ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
どうして腕が軽いのか?
たぶん今まで最高のパフォーマンスを発揮して。
200m先の角を曲がった機体。
足元に車輪が換装されていたNV型の頭部センサーユニットへブレードの付いた鉄杭が奔る。
虚空を突き抜けたソレは相手がこちらを捕らえたと同時に複数在る表層レンズの一つを貫き。
勢いのまま飛んでいく糸で繋がれていた刃を運び。
全体を斜め40度程の角度で切断するに至った。
反射的な射撃が右隣の空間を掠める。
だが、それでお終い。
十字路の中央は天井側に人間が入る為の出入り口が存在し。
同時に大きく上へ凹んでいる。
つまり、何かを隠すには丁度良い空間があるのだ。
ユニットの喪失から一転。
攻撃を掛けようとこちらに向き直った機体の偽装が一瞬解ける。
その隙を見逃さず。
上空から投擲されたダガーが背筋の伝送系中枢部を一撃。
猛烈な火花が背骨から上がった。
しかし、それも断末魔か。
数秒で機体が停止する。
「ようやった!!」
相手を誘う役を遣らせた百合音とバナナが十字路の右側から走ってくる。
こちらの背後でもしもの時の為に待機していたヒルコと共に機体前まで走っていくと。
さっそくバナナが停止した伝送系付近を確認して大きく両手で○を作った。
ガトーが引き抜いたダガーで胸の中央ブロックを四方から抉るようにして隙間を作り。
指全体を引っ掛けて抉じ開ける。
二回り以上の体格差などものともしない手際の良さ。
内部からの発砲の類は無く。
既にショットガンと拳銃をコックピットが開く前から構えていたバナナと百合音は内部から出てくる相手に僅か顔を険しくする。
前に迫り出すようにして半分立ったまま下半身を機材に埋めるようにして固定化されていた40代程の白人が、両手を頭の後ろに組んでいた。
ペダル操作でもしたのか。
下半身の前を埋めていた機材を前に分割、スライドさせて自由になると横から通路に降り立つ。
「見事な奇襲だ……伝送系を殺していながら、コックピットを潰さないという事は情報を抜く為に敢えてという事なのだろうが、生憎ともうデータは処分させて貰った。まさか、共和国がNV型の亜種を揃えていたとは驚きだ」
男は目付きこそ鋭くなかったが、至極冷静な様子。
刈り上げた頭と軍人然とした振る舞い。
一切臆した様子もないのを見れば、かなりの練度だと分かる。
「時間稼ぎに付き合ってる暇は無い。バナナ!!」
こちらの声に百合音が男を横に退くよう促し、ガス室少女は内部を覗き込むようにして不審物が無いか確認して、即座乗り込む。
「強制再起動……端末は……あった。これかいな……中期ちょい後の型やな……まさか、この形……フラッグシップ? 大当たりやないか!? こいつ指揮官機!! オイ!! 何処が処分したや!? 出鱈目抜かすなや!! んな事したら、無線封鎖中の部下間の光量子通信リンク切れてまうやろ!!」
男が一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をする。
どうせ、現代の人間には分からないと高を括っていたのだろう。
当てが外れたのだ。
「嘘吐きよってからに!! え~~っと? 外部からの強制再起動……プロンプト、プロンプト……コマンド~~コマンド~~こ、れ、で!! どないや?」
ポピンと非常に軽い音色が流れ。
コックピット内部に幾何学模様が明滅しながらも奔り始める。
「おっしゃ!!? OS立ち上げ~~~か~ら~の~隠しファイルからクラッキングツール起動し~~の~~コード一覧から~~の~~見つけたで~~ん~~? あんたらの~~極秘ファイルはどこかいな~~~お~しおしおし!! 来た来た来た!! これを外部転送~~からの~~リンク先を変更し~~の♪ ふふふ、偽装工作も万全!! はい!! コンプリートや!! ガトー!! 吸出し始め!!」
『了解……完了した。もうこの機体に用は無い。破壊するぞ』
バナナがすぐに前のめりで倒れている機体から降りた。
ガトーがダガーをコックピットに突き立てて完全に破壊する。
「生身のおっさん。アンタはもう要らん。じゃあ、な?」
拳銃が火を噴く前に片手で銃口を覆って止める。
「ん? こんな時に人道主義かいな」
バナナが意外そうな顔をする。
「こんな時だからだ。百合音」
「了解した」
男の背中側から百合音が注射を首筋に突き立てて、内部の薬剤を注入。
数瞬後には男がグルンと白目を向いて倒れた。
落下していた頭部ユニットから暗器を回収する。
「じゃあ、このままガトーに乗って行くぞ。話は移動中にだ。全員搭乗」
バナナと百合音が両肩に。
こちらは百合音のいる方の手に掴まれ。
NVが走り出す。
ヒルコは併走する形だ。
もう情報は吸い出したガトーから共有されているのか。
敵の事が分かったにも関わらず。
お喋りないつ物様子で何も言わないという違和感に何かあったなと理解する。
「で、だ。あいつらの素性、分かったか?」
「ううむ……奴らが非常に敵へ回したくない輩なのは分かったのじゃ」
『チッ……何処の組織かと思えば……また、面倒な事に巻き込まれたな」
「ガトー。どういう事や? アンタがそんな風に言うなんて、よっぽどデカイ組織だったんか?」
ヒルコが奔りながら瞳を通路の壁際に向けて、地図に地図を重ねた時のようにプロジェクション・マッピングよろしく映像を投影し始める。
『連中の本当の名前が判明した。奴らは新統合宗教連合体《しんとうごうしゅうきょうれんごうたい》……自分達では【
どうやら、夢世界にはまだまだ天国《パラダイス》が足りない連中が多いらしい。
ヒルコが語る声は何処までも続く通路の壁に次々と事実を映し出しながら、響いていった。
*
そもそもの起こりは大戦の終結だったらしい。
当時、絶大な軍事行動を可能とした国家統合体は戦乱の終結時。
ほぼ全て何処も中枢と大都市圏を消滅させられた事で事実上瓦解。
統率力を欠いた組織の残存部分は次々に分裂を繰り返し、嘗ての形である国や組織、共同体を取り戻そうとエゴを剥き出しにして争い合った。
この中で各世界宗教は混乱を治めようと躍起になったらしいが、その力は無く。
混沌の時代に埋もれるしかなかった。
大都市圏や穀倉地帯の喪失であらゆる物資の極端な不足が引き起こされ。
戦国時代となった世界には嘗て軍事の為に極められた技術の片鱗や残滓は残っていても、物資の生産設備や原料が皆無だった。
結果、次々に原資《リソース》を分裂させていく組織は衰滅。
その中で生き抜いた共同体の一部は……皮肉にも力無く分裂を拒んだ強固な思想で統一された宗教系派閥の幾つかだった。
信仰、神、様式、文化、あらゆるものが違う彼らだったが、自分達の生き残った理由を理解していた事で団結を決意。
その上層部は次の世紀の為、人類の復興というお題目を掲げて資源と人材の統合共有化を図った。
しかし、此処で思わぬ邪魔が入る。
新興宗教。
空飛ぶ麺類教団の勃興である。
彼らとは違い。
最新の軍事研究のほぼ全てを独占し、その高い技術力と膨大な生産力を使った大規模な復興事業が乱発された事で彼らの内部からは離反者が続出。
最終的には10分の1に満たない上澄み層と彼ら全体を賄う程度ならば問題ないだけの生産能力だけが残された。
「つまり、連中はガチもんのカルトなんか?」
バナナの声にヒルコがとある文章を壁に映し出す。
「この内容……教団に怨み骨髄みたいやなぁ……いやぁ、純粋培養で濃縮された教義にどっぷりの狂信者とか。やっぱ、さっき殺しとくべきだったんやないか? なんや、この教義……空飛ぶ麺類教団に属する共同体内の人間は赤子以外は殺害しても罪に問われない? ええと、教団員として働く実務者は悪魔の化身である。殺害の為にも日夜、戦闘訓練に励むべし。ん、んぅ~~~? なんちゅーか……こ~ばし~というか。もうアレやな。教団さえ悪ければ、それでええねんて感じがするなぁ……」
バナナの言う通りだった。
とにかく、“教義”とやらには麺類教団への悪意が熱心に熱心にまるで言い含めるように説得するように塗り込めるように偏執狂のようなしつこさで書き連ねられている。
「それにしても“正しい歴史”とか書いとるな? 教典扱いの本がコレって事は……具体的な作戦の命令書は更にぶっ飛んでるんやないか?」
「教団を此処まで毛嫌いしているという事は現在の大陸国家の大半を快く思っておらぬという事でござるよ。これはかなり厄介そうな……」
百合音が教義内容の項目に次々目を通して、世界が敵になったに等しい人々の内実にポリポリと頬を掻いた。
空飛ぶ麺類教団の内実は超技術の管理者であり、保持、維持、発展までも手掛ける公共福祉団体だ。
あのケロイド男の言葉を借りれば、人類の復興に尽力した組織というのも間違いではない。
前回、自分達が戦争を牽引している真っ黒で真っ白な存在だと暴露していたとはいえ。
人類社会の技術的な面でのインフラに等しい彼らがいなくなれば、世界規模での恐慌や超技術の氾濫での各国の自滅が確実に引き起こされるだろう。
本来、政府がすべきだった福祉的な仕事が各国の役所に即座丸投げされたら、社会的福祉政策の半減は内乱や政治的混乱を引き起こし、最終的には内紛になる可能性すらある。
『作戦命令の内容を閲覧する限り、現在地下に潜っている機体は12機。其々が音響探査装置を搭載した今回の作戦の為の新造機体らしいな。カタログスペックから推測するに強さは然程でもない。メインの武装がドローンらしい。完全に対人掃討戦に特化したタイプだ』
機体の仕様書らしいものが壁に映し出される。
「ほぼ武装らしい武装も積んでおらんか。これなら襲われても対応は可能そうじゃのう……我々のようなイレギュラーなどを想定してはおらんかったのは確実。上で襲ってきた機体は本来が麺類教団本部を落とす為の代物だったんじゃろう」
資料が次々に入れ替わっては提示されていく。
「この作戦の命令書とか見る限り、各部隊には役割以上の事は開示されてない? という事はこいつらの上層部しか事態の流れは把握してない可能性がある。地下の探索は遺跡発見を主にしてるようだが、発見後は速やかに地上部隊と連絡を取って引き継ぎ……遺跡に突入するなら今の内って事だな」
『残り4kmを切った。現在、駆動音は周囲に無し。奪ったリンクからも敵位置は離れている事を確認。どうやらまだ地下遺跡への道は見付かってないようだな。警護はこちらで行う。史跡の探索は任せるぞ。バナナ』
「あいよ~~ウチ実は一辺こういう宝探ししてみたったんよ♪ いや~~まさか、当時の噂を確める事になるとはなぁ。因果な話やで」
バナナ達に後でその話を尋ねてみようと決める。
今は時間も無いし、突発的な事態で話を途中で切られる可能性もある以上、適切ではないだろう。
「上司がやられている事がバレる前に突入出来ればいいが……探す当てはあるんだよな?」
ヒルコに訊ねたら、何故か首を横に向けられた。
「オイ……此処まで何かあるとしか分からないとか言わない、よな?」
「そ、そんな事は無いのじゃ!! ワシはちゃんと情報収集したのじゃ!! ヒントはある!!」
慌てた様子で言い訳っぽくアイアンメイデンが力説する。
「どんな?」
「……
「まぁ、いい。今、本部はあの有様。セキュリティーに致死性トラップでもない限りは無視すればいいだろ」
『目標地点に到着するぞ』
ガトーの声に全員が前を向く。
通路の出口から先には空洞らしき場所が見えた。
抜けるとその予想外に広大な空間に目を奪われる。
「これが地下遺跡への扉、なのか?」
電灯が未だに付いている空間は明るく。
ドーム状の内部がよく見える。
湾曲した壁には無数の食材らしき象形がズラリと描き込まれていた。
魚、牛、豚、野菜、それらには名称が下に掘り込まれている。
「壮観でござるな……これほどに多用な食材……知らぬ名も無数にあるようだ……」
百合音が目を丸くしていた。
バナナも同様だ。
ドームの中央付近には金属製のアームらしきものがクレーンのように天井からぶら下がっており、未だ錆びていない事から保守点検が行われていた様子が見受けられた。
ドームの外周を見回していると壁の一部が窪んでいる所を発見する。
「あそこで止めてくれ」
ガトーに言って、窪みの部分で降ろしてもらい。
手で触って埃を払うと。
まっ平らな部分が薄く耀きを発する。
タッチパネルがまだ生きているらしい。
やはりと確信する。
此処はオルガン・ビーンズの塵捨て場に似ているのだ。
となれば、何かあるのは確定的。
「お、まだ生きとるんか?」
バナナが降りてきて、横から覗いてくる。
それとほぼ同時に立ち上がったディスプレイ内部にデスクトップが表示された。
そして、中央部分に蒼いバーが表示され、下に入力して下さいとの文言と共にキーボードの表示が出てきた。
「これがさっきのヒントに続くんか? ん~~そもそもマルゲリータって何なん?」
バナナが分からない様子で後ろを振り返るが、百合音もヒルコもガトーも首を捻っていた。
「お前ら分からないのか?」
「いや、聞いた事も無い単語やで? そもそも、分かってるアンタの方が異常なんやないかとウチは思うんやが……」
「ピザの種類の一つだ」
「おお!? エニシ殿が博識に見える!!?」
「今、凄く馬鹿にされたような?」
百合音を見ると「そんな事は無いでござるよ?」と可愛く首を傾げられた。
「ワシも知らぬ料理の事をサラリと……これが終わったら、百合音から提出された報告書にあった丼料理というものを研究してみるというのもありかのう」
ヒルコが未来に思いを馳せている合間にもさっさと入力を追える。
トマト、バジル、チーズ。
入力が完了すると同時に天井からぶら下がっていたアームが動き出した。
「中央のアレが動き出したでござるよ。エニシ殿」
「ああ……」
見守っているとすぐに何をしているのかが分かった。
食材の名前が書かれた場所をどうやら押しているらしい。
先程入力していた名前の部分だったらしく。
遠目にもトマトなどの文字が読み取れた。
三つの食材が押し込まれた後。
周囲が振動に包まれる。
どうやら遺跡自体が震えているようだ。
『乗れ!! バナナ!! 振動は地下からだ!!』
何とかガトーに拾い上げられて手に乗る。
「アレ見てみい!? 中央が開いとるで!!?」
ドームの中心部地面は床が周囲の壁に引き込まれる事で20m程の穴を出現させていた。
地獄の釜が開くかのような物々しさと禍々しさ。
何かやってはいけない事をしてしまったような気分になる。
ドーム全体が振動するような状況ではもう【統合《バレル》】に見付かるのは時間の問題だろう。
「内部を観測出来るか!!」
『サーチ……内部はそのまま地下に続いているようだな。穴の深さは測定不能』
そうしている間にも穴の端に天井からのアームが降りてきて、何やら変形したかと思うと昇降機のような籠状に変化した。
その内部にはまた埃を被ったディスプレイらしきものが見える。
「……ガトー。アンタにはこの地点の退路を守ってもらいたい。内部に突入してくる敵は入り口を塞ぐかもしれない火力は使えないはずだ。不意打ちからの奇襲と敵の駆動系や伝送系の破壊だけでいいなら、何とかやれるんじゃないか?」
『………』
ロボが沈黙する。
「ガトーにあんま無茶させんといてーな。死守命令になってまうのはお断りや」
バナナが肩を竦める。
「分かった。じゃあ、この穴を一緒に降りる手段でも考えるか」
『いや、必要ない。周辺に集まってくる機体の掃討後。即時離脱可能ならな』
「ガトー。今の装備で出来るとは思えんよ?」
『生憎と追剥は貴様の専売特許じゃない。さっき、リンクを奪ったついでに隊長機の分離済みドローンを周辺区画に潜ませた。隊長機のコードさえあれば、指揮下機体のAI装備はこちらで掌握出来る。地上部隊が投入される前に逃げ果せる事は可能だ』
「ん~~~まぁ、いいか。クラッキングツールの使い方は分かっとるな?」
『ああ』
「じゃあ、適度に時間稼ぎしたら、トンズラでどないや? 偽者さん」
頷くと交渉成立したらしい。
バナナがガトーに頷いた。
すぐに全員で昇降機傍で降ろしてもらい搭乗する。
「ほな、お土産待って帰るさかい。あんま壊れんようにな~」
昇降機のパネルは生きており、地下の表示を推すとすぐに下へと向かっていく。
それを見送っていたガトーがすぐ穴の淵から消えた。
そのまま暗い穴の底へと降りていく間。
バナナはずっと上を見上げていた。
誰もが無言。
この先に何があるのか。
それは知らずとも確かな事は……今から赴くのが確かに地獄の底なのだろうという事。
今まで詳しく聞かずに来た話をヒルコにもそろそろ聞かなければならない。
その時間は刻々と近付いているように思えた。
真実との出会いはすぐそこまで迫っているのだ……たぶん。