莫逆LORDS   作:tyuuya

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想像以上の反響にビビって慌てて二話目をでっち上げました。

この作品はあくまで本編のIFであり、それぞれの本質については弄らないよう心掛けていますが、あくまで筆者自身の解釈である点はご理解頂ければと思います。


荒野の旅人

 

 

 「―――あー、落ち着いたか? お前たち」

 

 

 たっぷり半刻の熱狂を経てようやく落ち着いた下僕たち。

 

 そのうち最高LVの守護者たちのみを残し、モモンガは努めて威厳を持った言葉で話し掛けた。

 

 

 「はっ、お見苦しい姿をお見せしまして、誠に―――」

 

 「ああ、よいよい。泣かせたのは私だからな。それよりも、今は何より優先せねばならない事がある」

 

 

 朗らかな態度から一転して真剣な雰囲気を纏ったモモンガに、まだどこか恥ずかしげだった守護者たちが顔を引き締める。

 

 

 「……それは、先程仰られていたユグドラシルの終焉に関わる事となりましょうか?」

 

 

 『あと1000と数えぬうちに』と語っていたのを記憶していたのだろう。真っ先にデミウルゴスが答えに行き着いた。その通りだ。とモモンガが重々しく頷く。

 

 

 「本来はあの時点でユグドラシルは終わりを迎えている筈だった。私の予定では世界から弾き出された後、お前たちを安全圏へ保護してからじっくり新世界を見繕っていく予定だったのだが……おい、ヤマネ。いい加減起きろ」

 

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。最凶ギルドと呼ばれた全盛期のギルドメンバーが総出で労力と財力を注ぎ込んで生まれた最も世界級(ワールド)アイテムに近いギルド武器。その石突を贅沢に使ってヤマネの脇腹を穿つ。

 

「ぎゅにっ!?」と形容し難いうめき声が響いた。

 

 

 「守護者たちよ! ナザリックは現在未曾有の異変の中にある。階層守護者は各々の守護する階層へ戻り、異変が無いか調査せよ。

 パンドラズ・アクターは宝物庫、セバス達は9階層だ。それに……アルベド! デミウルゴス!」

 

 「「はっ!」」

 

 「ここがユグドラシルではない可能性は非常に高い故、時間と情報は何よりも貴重となる。であれば……行うべきは何か、分かるな?」

 

 

 丸投げとも取れる問いかけだが、ナザリックでも有数の知恵者である二名は即座に答えをはじき出していた。

 

 

 「はっ! 直ちにシモベ達を選別し、周辺地形と戦力の確認、及び情報の収集を行います!」

 

 「また、広範囲の偵察には姉、ニグレドの能力が最適と考えます。彼女を主軸とした探査網の構築にご認可を頂けますでしょうか」

 

 「うむ、許可する。――これは厳命するが、当面は安全性を第一に考えて任に当たり、不用意な戦闘行為、敵対行動は避けよ。

 我々のこれまでの常識が通用する世界とは限らんし、いくら情報が大切とは言えど、お前たちの代わりなど居ないのだからな?」

 

 「はっ、ご芳情に感謝致します!」

 

 「よし。では私はこの駄妖と膝を突き合わせて話し合わねばならん事がある。重要と判断した報告はメッセージで寄越すがいい。

 諸君の奮励努力を期待する。では、散開!」

 

 

 モモンガの号令を合図とし、守護者たちは足早に各々の担当領域へと戻っていく。

 最後にセバスが一礼して音も無く扉を閉めると、先程の熱狂が嘘のように玉座の間は静寂に包まれた。

 

 

 

 

 二人だけになった王座の間にパチパチパチと、拍手の音が響く。

 

 

 「すげぇなモモ、完璧な支配者ロールだったじゃねぇか!」

 

 

 ヤマネの声には本気の感心が込められていた。

 同じ状況であそこまで完璧にロールをこなすなど自分には無理だろう。状況把握に意識が行って守護者たちへの対応が疎かになるのは目に見えているし、いっそ腹を割って車座になり相談を持ちかけていたかもしれない。

 それが悪いとは一概には言えないが、立場に罅が入ってしまう可能性も否定できない。引き換え今回のモモンガの対応は最善に近いと言えた。

 

 だが、モモンガからの反応はない。

 

 

 「……モモ?」

 

 

 見ると、骨となった手や顔、ローブに付いた装飾などをペタペタと触っている墳墓の王の姿。

 暫くそうしていたが、触感に納得が行かなかったのか、今度は何やら伸びたり縮んだりしながら息みだす。

 余りにも不審なその姿にもう一度呼びかけると、不思議そうに首を傾げた友は一言叫んだ。

 

 

 「……え、夢じゃない!?」

 

 「うおぉーい!?」

 

 

 そう。実はこの男こそが最も現状に対応できていなかった。

 守護者たちに抱きつかれた辺りで彼の思考回路はオーバーフローを起こし「ぼくのかんがえたかりすましはいしゃ」の演技を機械的に続けていたのだ。

 全ては自身の想像から生まれたイメージだと信じて。

 

 

 

 「――纏めると、ユグドラシルにあったゲーム的な要素が全部消えてる。強制ログアウトも勿論できない。そして感覚なんか無かったはずのアバターには感覚が通ってて、自分の身体として動かせる、と」

 

 「魔法なんかは感覚的に使い方が分かるみたいだ。いちいちカーソル動かして指定しなくていい分、こっちの方が便利だな。アクティブスキルはどうだ?」

 

 

 水を向けられたヤマネはちょっと待て、と答えて目を瞑った。

 金色の獣の身体がギュルギュルと高速で捻れ、その原形を失っていく。

 体長4m、直立状態でも2m半はあるその巨体は捻れながら徐々にその体積を減らしていき、回転が止まった時には身長2m弱、隆々たる褐色の体躯を持った黒髪の男に変じていた。ヤマネの種族『アザフセ』のスキル、擬態である。

 

 

 「ん、こっちも問題無さそうだ。まだ全部を試したわけじゃねぇが、ゲームで出来たことはそのまま出来るみたいだな」

 

 

 二人があれこれと現状把握に勤しんでいると、モモンガにメッセージが届いた。

 

 

 『御協議中失礼致します。モモンガ様、少々宜しいでしょうか?』

 

 「ん? ――デミウルゴスか。どうした」

 

 『はっ。ナザリック周辺の調査についてですが――』

 

 

 ……すげぇなー、と呟くヤマネ。

 

 今の今まで自身と素で話していたモモンガが、僅か半拍の溜めで支配者としてのそれに切り替わった。

 威厳のある声で相槌を打ち、時折相手の褒め、労を労うことも忘れない。

 報告の内容は悪いものではなかったようで、多少ホッとした雰囲気を漂わせているが、それでも油断はせぬように、とデミウルゴスに申し付けて報告は終わり、メッセージが切れた瞬間にまた元のモモンガに戻る。この切り替えの速さよ。

 

 厨二の一念、岩をも通すというやつだろうか。と益体もないことを思った。

 

 

 「その感じだと、ひとまずの危険は無さそうってところか」

 

 「そうだな。なんでもナザリックの外は見渡す限りの草原。今のところ魔獣でも何でもない小動物くらいしか確認されてないとさ」

 

 「そっ、か」

 

 

 それは、ある意味で希望を絶つ事実だ。

 NPC達が拠点から出ることができないのなら。

 ナザリックの外にユグドラシル時代と同じ毒の沼地が広がっていたなら。

 彼らは全く新しいゲームの世界へ移行したのでは、と想像することもできた。

 だが調査が進むごとにユグドラシルの残滓は払拭されてゆき、鈴木悟たちの生きていた現実とはまた違った現実感が彼らを包み始める。

 

 ――それを絶望と感じるかはその者次第だが。

 

 

 「……いやー、残念だな! 明日からまた楽しい楽しい仕事が待ってたのになぁ」

 

 「ひひっ、確かに。あのハゲの頭を思う存分しばく機会が失われちまうのは無念の極みだ!」

 

 「じゃあどうする? 現実に帰る方法を探すのか?」

 

 「冗談だろ。あのクソッタレな世界に帰りたいなんて思う奴がいるもんかよ」

 

 

 このままじゃクビ待った無しだと大袈裟に嘆いてみせるモモンガ。

 それを笑い飛ばすヤマネの声にも強がりの色は見えない。

 

 鈴木悟に家族は居ない。

 山根敏之に家族は居たが、居ないのと同じだ。

 二人の世界はひどく狭い。

 自室と勤め先を除けば、買い出しに使う近所の総合量販店と、ジャンクを漁ったヤミ市場程度が彼らの行動範囲であり、それは、あの時代に生きる下流国民の有り触れた姿でもあった。

 

 

 あの世界で鈴木悟と山根敏之の未来に明るい光が灯ることは、恐らく無かっただろう。

 だが、ここであればどうか。未知の世界には光はあるのか?

 

 井の中の蛙大海を知らずと言うが、いざ大海に放り出された蛙は何を想うのだろうか。

 たとえ潮に灼かれるとしても、恐ろしき大魚に一飲みにされるとしても、広い世界へ漕ぎ出して往きたいとは思わないだろうか。

 

 モモンガの空っぽのはずの脳裏に、かつて共に冒険し、そしてリアルへと還って行ったもの達が映り、そして消えていく。

 

 

 「……なぁ、トシ。覚えてるか? ここ(ナザリック)を落として、ワールドアイテムを手に入れてさ。難攻不落のラストダンジョンにするぞー! って、みんなで躍起になって素材を集めて。

 タブラさんなんか、自分好みのギミックを組み込みたいっておっそろしい額の課金してさ。

 ホワイトプリムさんはメイド一人ひとりに設定作ってからデザインするくらい入れ込んでさ。モーション設定に付き合わされたヘロヘロさんが悲鳴あげてたよな。

 

 ……楽しかったよなぁ。俺、あの頃が一番充実してた気がするよ」

 

 「覚えてるさ。みんなひと癖どころか二癖三癖当たり前みたいな連中だったからな」

 

 

 ちなみに、ヤマネはヤマネで部屋に入り切らなかった漫画を電子化してナザリックの図書館の一角に収めており、バックアップを取ろうと持ち掛けた理由の半分はコレクションが失われるのを惜しんでのものだ。

 

 

 「彼らはみんなリアルへ帰って行ったけど、どうしてか俺達はまだここに残ってる。

 

 もう少し、いいのかな?

 おっかなびっくり、知らない世界の中でさ。

 彼らが遺していった子供達(NPC)と一緒に世界を旅して、探して。

 困って、悩んで、苦しんで。

 喧嘩して、いがみ合って、でも最後には笑って。

 

 生きる事を、楽しんでもいいのかな?」

 

 

 猫背気味に座り膝の上で手を組む。鈴木悟がよく取る体勢で、モモンガが俯き加減に呟く。

 消え入りそうな声からは、焦燥感と、罪悪感と、そして確かな期待が滲んでいた。

 

 しかし、友から掛けられた言葉は、肯定でも否定でも無かった。

 

 

 「バカだろ、お前ぇ」

 

 「……へ?」

 

 「楽しむも何も、それ(生きるの)は大前提だろうが。

 俺も、お前も、んでNPC達も、今起きてる事が現実であって、それが変えられる訳でもない。

 だったら今を精一杯生きるのは当たり前のことじゃねぇか。良いとか悪いとかそういう話じゃねぇだろ。

 それを楽しみたいなら楽しめばいいが、それはお前が自分で決めることだ。誰が許可するもんでもねぇ」

 

 

 唇を歪め、呆れたように鼻を鳴らしながらモモンガの言葉を一笑に付すヤマネ。

 これだから、この生真面目な親友からは目が離せないというのだ。

 

 

 「……そんなもん、か?」

 

 「そんなもんだよ。難しく考え過ぎだ、お前は」

 

 

 こてん、と首を傾げて問いかけるモモンガ。そのポーズは骨がやっても可愛くはない。

 だが表情こそ読み取れないものの、彼の声は常のそれに戻っていた。全く、世話の焼ける支配者だ。

 

 

 「だから、今はそれぞれやるべき事をやれってこった。あれだけ慕ってくれてるNPC達を悲しませたかないだろ?」

 

 

 先程のモモンガの演説が思い起こされる。

 一歩引いた位置から眺めていたヤマネには、あの場に居た全てのシモベたちの反応が見えていた。

 モモンガの言い放った衰退という言葉に打ちのめされる様も。

 新世界へ共に連れて行くと宣言された時の抑え切れぬ高揚も。

 涙を拭われた時の守護者統括の頬の赤らみも。

 そして演説が終わった直後の感情の爆発も。

 彼らの瞳にあったのは忠誠や尊崇、或いは思慕の念。そこに悪意は欠片も存在せず、総ては彼らが自分達を慕う想いで溢れていた。

 

 シャルティア達に揉みくちゃにされていたモモンガとて、その事は理解している。泣きじゃくり真っ赤になった瞳で、それでも嬉しそうに自身に縋り付いていた彼女らの忠誠を疑う気は無かった。

 

 「そうか……そうだな。

 じゃあ、俺たちも俺たちに出来ることをしよう。まずはどうするか……。外の世界も気にはなるが、ゲームの仕様との違いなんかも一通り試していかないと、いざという時に足を掬われかねないよな」

 

 「俺らにしか出来ないってとその辺だな。ナザリックの運営とか指揮は正直アルベドとデミウルゴスに任せときゃいい気がする。さっきの応答からしてアイツら間違いなく俺らより優秀だぞ」

 

 違いないやと笑う。

 悩もうと悩むまいと、現実は背後から迫る壁のようにその背中を押してくる。

 押されるままに惑うのか、それとも先んじて歩みを進めるのか。決めるのはいつだって自分自身で。

 自分達で進むことを決めたこの瞬間に「鈴木悟」は「モモンガ」に。「山根敏之」は「ヤマネ」になった。

 

 

 

 

 

 

 

 余談ではあるが、この数ヶ月後。

 

 

 「――騒々しい。静かにせよ。

 ……どうだ? この角度の方がいいか?」

 

 「アーウンウン、イインジャナイカナ」

 

 「そうかそうか! じゃあ次はこっちなんだが……」

 

 (……やっべ、帰りてぇー)

 

 

 配下に尊敬される支配者ロールの模索に余念のない親友に付き合わされ、憔悴するヤマネの姿があったとさ。

 




ご笑覧頂きありがとうございます。

この世界線のモモンガ様は、例の病気がまるで治っていませんね……
まぁ楽しんでいるようなのでいいのではないでしょうか。


沢山の感想を頂き、大変励みになっています。
ちょこちょこと返信をしていく予定ですので、ご意見ご感想これからもお待ちしています。

追記:暇人mk2様、誤字訂正ありがとうございます。

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