喜多川祐介と樋口師匠との愉快な日常   作:丸米

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人形の美

城ヶ崎は吉田山のふもと、吉田下大路町に住んでいる。最近改築されたのだろうか、真新しいアパートだ。

祐介は付近の竹藪に潜みその様子を見ていた。

―――奴には、直接引導を渡さねばならぬ。

どうやら城ヶ崎はサークルを追放されて随分と暇が出来たようで、自宅にいる事が多くなってしまったようである。それでいて自虐的代理代理戦争で悪戯をされる可能性もある。それ故彼は随分と自宅に引き籠る事が多くなってしまったのだという。

祐介は彼が住む二階の部屋を見る。まだ明りが付いている。

―――作戦決行だ。

 

 

城ヶ崎は玄関口の宅配入れがガタン、と鳴り響く音を聞き咎める。

―――野郎、また何かしら仕掛けたのか。

城ヶ崎はゆっくりと玄関口へと近づいて行く。

そこに差し込まれてあったのは―――炎を象った顔にシルクハットを被せたカード。その裏を見れば、何事かが書かれている。

 

―――城ヶ崎マサキ。悪辣と強欲の化身よ。貴様のオタカラを頂戴致す。

 

ただそれだけが書かれたカードを、怪訝な表情で城ヶ崎は見やった。

これを見てピンと来ない者は、余程世間に興味ない者だけであろう。かつて金メダリストを、芸術家を、マフィアを、企業社長を、そして―――総理の頂まで登らんとした者すらも、改心させた集団、“怪盗団”。

 

―――こんな手のかかる悪戯を、樋口がするのか?

この自虐的代理代理戦争は下らない争いを延々と続ける事こそが本懐である。本腰を入れる事それすなわち代理戦争にあらず。まるで、神すらも失笑しか浮かばぬであろう下らない次元を保持してこそ、この争いだ。怪盗なる存在を匂わせ事態を大事にさせることは、この争いの本懐では無かろう。

そう疑問が頭に掠めた瞬間、外で破裂音が間断なく響いた。

城ヶ崎は何事かと思わず玄関口を開けると、その瞬間凄まじい煙がその間より入っていく。

ゲホゲホと咳き込みながら周囲を見ると、そこに動く影が見えた。

この野郎、と吠えながら城ヶ崎はその影を掴まんと腕を伸ばす。しかし、その瞬間には城ヶ崎は足に何かが引っ掛かった。

城ヶ崎は体のバランスを崩しながらも、その姿を一目見んと必死に煙幕の中部屋の中へと突っ込んでいく。げふ、と情けない声と共に身体を転ばせ、見たのは―――開け放たれた窓のみ。

城ヶ崎は反射的に壁にいる自らの恋人を見る。

この短時間で盗む事は不可能と解っていても、それでも一応見る。彼女は、確かにそこにあった。

ならば、なにか別のモノが盗まれたかもしれぬ。―――追わねば。

城ヶ崎は窓を閉め、玄関口の鍵を閉めると、外へ駆けだしていった。

―――実は、アパートの陰にひっそりと犯人が潜んでいる事なぞ露にも思わず。

 

 

主のいなくなったアパートの扉を、キーピックで開け、入る。

そこには、一人の女性がいた。

―――まるで、本物かと見紛うばかりに美しい、女性の人形。あの男の恋人であり、何より愛する事物。

見た瞬間―――祐介は心奪われた。

美しい。

ただそこに存在するだけの、物言わぬ人形。しかし人形故に恐ろしく完成された怜悧な肢体と、人形にはあり得ぬ温かみを孕んだ瞳。ラブドールを心より愛する男と聞き何事かと顔を顰めたが―――あの男は、確かな審美眼を持っていたのか。この美しさたるや、サユリにも引けを取らぬ

祐介はジッとその姿を眺めた。

―――あの男は、きっとこの人形を愛しているに違いない。

彼は彼女を情愛ではなく、芸術として愛しているのだろう。

そこに存在し、物言わぬ彼女と心を通じ合わせて。

―――ここで、怒りに任せこの女性をさらう事は、まさしく俺も班目と同類になる事と同義だ。

人の芸術を、愛する美を、虐げ奪う、それはあってはならぬ侮辱だ。

「仕方あるまい」

この物言わぬオタカラは諦めた。これは盗んではならぬ。

「しかし、報いは受けてもらう」

祐介は、城ヶ崎の下着の入った箪笥を開け放った。

 

 

その三日後。実に不思議な現象が巻き起こった。

大学の敷地―――特に映画サークル「みそぎ」の部室周辺のキャンパスに、見事な墨入れで「城ヶ崎ここに見参」と書かれた桃色ブリーフが空を舞っていた。

桃色の布地は各キャンパス内に張り巡らされた鉄柱に括られた籠の中に設置され、キャンパスに人が集まる時間帯になると同時に籠がひっくり返った。

その日は、見事な強風の日であった。

桃色が空に舞い、何事かとその手に掴めば桃色に染められたブリーフと、城ヶ崎の墨入れ。

男共の爆笑と女子諸君の悲鳴を誘ったその事件は新聞部・学生自治会によって派手に取り上げられ、詭弁論部の公開弁論において「桃色が空に舞う事への修辞的論法」という論題で会議が行われた。残念な事に、城ヶ崎はこの三日間の間、大学の知り合いに「下着が盗まれた」と憤慨気味に語っており、その事もまたそのブリーフが正真正銘の彼の代物である事が確定的事実となってしまったのである。

―――かくしてこれより長年に渡る因縁が出来上がった。

城ヶ崎マサキと怪盗フォックスーーー喜多川祐介との。

 

 

 

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