ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第11話「この報われぬサンドイッチに祝福を」

―――ごはん公国商都おにぎり外延部宿屋街。

 

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐いてフラムが埃っぽい煎餅布団の上に腰を下ろした。

 

 現在は明け方。

 

 あの突入から既に二時間近くが経っている。

 

 一度、合流した十人程のパン共和国軍の軍人達は一度こちらの身柄を確保して一息吐ける街道沿いの森の一角へと移動した後、四方へ散り散りなって追っ手を分散させるべく逃走を開始。

 

 フラムに連れられて要衝であるおにぎりまで何とか逃げ延びていた。

 基本的には馬を使っての移動。

 夜間の間にどれだけの距離を稼げるかという勝負には勝ったらしく。

 今はまだ伝令が来て街全体がざわついているという事も無い。

 どうやらもしもの時の集合場所にと買収していたらしく。

 フラムの姿を見ても、宿屋の主人は顔色一つ変えずに二階を指差しただけだった。

 馬は既に放しており、後は徒歩なのだと言う。

 馬上では三日前からどれだけ自分が苦労したかを美少女ボイスで延々と愚痴られた。

 撃たれた場所に愛用するオートマチックがあって無事だった事。

 馬車の横転時に速度が落ちていた事。

 近衛御用達の馬車内部で衝撃吸収用機構。

 たぶんはエアバッグのようなものが発動して、身体を打撲する程度で済んだ事。

 

 反撃時に一発だけ当たった銃弾に塗っていた特殊な香料によって猟犬で相手を追い回した事。

 

 潜伏していたごはん公国の間諜にKOMEの裏流通経路を吐かせて、公国内部の宿屋まで延々とルートを辿った事。

 

 殆ど通れない道無き森林地帯を少数精鋭で踏破し、公国へ潜入した事。

 

『ありがとう』

『当たり前だ!!』

 

 全てを聞いてからこんなやり取りが馬上では繰り広げられた。

 

「此処まで来れば、後は森林地帯を抜けるだけ。元来たルートはまだバレてないはずだ。現在、どうやらNINJIN城砦の戦線で動きがあるようで敵は正面戦力に釘付け。祖国側から敵が来るとは奴らも思うまい」

 

 ささくれた畳の上でフラムがガバメントっぽい銃を軽く動作確認してから、背中に背負っていたトランクを下ろした。

 

「どれくらい此処で休むんだ?」

 

 明け方の薄っすらと白み始めた空は快晴で何一つ雲も浮いていない。

 おにぎりは城砦都市らしく。

 規模から言って3万人くらいは住んでいそうな木造平屋ばかりの長閑な場所だった。

 

 闇の中をコソコソと移動していたら、江戸時代なのかと疑うような和服姿の者ばかりが見回りしていた為、驚きはしたが……文明レベルは決して低くは無い様子で所々の詰め所は煉瓦造りだった。

 

 このまま隠れていられるとも思えず。

 

 もし、逃げ出すならば人目の無い今この時くらいだろうと思っての言葉だったが、フラムはフフンと得意げに笑みを浮かべる。

 

「心配するな。野蛮人に見破られるようなヘマはしていない。此処から出る算段はもう付けてある。後、一時間半はゆっくりしていられるぞ」

 

「悠長だな」

 

「当たり前だ。奴らと我々の間には十年程度では埋まらぬ差がある。既に脱出に関する連絡は済ませてあるのだから、待つのも仕事の内だ」

 

「それで助けて貰って悪いんだが……」

「どうした?」

 

 グゥと腹が鳴った。

 

「何も食べていないのか? これだから野蛮人の国は……捕虜待遇の人間に何も食わせないとは何事だ!?」

 

 グッと拳を握って敵国の悪辣さに怒るフラム。

 

 だが、何処の誰が食ったら死ぬかもしれないトーストで拷問しようとしていたのか知っている身からすると、余程に邪悪な幼女の方が面倒見は良いだろう。

 

 少なからず()()()されてしまったらしい事を鑑みても間違いない。

 ぶっきら棒に自分のトランクを漁る手が大き目の笹の包みを差し出してくる。

 

「我々EEの糧食だ。食えるな?」

「ちゃんとしたものなら、何でも歓迎だ」

 

 受け取って開くと。

 グチャグチャに身が食み出したサンドイッチが現れる。

 中にはハムと卵が入っていたものの。

 本来は美しかったのだろう姿は見る影も無い。

 

「む、これはいかんな。宿屋の主人に何か作らせよう」

「いや、これでいい」

 

 そのまま中身を少しモソモソと口にしてからパンを齧る。

 

「……よくその形で食べようと思うな」

「もったいないだろ?」

「もったいない? また、面白い事を……」

「何か変な事でも言ったか?」

 

 フラムが苦笑していた。

 

「貴様の言う事は一々、我々には失われて久しい言葉ばかりだな」

「そうなのか?」

「ああ。例えば、哲学とか言ったな。もう三千年は前に途絶えた言葉だぞ」

「さ……共和国では哲学者ってのはいないのか?」

「何を意味するのかまるで分からないものを研究する意味があると思うか?」

「……合理的に必要なものだけを追い求めてきたって事か?」

「そうだ。『もったいない』というのも我々にしてみれば、危険な思想だ」

「何故だ? 普通、合理性を重んじるなら、物資を無駄にはしないだろ?」

 

「然り。我々パン共和国の国是は効率化と技術革新だ。だが、食料に関しては大事にすると同時に廃棄を是とする。何故なら、『もったいない』と食べたモノが痛んでいたらどうする?」

 

「それならまぁ、廃棄かもしれないが……って、このサンドイッチ何時作った?」

「安心しろ。昨日の真夜中だ」

 

 安堵した様子を見透かされたか。

 肩が竦められる。

 

「お前にとってはもったいないで済むかもしれんが、痛んだものを食えば、死ぬ可能性もある。かなりの致死率だぞ? お前の故郷ではどうか知らんが、我が国ですら痛んだものを食って死ぬ輩は年に4万人近い」

 

「よんま……どんだけ痛んでたんだよ……」

 

「どれだけ? 少しでも痛んだものを食えば、我々には抗う術もなく死あるのみだ。やはり、貴様は知らなかったようだな……」

 

(食当たりが自殺者より死者出してるのか)

 

「フン。その顔では意外なようだな。だが、事実だ。周辺の小国では更に酷いぞ。年に10万死ぬという国もザラだ」

 

「―――」

 

「その上、我が国やこの野蛮人の国のように炭水化物系の主食が食える国は数少ない。子供の時から育つのは僅かでも穀物類やイモ類が食える前提だからな。耐性の無い子供はたった一つの食料すら満足に食えず死んでいく。食ってもそれが最後の食事となる」

 

 あまりの言葉に僅か息を止めた。

 

「……思ってたより深刻だな」

「思ってたより、か。貴様を見ていると軍学校での講義を思い出す」

 

 溜息が吐かれる。

 

「講義?」

「貴様のように何でも食べられ、当たって死ぬ者も少ない時代があったんだそうだ」

「じゃあ、どうして今のようになったんだ?」

 

「さぁ、そんな事を知ったところで何にもならん。一つだけ確かなのは新たな血統を生み出さない限り、悲劇は続く。何処までもな」

 

「それを総統閣下とやらがどうにかしてくれるって信じてると……」

「侮辱は許さんぞ?」

 

 ギラリと瞳が細められた。

 

「侮辱はしてない。疑問を持ってるだけだ」

 

「総統閣下は先鋭的なお考えを四十年前に発表なさり、その後の共和国総選挙において国民に選ばれた真に特別なお方だ。我々はその理想を実現する為に戦っている」

 

「……何でも食べられる人間を創るってやつか?」

 

「そうだ。弱小国が弱小国たる理由は純然たる人間不足だが、その理由はカロリー源となる炭水化物が取れないからだ。主食となる食物の殆どが大量に取れる代物ではない国は悲惨を極める」

 

「例えば?」

 

「貴様は塩辛いものや酸っぱいもの、苦いものや臭いもの、それだけ食べて生きていけると思うか?」

 

「ものによる」

 

「そうだ。そして、そのものになる主食の耐性者は弱小国ではあまりにも少ない。それに国の主要生産品目が国民の耐性資質に合致し、大量に摂取出来る代物でなければ、人は容易く栄養失調となる」

 

「聞いていて思ったんだが、食えるものを探せばいいんじゃないのか?」

「探すだと?」

「少しでも耐性がある沢山食べられる食材を探して、大量に自国で作ればいいだろ」

「……そうか。貴様には土地の話もしなければならないのか」

「土地?」

「そうだ。国家の保有する大地には其々作れる作物や動物資源が決まっている」

「他のものが育たないって事か?」

「YES」

「それにだって限度はあるだろ」

 

 普通に考えれば、在り得ない話だ。

 

「いいや、穀物が育つ土地とて、我が国とこの公国しか大陸には無い。他の土地では苗だろうが種だろうが育たない。魚、肉、豆、どれも同じようなものだ」

 

「嘘だろ?」

「冗談を言う理由があるのか?」

 

「……つまり、総統閣下とやらはそういう可哀そうな連中を国家的に統合して、耐性者の血筋を強化してくれる存在なわけか」

 

「物分りが良いな。それは何処の国もやっている事だ。少しでも多くの食材に高耐性を持ち、何でも食べられる人材は貴重だ。その血筋を増やし、国家に行き渡らせる事こそが、やがては真に平和なる世界を作り出す」

 

「じゃあ、ごはん公国の連中とも混血すればいいんじゃないのか?」

 

「やってないとでも思ったか? 千年前の試みだ。結果はMUGIとKOMEの耐性はどちらも主食として定着させられる程に引き継げない。ついでに混血者の大半はどちらにも耐性がある分、完全な耐性ではなくなる。結果として寿命が極端に縮む。どちらかを食べる度に体調を壊してな……」

 

「今までの話を総合すると……どちらかの耐性を持つ国家を滅ぼして穀倉地帯を手に入れ、諸国からKOMEとKOME耐性者を駆逐。混血を推進してMUGI耐性者ばかりにして武力も使わずに完全統一。混血が進めば、やがてはどんな食料にも耐性がある完全な人間が出来上がる、と」

 

「エニシの癖に賢いぞ?!」

「野蛮人じゃなくて光栄だが、個人批判は止めろよ……」

 

 ゲンナリした気分となる。

 このごはんとパンの戦争が目指す最終目標は人間の品種改良。

 現実でなら、民族浄化レベルの争いに違いなかった。

 それもかなり際どい。

 

 土地から特定の品目しか生産しないという事はその国家の中にMUGI耐性者が増えれば増える程にパン共和国への依存が高まるという事だ。

 

 根本的に現在の公国と共和国の戦争の理由は他者から容易に奪ってこられない部分に生存上必要な資源がある事に由来する。

 

 血、資質、耐性。

 

 これは短期間の戦争では絶対に奪えない。

 

 ついでに奪えたとしても、それを生かす食材を生産する土地が自国に無ければ、相手から奪うしかなくなる。

 

 小国が自分の国家を改良しようとすれば、他国の血と領土を奪うか、他国に依存を深めるかの二択となり、大国が国家をより良くと指向すれば、結局は耐性者を生み出す同化政策を他国に強要していくしかない。

 

 一緒に仲良くやっていこう、というのは不可能だ。

 何故なら、所有する土地の時点で圧倒的な格差が発生している。

 炭水化物が出る国と塩しか出ない国では圧倒的に前者が強い。

 

 民族が血統的に完全統合され、国家が一つとなれば、話は別なのだろうが、ごはんとパンに限ってはそれも不可能。

 

(どちらかが消え去るまで、か)

 

 国家と国家を一つにする為に歴史の中で人々が払ってきた血の量は限りなく多い。

 ならば、滅ぼしてしまえというのも乱暴だが、現実に選択肢の一つではある。

 

「……んむ」

「全部、食べるのか? 貴様は本当に鋼鉄の胃袋を持っているな」

 

 サンドイッチをとりあえず全て頬張る。

 フラムが呆れた視線を向けてくる。

 

「んぐ。こっちの流儀だ」

「そうか……」

「ちなみに一つ気になったんだが」

「?」

「お前はKOMEを食えるのか?」

「命の恩人にお前呼ばわりか。それとどうしてそんな疑問を持つ?」

 

 その瞳が半眼となる。

 

「家で食事した時、メイドと違ってマスクしてなかったから……」

 

 そう言うと静かに答えは返った。

 

「……私は食えるが体調を壊す」

 

「―――」

 

「普段、食ってはいないから、寿命は長い方だろうが、定期的に耐性のある食材は摂取する決まりだ。まぁ、良くて40代くらいまでらしい。MUGIの耐性は完全より少し低いくらいなのが救いか」

 

「平然と言うんだな……」

 

「当たり前だ。もうそろそろ父も母も天寿を全うする。我らオールイースト家は高耐性者を受け入れる天秤の一角。我が家の耐性は世紀を跨いで人々のものとなるのだ。確かめずに名乗れるような家の名ではない」

 

「結構、大変なのは分かった」

 

「フン。同情など要らぬ!! 私が望むのは軍務の成功と家の繁栄!! そして、次の世継ぎを産む事だけだ!! 私の貢献が総統閣下の理想を推し進め、我が家と私に連なるだろう多くの子孫、民を強くする!! その為ならばッ!!」

 

 ズイッと顔が近づけられる。

 その頬は僅かに赤い。

 顔は怒っている癖に額には汗が浮いていた。

 

「わ、私は貴様のような輩にだって……く、唇くらい許せるのだ……」

「………ふ、くく」

「な、何がおかしい!!?」

 

 怒鳴られても、やはりおかしくなってしまう。

 

「はは……やっぱり、夢の中でくらい格好良くいたいと思ったんだ……」

「?」

「まだ、何をすればいいのかも分からないが……一つ約束する」

「約束?」

 

 それは自然と沸いた心からの感情だった。

 誰かと一緒に工夫と心が込められた料理を囲む喜びを味わいたいと。

 きっと、楽しい一時になるだろうと。

 そう、思ったから。

 

「いつか、一緒にリュティさんの料理を最後まで食べよう」

「何を言っている?! 私を殺す気か!?」

「ウチの親父、実は薬学博士なんだ」

「薬学博士? エニシの癖に賢かったのはそのせいか」

「ツッコまないが……言いたいのはそれだけだ。夢の中で夢を叶えるくらい、きっと出来るさ」

「??」

 

 不審者でも見るような瞳が気色悪そうにこちらを伺っていた。

 

 とりあえず、逃げる算段とやらに乗って屋敷まで帰ろう。

 

 今はそれが何もしたい事の無かったはずのちゃらんぽらんな学生の第一歩だと信じて。


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