ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第六章これにて完結!! 第七章はちょっと先の公開になるかと。では、次の章で会いましょう。


第118話「異救世理皇」

 少女が一人。

 紅蓮に沈む街の中を彷徨っていた。

 

 ビルは崩壊し、小さな商店街は燃え上がり、道端には路傍の石のように上半身も下半身も無い肉片がバラバラに、グチャグチャに、磨り潰された染みとなって無造作に転がっている。

 

 煤けた制服は所々破れ。

 

 清楚な純白の下着までも見せていたが、彼女が反応する事は無い。

 

 アスラ・フラウベル。

 13歳。

 

 ドイツ系クォーター四世である彼女は歴とした日本人だ。

 

 飛び級の才女。

 

 その白銀の髪をツインテールにしたある意味稀少価値と友人達には言われる聖女系お嬢様にとって、自分の前にある場所は幸せな日常そのものだった。

 

 その眉目秀麗を地で行く跳び抜けた容姿に嫉妬してはいたが、本当の妹のように可愛がってくれた友人達。

 

 お手洗いにも行かないに違いないなんて弄られても、笑顔の中には悪意の欠片も無く。

 

 ちょっと触らせてよ~と女子高特有のノリでちょっかいを出してきた少しガサツで気の良い少女達……そんなにぎやかで楽しかった日々も今や遠い過去に等しい。

 

「ッッ!!!?」

 

 いつもいつも、今目の前にある廃墟になってしまった通りを抜けて。

 

 私立マルガレーテ女子高等学校。

 

 ミッション系のスクールに通っていたのに……もう、そんな時間は人生においてやって来ないのだ。

 

「ぁ……ぁあ……っ」

 

 もはや街並みとも言えない世界はただただ地獄よりも凄惨な現場を瞳に写すのみ。

 

 その先、陽炎のように世界の中心で屹立するモノが一つ。

 巨大なビルよりも尚猛き異様を業炎の最中に晒している。

 300mは超えるだろう恐竜。

 いや、爬虫類というよりは人型に近いドラゴン。

 ソレを表現するとしたら、怪獣というのが妥当か。

 

 仄紫色に耀く鱗というよりはフラクタル構造に近い装甲と立ち昇るエネルギーだけが……魔力と人々には称される力だけが、ソレを人類の敵だと教えていた。

 

「魔導獣《エクストラ・ビースト》……」

 

 十五年前。

 

 人類が手に入れた日本の小さな会社が設計した準汎用無限機関。

 

【高次元相転移反応炉《ディメンジョン・フェイズシフト・リアクター》】

 

 この掌に載る黒い正方形の箱が世界を変えた。

 人類はあらゆるエネルギー問題から解き放たれ。

 空前絶後の大不況と好景気を共に享受し。

 

 どんなに貧しい人々にも物が満ち足りた世界がやってきた。

 

 だが、その五年後。

 彼らは知る事となる。

 その禁断の機関が齎す無限のエネルギー。

 正に魔法に使う架空の力。

 

 “魔力”と呼んで構わないソレが……人類の不の感情に反応して災厄の化身として具現し得るという事実を……。

 

「う、うぁああああああああああああああああ!!!」

 

 少女は駆け出した。

 どちらに?

 無論、彼女の日常を壊した敵へと。

 

 安全だと言われ、避難所となっていた学校の残骸の上に立つ憎き化け物へと。

 

 逃げる場所など何処にも無い。

 魔導獣災害に立ち向かえる通常戦力など世界には存在しない。

 

 彼女の身体など化け物が身動きする以前に途中で崩れ落ちる建材の中で黒焦げだろう。

 

 ああ、警察も自衛隊も来る事は無い。

 もう全て来て見て死んだ後だから。

 彼女の目の前で化け物が吐いた光線で蒸発した後だから。

 

 単なる本当の偶然として、奇跡のように生き残った彼女以外に誰も此処にはいないから。

 

(此処で死んでもいいッッ!! 死んだっていい!! だから、神様!!)

 

 彼女はもう用を成さない上履きを持って。

 そんな、武器にすらならない己の剣に絶望すらせず。

 

 突撃した。

 

 本来、そんなものを歯牙にも掛けないはずの獣の瞳が紅に耀き。

 少女のいる方角を睨み付ける。

 

「―――」

 

 心臓が比喩無しに止まった。

 頭痛がする。

 吐き気も。

 それでも少女は鼻血を流しながら。

 

 今から自分が半秒もせずに獣の魔眼に呪い殺されると知っていながら。

 

 跳んだ。

 

 目の前には化け物の周囲から溢れ出した魔力が壁のようになっていた。

 

 たった一撃。

 それで何が変わるわけでもないと知りながら、逃げなかった。

 

『オイ。其処の美少女』

 

 不意に彼女の前に光が降り注ぐ。

 それは魔力だ。

 

 人々が黒き箱から取り出す如何なるエネルギーにも置換可能な超技術の末にある耀きだ。

 

 しかし、それは化け物が撒き散らすものとはまるで違っていた。

 

 ふわりと身体を浮き上がらせ。

 獣の視界から彼女を遮った光の主の声。

 

『よく頑張った。だから、ちょっと休んで見ててくれよ。アンタの無念も後悔も晴らせないが、あいつはオレが、アンタの為に倒すッ!!』

 

 鋼の巨人。

 

 いや、巨獣に比べれば、鼻で笑ってしまう程に小さい。

 

 10m。

 いや、16mも無いだろう。

 黒と白に塗り分けられた鋼の装甲。

 

 まるで街を破壊した怪獣の鱗にも似た毛皮の外套を纏うような姿。

 

 ロボットというにはあまりにも生物的な四肢と継ぎ目の無い関節。

 

 まるでそういう生き物であるかのように……魔力の壁で彼女を保護し、己の後ろへと運んだ鋼鐵《こうてつ》の主は外套の合間から見える両腕の装甲を解放した。

 

 菱形に展開、露出した内部機構の内側。

 まるで銃口のような其処から射出した光の耀きが二つ。

 怪獣へと向かって伸びる。

 それに追従し……秒速3kmの高速を超える超高速によって突撃。

 怪獣との間にあった数百mの距離を刹那で詰め。

 

 両手でソレを握った機影が魔導獣特有の魔力の消耗壁《フィールド》を突き抜ける。

 

 あらゆる現代兵器の熱量、質量、運動エネルギー、その他諸々を取り込んで存在毎消失する鉄壁の防壁は同じ魔力によって相殺され。

 

 同時に一点集中されたエネルギー量の負荷に耐え切れず。

 

 終には破れたのだ。

 だが、それでも巨獣の腹に魔力の耀きが食い込んだだけだ。

 

 魔導獣にしてみれば、装甲の表層に何か小さな杭を打ち込まれた程度の話。

 

 少女はやはりダメなのかと。

 絶望の淵で拳を握る。

 

『【異救世理皇機関《イグゼリオ・ドライブ》】オーバーキャスト!!!』

 

 数秒の拮抗に合わせて叫ばれた鋼の主の叫び。

 

 それと同時にビギビギとロボを覆う外套が変質し、その鱗一つ一つが多重に細部から細かく展開し、隙間から猛烈な魔力の暴風を出力した。

 

―――ッッ?!!

 

 巨獣が一瞬怯む。

 己と違わぬ程の超高純度、超高出力の魔力転化。

 

 物理事象への転換を伴う際の極めて危険な通常法則の崩壊が自分の身体を蝕んでいると悟ったからだ。

 

『遅いッッ!!!』

 

 だが、何もかもが声の主の言う通り、手遅れだった。

 外套が一気に弾け飛び。

 そのロボの全容が露となる。

 

 それは正しく機械というにはあまりにも生々しい人体にも似た金属の塊だった。

 

 各装甲内部からは次々に黒い正方形の機関が零れ落ちて小さく爆発し、魔力の耀きへと還元されていく。

 

 背後に背負われたブースターというよりノズルのような六対十二本の幾何学的な亀裂が奔った翅のようなものが周辺に溢れ出した魔力を取り込み。

 

 機体関節駆動部に阿弥陀籤の如く耀く導線を灯していく。

 

『塵は塵に、灰は灰にってのが定番だが、敢えて言うぞ』

 

 巨獣の身体がその機体の持つ刺さる魔力耀きが持ち上げられるのに連動して、浮いた。

 

『跡形も無く消えろ!! この世界からッッ!!!』

 

 ギュルギュルと両手に在る耀きが渦巻きながら形を成していく。

 

『ダイラタンシースパイラルッッッ!!!』

 

 突き刺さったソレが姿を見せた。

 

 巨獣の背まで突き出たソレは三叉矛にも似ていたが、それが急激に膨大な光の放出。

 

 魔力の供給によって回転し始めた。

 

――――――!!!!?

 

 世の果てまでも響きそうな。

 錆びた金属を高速で擦り合わせたような。

 そんな不協和音を上げて。

 

 魔導獣は歪みつつ溶けるように肉体をボタボタと腐汁の如く落としていく。

 

 最後の抵抗か。

 

 まだ無事な両腕が頭上から攻撃中の機体に殺到する。

 

「危ないッ!?」

 

 が、それは遥か遠方から飛翔した魔力の耀きによって左右に開くよう弾き飛ばされた。

 

 矢だ。

 少なくともそう見えるソレが腕の中央を貫いていた。

 

『馬鹿!! 何ボサッと攻撃受けてんのよ!? 死にたいの!? このド素人!!』

 

 キツメの口調が周囲に響いた。

 

 その声が自分とそう歳も違わない少女のものだと気付いたアスラが左後方を振り返れば。

 

 数百m先に自分を救ってくれた相手と同じような鋼の巨人がいた。

 

『親友。僕の前で屍だけは晒さないでくれよ? 君が死んだら次の泥臭い前衛、僕なんだからさ』

 

 右後方からの声に彼女が振り返れば、確かに左側にいたのと同じような機影がいた。

 

 どちらも今も攻撃している機体が出てきた時と同じような外套を着込んでいる。

 

 ただ、色が違った。

 

 左は紅。

 右は蒼。

 

 僅かに装甲の隙間から漏れる魔力の耀きには微妙な差異が認められる。

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 巨大な回転する三叉矛を持つ両手が左右に開かれた。

 

 それとほぼ同時にグチャァッと魔力を全身から溢れさせた巨体が溶けたアイスのように分断され。

 

 巨大な魔力の暴発となって天に光の柱となって昇っていく。

 

 その最中で耀く二つの槍を消し去った機体が膝から崩れ落ちて、上を見上げたまま停止した。

 

『ぁ~あ~~い~けないんだ~~いけないだ~~し~れ~に~~いってやろ~~』

 

 少女の声が呆れた様子で嘆息する。

 

『オーバーホールとか。整備班の人が泣きますよ? やれやれ……何をそんなに熱くなって……ああ、一般人がいたんですね。馬鹿みたいな戦い方すると思ったら……其処のお嬢さん。悪いですが、魔力の守りは遺しておくので救出は公的機関の方が来るのを待ってて下さい。今から三十分以内には到着すると思うので』

 

 たぶんは青年くらいの相手だろう声がそうアスラに伝えて。

 左右から二つの機影が進み出ると。

 今も膝立ちになっている機体に肩を貸して浮かび始めた。

 

「あ、貴方達は一体!!」

 

 その彼女の問い掛けに左右の二人は答えず。

 しかし、今も動かない機体の中から応えは返る。

 

『異救世理皇《イグゼリオン》だ』

 

「え?」

 

『あ、馬鹿!?』

『何をペラペラ機密を喋っ―――』

 

『これから辛い事、苦しい事ばっかりだろうけどさ。一つだけ余計なお世話を言わせてくれ』

 

 三機が虚空へと昇っていく。

 

 その先には巨大な船影が夕暮れ時になってようやく晴れた雲間に覗いていた。

 

『泣いた後でいいから笑え。人は誰が死んでも腹が減る。喰わなきゃ生きてもいけない。それと同じだ……どんなに辛い出来事があっても、泣いた後にも泣き続ける理由になんかならないんだ』

 

「ぁ……」

 

 機影が遠ざかっていく。

 それにアスラは声を掛けようとした。

 しかし、突如吹いた突風に目を瞑った後。

 次に空を見上げても、何一つ見付ける事は出来なかった。

 

「イグ……ゼリオン……」

 

 何もかもが嘘のように綺麗な夕暮れ時。

 破壊された街並みの何処からか。

 猫のような声がした。

 自衛隊の救出部隊が到着した時。

 其処には奇跡のように一人涙を流す少女と。

 巨獣の足跡だけが残っていたのだった。

 

―――今~黄泉路舞う~~救世の刃~~。

 

―――明日を往け~~君を抱け~~そ~の~手に~ある~のは~~。

 

―――星~~砕ける前に~~罪を贖え~~。

 

(中略)

 

―――希望だけ~~遺して~~夢は彼方、在ると~~。

 

―――全てを信じ~~異救世理皇《イグゼリオ~~ン》!!!

 

【第1話~泣いた後でいいから笑え~】

 

―――これは全てを信じ、戦った少年少女達の……真に遺すべき神話の断片である。

 

「………」

 

「ああ!! 何度見ても!! 何度見ても素晴らしい“まいそろじー”です!! これが先人達が必死に守り!! 遺し!! 伝えてくれた神道に残る神話の一つ!! 神聖飛翔イグゼリオン!!! 幾万年の時を超え!! 真に語られるべき説話!! 他の教主達が泣いて悔しがる我々の真正なる教典の一つ!! 昔の方々はこのような素晴らしい総合芸術を持って、人々に神道の素晴らしさを説いていたのでしょうか。八百万の神々よ……どうか、この幸福なる物語に神の祝福を!!」

 

 小さな劇場の中。

 

 涙をハンカチで拭き拭きアニメ第一話を観賞するのは老若男女。

 

 人種もバラバラに見える各宗教派閥の人々だった。

 

 まるで漫画に出てくるローマ人みたいな服を着た人々がいるかと思えば、砂漠でもないのにターバンに中東スタイルな輩もいる。

 

 洋服や和服というのはおらず。

 民族衣装というか。

 

 それのオンパレード状態な会場内は正に仮装行列かという様相を呈していた。

 

 全員に共通するのは凄く強面の頑固そうな爺さんから、物凄く屈強そうな四十代くらいの傭兵みたいな眼帯男まで満遍なく瞳の端に涙が溜まっている事だろう。

 

 会場内は上質な観賞用のソファーが一個ずつそれなりの隙間を開けて置かれており、全部で50席程しかないが……観客は満員御礼立ち見まで出る始末。

 

 ついでにスクリーン横と背後の四方には小銃を持ったロボロボしい兵隊。

 

 今正に見た【神聖飛翔イグゼリオン】(無印)の主人公機にも似た相手がいるという事だ。

 

 だが、そのロボっぽいスーツの中からもグスッとか、グズッとか。

 

 鼻を啜ったり、涙を振り払うような仕草をしている者がいる(というか全員)。

 

 暗い劇場の最中。

 

 久しぶりに感じる間違った“コレじゃない”感が全開。

 

 そんな空間内で巫女服の裾が揺れる。

 紅白の代物だ。

 

 だが、絶対に間違っていると断じられるのは明らかにコスプレとしか見えないからか。

 

 その裾の短さと。

 その露出の多さと。

 

 その見せる下着ですと言わんばかりな純白の褌《ふんどし》型パンテー(比喩表現じゃない……)が燦然とチラチラチラチラ、チラつくからだ。

 

 今も暗い会場の最中。

 

 マイクを持ったパンチラ巫女装束(絶対、()()()()()()()以上じゃないクオリティー)姿の相手がようやく涙を袖で拭き終えたらしく。

 

 声を上げる。

 

「皆様。本日の聖典観賞にお集まり頂き。真にありがとうございます。我々【統合《バレル》】の成立から幾年月……失われた数々の教典の事を思わずにはいられませんが、このように今に残る素晴らしい神話もまた息衝いている事を忘れてはなりません」

 

 ツッコミは不在だ。

 シリアスさんも不在だ。

 ついでに常識と良識も旅行中なのは間違いない。

 

「あらゆる原理主義を排し、合理と実利によって教義の垣根を越え。如何なる変容に晒されようと己の骨子を残してきた世俗派の代表者であった我らが先祖達は正しかった。そう……如何なる変質も受け入れてこそ!! 我らは此処に今も【神聖飛翔イグゼリオン】を見る事が出来るのです!!」

 

 その言葉に周囲では巫女へ向かって拝み出す者やら拳を握って興奮気味に目をキラキラさせる大の大人が量産されていた。

 

「何と親切な事でしょう!! 神々の恩寵たる神話を劇的に“あれんじ”し!! 映像作品として世に知らしめる事が昔は当たり前だったのです!! 名前を“くれじっと”されている“聖人”の方々や資金を出してくれていたのだろう“古の支援団体”はきっと我ら神道に多くの寄付をしてくれていたに違いありません!!」

 

 どうやら現代なら神アニメを量産すると評判だった制作会社は聖人集団で、アニメ製作の委員会方式に参加する諸々の会社は真に信仰心溢れる支援団体のようだ。

 

 ああ、神様だけが不在なのは確実だろう。

 

「このような神話が我らだけに残された理由は定かではありませんが、きっと昔は各宗派の神話もこのようなものが“沢山”あった事でしょう。それを象徴するかのようにこれらの神話には他派の教義に通じる深遠なテーマが隠されており、古代の様式や儀式、教義の一端も垣間見られます」

 

 スクリーンには次々にオタクなら聖典扱い出来るアニメ映像のカット集が映し出される。

 

 それらに共通しているのは設定《きょうぎ》が深遠《ふかい》ものばかりという事か。

 

 それはそうだろう。

 何と言っても日本製のANIMEである。

 無駄に凝った裏設定満載とか。

 技術考証マシマシとか。

 

 燃えも萌えもファンタジーもSFもチートもハーレムも日常系も、何でもありだ。

 

 それらが一緒くたに聖書みたいな扱いで纏められているらしく。

 

 神道は“超文化的総合芸術《アニメ》”を愛する極めて深遠な“技術的体系《せってい》”を擁していた宗教として名を馳せているらしい(白目)。

 

「今日の集いを開く事になった理由は皆さんもお分かりでしょう。ようやく目覚められた()()に我ら五派がどのような集団であり、共同体であるのかを知ってもらう為なのです」

 

 パッとサーチライトがこちらを真上から照らした。

 

「ようやく……ようやく我らは教団を真に倒す為の切り札を手に入れました。五派の全血統に彼らの()()()たる()()()()()()()()()()()()……もはや、教団恐るるに足らず」

 

 マイクを手放した巫女が、こちらに向かって歩いてくると。

 

 ライトの中。

 こちらの手を引っ張る。

 

「さぁ、エミ……此処で愛し合いましょう。子作りの時間です」

 

「………」

 

 ツッコミ待ちなのか。

 

 いや、その表現は、今だけ切に慎みたい気分で一杯だが、とりあえず内心で思考を切り替える。

 

「ふふ、そんなに怯えないで? 記憶が無くても、貴女は我々の聖母となる……全てを創りし、運命の歯車の女神よ……大丈夫、こちらの準備は出来ていますから……ほら?」

 

 信じられない事だが、巫女は巫女だが巫女ではない。

 

 いや、何を言っているのか分からないだろうが、分かりたくないので無駄に説明する気力も今は自分に対してすら無かった。

 

 もっこり。

 

 と古典表現するべきか。

 

 聖女の褌は極めて男性的だ。

 

 まぁ、愛らしいくらいの感じではあったが、確かに“男”だろう。

 

「神々は男と女に人を造られた。これはどの五派でも同じですが、全ての性差による理不尽を取り除く為、我々の多くはもう新たな教義を受け入れたの……そう、神道に仕えし古の人々が残した最大の功労はきっと……()()()()()()()()を預言してくれていた事」

 

 数人の見目麗しい幼い少女達が様々な民族衣装姿で前に出てきた。

 

 誰が何処の宗教関係者なのかは肌や瞳、顔付きや人種では判別不能だ。

 

 しかし、服でなら確かに分かる。

 

 五派。

 

 そのどれかくらいは容易に想像が付く。

 しかし、しかし、しかし、確実に言える。

 何処で常識のラベルはすり替えられたのか?

 

 少女達は胸はかなり控えめな“女”でありながら、確かに股間を“もっこり”させている。

 

「エミも後少しすれば、男性の象徴を得られる。そうしたら、私達にも……私にも……していいですから、ね?」

 

 神道。

 

 日本古来より続いてきた旧き教え。

 

 その最後の巫女を嘯く少女は……金髪碧眼の中性的な体付きの僅かに胸のある童顔少女は……あの美幼女より少しだけ年齢の高いだろう最高指導者は……あの総統閣下大好き美少女にも勝るとも劣らない容姿で―――淫靡に微笑んだ。

 

男ノ娘(OTOKONOKO)……それこそ次なるポスト・ヒューマン……彼ら現世人類では為し得ない。子を仕込み、子を孕み、次なる世代を迎え、超えていける唯一つの性《さが》……」

 

 SAN値がピンチだ猫っぽくニャーニャー!!

 

 緊急事態です。

 緊急事態です。

 ああ、神よ。

 

 クソったれとか言わないから、この18禁な感じに貞操の危機に陥る我が身をどうか救い給へ!!

 

「大丈夫。私達にする時は()()()子を儲けますから」

 

 何も大丈夫じゃないというか。

 大丈夫なのかと聞かれたいのは自分というか。

 

 それは美幼女だけの特権かと思っていれば、そんな事なかった(絶望)。

 

「エミ。貴女こそ、教団が待っていた救世主……この世の創造主なのです。讃えましょう!! 女神()()()()()()の再来とその新たなる懐胎に!!」

 

 狂信者怖い!!?

 そして、思う事は決まっている。

 

(母さん。オレ、泣けばいいのか笑えばいいのか罵ればいいのか溜息吐けばいいのか悩むんだけど。とりあえず、一つだけ)

 

―――オレは男だぁああああああああああああああああああああ!!!!!?

 

【ええ?!!】

【男ノ娘だって?!!!(空耳)】

 

【正しくコレこそ八百万の三柱!! SYOTA神とLOLI神とYAOI神のお導きか!!? 女神様がポスト・ヒューマンを司る属性をお持ちとは?!!】

 

【古代、夏季と冬季において行われた究極の知的祭典!! USU異本を司るコ・ミケ蔡の三大神の導きとあらば!! 更に祀る者が必要か?!!】

 

【もっと宗導者候補の見目麗しい方々を集めるのじゃ!! 種と胎は幾らあっても良い!!】

 

 老人達がハッスルした様子で目を耀かせ、兵士達に即座命令を下した。

 

 ハッキリ言おう。

 今、猛烈に日本人に絶望している!!

 

 何処の“その手の人間”が生き残って宗教組織内部に侵食していたのか知らないが、本当にどうしようもなく……死んでいるだろう相手(たぶん複数人の確信犯)に言いたい。

 

(もし地獄でも天国でも其処にいたなら絶対ブン殴るッッ?!!)

 

「エミ。大丈夫です。我々、宗導者候補の着床率は若年でも極めて高いので一週間もすれば、しっかりと結果が分かりますよ。フフ……アンジュは貴女に受け入れて貰って嬉しいです」

 

 もう一度言おう。

 狂信者怖い(((( ゚Д゚)))

 

 宗導者少女の微笑みはマジと書いて本気だ。

 

 世は地獄。

 

 金髪碧眼優しいエキゾチックな吊り目がち巫っ女巫女男の娘+その他同属性少女多数に子作りを迫られるチート・ハーレム系主人公(笑)の明日はきっと明るくない。

 

 だが、理解出来た事もあった。

 

(ああ、クソ。オレが精神的に生き残れたらだが……また、調べなきゃな。母さんの研究がこの世界の原因なんだとしたら、今のオレの身体の事も含めてきっと答えはあの城砦に……)

 

 ジリジリと近寄ってくる少女?達の一人。

 その装飾具の鏡の一つに映った自分の顔を見る。

 似ているが違う。

 しかし、見た事がある。

 

 それは嘗て一人の研究者として名を馳せた女性の子供時代にそっくりだった。

 

佳重笑(かしげ・えみ)

 

 量子力学系分野では名をそれなりに知られた一角の研究者だったらしい母が……どんな陰謀に関わっていたのか。

 

 今はまだ分からずとも何れ全ての答えは出るような気がした。

 

(……ぁあ、帰れたら、また修羅場なんだろうな……今度はもしかしたら、さすがに許しては……撃たれるかウン……防弾チョッキ着よう……)

 

 例え、自分が自分でなかったとしても。

 もはや身体が他人になっていても。

 己がオリジナルの複製や別存在なのだとしても。

 記憶がただの情報に過ぎないかもしれなくとも。

 それでも諦められない事が、人間にはあるのだ。

 

(あいつらに手紙、書かなきゃな……)

 

 新興宗教並みな合同結婚式。

 新婦+新婦=妊婦×推定××人とかになったら。

 きっと、エロは世界を救うに違いない(諦観)

 

「生憎とオレの貞操は品切れだッッ!!」

 

【【【【ファッッ!?? 処女受胎じゃぁああああ!!? さっそく祀りの準備をせよおおお(by老人ズ)】】】】

 

【うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?】

 

「もうヤダこいつらぁあああああッッ!?!!」

 

 カシゲ・エニシの大事なものが守り切れたかどうかはきっと後にこう語るしかないだろう。

 

『昨夜はお楽しみでしたね』と。

 

 逃げ出す女神と追う信者の鬼ごっこはまだ始まったばかりだった。


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