ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

109 / 631
第109話「怪獣とアメコミ」

 黒々とした墓標。

 

 傍目に地下都市の政庁らしき場所はそうとしか思えない様子だった。

 

 道端が全て白い羽毛で埋め尽くされている為、地表の9割以上はよく状態も確認出来ないが、建物は政庁周辺であちこちに破壊の爪痕が残っている。

 

 崩れ掛けているモノもあれば、未だに原型を留めているモノもある。

 

 しかし、その大半はどうやってそうしたのかも分からないような壊され方ばかりだ。

 

 刳り貫いたようなビルの穴。

 削り取られたような断面を晒す建材。

 完全に斬られたとしか思えない斜め真っ二つの最上階。

 

 銃弾や爆弾で破壊されたと思われる建造物の中にはそういったどんな武器ならそう出来るのか。

 

 まるで分からないものが多数含まれている。

 だが、それとは裏腹に政庁そのものは傷一つ無い。

 完全な光を吸収する漆黒。

 光沢すら放たない天地を繋ぐ塔は無傷としか見えなかった。

 政庁周辺までのルートを検索して30分。

 

 結構な速度でヒルコに百合音とバナナを載せ、共に走ってきたのだが、それでも地下都市に果ては確認出来ない。

 

 広大な世界には本当に終わりは無いとも思えた。

 

 そんな中にある政庁の異様さは其処だけが、地下世界からすらもまともに思えるような別世界と意識に働き掛けてくる。

 

 白い羽毛が道端を覆っているとはいえ。

 

 それでも鳥篭のような昇降機で降りる為の場所は政庁横に伸びる他のビルとの空中回廊上。

 

 入る事は比較的容易に思えた。

 

「行くぞ」

 

 昇降機の操作は既に確認している。

 

 電源の入ったパネルに浮かぶ上下の矢印を押せば、すぐに降下が始まった。

 

 空中回廊内の屋根が開き。

 

 籠を迎え入れると前方に重苦しく閉ざされていた鋼色の扉が次々に開いていく。

 

 奥は暗く未だ何も見えないものの。

 風が吹き抜けてくる事で空調が稼動していくのが分かった。

 

「オレが先行する。次に主上、バナナ、百合音。隊列はこれでいいな?」

 

「ふむ。それでよいぞよ」

「ウチは安全が確保出来てから使うてや~」

「殿は任せるでござるよ」

 

「じゃあ、突入だ。暗い場所では後ろから明かりで照らしてくれ」

 

「ワシがやろう」

 

 床は普通の素材に見えて、コツコツと音を響かせる。

 進む合間に外を見やるが、黒い政庁はやはり異質に見えた。

 通路から塔内部へと入る前に指先から空間へ手を差し伸べる。

 もし、何かしらのトラップがあっても、腕一本なら安いだろう。

 

 上から何か降ってきたり、毒ガスが充満していたり、という事は無さそうで腕に異常は無く。

 

 内部へと足を踏み入れた。

 その時だった。

 身体に悪寒が奔る。

 寒いというのとは違う。

 そう、空気が変質したと言うべきだろうか。

 何かが奪われたような感覚。

 後ろへ止まれと手で制して。

 息を吐きながら周囲を見渡す。

 相変わらず薄暗い事を除けば、普通の通路だった。

 現実と比べても近代的と言えるだけの造り。

 

「?」

 

 そこでようやく違和感に気付く。

 此処が薄暗いのは本当の事だ。

 しかし、通路の上には無数の電灯らしき光源が光っていた。

 

 かなりの大きさの電灯が1m間隔で上に据え付けられているのにこの薄暗さはどういう事なのか。

 

(光源が多いのに薄暗い。理由と為り得るのは二つ。その光源そのものの光量が足りないか。もしくは……光が低減する原因が存在するか。後者の場合は何かしらの装置の可能性がある。この何か奪われているような感覚……寒いというよりはもっと別の……)

 

 其処でようやく。

 本当にようやく気付いた。

 

 薄暗くて視認し難かったのだが、内部通路の外側の方がさらに薄暗い。

 

 壁際まで行くと完全に闇となっている。

 これは明らかにおかしい。

 上から光が降り注いでいるのだ。

 なのにゆっくりと明度がハッキリと壁際と中央では違う。

 背筋に流れる冷や汗がジットリと背後を濡らした。

 恐る恐る指先を外側の壁へと近付けていくと。

 

 それだけで急激に指先から感覚が抜け落ちていくような錯覚に陥る。

 

 そうして壁に指先が辿り着いてなぞった時。

 思わず顔が引き攣った。

 

 音はしない。

 

 音はしなかったが、その今にも自分のものではなくなってしまいそうな指先から伝わってくる感触は確かに()()()()()だった。

 

 何とか指を手元まで戻して、動悸を整える。

 

「大丈夫かや?」

 

「壁に近付かず触らない方がいいぞ。それとこのビル……たぶん全面ガラス張りだ」

 

「それは面妖な? というか、こちらの観測機器では一切の光が観測出来ず。また、如何なる計測も無効になっているのじゃが」

 

「光、音、熱……もしかしたら……壁の外に付いてるのは波を吸収する素材なんじゃないか?」

 

「波を?」

 

 ヒルコが首を傾げる。

 

「あ~~何や凄い汗出てるで。偽者さん」

 

 バナナがそんなんで大丈夫なんかとこちらを顔を覗き込んでくる。

 

「冷や汗だ」

 

「さっき降りる時に見た話が本当なら、委員会っちゅーのは抵抗してたんやろ? もしかしたら、最後の篭城で新技術でも使うてたんやないか?」

 

「その可能性はあるな。とにかく壁際には近付くな。肉体が自分の意思で動かせなくなるような感覚がある」

 

「あいよ」

 

「分かったでござる。それにしてもこう視界が悪く音もしないとは……奇襲や罠の類には十分に気を配るべきでござろう」

 

「確かに音も聞き取り難い……NVの全天候型量子ステルス見た時も驚いたもんやけど、こっちは更にヤバイなぁ。こんな技術あったら、戦争なんぞとっくの昔に終わっとるで。あ、後でサンプル取らしてもろてもいーか?」

 

「生きて帰れたら、よいぞよ。他国に提供しないという制約付きじゃが」

 

 バナナの暢気な話にヒルコが溜息がちに肩を竦めた。

 

「とにかく行くぞ。外側から遠ざかれば、内部ではこの黒い何かの効果範囲から出られるかもしれない。端末があれば、其処で情報を収集しよう」

 

 全員で内側を歩くようにして進む。

 思っていた通り。

 ビルの内側へと向かう程に光量の低減は解消されていき。

 

 たぶんは中央程の場所に来ると完全に辺りは明るくなった。

 

 中央通路の少し広いフロアにはエレベーターの扉らしきものが置かれており、高層ビルならよく有りそうな今いる位置が示された大きな全体図が壁に埋め込まれていた。

 

 どうやらエレベーターシャフト自体は地表の方まで伸びているようで上にも長いが下にも長い。

 

 最下層はB32と書かれており、その一角に警備室や研究室、電算室などが密集していた。

 

「最下層で情報を集めよう」

 

 頷く全員を連れてエレベーターの下階へのボタンを押すと数十秒で扉が開いた。

 

 僅かに身構えていたのだが、どうやら罠や警備用のドローンの類は乗っていないらしい。

 

 全員で中に乗り込む時。

 

 思わずヒルコの方を見てしまったのだが、重量オーバーにはならなかった。

 

 三十二階の最下層へと向かうエレベーターはまったく音がしなかった。

 

 本当に動いているのかも妖しかったが、パネルの表示は高速で現在位置が下がっている事を示す。

 

 そうして、最下層に付く数秒前。

 全員を脇に退かせて、中央で僅かに身構える。

 フッと足場が停止したような感覚。

 それと同時に扉が開いた。

 真正面には何も無し。

 

 上下左右を事前に持ち込んでいた小さな手鏡を棒に括り付けた代物でグルリと確認する。

 

 しかし、通路は端から端までまったく普通だった。

 光沢質な金属製の壁に床。

 ダクトが付いているし、空調も稼動している。

 明かりが低減しているという事も無い。

 

 まず最初に自分で出て周囲から何か飛んでこないと身を持って確認したが、罠は無し。

 

「通路の背後が気になる。主上を最後尾に。百合音の次にバナナを」

 

「あいあい」

 

 隊列を組み直して、先程見た全体図を思い出しながら左側の通路を歩き出す。

 

 常に気を配って進んだ先。

 30m程進むと角に出た。

 

 先程と同じ要領で棒と鏡で通路を覗くが、罠らしきものは見えない。

 

 あるのは行き止まりと。

 その手前から幾つか見える扉だった。

 

「先行する。10秒して何も無かったら、合流してくれ」

「了解でござる」

 

 通路を歩き出して10秒後。

 そのまま後続が追い付いた。

 最初の扉付近まで行くと。

 

 その横がガラス張りで内部が見えるようになっている事に気付く。

 

 扉は開けないまま。

 壁に近付いて中を覗き込む。

 

「………これが政庁の裏の顔って事か。周囲の警戒は怠らずにちょっと見てくれ」

 

「何や何や~? ヤバイもんでもあるんか?」

 

 バナナがガラス張りの室内を覗き込んで目を丸くする。

 

「こりゃぁ……お宝の山やな」

「そう見えるお前が羨ましい」

 

「兵器。それも全て遺跡に朽ちているようなものばかり……兵器工廠か兵器の倉庫だったんでござるか」

 

 バナナに続いて見た百合音の視線の先。

 

 あるのは戦車から航空機からミサイルから地下世界には過剰過ぎるだろう兵器群。

 

 それが果ても見えない程の遠方まで朽ちた状態で広がっていた。

 

「これで抵抗していたのやもしれぬな」

 

「だろうな。よく勝てたもんだ……とりあえず、次に行こう」

 

 全員で関心したのも束の間。

 次の扉へと向かう。

 扉には何も書かれていなかった。

 

 全体図でも大雑把に重要な部屋にのみ名称が振られていたのでどういう場所なのかは開けてみなければ分からない。

 

「先に行く。入っていいというまで入るなよ」

 

 扉をゆっくりと開け。

 内部を確認する。

 そこでようやく。

 本当にようやく争いの痕跡らしいものを見付けた。

 室内は執務室の類だったらしく。

 金属製の寂れたデスクと椅子が一つ切り。

 

 しかし、その手前には黒い染みのようなものがあった。

 

 たぶんは血痕だろう。

 

「端末があるな。全員で入っていいぞ。百合音は部屋の外を内部から手鏡使って監視してくれ」

 

「うむ。心得た」

 

 主上を手招きして共にデスク上の据え付けられた端末の前に立つ。

 

 すると自動的に立ち上がった。

 だが、勿論のようにパスワードが必要なのか。

 

 タッチパネル式のディスプレイにキーボードと長方形の枠が浮かび上がる。

 

 だが、ヒントらしき文言がバーの下に記されていた。

 

「ぬぅ。また食品の話かのう? 納豆の原材料……納豆とは何じゃ?」

 

 ヒルコが頭を悩ませるのも仕方ない。

 少なからず。

 オルガン・ビーンズに納豆という食品は無いのだ。

 

 菌類による発酵食品で残っているのはメジャーなものばかり。

 

 その理由は単純にもうこの世界に菌そのものが失われているからだろう。

 

「大豆を菌類で発酵させた食品だ」

「おお、博識じゃのう。では、さっそく」

 

 大豆と日本語が打ち込まれ。

 エンターキーが押された瞬間。

 デスクトップが立ち上がった。

 シンプルな青い壁紙。

 

 その中には一つだけテキスト形式のファイルが置かれている。

 

 クリックして開いて見ると。

 それが何者かの日記だと分かるだろう。

 

 ページは極めて大量だったが、読むのも面倒だとヒルコに高速でスクロールさせて内容を暗記するように言った。

 

 そうして数十秒後。

 

 完全にスクロールし終えたヒルコが微妙に頬を掻く仕草をする。

 

「どうした?」

 

「いや、この日記の主はどうやら委員会の最後まで生き残っていた者達の一人らしい」

 

「ビンゴだな。重要な記述はあったか?」

 

「大まかには検索し終えておる。戦争の経緯はどうやら委員会とやらが、世界に喧嘩を売ったところから始まるようじゃ。それで賛同者を集めながら高い技術を背景とした先進兵器や戦術を次々に開発。世界の屈服を目指しておったようだのう」

 

「まぁ、大体さっきの話に合致するな」

 

「此処は委員会の本拠地だったらしい。最初の数百年で築き上げた城砦は最終的に内部が崩壊するまで一切外界からの被害を受けなかったようじゃ」

 

「それで? 目的の泉とか薬に付いては?」

 

「うむ。記述はあった。だが、入手が怖ろしく困難なのが分かったぞよ」

 

「どういう事だ? 罠満載の場所にでも置かれてたのか?」

 

「いいや、そうではない。委員会が殺されたならば、その技術の全てが空飛ぶ麺類教団に流れていてもおかしくはない。だが、ワシが求めていた霊薬は一度とて奴らに使われた記録が無いのじゃ。それがどうしてなのかと首を傾げておったのじゃが……理由は単純じゃった」

 

「?」

 

「委員会のあらゆる技術と叡智、兵器を鹵獲した者達が倒せない代物が委員会の最重要機密を今も守っておるらしい」

 

「最強の守護者ってか。システム? あるいは何らかの生物。どっちだ?」

 

「生物の方らしい。記述を見る限り、外世界。つまり、地上で捕まえた存在のようじゃ。この日記の主はたぶん旧世界の何らかの組織が保管していた代物だろうと推測しておったが、情報に触れられるだけの地位には無かったようじゃのう」

 

「どんなのだよ。此処なら生物兵器から化学兵器まで何でもござれだろうに」

 

「どうやら、かなりの改造を施したらしい。ゲノム編集技術を駆使し、あらゆる能力を生物に付随させるのはその時代でも多かれ少なかれ行われていたようじゃが……そもそもの素体が旧世界でも極めて異端の領域にある()()だったらしい。進んだ科学の結果として、究極の兵器を生物という類型《カテゴリ》に求めたのは……奴らの想像力が枯渇していたからなのかもしれぬ」

 

「想像力?」

 

「そうじゃ。オリジナルの委員会メンバーはこの都市が作られるまでに全員死亡。この都市を支えていたコンピューター群の使い方はそれなりに分かっていたようじゃが、同じものを作るだとか、新型を設計するだとかは不可能になっていたようじゃ。戦争中で資源が足りないというのもあったようじゃが、問題はそれよりも人的資源の方だったように見受けられる」

 

「枯渇してたのか?」

 

「いいや、人的資源を研究開発へ注ぎ込むには動機が足りなかったらしい」

 

「動機?」

 

「最初の数百年で相手を圧倒しておったのよ。それでどうして新規開発する必要がある? 戦争中という事もあって、資源の大半はほぼ人員を養い、戦線を維持する事に費やされた。また、実際の問題として新しいものを造ろうにも研究開発の人員が世界規模で極端に減っていたらしく。世界最先端の現物を持っていた委員会は基礎研究よりも現場での戦略や戦術、新兵器の開発に偏って諸々の開発を行っていた」

 

「つまり、新しいものを開発する理由がなかったと」

 

「うむ。戦争で忙し過ぎるというのもあったらしい。更に相手は自分達に肉薄しようとはしていたが、それもかなり遅々として進んでおらず。それ以上の研究開発を早急に進める必要性も薄かった」

 

「研究者は戦争の研究だけしてろって事か?」

 

「あらゆる技術研究開発に言える事じゃが、基礎と広範な研究が揃わなければ、一つの結果を求める事すら叶わない。ワシも一応は端くれじゃ。その知見から言うなら、一芸特化の極狭い範囲での研究成果を求められた連中は基礎を疎かにした挙句。広範囲の知識も修めとらんかった三流。これで最高の現物を超えるものを作ろうというは不可能じゃろう。保持と維持、使用と運用、これらはどうにかなるとしても……それ以上は望めぬ」

 

 その言葉にはそれなりの重みがあった。

 

 百合音の身体を造ったのは目の前の己をAIと言って憚らないアイアンメイデンなのだ。

 

「で、その究極の兵器とやらが既存の超技術の固まりみたいなもんを持ってた教団に突破出来なかった理由は?」

 

「引き出しの一番上を開けてみよ。たぶん、其処に入っておる」

 

「?」

 

 言われるがまま。

 デスクの最上段の引き出しを開けてみると。

 其処には小さな透明な正方形の樹脂の塊が1ピース。

 その内部には黒い羽毛が一枚入っていた。

 だが、問題はその物体の周囲が妙に薄暗いところだろう。

 

「コレ、まさか……」

 

「解析途中であったらしい。弄繰り回した挙句。何がどうなっているのかが分からなくなり。結局、原理は分からずとも使えるからと最終防衛の要として使用したようじゃ」

 

「……この黒い羽毛がビルをビッシリ覆ってると」

 

「どうやらお主の先程の予測は大当たり。この生物の羽毛は元々が音のみを吸収するものだったようじゃが、ゲノム編集で途中から変質。あらゆる()を吸収する代物と化したらしい。肉体の動きがおかしくなると言うとったじゃろ? あれはどうやら肉体内部の微弱な電気信号すら吸収されているからのようじゃ。頭部とか近付けんで良かったのう」

 

「物凄く危険のは分かった」

 

 バナナが「えげつないわ~」と黒い羽毛を繁々と見やる。

 

「音、光、それから熱もある程度奪う。熱は分子の運動と捕らえれば、音と大差無いからのう。当時は電磁波や光を用いた指向性兵器が主力だったらしく。外壁が傷一つ無いのはたぶん、この羽毛のせいじゃな。さすがに砲弾やレールガンの類は防げないようなのじゃが……防げないなら、回復させれば良いという話になったらしい」

 

「回復? その言い方だとまるで壁が再生するみたいな……オイ、ちょっと待て。まさか、このビルの壁……」

 

 嫌な予感に汗を浮かべつつ訊ねると。

 ヒルコがコクリと頷いた。

 

「どうやら生きておるらしいぞ? こっちはまた別の生物の細胞を使ったようじゃ、何でも再生能力に極めて優れ、神経節を持つと途端に他の生物や自分を害そうとする物体に対して攻撃的になる性質があるとか」

 

「ああ、そうかい。絶対もう触らずに帰る……」

「ウチも生物系はなぁ……」

 

 バナナがちょっと残念そうにしながらも首を竦める。

 

「そして、ワシらが求める場所の守護者はこのビル外壁に使われた細胞のオリジナルが二体。うむ……ぶっちゃけるが、これ正面突破は不可能じゃ」

 

「此処まで来て帰るか?」

 

「いいや。場所は特定出来た。そして、この日記の主の書いておる事が本当なら、策はある」

 

「本当か?」

 

「うむ。プラントは此処から北西数km地点に置かれておる。守護者は二匹ともメインゲート内に置かれておるようだが、裏通路が此処から延びとるようじゃぞ?」

 

 ヒルコが一室の壁際をコンコンと叩いてから思い切り拳を叩き込んだ。

 

 途端にグシャッと金属が拉げる音がして。

 案外アッサリと隠し通路が左手の壁に現れる。

 ポイッと砕けた偽装壁を横に放って。

 

 アイアンメイデンが通路の先を見てからニヤリとした、ような気がした。

 

「往こうか。ワシらの未来を探しに」

 

「格好良く決めてくれるのはありがたいんだが、どうやら……連中入り込んできたようだぞ?」

 

「なぬ?」

 

 デスクのディスプレイに不意にウィンドウが開いたかと思うと。

 

 周辺区画のライブ映像なのだろう。

 

 複数のカメラ映像が動くNVが地表に降りて動くのをハッキリと捕らえていた。

 

「どうやら時間は無さそうやな。だが、どうする? 此処をあいつらに渡すんか?」

 

 バナナの言う事は最もだった。

 

 危ないカルト集団に先進設備の塊をプレゼントしてやる程、こちらは優しくない。

 

「ん? この表示は何じゃ?」

 

 ディスプレイに更なる追加のウィンドウが開く。

 

 其処には文字化けしているが【S―P―――開放―――指定時刻】との文字が出ており、直下にはこれも現在のライブ映像らしき何も映らない真っ黒い画面が浮かんでいた。

 

「……何となく嫌な予想が付く辺り、迷うな。化け物を都市の外に解き放つって事は此処がもう二度と入れなくなるって事だ。無論、あの地下への道を閉ざす必要性だってある」

 

 こちらの話を聞いていたかのようにまたウィンドウが開いた。

 

 未だに音声認識でも働いているのか。

 

 今度のウィンドウはどうやら独立した都市内部のサーバーに接続しているらしい。

 

 其処には再封鎖の手順が書き込まれていた。

 

「あの場所まで戻ってからディスプレイに再封鎖用のコードを入れるのか。そして、そのコードが此処に表示されてる、と……出来過ぎだな。本当に信じていいのか迷うぞ」

 

「じゃが、このままではジリ貧であろう? それともあの春守モドキを全部倒すかえ?」

 

 ヒルコの言う事は最もだ。

 

「じゃあ、ついでに此処のメインサーバー内の情報を持ってけるか聞いてみるか?」

 

 言った傍からまたウィンドウが開いた。

 

「やっぱり、音声認識生きてるだろ。コレ……」

 

 デスク上に亀裂が入り、ジャコッと内部から何処かの携行食みたいな掌サイズの長方形型メモリらしきものがせり上がってくる。

 

「とりあえず、情報も得られるだけ得られた。目的のモノさえ手に入れば、後は此処を放棄しても構うまいよ。生憎と此処はワシらの首都でも無いしのう♪」

 

「分かった……じゃあ、時間をセットしよう。探索に1時間。帰りを30分と過程して、更に相手からの攻撃を受けたり戦闘したりってのを考えると……まぁ、二時間くらい後でいいか?」

 

「ワシに異議は無いぞよ」

 

 バナナも肩を竦めただけだった。

 

「じゃあ、決まりだ」

 

 二時間後の化け物の開放を指定。

 すると、すぐにカウントダウンが始まった。

 

「百合音!! 此処のドアを閉めて、さっさと行くぞ!!」

「了解した」

 

 全員での移動を開始する。

 今度は慎重さではなく迅速さを求められる。

 百合音とバナナを載せたヒルコを後ろに走り出す。

 

 通路は狭いがシッカリと明かりは付いており、足元を確認する必要も無かった。

 

 只管に長い通路を延々と往く。

 数kmというのは本当らしく。

 全速力で走った甲斐あって、8分もせず扉が見えてくる。

 その鋼鉄製の扉の横にはまたもやディスプレイがある。

 

 それもこちらを認識するとすぐに起動して、今度は何もしない内から扉が開いた。

 

 全員で内部へと入り込む。

 

「此処が目的地か……確かに泉だな」

 

 目の前には目的地《ゴール》が広がっていた。

 暗い暗い地底。

 連絡通路らしき鋼の空中回廊。

 その天井付近の上空から下に広がる耀く水面が見えた。

 水中からライトで照らされているのだ。

 

 たぶんは300m以上あるだろう巨大な円形プールのようなものが二つ。

 

 それが何かしらの培養槽であるのは中央に鎮座して内部の光源で浮かび上がるものを見れば、明らかだった。

 

「うぅ、某はこういう気持ち悪いのはちょっとダメな感じでござるよ」

 

 百合音が思わず乙女らしい感性で引き気味になる。

 

「うっわ~~グロ?! グロ過ぎやでぇ……肉の塊? しかも、生きとるんやないか? これが薬ねぇ……ウチは確実に要らんな!!」

 

 開き直ったバナナがエンガチョと言わんばかりにおえ~っという顔をする。

 

 二つのプールには其々、幅100m誓い肉の塊がズグンズグンと今も脈動して沈んでいた。

 

「これが開祖の残していた……先に下りる」

 

 ヒルコが先行して通路の先の階段へと向かう。

 

 降りた彼女が周辺を見渡して、ディスプレイを壁際に見つけると操作し始める。

 

 遅れて下に到達した時には何やらガッツポーズしていた。

 

「大当たりじゃ!! これがアレば……世界が変わるぞよ!!」

 

「世界ね……聞いてなかったんだが、この薬とやら一体何に使うものなんだ?」

 

 ヒルコが自分の腕の内部から何やら注射器の針らしきものを出現させて、横の培養槽から液体を吸い上げる。

 

「これは食品耐性を操る薬じゃ」

「マジか?」

 

「ほほう? ウチら旧世界者《プリカッサー》には何でもない薬やが、そりゃぁ世界変わるなぁ」

 

 バナナが繁々と薬のプールを見やる。

 

「あの肉の塊が生み出しておるのよ。どちらかが耐性を弄る薬。どちらかが耐性を次代に受け継がせる事の出来る薬。どちらもあれば、人は次の時代に進むであろう」

 

「これが薬……」

 

 百合音が目を奪われた様子で薬の泉を上から覗き込む。

 

「ワシら羅丈の開祖はコレの事を知っておった。それがどれだけの力となるのかも……長年の夢が叶ったと言うべきじゃろうな。さっそく採取じゃ。データはこちらで既に暗記した。現物と薬どちらも持って帰れば、培養も可能じゃ。採集はお主に任せよう」

 

 何やら自分の胴体の横のパーツをガポッと取り外したヒルコがこちらに渡してくる。

 

 それを見れば、何やら入れ物になっているのが分かった。

 

(メカって何でもありだな……)

 

 とりあえず、靴を脱いで培養槽の中に入る。

 

 あらゆる食品への耐性があると見なされているこちらにだから任せられる仕事だろう。

 

 危険度的に百合音にやらせるわけにもいかないし、バナナはお客さんであって当事者ではない。

 

 となれば、この場で穏便に仕事が完遂出来るのは自分のみ。

 

 そう思っていても、肉の塊によく分からない薬のプールを泳ぎながら近付くというのはかなりシュールだ。

 

 何とか至近距離まで近付いて、腰のブレードを引き抜き、手で触らないよう薄く削ぐようにして片手にしたパーツの中へ水中で切り身を入れる。

 

「これでいいかー?」

「構わぬ!! 十分じゃ」

 

 戻って地面に降り立つと無味無臭の薬がピチャピチャと滴った。

 

「もう一回じゃぞ?」

「はいはい」

 

 それからの数分でもう片方の肉の塊からも同じように採取を終える。

 

 両脇のパーツに肉片を入れ込み。

 

 再び連結して薬もしっかり採集したヒルコはムフゥッと何か満足げだった。

 

「これで後は共和国と交渉するのみじゃな」

「聖上が妨害してくるんじゃないか?」

 

「心配してはおらぬ。戦争を求める理由を消してやればよいというだけの事よ。方策はもう考えてあるのじゃ」

 

「分かった。じゃあ、とっとと撤退しよう。で、此処からどうやって出るんだ?」

 

 ヒルコが再び壁際のディスプレイに向かっていき操作する。

 

 すると、二つの泉の中間地点の地下から四つのレールのようなものが迫り出して天井に連結され、その四方に車輪を噛ませてせり上がってくる大きな箱状のものが見えた。

 

「自走式のエレベーターか?」

 

 言っている合間にも天井に箱が通れる程の穴が開いていく。

 

「これで都市内部までは出られる。そこからは自力じゃ」

「分かった。さっさと行こう」

 

 全員で扉を左右に開いたエレベーター内部へ入り込むとすぐに閉まった。

 

 少し軋んだ音を立てて上昇していくのが分かる。

 天井を抜けて数秒。

 不意に横壁が透過して外が見えるようになった。

 

「な?!」

 

 思わず息を止める。

 

 ゆっくりと昇るエレベーターから見えたのは……怖ろしく広大な倉庫らしき場所に蹲る黒い山の如き何か。

 

 そして、その頭上にある石棺のような物体。

 

「どうやらアレが守護者殿達らしいのう。大きさから言って黒いのは50mはあるか? むぅ……黒いの仲間としては羨ましい大きさじゃ」

 

「言ってる場合か。あんなのと戦わなくて心底良かった……いや、本当に解き放って良かったのか凄く悩む……殆ど怪獣だろ……」

 

「まぁ、戦うのは我らではないのじゃから。アレと正面切って戦う連中にはご愁傷様と言うべきか」

 

「エニシ殿……」

「どうしたんだ?」

 

 百合音がクイクイと袖を引っ張るので横を向くと。

 その瞳が微妙に細められていた。

 

「某の勘違いかと思うのだが……あの石棺、微妙に開きっぱなしになっているような気が……」

 

「?!」

 

 よくよく見ると。

 確かに石棺の蓋がズレていた。

 

「―――まさか、もう出てる?」

 

 そう冷や汗が流れた刹那。

 ドンッとエレベーターが僅かな外部からの衝撃に揺れた。

 

「襲撃されたか?!」

 

「いや、何か外で爆発があったような感じに思えるが……もうすぐ地表じゃ。総員戦闘準備」

 

 全員で身構えてエレベーターが最上階に着くのを待つ。

 

 それから数秒後。

 到着して扉が開くと。

 其処は岩壁の天井近くだった。

 外に出て確認すると。

 

 地表120m程先の場所で戦闘が始まっているようだった。

 

 NV1機が今までエレベーターで昇ってきた大規模な倉庫の壁にめり込んで大破している。

 

 遠目にも分かったのはNV達がドローンを全機展開して、レールガンらしき物体を全方位に向けているという事だった。

 

「ぬ? どうやら別口の実働部隊が入ってきておるようじゃな。もう一つの入り口が破られたか……」

 

「この短時間で此処まで入り込まれたとは考えられないって事か?」

 

「うむ。先程ワシらが開けてしまった時にもう一つの方も開いたのかもしれぬ」

 

 話している合間にもNV達に動きがあった。

 

 一斉に二股の槍のようなレールガンが一方向に向けられ、掃射された。

 

 それと同時に建造物から跳んだ黒い影のようなものが高速で砲弾のようにドローンのチェーンガンらしきものが直撃するのも構わず陣形の中へと突っ込む。

 

 腰から引き抜かれたブレードらしきものが一体の左足を薙ぎ。

 

 高速跳躍で難を逃れようとした機体の一つに乗り上がると。

 

 背骨を切り付けながら再度空中で跳躍。

 その機体が体勢を崩して仲間を巻き込む。

 先程までいた足場役の反対側にいる一体。

 そのレールガンが自分に発射される寸前。

 

 影は複数の周辺機体を蹴り付けて、相手の懐に潜り込む。

 

 裏拳で軌道を変えられた射出機構が味方を貫いた。

 

 誤射。

 

 爆発した機体に巻き込まれ。

 数機が地表に無様な格好で落着する。

 

 ブレードが至近で振られて、味方を撃ったレールガンと手足が両断され。

 

 瞬時にまた獣のように跳躍した影は周囲に無数ある建造物の内部へと消えていった。

 

「―――逃げるぞ!!」

 

 誰もがそれにコクコクと頷く。

 現在位置は空中回廊に合流する壁際の通路。

 

 NV達が明らかにヤバ過ぎる敵を引き付けてくれている間に逃げるというのは合理的な判断だ。

 

 百合音とバナナをヒルコに搭乗させて。

 先行して走り出す。

 

(どうか出会いませんように……あんなアメコミみたいなのと戦いたくない……)

 

 相手の姿が見えないものの。

 

 鎧みたいなものを纏っていたとしたら、確実にチェーンガンを耐えるだけの装甲を積んでいる事になる。

 

 ついでに再生能力はきっと高いだろう。

 

 装甲を積んでも衝撃は殺せないのだ。

 

 レールガンの直撃を避けただけで他の攻撃にはほぼ無敵に近いとも推測される存在をまともに相手するのは自殺行為以外の何物でもない。

 

 武装がブレード以外に通用しないとなれば、歴戦の兵でもない自分が装甲分の優位性がある相手に勝てないのは道理。

 

「怪獣にアメコミ……いい加減、SFは勘弁しろよ。マジで……」

 

 相手が追ってきませんようにと祈りながら元来た道へ合流するのに12分。

 

 自分達がやってきた場所に辿り着くまでNV達が善戦してくれるのを願う以外に無かった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。