ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
―――我らが師団に在籍する全部隊が生き残る事を願って。
新暦432年3月3日。
西暦3018年1月1日。
旧アメリカ領ニューヨーク・マンハッタン対アルコーン区画地下2012m地点。
対圧地殻シェルター『アイオワ』内。
新グリニッジ標準時刻午後26時13分32秒。
記録者『トーマス・ジェファーソン・ジュニア』特務記述少尉。
本記録はメインサーバー内における特務案件23211号及び32223号に該当する。
コード:コマンドメントの432次報告。
閲覧方法を保持しない場合は欺瞞情報への誘導がシステム内処理によって行われる為、この情報を見ているのは
関連する事前情報の取得はサーバーの要閲覧記述に該当する項目を読まれたし。
本記録は上部構造において決定された千年期毎の特別経過報告の第1号である。
本報告内情報の過小評価過大評価を防ぐ為、映像記録等の予断を許すものは添付しないものとする。
また、閲覧用のキーコードは上部構造においても我が血族の課した条件をクリアした者にのみ与えられるものと決定している事を此処に記す。
では、まず
委員会発足当初。
我々はそのパトロンとして前世紀以前より予定していた幾つかの人類への永続的な生存を揺ぎ無いものとする為の計画を推進していた。
我々こそ主として人類が今まで興してきた全ての社会集団と比してもより堅固な人類規模国家共同体の建設に向けて統一見解を出していた唯一の例であり、組織であろう。
シルクロードの成立期より以前から共同体が活動していた事。
また、如何なる国家よりも先に最新の世界地図と呼べる代物を作成していた事は今以て歴史における特異性を裏付ける証左である。
接触した各国家において我々は賛同者の育成と養成を行い。
浸透する国家内部における地位の確立にも寄与する形で世界で最初の他国家間に跨るグローバリズムの先駆け、国境無き共同体を成立させた。
近代における第二次大戦まで我々以上の情報収集能力を持つ共同体は存在しなかったと断言していい。
我々はWWⅡ以後、異常に発達した情報共有技術、輸送技術の発展によって更なる高度な組織化を果たしていた。
現代に至るまであらゆる共同体への出資、拡大、子組織化による全体的な肥大化を行い。
様々な集団に表裏無く働き掛けてきた我々は二十一世紀においては正しく物語の中に語られる陰謀論の黒幕と大差の無いものとして君臨したのである。
これは第二次大戦後、我々の意向を受けての発言であるニュー・ワールド・オーダーや、その後のグローバリズムの流れそのものであると解釈して構わない。
しかし、共同体の肥大化、多様化は子組織間の連携や連帯を薄める原因となり。
影響力の拡大は同時に組織全体の統一性の欠如、曖昧さを齎す事となった。
これは子組織間の離反や反発、誘導の薄弱化、暴走等々の事象となって共同体を蝕んだ。
中核である複数の共同体は強固であったが、社会構造や組織の変質は共同体の従来の形を陳腐化させ、ピラミッド型からニューロンの如き相互補完的な代物へと移行させた。
この劇的なパラダイム内において我々は人類の希望となるかもしれなかった子組織の一つである
当時、共同体における序列的な権威が薄れた事を発端にした子組織の独自行動というのは珍しくなかった。
また、既存の共同体への侵食、乗っ取り、時間を掛けた誘導がほぼ行われなくなっていた事も影響力の低下に拍車を掛けていただろう。
緩い連帯や影響力の保持のみを焦点にして、事実上は主義思想よりも純粋にパトロンとしての役割をしていたことも多く。
我々はそういった意味でなら、先進諸国の社会的な上位階層内で権力を奮う互助機関というものにも近かったかもしれない。
そもそも人類の勢力拡大の途中にあらゆる組織へ影響力を及ぼしてきた我々は人類社会の権力基盤や権力構造というものの上澄みを粗方喰い尽していた。
二十一世紀に入って、積極的な組織の拡大や管理を行わなくなった最たる理由は何処の誰が何をしようと我々は止められるし、操れると。
そう上部構造の中核人材達が驕っていた事だろう。
これが
これらの諸因によって、我々は当時最大の資本と技術と物資を投下した財団と委員会における管理を当事者である人々へ丸投げした。
監査そのものは入っていたが、健全に管理の一助となっていたかは怪しい。
財団を筆頭にした科学とは異なるアプローチが必要な事案の当事者達には現場の判断。
つまりはプロフェッショナルとしての迅速な活躍を期待した面もあろう。
世界の破綻を招きかねない業務に携わる人々の高度な意思決定を尊重したのである。
こういった干渉方法が上手く働いた財団とは違い。
裏目に出たのが委員会と言える。
彼らは絶対的な力を握ってしまった。
これが人類の社会基盤によって押し潰せる程度のものだったならば、今まで反逆してきた組織と同様の状況に彼らは陥っていただろうが……先進諸国における完全な電子支配とあらゆる局面に極めて的確迅速高度な回答を導き出す魔法の箱を前にしては……既存のあらゆる社会的な圧力、戦力はまったく持って無為であった。
比喩的な表現となってしまったが、言うまでも無く魔法の箱とは目下人類を管理下においたに等しく今も稼動している【深雲】の事である。
これを打破し得るのは極限のローテク。
光学観測のみで戦う原始的な戦争手段のみであった。
だが、これもまた相手側のハイテク装備による極めて高度な戦術、戦略に及ばなかったのは今以て人類が委員会との絶望的な消耗戦を繰り広げている事からも明らかだ。
完全機械化を果たした委員会のドローン師団の大規模投入と実戦配備は各国の五十年先を行っていた。
あらゆる電子機器が外部からの通信設備を持たない独立型でなければ戦場において役に立たず。
また、押し寄せてくるのが疲弊しない高耐久性を保持した昼夜無き猛攻を行う機械の軍団であるという時点で各国の志願制が多い少数精鋭の正規軍が正面激突で優位を確保出来るわけもなかった。
各国軍が最新鋭装備の大半とデータリンクや通信設備という要を失った状態で戦わなければならなくなった事は正に悲劇であっただろう。
陸では無線封鎖してテロリスト紛いのゲリラ戦で最新の誘導弾や戦車砲を撃ち合い。
空では情報通信機器やシステムを外してリファイン、再生産した戦闘機の消耗戦。
海では最初期に決定的な航空戦力の喪失によって立て直しがなされるまでは制空権を持たれ続けた結果として海中以外では勝負にすらならなかった。
衛星のコントロール奪取によるGPSや類似システムの停止は各国の大規模な軍事行動を封殺するに足りたのだから、それでも各国軍は健闘したと言える。
だが、それにしても委員会へ服従する地域の増加と戦力の建て直しまでに数十年。
その合間の不毛な各国の核攻撃は人類の居住環境を激変させてしまった。
もしも最初期において迅速に委員会へ対処出来ていたならば、事態は今よりも明るかっただろう。
彼らの用いた直接的な武力と電子戦による完全な圧勝が初期事態の最終盤においてダメ押しをしたに過ぎないのは委員会が最初に推進した計画の成功を後になってから知れば、明らかだ。
20××年3月12日。
この世界を揺るがす人類と委員会の戦いの一手目は思わぬ形で人々に齎された。
当時のWHOが多種類アレルギー症状を持つ患者の急激な増加率を背景とした極めて深刻な食糧難を国連総会で警告したのだ。
最初の内こそ各国は非常事態だとは受け取っていなかったが、一月毎に20倍ペースで増え続けていく国内からの症例報告に顔を青ざめさせるまで然程時間は掛からなかった。
穀物メジャーを初めとして医療機関や各国の保健行政の当事者達が原因の究明と打開策を探ったがまるで打つ手無し。
結果的に1年後には全人類の69%以上、先進国に限れば94%以上が食料は足りていてもアレルギーによって飢餓に陥るという人類規模での未曾有の混乱が始まった。
食料へのアレルギー耐性検査に訪れる患者でほぼ全ての病院が処理能力をパンクさせ、物があっても食べられない。
食べられるものを知らなければ、食料に近付けもしないという現実に社会がヒステリックにパニック状態へ陥ったのである。
穀物自給率が元々高い国々ですら、ほぼ例外なく行政を麻痺させ、対処に追われた。
後に彼らはこれがあらゆる穀物メジャーと契約を結んでいた保存料の元売り。
大手医薬品メーカー数十社が委員会傘下として世界中に流通していた商品に“とある薬品”を混ぜたからだと知る事になる。
最初期の原因究明に携わる国連チーム自体も実は委員会のメンバーであり、各地から上がる報告を途中で握り潰していたというのも事態に拍車を掛けただろう。
発覚した時には既に何もかも遅く。
その頃にはもう全人類が彼らの術中に嵌っていたのである。
当時、我々の大半は委員会から上がる報告にようやく世界統一の末にある大共同体の樹立に向けた第一段階が動き出したのだと感じていた。
委員会からの要請で支援行動を行っていた者達も多かったくらいだ。
しかし、その事態が始まって530日後。
委員会の全世界主要基地への同時襲撃。
それに連動して行われた大規模地殻改造によって全大陸において天変地異が多発、プレートの大規模な下降現象が起きた事で一気に目が醒めた。
そう、委員会はもはや制御不能の怪物となっていたのである。
沿岸地域は次々に水没。
また、それに連動して沈んだ原発から垂れ流される海洋の核汚染は深刻化した。
内陸では飢餓。
更に自殺に等しい行為……非耐性食料の摂取によるアレルギーが引き起こす多臓器不全によって亡くなる者達が劇的に増加したのだ。
このような状況でまともに反撃してのけた各国の主要軍は正しく神懸かっていたとも思える。
しかし、現存していたほぼ全ての核兵器、原子炉を間接、直接的に封殺され、世界の物流とサプライチェーンが寸断し、エネルギー戦略が破綻、物資の移動を限定された彼らが分散した敵への打撃力を欠いて勝利する事は終に無かった。
事態の最初期段階以前。
日本において発生していた幾つかの大災害、大事件が後の布石。
いや、効果を確める為の委員会による試験的な試みであった事を……我々を含めて彼らを留めようとする勢力が知っていたならば、この今という現実は無かっただろうか。
(中略)
千年紀を迎え。
委員会の活動は更に加速している。
確実に物量で押し潰せるはずの国家共同体を放置し、戦い続けている彼らにとってみれば、もはや戦争とは制御可能な範囲で人類の進歩を加速させ、自分達の共同体を纏め上げる理由に足る“敵”を量産してくれる体の良いシステムなのだろう。
シンギュラリティー到達まで支配を確固としたものにする片手間の“作業”なのは間違いない。
委員会の支配地域に大規模なインフラの構築とマスドライバーを軸にした宇宙開発施設が密集した場所を発見したとの報もある。
これは間違いなく事前行動計画において語られていた月面のエネルギー資源開発の一部に違いない。
今以て我々は空からの脅威に怯えているが、“神の杖”以上の破壊兵器に転用可能なシステムが再び宙において生み出されるのだとすれば、此処からはもはや底も見えない絶望的な戦闘を余儀なくされるだろう。
彼らの支配地域より流れてくる塩の流通さえ止められれば、我々は汚染から逃れる術もなく早晩干上がるのだ。
その匙加減を間違えないよう的確に物資を流してくれる委員会に我々は感謝するべきなのか。
それとも「ふざけるな!!」と憤り、慟哭するべきなのか。
同盟国たる帝国連合には旧くから敵に塩を送るという諺があるようだが、正しく我々は文字通りの意味で弄ばれている。
舞台の書き割りのように、使い捨ての消耗品のように、敵を育て、押し潰すというマッチポンプの道具にされている我々に勝ち目は無いのかもしれない。
しかし、命を掛けた寸劇が思わぬところで脚本家の足元を掬う事もあるだろう。
それがいつの事になるのか。
この長きに渡る闘争がいつ終わるのか。
皆目見当も付かないが、長い目で見ていく必要があるだろう。
どちらにしろ。
人類社会において我々が怪物を育ててしまった敵役でしかないのは変わらない。
故に全ての情報を隠匿し、蓄積し、
如何なる共同体にも我々は存在する。
委員会の事前行動計画に組み込まれていた工程が未だ生きているのならば、 もうしばしの後。
【新たなる聖櫃】が現われるはずだ。
いや、もしかしたら、もう既に存在はしているのかもしれない。
我々の技術では未だ観測出来ていないだけで……。
だが、どちらにしろ。
各軍に新規配置された
我々が奴らの本拠地を発見するのが先か。
そういう勝負になるだろう。
結果がどうなるとしても、それを見届ける事は無いだろう。
何故なら、
偶然に我が部隊が発掘した財団の遺物。
私がその情報を知っていたという偶然。
もはや正当なる所有者亡き今、アレがどう歴史に作用するのかは分からない。
が、私のような上部構造に属さない者にも、それが人類を救う究極の手段の一つである事は分かっているのだ。
もう、このオカルトに縋るしかない。
全ては奇跡のような偶然だ。
だから、この力を託す事は人類史を書き続けてきた私の血筋の……最後の使命と信ずる。
これを読む者に告ぐ。
君がいつの時代のどんな人間でどういう環境にあるかは分からない。
もしかしたら、上部構造の者かもしれないし、私のような下っ端に過ぎないのかもしれない。
はたまた委員会の手先やその支配下にある人間かもしれない。
もしくは正しくSFのように人類ではない、のかもしれない。
だが、何れにしても私は君に告ぐ。
君のいる世界がもしも理不尽に満ちていたならば、君にはこの時代を変える力がある。
私が言っている事を理解出来たならば、君はこの地に眠る最後の希望を使う資格がある。
それが地獄に落ちる所業だとしても、変えるべき現実があるのなら
このどうしようもなく真に愛すべきクソッタレな世界が君にとって―――。
「どうか救われていますように、か………」
現在残っている
組織として変質し続けながら積み重ねられた最重要情報の一角。
どうやら男は大戦の
これが今はあのマックスウェルと名乗った老人にとってのご先祖様に当たるようだ。
もしも、この男がいなければ、今もこの【統合】内の老人の一派は委員会の遺産を積極的に活用して“上部構造”とやらのまま、覇権と過去の栄華を取り戻そうとしていたかもしれない。
その後の記録を見れば、北米大陸の大半が沈むまでに彼の残した情報を元として旧支配者層。
彼らを出し抜き。
いつも裏から何かを操っていた者達が自らの内部に分裂する派閥を抱えていたという事になる。
(それにしても地下鉄……オカルト……あの棺桶や怪獣みたいなのとはまた違ったヤバイのが海の底に沈んでるのか……それにこの財団って組織……情報が殆ど無いのに胡散臭過ぎる……委員会はこの組織と同等と見なされていた……怪獣やら棺桶やら何処から持ってきたのかと思えば……元々はこいつらが集めてたモノみたいだな……あの当時からオカルト技術で月施設を造ってたとか……SFじゃなくてムー的な方面だったのか……)
他にも実は一日の時間が24時間ではなく。
二時間くらい長くズレていたとか。
惑星規模インフラの完成によって一時期は委員会派の人類だけではなく国家共同体側の人類でも一時的なエネルギーの充足(盗電)から飛躍的な科学の進歩が見られたとか。
千年単位で幾つも重要な話が老人から貰った端末には鏤められていた。
項目だけ目で追っても数ヶ月は掛かるだろう情報量。
たぶん、詳細は確認するだけでも十年以上必要だろう。
(身体のおかげで疲れないかと思ったが、精神的な疲れってのはやっぱあるな……ふぅ……)
注釈が付くような情報だけを追っていて出会った文面は正しく人の不屈さの何たるかを説いているように見えた。
だが、生憎とチートに愛されていても、精神の根幹的生理は変わらないらしい。
(“神の屍”……この端末にもあった……人類の精神性を保つ為、生存を確保する為の躯体……人のDNAベースとはいえ、ほぼフルスクラッチの人体模倣の極致……汚染の中で生きていけ、生殖活動で個体数を増やせはするが……やはり耐性があっても寿命は短くならざるを得ない……耐性食材の話は遺伝で受け継ぐって事で今更だが……腐ったものを食べると死ぬってのは環境耐性を産む体内の免疫システムが負荷によって一瞬で許容の閾値を振り切るからだったわけか……)
重要そうな情報は片っ端から読み進めていたが、分かったのは過去の人類の力は委員会からして完全にSFの域だったし、オカルトも使っていたという事柄ばかりだった。
美幼女が“神の屍”を使って、旧世界者と同じ存在となったならば、普通の人類にもたぶん可能性としてはそうなれる場合もあるだろう。
老人から渡された情報の中には何処かで今も“神の屍”……現世人類の肉体を間接的に弄る中枢システムが月施設や“天海の階箸”“神の綱”などの中、もしくは現存する大規模遺跡に存在すると推測されていた。
(……月施設、オービタルリング、衛星群セブンス、天海の階箸、どれもこれも情報が少ない。階箸には防衛機構のせいで昇る事も入る事も出来ず。一定高度以上に上昇した物体はマイクロ波照射が可能なセブンスの攻撃で撃墜。ついでに今の人類や大半の新しい肉体を持つ旧世界者《プリカッサー》だと、どの遺跡も五感には引っ掛からず。意図的に探そうとしても不可能……委員会謹製のオレの体を頼りたくなるわけだ……)
目元を片手で解してから端末の電源を落とし。
トイレから出て手を洗って、蒼いジャケットのような上着を羽織って、身体の関節をコキコキと鳴らし、肉体の状況を確認。
もう準備万全で玄関付近で待っていた少女達に視線を向けて行こうと頷く。
今日は病み上がりではあったが、外出許可が下りたので地下都市の外。
施設外部への小旅行だ。
どうやらこちらの細胞の解析結果がさっそく出て、それが彼らにとって良好なものだったらしい。
Y染色体の崩壊を一時的に食い止める薬剤の生成に成功したという。
効果はまだ高くないとの事だが、一応は数年で死ぬという呪縛から逃れられた事で各宗派も安堵しているとか。
そういう事でアンジュが宗派間の調整を行ってくれたようだ。
すぐにとはいかないが、その内に天海の階箸へ連れていく事になるのだから、外の環境に慣らしてデータを取るべきだと会議に掛けてくれたのである。
条件は自分達の祭事に付き合う事。
まぁ、それでも十分な話だろう。
一応、脱出用のルートも考えておきたいし、手の内が増えるのは好ましい。
朝五時起きでピクニック気分というのも何か新鮮な話だ。
共和国では首都内部なら歩き回れたが、実質的には都市に軟禁されていたようなものでワクワク感的なものは無かった。
別の国に滞在した時は大抵巻き込まれた事態に手一杯で観光したわけではない。
地下都市は巨大とはいえ。
それでも上層くらいしか見られず。
見た後は只管部屋で情報の取得と精査と自分なりのまとめを脳裏に作っていたので息抜きは必要だった。
SFに慣れてきたとはいえ。
それでも老人から開示された情報は衝撃的だったし、アンジュ達が教えてくれた惑星の有り様も常識が引っくり返る程の代物だった。
夢では不死だとか不老だとか。
自分みたいな何かが言っていたのも、かなり面倒事なのは間違いない。
今回のように死んで生き返るのだって回数制限があるかもしれないし、物理的な肉体が無くなれば、情報生命体的にどうなるのか分かってもいないのだ。
それでも未だ心は折れていない。
帰る理由も変わっていない。
ならば、存分に自分を使い倒そうと思えた。
あらゆる情報を加味にしてみても、現実的に完全な不死などは無いはずだ。
でも、そんな死んでもある程度はどうにかなるという能力を得た自分だからこそ、悔いの残らぬよう一瞬一瞬を生きていける気がした。
(悟るってのとは程遠い心境だよな……未練ばっかりだ本当……)
このふざけたようでいてシビアな世界で親の七光りチートが効く内にしておかなければならない事は未だ幾多ある。
それが人助けとか。
命の取り合いをした相手と一緒に飯を食う為とか。
自分の女と決めた少女達に再会する為とか。
そういうのならば、自分はまだ人間だと言い張れる。
核を防ぎ切っておいてソレは無いだろうと自嘲はどうしても零れてしまうが、気の持ち様だろう。
「エミ。さっそく行きましょう」
玄関先で待っていたアンジュがニコリと微笑んだ。
その後ろでは仏頂面をしたクシャナが大荷物……自分の身の丈よりも大きい巨大な褐色の革張りトランクを引かされている。
「……どうしたんだ。ソレ?」
思わず訊ねると。
猛然とクシャナの口が開いて不満がぶちまけられた。
「ペナルティーよ!! ペナルティー!!? 貴女に病み上がりに料理させたからって!!? 酷くない!? 酷くない!!? 私これでも頭脳労働専門な―――」
ビスッと絶妙な匙加減でチョップがクシャナの鳩尾に入った。
「ケフッ?!」
思わず蹲る男ノ娘は自分と同列である金髪巫女の何やら不穏な笑顔にビクッと反応してから、プルプル顔を青褪めさせて大人しくトランクの横に戻り。
こちらへ恨みがましい視線を向けてくる。
「さぁ、行きましょう。エミ」
「あ、あぁ……」
そのまま全員で通路を歩き出して数分後。
都市内部へ続くらしいターミナルのような場所に出たかと思えば、其処には大型の黒塗りなリムジンっぽい車両が一台止まっていた。
「これで行くのか?」
「いえ、これは都市内移動用です。外部へ続くハッチ近くの基地に行って、そこで乗り換えます」
車両の後部座席。
全員が乗り込むと左右にクシャナとアンジュが付き。
前には三人娘が乗った。
小さな冷蔵庫から飲み物らしきボトルを取り出して、こちらにグラスで勧めてきたので、ありがとうと何も訊かずに呑むと……それは炭酸系のジュースだった。
まさか、現代的な飲み物が未だに残っていたのかと驚いたのだが、それに横のアンジュが何も言わずに微笑む。
「……もしかして、オレの為に作ってくれたか?」
「はい。昔の資料を参考にして……味は大丈夫でしたか?」
「あ、ああ、昔とそう変わらない」
「それなら良かった。アンジュは嬉しいです」
たぶん、寿命を確保する薬品の精製に成功したお祝いみたいなものだろう。
何もしていない身の上としては少し罰が悪かった。
車両は車体が通るには少し狭いかもしれないトンネルを高速で過ぎていく。
反対車線というものは無い。
正しくVIP専用なのだろう。
延々と同じ道が煌々とした仄かな琥珀色の明かりの下、続いている。
「エミ。お爺様から頂いた情報はお気に示しましたか?」
「知ってたのか?」
「ええ」
「中身の事は?」
「それは知りません。お爺様が死んだら派閥の情報を受け継ぐ事になっていますから」
「そうか……なら、まだまだ教えられそうにないな」
「ふふ、エミにもそう思えますか?」
「あの老人、オレが死ぬまで生きてそうだ」
「マックス様になんて口を……エミ、貴女昔はどういう人間だったの? 年上の老人を労われって教わらなかった?」
クシャナが呆れた様子になる。
「これでもお爺ちゃん子だったぞ。あんまり会えなかったが、最後に会った時は仲良くゲームしてたな」
昔の事を思い出して苦笑した。
祖父の自慢のゲーム機は埃を被る様子も無く。
家の書棚には攻略本がズラリと辞典の束みたいに並んでいたのだ。
「エミにも家族がいたのですか?」
アンジュの声に素直な答えが口を突いて出た。
「ああ」
「会いたい、ですか?」
「どうして、それを今訊くんだ?」
「……それは―――」
「アンジュ。それは機密に抵触するわ。さすがに止めときなさい」
反対側からクシャナが少しだけ真面目な顔で推し留めた。
それに沈黙した巫女とは反対側を向くと。
ムスッとした顔があった。
「聞いても無駄よ。教えない」
「教えないんじゃなくて、どうせ教えられないんだろ」
「な、何よ……分かったような事言って」
「オレに教えられない事。家族に会いたいか。そして、今の話の流れを聞けば、想像付くだろ。オレが蘇れて、どうして他の人間が蘇れない?」
「―――」
クシャナが思わず。
本当に思わず。
なのだろう……眉か微かに八の字にした。
ほんの刹那の話だ。
しかし、それで証拠は十分だろう。
「何の話よ?」
「今、思いっきり反応してたぞ」
「………」
「沈黙は肯定だ」
完全に進退窮まった様子でバラモン系少女がそっぽを向いた。
「別に警戒する必要無い。委員会とやらを復活させる理由なんて無いんだからな。それにたぶんオレの祖父は復活出来ない」
「え……」
思わずこちらを見たクシャナがシマッタという顔で顔を俯かせる。
「考えてたんだが、オレの人格が保存されている何かが生み出された時点でオレの祖父は死んでると思う。それと復活が可能だとしても、その方法や肉体の製造技術なんてお前ら無いだろ? 何処かの遺跡で製法を得たとしても、今度は製造技術が無いはずだ。つまり、極めて復活は難しい。ついでに特定個人を復活させるとすれば、個人のデータを特定しなきゃならない。それが残ってると思うか? 残ってたとしても、大海に解けた水を探すようなもんなのは想像が付く。それこそ“天海の階箸”や過去の大規模な遺跡を四苦八苦しながら探さなきゃダメだろ。オレが特別で時間があったとしても、一人じゃ限界がある」
「記憶が戻ったら、色々知ってるかもしれないじゃない」
クシャナが全部見透かされているのを悟った様子で仕方無さそうに会話を再開する。
「技術や知識はあっても、施設が無い」
「施設は何処かのを借りるとか乗っ取るとかしそうよね。貴女」
「お前らが全力で潰しに来るだろ」
「ま、まぁ……」
こちらの空気の微妙な様子に心配そうな瞳を向けていた三人娘が努めて明るく。
「あ、見えてきましたよ。エミ様。アンジュ様。クシャナ様」
「あちらが我々の外部エアロックがある探索基地になります」
「着いたら案内致しますので」
そうトンネルを抜けた先にある光景に目を向けさせた。
ハイウェイのような通路の左側。
百m程眼下に大規模な窪地と施設群が見えた。
どうやら軍事基地らしい。
周囲にはズラリと待機状態でNVやら飛行船やら車両やらが止まっている。
倉庫内部にも大量に兵器類が搬入されていると分かった。
「……これから戦争でも始めるのか?」
「何言ってるのよ。アレの半分は貴女の護衛よ?」
クシャナが溜息を吐く。
「はぁ!?」
どうやら此処に来て初めての外出は……随分と大事になっているらしかった。