ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第138話「統合」

 

 これから死ぬかどうかの極限状況という最中。

 

 爆撃機の編隊の鈍重な動きを嘲笑うかのように夜空を駆けたのは戦闘機、ではない。

 

 二機の戦闘ヘリだった。

 一機は【統合】で見たものでほぼ間違いない。

 鳥のような精密に波打つような可変翼を持つ代物。

 だが、もう一機は見た事も無い。

 少なくともエンジンを翼に4つも積んだ大型の代物だった。

 

 どうやら機体の上昇時はプロペラを上に向けて、高速で飛行する際は横に向けて、そのように動くティルトローター系の代物のようだったが、それにしても輸送機並みの大きさがあるだろう。

 

 二機のヘリが翼の下に付けていたミサイルらしきものが合計で4発ずつ。

 

 爆撃機へと向けて発射された。

 

 気付いたのだろう爆撃機側は大きく旋回して回避しようとしたが、そんな事が無駄なのは誰の目にも明らかだろう。

 

 辛うじてコックピットの風防が弾け、座席が射出されたところまでは見えたが、その後は直撃した計八発のミサイルが四機全てを爆破。

 

 続いて、機体に格納されていた爆弾を誘爆させたか。

 

 一際巨大な閃光と爆圧が齎す轟音が空の花火となって世界を刹那、真昼の如く照らし出した。

 

 呆然としているポ連の襲撃部隊が助かったという安堵と同時に自分達が敵から狙われるのではないかという恐怖に顔を引き攣らせ、隊長からの即時撤退の叫びと同時に林内部に止めていたのだろう木々を付けて偽装していた車両を駆って逃げ出し始める。

 

 その合間にも大破した戦車を道標に二機のヘリが近くの平原へと着陸すると内部から慌てた様子の食工兵用の装備を着た数人が走り寄って来る。

 

『く、遅かったか?! 消火装備を持って来い!!』

『いやぁぁぁ?! カシゲェニシ!!?』

『あら、死んだかしら?』

 

『フ、フン。この程度であいつが死ぬものか。どうせ、そこらに身を隠しているに違いない』

 

『エミ……っ、ぅぅうぅ……貴女は私達を助けてくれたのに……私は貴女を疑って……何もしないで……』

 

『し、死んじゃったの? う、嘘よ……だって、あいつと別れてまだ……まだ、ちょっとしか……』

 

『『『エミ様ぁ……ッ』』』

 

 何やら聞き覚えのある声が複数人で嘆いているが、このまま黙っていたら確実に死んだ人間扱いされるので触手を干乾びさせて自切し、すぐに移動していた地点から上に顔を出す。

 

「ふぅ……」

 

「ひ?! な、ななな、何かいましてよぉ!? ち、地中から!? まさかポ連の!? く、よくもカシゲェニシをッ!!?」

 

 パキュンと軽い音が頭の横の地面で弾ける。

 

「ちょっと待て!? 本当に殺す気か!? ベラリオーネ!!?」

「ひやぁあああああ!? 成仏するのですわぁああああああああ!!?」

 

 混乱したまま更に撃とうとする美女の首筋がビスッとチョップで一撃され、クタリと身体が膝を折った。

 

 今にも顔面を撃ち抜こうとしていた銃が取り落とされる。

 

「ッ、やはりか。まったく、心配を掛けさせておいて何処から来るかと思えば、フン……お前らしいな。首都から此処まで地中を這って逃げ延びているとは実にお似合いだ……ッ……」

 

 憎まれ口を叩いた後。

 

 食工兵用のマスクが外され、いつもの美少女ぶりも冴えない目元が赤くなった総統閣下大好きフラム・オールイーストが足早に近寄ってきて、手を差し出してくる。

 

「ん、ぁあ、本当に久しぶりというか。まぁ……色々在ったんだ。色々……」

 

 その言葉にまるで泣きそうな顔となったフラムがこちらを思ってもいない程に強い力で引っ張り上げると顔も声も違うだろうにギュっとこちらを抱き締める。

 

「心配させるな。貴様を守るのは私の役目だと言っただろう……」

 

 姿形も声も違うこちらをそれでも躊躇無くカシゲ・エニシだとそう言ってくれる相手がいる。

 

 それがどんなに嬉しい事か。

 

「……オレが本当にオレ自身なのか。身体を失った今となっちゃ、証明しようもないんだ。いや、オレ自身はそうだと思ってるが、オレの偽物。いや、オレの一人がお前らのとこにいたんだろう?」

 

「馬鹿……首都を守り抜いておいて、そんな受け答えをする奴がこの世に二人もいるものか……」

 

「でも、オレはきっと沢山いる内の一人にしか過ぎない。此処にいるオレと同じ記憶や精神を持った個体がまた現れる可能性だってゼロじゃない……」

 

「ふっ、いいだろう。なら、その時は公平に全員へ分配する事としよう。男を取り合わずに済むとは女冥利に尽きる話だろう」

 

「―――フラム……オレは……」

 

 思わず。

 本当に思わず。

 泣きそうになった。

 だが、それよりも早くこちらを今まで見ていた男と少女が寄って来る。

 

「久方ぶりだな。エニシ君」

「……ッ、ああ……そうだな。海賊船の船長がこんなところで何してるんだ?」

 

 思わず指で目元を拭ってから顔を上げる。

 戦車の灯かりに照らされた顔付きは未だ昔のまま。

 人懐っこい笑みの学者然とした男。

 

 エービット・フィヨルド。

 

 今や政府の復興事業の旗頭役であるはずの男が此処にいるというだけで驚くべき事だろう。

 

「いやぁ、それが新大陸。おっと、あの一件で広くなった陸地部分の事なんだが、そこの新鉱山の視察に行ってたら、周辺の陸地が崩落を起こしたらしく足止めされてね。帰りに船を使って戻ろうとしたら、次の目的地があの横に長い陸地の反対側だったものだから、時間が掛かる……という事になってるんだ。一応は」

 

「よく出来た時間の捻出方法だな」

 

「そうだろう? 海賊と兼業してるんだが、本当に時間が無くて困る。一日が倍あったらと近頃は常に思うようになったよ。ははは」

 

「エー君の我侭にも困ったもんね」

「シンウン、だったか」

 

「ええ、会うのはこれで二度目ね。まさか、貴方がグランドマスターの子供だったなんて……驚いたわ。カシゲ・エニシ」

 

 蒼い瞳に黒い長髪。

 口元から喉に掛けて幾つもの縫い傷のある顔。

 

 左側のこめかみから頭部に掛けて嵌った細い金属製のフレームの先に付いたモノクルがキラリと耀く。

 

 自分と同じく発掘されたらしい少女。

 シンウン。

 今やその言葉の裏にある何かを探るべきだろう相手は肩を竦めていた。

 

「アンタはオレの母親の事を知ってるのか?」

 

「あの黒猫モドキに幾つか情報を渡されてね。まさかとは思ったけど、ふ~ん……その母親の身体を使いこなしてるってだけでも十分、あなたには資格があるんでしょうね」

 

「色々とそっちも知ってるようだな。昔の事を……」

 

「知ってるも何も私がシンウンを名乗ってるのはこの名前に聞き覚えのある人間を集める為よ。財団が残したタウミエル・プロジェクトがマストカウンターとして今も機能してるからこそ。この世界は未だ原型を保っていられる」

 

「……詳しく聞く必要があるようだ」

 

「そうね。こっちもそうしたいわ。何故、グランドマスターの息子がこの世界に存在するのか。何故、グランドマスターの魂ではなく貴女がその肉体に憑依したのか。そして、彼女の魂は一体何処に隠されているのか。諸々疑問は尽きないし」

 

 肩を竦めた少女の背後でようやく話が終わったと思ってか。

 おずおずといった様子で防護服に身を包んだ五人の少女が近付いてくる。

 前に立つ二人。

 アンジュとクシャナ。

 その後にいるのはいつもの三人組。

 

「……ぁ」

 

 言い掛けるよりも先に前へ進み出て頭を下げる。

 

「悪いな。今まで色々と黙ってて……だが、オレはこの通り……カシゲ・エミじゃない」

 

 顔を上げると。

 何とも言えない顔で拳を握る少女達がこちらを見つめていた。

 

「改めて名乗ろう。オレの名はカシゲ・エニシ。一度、アンジュとは話した事があるはずだ。あの首都決戦の時だ」

 

「……はい。貴女が……貴方がカシゲェニシ・ド・オリーブ……カシゲ・エミの息子……」

 

「そうだ。エミはオレの母さんだ。オレにとってはただの料理が下手で家にいない事の方が多い。でも、確かに誇れる母親ってだけの人だった……」

 

「お爺様から……今日聞きました……」

 

「色々、遺恨はあるだろう。オレのせいで死んだ連中だってそっちにはいるはずだ。実際、あんたらの未来を潰したのはオレだろう。だが、オレはそれに対しては何も謝れないし、謝る気も無い」

 

「………」

 

「そして、此処にいる以上、オレはまだ【統合】には帰れないし、あの“天海の階箸”の下まで行って行動を起こしてからじゃなきゃ、これからの事は何とも言えない。先日のポ連の襲撃部隊に対して切った啖呵も今のところは嘘八百だ。だが、一つ信じて欲しいと言えるのは……少なくともオレは【統合】が消えてなくなるような事は絶対に避けたいと思ってるって事だ」

 

「どういう、事よ?」

 

 クシャナの声には苦渋が滲んでいた。

 今、どうすればいいのか。

 何を話せばいいのか。

 まるで分からない。

 だからこその思い。

 ただ恨めるだけの相手ならそうすれば良かった。

 

 しかし、少なくとも現在の状況がそんな単純なものではない事が彼女にだって分かっている。

 

「オレが【統合】を擁護し、実際にこれ以上の被害と戦争を避け、共同体として維持させていきたいと思ってる理由は主に四つ。一つ目は【統合】が持つ技術がこの世界において極めて現実的に必要とされる時代が来ると思ってるからだ。二つ目は【統合】の血統が消えてなくなる事は人類にとっての損失であると同時にオレにとっても過去自分がいた世界の人間が消えるという損失だからだ。三つ目は【統合】の持つ文化はオレのいた時代において最先端の代物だった……つまり、この文化を保存していって欲しいとオレが願うからだ。この戦争塗れの世界にもやがて平和が来る。その時、人々にとって一番大切なのは平和の象徴たる自分達が造っていく文化だ……その先達であるオレの時代の文化が残っていれば、きっと大きな道標として、また人が此処までの事を出来るという事を人が知る良い切欠になると思うんだ」

 

「………四つ目は?」

「お前らだ」

「え?」

 

「自分を助けてくれた奴らが消え去っていくのを眺めてる程、オレは薄情じゃないってだけの話だ」

 

「何よ……ソレ……」

 

「オレに出来る事は高が知れてる。だが、オレが出来る限りの事は約束しよう。それを手伝ってくれる奴らも一応はいる。今までの遺恨が無くなるわけでもないし、お前らの中にある空飛ぶ麺類教団への積年の思いを捨てろとも言わない。だが、何事も程々にするのがお前らの流儀だと言うなら、程々にオレを手伝ってみないか? 少なくとも自分達を救うかもしれない可能性を……無闇に道端へ捨てる安易な選択を【統合】全体が望まないはずだ」

 

「私達の事を語るなんて、随分と分かった風な事を言うわね」

 

「オレに分かるのはお前らが生き残る為に必死な事だけだ。合理的な判断を下してきたからこそ、お前らはこの時代にまで生き延びて来られた。その合理性を信頼せずに何を信頼すればいい?」

 

 クシャナが思わず黙り込み。

 アンジュがそっと進み出る。

 その顔は既に【統合】の宗導者のものだった。

 

「エミ。いえ、カシゲ・エニシ……貴方はこれから何をしようというのですか?」

 

「“天海の階箸”を乗っ取る。それが不可能なら誰にも使えなくする。無論、【統合】の電力事情には最大限配慮して一部の機能でも引っ張ってこられないか試す。これはポ連軍の撃退と同時にこの地域一帯の安定化、ひいては【統合】の台所事情を改善する最善手だとオレは愚考する。オレの試みが失敗してもポ連軍は今回の失敗で安易な物量攻めが出来なくなる。そうなれば、残る問題は【統合】の電力事情と物資事情、遺伝事情のみだ。それを解決する術は幾つか心当たりがある。それを提供出来るかは相手との交渉次第だろうが、その窓口くらいにはなろう。無論、それがあるという事実を知れるだけでも、最悪奪うという手段が残される事になる。オレの屁理屈に乗るなら、オレはオレの全力を掛けてお前らに力を貸そう」

 

 僅かな沈黙。

 

 その後、クスクスと……本当にどうしようもなく洩れてくるような笑い声が周囲に響いた。

 

「何ですか。それは……貴方にどんなメリットがあるって言うんですか……貴方はこのまま逃げ出したっていいし、技術だって滅んでから奪えば問題ない。文化なんて無くても人は生きていける……貴方が郷愁を切り捨てて生きられない人じゃないって事くらい……私にだって分かります……その肉体と貴方を支える全ての人々があるならば、私達の事なんて構わずとも生きていける……なのに貴方は……大馬鹿者ですね」

 

 ポタポタと零された雫は数滴、乾いた地面に染みを広げた。

 

「生憎とオレの世界でお前らみたいなやつから言われる馬鹿ってのは褒め言葉だ」

 

「馬鹿……馬鹿……エミの馬鹿……ッ」

 

 抱きしめられはしない。

 それでも頭を撫でるくらいはいいだろう。

 少なくとも目の前にいるのは歳相応の涙を零す少女。

 いや、男の娘だった。

 

「何がどうなってるのかは移動途中に聞かせて貰おう。黒幕属性な黒猫様にな」

 

『ワシ、素晴らしい働きをしたと思うのじゃ。褒めて?』

 

 インカムからようやく聞こえてきた声に苦笑しか零れない。

 

「どうなるにしろ。ポ連の遺跡奪取は防がなきゃならない。それが出来なきゃ、この世界にポ連に逆らえる国家は無くなる。此処に集まる理由が何であれ。オレ達だけが今この問題を解決出来るかもしれない可能性を手にしてるんだ。全員の利害は一致してると思うが、どうだ?」

 

 フラムが鼻を鳴らし、エービットが肩を竦め、シンウンが呆れた瞳をして、【統合】の面々が頷き。

 

「……ハッ!? 今、カシゲニェニシの怨霊が足元に!?」

 

 ようやく目覚めたらしいベラリオーネが寝惚けたような事を言いながら辺りを見回す。

 

「じゃあ、とりあえず全員オレと同じヘリに乗って移動だ。もう一機は予備の足として帯同してもらおう。行くぞ」

 

 誰もが頷く中。

 

「え? え? だ、だだだ、誰なんですの!? カシゲェニシは大丈夫なんですの!?」

 

 そんな時代に取り残された褐色美女の困惑する声だけが夜空には響いていたのだった。


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