あの城ヶ崎との仁義なき戦いは、静かに、しかし何処までも広く、波紋を広げた。ある者は好奇心に目を輝かせ、ある者は表面上せせら笑いながらも薄ら寒い恐怖を抱えていた。
例えば、現在、映画サークル「みそぎ」から城ヶ崎を追い出すことに成功した福猫飯店所属の相島などもその一人である。
城ヶ崎が痛快極まりない方法で社会的制裁を叩き付けられたことは愉快極まりない出来事であったが、彼が持つ情報筋によってある物騒な話題が耳に入ることとなる。
ーーー怪盗。
悪党の心を盗み、改心する「心の怪盗団」
その存在はおろか実態すらも掴めぬその集団は、様々な悪党の心を盗んでは叩き切った。その悪党共の悪辣さたるや空いた口に粘土細工を詰め込まれたかのごとく呆れ返る悪行三昧であり、生徒への暴行、強姦に始まり剽窃、詐欺、脅迫、様々な労基法違反、等々。彼等に暴けぬ罪はなく、彼等はまさしく大衆が望みし義賊であった。
ーーー恐らくは愉快犯には違いあるまい。怪盗団が改心させてきた悪党共
に城ヶ崎を比肩できるなぞ誰も思うまい。それに、今回の事件の如き直接的な手段を怪盗団は取らなかったからこそ、奴等は結局尻尾を掴ませなかったのだから。
確かに城ヶ崎とは実にくだらない男である。女の乳とラブドールをこよなく愛する変態であり、サークルを私物化し我が城としていた阿呆であり、それ故ーーー相島にクーデターを起こされサークルから追い出された愚か者でもある。しかしながら、あのメディアを騒がせた海千山千の百鬼夜行共と城ヶ崎を同列するには明らかな小物である事は間違いない。
それを狙うとならば明らかな小物狙いの愉快犯。しかしそれ故面倒でもある。
なぜならーーー相島は決して認めないであろうが、相島自身が他に形容しがたい小悪党で小物であるからだ。大物ぶっていても、所詮は福猫飯店の権威を傘に私欲を満たす恐ろしく小さな気概を抱えた男だ。そんなみみっちいしけた予想を誰よりも早く行える程度には完成された小物である。それ故、城ヶ崎を狙う程度の愉快犯には格好の獲物であると自ら本能的に予想できた。
相島は万に一つも狙われる事はあるまいと心中で幾度も唱えながら、しかして心中に根付く小物精神が警戒しろと叫んでいる。
「おい」
「はい。どうかなさいましたか?」
「ーーー城ヶ崎の事件を調べろ。徹底的にだ」
福猫飯店は学生のあらゆる情報を手中にした組織である。
ーーーかような愉快な出来事を引き起こした阿呆一人、見つけられない訳がない。相島は実に小物の笑みを浮かべていた。
★
不細工であったかな、と喜多川祐介は思った。
奪った下着の全てを桃色に染め上げ大学構内に撒き散らすーーーそれはとっさに思い付いた策ではあったが些か下品であったのだろう。無論、美術家たるもの、あらゆる事象に美を追求せねばなるまい。あの事件も彼なりに美を追求した結果でもあるのだ。
彼の頭の中では純青の空の中、強風に踊る桃色ブリーフの絵は実に美しい光景であると思っていた。大学構内の人間もさぞ感嘆の溜息を吐き出すに違いないと内心ほくそ笑んだのであるがーーー巻き起こったのは散々たる爆笑の海に木霊する女達の悲鳴のみ。
何が足りなかったのか?祐介は思考する。
ーーー風が強すぎたのか、それともブリーフに刻んだ墨入れが仰々しすぎたか。
うむ、あの時は色々な事が重なって、冷静な思考が出来なかったのであろう。ならば仕方あるまい。
伊勢海老を汚された怒り、そして名も知らぬ人形と出会った衝撃。この二つが、美術家としての思考を混沌の海の中に誘い込んだのであろう。
あの夜に見た人形の姿はよく覚えている。
いつか、彼女を描いてみたいものだ。そう祐介は純粋に思った。
一つ絵を仕上げると、何だか腹が減ってきた。
「さて、どうするか」
財布の中身はどうにもならぬ。それ故腹の中身もどうにもならぬーーー訳ではない。この世には、世間が見向きもせぬ食い物に溢れている。毒さえなければ基本的に何だって食える事を世間は知らぬのだ。そこらに生えている雑草も、川辺に歩くちみた蟹も。
空腹の最中、神はきっと何処かで見てくれている。理解してくれている。飢えぬよう、世界の何処かに食えるものを置いてくれている。
ならば、いざ行かん。
そうして、喜多川祐介は部屋を出た。
腹を満たすために。
屋根ゴミ日記
今日は、久しぶりに一二三の対局を見に行った。とても荒ぶっていたが何とか勝ったみたいだ。名人相手だというのに凄いなぁ。良かったなぁ。ご褒美に、その後ルブランに連れて行き、カレーを奢った。流石はベッキー。作り置きが冷凍してあったので解凍して一緒に食べた。やはり、一人よりかは二人の方が、二人よりかは三人の方が、無論集まれるなら十人の方がいい。ご飯が美味しいのは幸せだ。