ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第137話「逆襲」

 拍子抜けした、と言うべきだろう。

 

 苦しい戦いを予想していたのだが、何故かヘリは道中現われる様子もなく。

 

 朝を迎え。

 昼を過ぎ。

 夕暮れが途絶え。

 次の深夜を終えた頃には予定していた全工程が終了。

 

 幸いにして戦車を3両乗り換え、哀れなホラーゲーム恐怖症患者を数人出すのみでドンパチは最小限度の範囲に収まった。

 

 交戦する事4回。

 敵が防衛体制を取る前に戦車で街中に突っ込み。

 次々、種をばら撒いては敵兵を行動不能しつつ横断。

 

 【統合】とポ連の前線が接触して数時間内で“天海の階箸”へ向かう準備は整っていた。

 

 現在、最後に制圧した歩兵と憲兵が山済みな港周辺。

 

 敵野営地と現地司令部は1時間内で機能不全となり、今や連絡する手段も動く兵隊もなく停止している。

 

 そろそろ深夜だが、街の明かりとは裏腹に道端にはバタバタと兵隊が倒れていた。

 

 街の内部は正しくパンデミックが収束した後のゴーストタウンみたいな静かさだが、誰もが呼気を零している。

 

 ランタンが掛けられた大通り。

 

 徴発された宿屋の前には最後まで抵抗しようとしていた兵隊達が戦車を並べた防衛線の周囲でグッタリと呻いていて……もう少しすれば、静かになるだろう。

 

 伝令が更に東の港街へと車両で逃走するように向かったのは確認済み。

 

 その相手もまた感染していたので後方もその内に混乱の極みの中で沈むのは確定。

 

 後は遺跡へと向かうだけとなっていた。

 

(此処まで順調だと……ヘリで何処に行ったのか気になるな。こちらの意図に気付いて“天海の階箸”へ先回りしたか。もしくは何処かに機甲戦力や対策済みの兵隊を集結させているかとも思ったんだが……)

 

 戦車周囲の倒れ伏す兵隊を片付け。

 

 内部にいた二人の戦車兵を触手で引き上げて宿屋前に降ろし、内部へと入り込みながら不気味な程にすんなりと進む計画を前にして頬を掻く。

 

 今の所、後方の手当てが急務となった【統合】制圧部隊は現地防衛部隊との間に激しい砲撃戦や銃撃戦をしている、という事はなく。

 

 両者、睨み合いが続いていた。

 後方の予備戦力が沈黙。

 その後、無線が妨害される前に後方に襲撃有りとの報を受けたのだ。

 

 戦力を前線から引き抜いて一端、背後を安全にするまでは無理攻めは出来まい。

 

 しかし、その均衡も長くは続かない。

 後方に取って返した兵隊の感染と停滞。

 それが後から前線へと死神の鎌の如く。

 ジワジワ広がり始めているはずだからだ。

 何処かで最後の感染部隊との連絡が途切れ。

 

 一端はどうにかなったとしても、後方も抽出編成した部隊も機能を停止したと分かれば、前線の指揮官は二択を迫られる。

 

 まだ兵糧と物資に余裕がある内に敵の“戦力”がいると思われる一帯を迂回して平地を後退。

 

 安全地帯と思われる港や後方の地域まで戻るか。

 もしくはこのまま【統合】を一気に攻め落とそうとするか。

 常識的な指揮官なら前者を取るだろう。

 

 何せ後方が破壊され、近くにあるだろう兵站が潰れている可能性が高いのだ。

 

 兵士を消耗品として次々に投入。

 戦線を多方面で維持しつつ包囲。

 波状攻撃なんて事は夢のまた夢。

 頼みの艦隊はほぼ全滅し、虎の子の機甲戦力は沈黙した後方。

 ついでに【統合】の前評判は最悪。

 兵器格差は天地。

 頼みの物資と兵隊の数はもう当てにならない。

 となれば、大人しく引き下がるのが子供にでも分かる戦略というやつだ。

 だが、ポ連は後者を選ぶ可能性も否定出来ない。

 

 何故ならば、大陸西部を蚕食して磐石の地位にある国家はその殆どの兵隊を各国の併合地域から出させているからだ。

 

 ポ連に関する情報はパン共和国関係の話を浚うついでにかなり仕入れたのだが、敵対国家地域からの徴兵は悲惨を極めるらしく。

 

 兵隊になった者が軍において不始末をしでかすと一族郎党社会的に極めて厳しい環境下に置かれるのだとか。

 

 軍人達の故郷の家族は半ば人質。

 前進せよ前進せよ。

 

 という彼らの標語が敵塹壕を味方の兵隊で埋め、敵の銃弾で死ねた方が幸せという戦場において敷かれた死山血河の中、督戦官達が唯一発する言葉であると知れば、不合理な命令の実行も無理筋には見えない。

 

 それが“彼らの常識”なのだ。

 

 その言葉を準えれば、ポ連軍というのは“電撃的平和化作戦(きょうしゅうじょうりくさくせん)”後に“平和化運動を邪魔する暴徒(てきへい)”の所属する集団(こっか)に対して“平和化宣言(せんせんふこく)”をするくらいには優しいらしい。

 

 頭が痛くなりそうな話であるが彼らは一度とて防衛戦以外の戦いはした事が無いのだとか。

 

 偶々、いつもいつも防衛線が拡大して敵国の首都の前に出来てしまうだけ、なのだそうだ。

 

(そろそろ行くか……)

 

 まったく戦いたいとは思えない軍隊の話を脳裏から振り払いつつ。

 見様見真似で覚えた戦車の動かし方を実践。

 レバーを幾つか動かし、進路を北西へと取って発進させる。

 もう既にこれら一連の動作はスムーズと言ってもいい。

 

 これも今までの犠牲者(しっかり行動不能にして屋内に置いてきた協力者)のおかげだ。

 

「そっちに動きは無いか?」

 

『うむ。まだ膠着状態ぞよ』

 

 黒猫の声が返るのに少しホッとして速度をゆっくりと上げた。

 

(後の問題は“天海の階箸”がオレにどうこう出来る代物なのかって事だけだな)

 

 街中で目的の進路にいる兵隊を道から退かすのに20分。

 後、気になる事はそれ以外に然程無かった。

 ライトの類は付けず。

 

 触手に生やした目で全方位の電磁波や音波、紫外線や熱量を見つめながら、街の端まで出て方向転換する。

 

「そう言えば、そっちで掘り起こした情報で何か今のオレにとって重要そうな情報とかあったか?」

 

 黒猫に訊ねてみるも、微妙な沈黙の後に声が肯定を返した。

 

『在るには在るぞよ』

 

「何なんだよ。その今の間は?」

 

『いやぁ……昔って大変じゃったんじゃのぉという感慨が、な」

 

「どこら辺が?」

 

『何やら委員会が財団と呼ぶ組織があってな。それに付いての破損した記述の幾つかに物凄く理不尽な感じの異常な物の事が書かれておって……』

 

「で、それに何か重要な情報があったのか?」

 

『“にゅーとららいずど”化した“たうみえる”とかいうのを使えそうな……感じ?』

 

「何故に疑問系なんだ。そのタウミエルとか言うのが今回の一件でどう使えるのか説明してもらおうか」

 

 人を轢かぬよう戦車をゆっくりと発進させる。

 

『それがあの首都地下の遺跡で出てきた化け物がおったじゃろ? あれはこの【統合】の情報から推測すると委員会が何とか半端に“にゅーとららいずど”化した後、改良したものに見受けられる』

 

「……何となく言いたい事は分かった。で?」

 

『この記述に拠ると【統合】にもあの化け物と同じように回収した財団の遺産を“にゅーとららいずど”化した“たうみえる”が幾つか残っておるようじゃ。特異性の再獲得の為の手順《まにゅある》とやらがある』

 

「さすがに世界滅ぶ系なのはちょっと……」

 

 思わず顔を顰めた。

 それが自分の言う事を聞く怪獣とかだとしたら拒否せざるを得ない。

 

 よく分からないものをよく分からないまま使うというのは愚の愚。

 

 敵の鹵獲兵器を使うのは戦場ならば常識の一部だが、オカルトっぽいものを半端に理解して使うとしたら、それだけで非常識と言える。

 

 そもそも、ニュートラライズ云々の単語から推測するに危ないものを無力化している可能性は高く。

 

 それを再び使う為、活性化したり元の状態に戻すのはリスクが高いで済む話か実に妖しい。

 

『まぁ、聞け。ワシが目を付けたのは元々が“あのまらす”とかいうのだったのが“えくす”とかいうのになった後、委員会が発掘した時には異常性が発覚して“せーふ”に分類され、最終的に過去の【統合】の一部が“たうみえる”に為り得ると解釈して、もしもの時の為に“にゅーとららいずど”化で残していたという……何か物凄く面倒な変遷を辿ってきた代物らしい』

 

「この時点で使う気が起きないオレの気持ちはどうなるんだろうな」

 

『ま、まぁ、ワシも困惑するくらいには複雑らしいぞよ? とにかくソレは過去の世界の評価では大した代物では無かったようじゃ。【統合】が調べた結果としては何でも“みーむ”に対して極めて深刻な汚染を行う代物に分類されるとか』

 

「ミーム?」

 

 その言葉に一応ネットスラング的な回答を思い浮かべてみる。

 ネット上の冗談とか一様な“返し”に使われる事がある単語だ。

 

 それを再復元という単語から推測して電子情報か何かを元に戻す的な代物なのだろうかと想像する。

 

『何でも精神に干渉する云々』

 

「極めて却下に近い保留って意見になるな。オレは止めとけと素直に言える人間だ」

 

『うむむ……もしもの時の為に持っておく、くらいでいいかのう』

 

「出来れば、世界が終わる系の事情が無い限りは封印しとけ。人間の精神干渉って一番厄介な類の話になるぞ。人格だの記憶だの諸々が人間にとってどれだけ大切なものかってのは言うまでもない話だしな」

 

『……一応、内容は聞いておくかや?』

 

「まぁ、それくらいな―――」

 

 このまま数時間以上は走りっ放しになる可能性もある。

 退屈凌ぎにはなるだろうかとそう言おうとした刹那。

 ポッと耀くものが遠方の茂みで光って。

 ドガッと衝撃が左前方から内部を揺さぶる。

 

 それとほぼ時を同じくしてやはり遠方の様々な方向の林から次々に耀きが発される。

 

「ッ」

 

 集中した最中。

 

 最善の行動を即座に脳裏に思い浮かべるも退避以外の答えは見つからなかった。

 

 次々連続する衝撃。

 いつ装甲を抜かれてもおかしくない。

 

(対戦車ライフル!!? いや、対物ライフルか!!? 狙撃部隊とは―――)

 

 足回りが完全に破壊されたのは間違いない。

 戦車の中の居住性は悪過ぎるが、幸いにして今は一人。

 咄嗟の脱出方法も考えていたのでそれを実行に移す。

 

 同時に触手戦車外へと伸ばして集音用の耳のような機関を地表に這わせるようにして移動する。

 

 その合間にも狙撃が終了したのか。

 一端、マズルフラッシュが治まり。

 

 しかし、今度は更にマズそうなものが戦車周囲に貼り付けた目にも見える。

 

―――RPG!!?

 

 顔が引き攣るのも致し方ない。

 

 つまりは対戦車擲弾発射器。

 

 何やら複数の茂みから筒状のものを担いでいる兵隊が見えた。

 

(何か被ってる!? 今まで赤外線や熱を遮断してたのか!? しかも、この位置取り!? 最初から張られていた可能性も!?)

 

 敵戦車を奪う戦法を看破されていたとしたら、何処かから監視されていた可能性もある。

 

 通信が使えない以上。

 その情報を生身で誰かが伝え。

 伝えられた誰かは最善の攻撃方法を取った。

 

 即ち。

 

 網を張って仲間が倒れていくのを黙認し、只管に自分達のキルゾーンにこちらが入るのを待つ。

 

 それも遠方からワンサイドゲームが出来る位置に来るまで只管静かに動かず身を潜ませていたに違いなかった。

 

 弾体の発射から数秒もせず。

 戦車の側面がぶち抜かれた。

 

 しかし、容赦なく次々に戦車の四方八方から同じ弾体が突き刺さっては爆発を繰り返し、車体は大破炎上。

 

 即座にアサルトライフルらしき小銃を携えた全身黒い軍装にマスク姿の男達がこれでもかと言わんばかりに銃撃を爆破されて今や原型を留めていない車体へ向けて見舞う。

 

 正に死体蹴りだが、その容赦の無さも頷けよう。

 相手は極めてヤバイ生き物だともう分かっているのだ。

 

 対機甲戦力用の火力だけで倒せるかどうか妖しいと思うのも無理は無い。

 

(実際、無傷で戦車下の地面を触手で掘り返して身を埋めて隠してるわけだしな)

 

 正直危なかった。

 

 もし下が岩や固い岩盤だったりしたら目も当てられない結果になっていただろう。

 

 そもそも相手を見る限り、敵の顔面のマスクは食工兵用。

 背後には酸素ボンベらしきものまで装備していた。

 見えないBC兵器からの守りとして持たされているのは確実。

 

『対象を捜索しろ!!』

『隊長。ですが、これで生きているわけが……』

『そもそも観測していましたが、途中で降りた様子も……』

 

『馬鹿者!! 敵は見えざる力で師団を無力化するような存在だぞ!? 万が一すらあってはならん!!』

 

(仰る通りだ。隊長さん……だが、遅かったな)

 

 更に深く潜りながら、炎上する機体を上にして地中を根のように触手を這わせて移動させる。

 

 未だ深夜だ。

 

 相手が暗視ゴーグルの類を掛けているとしても地面に極僅かだけ露出する触手を見る事など叶うわけもない。

 

 相手を無力化するべく。

 攻撃しようとした時。

 夜空に微かな音を聞き取る。

 

(これは航空機? いや、それにしてもこの音は大きい!? 近付いてくる!? まさか!? まだ、後方に―――やつらこの一帯を吹き飛ばす気か!!?)

 

 一瞬、脳裏を過ぎった嫌な予感は大当たり。

 空に向けた瞳で遠方を辺り構わず見回せば。

 西方の空に複数の機影が見えた。

 それもかなりの巨体だ。

 大型爆撃機の編隊が見える限りで4機。

 

 たぶん、戦車の爆破を視認した更に遠方の監視者が何らかの合図を行ったに違いない。

 

 今回の港は制圧するまでそれなりに時間があった。

 

 予想される敵と現地部隊の会敵時間に合わせて飛ばせし、監視者の合図を確認したら、部隊のいる場所を諸々空爆で吹き飛ばす。

 

 何とも豪快極まる味方殺し。

 フレンドリーファイアなんて生易しいものではない。

 正しく味方を使い潰しても勝つ。

 そんなポ連流の流儀に違いなかった。

 

 もはや地表から更に遠ざかるしかないが、クレーターが出来る程度の爆装は済んでいるだろう。

 

 何処まで潜れば安全なのか分かったものではない。

 

 最悪、脳髄さえ守れれば、まだ勝機はあるが、それにしても足止めは避けられないだろう。

 

 現地部隊もそろそろ常人の耳にも聞こえ始めた航空機の空からの襲来に顔色を変え始めていた。

 

『隊長!!? あの音は!? 予定には航空支援があるとは聞いていませ―――ッ?!』

 

『………天は我らを……いや、司令部ひいてはあの参謀本部からの連中、か……』

 

『ま、まさか!? さ、参謀本部と司令部は我々毎!? そんな!? あんまりだ!!? 我々は確かに任務を遣り遂げたのだぞ!!? こんな事があってたまるか!? クソッ!? クソッ!!?』

 

『い、今から逃げ!?』

 

『後方で見た……新型の戦略広域破壊用の爆弾が積まれた大型爆撃機だ……もう助からん』

 

『そんなッ!!?』

『司令部の奴らッ!? クソッ!? クソオオオオオオオオオオオオオオ!!?』

 

 世の中、神も仏もあるものか。

 というのが、いつの世も戦場お決まりの台詞だ。

 

 それが信仰する神だろうが、敬愛する国王だろうが、何処かのファシストだろうが、何処かのアカだろうが、代わりはしない。

 

 自由と平等と祖国の兵の為なら、どんな蛮行だって許容されるし、宗教が人類賛歌を唱えても戦争が無くなる事は無い。

 

 無論のようにこのような人々が出るのもまた歴史的に見れば、“いつもの事”の範疇だろう。

 

 救えない相手を前にして大きく息を吐こうかとした時。

 しかし、また新たな音色が空に微か聞こえた。

 

(まだお客さんがいるようだな……敵か味方か……)

 

 どうやら絶望するには上も下もまだ早いらしかった。


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