ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第131話「侵攻者」

 

 明かりが零れる。

 薄ら暈けた夕闇のような黄昏時を思わせて。

 

 そう大きくない室内が最初からそうであったかのように何処か懐かしい琥珀色に染まった。

 

 煙る香りは郷愁を思わせて穏やかに軽やかに甘く。

 木目の美しい天蓋に登っていく。

 

(案外、あっさりと帰ってこれたな……)

 

 襲撃から二日。

 

 昼夜無しの強行軍で全員が帰還したのは数時間前の事だった。

 

 本来なら救援部隊を出したかったらしいのだが、【統合】への無差別攻撃の可能性からもうこれ以上の戦力は避けないと各宗派のトップ達が判断したらしい。

 

 だが、出迎えは盛大だった。

 

 基地が地下内部へ格納されるとすぐ様に救急部隊が焼けどの治療、軽症患者達の搬送に掛かり、アンジュとクシャナを筆頭に男ノ娘達はすぐさま精密検査の為、病院へと向かった。

 

 こちらは一応、傷は全て完治していたが、当然のように精密検査用ドック送り。

 

 機械に入れられる、座る、横になる。

 白衣の男達から質問攻めにされる。

 等々の項目を消化した後は即退院。

 

 いつもの三人娘達に連れられて、未だ戻ってきていないアンジュの部屋へ通される事となった。

 

 どうやら生活していた場所から使っていた小物は持って来たらしく。

 あの元男ノ娘な老人から貰った端末も健在。

 部屋の主が帰ってくるまでは自由に過ごしていいと言われた。

 どうやら男ノ娘達もゴタゴタしているらしく。

 異常が無いなら、こちらに構っている暇はないようだ。

 

 一人残されて、室内の明かりを点ければ、美しいと言うべきだろう光景。

 

 さすがに寝台へ横になるのは気が引けたので、個室内のソファーに身体を横たえた。

 

「で、どうしてオレより早く此処にいるんだ?」

 

 内部までは連れてきたのだが、治療のどさくさで消えていたはずの相手がテーブルの上にいた。

 

 たぶんは機密だろう宗導者の部屋に我が物顔である、というのは普通に考えておかしい。

 

 本来なら、そこら辺をウロウロ道に迷っているのが当たり前だろう。

 

『ん? ワシは神出鬼没がもっとーなのじゃ。この程度の“せきゅりてー”なんて、在って無い様なもんじゃぞ?」

 

「どうしてトップが出張ってきてるのかようやく分かった気がする」

 

 黒猫が座ってプラプラと尻尾を揺らす。

 

「それにしてもザルそのものじゃな。システムが巨大過ぎて“めんてなんす”もロクにしておらんのかや? ん~~この修繕記録を見る限り、生命維持機構、防御機構、中枢機構……これ以外の諸々78%以上がほったらかし。人的資源が足りておらんのか……ぬぬ? 検索し放題とかコレはもう羅丈総出で掛かれば、落とせるのう」

 

 何やらこちらを無視して虚空を眺めている黒猫はシステムハックに夢中らしい。

 

 ベシッとチョップで頭を直撃する。

 

「あイタ!? 何するのじゃ!? ワシの頭はこれでも繊細なんじゃぞ!?」

 

「45口径の弾を思い切り喰らってピンピンしてる奴の言葉とは思えないな」

 

 黒猫は膨れたが、溜息しか零れない。

 

「で、此処の電子システムがガバガバなのは分かったが、よく此処までこれたな?」

 

「羅丈の名は伊達ではないのじゃ。昔から主上はワシのように内政と技術開発、システム構築面での支援を主に行ってきたからのう。防壁の大半がワシらの使っておるものよりも数世代遅れていれば、こんなもんじゃろう」

 

「そこまで劣ってるのか?」

 

「こやつら、思っていたよりも“そふと”面が弱いようじゃ。どうやら、機械の製造技術や遺伝的な技術はかなりの水準で維持しておるようじゃが、プログラムは素人レベル……電波もタダ乗りし放題。“りそーす”を生存に特化させてきたツケじゃな」

 

「………ちょっと、その能力こっちに貸せ」

「?」

「端末内の情報を全部持っていけるか?」

「なんじゃ。また、要らぬ世界の真実とやらを発見したのかや?」

「ああ、そんなもんだ。画面越しでも映像から解析は出来るな?」

「無論。しかし、良いのか? ワシはあくまで羅丈じゃぞ」

 

「悪用したら、オレがお前をぶっ壊すって保険があれば、別にいいだろ」

 

「相変わらずじゃな。ワシだって抵抗くらいするぞよ?」

「今のオレ相手に公国が喧嘩を売っていいと思うならな」

「むぅ。言いよるのう……はぁぁ……」

 

 黒猫が仕方なさそうに頷いた。

 

「で、どんな情報を検索したいのか聞いてもよいかのう?」

 

 こちらの思惑は分かっていたらしい。

 

「あの“天海の階箸”って呼ばれてる遺跡とその突破方法関連の技術や歴史的な痕跡。それから、此処の連中の遺伝情報の解析結果と生存の可能性を探りたい。百合音の身体を創ったアンタの得意分野だろ?」

 

「生存? 此処の連中は病気か何かかえ?」

 

「“神の屍”……それを使わなかった最後の人類だそうだ。今、絶賛Y染色体が崩壊中らしい」

 

「―――まさか? 原始人類の生き残り?」

 

 黒猫が目をパチクリとさせた。

 

「……知ってるんだな。五感を欺瞞してた事は?」

 

「世界の真実の中でも最大の禁忌に抵触する情報じゃからのう。まさか、そんなのが【統合】の正体とは……宗教が時に奇跡を起こすとは真実じゃったか」

 

 サラッと話した黒猫の前にアンジュと老人。

 

 二人から貰った端末を起動して高速でスクロールするよう設定しつつ置く。

 

「ちなみに一つ訊ねるが、お前にはどう見えてるんだ? この世界は……」

 

「普通に見えいているはずじゃ。ワシも作り物とはいえ、心は人。歴代の主上、聖上もワシと同じく“神の屍”からの影響は受けるよう設定されておる。まぁ、世が地獄というのは知っていても、それを体感し続けるのは気分が良いものでも無かろう」

 

「そうか……じゃあ、やってくれ」

「うむ。しばし待て」

 

 猫の瞳がこれでもかと言わんばかりにクワッと見開かれる。

 しばしは静かにしていようと気を緩める。

 すると、不意に室内が気になり始めた。

 

 一応、神道最後の巫女を自称するだけあって、個室は和風なテイストが織り込まれている。

 

 壁に掛かる赤い鳥居のタペストリーとか。

 一室の端に敷かれた畳みの区画とか。

 

 注連縄《しめなわ》がデンと壁掛け型のディスプレイ上に飾られているし、儀礼用に見える祭具の類が幾つか壁の手に取り易い場所に備えられている。

 

 だが、一見してちょっと和風なお部屋ですと主張しながらも、現代っぽい部分もある。

 

 最たるものはディスプレイの下にズラァアアアアアアアアッと極めて大量のUSB型メモリに見える代物が結束された塊《ファイル》だろうか。

 

 それが壁にビッシリと隙間無く10m以上の長さで埋め込まれている。

 恐る恐るソレの一つを壁から抜き出してみると。

 複数のアニメらしい名前があった。

 メモリの表面には金文字で作品名が彫られている。

 

【魔法少女クラナギVol.1(解凍不能)】

【特捜甲殻戦隊ガバンVol.13(解凍不能)】

【煌機甲ダイナムVol.4(解凍不能)】

【幻劫奇譚シュラフィシアVol.11(解凍不能)】

【漆黒のネオテニー(解凍不能)】

 

 他にも見てみるが、極めて名状し難い惨状となっていた。

 

 何やら何処かで見た事、聞いた事がある聖典《アニメ》や特撮や映画が山盛り。

 

 しかも、その大半がどうやら解凍不能のラベルを貼られている事からして、パスワードも分からずに見れてもいないらしい。

 

(何かこう親近感が沸くなぁと思ってたら、何か拗らせたヲタク仲間見てるみたいだったのか。ようやく納得した気がする)

 

 今までアンジュが自分の常識に近い範囲で配慮してくれていた事に少しだけ奇妙な心地がしていたのだが、その理由はきっと聖典にあるのだろう。

 

 よく見れば、中には学校モノや日常物も多数混じっている。

 

「解凍出来てたら、どうなってたんだろうな。この【統合】は……」

 

 解凍不能のメモリをディスプレイ横に備えられた小型端末を持ってきて、起動し繋げてみる。

 

 すると、やはりパスワードが掛かっているらしく。

 圧縮ファイルと文字を入れるバーが表示された。

 その下には薄っすらとヒントらしき文言。

 

『小豆を使った四角いゼリーの名前は?』

 

「……羊羹」

 

 文字を変換して入れた途端、物凄い勢いで解凍中と表示が出て、数秒でファイル内に動画が複数出現した。

 

(まさか、この世界のパスワードって大抵食べ物とかじゃないだろうな?)

 

 疑念を確める為に他の解凍不可の聖典メモリを片っ端から確めてみたが、どれもこれも日常的な食べ物の名前で開くものばかり。

 

(ふむ……この世界じゃ消えた食べ物の名前ってだけで典型的な知ってる奴しか絶対開けられないタイプのパスワードになるわけか)

 

 どうせ黒猫が見終わるまでは暇なのだ。

 

 アンジュ達がやってくれば、さすがに隠れさせるか退散させるのだし、と。

 

 見知った名前でいつもの面々が喰い付きそうな聖典《アニメ》を幾つか見繕って解凍しておく。

 

 神聖飛翔イグゼリオン~ディレクターズカット~(再編集追加映画版)。

 

 神聖飛翔イグゼリオン~炎の宿命~(OVA)。

 

 神聖飛翔イグゼリオン0~原始の鼓動~(OAD)。

 

 神聖飛翔イグゼリオン・ツヴァイ~無垢なる契約~(第二期)。

 

 神聖飛翔イグゼリオン・ラストペイン~運命の姉妹~(劇場版第一作)。

 

 神聖飛翔イグゼリオン・サマーナイト~魅惑の美姫達~(ゲーム特典)。

 

 神聖飛翔イグゼリオン・クリスマス・ラバー~最後の聖戦~(18禁版PCゲーム特典)。

 

 神聖飛翔イグゼリオン・オーバー・ザ・デストラクション~最強の証明~(サブヒロイン√視点)。

 

「ふぅ。こんなもんか……」

 

 曲芸商法を思わせて実は全部傑作とかいう神アニメ群である。

 

 現実では出ていたものも、出ていなかったものもあるが、ファイルの解凍された場所には一緒に沢山の資料や特典の情報も載っていた。

 

 他にも幾つか日本由来のネタアニメをまとめて端末内へ入れておく。

 

「?」

 

 ふとメモリの一つに何もラベリングされていないものを見付けた。

 

 一応、それを端末に差し込むと。

 

 ディスプレイには恒例の食べ物パスワードのヒントが書かれている。

 

 それに答えを入れようとした時、不意に黒猫が二つの肉球で二つの端末をポチッと押して止めた。

 

「どうかしたのか?」

 

「ワシ以外の侵入者がいるようじゃ。んん? このプログラム……もしや……マズイ」

 

「何がマズイんだ?」

 

「今、“はっきんぐ”してるのは“れーざー”を撃った犯人かもしれん」

 

「はぁ?! どういう事だ?!」

 

「先日の一斉射撃時に周辺へ拡散されていた通信とほぼ同じパターンが検出されておる」

 

「その誰かがハッキングで遺跡の防衛システムを乗っ取ってたのか?」

 

「本来、そんな事が出来る輩は存在せん。旧世界者にしても、委員会の最大級の遺跡を丸ごととは考え難いのじゃが……」

 

 言い難そうに黒猫が瞳を閉じる。

 

「心当たりでもあるのか?」

「うむ。その場合は非常にマズイ事態じゃがのう。伴侶殿……」

「何だ?」

 

「問答無用で襲ってくる敵を皆殺しにしなければ、此処の連中を守れぬと言ったら、どうする?」

 

「それ以外の方法は無いのか?」

「時間稼ぎで死人が出る」

「戦闘をせずにというのは不可能か?」

「戦闘しなければ、どうにもならん」

「逃げるってのは?」

 

「今、ワシが知る限り、何かをするタイミングは今しかない。逃げられるかどうかという問いに関しては“我々のみならば”という但し書きが付く」

 

「……それ詳しく聞いてる暇は?」

 

「あまり無い。この事態を此処の連中に通報。それと同時進行でワシが“おぺれーしょん”しよう。とりあえず、今から誘導するルートで此処を出るのじゃ。装備は途中、各ブロック通過時拾わせる。その後、この馬鹿デカイ施設の外延で60分程、時間を稼げ。それがワシに考えられる最善の選択じゃ」

 

「あいつらと一緒にやるって手はあるか?」

 

「悪いがあちらの合意や意思統一を待っている時間が惜しい。女神様の勘という事で押し通そう。移動途中に繋ぐ。そちらで説得するが良いぞよ。此処の端末を持ってゆけ。音声を拾わせる」

 

「一応聞いておくが、ハッキングしてるのはどういう相手なんだ?」

 

 黒猫が限りなく面倒そうな顔をして溜息を吐いた。

 

「通信の発進元を特定。この高度、やはりか」

「高度?」

 

 黒猫が溜息を吐く。

 

「相手はポ連空軍の擁する航空輸送師団。コードネーム・チーズ。通称はポテチ。まぁ、要は……」

 

―――この世界で唯一大規模空輸手段を持つ部隊じゃ、と。

 


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