ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第139話「財団」

 ヘリの燃料事情が距離的には“天海の階箸”と【統合】の往復ギリギリで足りるというのはどうやら黒猫が限界まで周辺事情を調整した故に出来た話らしい。

 

 戦車が撃破されたところから二機で離れて十分弱。

 

 全員の話を纏めると大抵は黒猫に導かれし勇者達!!みたいな話ばかりだった。

 

 まず何故故に大陸の反対方向にあるごはん公国に向かっているはずのフラムがこの場所にいるのか。

 

 それを聞いた時にはさもありなんと納得した。

 単純明快にヒルコが信用されていなかったからという事が発端らしい。

 カシゲ・エニシ(二人目)が消えて後。

 

 結成されたカシゲ・エニシ(真)の捜索隊はフラムを筆頭にして百合音も参加していたらしく。

 

 仕事しまくっていたようだ。

 

 あちらに生存の報が届いた時に百合音が黒猫ボディーの居場所を見つけるのが手っ取り早いと即座に位置情報を詮索。

 

 もう一人の公国の王。

 

 聖上に後になってから事態の顛末を報告するという条件付で羅丈の情報網と高速移動網を使用。

 

 ヒルコ(鉄乙女バージョン)の口が重いのを察して、即座に自分達が公国に向かっているという偽情報を流し、その足で航空機に乗って最も南部に近い共和国の飛び地……魚醤連合に直行。

 

 その間も情報を集めつつ、足取りが消えた黒猫の跡を辿って数時間で出航前だったシンウンとランデブーする極秘航路を行こうとする船舶を発見。

 

 百合音は陸地からの捜索の為にカレー帝国方面へと向かって、フラムはそのままほぼEEの特権を使用しまくりで怪しいと当たりを付けていた乗船直前のエービットを捕捉。

 

『逮捕されたくないなら連れていけ』

 

 と、言い募り。

 

 その代わりに今回の一件は黙っておいてやるという……嘗ての美少女なら信じられないような破格の条件を提示して黒猫の極秘戦力たる潜水艦まで同乗。

 

 元々、一端祖国に帰っていた罰の悪そうなベラリオーネを発見したのだとか。

 

 つまり、黒猫がこちらの話を切り出してからの極々短時間で殆ど正解であろう最短ルートで潜水艦への切符を得ていたのである。

 

 そして、あのデブリへの戦術核による迎撃の後。

 シンウンは黒猫と何やら取引をしたらしく。

 

 それで得た情報……要はこちらに一体核を使わなければならない程のどんな事情があるのか、という話を聞き。

 

 更に黒猫から支援要請を受諾。

 

 この話を勿論のように聞いていたフラムのさっさと通信させろという矢のような催促にうんざりしつつ、自分の目で確めたらと戦闘ヘリで連れてきたという事のようだ。

 

 『何故、潜水艦からヘリが?』なんて今更な話だろう。

 

 強襲揚陸潜水艦。

 

 現実なら某ユーラシアの大国が計画していたものと同じような代物が現在、二代目のシンウン……いや、フィズルには載っていたらしい。

 

 海に我に仇為す戦力不在。

 という好機を逃さずに浮上。

 そのままこちらまで飛んできたのだとか。

 

「で、潜水艦がもう一艦とか簡単に調達出来た理由は?」

「いや、どうやらシンウンが我々を本当の意味で信頼してくれてね」

「本当の意味で? まさか、お前らに秘密で建造してたのか?」

 

 エービットがはははと笑い事ではないだろう話に肩を竦めるのを横目に顔に傷持つ少女を見やる。

 

 現在、機内はこちらが屋内の壁に張った白い羽根で遮音中。

 外からの音は聞こえてこない。

 

 振動に僅か揺られながら、鋼の対面の壁際に座る彼女がこちらを見つめた。

 

「保険は掛けておくに越した事はない。そして、あの状況でも核は使われなかった……エー君が少なくとも真実、こういう男だと確信が持てたから、沖合いで待機させていたアレを引っ張り出したの」

 

「……まさか、弾頭の中身は……」

 

「勿論、あちらのシンウンは空よ。格納庫は厳重封印して解体しようとすると船体全体を危険に曝すよう設計してあったけど。今使ってるのは全て開放してあるわ」

 

 シンウンと名乗る彼女が事も無げに言った。

 

「それでどうして黒猫の提案に乗った? 極秘裏に戦力として待機し続けておけば、少なくとも共和国に露見する可能性は低かっただろうに」

 

「……アンタのせいよ。カシゲ・エニシ」

「何?」

 

「アンタはあの国を救った。本来なら絶対にどうにもならないはずだったアトラスパイルを起動させた……そして、アレが外に出てきてしまった……こうなってしまった以上は物理的フェイルセーフとしての海が役に立たず隔離も出来ない。だから、新しい組織を立ち上げなきゃならなくなったの」

 

「海……隔離……いや、まさか、その話……海に眠ってるって言うヤバイ代物の話か?」

 

「知ってたの?」

 

「オレが【統合】で得た情報では海に没した大陸には諸々今の人類には過ぎた代物が山盛りって話があったんだが、お前の言うアレってのは何に当て嵌まるんだ? 場所か? 物か?」

 

「どちらもよ。今の言い方でなら遺跡って事になるのかしら? 私は本来、財団……分かる?」

 

「ああ、それなら知ってる」

 

「その組織が管理してた施設の生き残り……いえ、元々は収容物の一つだったの。けれど、何の因果か……あの大戦で死ねなかった……あの当時、もう大半の施設は中の代物と一緒に消え去ってたけど、私のいた場所は無傷で残っていた。その上、管理者を承認する自動化されたプログラムが生きてた……確保、収容、保護……それが出来なければ、人類の手が届かない場所へ物理的な隔離。でも、隔離方法が外部からしか確保出来なかった私は……大戦で使われ、殆ど手付かずで廃棄されていた日本帝国連合最後の兵器工廠からのルートを使うしかなかった。でも、その場合はもしもの時の為に自分すら保存しなきゃならない……お守役に自分を封じるしかなかったのよ……」

 

 苦々しい過去を忌々しそうに振り返る少女の瞳は諦観に倦んでいた。

 

「それで其処のおっさんに発掘されて、今はその施設と中身のお守をする為の組織を立ち上げなきゃならないから、黒猫の誘惑に乗ったと」

 

『何かワシ、悪者になってないかのう?』

 

「黙ってろ。どうせ自分のとこで動かせる羅丈を貸し出してるだろ? まさか、そのせいでまた人員不足なんじゃないだろうな?」

 

『何の事かのう? と言いつつも見透かされているような気がするのじゃ』

 

「コレは見透かされてる、じゃなくて。当然の帰結って言うんだよ」

 

『むぅ。ワシの手練手管が次々に看破されてゆくのじゃぁ(泣)』

 

 とりあえず、悪魔のように囁いた事が容易に想像出来る黒猫を無視して今にも黒幕を絞殺するか自殺したいと言い出しそうな鬱々した表情のシンウンを見据える。

 

「それでお前が今回の一件に自分で出てきた理由は?」

 

「当時から大戦期の情報はいろいろと持ってたわ。遺跡の管理システムは生きていたから。私が眠りに付いてからの時系列順での出来事は起きてから幾らか学習もした。その中にはこの大陸にある遺跡関連の情報が載っていた。旧いものも新しいものも、その当時は知らなかったものも含めて、それこそ大量に……その中に……たぶん、施設を内部のモノ毎完全に処分出来る力が幾つかあった。スペック上出来るって推測出来ただけだけれど、それで私が動くには十分じゃない?」

 

「つまり、お前は自分を縛り付ける遺跡を完全消滅させられる可能性が高い“天海の階箸”の攻撃オプションを使いたいって事か?」

 

「ええ、それ以外は何も望まない。それが出来ずとも、あの遺跡は宇宙空間にある遺跡への出入り口にもなってる。どうなってるかは分からないけれど、大気圏から離れた本星と月面間にはまだ宇宙兵器がゴロゴロしてるはずだもの。手っ取り早い方法が取れなくても、自己保全用のオートメーション、兵器工廠さえ残っていれば、ピンポイントで他に被害を出さずにあの場所を……いえ、この世界に残る全てのあの忌々しい牢獄を消滅させる事だって可能でしょう」

 

「分かった……確約こそ出来ないが、今の大陸にある国家や周辺の地域に被害が出ないって確認さえ出来れば、一緒にそういう力の探索はやってやる。その代わり、先走って被害を出そうとするなよ? それが協力する条件だ」

 

「……強引ね。自分の方が立場が上だとでも?」

 

 僅かに睨み付けられるも肩を竦める。

 

「アンタの言うグランドマスターって響きがとても切実に聞こえてたのは間違いか? 少なくとも委員会の事情を知ってるなら、オレが鍵になってる事はほぼ間違いないと確信してるんだろ? 今まで何万年待ってたか知らないが、此処で探索に何年か追加で待っても事態は変わらないだろ。我慢出来ない。今すぐ魚醤連合を道連れにしても自由になってやるってなら、それこそ此処に来る必要もない。自前の核で全て吹き飛ばせばいい。その様子からして自分毎でも構わないくらい嫌なんだろ?」

 

 シンウンがこちらの言葉に顔を顰めたが、大きく溜息を吐いて視線を俯ける。

 

「お見通し、ね……」

「シンウン……」

 

 横にいたエービットが思わずか。

 その背中を手をやって、顔を覗き込む。

 

「何よ。エー君には関係ないでしょ?」

 

「……そうだな。確かに君という異邦人を発掘してしまったのは私だが、今の話は私の考古学という常識を大幅に超えた内容に満ちていた……関係ないと言われれば、それまでだろう。だが」

 

 そっと肩が捉んで、エービットが少女を自分の方に振り向かせる。

 

「君は私の艦の乗組員だ。私が海賊船のお頭なら、君は参謀と言ったところだろう? その参謀役の人生を左右する出来事を関係ないで通すには……君との海賊家業は……長過ぎた」

 

 抱き締める腕はヒョロヒョロだ。

 しかし、それでも男の腕。

 それに少しだけ。

 

 本当に少しだけ体重を預けたいと願ったのだろう少女がコツリと胸に額を押し付ける。

 

「エー君のろりこん……」

「ん? それは褒め言葉かな」

「馬鹿」

 

「可愛いお嬢さんに馬鹿と言われたら、機嫌を良くして大笑いするのが海賊らしいと思うんだが、どうだろう?」

 

「訊ねないでよ。馬鹿……」

 

 二人が互いを労わるように寄り掛かる姿にジンとした様子のベラリオーネが涙をちょちょ切れさせて、ハンカチ片手にウンウン頷いている。

 

 半分以上、話の内容なんて入っていないのかもしれない。

 それで少し落ち着いたのか。

 前よりは少し眉間から険が取れた様子で再びシンウンがこちらを向く。

 

「……アンタが聞きたいのはグランドマスターに付いてね?」

 

「ああ、そうだ。母さんがそう呼ばれてるのは分かった。で、グランドマスターってのはどういう意味で使われたんだ?」

 

 こちらの本題を前よりもしっかりとした様子で彼女が答える。

 

「財団はね。大戦初期に殆ど組織的な実態を保てなくなってしまっていたけれど、自分達が滅んだ後も自分達が今まで溜め込んできた“あらゆるもの”を完全に消し去るか、または完璧な形で制御、もしくは人類の生存という一点に絞って無害化するシナリオを組んでいたの。プランは複数在ったけれど、システム的な経年劣化は技術的に防ぎようが無かったから、その時々に残っている“収容物”で最大効率の適応プランが自動生成されるようプログラムを組んだ。このプログラムは……たぶん、私が収容されるよりも遥か昔……それこそ大戦が始った時から存在していた……私が読んだ情報に拠れば、それは複数人の“博士”と呼ばれる人物によって作られたんだそうよ」

 

「博士……それが?」

 

「ええ、その博士の中に彼女はいた……“委員会”最大の功労者と言われながら、同時に財団や関連組織、複数の“収容物”を持つ別組織、国家共同体へと様々なデータの横流しをしていた存在。彼女は大戦初期のデータ上は死んだ後も同じ仕事をしていたような痕跡があった。何らかの遺されていたプログラムが動いていたのは間違いない。その名前こそグランドマスターと呼ばれた相手。エミと呼ばれる人物」

 

「……そうか。母さんはそんな事を……」

 

「そして、あの胡散臭い黒猫からカシゲって姓やアンタの話を聞いた時、全ては繋がった……」

 

 何とも言えない胸の内。

 喜べばいいのか。

 何故、そんな事をしていたのか。

 真実が闇の中に消えているなら、それは推測からしか推し量れない。

 

「あのエニ……エミ、大丈夫ですか?」

 

 今まで話を横で聞いていたアンジュが心配そうな顔で覗き込んでくる。

 

「大丈夫だ。少なくともオレの母親が単に世界を滅亡させただけの人物じゃなかったって話だからな。何があったのかは分からないが、少なくとも委員会を信奉していたってわけでもないんだろう。問題は……その結果が今のオレとどう関わってくるか、だ」

 

 こちらの様子を窺っていたシンウンが更に口を開く。

 

「タウミエル・プロジェクト。それが財団の残したプログラムの名前。私はその被検体の一人。タウミエル指定され、―――からの」

 

「何だって?」

 

 思わず遮って聞き返す。

 

「だから、―――からの……ッ、悪いけど未だに禁止されてるワードは発音出来ないみたい」

 

 何やら困ったように頬を掻いたシンウンが己の喉に手をやって嫌そうな顔をした。

 

「ああ、そういうのか。続けてくれ」

 

「―――からの直接権限を引き継いでるから、財団関連の遺跡自体にならシステムが死んでない限りは干渉権限があるの」

 

「それで?」

 

「私みたいな精神を含めて完全管理が可能となった自己検閲、自己封印指定可能な収容物は有機的知能としてプログラム保守管理を支える立場になってる。クラス的にはアポリオンて言う……“極めてどうにもならない収容物”管理にリソースを裂くように意思決定の行動基準が書かれてて、その件に関してなら、大抵の残ってる収容物の開放権限があるの」

 

「つまり、遺跡に残ってる力を使いたい放題って事か?」

 

「一部に限定すれば……そして、今回の一件で今向かってる“天海の階箸”には大戦初期に……クラス指定する人物が残存していた終末期に再指定されたヤバいのが使われてる」

 

「使われてる? 残ってるじゃなくて、使われてるって……まさか、あの割箸……オカルトが使われてるのか?」

 

「オカルト……ああ、不思議って事ね? そうよ。ケテルもアポリオンもタウミエルも本来は全部危険なものなの……それを人が分類してるだけ。そもそも大戦期に掘り起こされて兵器転用されたものだって沢山あった。きっと、アンタの前の体や今の身体、その心の保管方法だって、分類してる奴がいれば、その一つだったでしょう」

 

「反論は出来ないな……」

 

「大戦後期に始まった人類の置き換え。その中核システムに再指定されたソレが改造されて組み込まれた」

 

「具体的な内容は?」

 

「プログラムで操作可能になった色彩。いえ、この世の全ての映像に関するものだって事よ。本質的な事は分かりかねるけど、ソレそのものを受像する機構が置き換えられた人類には備わってて今も世界を欺瞞してる」

 

「オイ……そのシステムの名前ってのは……」

「確か“神の屍”って名前だったかしら?」

 

『………』

 

 黒猫が目を細めているに違いない沈黙がありありと想像出来た。

 

「まぁ、いいか。とりあえず、ソレが使われてる以上、遺跡の力をお前が使わせてくれるって事なんだろ?」

 

「持ってきたわ。管理者が近くにいない場所には置いておけない……ウチの格納庫に積んでた代物よ。エー君」

 

 考古学者の鞄。

 

 ヘリに乗せられていた皮製の古びれたバッグから長方形の箱が取り出されてシンウンに渡される。

 

「こいつは?」

 

「……施設がまだ僅かばかり稼動してた頃、Dって呼ばれてた連中に渡されてた最強のセーフ」

 

「大丈夫なのか?」

「それはアンタ次第」

「オレ次第?」

「使う者次第でこの星の支配者が変わるって言われてたわ」

 

「そんなのを使わなきゃならないのか? 世界滅亡したりしないだろうな? オレ的には単なる持ち運べるレールガンとかビーム的な粒子が出るアレとかを期待したいところだったんだが……」

 

 思わずドン引き。

 こっちの感想とは裏腹にシンウンがこちらの手に箱を持たせる。

 

「それは使う人間のミームを強化するの」

「ミーム? 精神的な話か?」

 

「そう……個体のミームを極限まで強化して生物の適応力を遺伝レベルから改造操作する……その結果として人間が人間じゃなくなる……人間の基本能力はそのままに上乗せされる心理的な圧力が物理的な限界まで肉体に作用して、遺伝子に無理強いする……」

 

「待て待て?! 今の言い方だと……それは心の作用で遺伝子を変化させるって絵空事になるぞ?」

 

「アンタは同じ双子が同じ環境で育っても、心理的な効果を受けるか受けないかで生育に大幅な違いが出るって言ったら、それを不自然だと思う?」

 

「いや、脳内の変化やホルモンの分泌、諸々が違うなら不自然ではないと考えるが、大幅な違いが出るかとなれば、人間が人間じゃなくなるレベルまでは無理だろうと思考するぞ」

 

「でも、事実として今まで使ってきたDはとても人間とは言えない生物……ユークリッドになった。大半は任務終了後、強化に耐え切れず肉体か精神の不調や不一致で自滅するか。もしくは……完全に人間を止めて収容物として見られるかの二択だった」

 

「……これを渡すって事は一応、力の程度は選べるんだよな?」

 

「これが使われる任務は全てケテルに該当するモノと相対する時。最大の効果を使わなきゃ生き残れない事が殆どだった。逆に言えば、これを使っている限り、“人間の限界”までは物理的に能力が拡張されてほぼ死なない。それはこれを使った人間の任務生還率が9割を超えていた事からも確かよ」

 

「支配者が変わるってのはそのユークリッドとかいうのになった連中がヤバイ生物だったって事か?」

 

「ある者は超感覚。ある者は超記憶力。ある者は超筋力。ある者は超知力。自我(エゴ)の実現がその生物にとって最良の生存戦略ではないにしても、人間の遺伝子の拡張性は人が思っているよりも多彩で大きい……結果として人間以上の変容になるだけで未来に人間が辿るかもしれない一つの可能性、血統の傍系であると彼らの存在は予想されていた」

 

「神様にだってなれそうだな」

 

 そのこちらの嫌味というか愚痴に等しい言葉にシンウンが僅かに顔を硬くする。

 

「どうした?」

 

「……言ったでしょ? 物理的な限界までだって。そこから先には行けない。だから、自滅した人間は自分という人間という種族の中でも平均個体である己の限界以上を遺伝単位の物理的な事象として精神から肉体に要求してしまった事で自滅したと考えられてる」

 

「何か? 自分がどれくらいまで進めるか分からないのに自分の可能性や物理限界以上の要求をしたら、肉体の許容出来る変化を超過して死ぬって事か?」

 

「そう」

「じゃあ、問題ないか」

「どうして?」

 

「少なくともオレはオレの肉体や知力に何かしらの希望を抱く程、自分が見えてないつもりはない。出来る事と出来ない事は明確だ。それを少し多目に見積もってもいい武器って事で与っておこう」

 

 箱を開ける。

 其処には小さな黒いブレスレットが一組。

 

「名前はあるのか?」

 

「……登録番号はもうロストしてるわ。でも、誰かが呼んでいた記録は残ってる」

 

「何て?」

「クオヴァディス」

「ええと……『汝、何処へ行く』とか。そんなのだったか?」

「そういう単語なのかしら?」

 

「ああ、昔の何処かの国の言葉だ。ゲームで聞いただけだから、何語かすら分からん。語感的にラテン語辺りかもしれないが……」

 

「どうでもいいわ。確かに渡したから……これはアンタが私に協力する見返りだと思って……」

 

「出来る限り使わない方向で受け取っておく。ん?」

 

 こちらの話に付いていけず。

 

 まるで分からんと話だけは聞いていたフラムの横で眠りこけているベラリオーネの口元からは涎が垂れている。

 

 どうやらヘリで一晩近く飛んでいた疲れが出ているらしい。

 見れば、今まで険しい顔をしていたシンウンも語り疲れたらしく。

 僅かに体を弛緩させて後の壁に凭れ掛かり、エービットに支えられていた。

 

「しばらく、ゆっくりしよう。オレも話し疲れた」

 

 フラムだけはこちらをまるで親の仇の如く凝視していたが、こちらから苦笑すると何やら顔を紅くして顔を横に向けた。

 

「安心しろ。この状況じゃ何処にも行けないし、危険物を自分から積極的に使う予定も無い」

 

「………馬鹿」

 

 その響きに込められたものをまだ傍で聞いていたい。

 

 そう思うのはきっと自分が男だからだろう。

 

 未だ不安そうな顔をする男の娘一行に大丈夫だと苦笑しながら、自分もまた目を閉じることにする。

 

 少なくとも命の勘定はまだ先で良い。

 

 そう心から思えた。

 


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