ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第143話「好色五人男ノ娘」

 世界がもしも一つの村なら、という話を聞いた事があるだろうか。

 

 要は村人の格差が酷過ぎると暗に示したい時に使われる縮尺された例え話だ。

 

 10人の村人の内の何人が満足な食事を得ていて、家に住み、暮らしているのか。

 

 誰が何を持っていて、何を持っていないのか。

 

 だが、大抵の場合、其処にいるのは少なくとも大国というカテゴリの擬人化された姿だろう。

 

 何%と言えば、面倒事だ。

 

 過去の現実だとて、今日の飢餓に苦しむ“彼ら”を議論するのは富める世界の“彼ら”だった。

 

 多数決の論理が民主主義の根幹だと言うのなら、世界が一つの村は現在、富める者を見る貧しき者が多勢なのだ。

 

 富の分配とはつまり貧困の分配だと世界を一つにした者は語るだろう。

 

 富める者が許容出来ない分配は過剰な危険を孕む。

 

 また、様々な貧しさ……この場合はマイナス面の事象を他者へ分配しようとする輩は多くの場合、嫌われるのが普通だ。

 

 しかし、此処でそんなマクロの世界にミクロなイレギュラーが登場してはどうか。

 

 世界が十人しか住まない村に彼らに比べれば、小さな存在。

 仮に小人がやってきたとしよう。

 

 だが、その小人はこの村を永遠に存続させるという理想に燃え、10人を殺す能力を持っており、殺し合わせるだけの知恵があり、怖ろしい技術を得ていて、村人達を唆した挙句、自らが村長になると言い出したのだ。

 

 そして、村人と殺し合いになった小人は何人かの村人を配下において長年の支配を確立したが、病に倒れ、村人達は過去の事なんて忘れてまたゼロサムゲームを続ける。

 

 このパンとごはんの殺し合う世界は言わば、そういう代物だ。

 

 其処に実は小人を殺したその息子とか、昔の村人の子孫がいたり、小人の技術でめちゃくちゃチートな能力を持って異世界に憑依転生してしまう間抜けもいたりする。

 

 そして、今やその小人に技術を教えた女の息子はこうして何故か。

 遺跡を見付けては事件に巻き込まれているのだ。

 村人達が争い合う世界がどうなろうと。

 これから起る事は村を揺るがす一大事。

 村が燃えるか消え去るか。

 あるいは静かに廃村となるのか。

 

 その分岐点が確かにミジンコみたいな心臓しか持たない普通だったはずの人物に託されている。

 

 村人達には関係なく。

 個人の動機と個人の意思でそれを選ぶのが果たして良いのか悪いのか。

 

 一つだけ確実なのは息子が望む未来には村人の子供達が居なければならないという事だけだ。

 

「エニシ!!」

 

 不時着し、乗り捨てられたヘリから2km程。

 

 こちらを見付けた目の良い元狙撃手な美少女がこちらの様子に僅か息を吐いた。

 

 それが嬉しいと思うのは惚れた弱みというやつか。

 

「カシゲェニシですって!? 何処ですの!?」

「此処だ」

 

 数m先の虚空からようやく地面に降り立つと。

 目を丸くした様子で驚いたベラリオーネが思わずビクッとなった。

 

「ど、どうして空から!?」

「ちょっと、跳んでみただけだ」

「な、何だか凄いんですのね。あの腕輪」

「確実に使いたくない代物だけどな」

 

 すぐに隊列の先端が引き返してきて、バタバタと走ってくるのは男ノ娘一向だった。

 

「エ、エミ!? よ、良かった!? 大丈夫でしたか」

 

「馬鹿!? あんな高い所から飛び降りてどうなったのかって凄い心配したんだから!?」

 

 アンジュとクシャナとお付の三人がスーツにメット姿で寄って来て、胸を撫で下ろした様子となる。

 

「あっちは片付けてきた。これで大丈夫だろう」

「そういう事じゃありません!! エミが心配で心配で……私……」

 

 諸々、無理をして【統合】からクシャナとお付三人を連れてやってきた相手にこれ以上心労を掛けるのも不憫な話だが、たぶん此処からはそれでは確実に済まない。

 

 常人なら即死コースの攻撃が来るかもしれないし、こっちはそれを何処までも防ぎながらの鈍行。

 

 だが、そう解かっていても何でも合理的にとはいかないのも人間だろう。

 

「ありがとう……心配してくれるだけで随分助かってる」

 

 その言葉に何かを言いたそうにした【統合】組の横で何やらベラリオーネが微妙に半眼な表情となっていた。

 

「カシゲェニシ。さっきから思っていたのだけど、このヘルメット女達と随分親しげですのね」

 

「助けられたというか。それなりに生活の面倒を見てもらってたからな。と言うか。黒猫からそこら辺の事は聞いてないのか?」

 

「聞いてませんわ!! そもそもどうしてこのヘルメット女達が此処にいるんですの? 【統合】にカシゲェニシが囚われの身だという話しかこっちには来てませんわ」

 

「……オイ」

 

『ワ、ワシは悪くないのじゃ!! 世の中には知らぬ方が良い事なんて五万とあるであろう』

 

 インカムから先程までナビゲートさせていた黒猫の焦った声が響く。

 

「面倒だったんだろ。どうせ」

 

『ぬぅ!? ワシの心が読まれておるというのか!? く、これが“ぱわーあっぷ”した婿殿の力?!』

 

 げっそりしたのも束の間。

 辺りを見回すと。

 

 大体の話が解かってる組と解かってない組が情報格差に眉根を寄せていた。

 

「ぁ~~とりあえず、共通認識だけは確保しておきたい。潜水艦組と【統合】組で解からない事があったら、言ってくれ。オレが答える。いいか? 勝手に相手へ訊ねるのは無しだ。時間が無いからな」

 

 というわけで、僅か小休止となった。

 

「モテる男は辛いな」

 

 海賊の頭領に言われては溜息も出るだろう。

 

 本来ならこんな事はすぐに済ませておくべきだったのだが、何かと忙しく波乱で諸々を説明している暇も無く体力の回復に寝たりしていたので何もしていなかったのだ。

 

 流れで此処まで付いて来た者は居なくとも、どうなってこういう流れになったのか。

 

 その経緯は最低限教えておくべきだったと反省する。

 フラムとエービットからの的確な質問に答える事、数分。

 【統合】組の潜水艦組への疑問に答える事、数分。

 合計14分程で簡単にザックリと相手の所属と立場を明確にした。

 

「つまり、この女達は【統合】のトップとお付でお前を今まで匿っていたと」

 

 フラムに頷く。

 

「匿っていたというか。オレの体を調整してたというか。とりあえず、オレが世話になった事は事実だ」

 

「……ふぅ。本来の職務中なら撃ち殺すのに何ら躊躇も無いが……もはや、私の一存ではこの事態に対して軍人として的確な判断を下す、というのも不可能だろう。まだ私達には見えない遺跡の話にしてもだが、スケールが大き過ぎる」

 

 頭に手を当てて、額に皺を寄せた美少女が溜息を吐いた。

 

「そうしておけ。今回の一件は少なからず共和国にも悪いようにはしない。これから戦争になる連中の秘密兵器になるかもしれない遺跡を乗っ取りに行くんだからな」

 

「……いいだろう。今はチームとして動こう。軍人としては業腹だが、私情で政治を動かすわけにもいくまい……」

 

「悪いな。毎回毎回……」

 

「そう思うなら、少しは自重しろ。他の連中は半分抜け殻状態。リュティに何度殺され掛けた事か……」

 

 ジトリとした瞳がこちらを睨む。

 

「それって、料理でか?」

 

「私の皿があの野蛮人の女の食うKOME製のパンと間違われて出された時は死ぬかと思った」

 

「それは……まぁ、とりあえず帰ったらリュティさんに報告しなきゃな」

 

 どうやら、百合音も同じような命の危機を経験したようだとドジッ子属性を付与してしまった料理上手なメイドさんを思い浮かべる。

 

「当たり前だ」

 

 フラムは話が終わった途端、周囲の警戒へと戻る。

 

「それにしてもあのカシゲェニシが偽物だったなんて……ショックだったんですのよ」

 

「オレの方がショックなんだが。そもそもアレはオレの偽物じゃない。どちらかと言えば、オレの方が偽物って言われるべき立場だ」

 

「そ、そんな事言って!? す、姿はアレですけれど、その話し方とか表情とか。間違いなく貴方はあの館に集う誰もが知るカシゲェニシですわよ!!」

 

「ベラリオーネ……」

 

 こちらの顔を見て、僅かに照れた様子で視線が逸らされる。

 

「貴方と一緒に過ごした時間は短いですけど、貴方がどういう考え方をして、どういう事をやってのけたのか。それは私が一番良く存じてますわ。あなたの突拍子の無さ。何処かに飛んでいってしまう風みたいなところ。そして、自分の目の前にある現実を見捨てておけない気高き志。例え、貴方が私の知るカシゲェニシじゃないと誰かが言っても、私は貴方こそが本物だと誰もに訴えましょう」

 

 思ってもみなかった言葉に思わず己の胸を掴んだ。

 

「いいのか? オレはお前を知ってるカシゲェニシのよく出来た偽者かもしれないんだぞ?」

 

「なら、もっと沢山にしてくださいませ!! そ、それなら1人1人に行き渡って、私もキャ、キャベツくらいペロリと一緒に食べて見せますわ!! も、勿論、二人っ切りで」

 

 ゴゴゴゴという擬音がしそうな紅い頬でこちらが睨まれる。

 

「く、これが大人になるという事なのか。あのオシメを換えた事もあるお嬢さんが此処まで。僕も歳を取ったな。あ、それとそのキャベツというのはやっぱりあの飛行船での―――」

 

 おもむろに脱線し始めたエービットの口が横合いのシンウンの肘鉄で閉ざされた。

 

 『ふぐぅぉぉぉ?!』という声を無視して、今度は【統合】組を見やる。

 

「で、そっちが他に聞きたい事はあるか?」

 

 何やら仲間内で話していたアンジュが代表になるらしく。

 こちらの傍までやってくる。

 

「エ……エニ―――」

 

「エミでいい。一々言い直すの面倒だろ? それにそう名乗ってたのはオレだ。だから、エミって呼んでくれ。咄嗟の時に呼び直してる時間があるかも妖しいからな」

 

「わ、解かりました。エミ……では、こほん」

 

 畏まった様子でアンジュがズイッとこちらを下から何か力のある眼差しで見つめてくる。

 

「エ、エミ。エミは其処の軍人とおっぱい女。彼女達とどういう関係ですか?」

 

「お、おっぱ―――わ、私はおっぱい女なんかじゃありませんわよ!?」

 

 ハッとした様子になった褐色美女が思わず顔を紅くして胸を抱くようにして隠しつつ叫ぶ。

 

「いや、ベラリオーネ嬢。君のふくよかなる胸は男性にとっては正しく海の至宝並みに気にな―――」

 

 今度はゴズッと妙にエグイ音が爪先から響き。

 

 まるでゴミを見るような瞳になったシンウンが『うぐぉぉぉぉぉ……ッ?!!』と思わず屈み込んで呻くエービットに溜息を吐いていた。

 

 これだから男は、と視線は言っている。

 

「オレを最初に拾ったのがコイツ。フラム・オールイーストだ。オレは共和国にいた時はコイツの家に世話になってた。そして、オレはコイツの家で生活する代わりに軍にも協力してたんだ」

 

「では、そちらの方は?」

 

 一応、おっぱい女は止めてくれたらしいアンジュが喧嘩腰ではなくてホッとする。

 

「こっちは共和国と連合の戦争時に出会ってな。一緒に戦争を止めたり、遺跡を動かしたりってところか」

 

「そ、それだけじゃありませんわ!! 私はカシゲェニシに命を救われたんですのよ!! ついでに色々と余人には言えない関係ですわ」

 

「いや、その誤解を招く言い方はちょっと待―――ッ」

 

 胸を逸らして何故か偉そうなベラリオーネの言葉の後。

 ジトッとした凍えるような視線を背後に感じた。

 考えるまでも無く美少女のものだろう。

 

「それに貴女達には解からないかもしれないけれど、私達とカシゲェニシには絆があるんですのよッ。ポッと出の女には解からないカシゲェニシの内縁の妻の誰もがとても他人には分からない深い絆と信頼で結ばれているんですから!!」

 

「……そう言えば、カシゲェニシ・ド・オリーブという人物は確かオルガン・ビーンズの聖女と婚約していて、カレー帝国の皇女と駆け落ちして辱め、他にも羅丈の幼子を毒牙に掛けたり、料理上手なメイドを手篭めにしたり、塩の国の女テロリストを愛人にしていたとか。ええ、今思い出しました。報告書には確かそういう事が……本当なの? エミ」

 

「な、何だ? いや、待て!? その表情はおかしい!? オレは別に疚しい事は?!」

 

 何やら怖い顔でニコリとしたアンジュの後でドン引きなクシャナとお付達が口に手を当てて、まさかそんなとプルプル震えながら、こっちを慄くようにして見ていた。

 

「エミ?」

 

 ニッコリとした怖い笑みな男の娘がスススッとにじり寄ってくる。

 

 よくよく見れば、言いだしっぺのベラリオーネすら、何だか先程の言葉を聞いて、こっちをジト目で睨んでおり、助け舟は出そうも無かった。

 

「……洗い浚い吐きなさい。ね?」

「そうですわ。エミ様……怒りませんから」

「ええ、エミ様に限って、そんな事はないって信じていますから」

「ええ、勿論です」

 

 何やらちょっと青白い顔でこちらを男の娘達がニコリとしながら囲んでいく。

 

「あ、そろそろ行かないと時間て―――」

 

 こちらの強制的な話題転換が成功する事はなく。

 

「しばらくは私が見ていよう。存分に説明するといい。エニシ」

 

「そ、そうですわ!! 私達がこんなにも心配していた間にこんなに可愛い子達とまた知り合いになって!? ちょっとは反省すべきですわ。カシゲェニシ!!」

 

「いや、こいつらはお―――」

 

 女じゃないと言おうとする前にミシッと女の子が出してはいけない握力が体のあちこちに触れた。

 

「「「「「ね?」」」」」

 

 世界で一番怖いハモッた声を前にして自白《ゲロ》したのは数分後。

 当分、女性恐怖症。

 

 否、男の娘恐怖症でお婿に行けない程度に絞られたハーレム系主人公(笑)がどうなったのかは少なくとも二度と思い出したくもない出来事として記憶されたのだった。


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