ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
世の真理というやつが実は陳腐な代物である、というのはよくある話だ。
盗みをしたら、警察に捕まるくらいの事実である。
ご大層な理屈も例え話にしたら、微妙に卑近で生々しい感じだったりするわけだ。
此処に当然のような顔をして別の常識が服を着て歩いていたとしても、それは変わらない。
密室。
オトコ。
オトコノコ。
ヨコニナル。
ハァハァ。
ジュルリ。
という状況は果たして過去と比べても陳腐なのかどうか。
一部の偏った趣味の方々にはご好評かもしれないが、生憎とカシゲ・エニシは世の男達の大半と同じく美少女が好きで二次元でも三次元でも鼻の下が伸びるくらいには普通だ。
まぁ、死んで生き返ったら男じゃなくて女の身体でしたとか。
TS趣味に目覚めたわけでもないのにゲッソリする事この上無い身の上ではあるが……それにしても可愛い顔した性別♂に靡いたりはしない。
操縦席は扉一枚先。
四時間の長旅という事なのでトイレで用を足してから自分の席で目を閉じていたのだが、こう微妙に生々しいハァハァしたオトコノコ達の吐息に僅かに汗が流れていた。
一度、わざとらしく起きてみたら、ニコニコしたアンジュが自分の席に座っており、いつものように気遣ってくれたのだが、それにありがとうと言って眠ると……ピタリと止んだ吐息は十数分後にはまたハァハァと少し近付いて洩らされていた。
オトコはオオカミだと昔の人は歌ったかもしれないが、オトコノコがオオカミだというのは正しく二十一世紀故の発想だろう。
【うぅ、エミのこの寝顔……堪りません】
【ぅ……寝てる時のこいつって本当に可愛いわね】
トップの二人がかなり見つめているのが分かる。
【エミ様のお世話は本当に苦労の連続ですから】
【はい。エミ様を褌を締める時などもう!! もう!!】
【エミ様の寝顔は万の資源にも勝ります】
世話役の三人娘の言葉に早く自分で褌締められるようになろうと固く心に誓う。
【クシャナ。あなたもちょっとは素直になればいいのに……】
【す、素直にって何よ!! わ、私はこんな性格悪いのはお断りなんだからね!!】
【でも、エミを見ている時、いつも顔色を隠しているのは大変でしょう?】
【か、隠してなんか!? た、確かに神道的には聖典くらいにしか見られない黒髪に白い肌……顔立ちも凄く神秘的だけど……た、確かにこれなら求婚してもいいとは思うけど、それにしたって……】
【それにしたって?】
【お、大食いだし!!】
【健康的でよいじゃありませんか】
燃費が悪いのはチートのせいであって、自分のデフォ機能ではない。
代謝機能と消費カロリーの兼ね合いからだ。
高速再生能力からして消費されるエネルギーと質量は半端ではない。
それを維持するにはきっと大量の食事が必要だ。
各臓器の細胞や骨の密度、血の濃度をガンガン上げられてるのは間違いなく。
体型は変わらないが体重が常人の四倍以上になった前の身体の事を考えるなら、これからも最終的に大食いである事は避けられないだろう。
【口が悪いし!!】
【陰口を叩かれるよりはいいのでは?】
口が悪いのではなく真実と事実と現実をちょっとオブラートに包めないだけだ。
【う、うぅ……ぁ、あんなに無防備なのはどうかと思う!! そ、その癖、ガードが固いし!! わ、私はもっと積極的でちゃ、ちゃんと子作りにも応じてくれる子がいいんだから!!】
【でも、トルフ2系の薬剤をここ数日取ってますよね? クシャナ】
【ッ??! マ、マックス様!!? あれほど!! ヒミツだって言ったのに!!?】
【ふふ、子を産ませる立場のトップが安易に男性機能が落ちる薬を取るなんて、どうしてなんでしょうね~~♪】
【ッ―――そ、それはこのふしだらな女神様に女としての魅力を見せ付けてやろうとしただけよ!!】
【へ~~? じゃあ、どうして下着を毎日、黒にしてるのです?】
【?!!?】
【それも子作り用じゃなくて儀礼用……ふふ、クシャナの分かり易いところは評価しますよ♪】
【く!? ア、アンジュだって!! 毎日毎日慰めるのが大変だって宮《みや》の子達が言ってたわよ!!?】
【な!? ど、何処からそんな出鱈目を!?】
【ふ、ふん!! 出鱈目なわけないじゃない!! ウチが性行動用品の資源《リソース》管轄してるのは知ってるでしょ? ま、毎日毎日!! アンタの宮、一体どれだけ消費してるのよ!! 普通の二倍とか激し過ぎるんじゃない?!! それに宮の子達が登庁するの遅いから聞いてみれば、アンジュ様の相手が大変だって言ってたわ!!】
【うぐぐ……やりますね。クシャナ】
【ふん!! 子作りよりも姉妹になる方が高尚なんだから!! 俗欲に塗れたアンジュには分からないわよ!!】
【姉妹になってから襲うつもりでは?】
【ち、違ッ!? お、襲うだなんて!!? あ、貴女のところの聖典にだってあるじゃない!! 女と女が結ばれる古の流儀『
【でも、しちゃうんですね?】
【そ、それは!!? こ、こう!! 子作り目的じゃなくて!! こう!! 精神的な結び付きが重要なの!!】
【でも、唇とか、胸とか、その先もしちゃうんですね?】
【く?! ちょっと触れ合って、抱き合うだけとか!! 肉欲の虜じゃないの!!】
【じゃあ、エミが私を……アンジュを伴侶に選んでも文句はありませんね? だって、純愛ですから】
【ダ、ダメに決まってるじゃない!? アンタみたいな欲塗れな宗導者に預けたら、ふ、ふしだらになっちゃう!! エミはちょっとお堅いくらいがいいのよ!! あ、あの、少しだけ笑うとこがいいの!!】
【ようやく本性を現しましたね? 知っていますよ? クシャナが聖典の中でも天邪鬼として知られる“ツンデレ”に欲情する性質である事は!!】
【そ、そっちこそ!!? 昔から聖典見ててエミみたいな子でウットリしてた癖に!!】
「(………聞かなかった事にしよう)」
不毛な言い争いを続ける男ノ娘達の話に石となる決意をした。
それから当事者としては聞くに耐えない話に心の耳を塞ぐ作業を延々数時間。
ようやく辿り着いた現場はどうやらもう式典用の催事場が設けられているらしく。
起こされた時点でモニターを展開して外を見れば。
立派な野外ステージと立ち見のライブ会場みたいなノリで円錐状のコーンとロープで区切られた場所には数百人の男達がギュウ詰めにされていた。
森林地帯の一角を拓いて作られた物資集積所は全部で30棟程の倉庫が立ち並ぶ場所だ。
周辺には輸送用のトラックらしきものがズラリとコンクリートの打ちっ放しな半開放型の搬出所に付けられている。
アンジュに促され、男ノ娘達が全員外出用の防護服に着替えた後。
三人に連れられて、後部の外に出る為のエアロックへ向かい。
少しずつ外気に慣らされ、完全に外部の環境に適応している事を確認してから開いた扉を潜る。
昼時にはまだ早いくらいか。
それにしてもポカポカと日差しは温かい。
久方ぶりの外という事で伸びをして地面に降り立つ。
さすがに外部へお披露目という事でドレスを着るように言われたのだが、断固拒否したのでSFや漫画にありがちな銀色な全身スーツにモスグリーンの軍服を合わせたような制服姿だ。
何でも【統合】1のデザイナーに頼んで2日で仕上げた云々。
聖典《アニメ》が好きな人だったらしく。
そういうのからインスピレーションを受けたのだとか。
コスプレにしか見えないが、その造りがしっかりしたもので実用にも耐え。
また、同時に超技術の一端をマシマシに造ってあるらしく。
実際、着ていて心地良い。
スーツは汗を外部へと排出し、軍服系制服は消臭効果があり、皺にならない。
また一瞬で頭部を覆う透明なメットを展開出来る仕様で毒ガスなどもシャットアウト。
清潔さも保ちますetc。
多機能性はNVの操縦者保護機能付きのスーツを流用したようだ。
周囲に並ぶ灰色のボディーアーマー姿の男達を左右に道を抜けて。
舞台の裏へと回り、セットの安っぽい木目の板に囲まれた場所で偉そうな50代くらいの男達数人に敬礼、挨拶、諸々の行事予定を再確認させられつつ、思う。
(番組かライブに出演する直前のアイドルやお笑い芸人みたいだな)
まぁ、実際そうとしか今の状況は思えない。
狂信者集団の大事件起こす前のサバトとぶっちゃけても、そう変わりはしないだろう。
公衆の面前で何かをする。
よくよく考えてみれば、クランの一件では一杯一杯で考えられなかったが……自分も随分と図太くなったものだと目が遠くなりそうだ。
劇の書き割りのように世界が安っぽく見えるようになれば、また色々と違うのだろうが、そこまで達観も出来なければ、今傍にいる誰かにこうして欲しいという欲求もある。
(どうして、こんな時に思い出すんだろうな……)
郷愁とそれを言うべきなのか。
帰りたいと思うのはきっと外に出たからだろう。
あいつらの下へ。
胸に強く。
そんな思いが、あの沢山の笑顔が想起された。
気を取り直して。
女神様を演じようと軽く息を整えていつの間にか俯いていた顔を上げた時だった。
(―――ッ)
世界が色褪せた。
視界の全てが灰色へと落ち込んでいく。
正しく今、自分がアニメの主人公なら、アニメーターが色を入れるのを忘れてしまったのではないかというような……そんな色が抜けて行く世界にギリギリで精神の均衡を保ちながら、周囲を見渡す。
アンジュ達や男達の色はそのままだ。
しかし、それだけが異常ではない。
いや、それが真実の世界なのだとしても、それだけがオカシイわけではなかった。
世界に色が戻る。
いや、戻っている場所が存在する、と言うべきか。
それが虚空に見えていた。
それは巨大な。
本当に只管巨大な。
塔だった。
空の彼方何処までも伸びている山岳から伸びた白銀の割箸。
ああ、まったく此処まで来てメシネタかと呆れるくらいには……ソレからの威圧感は大きく。
そして、それ以上に背筋を凍らせたのは天の果てから地表に突き刺さるソレの表面に全長で20m以上はあるだろうレンズ状の何かが、無数こちらに照準していた。
その上、塔全体から集まってくる電力が、電磁波が、見えた。
そうだ。
照準しているレンズの奥へと流れ込んで行く。
一斉掃射まで残り15秒。
コヒーレント光に薙ぎ払われた後には何も残るまい。
それが“解ってしまう”とは何という不運。
全ての可能性を検証。
逃げ出しても照射範囲からは逃れられない。
ならば、やれる事は一つだけ。
「アンジュ!!」
「え?」
男達と話していて振り向いたアンジュに一言だけを告げた。
「オレを信じろッ!!」
そして、全ての触手。
いや、ゲノム編集が行き着いた極地。
【ジ――初期――高―――殖SC―0―I――S――NT――タ―――・こード】を開放する。
ザリザリと脳髄が欠けた情報もそのままに全ての能力を起動。
この肉体が今までに受信し、ゲノムの自己書き換えで既に待機状態となっていた“あの化け物の細胞”が超高速で増殖。
体内で生体
肉体の自己改造に等しい行為は自在なナノオーダーの観測と干渉を不安定な体内環境で行える極微小スイッチング工具の創造無しには在り得ない。
ある意味でなら原始的なナノマシンとも言える。
人体のあらゆる細胞を自在とするならば、どのような肉体機能もオンオフが可能となるのだ。
それらの指揮棒は脳幹の奥。
八木アンテナのように振舞い全身のトランジスタ群を統括するCNTコアチップが行い。
如何なる命令も違えない。
自分の肉体内部に最先端の観測設備、生産設備、工作設備を置いた研究室を持つに等しい力は創った当人達すら本当の意味で理解していたのかどうか。
これらを用いた蛋白質の生成を意識化で行い。
肉体各部位でそれを増産し、瞬時に必要とした器官を運動野と海馬からの信号で形成するのはあの“双極の櫃”で必死に自己改造して核を防ぎ止めようとしていたカシゲ・エニシには今更な話だ。
脳には確かに全てではなくても仕様情報が残っている。
水とカロリーさえあれば、器官の生成に1秒も要らなかった。
(行けッ!!)
片腕から無数に放たれた針の如き肉の糸が相手の静脈に突き刺さりながら身体を通り抜け、次々に周辺の男達の間を疾風のように奔り抜けて、血を抜きながら増殖拡大、多重展開された傘の如き半径50mの盾となった。
カウント0。
同時に光の速さで殺到した全てを焼き切るレーザーの雨がカバーしていない地表を灼熱させて、黒い世界の周囲を太陽の如き灼熱地獄と映し出す。
それと同時に発生した巨大な衝撃波の大半は黒い羽根の下で大量に生成した白い羽根によって吸収され、残ったのは半減した熱量から来る熱風。
脳裏で計算する限り。
黒羽根の波の吸収は核並みの力で無ければ許容量をオーバーしない。
視認した注ぎ込まれる電力量から逆算してレーザー発振は残り12秒。
だが、男達にまで気を回している余裕も無く。
即座に反応した一部の男達がこちらに拳銃を向けているのが見えた。
しかし、対応出来ない。
相手の心臓が貧血でショック症状に陥らないギリギリの線でぶっつけ本番の吸血と増殖、盾の形成を行っているのだ。
核のように神経を焼き焦がされる事は無いにしても、推測した必要な血液量は此処にいる全員分でギリギリ。
1秒、2秒、3秒。
活力を奪われ続けながらも反射的に動いた男達の反撃が放たれ。
その最中にあのアンジュの忠犬を気取る男の姿もあり。
首筋を後に逸らして、何とか頭部への直撃をギリギリで逸らしながら、足に一発。
(クソ?!)
痛みで集中が乱れる。
肩に一発。
激痛に歯を食い縛る。
腹部に一発。
どうやら今の体表の硬度では止められないらしく貫通。
だが、最後の一発が……ユースケの放った弾丸が避け切れない。
それがたった10mの距離を瞳に向かって直進してくる。
間に合えと念じながら。
首を横に倒そうと―――。
目の前に真黒い何かが飛び込んでくる。
それは思いがけない再会。
『止めてッッ!!!』
アンジュの声よりも先にソレへ弾丸がブチ当たり、バウンドしながらこちらの横を抜けて奥へと跳ねていく。
宗導者の声に止まった男達からの攻撃は無い。
攻撃は無い。
攻撃は無い。
攻撃は無い。
そうして、ようやく遥か天空からの全98232箇所からのレーザー飽和射撃が止んだ。
周辺の大気温度は軽く放射線が飛び交うレベルだったが、直撃は黒の盾で防いだ。
目測だが、被爆してもレントゲンを取るくらいで済むだろう。
上空へ展開していた黒の盾を周囲に散らして熱量と放射性物質を覆うように鎮火させていく。
それとほぼ同時に集中が切れて、激痛で崩れ落ちる。
『アンジュ様!? 危険です!!?』
『馬鹿ですか!? 今、エミが助けてくれた事も分からない程に愚かなの!!? よく周囲の状況を見てみなさい!!?』
『エミッッ!? 貴女!!?』
痛覚を阻害した場合、半ば感覚で操作していた能力に綻びが出る可能性も棄て切れず。
切らないままだったのは良かったのか悪かったのか。
痛覚を遮断した途端にドッと精神の疲弊が押し寄せてきて、意識が朦朧とし始めた。
肉体はすぐに回復するが、やはり精神は別物だ。
五感からの感覚が曖昧になった途端、視界がぼやけて滲んでいった。
だが、それでも確かに悪意というべきものを割箸みたいなソレに見る。
液体金属トランジスタ化技術。
その極北に位置するのは部材さえあれば、自己作成出来ない部分を除いて如何なる電子回路をも、機器をも、超高速で生み出し得る力。
自存する壁。
塔を守護する最強の盾にして矛。
“神の画《え》”と呼ばれるモノ。
【万能流体金属防壁《イージス・アルター》】
過去、海原に浮かんだ女神の神宝の名は受け継がれ。
巨大な塔を覆う数百万トン単位の表皮として君臨する。
その中間点。
遥か天空の先で大きなレンズが剥き出しになって、こちらを覗いていた。
他のレーザー兵器はレンズの熱を取る為にズブズブと壁の内側へと沈んでいく。
見ている誰か。
今、撃ったのだろう何者かに向けて呟く。
それが終わった後。
集中力が切れた。
目を閉じれば、後にはただ深い闇が広がって。
【エミ? エミ!? エミィイイイイイイイッッ!!?】
呼び戻そうとする少女の……彼女達の声だけが世界には響いていた。