E5の現物、それら合計で1個大隊分を装備するサンダース。

 そしてIS-3とT-54/1946にすべてを刷新したプラウダ。

 そしてこれらの強豪は、大洗に持てる力の120%で当たるつもりでいる。

 一方昨年の32傑のうち8人が卒業し、補充の1年生は全国水準に達していないと推測され、戦車も昨年と同じまま、士気においても背水の陣だった昨年並みとはいかない大洗女子は、相手によっては1回戦敗退もありえるのではと噂されている。

 そして、この日の1番くじは黒森峰だった。逸見エリカが壇上に進み、箱からカードを取る。

 

「黒森峰女学園、1番!」

 

 掲示スクリーンのトーナメント表の一番左のボックスに『黒森峰女学園』の文字が映った。

 壇から降りる逸見の向こう側から顔を伏せたままのみほが歩いてくる。2番目にくじを引くのは大洗女子なのだ。みほは逸見の顔を見ず、沈痛な面持ちのまま壇上に上がる。

 くじを引くみほを、観客席にいる全員が注視する。みほは静かに引いたカードを掲げた。

 

「大洗女子学園、2番!」

 

 会場はどよめきに満たされた。いきなり黒森峰のリベンジマッチになったからだ。

 だれもが昨年の知波単学園のように一方的に撃破される大洗女子を脳裏に描いた。

 しかし、みほは無表情のまま粛々とくじを引き、高く掲げたときも無表情で通した。

 そして大洗女子の面々は、黙ったまま会場を去ると戦車喫茶にも寄らず直帰してしまった。

 

 こうして逸見は、呆然とルクレールで待ちぼうけを食わされたのだった。

 

 

 

 

 

「……いつも思うんだけど、たぶんカードは初めから決まっているんだと思う。

 だって高校生大会に限れば、四強同士は準決勝でしか当たらないんだから」

(なお無限軌道杯ではその限りではなかったが、四強以外でも戦車をインフレさせた学校もあったので、かなりグダグダなマッチングでモーレツな展開になり、客から見れば面白かった)

 

 秋葉原駅から「つくばエクスプレス」に乗った大洗女子の面々。

 ボックス席の一角で、みほはそう切り出した。

 

「だって、カードの入った箱をだれもあらためていないでしょ。

 持ち上げてもいないし。そもそも装甲板の再利用の箱だし。

 今日私は、手でかき回してから引いたのよ……」

「では西住殿。これも誰かが、というより私に電話してきた人の仕業だと?」

「……信じたくなかったけど、もうまちがいないよね」

 

 華はこの日、珍しく車内で何も食べていない。ペットボトルのマテ茶だけである。

 

「でも、今回はそれが裏目に出るわけですのね」

「だから一番いいのは謀略で陥れ、次善は連携を断つ。下策は直接戦うこと。

 ……って角谷さんが言ってた」

「角谷元会長は、本当に孫子が好きだな」

 

 麻子は「魏武帝註」も「十一家註」もそらで全文暗唱できる。

 もちろん言葉を知っているだけでは何もならないこともわかっている。

 ピーター・ドラッガーの『マネジメント』も似たようなものだ。

 

「今回の作戦は、愛里寿ちゃんと角谷さんが共同で考えたの。

 私だけでは、戦車道をたたむことしか思いつけなかったね。きっと……。

 ……試合の勝ち負けではなく、どのような結果になっても「私たち」が「勝つ」。

 私たちが決して「負けない」戦略が、もうできあがっている。

 もうこれから起こることを、私たち以外の誰も止めることはできないの。

 そう、これからだから。私の、そして大洗の戦車道が完成するのは」

 

 沙織は黙ったまま、車内Wi-Fiにタブレットをつなぎ、あちこちと何かをやりとりしている。そしてなにかの書面らしきものを何シートもこしらえている。

 それを見ながら、みほは複雑な微笑みを見せている。

 

 

 

 東京にいるみほたちより、夕暮れが一足早く訪れる大洗港区。

 桟橋にその身を静かに横たえる学園艦の舷側を、夕日が赤く染めるころ。

 

 大洗女子の戦車倉庫に、三年生になったツチヤを初めとする自動車部の面々が集まっている。

 この倉庫に一時だけいたTasがいなくなって数ヶ月。ここの戦車はもとの8両に戻っている。

 その中の主戦力、Ⅳ号戦車D型改H型仕様とⅢ号突撃砲F型に今装備されている主砲は、オリジナルのkwk40やStuk40といった48口径75mm砲ではない。マズルブレーキがドイツ戦車特有の二段式ではなく、筒状の太く短い鋼管にスリットが開けられたものになっている。

 

「意外と苦労しないでつけられたのは『意外』だったね」

 

 この砲、ドイツで実現した口径漸減砲Pak41は、55mm径のタングステン・カーバイトの侵徹材のまわりに軟金属でできた傘状の『フランジ』をとりつけて75mm弾としたAPCNRという特殊砲弾を撃つことにより、少ない発射薬で高初速を与え、軽量の徹甲弾で大口径砲と同等の威力をもたせたものである。

 構造はマズルブレーキを含む先端部、75mmから徐々にすぼまって出口では55mmになる中間砲身部、駐退復座機と閉鎖機や薬室、砲耳からなる後部の3つに分離できる。

 なぜそのような分割構造なのかと言えば、中間部砲身にかなり無理がかかるため約400発撃つともう使い物にならないからだ。だから砲全部を引き抜かなくとも寿命の短い部分だけ簡単に交換できる仕様になっている。そのため今回の砲自体の交換も、後部だけ外して行えた。

 中間部砲身はモリブデン鋼でできており、その構造のせいで工作にも手間がかかる。タングステンもモリブデンもドイツ国内では産出せず、やたらと消耗品に使えたものではなかった。

 ゆえに費用対効果の最悪なこの形式の砲はごく少数しか作られず、砲弾もあまり作られなかったので、射耗すると簡単に捨てられてしまった。

 

 自動車部の一人が、外されたⅣ号の主砲とⅢ突の主砲を眺めている。

 

「ねえツチヤさん。この2門の75mmって同じ砲身、同じ弾薬を使うんでしょ。

 でもなんか作りが違うね」

「うん、それは積み方が違うから。駐退復座機の配置がちがうでしょ。

 Ⅳ号用は砲身をはさんで左右に1つずつ、Ⅲ突用は上に2つ並べてる。

 それにⅢ突用は砲自体が少し旋回するようになってる」

「ヘッツァーが積んでるのも、同じ砲なの?」

「実はね、少しちがうよ。車高の低い駆逐戦車に積めるように最適化されてる。

 だからⅣ号用がkwk40、Ⅲ突用がStuk40、ヘッツァー用はPak39。

 この他に、というかこっちがベースなんだけど地上牽引砲がPak40っていうんだ」

「何か違うの?」

「うん、車載型に改造された時点で、閉鎖機と薬室が新たに設計し直されたんだって。

 だからⅣ号とⅢ突とヘッツァーは同じ弾を使えるけど、地上用のPak40には戦車用の弾は使えない、逆ももちろんダメだって秋山さんが言ってたからそのとおりなんじゃないかな」

「ふーん……。地上の大砲ってそのまま戦車に使えないんだ」

「戦車道では使えない車両だけど、マルダーとか車台の上に対戦車砲をポン付けしたものなら地上用の砲弾を使うんだそうだけどね」

「でも、だったらこのゲなんとか砲、よくⅣ号とⅢ突に積めたねー」

「そこは『腕と戦術』だよ。自動車部のね」

 

 外はすでに夜のとばりがおり、満天の星空となっていた。

 しばらく雨天続きだったので、ひさしぶりの光景だ。

 

 

 

 

 7月、まだ梅雨明け宣言の出ていない、しかしすでに初夏のある日。

 第64回戦車道全国高校生大会の火ぶたが切られた。

 黒森峰対大洗女子戦の会場は、ふだん民間人の出入りができない防衛施設庁下北試験場のある、青森県猿ヶ森砂丘。鳥取砂丘をしのぐ、日本最大の砂漠地帯である。

 

 

 

 猿ヶ森砂丘は幅2km、長さ17kmの海岸沿いの砂漠地帯。

 遮蔽物は全くない。当然のことながら砲戦力がまったく劣勢の大洗は連盟競技部に異議を申し立てたが、理由がないとして却下された。

 

 試合開始前、定例の両軍隊長、車長たちによる礼が行われた。

 南端と北端に位置するそれぞれの戦車隊にもどる前に、逸見がみほに言う。

 

「これでは奇策もなにも通じない。悪いけど覚悟してもらうわ。

 私たちは大洗女子を対等以上の敵と認識している」

 

 もちろん逸見は期待もしている。おそらくみほは自分が想定していない「腕と戦術」を駆使してくるだろうと。しかしみほは、ただ寂しそうに「エリカさん。ごめんね」と答えただけだった。

 彼女からは戦いに望む高揚感も、運命に立ち向かう悲壮感も感じられなかった。

 逸見は、自分の足下に真っ暗な穴が大きく口を開けているかのような気になった。

 いったいなんなんだろうか。

 みほからは、すべてに向けた悲しみしか感じられない。そして彼女がこれから戦うのは自分や黒森峰ではないかのような、ここの砂漠のようなむなしさすら感じるのだ。

 まるで、季節が冬に戻ったかのように。

 しかし今日はこの会場に、西住宗家、しほ家元も来ている。

 大洗が生け贄同然となっても、『王者の戦い』を見せねばならないのだった。

 

 

 

 試合会場、猿ヶ森砂丘では、両軍と競技役員が試合開始に向けてタイムスケジュールどおりの準備を進めている。ここまではすべて手順どおりだ。

 試合経過時間を示すデジタルクロックが、マイナス10分を示している。

 カウントダウンが始まる。

 9分前、8分前、7分前、6分前……

 異変が起きたのはそのときだった。5分前まで進んだ時計が止まった。

 そして時計の表示そのものが消えてしまった。

 観客たちが騒ぎ出した。

 

「どういうことだ?」

「なんかビジョンに表示されたぞ」

 

 オーロラビジョンには黒地に白文字で『しばらくお待ちください』とだけ表示されている。

 観客席にいた西住しほは、何か尋常ではない事態が起きたのだと理解した。

 競技本部が競技の進行を止めている。

 しほが見た限り何の問題もないはずだ。5分前で進行停止などということはありえない。彼女がそう思ったとき、競技時計の表示が5分前にもどった。

 オーロラビジョンに大きく表示されていた『しばらくお待ちください』の表示が消えて、再び地形図と相互の配置が写った。しほもこれでトラブルは終わったものと考えた。

 しかし次の瞬間、彼女を含めた観客全員が驚いた。

 

 

 

 オーロラビジョンには『試合終了』と表示されたのだ。

 

 

 

 

 

 

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