莫逆LORDS   作:tyuuya

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ナザリック転移編はこれにて終了。


ダブルライフ

 

 

 カッツェ平野。

 

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の中間に位置し、しばしば行われる王国と帝国の小競り合いにおいて定番の主戦場として扱われていた。

 これまでの歴史の中であまりに多くの血を吸ってきたためか、一年中立ち込める薄い霧の中では絶えずアンデッドが生み出されており、いざ両国の戦争が起きるというその時にのみ、霧は晴れ渡る。

 まるで、同輩を歓迎するかのように。

 

 幾度の戦争を越え、夥しい血を啜ってきたカッツェ平野であるが、この日はそれまでに倍する量の膨大な血を、その身に浴びることとなった。

 

 ふらりと現れた、たった一体のアンデッドによって。

 

 

 西にリ・エスティーゼ軍。東にバハルス帝国軍。両軍合わせて35万の兵が会したこの合戦において勝利を収めたのは、僅か数名。

 それも王国と帝国のどちらでもない第三軍であった。

 一触即発、いざ両軍の衝突が始まるその瞬間に空中に現れた、巨大な光り輝く魔法陣。その中心には豪奢なローブを纏ったアンデッドが一体。

 両脇を赤と白の悪魔に護られたアンデッドは、困惑する兵たちの矢礫や魔法を意にも介さず詠唱を続ける。

 

 不意に陣中に風が吹く。

 

 草葉一つ揺らさぬそれは、だが確かに兵たちに忍び寄り、その魂を抜き取った。

 

 両軍を合わせ10万の命が音も無く奪い去られ、理不尽な戦友たちの死に兵達は混乱を極める。

 上に立つ者達はあまりの想定外に兵を一旦退こうとするが、全ては遅きに失していた。

 

 アンデッドの隣に浮く、漆黒の珠。

 

 最初は見えないほどの大きさだったそれは、兵たちの命を、困惑を、絶望を吸っているかのように肥大化を続け、遂には太陽を隠すような巨大なものへと変貌を遂げる。

 

 

 そして―――絶望が産み落とされた。

 

 

 可愛らしさすら感じる仔山羊の声が戦場に響き渡る。

 数多の犠牲者が奏でる、絶望の叫喚と一緒に。

 

 

 四匹の仔山羊が縦横無尽に戦場を駆け回り、哀れなヒトを蹂躙していく。

 残る一匹の仔山羊の背で寛ぎながら、アンデッドはその様を眺める。地獄と化した戦場の中で、骨の両手を叩くカチ、カチという音が響いた。

 

 

 「は、は、は。これは凄い。仔山羊の五体同時召喚など、あの世界でも見たことはなかったぞ」

 

 「おめでとうございます! ■■■■様」

 

 「魔の王たるに相応しいそのお力。間近で拝見する僥倖に随喜するばかりにございます」

 

 

 ここには居らぬ友にも見せてやりたかった、と零すアンデッドの声色からは無邪気な喜びの色。

 両脇に控える悪魔たちも眼前の地獄絵図を満面の笑顔で眺めながら、はしゃぐ主を褒め称える。

 

 

 「しかし、あやつは一体何をしているのか。

  勝手に出歩くのは何時もの事としても、行き先と期間くらいは残していけというのに。

  全く、仕様の無いやつだ」

 

 

 愚痴るアンデッドだが、その言葉に険はない。『あやつ』の事を心から信頼し、親しみを感じている事が伺えた。

 

 

 「まあ、良い。此度の事はあやつが還った時にでも聞かせてやると――ん?」

 

 

 ぱぁん、と音を立てて、一匹の仔山羊の頭が爆散した。

 

 三体が音の方向を向くと、その先に立っていたのは一人の威丈夫だ。

 小脇に何やら薄汚れた襤褸のような物を抱え、たった今仔山羊を屠殺した右腕はどす黒い血に塗れている。

 男にしては長い黒髪は顔を半分隠し、その表情は窺い知れない。

 

 

 「ああ、■■■! お前も来ていたのか」

 

 

 自らが生み出した存在を目の前で無残に殺されたにも関わらず、アンデッドの声は非常に弾んだものであった。それも当然だ。彼からすれば、弾け飛んだ仔山羊などただの魔法の副産物であり、時間が経てば消えて無くなる消耗品でしかない。それよりも目の前の男の方が万倍大事である。と、彼の浮き立った声がそう示している。

 両隣の悪魔も笑顔のままに、隣の主へそうするのと同様、丁重な礼の形を取っていた。

 

 

 だが、男は俯いたまま、黙して語ることはない。

 

 それに気付かず、アンデッドは尚も言葉を連ねた。

 

 

 「見ろ、彼らの兵たちを10万ばかり餌にしてみたら、五匹も仔山羊が産まれたぞ!

  一度にこれ程の数を召喚出来たのは、私が初めてじゃないか?

 

  ……おい、どうした?」

 

 

 語りかけるアンデッドだが、俯いたままの男の姿に流石に違和感を覚えたのか、男を案じる言葉を投げ掛ける。

 その声色からは明らかに心配の色が伺える。心から、相手の事を案じているのだ。

 

 

 「……どうした、か。それも分かんなくなっちまったか。■■よう」

 

 

 どさり、と男が抱えていた襤褸を落とす。血と泥で汚れたそれに包まれて、歪に曲がった腕が見えた。

 

 

 「? なんだ、兵に知り合いでも混じっていたか? ならばメイド長に――「■■よおッ!!」

 

 

 ――蘇生させれば、という言葉は男の叫びに掻き消された。

 両脇の悪魔たちも困惑した雰囲気を隠せない。男が何に激昂しているのか理解が出来ないからだ。

 

 アンデッドも男の豹変に首を傾げるが、それでも対応は変わらない。相手は親友なのだ。

 

 

 「――なあ、■■よう。俺達はさ、勘違いしてたんだよ」

 

 「……勘違い?」

 

 「ああ、そうだ。俺達はさ、あの世界から力と見た目だけを持たされてこの世界に転がり込んだ、ただの元サラリーマンだってさ。ずっとそう思ってた。

 

  ―――でもな、違ったんだよ」

 

 

 違う? 何が違うと言うのだろう。

 男の言うとおり、自分と彼はここではない世界からそれぞれアンデッドと妖の身体を得てこの世界へと流れ着いた。元々はただのニンゲンであり、友人同士だった。そこに認識の齟齬は無い――筈だ。

 

 だが、男は悲しそうに眉を顰めると首を振る。

 

 

 「違う、違うんだよ。■■。

 

  俺も、お前も。二人の記憶を持っているだけ。それだけの、ただの化け物なんだ」

 

 

 くしゃくしゃに歪んだ顔を両手で覆う。その様はまるで泣き崩れているようにも見え、さりとて涙は一滴とて流れはしない。

 丸められた背中がわなわなと震えると、身体が爆発的に膨れ上がる。本来の姿である黄金の獣に戻ったのだ。

 

 

 「……俺は、ずっとその現実から目を逸らしてたんだよな。

  ここに来る前がそうだったみたいに、ずっとお前と俺とで一緒に馬鹿やって、冒険して、笑い合えるもんだと思いたかった」

 

 「何を――言っているんだ?」

 

 

 分からない。

 彼の言っていることが理解できない。

 

 

 「お前は、私の友だろう? たかだか器が違うだけで、そこに何の違いがあるというのだ」

 

 「それが分からないから、化け物だと言うんだよ。

 

  ――でもな、俺はお前と違って半端だからさ。辛いんだよ。

  ヒトだった頃の残り滓が、違う、そうじゃないって騒ぎ立てる。完全な化け物にも成り切れない」

 

 

 だから――

 

 

 「さよならだ……■■■。

 

  俺にはお前たちを止める程の力はない。かと言ってダチを殺せるほどの覚悟もない。

  でも、ヒトを忘れてしまった、ただのアンデッドのお前をこれ以上見ていることはできない」

 

 

 そう言うと男は踵を返し、ゆっくりと宙へ浮かぶ。

 

 彼の飛行の速度は仲間の中でもトップクラスだった。

 本気で飛んで逃げられてしまえば、今の彼の配下では追うのは困難を極めるだろう。

 

 それだけはさせられない。離反の意思を持ったまま、彼を行かせてしまったら――

 

 

 「ま、待て! 待ってくれ■■■!

 

  ――いや、■■■■!」

 

 

 アンデッドは必死だった。

 

 自分に何か非があったのであれば改善しよう。詫びろと言うのであればこの頭を深く下げ、泥にだって擦り付けよう。

 お前こそはたった一人だけ、たったひとりだけ自分と一緒にいてくれた、唯一の友なのだ。

 

 莫逆の、友なのだ。

 

 

 だから――行かないでくれ!

 

 

 「……不義理な親友の頼み事を、もし聞いてくれるなら。■■■よう」

 

 「な、何だ! 何でも言ってみろ! だから――」

 

 

 「俺を、追わないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 金色の獣は飛び去り、後には哀れな屍の王だけが残った。

 配下の悪魔が口々に何かを言っているが、彼の耳には届かない。

 

 

 何故、何故、何故――?

 

 

 空っぽの頭蓋の中で、疑問の言葉だけが木霊する。

 

 

 万の下僕を従える権力も

 

 十万の命を一吹きで消し飛ばせる無比の魔力も

 

 百万の時を経て朽ちる事のない不死の身体も

 

 一瞬で全てが空虚と化してしまった。

 

 

 心を閉じた彼の心には、もう何も届かない。

 

 何も。

 

 

 何も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あわわわわわ……」

 

 

 自室で現状を打破すべく考えを練っていたモモンガだが、一時間が経っても打開案は浮かばなかった。

 

 それどころか己の脳裏に過ぎった、考えうる限り最悪の未来予想図。

 

 根本的なスペックが上がっているためか、それは驚くほどの鮮明さを持って彼の心を打ち据えた。

 アンデッドの特性である精神沈静化がひっきりなしに発動し、視界を緑に染めているがまるで効果はない。

 

 転移したての今だからこそ、鈴木悟としての記憶と思考を保ったまま客観的に物事を見られるし、人間だった時の自身であればどのように行動するかをシミュレートする事もできる。

 

 だが、アンデッドとなり人との共感性を失ったことは先の一件で明らかであるし、人であった時の記憶が薄れれば薄れるほどに彼の思考はアンデッドのそれに近付いていくだろう。ただの悲観的な妄想と切って捨てることはできなかった。

 

 

 「か、考えろ鈴木悟。どうすればいい、どうすれば……」

 

 

 友に見捨てられ、たった一人で永遠の時間を過ごすなど悪夢でしかない。

 

 自分を慕ってくれている下僕たちはもちろん大切な存在と言えるが、彼らはあくまで仲間の子供のように捉えているモモンガにとっては、やはり第一はヤマネだ。どうにかして価値観を彼と共有しなければ。

 混乱したまま闇雲にインベントリを開けたり閉じたりしていると、一つのアイテムが彼の目に留まった。

 

 

 (あ――!? こ、これだッ!) 

 

 

 希望を見出したモモンガは、すぐにメッセージを起動し、友へと繋いだ。

 

 

 「……ああ、ヤマネか? ちょっと急ぎ頼みたいことがあるんだが、俺の部屋まで来てもらっていいか?」

 

 

 実行するのは出来るだけ早いほうがいい。彼との溝が生まれる前に、一刻でも早く。

 

 

 

 

 

 

 「おーう、来たぞー」

 

 「ああ、悪いな。寝てるとこ起こして」

 

 

 ふぁー……と、金の鬣をポリポリと掻きながら欠伸をするヤマネ。

 一寝入りして整理がついたのか、先程までの張り詰めた雰囲気は鳴りを潜めていた。

 

 

 「いんや、二度寝しようか迷ってたところだったからちょうどいいさ。んで、どうした?」

 

 「ああ、それなんだけどさ、

 

  ――人化のスキルを手に入れようと思うんだ」

 

 

 は? とヤマネが首を傾げる。

 

 

 「人化のスキル……って、オーバーロードってそんな事できたか?」

 

 「出来ないさ。手に入れるって言ったろ? これを使うんだ」

 

 

 そう言って右手の人差指を立てて見せる。そこには四角い台座に3つの流れ星を象った指輪が光っていた。

 

 流れ星の指輪。超位魔法<星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)を三度まで代償無しに使用できる、超が二つ付く程のレアアイテムだ。

 ヤマネが訪れる前に予め実験をして<星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)の効果が選択式ではなく任意の願いを叶えるシステムへ置換されている事を確認していたモモンガは、この指輪の力であれば人化のスキルも取得できると踏んでいた。

 

 

 「あー……思い出したぞ。お前がムキになってガチャに有り金突っ込んで、しばらく俺んちでメシを食ってた時のアレな」

 

 「あ、はい。その節は大変お世話になりました……」

 

 

 かつて鈴木悟はこのアイテムが当たるガチャイベントであまりの運の無さにヤケを起こし、ン十万の資金を投入した事がある。

 どうにか目的のアイテムは手に入ったものの、安価な筈の合成食すら買えずに日に日にやつれて行く彼を不思議に思い、ヤマネが事情を聞き出したのだ。

 その結果、彼には給料日までの食事と、特大のたん瘤が与えられた。

 

 

 「まぁいいや。それで? 何で急にそんな事になったんだ」

 

 

 「……ゲーム内のアバターが自分の身体になってから、色んな検証をしただろ?

  魔法の使い方とか、状態異常耐性スキルの効果とかさ。

 

  最初は動揺が抑えられて助かるとは思ったけど、さっきの鏡で実感したんだ。

  俺は人間を同種と思えなくなってる。

 

  ……お前もそうなんじゃないか? ヤマネ」

 

 

 「――ッ!」

 

 

 ヤマネが息を飲み、その眉根に力が篭もる。

 元々情の深い男だから自分ほどではないだろうが、彼も薄々は感じていたのだろう。

 

 

 「人が死んでも、虫同士の争いを見てるみたいだった。アンデッドと人間の違いを痛いくらいに感じたよ。

 

  だから――まだ俺がそれを自覚できてるうちに。死の支配者(オーバーロード)のモモンガじゃなくて、鈴木悟として。

  人として思考ができる内に、手を打っておかないと」

 

 

 「……ああ、確かになぁ。人化した時に感じた妙な違和感もそのせいか。腑に落ちたわ」

 

 

 ヤマネの言葉に頷く。やはり思考も肉体の性質に引っ張られる傾向があるらしい。

 せっかく貴重なアイテムを使って得る人化が無駄に終わっては困ってしまうからひと安心だ。

 

 

 「ああ。それでここからが本題なんだが……」

 

 「あん? 今のが本題じゃなかったのか?」

 

 「いや……関連はしてるんだが、こっちが頼みたい事になる」

 

 「……分かった。聞こうじゃないか」

 

 

 少し言い出しづらそうに口ごもるモモンガに重要性を悟ったヤマネ。居住まいを正して次の言葉を待った。

 

 

 「その……、人化後のデザインを、どうしよっかなー、と」

 

 

 「………………は?」

 

 

 何だ、今目の前の骨はなんと言ったのだ。でざいん?

 

 

 「あ、いや、俺って割とデザインとかそっち系のセンス無いだろ?

  長く付き合ってく身体だから、作って後悔するような事はしたくないじゃないか。

  シモベ達にも舐められないような、良い感じのアバターを作りたいから、その、だから、な?」

 

 

 焦ったようなモモンガの弁明が、次第にもごもごと小さくなっていく。

 それは照れからのものか、それとも

 

 

 言葉を重ねる毎に圧力を増す、目の前の金色の獣からの怒気に中てられてのものか。

 

 

 「……っ構えて損したわっ! ど阿呆!」

 

 「ふぐぁっ!?」

 

 

 100%近接ビルドのデコピンは恐ろしく痛かった。

 

 

 

 

 

 

 シモベ達に再び招集が掛かったのは、それから更にニ時間後。

 法国への対処についての通達があると告げられたが、今回の会場は会議室ではなくモモンガの自室だ。

 

 

 「お、来たな。まぁ入れ」

 

 「こ、これはヤマネ様! 御方自らのお出迎えなど――」

 

 「ああ、メイドは今忙しくてな。まあ気にすんな」

 

 

 ドアが開いたと思えば、目の前には人に化けたヤマネの顔。

 

 どこの世界に部下の応対を主に任せるメイドがいるのか、とか。

 そもそもそこまでせざるを得ない役目とは何なのか、とか。

 一律に困惑を顔に貼り付けた守護者達一堂だが、応接室に入った瞬間にその感情はピークへ達する。

 

 

 

 

 「……ん、もが、んぐっ」

 

 「「「「も、モモンガ様っ!?」」」」

 

 

 そこには、口いっぱいにハンバーガーを頬張る、ナザリックの最高権力者――と同じローブを着た人間がいた。

 

 

 ヤマネの顔がインド系とすれば、彼の顔はアジア系。

 短めの焦茶色の髪を後ろに流して撫で付けた、俗にオールバックと呼ばれる髪型。

 やや目尻の下がった眼差しは温和そうな印象を与えるが、吊り上がった眉根は意志の強さを感じさせた。

 

 鈴木悟の顔の造作を整えた物をベースにしたその造形は

『美形すぎるのも恥ずかしいが、地味すぎるのも威厳に欠ける』と我儘を言うモモンガの要望を満たすべく、二人で要素を足していった結果である。

 モモンガの羨望故か――それとも嫉妬故か。その顔立ちは美形であったたっち・みーの現実(リアル)の顔にもどこか似ていた。

 

 

 「むぐ、んぐ……ふぅ。

 

  ――ああ、済まんなお前たち。呼びつけておいてみっともない姿を見せた」

 

 

 「い、いえ。とんでもない事です。しかしモモンガ様、その御姿は……」

 

 

 「うむ。それを語るには私達という存在の根本的なところから語る必要があるのだが

 

  ――お前達は、私やヤマネのような『プレイヤー』と呼ばれる者達が

  『リアル』と呼ばれる高次元に住まう存在だと言うことは認識しているか?」

 

 

 皆が頷く。NPC達の近くでしていた会話の内容も憶えていたことから、それらから推察したのだろう。

 

 流石にナザリックも含め全てがゲーム内のデータだとは認識していないだろうが。

 

 

 「そして、私達プレイヤーはどのような姿を取っていても、その姿はこの世界に映された影でしかない。

  リアルにある本来の身体はいわゆる『人間』と呼ばれる種族のそれと酷似しているのだ。

 

  ……だが、根は同じにも関わらず、あの世界では異形種に対する迫害が横行した。

  迫害者達に対抗するため、自助組織として手を取り合った異形種達。それが我ら(ギルド)の始まりだ」

 

 

 下僕達の言葉はない。

 主が語る創生の秘話に誰もが胸襟を正し、主の次の言葉を待つ。

 

 

 「だが、ユグドラシルからの転移によって化身(アバター)と正体との繋がりが断たれてしまった。

  これまでは遠隔的に操作していた身体を、これからは自身の肉体として操らねばならなくなってしまったのだ。

 

  ……元の肉体に大した思い入れは無いが、やはり人の身体とアンデッドの身体では齟齬が大きい。

  最悪の場合、精神に変調を来す可能性もあることが先程の報告会で判明したのでな。

  既に人化の法を持つヤマネに手伝ってもらい、私も会得してみた、という訳だ」

 

 

 「つっても、俺が手伝ったのなんて顔の造作のアドバイスくらいだけどな。

  感覚的に使ってるもんを教えろと言われても困るし」

 

 

 「「「お、おぉぉ……!」」」

 

 

 なんと――!

 

 ギルドの長であるモモンガの大事は、それ即ちナザリック全体の大事でもある。

 至高の御方々はまたもやナザリックの危機を人知れず退けていたというのか。

 

 

 「お前達には事後通達となってしまい済まなかったが、今回はあくまで片手間で済む事だったからな。

  決して諸君らを軽んじている訳では無いことは理解してほしい。

 

  無論、今までの姿も―――この通りだ」

 

 

 モモンガが己を隠すように両腕を交差させ、目の前で開く。

 すると、そこにはいつも通り、死の支配者(オーバーロード)の姿のモモンガが現れた。

 後方でホッと安心したような息が漏れたのは、屍体愛好家のシャルティアのものか。

 

 再び人の姿に戻ったモモンガがハンバーガーを一齧り。

 

 

 「どちらの姿にも利点があり、不利点がある。今後は使い分けていく形になるだろう。

 

  ……こんな風に、料理長の作った絶品料理を堪能できるのもこの身体の利点だな」

 

 

 いずれお前たちと酒でも酌み交わしたいところだ。とおどけたように笑う。

 

 気付けば守護者達の表情からは戸惑いが消え、いつも通り――いや、それ以上の崇敬の気持ちが見て取れた。

 

 

 「(よしっ……! 守護者たちからの悪感情は無いみたいだな。作戦は成功だ)」

 

 

 何せ一部を除けば殆どが<カルマ:悪>の異形種ギルドである。主が人間種の姿を取ることで反感を買うかもしれないと内心戦々恐々であったが

 モモンガの事実を交えた誠意ある説明によって結束は深まった事だろう。多分。

 

 

 

 ――いや、一人だけモモンガから目を逸らし俯いたままの者がいる。

 

 

 「……どうした、アルベド。この姿は不満か?」

 

 「……い、いえ……」

 

 

 その返事にはいつものような明瞭さはない。

 守護者の中でも特にアルベドは人間種に対する蔑視が強い傾向にある。

 忠誠心も一際強い筈だが、そういった感情が内心せめぎ合っているのだろうか。

 

 

 「どうした? 言ってみよ。他ならぬお前たちからの言葉であれば決して無下にはしない。

  どのようなものであれ真摯に受け止めようとも」

 

 

 「は、はい……

 

  ええと……そ、そのっ、胸元が……」

 

 

 「胸元?」

 

 

 「そっ、そのように胸元の開いた御姿はっ、あ、ああアルベドには少々刺激が強すぎますっ!

 

  どうか、どうかお身体をお隠し下さいませ!」

 

 

 顔を真赤にして、振り絞るように上げられた言葉が場の空気をかき回す。

 

 

 ……は?

 

 

 言われてモモンガは自身の胸元に目を落とす。

 

 成る程。アンデッド時代は特に気にもしていなかったが、人の姿となればまた事情が変わってくる。

 胸元を晒し鳩尾の紅玉まで晒すローブ姿は、確かに少々露出が激しいかもしれない。

 

 

 「あー……済まなかったな、アルベド。淑女の前でこの格好は、確かに些か配慮を欠いていたようだ」

 

 「い、いえっ……私こそ、分際を弁えず差し出がましい事を……」

 

 

 「……あー、お二人さん。とりあえず丸く収まったわけだし、本題に入ろうや」

 

 

 見合いの席のようにぺこぺこと謝り合う二人だったが、ヤマネの指摘で我に返った。

 人の姿を取っている時のモモンガには精神沈静化のスキルが働かないため、予想外の出来事には素が出やすいという弊害がある。

 

 気を取り直したモモンガ。「ん゛ンッ!」と咳払いを一つ、改めて姿勢を正して下僕達に向き直る。

 

 

 「それでは、この件についてはひとまずこれまでとし、改めて本題に入るとしよう。

 

  件の無作法者への仕置きと、ナザリックの短期方針についてだ。

 

 

 

  ――まず、私は今後対外的には『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗ることにした。

 

  今後は少なくともナザリック外で私を呼ぶ際は『アインズ』と呼ぶことを命ずる」

 




個人的にはトップクラスに賛否が分かれると思う人化要素、
相応の理由は示せていたでしょうか。

冒頭の裏切られて心を閉ざすモモンガ様は書いててとても愉し――心が痛かったです。

数日中にシモベ側視点の閑話を投稿したら、その次からいよいよ初めての外出。
気長にお待ち頂ければ幸いです。

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