代理戦争という言葉が出始めたのはいつの頃であったか。イデオロギーという共通項を持ってしまった為に哀れ小国同士が大国の支援を受けながら撃つの撃たれるのを繰り返す悲劇的な代物を想像していた祐介は、その代理戦争の余りのくだらなさに呆気にとられた。
何処の誰が始めたであろうか解らぬ争いを後輩に引き継がせ代理させ、その争いを延々引き継ぎながら行っていたというのだから救えない。何と非生産的かつ無意義な戦いなのだろうか。
「こんな、下らない争いの為に―――彼等は、こんな事になったというのか―――!」
哀れ桃色に染められたその絵の数々に、祐介はむせび泣いた。
彼等が生きた証こそ、この絵だったのだ。
それが、今や彼等の雄々しい紅色は、桃色に色褪せてしまった。
「城ヶ崎ィィィィィィィィ!!」
かつて、班目のシャドウを目前にした瞬間の如く、祐介は吠えた。
城ヶ崎マサキ、許さぬ。
祐介は桃色に染まりし絵の前に、拳を強く強く握った。
★
「これは厄介な事になってしまったかもしれぬ」
「師匠、どうしたのですか?」
「これは、代理戦争を超えた戦いになるやもしれぬ」
樋口師匠は、そんな事を言った。
自虐的代理代理戦争―――この下らない戦いの延長線上で桃色に染まりし浴衣を身に纏った師匠は何とも珍しい表情をしていた。
何かしらを、危惧している顔だ。
それは非常に珍しい光景であった。樋口師匠は、きっと一目見るだけでアリストテレスを憤死させる程度には、社会的生物としての本懐を喪ってしまっている男だ。あらゆる事象に泰然自若の態度を崩さず、全てを受け入れる度量を持ちすぎてしまったが故に大学八回生と言う不名誉を背負ってしまった男である。
そんな男が、未来の心配事をしているのだ。
それはきっと、嵐などという形容では収まりがつくまい。嵐程度で師匠がこんな表情をする訳もない。
「喜多川祐介―――彼を本気にさせてしまった。これは大変な事になる」
「何があったというのですか」
私がそう尋ねると、師匠はあっさりとこれまでの経緯を話した。
「そりゃあ、怒るでしょう。当たり前の話だ。彼は見た所美術家みたいであるし」
喜多川祐介は美術家だ。いくら常識の埒外の脳内構造をしていようと、自らの作品に対する愛着は美術家であるならば言うに及ぶまい。それをこんな下らない争いの最中に汚されたというのならば、怒り猛るのも無理はない。
「貴君。君は直接彼の眼を見た事はあるまい。彼は確かに美術家であろう。だがその本質は―――叛逆者だ」
「叛逆者?」
「如何にも。美を追求するがあまりその本質をあまり出さぬのであろうが、彼はその心の中に叛逆の心を持っている。自らの怒りを受容しつつも、その報いを与えん事に一切の躊躇を持たぬ狼の如き猛き心魂だ」
そうなのであろうか?
喜多川祐介なる人物は、時折見かけると挨拶する程度の関係である。それでもその心意気はひたすらに真っ直ぐである事位は理解出来る。ただ、我々とは違う角度で真っ直ぐなだけで。
叛逆者などという物騒極まりない心を持っていると言われても、やはり疑問を抱かざるを得ない。
「なに、これより先を見れば解るさ。我々はただその帰結を見る他ない」
★
それから、およそ四日後の事。
喜多川祐介は夜の通りを密やかに疾走していた。
影から影へ、誰にも見つかる事無く俊敏に動きながら。
かつて、怪盗だったころ、彼等を率いしリーダーの動きに付いて行きながら体得した移動法だ。シャドウすらも欺くその歩法に、気付けるものはいないであろう。
彼の顔面は、狐の仮面に覆われている。
向かう先は、ただ一つ。
城ヶ崎マサキ。彼の住処へと
その手に携えるは、かつて一世を風靡した予告状。元より、予告状のカードのデザイン制作は祐介が行っていた。作成に何も問題なぞ無かった。
「我が名は、フォックス」
和装を拵え、仮面をつける―――今の彼は喜多川祐介ではない。たった一人の、怪盗だ。
「貴様の“オタカラ”。頂戴するぞ―――城ヶ崎」
闇の中、フォックスはそう呟いた。