暇を持て余した獣々の遊び   作:のっぺりだらり

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ガチバトル前夜祭

ふと疑問に思うことがある。空というものは一体どこからを指してそう呼ぶんだろうか。

 

雲より上だろうか。山より上だろうか。人々が見上げる高さだろうか。明確な距離でも示されているのだろうか。あるいは地表から離れればそれはもう空と呼ばれるのだろうか。

 

これらはなんだか禅問答じみていて、捉えどころのない空虚な疑問だ。

 

地と空には、まるで明確な線引きがない。

 

ならば海はどうだ。

 

考えてみれば、これほどわかり易いものもない。

 

波、水、潮。どういった定義でもいいが、それさえあれば海であるし、それさえあれば線引きがなされる。

 

地と空にはない線引きが、海と空にもないけれど。

 

地と海には移ろい行くも、明確な線引きがある――境界。

 

人間は海と生き、時に海で死ぬ。海は大地と共にありながら、生と死を同時に内包する近隣の異世界そのものではないだろうか。

 

そしてその異世界との境界では、あらゆる事象が渦巻いている。

 

例えば静穏。海の音である潮騒は、周囲が静穏で包まれていればいるほど、それを際立たせることが出来る。まさに清音。

 

例えば喧噪。夏の音がある浜辺では、乱痴気騒ぎと決まっている。これは悪側面、不協和音だ。

 

例えば別離。死の音がする波打ち際は、緩やかな暴力で人々を苦しめ、時には繽紛たる本性を惜しげもなくさらけ出す。

 

そして邂逅。別れがあれば出会いもある。そんな稚拙な文言も、境界では侮れないものとなる。

 

有り得ない者同士が、有り得ない出会いを交わすのもまた、狂った境界の成せる業だといえよう。

 

一人の男が海辺(きょうかい)にいる。一人の男が海辺(きょうかい)へ行く。それだけの単純な行動は、誰にも知られることなく『海の嵐』を奏でようとしていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「ハァアァア~~ッ、と」

 

場所は港。簡易椅子に腰を下ろし、陽気なアロハシャツを身にまとった男は、ただぼう、と海の方を眺め、欠伸をこいていた。

 

いや、この言には語弊がある。正しく言い直すなら、海に目掛けて向けられた竿からは、当然のことながら糸が垂れ下がっている。なにも地獄から誰ぞかを吊り上げてやろうとしているのではない。無論釣りをしているのだ。

 

しかしどうだろう。この男がまんじりとも動く気配のない浮きを観察することに飽き、目端に留めながらも停泊された漁船を見ているんだかいないんだかわからない表情で、じっとしているのだ。概ね間違いでもない。

 

耳には大仰なピアスを付け、特徴的な青い髪は後頭部で一つに纏められている。一見だらしなく丸まっている背中は、見る者が見れば只ならぬ武芸者であることは隠しきれまい。

 

釣竿を支える腕は美しい筋肉で構成され、全身とのバランスも相まって、まさに肉体美と呼ぶに相応しい。きっとタイツのようなボディラインを強調する衣服でも身に纏えば、婦女子からの人気も手堅いものだろうに。

 

そんな浮世のことを忘れたように呆ける男の傍らには、一つのバケツがあった。

 

どうせ大した獲物など入っているまいし、中身を確認する必要さえないだろう。

 

かようなことさえ感じさせる停滞は、もうかれこれ一時間になる。

 

男の眼球に映る、使われているのかも分からない漁船は、まるで主を待つ忠犬のように健気だ。

 

そうして男が、この時期にはもうそろそろ水位が上がり始める頃だな、などと毒にも薬にもならない他し事を考え始めていた頃だった。別の一人の男が、この静も動もあったものではない港に、異質な様相で歩いてきたのは。

 

少年――だろうか。橙色に染められた毛髪に片袖のないロングコート。剥き出しの左腕部にはタトゥーのようなものが入っている。

 

表情は緩く、咥え煙草で肺を燻しながら、港へと向かっていく。

 

およそ柄の悪さを詰め込んだような外見はとても軽薄で、しかしどうしてかただの不良風情には見えない。そんな異質さを伴っていた。

 

少年は、そのまま真っ直ぐ男の隣へと来ると、徐に横へ腰かけた。腰掛けたといっても、いわゆるヤンキー座りである。

 

そしてバケツの中を覗き込むと、まるで自分に興味を示さない釣りの男に、軽々と話しかけ始めた。

 

「アンタ、さっきから暇そうにしてるけど、ここいらってのは不漁なのかい? だとしたらご愁傷サマだな。けどこのバケツも大概かわいそうだぜ、物を入れるって役割の為だけに生まれてきたのに、それすら満足に与えられてないんだから」

 

挑発のつもりだろうか。初対面の人物に対してあまりに太々しく、直球的に少年は自分なりの感想を告げた。

 

そしてようやく男は少年を一瞥し、聞いていたのかすら怪しい返答を以ってそれに応じる。

 

「今日はまた妙な奴が来たもんだ。嘆かわしいねえ、ここには俺意外まともな奴は来ないらしい」

 

「今までどんな連中が訪ねてきたのか知らねえけど、俺はまともだろ。滅多なことを言うもんじゃないぜ」

 

すると興が乗ったのか、暇を持て余していた男は徐々に饒舌になっていく。

 

「んことねえぞお前。ここ来んのなんて釣り具を買いもせず不正にコピーしてやがる贋作野郎に、金に物言わせて上等な釣り具さえあればどうにかなると思ってる金ピカだろ、それとちょうどお前みたいに橙の頭したガキだけだ」

 

「へえ、そりゃあ面白そうだ。アンタにそこまで言わせるんだから、大した連中なんだろ」

 

そう言って少年は、例のバケツをひょいと持ち上げた。傾いだバケツからは、その中身を伺うことが出来る。すると意外、ゆうに10匹は越えようという魚が、積み重なるように入っていた。

 

多くは小魚ばかりだが、中には鯵や鯛のようなものまで見える。よくこの場所で釣り上げたものだ。

 

「けッ、大した連中なものか。あの金ピカなんか釣った魚は食わぬーとか抜かしやがって、俺のバケツん中へポイだ。ああいうやつが釣りをするってのは認めねえ……!」

 

それでも貰った――もとい押し付けられた魚を律儀にも受け取っている様子を見るに、無駄を好まぬ男なのか、はたまた欲を捨てきれぬ男なのか……。

 

「へえ。じゃ実際アンタは全然釣れてないんだな」

 

これでも少ないと思ったんだけどよ、とこぼす少年の目は、しかし反対にそのバケツの中を注視していた。

 

「しかし釣られてすぐの魚ってのは、こうして釣りでもしねーと中々お目にかかる機会なんてないもんだな。『死んだ魚の目』なんてよくいうがよ、まだ生きてるかのようにぎらついた目しているぜ」

 

少年が言うように、どの魚もまだ生を感じさせる状態でバケツの中に存在していた。「まだ生きているようだ」などという少年の言にも、なかなかどうして頷けるものがある。

 

それもその筈、実際には少量の水が入れられ、泳げないまでもエラから水分中の酸素を取り入れられる状態が保持されていた。おそらく新鮮なままで魚を食そうというこの男なりの配慮なのだろう。

 

少年もそれに気づいているのかいないのか、未だに魚をじっと観察している。

 

しかしその言葉に別段興味を持たなかったのか、男は何を言うでもなく魚たちに目を遣っていた。

 

別に少年も返答を求めていたわけではないのだろう。特に気にすることもなく新しい話題を提供しようとしていた。

 

その時ちょうど携帯の着信音が鳴る。如何にも今風のメロディーといった感じだ。

 

「おっと悪りぃ」

 

そう一言だけ言って、少年は電話をとった。

 

 ・

 ・

 ・

 

5分ぐらいだろうか、少し離れた場所で電話していた少年が戻ってきた。

 

もう定位置になったかのように先程と同じ場所に腰掛ける。

 

無論ヤンキー座りだ。

 

すると唐突に、青の男がこういった。

 

「お前さん、シロウっていうのかい」

 

どういうわけか、彼は少年の名を知っていた。

 

「いやちょっとばかし耳が良くてよ……別に盗み聞きしてたわけじゃないぜ? 聞こえちまっただけさ」

 

数瞬驚いた少年だったが、既にその表情は歓喜に変わっている。

 

「へえやっぱあんた普通じゃあねえな。あの距離で通話口の相手の声を拾うなんて、耳が良いなんてもんじゃすまないもんな」

 

「おやそうかい、そりゃどうも。しかしシロウか、シロウねえ……」

 

何か言いたげな男だったが、それを振り切るようにして少年の話に耳を傾ける。

 

「ああ。確かに俺は司狼(シロウ)。それに問題でもあんのかい」

 

「いいやこっちの話だ。なあに詰まらない事さね。まあ良い暇潰しになったぜ」

 

「暇潰し? なんだやっぱり暇してたんじゃんかよ。ならもっといい方法があるぜ」

 

言うや否や少年は、腰に下げたホルスターから銃を取り出し、躊躇いもせずに引き金を引いた。

 

銃弾の直撃した青い――バケツは、中身の魚もろとも粉々に砕け散っていた。

 

「なあアンタもそうだろ、俺と一緒だ。剥き出しの闘争心てのはよ、どれだけ日常を繕おうと隠せやしねえ。アンタみてえな男は、犬みてえに鼻が利く。違うか?」

 

「オイ」

 

瞬間、その場の空気がぐん、とあまりにも重苦しいものへと変わる。もうここは穏やかな海でも、人の寄り付かない釣り場でもない。

 

戦場だ。戦場の血生臭く忌々しい空気だけが、この場を支配する。

 

まるで恐れをなしたように静けさだけを主張する海からは、もはや潮騒すらも聞こえない。

 

「俺を犬といったな」

 

「あ? なんだァ、俺は訳も分からずまた地雷を踏んじまったみてーだな」

 

このヒリついた空気も、両者には心地の良い微風でしかない。

 

「やっぱ最高じゃんか、アンタの(ソレ)

 

少年が――司狼がそう言う様に、青の男はいつの間にか紅い槍を携えていた。

 

気づけばアロハシャツ姿でもなくなっている。全身のフォルムが際立つタイツの様な戦装束に、凶暴さを際立たせるような肩部の意匠。まるで無駄がない、洗練されたフォルムだった。

 

「目の付け所だけは評価してやるよ……んじゃま、始めるとしますかねえ」

 

「ハハッいいぜ、来いよ猛犬」

 

それは無意識に口を吐いて出た言葉だった。けれど青の男――ランサーの闘争心に油を注ぐには十分すぎる言葉(シロモノ)だ。

 

「サーヴァント・ランサー。呪いの死槍を以って、貴様の心臓この俺が貰い受ける」

 

「ああ、コレもか……ったく苛つくぜ」

 

これを合図に、両者は激突する。それはあまりにも無謀な戦闘である。

 

周囲に散らばった魚の死片にある目は、やはり白く濁っていた。

 

気づけば、潮が満ちていた。

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