ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第117話「異説~パンの国にて~」

 

―――6041年1月4日。

 

 あの日からもう数ヶ月が経った事を読者諸氏は不思議に思われるかもしれない。

 

 たった数ヶ月。

 半年にも満たぬ間にどれだけの艱難辛苦を超えてきたか。

 果たして、全て覚えている者はいるだろうか。

 目まぐるしく変遷した情報に次ぐ情報。

 現実は我々に重大な選択を迫ってきた。

 パン共和国とごはん公国を中核とする大陸最大の大連邦発足。

 

 この真に報道するべき情報を載せる特別号外を出すに辺り、我が社の全記者が総出で取材に当たってくれた事を此処に感謝したい。

 

 多くの官庁省庁を回り。

 頭を下げ倒した彼らが集め。

 

 総統府によって認可された情報を知らせるこの特別号外は何一つ我々が隠す事無く。

 

 全ての国民に対して見て欲しい“あの日”からの記録である。

 まず、事の起こりは正体不明の空からの襲撃者達だった。

 そう、情報が錯綜していたあの数日の初め。

 我々は確かに見た。

 

 何かが都市に飛来し、何かが軍事基地を、総統府を、官庁街を襲撃した。

 

 これは四号前に特集において組まれた敵に付いての考察を共に合わせて読んでもらえれば、幸いである。

 

 総統府発表の正式な情報に寄れば。

 彼らは【統合《バレル》】と呼ばれる正体不明の組織。

 そして、教団を目の仇にしていた怖ろしい遺跡の力を持つ存在。

 その尖兵たる“見えない敵”は通称NVと呼ばれ。

 遺跡より発掘された人智を超える兵器によって武装されていた。

 

 教団はこの非常事態において、遺跡の力を持って対抗しようとするも失敗。

 

 あのナットヘス・ツリーを覆う肉の塊を出現させてしまったのである。

 

 総統府は事態の初期から襲撃対象とされ、我らが愛するべき総統閣下が一時は行方不明だったという事実は8号前の記事で特集されているので、顛末は是非その号の記事を追ってもらいたい。

 

 話を戻そう。

 この襲撃によって首都機能の4割は一時麻痺。

 犠牲者は数百人にも及んだ。

 

 その後、ベアトリックス・コンスターチ中央特化大連隊総司令の下。

 

 首都機能の後退と避難が順次開始された。

 だが、数日後。

 事態は急変する。

 侵略者達の意図。

 

 我が国の首都に存在したという教団管理下の地下遺跡奪取という情報を掴んだ参謀本部は敵の更なる勢力拡張の企図を挫く為、遺跡の解析により進められていた新型兵科による部隊創設と反抗計画を二日で策定し、コンスターチ閣下に任務遂行を打診。

 

 こうして中央特化大連隊は本邦初。

 いや、人類発であろう遺跡の力を使った新兵科。

 全耐性機甲装甲化猟兵《アドバンス・イェーガー》を配備。

 

 彼らのみを集めて作られた特別強襲部隊【蒼《アズール》】は誕生した。

 

 彼らは遺跡の力によってあらゆる食材に耐性を持ち。

 

 また如何なる環境下でも活動可能な装備を携えた人類中最強の部隊と言えるだろう。

 

 こうして襲撃者【統合《バレル》】への反攻作戦は開始された。

 

 その初代部隊長となるのは読者諸氏も当時は耳にした事があっただろう。

 

 カレー帝国内での駆け落ち騒動において一躍名を馳せた男。

 

 後に軍部において遺跡探索と解析の第一人者として働いていた事が発表される事となる人物。

 

 カシゲェニシ・ド・オリーブその人であった。

 彼は任務中に出会った聖女と密かに婚姻した人物であり。

 総統閣下との縁も深く。

 工作員としての技量を買われ。

 

 様々な国を転々としながら、遺跡の調査発掘、解析部隊の指揮を執り。

 

 尚且つ、秘密裏にその回収や危険だと判断した場合の処分を請け負っていた真に共和国が誇る得難い人材だった。

 

 帝国から帰って以降は総統付き勅令担当官という正に個人にして省庁と同等以上の権力を有する地位に着き。

 

 裏から共和国の平和を支えていたのである。

 

 このような人物が共和国の国難に立ち上がったのは当たり前の話だったのだろう。

 

 彼は自ら新兵科の部隊の長に志願し、【統合《バレル》】との熾烈な戦いへと身を投じたのである。

 

 此処では彼の私的な部分に付いては伏せるが、そちらは弊社の『聖女を落とした男』を一読して貰いたい。

 

 何はともあれ。

 彼の率いる総勢30名の反攻作戦は開始された。

 【統合《バレル》】への襲撃により、敵主力NVを十数機撃破後。

 首都直下に部隊は突入。

 

 彼は部隊の半数を失いながらも相手の最精鋭部隊を撃破し、捕虜として司令官の一人を捕らえた。

 

 彼らの隔絶した働きが無ければ、我々は何も知らぬままに【統合《バレル》】が悪戯に弄ぼうとしていた遺跡の力によって、この地上から消え去っていたかもしれない。

 

 しかし、彼が敵司令部の一部を打撃した事。

 

 司令官を捕虜とし、交渉した事で【統合《バレル》】側は撤退の意思を示した。

 

 だが、その時にはもう彼らが起動していた遺跡は暴走を開始しており、カシゲェニシ・ド・オリーブはこれを沈める為、部隊を地下遺跡から退去させた後。

 

 単独でこれの無力化へと従事した。

 あの日、我々は何も知らず。

 

 軍からの要請によって河川への避難を行ったが、アレもまた彼が何とか首都の民を救おうとした末の出来事だったのである。

 

 そうして、我々は遺跡の力を目の当たりにしたのだ。

 激震と共に大地の亀裂より吹き上がる紅の耀き。

 

 軍研究部門からの発表に寄れば、アレは遺跡の暴走を止める為、彼が何らかの遺跡の力を別に解放した事で起こった事象であったと言う。

 

 そうして、立ち昇った耀きが失せた後。

 全ては幻の如く消えた。

 空の敵も、おぞましき塔も、何もかも。

 まるで全てが最初から嘘だったかのように。

 それから十日後。

 

 総統府より全国民へ電信及び新型音声通信による放送が行われた時。

 

 読者諸氏の驚きは如何ばかりであっただろうか。

 彼が最後に発掘した遺跡より持ち帰られた情報と遺物。

 その解析結果があのようなものであろうとは。

 ごはん公国とパン共和国の民は太古。

 同じ耐性を持つ人種であった、等とは。

 

 総統閣下はこの重大な事実を隠す事無く発表する事で過去、不幸な仲違いによって始まった戦争への回答とした。

 

 40年の年末。

 最後の週。

 

 彼が齎した遺跡の遺物によってMUGIとKOMEの完全耐性の両立が可能かもしれないという研究結果が公表され、後押しした事も手伝って。

 

 オリーブ教の仲介の下……和平条約は結ばれたのである。

 長きに渡る公国と共和国の戦いはこうして終結した。

 

(中略)

 

 全てはあの日、首都ファースト・ブレットにおいて始まった。

 

 この数ヶ月の変遷を考える上で読者諸氏はそう誰もが胸にあの日の光景を認める事だろう。

 

 仮に市民達の間で【ごパンの炎】と呼ばれつつある紅の耀きが全天を覆い。

 

 人々を包み込んだ日。

 その情景に没した誰もがこう思ったはずだ。

 何て温かい光だと。

 

 もし、カシゲェニシ・ド・オリーブ……救国の英雄が未だ封鎖されている遺跡より帰ってきたならば、我々は彼にこう言わねばならないだろう。

 

―――ありがとう、と。

 

 蒼き目の男が帰還する事を願って 編集長 ジョーイ・グラノーラ

 

 ………………新聞を置く。

 

 出された皿の上のパンにはハムとベーコンとソーセージが挟まれていた。

 

 本日の朝食はどうやら肉らしい。

 

「縁殿~」

「?」

 

 顔を上げると。

 

 食堂に入ってくる扉の脇から長い黒髪の美幼女が入ってくるところだった。

 

「ああ、ええと……」

 

「縁殿。今日はちゃんと食べるでござるよ。これから忙しくなる故」

 

「そうなのか?」

「うむ」

 

 テーブルの横に来たちんまりとした外套姿。

 そのにこにことした顔に気後れしてしまう。

 

「エニシ。さっさと済ませろ。今日は正式に結納の品と式の日程を式場関係者と詰めるんだぞ? もう時間が無い」

 

 超絶と言っていいレベルの美少女が何故か怒りたくても怒れないような顔で口元を拭いていた。

 

「A24~迎えに来たのよ~~」

 

 ダダダッと走り込んできたというか。

 

 そのままダイブしてきたのは新聞でよく載っている聖女様らしい。

 

「エ、エニシ。食事中は控えて下さい。み、みっともないですよ」

 

 後ろで給仕をしていたプリーストみたいな格好の少女がこほんと咳払いをした。

 

「カシゲェニシ様。おひいさま。ベラリオーネ様とグランメ様がお見えになりました~」

 

 料理上手な巨乳のメイド長さんの声。

 それからすぐ廊下を歩いてくる二人が見えた。

 片方は何処かの制服を着るグラマラスボディーな褐色美女。

 

 もう片方は静々と少し恥ずかしそうにはにかんだ顔でやってくる何処かのお姫様のような……民族衣装っぽい礼装の褐色少女。

 

「カシゲェニシ!! き、ききき、聞きましたわよ!? ついに式を挙げるんですの!?」

 

「カシゲェニシ殿。きょ、今日はよろしくお願いする」

 

 二人の姿にとりあえず。

 おはようと返した。

 それから少しお手洗いにと席を立つ。

 妙に後ろから視線を向けられている気がした。

 しかし、それも仕方ないだろう。

 

 どうやら、自分は彼女達と婚約の約束までしたらしいのだから。

 

 一ヶ月前。

 

 目が覚めたらオールイースト邸と呼ばれるこの屋敷の前にいた。

 

 何故か人に見付かったら、何処からか少女達が湧いてきて、滂沱の涙を流しながら抱き締められた。

 

 それだけだ。

 

 それだけなのだが……何故、自分が此処にいるのかがまるで分からない。

 

 そう、最初は夢なのではないかと思ったのだが……そもそも今も夢のような感覚が付き纏うのだが……どうやら此処は現実。

 

 一体、何がどうなっているのかというのが心情だ。

 

 記憶喪失と誰かが言った。

 

 しかし、本当に自分は失うだけの、この世界での日常というものを過ごしていたのだろうか?

 

 これが本当に心底、心当たりがない。

 

 過去の話をされてもピンと来なかったし、そんなチートでハーレムな冒険譚を自分がしっかりキメていましたとか……実はオレ凄いヤツで忘れた過去があったんだよ~とか……極めて現実感が薄い。

 

 しかし、それでも月日は流れるもので早一ヶ月。

 何やら勝手に状況は流れていく。

 見知らぬ可愛い少女達と結婚式。

 という時点でもう半ば目が胡乱になったのは仕方あるまい。

 トイレと言いつつ。

 

 本当は少女達の視線が、見知らぬ過去の自分に向けられている事に……違和感というか。

 

 疎外感のようなものを覚えていたからか。

 僅かに息苦しかったのかもしれない。

 いつの間にか足は庭先に向いていた。

 本日は曇天。

 その上暗い事もあって四方に目をやっても視界が悪かった。

 

『やぁ』

『やぁ』

 

「?」

 

 庭先に出て池を前にしていた時だ。

 目の前にはいつの間にか。

 

 双子のようにそっくりなモスグリーンの軍服と軍帽を被った白い肌の男達がいた。

 

『調子はどうだい?』

『どうやら、ショック療法は成功したみたいだね』

 

「ショック療法? あんたら、誰だ?」

 

『あはは。まだ、寝惚けてるみたいだね』

『うん。君は本当に二度寝好きだよね。意識レベルが戻ってまだこの程度……』

 

「余計なお世話だ」

 

 男達が肩を竦める。

 

『いや、本当はもう少し君の初々しく戸惑う様子を見てたかったんだけど。そうもいかなくなったんだ』

 

『本当に……君は運命の車輪を回す女神とかに愛されてるよね』

 

 男達が怪しいのは誰でも分かる。

 しかし、誰かを呼ぼうという気は起きなかった。

 

「オレが誰だか知ってる口調だな」

 

『そりゃね』

『ああ、そりゃあ……もうね』

 

 男達が笑みを深くして帽子を取る。

 

『君を起こすのは大変だったんだよ』

『数ヶ月前にいきなり昏睡状態になっちゃうんだからね』

 

「……前のオレを知ってるのか?」

 

『知ってるも何も』

『君を此処に置いていったのは僕らだからね』

 

「お前らが?」

 

『とりあえず、昔話でもしよう』

『ああ、そうしよう』

 

「昔話……オレの?」

 

『いいや、君の昔話じゃない』

『この世界のお話さ』

 

「世界の……」

 

 男達はまるで一人のように話を続ける。

 水の上を歩いて。

 目の前まで来た男達は僅かに瞳を開いていた。

 

『………大戦期、委員会は【深雲《ディープ・クラウド》】の移設を積極的に進めた。これは“神の網”に組み込んだマスターマシンの規模拡大……複数案のマスタープラン補完計画の一環だったんだ』

 

 相手の言っている事はまるで分からない。

 しかし、僅かに動機が胸を支配していく。

 

『委員会はあの当時から延々と帝国が興る地でその補完用の計画を推進していた』

 

 風が吹く。

 それは冷たく。

 朝というよりも漆黒を思わせる。

 

『戦乱によって一度は委員会の手を離れ、教団に引き継がれた頃にはシステムロックでどうにもならず。終に初代皇帝が復活させ……ようやく帝国がその内で建造を終えた……それこそが前回の一件で破壊された絶対零度の情報保管庫“神の氷室”……正式名称【次世代型原子凍結式ホルミウム・ストレージ】』だったのさ』

 

『アレは未来に情報を送らずとも全ての量子コンピュータの情報を保存出来る代物だったんだよ』

 

『だから、教団の連中は災厄の箱に準えてパンドラと呼んでいた』

 

『それはアレがマスターマシンの基幹となるシステムカーネルに組み込まれたブラックボックスに左右されず。深雲を使う事が出来る唯一のシステムだったからだ』

 

「ブラック……ボックス……」

 

 二人の軍人が、双子のようにも見える年齢不詳の彼らが、そっと自分達の周囲。

 

 冬の蛍。

 庭で舞う紅の燐光を指で突く。

 

「何だ? コレ……何処かで……?」

 

『帝国を起こした彼。後に皇帝と呼ばれる事になった彼は……委員会と国家共同体が行った人類の制御……その軛から解き放たれていた』

 

『そう、解き放たれていた。彼は今じゃ【妖精円卓《ブラウニー・バンド》】の上級幹部くらいしか持って無いフォルトゥナータ世代より前の肉体を手にしていた。そう君の身体と同じように……あの黒鳩と危ない彼女がそうであるように……』

 

「軛?」

 

 それに答えず。

 軍人達は肩を竦めて話を続ける。

 

『彼はこう言い残したらしいよ。“正当なる色”を持つ者には誰しも、その光景を見る資格がある。けれど、それを見てしまえば、後は現実と戦い続けるしかない、と』

 

「現実と戦う?」

 

 戦わなきゃ現実と。

 そんな、ありふれたフレーズが頭に残響する。

 

『いいや、“君の言っている意味”では違う。僕らも見るのは初めてさ』

 

『ああ、情報では知っていたけれど、見るのは初めてだ。どうやらもう時間は無さそうだね』

 

「どういう意味だ。この蛍がどうしたって言うんだよ」

 

 軍人達の言い分は言いたくない事を先送りしているようにも思えた。

 

 だからこそ、その言葉の続きが話の核心なのだと分かる。

 

 そうだ。

 いつだって、()()()()()()()()()

 

『この世界には未来へ情報を送る技術が未だに生きている』

 

『そして、それを使った量子コンピュータ連結体の大部分の演算能力は現在もたった一つの事に付いて使われている』

 

『委員会は人に希望を残したのさ。国家共同体も敵対こそしていたが、それに追従した』

 

『管理の一部を引き継いだ教団もそれを是とした。だが、それは人々から真実を遠ざけ、絶望に抗い続ける事を忘れさせた』

 

『アメリカ単邦国も』

『日本帝国連合も』

 

『ユーラシア・ビジョン、EUNすらもだ。どうやら、イレギュラーな連中がこの都市を襲撃したようだけれど、アレは正しく人類に残された奇跡ってヤツじゃないかな。ホント』

 

『残ってるとは誰も思わなかったからね。今まで僕らや旧世界者《プリカッサー》の各派閥からも隠れていたんだから……自分達の稀少さは理解してるんだろうさ』

 

「何を言ってる。何が言いたいんだ。お前らは……」

 

 男達がこちらの左右に付いて。

 庭の先。

 

 暗い曇天の空を……まるで夜のように暗く厚い雲の先を見上げる。

 

『委員会の当人達ですらも、本当の光景が見られない事に安堵しただろうさ』

 

『彼らは安堵したからダラダラ長い名前じゃなくて……パンドラなんて呼んでいたのさ』

 

 男達が両側でニコリと微笑む。

 

『不思議に思った事は無いかい? どうして、この世界では特定の地域でしか特定の作物が育たないのか』

 

『不思議に思った事は無いかい? どうして、この世界では人の寿命が短いのか』

 

「………」

 

 答えようも無い。

 そんな事は知らない。

 しかし、胸の動機は治まる事無く。

 

『あの永く続いた大戦はこの星を完全に破壊し尽して余りある被害を与えた』

 

『けれど、君が見てきた景色には破壊の爪痕なんて無いはずさ』

 

「何を……言って……っ」

 

 胸を押さえ。

 

「破壊されたなら、時間が経って……治った、んじゃないっ、のか?」

 

 何とか、そう返す。

 

『そうさ。時間が経ったんだ』

『そうだよ。時間が経ったんだ』

 

 男達の顔には感情の色一つ浮かんではいなかった。

 

 しかし、確かに空を見る視線には何かしらの光が混じっている。

 

 やがて、空に紅の耀きが僅かに……蛍が僅かに……舞い始めた。

 

『『君がもしも今まで通りの世界を望むなら、何も見ない事をお勧めするよ?』』

 

「何もって、何だよ……」

 

『ふふ、まぁ……いいか。君がどんなに二度寝が好きでも目が覚めない事には仕事の話も出来ないしね』

 

『じゃあ、一緒に見ようか。この世界の真実ってヤツを』

 

 男達が両手を耀かせる。

 それは接続されたインターフェースの光だ。

 

 人体に直結された入力デバイスが男達の指の動きを読み取り、その結果を瞳に装着されたレンズ型の投影スクリーンに映し出す。

 

『『対象は三人。二分後、()3()()()()()()からの全干渉をカット。五分後に再指定』』

 

「何、だッ? 第3、ストレージ? 何をしてる?!」

 

『委員会は彼女の技術だけじゃ不安だった。ブラックボックスが解析出来なかったからさ。だから、サブマシンにして第2ストレージたるパンドラの開発に着手した』

 

『けれども、それより先に後発となった第3ストレージの方が早く開発された。あの戦争中の技術革新は凄まじいものがあったからね。自然科学の原理的な解明や発想から辿り着く超先鋭技術よりも既存の裾野が広く研究者の多い分野の方が早く開発されたのさ』

 

 雲間から降りてくる紅の耀きが不意に散った。

 

『そして、機械の預言を現実とする為に大戦の最中……月施設を中核とするマスターマシンの外郭……低軌道ステーションとオービットリングから第3ストレージへの干渉が開始された』

 

『神の網、神の枝、神の杭、これらは委員会内部でどれも其々、宇宙開発・宇宙移民、社会形成・高度圧縮教育、新規不動産確保・環境管理機能、そういう分野毎の中核システムとされたが、第3ストレージの開発はもっと直接的に社会を救った』

 

『だが、だからこそ、サブマシン、第2ストレージには旧いバージョンのプログラムしかインストールされていない。だからこそ、それを利用する時、最新である第3ストレージが行った救済は無力化され、全てが白日の下に曝される』

 

 軍人達の声は諦観を含んでいるようにも見える。

 

『第1ストレージ。マスターマシンが未来を司るものならば、第2ストレージたるパンドラは過去を司る』

 

『そして、第3ストレージは現在を司り……今も【深雲《ディープ・クラウド》】からの情報を出入力し続けている。だが、その処理の仕方はフォルトゥナータ世代と大戦後期より前では大きく違う。一部の機能がオミット。いや、元々存在しない第2ストレージを通して干渉を受ければ、人は容易く世界の真実へと辿り着けた。パンドラとは委員会にとって希望が残った箱の事じゃなかった。何故なら彼らにとってそれは正しく災厄を閉じ込める箱だったからだ』

 

『見るといい。これが初代皇帝とフォルトゥナータ世代よりも前の人々が見ていた世界さ』

 

 紅の燐光が励起されたかのように一瞬で地表から溢れ出し、世界を埋め尽くしていく。

 

 それは少なくとも瞳に仕込まれた機器の力ではない。

 

――――――世界が、色褪せた。

 

『第3ストレージ。名を“神の屍《ししむら》”………肉体的な()()()()()()()()()()()人の心を人のままに留めておく為の力……【感覚制御人造躯体《フルスクラッチ・ヒューマン》】……簡単に言うと……』

 

『この世界が既に滅びている事を覆い隠す為に人のDNAベースで作られたゲノム編集の集大成……フォルトゥナータ世代から生存する感覚改変機能付きな()()()()の事さ』

 

 目の前に映像が映し出される。

 

 だが、それを除いても……世界は、自身の目に見える全てが、何もかも違ってしまっている。

 

『ま、繁殖機能が付いてる点を除けば、僕らの使ってる身体の超絶劣化模造品だけどね』

 

 全てが真実だろう人々の姿が高高度の定点カメラによって送られてくる。

 

『人のDNAってのは情報保存媒体として最適だったんだよ』

 

 全てがリアルタイムで手を加えられる余地の無い情報。

 

『この星を覆う“神の綱”……その動力源たる太陽光発電に使うフィルタリング膜。管理施設中枢が僕らアメリカ単邦国と日本帝国連合の攻撃で壊滅して、生産設備だけが人類の手を離れて延々、同じ命令を繰り返し続けた結果がコレだ』

 

 蒼き水の惑星は既に無く。

 

『この星にもう嘗ての既存生命からの進化生物はほぼ存在しない』

 

 在るのは世の果てまでもただただ灰色の地平と。

 薄いリングと割り箸のような長い棒と。

 

『生態系は諸々のせいで大崩壊。生き残った最強の生物は苔でしたって笑い話が笑えない』

 

 何もかもを薄く薄く覆うフィルムに覆われた。

 

『“神の綱”に搭載された超高精度のスキャニング用の観測機器全般は地表生物の遺伝情報すら確認出来る代物だ。無論、月の生産設備が自己改修、自己補修を行い……今も稼動している以上、それに狂いが出る事は決して在り得ない』

 

 飴玉だった。

 

『全生物の情報を完璧に管理、分類、保存する量子コンピュータ連結体』

 

 地は白でも黒でもない色に満たされ。

 

『そして、マイクロ波のみならず。あらゆる波を生み出し、自在に大気を貫いて細胞一つ一つの遺伝情報に超高精度の完全な記録を施す直系450mの大型衛星七つが低軌道ステーションとオービットリングに合わせて周回し、今も()()()()()()()外部からリアルタイムで管理している』

 

 灰色の何かが栽培され。

 

『全てが揃って初めて可能になる世界がコレだ』

 

 其処には―――其処には確かに―――。

 

『人の視界と感触を弄る事なんて、きっと造作も無かったんだ……それが人類にとって、どれだけの罰であるのか……誰一人考えもせず……滅びは無かった事にされた』

 

『真実を知っていれば、全ては虚しい。この世界は一時の午睡の為に現実から隔離された』

 

『この世界をこんな風にした奴らは……もういない。きっと、誰も真実を知らない奴が生きてる時代の事なんて考えもしなかったはずさ』

 

「うッッ?!!?」

 

 思わず口元を押さえる。

 

『ああ、大丈夫かい?』

『ちょっと、早いけど、戻そうか。君が戻しちゃう前にね』

 

 同じ顔をした同タイプの男と女なのだろう衣服を着た―――。

 

『……そういう事さ。例え、心は人でも……人は人の生きた時代でなければ』

 

 髪と眉毛以外無毛の―――。

 

『人の形、人の生活、人の常識、人の命が必要とする森羅万象の全てが無ければ』

 

 男女以外の落差すら無い―――。

 

「オレはッッ!!!!」

 

 肌の質感だけは人と同じ―――

 

『健全な心を保てはしないんだ』

 

―――確かに世界は当の昔に滅んでいた。

 

「カシゲェニシ様。どうしたんですか?」

「………いや、何でもありません」

「?」

 

 振り返らず。

 庭を抜けて門の前へと歩を進める。

 

「あ、これから何処へお出かけですか? おひいさま達には何と!!」

 

「少し出てくると」

「ぁ……」

 

 二人の軍人は誰にも見えていない。

 紅の光も見えていない。

 そして、今も世界は色褪せて。

 けれど、確かに現実感が五体を支配する。

 

「このままでいい」

 

『『……それが君の選択かい? ()()()』』

 

「……顔の見分けだけ付くようにしてくれ」

 

『『了解。マイ・ジェネラル♪』』

 

「それと」

 

『何だい?』

 

「……()()()()()()()は何処だ?」

 

 海軍の人。

 陸軍の人。

 二人が同時に人差し指を立てた。

 

『『教団からあの稀少な原始人類達に強奪されたモノの正体が判明したんだ』』

 

「何? 答えになってないぞ」

 

『『NINJIN城砦から運び出されたのは委員会が最後に造った躯体だったよ』』

 

 人の話を聞かない何時もの話の運び方に溜息を吐く。

 

「蒼い瞳の英雄って奴か?」

 

『いいや、それよりも性質が悪い。彼らはブラックボックス解析の為に死んだ人間を生き返らせるつもりだった。教団は委員会が残した最大の遺産を手に入れていたのさ』

 

「マスターマシンの生みの親か?!」

 

『ああ、君にも関係ある人物だよ』

 

「どういう事だ?」

 

『まだ、気付かないところとか抜けてるよね』

『そこが君の可愛いところかもしれない』

 

「……一体、何の話だ」

 

『『答え合わせは赤道の上でしよう』』

 

 バッと上空からライトがこちらを照らす。

 道路上に降下してくるソレが十体。

 

 左右に展開して立ち上がると同時に最敬礼で出迎える。

 

『『君が昏倒して、あの場所でハーレムを満喫している間に委員会の守護者って奴の肉片が手に入ったんだ。前々から戦力強化案に悩んでた研究部門が嬉し過ぎて僕らに泣いて土下座するくらいの成果さ』』

 

 完全武装。

 

 防弾ジャケットに火器一式と白いマスクを着用する男達が一斉に顔からソレを剥がした。

 

「それがコイツらか?」

 

 其処には軍人達と同じ顔がズラリと並ぶ。

 

『『『『『『『『『『『『卸し立ての身体っていいよ、ね?』』』』』』』』』』』』

 

「それはお前らだけだ」

 

 超低空で滞空する飛行船から降りてくるタラップに向かって歩き出す。

 

「エニシ!!! 貴様!? 何処に行く!!?」

 

 背後からの声に答える事は一つだけ。

 

「フラム・オールイースト。お前達は()()()()()()()()()()()を探せ」

 

「?!!」

 

「確かに忠告したぞ。じゃあな……今までの事は感謝する」

 

 後ろからは銃を構え。

 安全装置を外す音。

 しかし、それに誰も反応せず。

 また、撃たれる事も無かった。

 

 振り返るのが怖いと思う自分は……彼女達の好く自分と同じなのだろうかと。

 

 未だ分からぬ胸の内に問い掛ける。

 

『『さぁ、行こうか。教団の切り札と彼らの救世主を奪いに』』

 

 空気も読まず。

 

 相変わらず必要な説明もしない隣人に呆れつつ、皮肉ってみる。

 

「海軍の人と陸軍の人がいるんだから、その内に物分りのいい空軍の人でも増やしてみたらどうだ?」

 

 扉が閉まる刹那。

 

『『ああ、僕ら飛行機ってダメなんだよね。だって、ほら……』』

 

 こちらの言葉に二人の男はこう返した。

 

『『飛行戦艦や飛行ロボならばまだしも……飛行機って男のロマン兵器積めないだろ?』』

 

 真顔の彼らの顔が見えなくなった事は良かったのか。

 

 悪かったのか。

 

 一つ確かなのはアニメと漫画の見過ぎには注意しようという極めて今の自分には不釣合いな健全思考にゲッソリした事だけだった。

 

 現実は悪夢よりも奇なり。

 

 それが例え、滅びた世界の只中であったとしても……。


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