ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第15話「グッド・クッキング」

 昔、父親に聞いた事がある。

 どうして博士になったのかと。

 答えはとても単純だった。

 病気を治せる医者になりたかったからだとの事。

 だから、よく健康には気を付けろと念を押された。

 子供の時から事あるごとに言われたのは過ぎたるは及ばざるが如しという言葉。

 そして、全ての物質は毒にも薬にもなる可能性を秘めているという理想。

 

 物事を決めるのは人間であって、その人間にとって物質がどう振舞うかによって何かは毒になり、何かは薬になる。

 

 人の意思こそがそれを判断し、決め付ける。

 過去、価値を持たないと言われていたものが未来では宝と言われるかもしれない。

 そういったモノの使い道を見出す瞳を磨く事こそが人生では役に立つ。

 

 母に言わせれば、それは0と1では語れない人間の曖昧さを上手く表現しているといつも笑っていた。

 

 自分の研究にもその曖昧さこそが必要だから、分かるのだと。

 

(同じ人間なのか怪しくなってきたな。こいつら……)

 

 目の前で繰り広げられるのは正しく超人と化け物の戦いだった。

 フラムと分かれてから十分。

 

 何やら塹壕を渡る最初期の戦車にも似たものが突撃してきて、内部から出てきた共和国の兵達が城砦内部を観測し、慌てて逃げ出していって五分。

 

 施設内部に部下を連れて突入していった百合音が多数の負傷者を運び出しているのを横目に与えられた地図と睨めっこして三分。

 

 その光景は現れた。

 

 崩落。

 

 城砦のあちこちの地面が罅割れて地下へと落ちていったのだ。

 

 負傷者の大半を後方へと馬車で送り出し、混乱する現場の指揮系統を掌握した幼女が始めに行ったのは必要物資の積み出しと内部の触手を片っ端から燃やすというものだった。

 

 不意打ちされてさえいなければ、敵の形態や行動が分かってさえいれば、驚いた事に公国の兵隊は殆ど傷を負う事なく触手を撃退出来た。

 

 無論、触手の方も思わぬ反撃に黙ってはいない。

 

 五本切られ、抉られ、撃たれ、片っ端から破壊されるなら、十本、二十本と何処からともなく数を繰り出してくる。

 

 建物内は触手の弾け飛んだ体液と硝煙と銃声に彩られ、何が起こっているのか把握するのも不可能な有様となった。

 

 それでも人間とは思えない程の膂力で速度で回避運動を行う人影は見える。

 やがて、城砦内部に炎が回り始めるとあちこちから触手が消え失せ。

 

 自分の前に建物玄関から跳躍して退避してきた幼女は最初に遭遇した時に握っていたのと同じボタンを邪悪そうな笑みで押し込んだ。

 

 途端、施設全体を地震が襲って、崩落が開始されたのである。

 

 それが地下に仕掛けられた大量の爆薬が一斉起爆したのだと悟ったのは自分のいた場所とその周囲が無傷だった事からも明らかだった。

 

 人為的なものでなければ、こう上手くはいかないだろう。

 

 思わず揺れにしがみ付いた先にいたのは……破壊に満足した笑みを浮かべている百合音の背中。

 

 とりあえず城砦を自分で破壊した感想を訊ねてみる。

 

「良かったのか?」

 

「城砦はまた造ればいい。兵器の図面は全て回収済み。問題はござらんよ。もしもとなれば、この仕掛けで共和国を誘い込んで大隊くらいは消そうという腹だったが、我が身の不始末に使うなら、何も惜しくは無い」

 

 何となく。

 それが軍の人間にも伏せられていたのだろう事が分かった。

 もしもの時は少数の味方ごと爆破する気だったのだろうと。

 

「謀略上等案件だったわけだな。NINJIN城砦」

 

「必要な犠牲と相手の損害。天秤に掛ける為の仕掛けは何処にもあるでござるよ。それが今回は偶々、此処だっただけの話で」

 

 彼女と共に戦っていた女性男性問わずの部下達はチラリとこちらを見てから、何も聞かなかった事にして周囲の警戒へと戻る。

 

 崩落し始めた城砦の一部は地下倉庫の上に位置する。

 

 その上、殆どの直通路が炎に巻かれているとなれば、敵が慌てて出てこようとするのは確定的。

 

 如何に化け物とて、超重量の瓦礫に押し潰されて、地面の下に埋葬されたのでは身動きが取れなくなる。

 

 あわよくば、それで終わらせようという目論見はしかし確実に敵の優秀さをしぶとさと共に炙り出した。

 

「来た?!」

 

 先程まで機関室の上。

 入り口の鉄蓋が内部から千切れ飛ぶ。

 

 一斉に触手の束とそれの大本がまるで槍でも突き出すかのように地表へと突き出てきたのだ。

 

 真下から吹き上がる蒸気。

 

 異臭もするが、どうやらそれは触手からダラダラと流される液体が炎に焦がされた結果らしい。

 

 周囲はあちこちが崩落に巻き込まれており、何処がこれから崩れるか分かったものではない。

 

 だが、そんな状況にも関わらず。

 黒い外套の兵隊達は百合音を先頭にして緊張した様子も無く。

 

「各員。用意」

 

 その自らの頭の声で即席の武器を装備した。

 それは緑色で全長一m数十cm弱。

 直径10cm程の円筒形の物体。

 竹槍だった。

 まったく化け物に機関銃でも火砲でも爆薬でもなく。

 ソレを使う事になろうとは思っても居なかった。

 最初、出来上がったものを見て思い出したのは間違いなく第二次大戦期。

 祖国の銃後だ。

 女子供がソレで戦う訓練なんて話はそれ以外に聞いた事も無い。

 そんなものでは戦車も壊せないし、車両だって破壊出来ない。

 人間は殺せるだろうが、刃物や銃の方が効率的だろう。

 どうしてそんなものなのかと訊ねるのも無粋だ。

 それこそが自分の望んだ機能を果たす武器なのだと説明されたのだから。

 

 今の今まで黙って地図を見ていた横で数人の百合音の部下達が持ち出した物資と竹と小刀でせっせと作っていたのだ。

 

 人数分をたった十分で仕上げた部下達もまたソレを装備して列に加わっている。

 

「本当にこれで倒せるのでござるな?」

 

 最終確認をしてきた百合音に頷く。

 

「再生能力やら増殖能力がある相手だ。ついでに人間を吸ってた事から考えて、基礎的には人の胃や小腸大腸に値する部分が内部に広がってるはずだ。一瞬で色が変わった事も鑑みるとあの化け物の全身には太い血管と消化器官が詰まってると診て間違いない」

 

「つまり?」

 

「その中に込めたものを全部打ち込めば、再生や増殖が出来ても、不健康極まりない状態になる。不健康な奴が早死にするのは自然の摂理だ」

 

「ほ、本当に効くんですか~?! だって!! コレ台所から持ってきたんですよ!?」

 

 部下の一人。

 キャピキャピした二十代の女が思わず声を上げた。

 それに何も言わずに賛同するような視線が百合音へ注がれる。

 

「部下達には合理性をまず重んじるよう教育しているのでござるが、さすがにこの段になると疑問くらいは持つ。少し詳しく説明してやってくれぬか?」

 

 その言葉に尤もかと分かり易く説明する事とした。

 

「毒や銃弾じゃ殺せない生き物ならいるだろう。だが、自分の身体が必要としているものを摂り過ぎて死なない生き物はいない。何事もバランスと分量だ」

 

「道理だ。だが、その許容限界は如何程になるのかは知っておきたいでござるな」

 

「体積に対しての水分量を最初に見た時の目測で計算した。今も計ってるが、十分足りる。どんな生き物だって自分の体積の数%も水以外で特定の物質を取り込まされたら、どうなるか分かるだろ。全身にソレを詰め込まれて死なない人間がいるか?」

 

「という事のようだ。如何に?」

 

 あまり納得していない雰囲気ではあったが、百合音に一応の頷きが返った。

 

「相手の再生や増殖が行われる度に体内へ取り込まれると考えたら、銃その他で攻撃しながらってのが一番効率が良い。動きが鈍ってきたら火で熱を加えて体内の水分量を減らしてくれ」

 

 こちらの言葉に百合音から苦笑が返る。

 

「まるで料理を指南されているようでござるな」

 

 その言い様に思わず肩を竦めた。

 確かにそれっぽい。

 

「そろそろ、あっちも活動再開らしい。フラムの方がどれだけの準備で動き出すのか分からない以上、後は任せるぞ。合図は水音だ」

 

 地表に露出した肉の槍が蠢き始めていた。

 緊急避難時のショックからそろそろ抜け出したらしい。

 戦車っぽいものが撤退していった跡の壁穴には未だ土嚢すら詰まれていない。

 壁付近での戦闘となれば、共和国の観測手にも見え易く。

 

 フラムにも分かり易いはずだと内心で自分の案を補強してみるが、穴だらけで草も生えない。

 

 軍師でもあるまいし。

 高校生程度に出来るのはお膳立てのみ。

 

 それこそもう後は百合音やフラムの働きを邪魔しないよう隅っこの方でガタガタ震えながら祈るのが関の山だろう。

 

「目の前で死ぬなよ」

「心配してくれるのでござるか?」

「会話した見知ってる相手に死なれたら、確実にオレの心が病む。それだけだ」

 

 触手がまるで身震いするように付いた土を払い落とし。

 こちらを指向する。

 

「では、縁殿の心の平和を守る戦いを始めよう♪ 貸しにしておくでござるよ。ふふ」

 

 背を向けたまま。

 幼女は走り出した。

 その崩落し続ける不安定な足場を軽やかに飛ぶが如く。

 

 続く部下達も体重を失ったかのような足捌きで正に超人と言うに相応しい速度で追随していく。

 

 接敵までものの数秒。

 

 30mを駆け抜けた彼らは崩れ落ち行く足場の上で濛々と上がる噴煙や火の粉を潜りながら、その肉の槍目掛けて、自らの持つ竹槍を突き立てんと戦い始めた。

 

―――そこから先はきっと凡庸なボキャブラリーでは表現するにも困る。

 

 躍動する肉体。

 零される呼気。

 

 空中にしなやかな背筋を逸らせながら、複数の姿態が一際夕闇に耀く。

 溶けるように流動する肉の樹から次々に突き出される槍衾。

 絡め取ろうとする触手の群れ。

 

 その一手間違えば、足を掬われて餌食になるだろう鋭利な先端を小刀の刃先が鍔迫り合いながら、火花を散らしながら、逸らし切る。

 

 十四の人体が繰り出す曲芸は一瞬の判断によって崩れる地表や壁を蹴り付け、肉の樹を幻惑する為に即興で編み上げられる芸術だ。

 

 着地から次の跳躍までは刹那。

 

 削られていく触手が避けられぬ密度で伸び上がれば、刀を腰に戻し、小口径の拳銃へと持ち替え、一斉に伸び切った根元が狙われる。

 

 瞬きすらせず。

 掠める死をものともせず。

 片手に自分の身長よりも少し短い程度の竹槍を持ちながらの前進。

 その最中にすらも目を引く姿は幼い。

 

 部下達と同じく白い羽織の如き制服や黒い外套を着ているから、今までは気にならなかったが、やはりその体は細過ぎる。

 

 なのに誰よりも力強く夕闇に揺らぐ残像すらも残しそうな肉の鞭を切り裂き、口端を引き裂くような邪悪で無邪気な笑みを貼り付けて、命の危機を弄び、恐怖の一欠けらも無い突撃は続く。

 

「ひはっ♪」

 

 それは歓びなのか。

 背筋を凍らせる事すら忘れて人々はその姿を目で追うだろう。

 魅入られた者が辿るのは破滅の末路か真に何かを極めた先にある美への感嘆。

 だが、そんな終わり無き舞とも見えた突撃にも終わりがやってくる。

 槍の射程圏内。

 如何なる狂いも無く同時。

 部下達の槍が樹の表面から滑らかに体内に滑り込み。

 同時に跳躍して離れた男女とは逆に最大加速で突っ込んだ黒髪はそれ自体が槍の如く。

 竹槍が樹木の斜め上から軽く……本当に軽く投擲された。

 それはとんでもない圧力で敵の芯を捕らえ潜り込み。

 しかし、完全に貫く事無く。

 

「喰らえ♪」

 

 袖から出てきたボタンが今までで最も良い嗤みの合間に押し込まれる。

 

 爆発。

 

 一斉起爆した竹槍内部の少量の爆薬が周囲に詰められていた白い粉を体内でぶちまける。

 

 一瞬で肉が爆ぜ、外にもそれが飛び散る。

 だが、化け物の内部にはそれ以上に細胞単位で食い込む。

 

 そして……反撃に出ようとした化け物の触手が高速で無防備となった部下と百合音を捕らえようとしたが、途中でその触手の全てが悶えるようにして軌道を逸らせた。

 

「やったでござるか?」

 

 辛うじて触手からの追撃が無い内に数m離れた全員に叫ぶ。

 

「効果は期待以上だ!! 今の内に燃やせッ!!」

「承知!!」

 

 全員が外套の内側に下げていた袋を樹木に投げ付ける。

 それに続くのは小刀の投擲。

 空中で切り裂かれた袋の中から滑る液体が零れて樹木を覆い尽くすように拡散した。

 

 最後の仕事だと小さな手が竹槍を持っていた袖から一本のマッチを取り出し様に外套のボタンに擦り付けて発火させ、ピンと弾く。

 

 くるくると回りながら、それは悶えながらも敵を追おうとした触手の合間を抜け。

 樹の表層に辿り付き。

 火炎が吹き上がった。

 

――――――!!!!!!

 

 悲鳴も怨嗟も無く。

 しかし、確実に肉の樹が悶えながら炎を振り払おうと鳴動し、蠢く。

 油で肉を炙る香りが立ち込め、思わず先程の言葉が反芻されて苦笑が零れた。

 

「確かに料理だったな。これでお前が()()()ならば………」

 

 その時、何かが爆破される音が響き。

 城砦の外に水音が響く。

 

「動ける奴は誘導しろ!!」

 

 地表から地下に落ちた部下達の数人は既に黒煙の中に見えない。

 

 しかし、まだ地表に辛うじて残っていた数人が百合音と共に壁の大穴に集って銃撃し始めた。

 

 炎で焼かれながらのダメージ。

 それに怒るかの如く樹が触手を這わせて動き出した。

 敵が一箇所に纏まっている。

 その上、そちらから自分に必要なものがあると知覚しているのだ。

 ならば、そうしない理由など何処にもない。

 もしも、樹が生物ではなく。

 

 単なる細胞の寄せ集めだったならば、知能というものを露程も持っていなかったならば、成り立たない作戦だが、その賭けは既に勝った。

 

 後は……。

 

『輸送鉄棺!!! 進めぇええええええええええ!!!!』

 

「来たか?!」

 

 何とか、その場の壁に掛けてある縄から上に顔を出して覗けば、砲塔も何も無い鉄の箱に無限軌道《キャタピラ》が付いた代物の群れが進軍してくる。

 

 最先頭の真上で取っ手を掴んで振り落とされないように身体を固定しているのは間違いなく銀の髪を靡かせた美少女、フラムだった。

 

(よく説得出来たな。それにしても輸送“てっかん”……鉄の棺桶とか……はは……)

 

 信頼。

 

 それこそが、今全てを繋げていた。

 

 例え、それが共通の敵を殺す為だとしても、人間はただ愚かである事は出来ないのだと。

 

 そう信じられる光景が今は何よりも嬉しかった。


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