ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第104話「空飛ぶ鳥のはらわたで」

 

 輸送機は一路南へ。

 ファースト・ブレットに向けて航路を取っていた。

 壁際にズラリと並んだ弾薬の箱と銃器の数々。

 食料も数人が数十日以上食べるのに十分な量。

 

 しかし、その大半は使われる事も無く輸送機と共にファースト・ブレットの市街地にある大きな道路に残骸として散らばる事になるだろう。

 

 主上、ヒルコの描いた作戦はこうだ。

 

 今も上空に飛行船で陣取っている【統合《バレル》】の気を引きつつ、輸送機を囮にして首都の中央付近に密かに空挺降下。

 

 遺跡に続く経路がある地下の上下水道インフラに潜り込み。

 パン共和国以前の国々が秘匿した通路を見付け出し、突入。

 その後、遺跡内部で目的のものを発見したら即時脱出。

 共和国軍の力を借りて帰還。

 

 無論、この中には共和国の首都を救うというような計画は組み込まれていない。

 

 だが、それはカシゲ・エニシ個人でやる事になった。

 と言っても相手の調査だけだ。

 

 個人で組織相手に大立ち回りなんてしても、ロボ相手じゃ群がられて死ぬのが関の山。

 

 事態が切迫している状態ではない今の内に共和国と公国の講和と協力が叶えば、軍を背景とした作戦が幾つでも練れる。

 

 あの総統閣下から下命された宿題はあくまで、その後という事になったのだ。

 

『ちなみに言うておくが、教団本部の肉の塔。あれは完全に“いれぎゅらー”じゃ。ワシは未だ全貌が掴めておらん【統合《バレル》】に偽情報が流れるよう工作はしたが、それ以外は何もしておらん。だが、その肉の塔を封じ込める黒い玉や春守モドキを見る限り、奴らは教団に勝るとも劣らない組織力と技術を持っておる……気を付けるのじゃぞ』

 

 ヒルコはあくまで肉の塔の一件は自分達ではないと言い張った。

 

 少なくとも今のところ疑うだけの証拠も無い。

 

 本当に教団の一件は何らかのアクシデントによるバイオハザードの可能性が高いだろう。

 

 ガトーとバナナ。

 

 この二人は現在、春守を改造したロボに諸々掛かり切りとなっている。

 

 何でも春守や首都襲撃時に確認された機体は元々が過去の大戦で幾つも生まれた兵器の一つを参考に造られており、その兵器の最初の運用者であったバナナとガトーは自らの遺伝情報や電子情報を起動の鍵としていたらしい。

 

 戦乱の中で機体の設計情報はOSや諸々のプログラム込みで拡散。

 

 あちこちで量産され、二人のコードも共に拡散。

 

 新造分の機体や改修機体は彼らのコードを擬似的に再現する再起動用機材を使って初めてまともに動き、モノになるらしい。

 

 しかし、長い時間の中で再起動用機材は大陸中で紛失。

 

 再起動してまともに動かす為にはバナナの作ったプログラムを流用せず自分で組むか。

 

 あるいはオリジナルのコードの持ち主を捕まえるかの二択となったらしい。

 

 この壁のせいで人を乗せた春守部隊を作ろうとしていた公国は躓いていたとの事。

 

『ひっさしぶりやな~~ガトーにコレ接続すんの』

『フン。次の身体が見付かるまでの繋ぎだ』

 

『それにしてもガトーが物で釣られるとはなぁ……そんなに身体無いの嫌なん?』

 

『今回の一件で公国に戻るまでの護衛。それでコレが手に入るなら安いだろう?』

 

『まぁ、ウチらに設備なんて無いし、造るのは一苦労。必要になったら部品供給までしてくれるっちゅうんやから安い方やろうな。どうせ、あの姉ーちゃんウチらが失敗したら、使い棄てる気やったやろうしな』

 

 どうやら二人にとってポ連。

 

 その後ろにいる鳴かぬ鳩会というのは雇い先の一つであって、所属していたのは単純にギブアンドテイクの関係というのが強いらしい。

 

 何でも訊いたところによれば、かなりロボに付いては高度な工作が可能な組織らしく。

 

 人型のガトーの身体を造れるのは現在大陸では其処のみだとか。

 

「エニシ殿。聞いたでござるよ。何でも生身で春守を壊したとか」

 

 ヒルコは現在、自動操縦装置に首都突入時のプログラムを組んでいる最中。

 

 百合音は先程まで機内の雑務。

 

 食事だとか降下装備の点検と準備だとかに追われていたが、さっそく仕事を終わらせた事で暇になったらしい。

 

 よく壊せたでござるなぁ、と。

 関心する幼女は今も変わらず。

 上司が言っていたような、高度な存在にはまるで見えない。

 壁際に固定された長椅子。

 横に腰掛け。

 こちらを見上げてくる姿は出会った時と同じ。

 しかし、色々な事が変わった。

 

「百合音……そう言えば、聞いてなかったんだが、もう片方の事とかお前分かるのか?」

 

「それはそうであろう。この身体は入れ物に過ぎぬのでござるよ」

 

「だが、地下とかでも通信。いや、体を動かせるのはどういう仕組みだ? 普通の電波は届かないはずじゃないのか?」

 

「でんぱ?」

 

 どうやらよく分かっていないらしい。

 

「じゃあ、質問変えるが、お前の本体みたいなのは何処にあるんだ?」

 

「本体? ん~~難しいでござるなぁ~~某は自分の身体に入っておらん時というのが今のところ無い。ただ……」

 

「ただ?」

「いつも思う浮かぶ情景があるのでござる」

「どんなだ?」

 

「歯車の上に立つ自分、というのでござろうか。そういうのを夢の代わりに眠りの最中よく見る」

 

「………」

「どうかしたのでござるか?」

 

「いや、つまり、そういう場所にいて体を操ってるみたいな感じなのか」

 

「詳しくは分からぬ。主上と違い。某は技術に付いては詳しくない故。それよりも……」

 

「?」

 

 少しだけ百合音が困った様子になる。

 

「物凄くエニシ殿の奥方達がおかんむりでござるよ」

「またか、って言われてる気がする」

「おお!! よく分かったでござるな!!」

「それくらいはな。それで大人しくしてくれてそうか?」

 

「う~~む。フラム殿が今にも飛び出しそうというか。もうあの化け物ライフルの新型を点検し始めたでござるよ」

 

「……あっちの百合音にこっちの話を詳しく伝える事って可能か?」

「うむ」

 

 頷く百合音にヒソヒソと耳打ちする。

 

「承知致した。では、そのように対処を」

「はぁ、これで収まってくれればいいが……」

「エニシ殿は策士でござるなー」

 

 苦笑する幼女に肩を竦める。

 

「世の中にはフラグというのがあってな……こういう時に限って悪い事ってのは起きるもんなんだよ。それに巻き込みたくない……少なくともオレの手は今、お前で一杯って事だ」

 

「……エニシ殿は本当に四五六《ジゴロ》でござるなー(棒)」

 

「何だ。その微妙な視線は」

 

 百合音が手にしていた毛布を広げてモソモソと被ると顔を出し、こちらの膝に頭を乗せてきた。

 

「そういう“今は自分だけ”とか言う文言に女子《おなご》は弱いのでござるよ?」

 

「いや、明らかに危険から守る的な話であって、オレ的には人数って言うのは切実なんだが? 他に沢山いても、遺跡で銃撃戦になるかもしれない最中じゃ面倒見切れないしな」

 

「むぅ。分かってないでござるな~それがいいんでござるよ? こう、お前だけは絶対に守ってみせる!! 的な事を言われると乙女は胸がトキメク生き物であるからして」

 

「今更だが、ちゃんと自分の身は自分で守れよ? 一応、オレの事は盾にしていいが、時と場合を考えてくれ。それと出来れば、オレよりも自分の身の安全を考えるように言っておく。オレは最悪の場合、爆発だの水圧だの生き埋めだのになっても何とかなるが、お前の身体はそうじゃないんだからな?」

 

「……エニシ殿は本当に某がどういうものか分かっておるのか不思議なくらい、そういうのを軽く言うんでござるね……」

 

「どういう意味だ?」

 

「ふふ、それが良い所なのかもしれぬ。某は少なくとも……人間ではないのだぞ?」

 

「こっちは遺跡の力塗れだ。何処が違うんだよ?」

 

「あははは、うん……うん……畏れるでも怖がるでも悩むでも無く……呆れるというのが何とも……エニシ殿か。本当に度し難い……」

 

 百合音の表情が僅かに綻ぶ。

 その瞳の色はいつもお色気で誘う時とも違う。

 僅かに濡れた瞳は優しく細められていた。

 

「エニシ殿。一つお願いしてもいいでござるか?」

「何だ?」

「目的地に着くまででいい。手を握っていてくれぬか?」

「構わないが、何かあったらすぐに解くぞ?」

 

 出された片手をそっと重ねる。

 

「構わぬ。構わぬよ……夢なぞ見た事も無いが……今日はきっと良い夢が見れる気がする……ふふ、後で皆に自慢しよう」

 

「それは止てくれ。オレの膝が痺れて動けなくなる未来しか見えない」

 

「あはは……では、永遠《とこしえ》に我が胸の内へ秘そう……おやすみでござる……」

 

 瞳を閉じた幼女の髪がサラサラと膝から零れそうになる。

 それをそっと持って、膝の横に置いた。

 

『百合音は寝たかえ?』

 

 やってきたのは黒猫の方だった。

 本体らしきアイアンメイデンな躯体は操縦席なのだろう。

 

「ああ、って言うか。起きてるよな? 今、目閉じたばっかりだ」

 

『いや、寝ておる……ふむ。ほんに信頼しておるのじゃな』

 

「本当に寝てる? 疲れてたのか……」

 

『いや、この子の特質のようなものじゃ』

 

「特質?」

 

『この子の身体は普通の人間と変わりない……とは言えぬのじゃ』

 

「そうなのか?」

 

『うむ。乙女の憧れを詰め込んだような仕様じゃからのう』

 

「胡散臭いな。眠るのがこんなに早いのもそういう事なのか?」

 

『眠るのとは違う。細胞の自己修繕やテロメラーゼの回復、初期化。そして、脳細胞の再生と増殖による代謝機能の発揮……百合音はそういう身体を使っておる』

 

「何かサラッと重要な事実を明かされたような?」

 

『フフ、言ったであろう。羅丈の矛の切っ先だと。元々が羅丈とは百合音が使うような身体を造る為に開祖が開いた組織でもあった。百合音は正しく我ら羅丈が何世代、何十世代、何百世代という時間を掛けて培ってきた技術と叡智の成果……我らの宝なのじゃよ』

 

「……親みたいな事言うんだな」

 

『今のがそう聞こえるとは、百合音の伴侶殿もまったく耳が悪い』

 

 だが、そう言いつつも黒猫の視線は優しい。

 

『この身体の全てが先人達の失敗の上にある。百合音の身体は少なくともお主の身体にも引けを取らぬ造り……無論、常人と比べてもあらゆる点で優れておる』

 

「例えば?」

 

『胃袋や大腸、小腸などの消化器官は勿論、一つしかない臓器も基本的には2つか偶数。心臓、動脈静脈も左右対称に完備。一つなのは脊髄と脳と子宮くらいじゃろう。まぁ、それもまた特殊なものである事には変わりないが……』

 

「何か聞いちゃいけない女の子の秘密がベラベラ開陳されてるような?」

 

『伴侶殿だからじゃよ。それでなくて、どうして教えられる』

 

 黒猫の瞳は全く真剣だった。

 

『この子の肉体は可能な限り、己で調整出来るよう造られておる。食物の消化時間から排泄、血圧、心臓の拍動回数、各臓器の働きで自由に出来ないものもない』

 

「そこまでなのか? いや、確かに超人的な動きするなーとは思ってたが……まるで新人類だな」

 

『ふむ? そういう呼び方でも良いかもしれぬ。各部位の体毛の生やす生やさない、成長具合の調整まで自在じゃから、髪をすぐ伸ばしたりというのは特権じゃろう。肌の色艶とかも自身で調整出来る。無駄毛処理やら肌の手入れやらをしなくてよいのは女子としてもはや若さの次に羨ましいであろう。他の女の羅丈達が知ったら目の色変えそうじゃの』

 

「生々しいな」

 

『生々しくないわけがあるか。一人の女子の人生が掛かっておるからのう』

 

「ごもっとも」

 

『……この子が子供を作る時も、それなりの方法がある。生殖機能と活動に対する新しい形態は種の存続にモロ直結されるからのう。例えば、何かしらの怪我や病気で性器の一部が傷付いたり、使い物にならなくなったりした場合でも予備が備えてある』

 

「予備?」

 

『排泄器官や消化器官である肛門、直腸、小腸、大腸、胃などは二、三段階に分かれて時間を掛けて形態変化させる事で其々が別の器官の代わりにもなる。例えば、大腸は子宮の代わりに。小腸は胃の代わりに胃なども同様じゃ。その場合の“仕方”なども百合音には教えてある』

 

「本当に生々しくて遠慮したくなってきたが、そうしたら怒られそうだから、我慢して聞く……ただ、ちょっとオブラートに包んだ感じでお願いしますハイ……」

 

『“おぶらーと”が何かは知らんが、続けるぞよ。この子の身体は単純に生体機能と生殖機能と生存能力において特化されておる。嘗て、大きな戦があった際には直接的な犠牲だけではなく。環境変化に耐えられず死ぬ者が多かった。それで子を産めなくなった者も多大だったそうじゃ。それを踏まえた教訓の塊がこの子の身体なのじゃ……だから、まぁ……下世話な話になるが大いにこの子とこの子の身体を愉しみ子を儲けるがよい』

 

「本当に下世話だなぁオイ……」

 

『前は当然のようにだが、後ろでも子は産める。変化せずともな。無論、する時は普通と違う感触だろうが、病気を気にする必要も無い。何かしらの薬剤で清めずともいいのが一番大きいかのう……この子が身体を自分で調整して体内を洗浄すれば、数時間で可能になるのじゃ。現場でも肉体内部の臓器の繋がりは常人と幾つも違うからのう。もし前も後もダメとなれば、臍などもありじゃ。最終的に下半身を無くしても口から胃経由でどうにかなる……さて、これを聞いても下世話だと思うかえ?』

 

「……覚えておく。それが過去の教訓、なんだろ?」

 

 黒猫の言った事を総合すれば、そうまでしなくては子供を産めなかった人々が大勢いたという事になるだろう。

 

 正しく種の生存を掛けたサバイバル時代。

 どれ程の人間が涙したものか。

 遺跡に関わっただけ、想像出来てしまう。

 

『……多くの悲劇があった。多くの災難があった。それでも諦めぬ人の意思、結晶こそがこの子の身体を生み出した……この子の娘や子孫もまたこの子と同様の身体で道を歩むじゃろう。そして、その頃にはきっとまた平和であって欲しい。その子達が己の“機能”など使わずとも生きていける世界であって欲しい……ワシはそう思って今に生きておる』

 

「本当に百合音の母みたいだな。アンタ」

 

『母親の自負なぞ……ワシでは血塗れ過ぎるのう。百合音は人こそ殺しておるが、母親になれない程ではない。人を殺した兵隊が父親や母親になれないわけではあるまい?』

 

「まぁ、そうだが、それにしてもオレに今言っておかなきゃならないのか?」

 

『そうじゃ。聖上がいる限り、次の主上の問題は無い。だが、ワシの代での成果は……特に百合音に関する引継ぎの項目は羅丈の中に残しておらんからのう』

 

「どうしてだ? 死ぬかもしれないと思うなら、羅丈へ残しておけば良かっただろうに。そう出来ない理由でもあったのか?」

 

『結局、この子にちゃんとした食物耐性を付与出来なんだ。それが原因よ』

 

「耐性が付与出来なかったとしても、それがどうして残せないって話になるんだ?」

 

『この子の体には出来る限り、食品の耐性を持たせようと努力したが、そのせいで色々と弱点となる耐性が付与されてしまってのう』

 

「弱点? 単純に耐性が無くて死ぬとかじゃなくて?」

 

『ああ、弱点じゃ。特定の食品を摂ると羅丈には致命的な状態となるのじゃ』

 

「致命的って何だ? 死ぬよりもって事か?」

 

『一種の酩酊、脳機能の一部低下、興奮作用や性関連のホルモンバランスの一時的崩壊、とにかく素直で淫靡な姿態に男は前屈み必至。秘密をペラペラ、男に耽溺とか……明らかに工作員向きではなくて困ったのじゃ』

 

「ああ、そういう……優秀な過ぎる身体なのに、耐性の弱点で使いものにならないのか」

 

『うむ。かと言って、耐性だけを作り変えようにも百合音の肉体のバランスはその耐性だからこそ保たれておる。他のだとまるで上手く纏まらんかった……ワシの生涯で最も悔やむところじゃな』

 

「優秀過ぎる肉体のデータをもし誘惑に狩られて流用しようものなら……問題しか起こらない、と」

 

『特に聖上はそういう事柄に疎い。使えるなら使えと何かしらの制約や制限を掛けて、その身体を使い始めたら……その子達やその子供達は羅丈に一生を管理されて生きるしかなくなる……そんな事をワシは望まん……』

 

 黒猫は慈しむように眠る幼女の頭に額を摺り寄せる。

 

『まぁ、この子が選んだ伴侶殿には後で教えよう……夜伽でなら存分に使うがよいぞよ』

 

「そうするかどうかの回答は控えるが、その弱点耐性にカレーリーフって入ってないか?」

 

『む? 知っておったのかや?』

 

「この間、カレー水で酔っ払ってたぞ」

 

『うむむ。だから、帝国にはあまり行かせたくなかったのじゃ……聖上が盗んで来いと言ったのであろうが……』

 

「とりあえず、話は分かった。降下の三十分前に起こしてくれ。色々在り過ぎて、こっちも疲れた。しばらく寝させてくれ」

 

『分かった。では、此処であやつらは見張っておく故。ゆるりと休まれるがよい』

 

 黒猫にガトーとバナナの監視は任せて。

 静かに瞳を閉じる。

 

 まだ数時間の事なのにずっと他人の秘密や真実というのを聞いている気がした。

 

 一度、整理する時間が必要だろう。

 

 今までも様々な世界の真実やら知らずに済ませたい秘密やら怖ろしい事実やらを見てきたが、それにしても身近な人の事となると。

 

 やはり、そう簡単に済ませられない事が多い。

 これからの事を考えるなら、尚更だ。

 

(……ああ、そうか。まだまだオレは死ぬつもりなんか無いんだな……いや、まぁ、ハーレム作りますって決意してたら当然だろうが……死ぬより辛い事が増えたって事なんだよな……きっと……)

 

 今まで味わってきた激痛や死の感触。

 

 これでお終いになるという時の絶望感や誰かを救えて良かったという安堵感。

 

 人を殺した畏れも人に殺されそうになる恐れも全て許容してしまえるだけのものが、確かに胸の内にある。

 

「(なら、全うしようか……オレがオレのままである内に……一年以内に全員と、か……まったくヲタクで恋愛経験無し暦=人生って童貞《オレ》には長い道程だ……ふふ……)」

 

 世界が終わる。

 自分が終わる。

 唐突に終わる。

 いつか終わる。

 

 その日まで……まだ今じゃないと言い続ける限り、何とでも戦い続けられる気がした。

 

 それがきっと自分などを慕ってくれる少女達に見せられる唯一の自分なのだと。

 

 午睡みが全てを浚っていく。

 

 握った手と貸している片膝だけが温かかった。


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