莫逆LORDS   作:tyuuya

5 / 7
これでひとまずナザリック転移編は終了です。
アルベドパートはもしかしたら書き足すかも……


閑話 その後のシモベ達

 

 「――いやはや……かの御方はいつも私達を驚かせてくださる。まさか、あのような事が可能だとはね」

 

 

 モモンガの部屋を辞して暫し。九階層の廊下を歩きながらデミウルゴスが口火を切った。

 

 

 「ええ、そうね……。守護者統括として至高の御方々に恥じぬ働きを。

  そうあろうと心がけ、努めているつもりではあるけれど……正直、心配になってきたわ」

 

 「ね! だから言ったでしょ? モモンガ様は超アンデッドか、神アンデッドなんだって!

  ただのアンデッドにあんな事が出来るわけないじゃない!」

 

 「う、うんっ。すごかったね、お姉ちゃん」

 

 「考案サレタ策モ大胆ニシテ的確。流石ハ御方ト言ワザルヲ得ナイモノダッタ」

 

 

 モモンガの部屋を辞した守護者達が口々に彼の凄さを称えている。

 

 それも宜なるかな。アンデッドは本来死した者達。たとえ肉の器を得たとしても死者は死者だ。

 それが件の御方はどうか?

 ものの一刻で己に迫った危機に対応し、肉の器ではなく「生ある身体」を手に入れてしまった。

 規格外にも程があるというものだ。

 

 

 「しかしアルベド、あれは無いと思いんすえ?」

 

 「な、何かしら?」

 

 「すっとぼけなんし!

  なーにが「そのような胸元の開いた御姿は刺激が強すぎますぅ」でありんすか!

  ぬしはサキュバス。性欲の権化でありんしょうが!」

 

 

 「あまりの白々しさに鳥肌を抑えるのが大変でありんしたわ!」と憤慨するシャルティア。

 おろおろと助けを求めるように守護者達を見回すアルベドだが、揃って視線を逸らされてしまった。

 うわキツ、と思っていたのは彼女だけでは無かったのだろう。

 

 

 「し、仕方ないじゃない!

  私はサキュバスとしてタブラ・スマラグディナ様に創り出されたけれど、

  ヤマネ様より『清純たれ』とも望まれているんだから!」

 

 

 そう、ヤマネが設定した未通女という設定は転移後も活かされている。

 その結果アルベドは「淫魔で処女で初心」という、何ともペロロン的な頭の悪いキャラクターである事を強いられているのだ。

 

 そして至高の御方がそうあれと定めたのであれば、下僕達がそれを詰ることは不敬でしかない。

 シャルティアは己の奥底より湧き上がる形容困難な気持ちをぐぬぬと押し殺す事となった。

 

 

 「まぁしかし、御方が新たな力を手に入れられたことはナザリック全体にとっても僥倖と言うべきだね。

  これは本当に素晴らしいことだよ!」

 

 「ム、ドウイウコトダ? デミウルゴス」

 

 「なに、簡単なことさ。

 

  ――君たち、モモンガ様とヤマネ様のご子息、ご息女にもその忠義を尽くしたいとは思わないかね?」

 

 

 その発言に誰もが目を剥いた。

 

 

 「モモンガ様とヤマネ様は至高の御方々の中で最後まで我らと共に在ろうと仰ってくださった

  慈悲深き方々だ。もちろん、私だってその御心に全力で報いたいと思うよ?

 

  しかし、かの方々は余りにも高みに在している。

  慈悲に縋るだけで満足に御方の為に尽くせていない、

  そう気に病む者も多いのではないかと思うんだ。

 

  もし我らの中で御方のお眼鏡に適う者がいて、その貴き血をお残しになられたら。

  将来的に御方々の血を引く支配者階級と、ナザリックの下僕たち奉仕階級が生まれる事になる。

  そうなれば御方々の慈悲に甘えるだけだった弱きモノ達も、御方の為に尽くす機会が増えるんじゃないかな」

 

 

 デミウルゴスはその素晴らしき未来を想像する。

 

 至高の御方の指揮のもと、御子達がそれぞれの階層の主となり、階層守護者はその補佐として仕える。

 いざ遠征となれば、各々が一軍を率いて万象を蹴散らして征くのだ。

 聡明な御方であれば、自身に思いつく程度の事は織り込み済みで事を運んでいても何も不思議はない。

 

 

 「フム……成ル程ナ。ソレハ確カニ素晴ラシイ事ダ。

  ――オオ、坊チャマ! 爺ハ、爺ハココニオリマスルゾ……!」

 

 

 「その場合、御胤(みたね)を賜るのはやはりナザリックの者が望ましいと思うんだが、お嬢様方はどうお考えかな?」

 

 

 武人肌のコキュートスにとって、主君の子息の護衛や指南役などはまさに垂涎の立場。

 たちまち想像の世界へ旅立ってしまった友人に生暖かい視線を向けつつ、女性陣に問いかける。

 

 

 「んー、あたしはまだ76歳だから、ちょっと早いんじゃないかなと思うんだよね。

  お嫁さんって立場に憧れないこともないけど。もう少し大きくなってから……かな?」

 

 

 アウラは闇妖精種としてはまだ子供の年齢であるから、これは仕方がない。将来に期待だね、と頷く。

 

 

 「わたしは多くは望みんせん。

  御方のお気の向いた時にあの神々しいお身体に懐かれる幸福を賜われるだけで満足でありんすから。

  ――ああ、もちろん、御方から求めて下さるのであれば是非もありんせんが」

 

 

 これもまた、屍体愛好者のシャルティアらしい答えと言えた。

 人の姿も魅力的なのは間違いないが、やはり食指が動くのはアンデッドの姿という事なのだろう。

 ここまではデミウルゴスも予想していた。次が彼にとっての本命の相手だ。

 

 

 「なるほどなるほど。

  では――アルベド。君はどうかな」

 

 「ふぇっ!?」

 

 「君は先程言ったね。「ヤマネ様から清純たれと望まれている」と。

  という事は、君のその状態は少なくともヤマネ様の希望に沿ったものと言う事だ。違うかね?」

 

 「え、ええ。そう……だと思うわ。

  私の性質を変える際に、最初は「モモンガ様を愛する」ようにするお積りだったようなのだけど

  モモンガ様がそれをお止めになって、今のものに落ち着いたの」

 

 

 ふむ、と口に手を当てデミウルゴスは考える。

 

 自身の友を愛すように設定し、それを諌められ訂正した結果として今のアルベドがあるとするならば、

 少なくともヤマネ様はモモンガ様の伴侶となることを期待しているのだろう。

 

 それに先程のやり取りである。

 アルベドの素っ頓狂な態度も不快とせず、それどころか気遣いと詫びの言葉まで掛けて下さっている。

 

 

 「……であれば、やはりモモンガ様の伴侶としてはアルベドが最有力候補であることは間違いないだろうね。

  ナザリックの今後100年は、君の双肩に掛かっている。

  くれぐれも、御方のお心を裏切ることの無い様に期待しているよ?」

 

 

 「そ、そんな事言われても、何をすればいいの?」

 

 「サキュバスの本能的に男の悦ばせ方と言うのは感覚で分かったりしないのかね」

 

 「しないわよ!

  そ、それにやっぱりそういう事は、愛情が大切だと思うの。

  こう、文を交わしたりとか、一緒の馬で遠乗りに出かけたりだとか……」

 

 「がっふッ!?」

 

 「シ、シャルティアが舌ヲ噛ンダッ!?」

 

 

 頬を染め、もじもじと胸の前で指をいじりながら、ピンクのフリルにまみれた妄想を撒き散らすアルベド。

 ここまでとは思っていなかったデミウルゴスもそのお花畑具合に頭が痛くなる。

 

 

 「(いや……或いは、そういった無垢な花を手折ることこそが御方の望みかもしれませんね)」

 

 

 そういった趣向であれば彼にもよく理解できる。

 そして、もしそうであるならば下僕風情が軽々しく口を出すべきではないだろう。

 先の計画はあくまでデミウルゴスの構想であり、至高の御方からお言葉を賜ったわけではないのだから。

 

 

 「……分かりました。では一旦この話は保留としましょう。」

 

 「ほっ、ホント!?」

 

 「ですがアルベド。至高の御方のご意思は全てに優先します。

  その事だけは忘れずにいて下さいね?」

 

 

 再びしゅんと小さくなるアルベドを見て心中で溜め息を吐くデミウルゴス。

 しかし、彼もまさか自身の主が目の前のへなちょこ同様無垢な身体だとは想像だにしていなかった。

 

 彼の夢見た未来は、まだ遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユリ・アルファは心身共にすこぶる充実していた。

 

 絶対の主たる至高の御方がこの世界に踏み出す第一歩。その随行を命じられたためだ。

 ナザリックに仕える下僕達にとって、至高の御方々に奉仕する事は義務であり、幸福であり、存在意義そのものである。ましてや御方の傍に侍りその雑事を任されるとあらば、生真面目一辺倒で通っているユリをして、頬が緩むのを渾身の意志で抑えつける必要があるほどに。

 

 ちらりと横を見れば、同じように随伴の命を受けた妹――ナーベラル・ガンマが己の表情筋と格闘している。

 普段は仏頂面でいる事も多い妹だが、油断をするとすぐに持ち上がりそうになる口角に四苦八苦し眉を顰めながら頬を両手で捏ね繰り回している姿は何とも可愛らしいものだった。

 

 ――出発は12時間後。

 それまでは待機とし、万一の粗相もないよう万全の体制を整えておくようにと命じられている。

 

 弾む気持ちを宥め、自身とルプスレギナ、ナーベラル三人の部屋の扉を叩いた。

 

 

 「……あら?」

 

 

 部屋にいる筈のルプスレギナの返事がない。外出しているのだろうか?

 首を傾げたが、まあいいか、と扉を開けるユリ。そこで彼女は、世にも珍しいものを見ることになった。

 

 

 

 

 

 「――これって、ルプスレギナ、よね?」

 

 「その筈だけれど……」

 

 

 額を抑える二人の前にあるのは、尻。

 ベッドのシーツを頭から被り、尻を突き出した体勢ですすり泣く妹の変わり果てた姿だ。

 深くスリットの入った僧衣は程よくはだけ、健康的な褐色の太腿と黒のガーター。また悶えながら尻を振るものだから、見えてはいけない物もチラチラと見え隠れする。有り体に言って非常に目の毒な状態だった。

 

 

 「ちょっと! 何があったの? こらっ、ルプスレギナ、ったら!」

 

 「うー! うぅーっ!」

 

 

 腰の辺りを捕まえて布団から引っ張り出そうとするが、布団を掴んだまま暴れてなかなか思うようにいかない。

 どったんばったんと大騒ぎをしている隣室を不思議に思ってか、開いたままの扉からソリュシャンが顔を出した。

 

 

 「あら、姉様方。どうなされたんですか? 扉を開けたままで」

 

 「あ、ソリュシャン。ルプスレギナの様子が可怪しいの。何か知らないかしら?」

 

 

 ソリュシャン・エントマ・シズの部屋はすぐ隣であるから、彼女が部屋に居たのであれば何か聞いているかも知れない。

 「んー……」と、頬に人差し指をあてた格好で考え込むソリュシャン。

 

 

 「ああ、そう言えば先程、部屋に戻る時にメイド長様とすれ違いましたわ」

 

 「ペスが?」

 

 「はい。傍目にもかなりご立腹の様子でしたから、あるいは姉様が何か失敗をしてしまったのでは……?」

 

 

 ユリの脳裏に浮かぶのは彼女の友人でもある継ぎ目の入った犬顔。

 ナザリック四大良心に数えられる程に温和な彼女が、理不尽な怒りをぶつける筈もなく。

 ……そんな彼女に、ここまで塞ぎ込む程に叱責されたとするならば、妹は一体何をやらかしたのか――?

 

 一瞬、最悪の想像が浮かんだ。

 

 

 「る、ルプスレギナ? ま、まさか、まさかの話だけれど……。御方に何か無礼を働いた……な、なんて事は、無い……わよね?」

 

 

 返事は、無かった。

 

 ただ、シーツ越しにも判るほどにはっきりと彼女の背筋が跳ね上がっただけだ。

 

 

 ユリは めのまえが まっくらに なった! 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こんな筈じゃ、なかった。

 

 ルプスレギナ・ベータは煩悶していた。

 理由は言わずもがな、先の食堂の一件である。

 

 至高の御方を出汁にした猥談に興じた上に、あまつさえそれで御方の耳を汚すというメイドとしては最悪に近い失態を犯した彼女。本来は死すらも生温い不忠行為ではあるが、当の御方の寛大な意思により罰らしい罰は無し。代わりにメイド長からの指導のみが取り沙汰された。

 とはいえ、事が事だけにメイド長の怒りも生半ではなく、2時間に渡って正座で説教を受けたことで、彼女は精神的にも肉体的にも酷く疲弊していた。

 

 しかし、誤解のないよう補足しておくと、彼女は決して忠義心に欠ける不出来な下僕ではない。至高の御方への忠誠心は姉妹たちのそれと比較しても決して遜色はないし、仮に御方から自身の為に首を刎ねろと命じられれば、歓びをもってそれに応えるだろう。

 

 では、何故今回のような事が起こったのか?

 それは偏に彼女が生みだされた際に与えられた性質に由来している。

 

 彼女ら姉妹のうち、明確に生真面目な性質を持って生まれたのは長姉と三妹。ユリ・アルファとナーベラル・ガンマだろう。彼女らはたとえそう命じられたとしても御方に対して気安い態度を取ることは困難な程にメイドとしての職務、下僕としての義務に忠実なため、そう言った面で融通を利かせるのが難しいという問題も抱えている。

 

 シズ・デルタについては元々の設定が特殊であるためひとまず置くとして、比較的に融通の利く性質を持っているのがソリュシャン・イプシロンとエントマ・ヴァシリッサ・ゼータだ。彼女らは例えば御方に気安い対応を取るように、と命じられればその通りに対応してみせる柔軟さを持っている。

 

 そしてルプスレギナがどちらに属するかと言われれば、当然ながら後者である。

 ひとたび命じられれば、メイドとしての粛々とした対応も、友人のような気安い対応も、果ては敵同士のような尖った対応も全て可能な判断と切り替えの速さを持っている。

 

 が、これが今回は仇となった。

 

 彼女はただ、異変に不安を感じている仲間たちに明るい話題を提供して不安を和らげながら、確実に共感できつつ士気の上がる御方の話題で盛り上がろうとしただけのつもりだった。

 思いのほか仲間たちのノリが良かったせいで、つい風呂敷を広げ過ぎてしまっただけなのだ。

 それがよりによって最も聞かれてはいけないお方に聞かれてしまった。

 

 

 「う゛ぅぅぅぅ……」

 

 

 その場で首を刎ねて下さったならば、己の不忠の報いと潔く死ねただろう。

 身の程を弁えよと詰って下さったならば、一頻り泣いてから己を省み、鉄の心で尽くせただろう。

 

 だが、あの裁定はまずい。非常にまずいのだ。

 『慕う気持ちからくるものであれば無下に切り捨てるものではない』などと、思わせぶりな態度を取られては。

 それが御方の優しさ、下僕に対する慈悲の気持ちからであるとは分かっていても……

 

 『受け容れられるかも』と。期待を、してしまうではないか。

 

 

 「うあー、もー、何なんすかぁ……!」

 

 

 心の臓は激しく脈を打ち、動悸は治まることを知らない。

 体験したことのない感情に振り回され、ルプスレギナの思考はぐちゃぐちゃだった。

 

 さもありなん。ルプスレギナは姉妹の中では性知識が豊富な方ではあるが、所詮は耳年増でしかない。

 図書館で公開されている少女漫画(贈:ヤマネ)。と、何故か近くに収められていた薄い本(犯人:ペロロンチーノ)が主な情報源であり、恋心などという感情はついぞ感じたことがないのだ。

 あくまで上記の文献と、強きオスを求める獣人のメスとしての一般的な感性から惹かれるシチュエーションを語っただけで、であるからこそ照れもなく過激な発言ができたとも言える。

 

 だが、今は違う。

 あの時と同じ内容を思い浮かべようとすれば、より鮮明なイメージが浮かんでしまう。

 

 御方に抱き竦められ、耳元で愛を語られ、そして――

 

 

 「~~~ッ!」

 

 

 内容がエスカレートしそうになったのをぶんぶん首を振って振り払う。顔が林檎のように赤くなっているのは見えずとも明らかだ。

 

 植え付けられた恋心の種は、芽生えたばかり。

 彼女がそれを正しく自覚して花開くには、まだまだ時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 「こ、の、駄犬がぁっ!!」

 

 「ぁぎゃんっ!?」

 

 

 さて、そんな桃色の煩悶に苛まれながら、なおも褐色の尻をふりふりと悩ましく振りたくる姉妹の姿に、最初に堪忍袋の尾を千切り捨てたのは三女。ナーベラル・ガンマだった。

 戦闘メイドとしての主武装であるメイスを手に取り、渾身の力をもって色に惑う姉の尻に向けてフルスウィング。

 レベルにおいては末姉に次いで姉妹中二位を誇る妹に全霊で尻をしばかれ、駄犬呼ばわりの姉はダブルサイズのベッドから転げ落ちた。

 

 

 「あいっだだだだ……。な、ナーちゃぁん……お姉ちゃんのお尻に何の恨みが――」

 

 「正座」

 

 「え」

 

 「せ い ざ」

 

 「アッハイ」

 

 

 ナーベラルは激怒した。

 石化したかのように沈黙した長姉に代わり、必ず、かの荒淫無恥の姉を正さねばならぬと決意した。

 ナーベラルには大局はわからぬ。後衛寄りのスキルではあるが、中身はぶっちゃけ脳筋だった。

 けれど、至高の御方に対する不忠に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 

 「吐きなさい」

 

 「あ、あの……ナーちゃん?」

 

 「いいから吐きなさいこの駄姉。一体何をやらかしたの」

 

 「あぅ……」

 

 

 もちろん、無愛想ながらナーベラルとて姉妹の情はあるし、普段であれば姉相手に高圧的に出ることもない。

 今回は御方に対するものであった為、本来この役目を負うべきだった姉が思考停止の状態にあったことから、可及的速やかに事情を把握し、来たるべき任務に支障の出ないよう事態の解決を図るべきと考えた為だ。彼女なりに。

 その長姉を思わせる威圧感に気圧され、正座したままだったルプスレギナはますます小さくなってしまう。

 だが、無礼を働いたというところには頷いても、具体的に何をしたのかという問いには貝のように口を閉ざし、ずびずびと鼻水をすする音だけが部屋に響いた。

 

 

 「……こうなったら、実力行使しか無いようね……」

 

 「ま、待ちなさいナーベラル! ……私が聞くわ」

 

 

 かくなる上は無理矢理にでも――! とメイスを再び振りかぶったナーベラルを、緑のガントレットが制した。

 ユリの本音としてはこのまま何もかも見なかったことにして装備の整備にでも勤しみたいところであったが、長姉として流石に姉妹同士で本気の戦闘に繋がるような行為を認める訳にはいかない。

 目眩のしそうな状況で必死に己を保ちながら、俯くルプスレギナの前にしゃがみこみ、優しく問いかける。

 

 

 「ねぇ、教えて、ルプスレギナ。貴女が粗相をしてしまったのは、モモンガ様? それとも――ヤマネ様?」

 

 

 ヤマネ様、と言う単語に肩がピクリと反応した。

 かの御方とすると、今日は昼過ぎから報告会や会議に参加していたはずなので、何かがあったとすればその前。

 

 

 「報告会の前……というとお昼時ね。もしかして、食堂でヤマネ様とお会いしたの?」

 

 

 ビビクンッと肩が跳ねた。間違いない。

 とすれば考えられるのは食事関係での粗相か、何らかの会話によるものではないかと想像できるが、ルプスレギナとて一端のメイドである。そうあれと作られていないのに至高の御方相手に皿を割ってしまったり、調味料を零してしまったりといったドジを為出かすというのは考えにくい。

 

 であれば、後者。ルプスレギナは特に公私をはっきり分けるタイプだから、メイド同士の会話であれば相当ぶっちゃけたトークをかましてもおかしくはない。そこへヤマネ様が偶々出くわしたとすれば――

 

 

 「る、ルプスレギナ? もしかして、何かヤマネ様に対して大変に失礼な発言をした、とかでは無いわよね?」

 

 

 ユリの声は震えていた。もしこの予想が当たっていたとすれば、存在から否定されても文句の言えない特級の不忠行為である。祈るような気持ちで妹を見つめる。

 

 だが。

 

 

 

 「――わ、猥談を聞かれたぁッ!?」

 

 「なんてこと……ルプスレギナ、貴女よく生きてるわね……」

 

 「う、うぅー……」

 

 

 字面だけ見るとユリがルプスレギナに辛辣な言葉を投げ掛けているように見えるが、実際のところ込められた感情は怒りや悲しみよりも呆れに近い。

 これだけの事をしでかして、手討ちにされていない事がおかしいのだ。

 であれば、そこには御方の何らかの意思が込められているのではないか。そうなると過度の叱責や私刑はそれこそが不敬となりかねない。一周回って冷静になってきたユリはそう考える。

 眉根をしかめ口元に手をあてながら考え込む姉を見て『何故粛清しないのかよく分からないが、とりあえず今はまだ殴っては駄目そうだ』と、同じポーズを取ってみるナーベラル。

 

 うーん、と可愛らしく首を傾げていたソリュシャンが、そこへ一石を投じた。

 

 

 「……というか、案外ヤマネ様も満更ではないのでは?」

 

 「……は?」

 

 「いえ、同系統の種族ですし。ルプスレギナ姉様を憎からず想っておられてもおかしくないのでは、と」

 

 

 ボン、と音が聞こえるかと言うほどにルプスレギナの顔が赤く染まった。

 その考えはまさに、先程から彼女の胸に巣食う形容し難い感情の源泉そのものだ。

 

 

 「な、ななななな……」

 

 「……まぁ、それだけの事をしでかしても許されたのは何故かと考えると、一番自然な流れではあるわね。

  問題は、それが事実なのか確かめる方法が無いことだけど」

 

 

 或いは、全く別の深謀遠慮があっての行動かもしれないが、どちらにせよ下僕にそれを推し量ることは難しい。

 あわあわと狼狽えるルプスレギナを見ながら、もう放置して明日の準備に専念してもいいかな、とユリは思う。

 

 先程までの緊張が解れ、一気に生温い空気になった部屋に、ノックの音が響いた。

 

 

 「あら? 誰かしら――エントマ? どうしたの」

 

 「あ、ユリ姉様ぁ。セバス様がルプーに『ヤマネ様のお部屋に向かうように』って伝えるようにってぇ」

 

 「「「!!!」」」

 

 

 これは――来たか。

 

 

 「る、ルプスレギナ! すぐに入浴して身を清めるのよ!」

 

 「私は殿方受けのする下着なんかを見繕ってまいりますわ!」

 

 「エントマ! 半刻だけお時間を頂けないかセバス様にお伺いを!」

 

 「はぁいぃ、分かりましたぁ」

 

 

 時刻は既に夕食時を回り、褥を重ねるには良い頃合いだ。

 そんな時刻に自室へお呼びがかかるのだから、そういう事なのだろう。

 

 

 「うぇ!?、ちょ、ちょっと待――」

 

 「さぁさぁ早く! 貴女が蒔いた種なんだから、自分で刈り取りに行くのよ!」

 

 

 セミスイートの各部屋に、駄犬と呼ばれた姉の悲鳴が響いている。

 きっと姉は今日で乙女を卒業するのだろう。それはとても名誉なことだ。

 御方に無礼を働いたと聞いた時はどうしてくれようとも思ったが、御方がそうあれと望むのならば是非もなし。

 自身とて、好き好んで姉をメイスでしばきたいわけではないのだから、丸く収まって何よりである。

 

 姉妹達の狂騒を横目で見ながら、明日の任務に備えてナーベラルは省エネ体勢に入った。

 

 

 

 

 

 

「(……どうしてこうなった)」

 

 

 ヤマネは困惑していた。

 

 例の法国に対するモモンガの策からハブられた事に文句を言ったところ、近隣の都市で冒険者についての調査を兼ねた名声稼ぎの役目をもぎ取った。

 前衛は自身が担うから問題ないが、一人では手が足りなくなる可能性を考えれば、もう一人か二人は欲しい。

 ある程度自衛も可能な後衛として白羽の矢が立ったのは、ルプスレギナ・ベータ。奇しくも食堂で一席ぶっていたあのメイドだ。

 若干気まずい空気になるかも知れないが、食堂での姿を見るにコミュニケーション能力は高かろうし、人の社会にも臨機応変に対応できれば、この任にはうってつけだ。

 

 そう考え、ちょっとした冒険のパートナーにとセバスに件のメイドの召喚を命じた……の、だが。

 

 

 「る、ルプスレギナ・ベータ! お呼びに応じ罷り越しました!」

 

 

 顔を真っ赤にして俯いた褐色の美女が、妖艶なネグリジェに身を包んで己の前に立っていた。

 

 

 「あー……っと、いや、これはだな……」

 

 「その、お、お手柔らかにお願い致します……っす」

 

 

 「(あー、やべぇ。可愛い。でもどうしてこうなった)」

 

 

 緊張からか辿々しくそう言うと、ぽんと飛び込むようにヤマネの胸に縋りつくルプスレギナ。

 むくむくと膨らみ始めた煩悩を気合で抑えつけ、覚悟完了したこのメイドに如何にして任務を伝えるべきか。

 

 ヤマネの受難は、始まったばかりだ。

 




眠さが限界なため、仕事の帰宅後に文型を整える予定です。

乙女なアルベドと乙女なルプー。
でも個人的に一番印象に残るのはマイペースな三女。
お前どうしてそうなった。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。