ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第132話「星と屑にオネガイを」

 さて、この世界の成り立ちに付いて大体理解出来たところで一つ考えてみよう。

 

 この大陸における戦争がどういうものであるかを。

 その領土でしか産出しない食料とその食材耐性を持った血筋の統合。

 

 これが現代、このふざけた時代における最大のゼロサムゲームの大義というやつだ。

 

 だが、同時に一部の真実というのを知っている輩は過去の遺産である遺跡の発掘によって、SFの産物たる遺物を求めてもいる。

 

 此処で本来の戦争理由がとある複数の情報の為に変質する。

 人類の真の姿。

 人類の耐性に関する真実。

 

 遺跡に残された過剰な程の兵器と社会を激変させる技術とその産物。

 

 これらを知ってさえいれば、大陸における戦争の大半は正しく“やらなくてもよい戦い”である事が聡明な常識人にならば、理解出来るはずだ。

 

 何故ならば、この世界における空飛ぶ麺類教団という共同体が大抵の問題を解決してくれるからである。

 

 ついでに言えば、彼らに胡麻を摺って安全に暮らすというのは誰でも思いつく簡単な直面した問題に対する最短の解決方法だろう。

 

 無責任なと言うなかれ。

 

 真実、この世界の復興に尽力した組織が未だに存在していて、尚且つあらゆる国家を凌ぐ技術と生産能力を持つならば、それに依存しない方がおかしいのだ。

 

 全ての国家が真実を知って、教団に恭順するならば、人類が人口過多で滅ぶ事など無いはずであるのは言うまでも無い。

 

 だが、そうなっていないという事は人類の生存というものを真面目に考えてきた彼ら教団にとって、己が造る管理社会で人類を永続させるという方法が好ましくないか。

 

 もしくは単純に不可能かという事になるはずだ。

 

 こう考えてみれば、教団が世界に“本当の事”を教えていないという状況から言って、完全な管理社会が好ましくない……そう考えていると見ていいだろう。

 

 不可能ならば、そもそも全人類の管理とかまどろっこしい事をする必要もなく。

 

 一部の人類を永続的に生き残らせると割り切って、他に資源《リソース》を裂く必要もないのだ。

 

 彼らが真に社会福祉、慈善行為というやつを本気でやっているのならば、ともかく。

 

 合理的に判断し、合理的に選択し、大陸を戦乱で口減らししようとする輩である。

 

 そんな彼らが人類社会の拡大を前にして選民思想よろしく人類の大半を切り捨てないのは不合理の極みだろう。

 

 人類を真実から遠ざけ、自発的な意思による戦争で人口の増加による自家中毒を回避し、自己淘汰させるという手法を見る限り、人類の大半を切り捨てられないという方針は、主義思想《イデオロギー》的な問題でしか説明が付かない。

 

 このような感情的部分にこそ。

 旧世界者《プリカッサー》と呼ばれる存在が垣間見える。

 

 彼ら旧き時代の生き残り達は遺跡が作られたような時代から現存する不老の元人間。

 

 その上、現代に生き残る人類よりも遥かに強靭な肉体と深い知識を持っている。

 

 その殆どの事情は知れないものもあるし、様々だろうが……一つ共通して言えるのは現人類社会のロジックで誰も動いていない、という事だ。

 

 行動原理の根本がどうであろうと。

 彼らは人類の切実な状況とは違ったところで動く。

 

 だから、本来ならば、戦争用の軍隊とやらを動員するのは比較的難しいはず、なのだ。

 

 技術や叡智を使って国家や軍隊に取り入り、それらを使うリスク。

 果たしてそれは自分達で動く以上のメリットに為り得るのか?

 

 今まで出会ってきた旧世界者達の大半が人類国家に比べれば小規模な共同体を形成して、超絶の力を奮う事で物事を動かそうとしてきたのに対し、ポ連の背後にいる【鳴かぬ鳩会(サイレント・ポッポー)】だけが数の少ない彼ら同胞の中でも異質と見える。

 

 要は物凄く人間臭いのだ。

 

 空飛ぶ麺類教団は国家を誘導してはいたが、自分達の目的達成の為にわざわざ確実性も実力も劣る軍隊を直接指揮して使おうという事は無かった。

 

 羅丈の黒猫や聖上と呼ばれた男も諜報組織を束ねて暗躍してはいたが、やはり普通に軍隊というものを裏事情関係の事件に大規模動員しようとする事は無かった。

 

 が、今現在……このカシゲ・エニシの眼前に、数キロ手前で展開される光景は……異様な程にそういった旧世界者の常識とは掛け離れている。

 

 明らかに連隊規模。

 明らかに重武装。

 明らかに機甲戦力。

 明らかに機械化歩兵。

 明らかに旧世界者とは掛け離れた戦争をする為の軍隊。

 

 装備の質こそ第二次大戦ぐらいに見えるが、それにしても遠目でゴム製タイヤを履いた砲塔付きの装甲車や兵員輸送車両が纏めて120両編成くらい。

 

 救いなのは自走砲や戦車が無いくらいだが、それにしても小銃を携え、車両に備えられた機関銃を構え、手榴弾や拳銃、ナイフ等々がザックリ満載された兵隊が見えてゲンナリした。

 

 更にその数km後方の荒野には灰色の何処かで見たような大型輸送機がほぼ胴体着陸で大量に煙を上げながら屯している。

 

 最初から使い捨てとは豪華な話だ。

 正しく片道切符。

 

 現在、そちらでは出された重機が幾つか運用を開始されており、敵前だというにも関わらず。

 

 傲慢と言うべきか。

 蛮勇と謗るべきか。

 普通に整地して滑走路を作っている。

 

 馬鹿馬鹿しい話だが、普通なら一機で小規模国家の財政が傾きそうな輸送機も後続が大量に控えている状態ならば、捨石にしていいという……作戦とも呼べぬゴリ押しだった。

 

 その上、最初期の輸送機で持ち込んだ物資でそのまま簡易ながらも滑走路まで整備しようというのだから、相手に【統合】を絶対的に圧倒するという自信と確証が無ければ、到底行えない所業だろう。

 

 兵員輸送能力が極めて高いのは分かった。

 敵軍がハッキリ世界最高クラスの代物というのも分かった。

 灰掛かった土色の軍服と外套《トレンチコート》。

 鋲止めされた軍靴《ブーツ》に軍帽《メット》。

 一部の隙も無く。

 立ち姿も洗練されているのも恐れ入る。

 きっと、精鋭部隊。

 

 正面戦力としてなら陸軍国である共和国の兵にも引けを取らないだろう。

 

 だが、空挺するでもなく。

 速攻を仕掛けるでもなく。

 何故、停止して、その威容だけを見せているのか。

 奇襲、強襲するまでもないと高を括っているのか?

 それがワカラナイ。

 ポ連とて、情報網は持っているはずだ。

 

 この場所に存在する相手が怖ろしい兵器を持っている事などお見通しで間違いない。

 

 その余裕とも取れる陣形を前にして予測される理由は幾つかある。

 

 敵が【統合《バレル》】を遺跡のレーザーなどですぐに排除出来る程度の敵と仮定していたか。

 

 こちらに()()()の姿を見付けて、睨み合いをしているつもりか。

 

 または大戦力そのものを囮にして何かを待っているのか。

 こちらの兵力を根こそぎする兵器や策がある可能性もある。

 どれにしても、時間を稼がなければならないのはこちらだ。

 

 端末から有線で繋いだ耳元のインカムには未だ【統合】側の混乱ぶりと対空防衛機構の全力稼動に動いている最中。

 

 未だ誘導弾《ミサイル》系の武装はこの時代の軍でも配備されていないからと起動を後回しにしていたツケを払っているようだ。

 

 ガヤガヤとした声の中ではレーザー系の武装はエネルギー事情を悪化させるから使用するかどうかを喧々諤々議論しているのが分かった。

 

 実弾系のCIWSみたいなミサイル対処用の防衛装備はあるらしいが、それもやはり稼動まで時間が掛かるらしい。

 

(まぁ、実弾で防げるようならいいが……大陸間弾道弾辺りは同じミサイルでも追い切れないのが普通だからなぁ……此処に出る許可くれただけで御の字か……)

 

 途中、外に出るまでに色々兵隊と押し問答もあった。

 

 アンジュを何とか説得し、時間を稼ぐ旨を伝えたが、それが再伝達されるまでの時間すらもどかしかったのは言うまでも無い。

 

 【統合】側も敵の襲来はどうやらレーダーで分かっていたようなのだが、生憎と大戦力を続け様に失っていた事や残った兵器群の再整備に時間を取られていた様子で結局、随分と使っていなかった地対空ミサイルで大量の輸送機を撃墜とはいかなかったのだ。

 

 そもそも外部に出られる場所が現在は限られていて、そこを安易に教える事になるくらいならば、最悪内部へと引き込んでの包囲殲滅を行った方がいいのでは、という意見もあったらしい。

 

 このような条件下では不用意に外へ大規模戦力の搬入口を開けないのも無理は無い。

 

 よって、こちらの提案はある意味で渡りに船。

 

 最も小さく容易に封鎖出来る出入り口から出てきた自分は正しく【統合】が外に出せた唯一の防衛戦力に違いなかった。

 

 こちらの強さは先日の一件で統合全体が承知している。

 

 だからこそ、外延部の中でも自分達の手が届く場所という条件付きで再外出まで漕ぎ付けたのである。

 

(ある程度の装備も得たし、死にはしないか。連隊規模戦力を相手に死ねないってのも笑うしかない話過ぎるけどな)

 

 走りながら各ブロックで服や装備を調達。

 

 現在は統合側の軍用NV搭乗用スーツ(所々クリスタルっぽい透明で露出度が高い代物)に男物しかなかった少し大きめの外套《コート》を纏っている。

 

 武装はナイフと拳銃と予備弾倉が三つ。

 

 男達が使う屋根の無い軍用車両を使って移動し、荷台には水とレーションの箱を山盛りにしてグリーンのシートで覆ってある。

 

(風が温いな。此処、かなり南なのかもな)

 

 車両を横付けした外延部の境界。

 相手からはこちらが丸見え。

 だが、それは相手も同じだ。

 約832mを挟んでの睨み合い。

 

 出来るだけ自然に山積みの荷の上に上がって胡坐を掻いて座り込む。

 

 腰に下げた双眼鏡で相手を観察するフリをしつつ敵側の様子を窺う。

 

 現在の視力なら、地平線の上にいる蝿すら見えるが、相手も人間という心理くらいは利用させてもらおう。

 

 本命が軍ではないかもしれない、という勘は未だ警戒に値するものとはいえ。

 

 確証の域には到達していない。

 

 その何とも言えない嵐の前の静けさが背筋で熱湯の這うような感触となって緊張を齎している。

 

 脳裏の予測は数秒から数十秒先まで大抵見通すが、それも情報があってこそ成り立つ技能。

 

 相手が手札を伏せたままではオープンディールまで役に立たない。

 

(後、3分でこっちの準備は完了。【統合】側も準備が終わるまで残り数分。あの黒猫のオペレーションとやらが発動するまで32分。さて、あちらさんはどう仕掛けてくる?)

 

 大規模な軍隊を動員しておいて、このまま睨み合いで終わるなんて事は在り得ない。

 

「?」

 

 未だ煙を上げる輸送機の群れの一つからこちらと同じ屋根の無い黒い軍用車両が出てきたかと思うと……そのまま真っ直ぐ向かってくる。

 

 途中の車両がまるでマスゲームでもしているかの如く。

 整然とした動きで左右に分かれて路を開き。

 車両に乗っていた男達の大半が車を止めた途端に敬礼で出迎えた。

 

(指揮官? いや、そんな形《ナリ》じゃないか。あれはやっぱり【鳴かぬ鳩会(サイレント・ポッポー)】の旧世界者《プリカッサー》なんだろうな)

 

 車両の運転手と助手席には奇妙な服装の男女が乗っていた。

 

 その二人組みという言葉に禿頭なガス室少女とアンドロイド暗殺者を思い浮かべる。

 

 だが、それよりもかなり灰汁が強いと思ったのは思い過ごしではあるまい。

 

 何故なら、その男女の姿は軍という組織の中にあって異様だったからだ。

 

 運転席の男。

 

 たぶん、男だろう相手は……紅のダブルに銀のネクタイと鳩の意匠が掘り込まれたピンを付け、白手袋をした如何にも我が強そうないでたちだった。

 

 その頭に人種差別系の団体と言えば思い付くだろう白く水滴のような頭の先端が尖った頭巾形の覆面をしており、その顔の部分にはノッペリとした無貌の仮面。

 

 それにも黒い鳩の刻印が金の縁取りで掘り込まれており、激しく自己主張していた。

 

 もう一人は老婆だ。

 本当にそう言うしかない。

 

 今にも老衰で天寿を全うしそうな皺くちゃで長い白髪の老婆が老年の好みそうな地味で暗い色合いのモコモコとした上着と引き摺るように長いパッチワークだらけのスカートを履いている。

 

 弛み皺に埋もれた目元は見えず。

 

 しかし、その長い髪をポニーテールに束ねている後の大きな鼈甲色の飾りにはやはり黒い鳩が刻印されていた。

 

 ギャリギャリと荒野に土埃を立てた車両がこちらと同じように車体を横にして10m程先に止まる。

 

 普通に降りてきた二人組みを前にこちらも下りると。

 男女の異様さがやはり際立って感じられた。

 共に歩いて4m程の距離で停止する。

 

 覆面の男が何やら胸ポケットから葉巻を取り出してジッポで火を付けた。

 

 仮面なのだから吸えないだろというツッコミは無粋だったらしい。

 老女はそれを受け取って美味そうに吸い始めた。

 

「初めまして。カシゲ・エミ」

「こっちの事は知ってるんだな……」

 

 男の声はくぐもったところもなく。

 虚空によく響いた。

 如何にも50代、60代くらいの渋みの効いた声だ。

 顔が見えれば、きっとそれなりにダンディーだろう。

 

「我ら旧世界者《プリカッサー》の真実を知る者があれば、貴女の事を調べない者はないはずだ。フォーチュン・ゴッデス」

 

「それは止めろ。女神なんて柄じゃないんでな」

 

「だが、貴女がいなければ、この世界は存在しなかった。我らが時代にも世を語る神話は数多く在ったが、この世界における最新の天地創造を為した大地母神が貴女である事は紛れも無い真実だ」

 

「じゃあ、拝謁を許可してやるから、名前でも名乗れよ」

 

「おお、これは失礼を。わたしは【鳴かぬ鳩会(サイレント・ポッポー)】において副総帥の栄誉を賜る者。名をジャン・ロック・ハモンドと申します」

 

「副総帥……随分と大物が出て来たな。【統合《バレル》】を攻略しようという理由が今のお前らに有るのか?」

 

「ははは、貴女こそ我々にお詳しいようだ」

「それなりに事情説明は受けたからな」

 

「副総帥と言っても名誉職のようなもの。恥ずかしながら、会は近頃人手不足なもので……こうして足を運ぶ事になった次第で……まぁ、単なる賑やかしですよ」

 

「人手不足ねぇ」

 

 一応、情報部門の一番ヤバイ連中を引っこ抜いたので、ある程度は組織にダメージでもあるのかもしれない。

 

「ところで、カシゲ・エミ。貴女はどうしてこの狂信者共の巣窟を守ろうと?」

 

「人の頭の上に散々、レーザー掃射した奴がいてな。丁重に持て成されてる身としては出て来ざるを得ないだろう?」

 

「ふふふ。いや、ちょっとした興味だったんですよ。ちょっとした」

 

 悪びれるでもなく。

 

 自分がやりましたと白状したジャンと名乗ったクソオヤジが口元を片手で押さえる。

 

「言い訳をさせてもらうならば、貴女の実力が知りたかったというのが一点。また、貴女が本当にカシゲ・エミなのかというのが一点。後、純粋に我々は貴女があの程度では死なないと踏んでいたのが一点。それ故の無作法です」

 

「軽く放射性物質が発生する温度に生物を曝そうとしたのは無作法って言わないだろ」

 

「では、何と?」

「喧嘩を売るって言葉を知らないのか?」

 

「……我々としては貴女の本当の能力が見たかったのですよ。まぁ、貴女が奥の手や切り札を他に幾つ隠し持っているのか分からない、という事は分かりましたから、これからは確めるのにあんな大げさな事はする必要もない。ええ、誓って」

 

「何に誓ってるんだか」

 

 男が軽く片腕を胸の前で曲げて囁くように笑んだ。

 

「無論、我々の平和に」

 

「芝居掛かった遣り取りを十分に愉しんだか? じゃあ、本題に入ろう。オレの要求はただ一つ……消え失せろ!! 屑野郎ッ!!」

 

「はて? 人類の数十%を破滅させた神話の女神らしからぬお言葉。寧ろ、それは我々の台詞なのですがね」

 

「どういう事だ?」

 

 ジャンが肩を竦める。

 

「我々の求める平和に貴女のような破滅の化身は要らないという事です」

 

「大陸最大の侵略国家を飼ってる癖によく言うな」

 

「御冗談を!! 我々は常に平和を求めています。我らが傘下に入った国々の人民は今もきっと幸せでしょう。ええ、我々【鳴かぬ鳩会《サイレント・ポッポー》】は人々の平等と繁栄と……平和を、誰よりも圧倒的な平和を、何よりも世界が望む平和を、このように我が手で求めているのですから」

 

 男が手をグッと握り、演説する。

 

 その声は芝居掛かっていたが、平和を求めているとの声には軽い響きなど一辺も無かった。

 

 例えるなら、徒《ただ》ふざけるのではなく。

 全力でふざけている。

 そんな決意染みた巌の如きモノが声には宿っていて。

 

「決裂だな」

「ええ、決裂ですが、ソレが何か?」

 

 きっと、仮面の下でニコニコしているだろう男の声には一ミリたりともこちらを相手にするリスクに対する恐れの類は乗っていなかった。

 

 暴力で最初から片を付けるのは規定路線だったようだ。

 

「お帰り願おうか。力付くで」

「時間稼ぎしていたのは貴女だけではありませんよ?」

「―――」

 

 顔には出なかったが、それにしても男の声には自信があった。

 こちらとの遣り取りを聞いていたのか。

 何やら後方の陣地内部から軍用車両が一台やってくる。

 幌が付いたトラックだ。

 

 それが仮面男の車両の後で停車し、後方にタラップを下ろすと何やら数人の人影が降りてくる。

 

 3人の全裸の男と3人の兵隊。

 合計六人の男達。

 

 だが、全裸の男達は誰もが拷問を受けた様子で上半身下半身傷だらけ青痣だらけで何よりも血に濡れていた。

 

「貴様……」

 

「そんなに睨まないで頂きたい。これでも丁重に歩けるよう喋れるよう命乞いが出来るよう……加減している。本来なら死ぬギリギリで一つずつ()()していくのがポ連のやり方……それに比べれば、まったく感謝して欲しいくらいだ」

 

 ポ連内部での情報収集を行っていた【統合】の間諜なのだろう。

 

「彼らの身を引き換えに我々に降伏を、等と言うつもりは毛頭ない。さぁ、彼らの最後をゆっくりと見物しましょうか。【統合】の皆々様方も御笑覧あれ!!」

 

 電磁波が見える。

 

 銃を後から突き付けた兵隊達の首元に掛かる小型カメラが男達を映し出していた。

 

 それを軍の後方に送信。

 

 専門の機器で増幅した映像情報が【統合】内へと送られているに違いない。

 

 兵隊達が捕虜を転がして仰向けにした。

 裸の男達の腹には縫い傷がある。

 そして、その首筋には注射痕。

 何をされたのか。

 

 人の愚かさと残酷さを知るならば、予想が付いて然るべきだろう。

 

「彼らは【統合】の間諜。そして、捕まり。当然のように拷問を受け。臓器を抜かれ。爆弾を入れられ。薬を打たれている。ああ、まったく悲劇だ。どう思うかね? カシゲ・エミ」

 

 どうやら決裂して、素が出てきたようらしい。

 人を人と思わぬ所業。

 

 だが、それは同時に人が人に対して行ってきた連綿と続く拷問の歴史や人道的とは到底言えない悲惨な戦争の実態を知っている者にしてみれば、理解出来て然るべき残酷さだろう。

 

「……お前らに対して()()()()()()ってのは罵倒にならないんだろうな」

 

 こちらの顔を見て、男が少しだけ意外そうな声になる。

 

「ああ、こういうのが()()()のか。はは、まったく君のいた時代から人はまるで変わらないのだね。嘆かわしい事だ」

 

「嘆かわしい奴の筆頭が偉そうに語るな」

 

 ジャン・ロック・ハモンド。

 

 そう名乗った男は早くも肩を竦め、本性なのだろう口調で語り出す。

 

「残りの人生も後僅かな捕虜達が必ず死ぬ恐怖に怯えながら涙と唾液と小便を垂れ流し、命乞いしながら、死んでいく。どんな医療も彼らを救えない。薬を何とかしても臓器が無い。臓器を入れても、内蔵に取り付けた爆薬で死ぬ。人間の死に方ではない。だが、これを見ても君達は冷静に戦えるかね? 君達は冷徹に判断出来るかね? そうだとしたら、君達も人間ではない。逆ならば、怒りに身を任せながら滅んでくれたまえ。こうしてわたしがペラペラと喋っている理由が分かったなら、存分に絶望し、憎み……己の無力さを呪いながら歯噛みするといい!!」

 

 男の声には愉悦がある。

 ああ、正しく悪魔のようなと言うべきか。

 

「それをオレが許すと思うか? クソ野郎」

 

「なら、試してみるか? 君は一体、この哀れとすら言えない捕虜。いや、ゴミを前にしてどう彼らを救うと言うのだ? 暴力で君は確かに我々を此処で倒すか。もしくは倒せる一歩手前くらいまでは追い詰めるだろう。其処の兵隊達なら軽く一秒も掛かるまい? だが、君に残された時間はあるか? この間にも君が対処しなければならない我々の計画は複数同時進行しているぞ? 愉悦に浸って勝機を逃す普通の悪党と一緒にしないでくれたまえよ。こちらの勝利は此処に到着した時点で決まっている」

 

 ザリッと一瞬、耳元のインカムにノイズが入った後。

 黒猫の声が響いた。

 

『奴ら……マズイのじゃ!? 降って来るぞよ!! 伴侶殿!!』

 

「何?」

 

 こちらの通信に対する応答にジャンが軽やかに空を仰いで答える。

 

「遺跡の力とは実に偉大だ。ああ、あの絶望の流星群すらも今や我々は手中にしている!!」

 

 だが、それを見ている暇は無かった。

 兵隊達を速攻で突き飛ばし。

 

 銃撃を加えられる前に全ての指を袖から出した目に見えないギリギリの細い鋸状肉糸で切り飛ばす。

 

『あがぁああああああああああああ!?!!』

 

 その合間に男と老婆をもう片方の手から出した太い腕のような触手で牽制。

 

 下がらせたのと同時に兵達の指を切り飛ばした触手を腹の縫い傷に突っ込んで体内の爆弾を確認。

 

 ご丁寧に腸を輪っか状の錠前で繋ぐ金属製の手榴弾らしいものがあった。

 

 それが遠隔起爆される前に即座、腸の一部を切断。

 内容物が出る前に一時細胞の再生で癒着して放置。

 少しゴツイ鉄の塊を腸から引き出して遠投に投げ放―――。

 丁度引き抜いて弓なりに投げた瞬間、爆発した。

 

 捕虜達の体内で増殖させ、真皮辺りまで侵食させていた細胞の硬質化で破片を防ぎ切り、何とか内蔵と頭部を保護する。

 

 突き刺さって激痛に白目を剥いてはいたが、生きてさえいれば何とでもなる。

 

 こちらの血を体内で少し流し、内蔵と細胞の再生を促しつつ、袖から増やした触手で背後の車両へと載せた。

 

 そのまま触手で運転席のキーを回してアクセルを踏む。

 

「見事な手際だ。実に面白い!! さぁ、後どれだけ奇跡を見せてくれるのか。我々からの攻撃は今の手品の代金で帳消しという事で……また、会おう。カシゲ・エミ」

 

 車両に引き摺られながら、触手で繋がれた状態で後を向いたままジャンを睨み付ける。

 

 男は老婆と共に車両に乗ると陣の方へと向かっていった。

 こちらに後手を上げながら。

 まるで旧知の仲に再会を約束する者の如く。

 

 まったく、腹の立つ事に……その堂々とした下種っぷりは今までで最も怖い代物に違いなかった。

 

 人の命を数で理解するのが狂気ならば、人を努めて愉しく己の為に蹂躙しようとするのも狂気だろう。

 

 男は言った。

 やれるものならやってみろと。

 それはつまり宣戦布告だ。

 楽しいゲームの始まりだ。

 

 絶対に負けない確信を胸にして人の生死を別つ努力に点数を付けてやろうというのが神様ならぬ己ならば、それはそれはその手のものが好きな人物は気持ちいいだろう。

 

「前提が変わっていれば、足元を掬われるってのを教えてやらないとな……」

 

 よくある話だ。

 

 知らぬ間にアップデートされたゲームで今までの戦法が使えなくなった事も知らずに挑んで無様に負けるなんて。

 

 軽くなった荷台で男達の内臓を繋げ、頭部から順に再生とこちらの血による解毒を試みながら……拳を握り締めた。

 

『伴侶殿。ハッキリ言うが、また黒焦げかもしれんぞよ』

 

「絶望の流星群どうたらこうたらから何となく想像は付くが、敵の攻撃方法は?」

 

『先程の端末の中にもあった……委員会が月面のマスドライバーを破壊された後に創ったものらしい。軌道上に浮かべた複数のゴミを何やら自由に落とす衛星群があるようじゃ』

 

「そっちか……」

 

 デブリの直径次第では正しく怖ろしい事になるだろう。

 

『正式名称【真空適応自立再生細胞式多用途生体触腕衛星】……ええと、これは“がーべーじ・これくたー”と読むのかのう? 通称は“神の箒”……大戦時の宇宙開発で出たゴミの一括管理と大気圏への投棄による焼却を行う大規模殲滅には打って付けのツールじゃ』

 

 そろそろ神シリーズも頭打ちになってきたかと思ったが、そんな事は無かったらしい。

 

 頭の痛い話だが、無駄に宇宙とは関係なさそうな漢字がズラリと並べられたので、人類というやつが遠くに感じられてしまった。

 

(触腕? テザー代わりに電流でも流すのか? ゲノム系の技術は本当に何でもありだな)

 

 空を見上げれば、明るい世界には小さな流星群が彼方から降り始めている。

 

 まるで命が燃え尽きるのを暗示するかのように………。

 


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