ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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大主食撃滅戦~天海の階箸~
第119話「歴史の片隅より」


ごパン戦争~天海の階箸~

 

 ごはんが至高。

 パンが究極。

 

 料理対決でも始まってしまいそうなくらい互いを褒め合う公国と共和国の新聞社。

 

 先日まで罵倒大会でも開いているのかという程に相手を貶していたはずの両者が互いに讃え合うというのだから……気持ち悪いで済むまい。

 

 それが如何に重要な歴史的転換点を前にした政府間の事前工作だとしてもだ。

 

(数ヶ月でこの変わりよう。連邦発足に付いてはまた情報仕入れなきゃな)

 

 新聞を畳んでズボンに突っ込み。

 

 横目でチラリとチューブ状な10m程の幅の斜面を下りていく大型昇降機を見渡す。

 

 四方にはリアルロボっぽいスーツを着た四人の歩兵。

 

 そして、周囲の壁一面に奔る僅かな幾何学模様の光の筋から、此処が人工物の内部だと理解出来た。

 

 機械的な層が延々と周囲に広がっているのだ。

 これは正にSFというやつだろう。

 降下から約4分。

 そう、ゆっくりした動きとはいえ。

 

 それでも四分もの下降時間で未だに底が見えないというだけで此処がどれだけの規模を持つ施設なのか分かろうというものだ。

 

 昇降機上部に据え付けられたライトが下方を照らしていたが、まだ一向に終わりは見えてこない。

 

「後30秒程で付きますので」

 

 昇降機操作用のディスプレイがある壁際。

 巫女服を着た金髪少女が振り返らずに告げてくれた。

 その背中にはこの数日親しくなろうとしていた感情は無い。

 

 今から辿り着く場所が重要なのは兵達がいつも持ち歩いているはずの小銃を持っていない事からも明らかだ。

 

 少しでも傷付けたくないのだろう。

 ゴウンと僅かに地面が揺れる。

 背中を見つめている間に到着したらしい。

 昇降機の透明な扉が開いた。

 

 其処からは横穴となっていたが、照らされた先30m程のところに大きな鋼色のゲートが見える。

 

「貴方達は此処まで。周囲の警戒を」

 

 ザッと敬礼した兵達を置き去りに進む巫女の後ろに付いていくと。

 すぐに扉前まで来た。

 

 周囲には何やら複数の自動銃(セントリーガン)の類がグルリと壁際からアームで迫り出しており、少しでも許可や認証の類を知らない者は排除されるのだろう事が分かった。

 

「此処からは幾らか準備をしてから入る事になります」

 

 壁際の黒い等身大パネル前で片目を開き。

 壁に開いた穴に腕を入れた彼女の横でゲートが開く。

 

 内部には何やら防護服らしきものが二着存在していて、それを着るよう促されたので言われた通りにする。

 

 それから次の扉が開くと後ろの扉が閉まるという事を繰り返して数回。

 

 部屋を複数通り過ぎる。

 そして、最後の扉を開く寸前。

 

 ようやく振り返った金髪の巫女は防護服の中で静かにこちらを見据えていた。

 

「エミ。貴女へこれを見せるのは全てを思い出してもらう為です……そうでなければ、我々はこの先、教団を滅ぼしても……最後には消えゆく運命でしょう」

 

 白人という以上は人種も分からない彼女。

 

 初めから自分に親しげだった巫女少女がその何処か東洋風の顔立ちに諦観のような色を浮かべた。

 

 どうやら今までで一番重い扉が開いているらしく。

 

 かなり鈍重な重低音が地底から響いてくるような……反響が室内で幾重にも木霊する。

 

 未だ開く様子の無い扉が振動し、内部の電源が切り替わったのか。

 室内を照らすライトの色が少し濃い黄土色となった。

 

「【統合《バレル》】の宗導者として、貴女に我々の中枢を見る許可を与えます。これがいつか神話に書かれる始まりになればと願って……宗導者が命じる。開け……ゼーカの門よ」

 

 最後のロックが外れたか。

 

 ゴドンッと大きな音と共に扉が重苦しく噛み合った櫛が離れるように結合部を解いて、左右上下に開いていく。

 

「此処が私達の本当の姿。そう言えるでしょう」

 

 何処までも続き果ても見えない広大な地下施設。

 ほの暗い空間に光を齎す水底から光るプールのような場所。

 

 延々と其処に連なる巨大な3m程の太さの電池のようにも見える沈んだ柱の群れ。

 

 だが、何処も彼処も罅割れが激しかった。

 

 一瞬、放射性廃棄物や燃料棒の類を想起したが、明らかに罅割れているソレが見渡す限りに存在していたら、今この環境で助かる見込みなど最初から無いだろう。

 

 歩き出す無言の背中に付いて行く事、数分。

 

 静寂に支配された神殿のように厳かな……生者の匂いがしない通路の果て。

 

 一際大きい柱、というよりは壁に近い罅割れた鋼の下。

 それが見えた。

 

「これが我々の死んだ後の墓標です」

 

 その先に広がる光景を……たぶんは一生忘れまい。

 

 プールの中に広がる小島。

 夥しい白き道。

 近付いてくる場所が何で出来ているのかを見た時。

 想起したのは地獄だった。

 積み上げられた頭蓋《しゃれこうべ》の祭壇。

 同化する地面はカルシウムか。

 

 丁寧に折り畳まれたあらゆる大きさの骨が静かに華を象った同じ白い飾りに囲まれて罅割れながら崩れていた。

 

 最も目を引くのは()()()が極めて多い事だ。

 

「この世界の環境にもはや我々【統合《バレル》】の子は完全に適応出来ていない。これは()()に産まれた子達……」

 

「?!」

 

 少なからず、其処は小山と呼んでいいのだ。

 それがたった一年分だと言うのか。

 

 それだけで如何なる行動の動機にも為り得るだろう事は想像に難くなく。

 

西()()……旧き世界のお方よ。全てが無礼であると承知でお頼みします。どうか……我々に貴女の血を分けて欲しい……」

 

 振り返った少女は伏して地に膝を付き、頭を垂れる。

 

「そして……“天海の階箸(きざはし)”の開放を……それだけが……この滅びゆく地を……きっと……」

 

 何がどうなっているのか。

 何を求められているのか。

 

 事情はまだまだ話してもらわねばならないのだろうが、言わねばならない事は決まった。

 

「拝ませて貰っていいか?」

「はぃ……」

 

 重く静かにまた世界は輪郭を取り戻していく。

 此処は名も無き時代。

 パンとごはんが戦争の原因になる場所。

 

 しかし、確かにこのどうしようもなくふざけた星は……現代から陸続きであるらしかった。


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