暇を持て余した獣々の遊び   作:のっぺりだらり

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ガチバトル(前)

海に浮かぶ二つの影が、ゆるりと不気味に立ち伸びる。

 

対峙する獣はあまりにも原始的な本能に満ち、現代の世界観を血祭りにあげんとばかりに茹だる。

 

交差する視線は殺人的に獰猛で、目配せすれば並の猛獣なら縮み上がってしまうような眼光だ。

 

しかし両者は如何なる状況でさえ飄々と活き、枠外を闊歩するだけの人外だ。その様からは、この破滅にも似た空気を生み出す要素を垣間見ることさえできない。

 

 

 

 

――まず動いたのは青の影。気怠げにも見える立ち上がりは、ただ己が総身の成り行きに任せるが如し。

 

傍で静かに佇む長槍も、まるで主に阿るかのようにその紅い影を落としている。

 

音もなく揺れるルーン石の耳飾り。粛たり波打つ纏め髪。乾いた響の風のおと。全ては彼に加護さえもたらす因子である。

 

 

 

 

――遅れて動いたのは橙の影。

 

反面彼には何の加護も無い。左手に携えた黒を放つ銃器はイスラエル製のデザートイーグル。無論この国で所持を許された代物では無い。ただ現実的な凶器だけが、彼を味方するのみだ。

 

自動拳銃としてはトップクラスの破壊力を持つそれは、少年が片腕で易々とぶっ放していいなどと誰が言おうか。

 

 

 

 

そして矢張り、当然のように初動を見せたのは青の影だった。

 

その一撃は必殺の威力を持つ。無論司狼にとっては絶殺の一撃。直撃は死を意味し、掠りでもすれば戦闘の続行など不可能。

 

しかしランサーにとって小手調べなど不要。先に仕掛けたのが迎撃など出来る術もないただの一般人の少年だとしても、彼に容赦などない。

 

今だけは平和へ迎合し片時の安定を楽しんでいたが、それももはや存在しない。彼にとって平和とは、いずれ消える泡沫に過ぎないのだから。

 

故に何があろうとも、例え契約主が消え去ろうとも、この世に現界する限りはその腕を存分に振るおう。選び抜かれたことが必然であったとしても、その確率たるや正に奇跡のそれなのだから。

 

加えて得物は魔槍である。全てを放てば因果すらも狂わす槍は、ただ刺し、ただ穿つことでさえ万人を死に至らしめる。

 

よって凡百の人間に過ぎない司狼の斃死は、運命が下す決定事項である。彼がどれだけ優れた運動能力、直感を持っていようと、英霊の前では押し並べて淘汰されてしまう。

 

はじまりの掛け声すらない。その駆ける音さえ絶えた無音の境地で、司狼という一つの脆い生命体は砕け散る。

 

開戦の号砲は悲鳴によって奏でられ、終戦の狼煙は血飛沫によって飾られるのだ――

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

ランサーは回顧する。

 

彼にとって戦闘とは、偏在する日常の一つだった。求められれば槍を振るい、求められずとも槍を振るった。

 

例え昨日の敵であろうと、今日の味方であるのならそれで良し。私情の介在など許さずただ敵を殲滅する。

 

あるいは修行を共にし、同じ師の元で育った兄弟であろうと、今日の敵であるのならそれで良し。悲劇だと笑い合いながら殺し合う。

 

だからといって、彼が薄情な人間であるかというと、答えはノーだ。

 

義理がたく、お人好し。その人間味溢れる性格から、多くの人に好かれる存在であっただろう。

 

ともすれば英霊となった今でさえ慕われ、信頼されているのかもしれない。

 

戦士としての手腕も、人生の先輩としての戒めも、サーヴァントとしての信頼も。

 

そんな『兄貴』のような存在。

 

その内に潜む野性味が、正反対とも取れる別側面であることはむしろ美点ではなかろうか。

 

今更語るまでもなく、彼は戦闘を好んだ。

 

酒も嗜んだだろう、賭けも楽しんだだろう、人も愛しただろう、色も好んだだろう。それでも最後に帰って来るのは、その人生の果ては、千態万状の戦闘だった。

 

英雄、戦を好む。

 

故に彼にはその全てが分かっていた。

 

得意とする槍を用いた戦闘において、相手の立ち振る舞いや得物、言動や表情からでさえもその全てが分かっていた。

 

とりわけ此度の様な差し向かいでは、その傾向は顕著となる。

 

彼の知りたること、それは『相手を殺すこと』の全てだ。

 

 

 

 

曰く、殺人と殺戮は決定的に異なるという。

 

殺人は、人が互いの尊厳や過去を天秤にかけ、どちらかを消去したい場合の人殺しをいう。

 

しかし殺戮には、殺された側は人でも、殺した側にはもはや人間の尊厳がないのだ。

 

言うなれば、人を殺すという一つの行為に対する意味と罪の差。殺人はそれを背負う殺人者(なにものか)がいるが、殺戮をする殺人鬼(なにものか)はそれを背負いはしない。

 

その点ランサーには意味があった。尊厳があった。

 

彼は戦士だ――本当の意味での戦士。

 

そこに殺戮は存在しない。

 

だったら殺人の全てを、彼は知っているのだろう。それが戦闘であろうと、私闘であろうと。

 

 

 

 

加えて彼の戦は、常に観察と共にあった。

 

槍を構えて突進すれば、相手は少なくとも何らかの挙動を見せる。それが迎撃であろうと守備であろうと、また恐怖からの逃亡であろうと見逃すことはない。

 

だか殆どの相手において、それは致命的に遅い。そして決定的に間違っている。

 

このとき彼のヴィジョンでは、既に相手は死んでいることと同義。挙動から判別した力量差を鑑みれば、その時点で既に殺しているのだから。

 

経験が、感触が、彼に全てを教えてくれる。同時に彼も全てを知っている。これほどの歯車の合致は、相手にとっては正に致命。

 

勝利の確信、己への信頼。決して慢心ではない、単なる事実が彼の根幹に在る。

 

 

 

 

相手へ向かう速度、それはいつだって最速を極めた。

 

それが間もなく果てる生命に対し、唯一の誠意だと知っていたから。

 

朱槍を突き出す角度、それはいつだって必殺(しんぞう)へ極めた。

 

それが己の戦闘に対する、絶対の矜持だと誇っていたから。

 

得物が獲物の肉を喰らう、その時の感触を知っている。

 

撒き出る赤を、飛び散る赤を、知っている。

 

刺す心も、穿つ臓も、間違わない。

 

だからさ、安心して逝けよ。

 

てめえの心臓(モン)は俺が貰い受ける。

 

何人にも渡さず、ここで朽ち果てろ。

 

その未来は決まっている。

 

刺し穿つまでもなく、突き穿つまでもなく。

 

対峙した相手(かくした)の結末は、彼の手の中に。

 

 

 

 

――だが。

 

何事にも例外は存在する。

 

全てが規則的に進行することなど、皆無に等しい。

 

始めに断っておくと、ランサーの戦闘歴、備えた力量、扱う魔槍……これだけの条件のもとに例外が存在するとしたら、それは論理的に破綻していなければおかしい。

 

相手が格下である以上、天文学的な幸運値でもない限り、例外を実現することはできないのだ。

 

しかし今回の場合、相手(しろう)が持つ幸運などあっても高が知れている。

 

ならばこういった場合はどうだろう。

 

例えば不死の体。死ぬことさえでいないなんて滑稽だ。

 

例えば不触の体。肌の温もりを知らないなんて薄幸だ。

 

例えば死後の体。既に死んでいるなんてお笑いだ。

 

故にどれもこれも噴飯もの。今日日もう少しマシな論理破綻が存在していそうなものだというに。

 

ならば終わり。この話は完結だ。

 

気の触れた少年が、勝手に突っかかって一撃のもとに死す。もはや悲壮感さえあるじゃないか。

 

だってそうだろう? 確定した死の未来を回避することなんて、少し先の未来へ行くことが出来たとしても、容易ではないのだから。

 

死ぬと決まったのなら絶望だ。終わりが来るなら諦観だ。

 

その点まったくといっていいほど無自覚な少年は、ある意味幸福かもしれない。

 

確定したといっても相違ない死を知らず、かの英霊にその身を貫かれるのだ。きっと笑って死ねるだろう、省みることなく即死だろう。

 

どうせなら派手に散ってほしい。勝利はおろか、生存すらままならないのだから。

 

この先に起こりうることを『既に知って』いるとか、あるいはランサーを遥かに凌ぐ『強大な存在』との繋がりでもあるのならとか。そんな奇跡でもあればまだしも、世界はそうも都合よくできてはいない。

 

まさにご都合主義、趣味の悪い歌劇みたいだ。だからこそ現実では起こりえない。

 

ならばこんな結末――まるで、自滅みたいだ――

 

 

 

 

しかしながら。

 

悲鳴をあげる筈の人間は、血飛沫を散らすはずの肉体は、そこにはなかった。

 

ただあるのは空気を切り裂く凶槍と、信じ難い光景を眼前に押し付けられたように目眩む、一人のサーヴァントだけだ。

 

彼の経験則をぶち壊す現実は、文字通り炸裂することとなる。

 

「お前、舐め過ぎだろ」

 

「ッ――!?」

 

橙の影はどこに――? その疑問を抱くや否や、響いたのは悲鳴に非ず。

 

本日二度目。ハジけるように弾けた音は、人類の叡智によってもたらされた簡易的で最高位の凶弾。

 

ランサーのほぼ真横から、至近距離で側頭部めがけて乱射されものは、もはや語るまでもないだろう。

 

それは人を殺すもの。

 

それ以上でも以下でもないもの。

 

無論『開戦の号砲』を真面目に実行した結果でもあるまいそれは、サーヴァントとて直撃は芳しくない。

 

この事実を証明するように、ランサーはすぐさま回避の挙動を選択する。突き出した槍を側面に持ち、壁を構成するように縦回転させながら滑り下がるように躱し、距離を取った。

 

有り得ない不発の後は、起こりえない一発だった。それでも現実を把握するためには、少し時間がかかりそうだ。

 

どちらを賞賛すべきか。それすらも有耶無耶にする第一手は、刹那に終わった。

 

「てめえ……」

 

手合わせの垣間に言を発したのは青の男ランサー。その表情と声色が語るのは、ただ一つの純粋な疑問。

 

何故ハジキ一丁の若造風情に遅れをとるのか? たかが一般人のガキだ。間違いはない。彼は相対する少年から魔力めいたものは一片たりとも感じない。

 

故に疑問。それはこの一言に集約されていた。

 

「てめえ……何モンだ」

 

「あ? んなこと見りゃわかるだろ。ただの通りすがりのイケメンだよ」

 

言うが早いか、司狼はまたも乱雑にすぎる連射でランサーへ応じた。

 

いい加減に放たれたはずの銃弾は、まるでレールにでも敷かれているかのようにランサーの急所へとただ直進していく。その弾道は人並みはずれた正確さだ。

 

だが、そこへの到達は響く金属音で遮られた。

 

銃弾と槍のかち合う音、ランサーにとってみれば正確であろうがなかろうがさほど関係はない。全てはその目に捉えられ、はたき落とすが如く弾き飛ばされる。

 

「わからねえな。どうしてその身体で、何ができようってんだか。まあ多少の遊びにゃ付き合えそうだが、その目的がわからねえ」

 

事ここに至って冷静さを保つことが出来るランサーは、さすが歴戦の英霊であると言えよう。だが疑問を投げかける程にはこの状況に混乱していた。

 

ただ彼には問いただす必要があった。先のあり得ない、いや起こりえない事象の謎が、司狼の目的に集約されているのだと推し量ったゆえに。それは彼の勘が告げた不確定性の予測、だがそれは何よりも信に足る結果だ。

 

「目的? そんなんわかんなくていいんだよ。俺の人生だ、勝手させろよ」

 

「違えねえ。でも聞かせてくれよ。折角の殺し合いだ、ここで言わなきゃ釈迦だろうが仏だろうがてめえの目的なんぞ知る由もあるまいよ。なんてったって、今日ここで俺にブチ殺されるんだからよ」

 

それでも彼の景色は揺るがない。たとえ幾度殺し損ねようと、その身体動く限り、目前の野郎をぶちのめすために四肢を酷使する。

 

「俺を殺すって? なに当然のこと言ってんだか。でもまあ俺の目的、目的ねえ――」

 

反して余裕の返しでしばし間を置いた司狼の行動は、既に決まっていた。

 

銃撃が響き、司狼がランサーに向かって詰め寄る。

 

彼だってなにも変わらない。初めから、逃げ果せる事も打ち死ぬ事も、毛の先ほどだって考えていないのだ。

 

だから、彼は宣う。一歩も退かず、聊かも恐れず――

 

「ンなもん、地獄で閻魔にでも聞いとけェ!」

 

 

 

 

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