年内投稿ならず、申し訳ありません…
加えて、思った以上に長くなったため前中後編となりました。
「急げっ! 一刻も早くこの村を出るぞ!」
「重い鎧などは置いていけ、指揮官のものだけあればいい! 馬に括り付けたらすぐにでも出立だ!」
部下に指示を出すガゼフの顔は鬼気迫るものがあった。
今回の件が貴族派の謀と知っている副長は同じく険しい顔で忙しなく動き、隊員達も釈然とはしないながらも尊敬する隊長の指示だ。その仕事をしっかりとこなしていた。
だが、現実は優しくなかった。少なくとも、今のガゼフにとっては。
「せ、戦士長! 周囲の警戒にあたっていた者から、魔法詠唱者らしき複数の人影を確認したと……!」
「な……!? くそッ、間に合わなかったか……ッ!」
「成程、村々を襲ったのはやはり囮。本命は私の命という訳だ」
「……戦士長殿には心当たりがおありで?」
「ああ。ここへ来るまでにも有形無形の妨害があった。既得権益を守ろうとする貴族の力は恐ろしい」
苦虫を噛み潰したような顔でガゼフが零す。
やはりと言うか、あの者たちは「帝国騎士を装って王国の村々を襲い、二国の関係を悪化させるという表向きの任務だけ言い付かっており、それ以外の事は全く知らされていなかった。
そのため村を囲んでいると思われる集団の素性は不明だが、恐らくはスレイン法国の特殊部隊。ガゼフを殺しきろうというなら、その中でも最精鋭の六色聖典と呼ばれる部隊が候補に挙がる。
自身だけであれば突破も可能かも知れないが、その際に失われるであろう部下達の命と村人たちの安全を考えれば、その選択をする事はガゼフには絶対に選ぶことが出来ない。
とは言え、彼の隊の戦力だけではかの部隊と戦うには戦力不足。戦っても諸共に玉砕が関の山と言える。
そうなれば、せっかく救われた村は改めて戦火に包まれることだろう。それどころかアインズに傷でも付こうものなら、今後の外交問題にすら発展する可能性がある。
(と、なれば……。選択肢は一つしか無いか)
「……ゴウン殿。既に多大な恩を受けている身で厚顔無恥にも程がある話なのだが、是非にも受けて頂きたい頼みごとがある」
「それは、今村の周りを囲みつつある集団に関わるものですか?」
「その通りだ。――私と部下たちが彼奴らを抑え、時間を稼ぐ。
その間にどうか、村の者たちを伴って逃げてはくれまいか」
「……は?」
予想外に言葉を聞いた、という風情でアインズが口をぽかんと開け、首を傾げる。
「此度の騒乱は元はと言えば王国内の内輪もめのようなものだ。無関係な他国の方を巻き込んで良いものではない。せっかく救われた無辜の村人も、な。勝手な話ではあるが、彼らの先導をお願いしたいのだ」
ここから南へ向かえば、エ・ランテルがある。
まさか主目的でもない村人を殺すために、わざわざ城塞都市まで追手を差し向けるような事もあるまい。目的であるガゼフの命を奪った後、彼らが意気揚々と引き上げた後に戻って来れればそれでいい。
「あ、いや、助太刀などh「それはいかん」えっ」
そんなガゼフの悲壮な決意が顔に出ていたのか、やや焦った様子のアインズの言葉を片手を上げて遮る。
ああ、やはりこの御仁は善性の方なのだな、と死地にあるにも関わらず笑みが溢れた。
「従者の方々の態度を見ても分かる。領主か、王族か。深く詮索する事ではないが、ゴウン殿はこのような場所で身を危険に晒していい身分の方ではないだろう? そのお気持ちは涙が出るほど有り難いが、ここはどうか、私の我儘を通させてはくれまいか」
「えー……」
一人納得し頷いているガゼフに対して、むしろ窮地にあるのは逃げろと言われたアインズの方だった。
彼の予定ではここでガゼフに冒険者としての自分を高く売り込む筈だったのだが、既に想定より高く買われてしまった上に、本来の目的である筈の法国の部隊への制裁から遠ざけられようとしている。何故だ。
というか、何故自分が他国の貴人などという話になっているのだろうか。
否定しようにも後ろの従者たちは「やはり至高の御方の威光は分かる者には分かってしまうのだなあ」という顔でいるため、全く説得力が出せない。少しは取り繕う事を学んではくれないだろうか。
(ど、どうしよう……)
「……それでは、ガゼフ殿はどうなさるのですか?」
「なに、伊達に戦士長などと大層な肩書を頂いている訳ではない。連中の目的は私の命。部下たちと共に守ることに専念すれば、それこそ夜までだって持ち堪えて見せましょう」
「いやいやいやいや……」
駄目だ、この男は完全に捨て石となるつもりで決意を固めている。
隣でセバスが拳を握りしめた音がした。いざとなれば自分が――そんな事を考えているのかもしれない。
だがそれは駄目だ。ガゼフが死ぬのも困るが、セバスに前面に出られてはアインズの考えていた法国への対処プランが瓦解してしまう。
故にアインズはここで提案しなければいけない。
ガゼフは死なせず、尚且つ自身が自然な形で法国の部隊と対峙する方法を。
(――待てよ? そういえばさっきのデスナイトが……
「……ではガゼフ殿、こういうのは如何でしょうか。私が前に出ず、かつガゼフ殿に助力する方法です」
頭の中で先の展開をシミュレートしながら、慎重に言葉を並べる。
助力と口に出した瞬間にセバスが前に出ようとしたので手で制した。お前じゃない、下がってろ。
「広場に立っている黒い騎士がいたでしょう? あれは私が召喚し、法国の騎士たちを撃退するのに用いたアンデッドです。あれをお貸ししましょう」
「なんと……! 彼は護衛の一人では無かったのか」
「ええ。魔力さえあればまた生み出せる程度のものです。たとえ討ち倒されたとしても私には何の痛痒もない。だが、貴方の力になることはできるでしょう」
「いや、だが……」
「……ガゼフ殿。貴方こそご自身の重要性を正しく理解してらっしゃらないのではないでしょうか。王国戦士長という肩書きは、誰にでも与えられるような軽い名ではないでしょう?」
言い募ろうとするも、咎めるような目にぐっと声が詰まる。事実その通りだった。
王国戦士長は今代の王がガゼフの為に新設した役職である。
平民出身であるが故に一軍を与えられてこそいないが、彼が率いる部隊は戦においては遊撃部隊として働き、凡百の兵では何人いても突破されうる少数の強者を叩く役目を担っている。
そんな最精鋭部隊を率いる王国戦士長という存在は、平民出身の兵たちにとっての憧れであり、精神的支柱でもあるのだ。
「だ、だが・・・」
「もちろん、貴方にも譲れない一線があるのでしょう。だから、これは折衷案です。貴方は私を戦いに巻き込みたくない。私は貴方を死なせたくない。その両方を満たすための」
それに、と続ける。
「貴方は仰った筈だ。「王都を訪れた時には歓待を約束しよう」と。まさか王国戦士長ともあろう人が、結んだばかりの約束を反故にされては困りますよ?」
一転しておどけたように笑うアインズに、遂にガゼフが折れた。
「……ふふ、貴殿には……敵わんな」
もし全ての貴族が彼のような志を持っていたなら、どれだけの人が救われただろう。
もしガゼフが、王に拾われ、多大な恩を受ける前に彼と出会っていたなら――きっと、彼に仕えることを伏して願い出ていたことだろう。
「万軍に勝る助力、有り難く借り受ける。
そして、確約はできん、できんが……王から授かったこの王国戦士長の役目と剣に誓い、
私は生き残る為に全力を尽くすことを誓おう」
真っ直ぐにアインズの瞳を見つめ、そう宣言する。
眉間に皺を寄せ、頬と涙腺が緩むのを全力で押し留めている彼の顔は、酷くしかつめらしかった。
アインズが呼び出した死の騎士は、広場で待機していた時のあのおどろおどろしい雰囲気はどこへやら、鉄の鎧に長剣を携えた、無骨な巨漢の戦士にその姿を変えていた。
その変貌ぶりにガゼフが目を丸くしていると、
「招かれざる客は天使を呼び出している様子。呼び出したモノの格は此方が上ですが、アンデッドに神聖属性は些か相性が悪い。なので――」
幻術による擬装を施しておきました。
そう事も無げに宣う目の前の魔法詠唱者の底知れなさには、ガゼフも苦笑いしか返せない。
「何から何まで有り難い限りだ。これは、王都では身代を潰す覚悟で持て成さねばならんな」
「そうですね。その際には、今は別行動を取っている私の連れも紹介しましょう。あれは貴方とも気性が近い。きっと気が合うことでしょう」
「他ならぬ君の友人だ。きっと素晴らしい出会いとなることだろうな。では、さらばだ!」
「(ふぅぅ、何とかなったか……)」
アインズにとって最悪の展開は、ガゼフ達が勝手に玉砕してしまう亊だ。
志は立派ではあるが、せっかくコネを作ったのに無用な戦闘で死なれては困る。
わざと目立つように村から駆け出していく戦士長達。
アインズがその背を眺めていると、避難の支度を終えた村長が駆け寄ってきた。
「あ、アインズ様。村人たちの避難準備が整いました! いつでも出発できます」
ガゼフがアインズと相談をしている最中、彼の意を受けた副官が家々を回り、避難を促していたためだ。
アインズがそれに反応し振り返ると、村長の後ろには彼の家族や、最初に出会った少女達が不安そうな顔で背嚢を背負って彼の指示を待っていた。
「ああ、いや、皆さん。準備をさせてしまって申し訳ないが、避難をする必要はありません」
「は? そ、それは、どういう事でしょうか……?」
「彼らの勝敗に関わらずこの村に危害が及ぶことはありませんから。先程は彼らの顔を立ててああ言いましたが、危なくなれば有無を言わせず割って入りますよ」
酔い潰れたら背負って帰りますよ、とばかりの気楽さで答える青年に、村長は二の句を継ぐ事が出来なかった。
ニグン・グリッド・ルーインは、罠にかかった獲物を眺めて薄く笑んだ。
近隣の人類国家が彼らスレイン法国の主導により統一され、神の名の下に一丸となって団結する為に障害となるのは、他の二国。王国と帝国の支配者層達だ。
中でも王国の治世は腐敗を極めており、もはや王ですら貴族たちの横行を制することが出来なくなっている始末。もしもかの国が法国へ無条件で降伏したとしても、円滑に国を運営していく為には大粛清が必須となるだろう。それほどのものだ。
そんな腐れ切った国の中にあって、民や兵達の精神的、物理的な支柱となっている人物。それが王国戦士長。ガゼフ・ストロノーフという存在だった。
さすがに神人や逸脱者には届かねども、剣の腕一つで王国の武を支える一柱へと上り詰めたその実力は本物と言え、法国におけるエリート中のエリート、陽光聖典の隊長を務めるニグンとて、真っ向からぶつかれば勝ちを拾う事は極めて困難だと、癪ではあるが認めざるを得ない。
だが。
「哀れむべきは、王国に生まれた事よな」
彼は今、王より貸与された宝具を身に付けることを許されず、僅かな手勢と共にかのような辺境の村落に釘付けにされている。それも同じ王国の貴族の謀りによって、である。
そうしていると村に動きがあった。どうやら標的は己を囮とし、村人を逃がすつもりのようだ。愚かな事を、と鼻を鳴らす。
(命の取捨選択もできぬ者に大業が成せるものか。小を切り捨ててでも大を生かさねば、個々の力に劣る人類に生存の道は無いと言うのに……!)
命に貴賤の差は無くとも、人が何を成し生きてきたかでその命の価値は変わる。そして価値ある者は泥水を啜ってでも生き残り、その義務を果たすべきだ。そうニグンは考えていた。
もし、ガゼフが法国に生まれていたなら、王国より先に法国にその才を見出されていたなら、或いはニグンと轡を並べて戦う事もあったのかも知れない。
そんな益体も無い想像が脳裏に浮かぶが、努めて振り払った。
任務に私情は不要、ただ心を鋼で覆う。
「……まあいい。獲物がわざわざ巣穴から出て来てくれると言うのなら、我らの任も滞りなく果たせようというものだ。
――総員、戦闘準備! 汝らの信仰を、神に捧げよ」
より多くの人類の生存の為に、同じ人類を殺める。
法国が、そしてニグン達が何度も繰り返してきた人類種の自傷行為が、また始まる。
「全員馬から降りろ! 剣が当たらない程度の距離を開け、出来るだけ纏まって戦うのだ!」
村が戦火に巻き込まれるのを避けるため、敢えて遮蔽物のない草原へ打って出たガゼフ。彼が出した命令は密集陣形。兵士同士が互いにカバーしあい、長期間を戦う為の策だった。
「敵が召喚したあの天使は、単純な物理攻撃は効きが悪いらしい。無理をせず複数人で対処して、止めは武技が使える者か、俺たちに任せろ!」
天使は簡易な障壁を持ち、物理に強い。これもアインズが教えてくれたことだった。
彼らの目的は生き残る事ではない。彼らが己らに課した目標は最後の一兵に至るまで戦い抜き、一分一秒でも長く敵兵の足を止めること。死兵と化した彼らの目には使命感の炎が灯る。
「ふん。猪武者では無いようだが……死ぬまでの時間が少々伸びただけに過ぎん。所詮ストロノーフ以外は寄せ集めの兵よ」
頬の傷を指でなぞりながら、ニグンが吐き捨てる。
彼はその能力に比例するかのように自尊心の高い男だったが、敵の戦力分析を怠る事はしないし、相手が格下だとしても舐めてかかるような事は決してしない。
古傷がそうせよと囁くのだ。嘗ての敗北を、屈辱を忘れるなと。
ニグンの読みでは普通に戦って半刻、陣形を変えたとしても精々が一刻かそこらといったところだ。
このままぶつかれば戦況はまず間違いなくニグンの読み通りに推移する。間隙無く続く炎の上位天使の攻め立てに兵たちは少しずつその数を減らし、そして独りとなったガゼフの身体に天使たちの剣が一斉に突き立つ事だろう。
――彼らの戦力が村に入る前と同じであったならば。
「……何だ、あの兵は? ストロノーフめ、オーガに鎧を着せて部下にでもしたのか?」
ガゼフの隣には、大柄な部類に入る彼と比較してさえ頭一つ二つ大きい、巨漢の兵が佇んでいた。
大の大人がすっぽりと隠れられるようなタワーシールドと、そこらの兵であれば両手でも持ち上がらないような巨大なフランベルジュをそれぞれの手に携えたその男は、ガゼフの横にぴったりと位置取り、無表情にニグン達を睥睨している。
その仄暗い枯木の洞の様な瞳に射竦められ、誰とも無しに薄寒さを感じる隊員達。ニグンもまた、頰の傷が疼くのを感じていた。
「た、隊長……っ!」
「狼狽えるな! ええい、ストロノーフめ、アレは何だ? 魔神にでも魂を売り渡したと言うか!?」
始まった時点ではまだ天頂に近かった日が紅く染まり、疲れ果てた戦士達を照らしている。
ニグンの予想は大きく外れ、戦闘は二刻を数えても今なお継続していた。
ガゼフ隊の隊員達は櫛の歯を欠くようにその数を減らしていき、現在戦えるのは彼を含めたったの二名。
だが彼らはその状況となってからなお、一刻以上の時を稼ぐ事に成功していたのだ。
むしろ圧倒的に有利だった筈のニグンの部下の方が天使の相次ぐ召喚に精神力を使い果たし、幾人も昏倒している始末。
その原因となったのは、やはりあの巨大な戦士。
ガゼフはその武技もあり、天使達を倒せるだけの攻撃力は備えているが、宝具を取り上げられてしまっている分、体力と耐久力に難があった。
それが護る事に長けた彼とコンビを組む事で、眼を見張る程のシナジーを発揮していたのだ。
天使達の攻撃をデスナイトが引き付け、受け止めたところでガゼフが天使達を一刀のもとに切り伏せる。攻撃後の隙もまたデスナイトがカバーするため、彼は攻撃だけに力を尽くす事ができた。
一刻、二刻と時間は流れ、兵達は死亡者こそ居ないものの残らず疲労困憊。
ガゼフ達の足手まといにならぬ様、身体を引き摺って戦域から徐々に離れていき、残ったのは彼ら二人だけだ。
「…望外の結果だな」
それでもガゼフは大いに満足していた。なにせ目的であった村人の対比成功はほぼ確定。巻き込んでしまった部下達も上手くいけば助かる可能性があるのだから。
付き合わせてしまうデスナイトには悪い事をしたとは思うが、ガゼフだけでは法国の部隊と拮抗した状況など作り出せはしない以上、最期まで付き合ってもらう必要がある。
謝罪は全てが終わってからすれば良い。今は目の前の敵に王国戦士の誇りと意地を嫌という程見せつけてやるのが先だ。
こちらの体力も気力もあと僅か。ガゼフはダメージ覚悟で、一気に隊長を狙うつもりでいた。この身が朽ちる前に、一人でも多く刺し違えてやろう。決意を新たにボロボロの剣を構え直すガゼフ。
「――切り札を切る」
隊長であるニグンがそう口にした瞬間、今まで困惑と疲弊の中にあった隊員達の表情が変わった。
「最高位天使の召喚だ。絶対に包囲を破られるな」
相手は最早二人、体力もそう残ってはいないだろうが、予想外に時間を掛けさせられた。
今考えられる最悪の結果は、櫛の歯を欠くように戦線から離脱していった彼奴の部下達が別働隊なり援軍なりと合流、戦士長の殺害に失敗するだけではなく、裏の繋がりまで明るみに出てしまう事だ。
そのような事になれば、ニグンの命を持っても償いとはなりはしない。無能を六大聖典の長としてはならないのだ。
故にこその切り札。
戦士長だけではなく、異様な程の身体能力を持った、戦士長に並ぶ程の戦士。
英雄級二人を一度に葬る為の出費とするならば決して悪くはない。
決意を持って発せられた言葉に隊員達も落ち着きを取り戻し、鋼の顔で 彼の号令を待つ。
「――行け!」
「っ!? 何だ、動きが急に……っ」
おかしい。
仕切り直し後の敵の動きはこれまでのそれとは大きく様相を変えていた。
これまでの、包囲を徐々に狭めて削り潰すような戦い方ではなく、隊長狙いの彼の思考をまるで読んだかのように分厚い壁のような陣形を作り、自身からは動こうとしない。
あからさまな時間稼ぎの陣形にガゼフは、まるで首筋がチリチリと焦げるような焦燥感に襲われる。
「くっ……くそ! そこを、退けえッ!!」
一縷の望みをかけて天使達の壁に突っ込むまガゼフだが、伊達に彼らも法国屈指の特殊部隊ではない。単独での戦闘能力こそガゼフに劣れど、血の滲むような訓練で身に付いた連携は、如何に相性が良くとも即席コンビのガゼフ達の及ぶ所ではないのだ。この一時だけを凌ぎ切るため、捨て身で天使たちがガゼフ達を抑えにかかった。
そして、その時が来る。
「――ガゼフ・ストロノーフ。お前は良く戦った。
認めようではないか。貴様はあの腐った王国には勿体ないほどの、真の兵であったと。
本当に、貴様が神の御許に産まれていればどれだけ……いや。詮なき事か。
だが、既に時は満ちた。
貴様とその男の健闘もここまでだ」
勝敗が決し、勝者が敗者に対してよく戦ったと称える言葉。
本来であれば傲慢な筈のその言葉は、ガゼフにはまるで自分にも言い聞かせているように聞こえた。
そして右手で恭しく掲げられた水晶。神聖な雰囲気を感じさせるそれが、今は目も覆わんばかりの光を湛えている。
天敵の予感に横のデスナイトが低く唸り、圧倒的な存在の予感にガゼフの背筋に鳥肌が立つ。
そして、光が弾けた。
「――さあ、刮目せよ。最高位天使の降臨だ!!」
「「って、主天使かよ!?」」
ガゼフ達が絶体絶命のピンチに陥りつつある一方で、ナザリックに一時戻っていたアインズは隣のヤマネと揃ってツッコミを入れていた。
こちらも思った以上にガゼフが粘っていたため、手持無沙汰になったアインズが村をセバス達に任せて一度戻ってきたのだ。
ナザリック内の大浴場でひと汗流し、軽食をつまみながらソファーにもたれていた二人。敵の切り札が魔封じの水晶だという事が分かり、すわ強敵の登場か!? と固唾を飲んで見守っていればこの結果である。安心三割がっかり七割の複雑な気分だった。
「いやまあ主天使でもあのクラスから見れば相当な上位存在なんだろうけどさ、逆にアイテムが勿体ないっつの……」
「ま、まぁアレだ。万一の危険も無いってことで。 ……あ、ほら! 状況が動くぞ! 存分に支配者ロールやって来い」
水晶を見ればちょうどデスナイトが戦士長を庇い、その身に主天使の極光を受けていた。急がねば手遅れになりかねない。
いつものローブを羽織り、大きく深呼吸をすれば、そこには今までのだらけ切った男の表情ではなく、
「―――行ってくる」
「おう、行ってこい」
ここからが、彼にとっての本番だ。
じ、次話は一月半ばまでにはっ…!
今年は何とかコンスタントに投稿していきたいです。