ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第135話「ニートと子猫の愉しい戦略講座Ⅰ」

―――23:11時沿岸線ポ連海軍簡易物資集積所(デポ)

 

『退避ぃいいいいい!! 一時撤退!! 後退、後退せよぉおおおおおおおおお!!?』

 

『うぁああああああああ!!!? オレのッ!? オレのあ゛じぃいいいいいいいいいいいいい!?!!』

 

『ひぎ?!! 何だよアレ!!? アレぇえええええええええ!!? 置いてかないでくれぇえええ!!?』

 

『乗せてッ!!? 乗せてくれぇええええええええええッッ!!!?』

 

『増援をッッ!!? 増え―――あ、あぎゃぁあ゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛ああああ?!!!?』

 

 現在、屋根裏で10分程の休憩中。

 

 数日前に建てられたと思われる倉庫の内部では大慌てで補給部隊が武器弾薬その他を半包囲中の部隊へ届けるべく走り回っていた。

 

 現在位置は巨大な【統合】の外延部より少し離れた海岸沿い。

 

 周辺国を支配下においたポ連の戦線は基本的に陸地からの半包囲を掛けている。

 

 つまり、陸側から伸びた連絡線がまるで波の絵のように遺跡に覆い被さるよう、遠くになればなる程細くなる様相を呈しているのだ。

 

 これを最も支えるのは兵站を預かる部隊の中でも海から最短距離にいる部隊。

 

 合理的に考えれば、陸よりも早く効率的に物資を大量に運べる船が使われるのは道理。

 

 ならば、その場所は【統合】の包囲が途切れる南部海側の外延に程近い場所と推測出来る。

 

 沿岸国からわざわざ陸路で物資を輸送するより海岸線沿いに作った物資集積所から一直線に包囲する部隊へ荷を届けた方が効率的なのである。

 

 さて、此処で問題なのはその物資集積所が狙われたらどうするか?

 という問題である。

 

 それには勿論のように大きな戦力を置いておくという選択肢があるわけだが、それよりは周辺の包囲用部隊を広範囲に満遍なく配置して敵の襲来に際して機動防御でもした方が良い。

 

 当然のように移動力のある機甲部隊か。

 車両を持つ機械化歩兵の精鋭が集められているだろう。

 が、此処に来て彼らにも変化が訪れる。

 それは味方からの救援を求める通信。

 最初から切り捨てられるというか。

 全滅想定で送り出された空挺部隊の悲痛な叫びである。

 それはまぁいい。

 問題は彼らが呆気なく全滅しつつあるという事実。

 

 そんな欺瞞工作はこの夕暮れ時から開始されて今も絶賛継続中だ。

 

 こちらの挑発が捕えた部隊を使って流しているものというのはあちらも分かっているだろうが、まさか一瞬にして全滅しているとはさすがに思っていないだろう。

 

 黒猫に兵隊の音声データを取らせた上。

 

 幾らか加工し、交戦して苦戦中という嘘の時間稼ぎを相手司令部にさせている。

 

 相手が車両ばかりというのがまず助かった。

 

 ついでに全滅する想定でとにかく出入り口を探し突っ込むよう命令されていた事も功を奏した。

 

 敵地の奥の奥へと進軍し、孤立した空挺兵を救うという如何にも士気が上がりそうな情報を流してやれば、喰い付くと思っていたが、正しくドンピシャ。

 

 あのタコ的指揮官が大規模攻勢を掛けようと予備戦力以外の師団を総動員して一斉に前進しようとした時点で半ばこちらの手の内だろう。

 

 彼らにとって、この攻勢がどうして問題なのか?

 単純に言えば、補給物資が供給されるからだ。

 それはこちらの狙い目であり、唯一の勝ち目と言える。

 

(ようやく全部か。今日中に終わったな……)

 

 本日409本目となる敵部隊からせしめた水と高カロリーな芋澱粉製のパンを肉体の外部に作った触手溜り(触手生成用の腕から伸びた外部に設ける肉の塊)に咀嚼吸収させる。

 

 夕暮れ時から始めた物資集積所参りは既に4度目。

 日が落ちたと同時に潜入しては工作し、脱出を繰り返していたのだ。

 

 現在、海岸線沿いの物資の一次集積所周囲は何処も慌しかったが、誰にも気付かれる事なくスニーキング・ミッションはコンプリートされた。

 

 思っていた通り。

 

 黒い羽根と白い羽根を合わせて生成した外套やブーツは極めて恐ろしい威力を発揮して。

 

 敵防衛線を素通りしてもまるで気付かれなかった。

 

 部隊が動く前に片を付ける必要性があったのだが、どうやら間に合ったらしい。

 

 基本的に長距離行軍予定でもない限り、どんな部隊も物資を満載して戦闘を開始するという事は常識的に無い。

 

 理由は単純に必要以上の重量を運ぶのはデッドウェイトだからだ。

 

 車両を動かすには燃料が必要だ。

 燃料は無限ではない。

 

 そして、持ち運べる物資量の限界は部隊が適切に使える物資量とイコールではない。

 

 だから、本格的な交戦に入るまでは物資を作戦上、必要量以上には部隊が持つ事はない。

 

 そもそも精々が数十kmの行軍だ。

 

 その上、大量の物資を相手に撃破される前提で送られてくる部隊へ山盛りにするなんて現場指揮官はともかく戦略を考える参謀本部的には在り得ない。

 

 敵の兵器の次元が違うとしても、ポ連最大の強みは何よりも数の多さだ。

 

 十分な武装を詰んだ兵隊が死ぬ程出てくると考えれば、物資の過積載なんて必要ない。

 

 磨り潰されるのを前提で最低限からマシくらいの量を持たされている程度だろう。

 

 だが、それでも消費分は供給されるのが道理だ。

 その時、兵站を確実に物資が流れる。

 

 予め持っていた物資の消費分が補充され、使われるのは数日後になるだろうが、それでも十分にこちらの工作は相手を翻弄するだろう。

 

 近場にある全ての物資集積所《デポ》で物資に細工。

 銃器類は元より弾薬、食料、水、全てがこちらの手の内。

 それも毒を入れたり使えなくしたりという単純なものではない。

 故にこそ、相手が気付くのは全てが手遅れになってからだろう。

 

 包囲網を形成する師団がそろそろ集結地点から次々【統合】の中心へ押し寄せているだろうが、そちらも既に対応済みだ。

 

 こちらの“戦い”と呼ぶべき行動は既に終わっている。

 後は結果を待つのみなのだ。

 

(そろそろ行くか)

 

 触手溜りから栄養と水分を体内に回収して干乾びさせ自切。

 

 横に置いておいた着ただけで体力が奪われる呪いのアイテムっぽい羽根塗れの外套を着込んで屋根裏から屋外に出て、周囲のコンテナ集積場所の一角に跳ぶ。

 

 足音は無い。

 周囲のライトも虚しく。

 

 こちらを捉える事無い監視用の鉄塔にいる見張りは闇を凝視するのみ。

 

 走りながら部隊の網の中を潜ると。

 

 ようやく無線封鎖を解いても問題ないと黒猫が指示していた領域まで戻って来れた。

 

 周囲は岩場こそ多いが高低は其処まで多くは無く。

 未だ100m前後に兵隊の懐中電灯の明かりがウロウロしている。

 

『通信回復じゃ。こちらの状況を伝えると。お主が言っていたよりも進軍速度は遅いようじゃのう。全滅させたこちらの力を警戒しておるようじゃぞ』

 

「好都合だ。制圧地点はどれくらい拡大してる?」

 

『【統合】の地表部分の約3割と言ったところか。明日の朝には中央付近に差し掛かる。【統合】側はどうやら、その付近で迎え撃つ算段のようじゃ』

 

「連中の多数派がオレを信用出来ないのは織り込み済みだ。それ以外の動きがあれば教えてくれ。外延部からの侵入ルートはどうなってる?」

 

『どうやらポ連的には隔壁が分厚過ぎてお手上げのようじゃぞ。通信を解析しとるが、手持ちではまったく足らんとか。持ち込める銃弾と爆薬でどうにかなる厚さではないようじゃ。技術的限界というやつであろう』

 

「そうか。じゃあ、手筈通り任せる」

 

『了解じゃ。それにしても悪辣な事を考えるのう。伴侶殿も』

 

「悪辣じゃなく合理的と言ってくれ」

 

『ワシが何も知らないポ連の指揮官だったら、数日後には頭を抱えとるぞよ』

 

「最高の褒め言葉だ」

 

『それにもしても良かったのかや? シンウンは追撃可能と言っておったのに戦艦や輸送船を撃沈せんで』

 

「人死には出来る限り出したくない。空母、重巡洋艦や巡洋艦、艦隊中核は叩いたんだろ? それで十分だ」

 

『逆襲されるかもしれん可能性を敢えて残すと?』

 

「誰もが合理性には従えない。感情を制御出来るわけじゃない。それがオレの考えた作戦の肝だ。是非、ポ連軍にも合理的に動いて、感情論で自滅して欲しい」

 

『……伴侶殿のそういう割り切れるところはあの老人にそっくりじゃな』

 

「オレは優しくないんだ。少なくとも敵にはな」

 

『怖い怖い。で、これからどうするのじゃ? あのカイジューの羽根を使って夜襲でも駆けるのかや?』

 

「いいや、此処でオレに出来る事は終わった。しばらくはポ連側も停滞するだろう。旧世界者《プリカッサー》の連中が出張って来ない限りは」

 

『すぐにでも出張ってくるのではないのかえ?』

 

「その可能性をこれから潰しに行く」

 

『つまり、あの胡散臭い二人組みを追うと?』

 

「いいや、追うと逃げるってのは何処の世界でも常識だろう。それが自分よりもヤバイ奴なら尚更にだ。あっちはシンウンの核攻撃をオレの持ってる力と誤解して広範囲に師団を配置している最中だろうが、一番危なそうなオレ単体を狙い撃って勝てる可能性は低いと見積もるはずだ」

 

『では、どうやってあちらが打って出てくる可能性を潰すと?』

 

「………天海の階箸だ」

 

 夜目を効かせる。

 

 集中すれば、世界は夜でさえも色褪せ、確かに遠方に巨大な塔が見えるようになった。

 

 未だ電磁波に漲る天と地を結ぶ階段は健在。

 威容は正しく見るものに荘厳さを感じさせるだろう。

 

『ふむ。追い掛けさせるわけかや?』

 

「ああ、あっちは全部を全部掌握してないだろう。それなら、もっと早期にレーザーが何度も降り注いでるはずだ。これはほぼ確信に近い。あっちが同時進行で諸々やってますとバラしてくれたんだから、そういう手段の一つを潰すのは理に叶ってるだろう? 無論、こちらが掌握する可能性を考慮しないわけもない。あいつら的にはオレを見える場所で釘付けにしておきたいはず……人材不足が嘘だろうと真だろうと脅威度が核で跳ね上がった今、下っ端を寄越してハイお終いなんてのも考え難い」

 

『ふぅむ。確かに……同意しよう。しかし、それをどうやって相手に教える?』

 

「簡単だ。敵後方の予備戦力に浸透強襲を掛けて制圧。そのまま行方を眩ます。とりあえず、ポ連の第二陣が来るのは少し遅れるはずだ。勝ち戦、後方と思って浮かれ気分の兵隊だけならやってやれない事はない」

 

『あれだけの打撃。早急に戦力を立て直すべく艦隊と軍団を即座派遣してくるのでは?』

 

「あちらの襲撃された艦隊は戦艦と輸送艦ばかりが残っていて、海上で襲撃を受けたら後が無い。つまり、次の艦隊が来るまでは何処かの港に全艦寄港させておくのが現実的な対応だ。こいつらの話を理解してる第二陣の艦隊指揮官なら絶対に遅れてもゆっくりと来る。早まった真似はしない」

 

『ほうほう?』

 

「後方から第二陣を載せてくる輸送船だってタダじゃない。護衛船団も付けなきゃならんし、制海権がある程度無い限り、敵は海を渡って来れない。一個艦隊が殆ど全滅したのに敵がシンウン一隻だなんて普通考えないし、見回り用の艦隊が安全を確認してくれなきゃ、陸軍は輸送船に載るのもそれで進むのも絶対ゴネるぞ。そもそもあちらは持久戦や篭城戦を込みで計画を立てたはず。石橋を叩いて渡らない理由が無い」

 

『なるほど……よく考えておるのう』

 

「そう言えば、結局上陸した師団はどれくらいの見積もりだったんだ?」

 

『シンウンからの報告ではたぶん20から30師団。内分けは機械化歩兵が半数。残りは海軍の強襲用の海兵と治安維持用の憲兵ではないかと』

 

「……たぶん空挺は本当に囮だったんだな」

 

『囮? 夕方はダメ押しの一手と言っていなかったかや?』

 

「ああ、そうなんだが、今の兵科の内分けを聞く限り、機甲戦力。つまり、戦車が無い。海岸線沿いの国家と言っても短時間で内陸まで進出しなきゃならないなら、車両を持った機械化歩兵や平地最強の武装は必須だろう。ここら辺の地図を見た時に山岳は殆ど無かったと記憶してる。つまり、平地や盆地ばかりなのに戦車を投入しない理由が見当たらない。でも、上陸した戦力には戦車がいない。つまり……」

 

『つまり?』

 

「オレはツイてるって事だ」

 

『???』

 

 まったく分かっていなさそうな黒猫の首を傾げる様子が容易に想像出来た。

 

「とりあえず、予備戦力への強襲後、敵の残存艦隊が寄港してる湊を教えてくれ。そこから一気に“天海の階箸”を目指す」

 

『了解した。足はどうするんじゃ?』

 

「現地調達だ」

 

『……何か悪い顔をされているような気がするのじゃ』

 

「そう言うな。人間持ちつ持たれつ。仲間の命の代金くらいは払ってもらおう。現物払いでな」

 

『(伴侶殿も中々……一個師団が何万人か知っておるのだろうかと訊ねたくなるのう。だが、その力の使い方を安心して任せられるのもまたこの人柄故か)』

 

「何か言ったか?」

 

『いいや。ちゃんと休まぬから幻聴でも聞こえたのではないのかや?』

 

「安心しろ。生憎と此処から一睡もせず一週間働き詰めの予定だ。上手くいけばだが」

 

 明かりが近付いてくる。

 それを避けるようにまた走り出す。

 自分に出来る事はあまりにも少なく。

 

 チート有りの子供が立てた戦略が何処まで歴戦の兵達に通用するかは定かでは無い。

 

 が、それでも失いたくないならば成功させるしかないだろう。

 

 多少、粗が目立っても、図々しくても、まだ自分は生きていて、自分が守りたいと思う人達が死んでいないのならば、ちょっと募金する程度の感覚で戦争を止めるくらいはやってみせよう。

 

 ダメだったなら、絶望して、失意の内に自分の至らなさを悔い、生き続けるだけだ。

 

 核を前に抗えた自分に今更何もしないという選択肢はない。

 ならば、やるだけやろう。

 この身が再び蒸発し切るまでは……。

 

『(ふむ。【統合】側も意見が出揃ったようじゃのう。シンウンの方も……ほうほう? これはこれは愉快な展開になりそうな……伴侶殿は愛され属性じゃなぁ心底……では、こちらもお節介くらいはしようか……この蒼い瞳の英雄殿が人の愚かさで絶望せぬように……その心持ちが変わらぬように……ふふふ……ワシも丸くなったもんじゃ……のう? 百合音)』


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