ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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………作者はちゃんと明記しているのですが、このお話は「ファンタジー」です。ええ……タグにも書いてあるので間違いありません。何がどうなっているのかは今後の展開で明らかになっていくでしょう。二週間以上連続投稿となるかと思います。また、今回は単行本で言えば、どっかの都市なシリーズレベルの分厚い鈍器な前後編になる予定であり、いつもよりも長いお話になるかもしれません。エロ、シリアス、ギャグ三位一体でお楽しみ下さい。また、レギュラーの面々も何処かで登場するかと思いますので、お見逃しなく。では、第八章~月兎喰らい死す~をお送ります。ヒャッハーは世界共通語だと思う今日この頃………。


大主食撃滅戦~月兎喰らい死す~
第154話「魔王と愉快な山賊団」


 巨大な雷が降り落ちる。

 昇り続ける黒い瘴気から奔る稲妻が世界を駆け巡る。

 

 無数の魔物達が沼地の水に足を取られている今、それを回避する術は無い。

 

 大電流の直撃と共に一帯に広がった衝撃は次々に化け物達を行動不能にしていく。

 

 分厚い絶縁性の皮膚を持ってしても、次々に雷光が乱打されて湯気を上げ始めるまでそう時間は掛からなかった。

 

―――突撃ぃいいいいいいいいいいいいい!!!!

―――ヒャッハアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 カイゼル髭の部隊長による一斉突撃命令が剣を振り下ろしたと同時に響き渡り。

 

 巨大な石製の巨人が相手側に控えているというのにも関わらず。

 

 命知らずの軽装備な兵隊達が鍛えられたというよりは刳り貫かれて造られたように見える巨大な蛮刀を両手で振り上げ、次々に沼地で麻痺する軍勢にトドメを刺していく。

 

 皮と麻布の粗末な服の上に編み上げられた鎖帷子。

 ブーツは無く。

 草履と申し訳程度の篭手。

 

 正しく蛮族みたいな連中の調子に乗った殺戮行為は次々に沼地各地で断末魔の悲鳴を上げさせ、知性を持たぬ何か。

 

 肉色の流動した臓器を思わせる生々しい質感の人型の化け物を駆逐していく。

 

 続けて、弩弓隊による一斉射がその諸撃の成功に弛緩した部隊の間隙を突こうとしていた大きさだけが違う巨人の群れの突撃に対して行われる。

 

 寸分の狂い無く兵隊達の真上を跳び越した鏃は化け物達の頭部と眼窩へと埋没。

 

 少しずつ射角と飛距離を上げて前進していく矢の雨の前に為す術なく。

 

 最前列の死体を越えようとした巨人達は倒れ伏していった。

 続いて陣を構えた敵後方からの猛烈な投石と矢の雨を確認。

 

 未だ残っていた巨人達が投げる1m程の岩礫が鏃の群れに混じって飛来する。

 

 それに対して明確な防御は今のところ兵士《ヒャッハー》達には不可能だ。

 

 だが、こちらには手がある。

 

 言われた通り、倒した敵を捨て置いて沼地を全速力で進む男達は上空に盾を掲げるでもなく。

 

 ただ只管に相手の後方陣地手前。

 沼地の終点を目指す。

 

 

 火山爆発に伴う噴石に等しい一撃がこちらの呪文の圏内へと入った刹那。

 

 虚空を吹く膨大な風が、風速数百mの突風が、敵陣地側へと岩を押し流して自らの投げた石が巨人達を襲う。

 

 弓矢の雨は途中で折れながら力なく地面へと落ちていく。

 

 これに混乱した陣地目前で沼地地帯を突破した男達が迂回突撃を敢行。

 

 陣真正面に見える巨人達の工作した簡易の塹壕と土壁を前にして後方へと回り込む。

 

 敵は上空からの岩の雨を受け切って未だまともに反撃するだけの指揮統制を回復していない。

 

 その空隙に対して事前通達してあった通り、腰の後に括り付けていた油紙で包んだ瓶を取り出した兵達が次々に投擲。

 

 後方の陣外縁部に投げ込まれた瓶の割れる音と共にアルコールと火薬とマグネシウムが飛散。

 

 数名の弓兵達が準備していた通り、火矢を射掛ける。

 後方の陣周囲が一瞬で爆音と炎と閃光に包まれる。

 

 アルコールは燃えても限度があるし、火薬も黒色火薬程度の代物では相手陣地の外縁の敵兵を焼いて混乱させる程度の効果しかないが、それと同時にマグネシウムの猛烈な光が襲い掛かれば、敵の陣地は人が最も忌避する音、衝撃、光の三つに支配された混沌の坩堝と化す。

 

 相手陣地外縁の一時的な無力化は反撃を回避する為のもの。

 

 兵には予め断熱性の軟膏を肌に塗り込ませてあるので陣地襲撃中の火傷は問題ないだろう。

 

 沼地で水を含んだ衣服も相俟って怯みさえしなければ、火中に飛び込むのは容易。

 

 また、巨人の群れは下半身を塹壕に入れ込むような形になっている為、混乱している現場では危なくて敵も不用意に動かせない。

 

 この好機逃すべからずと命知らずの兵達が後方と側面からの襲撃を敢行。

 

 次々に塹壕を突破し、陣中枢へと向けて進軍。

 この段に至っては勝敗も決した。

 後は残敵の武装解除と戦意を挫くのが常道。

 

 兵達の中に紛れ込ませていた風の魔術が使えるという者達に言い含めていた通り、相手の敵将が降伏したとの報を周辺区域全域に流させる。

 

 同時に敵兵に降伏すれば、命までは取らないという御約束の声を掛けさせれば、問題は残り一つだけ……自分が降伏したとの報を否定しようにもこちらからの妨害で各地点に連絡を入れられずに孤立した敵将を無力化するのみ。

 

 空を飛ぶままに陣中枢を確認する。

 

 もはや対空迎撃どころではない巨人は最後の抵抗とばかりに自陣地内で暴れているが、巨人に近付かず、中距離から敵兵を脅し、怯ませる事を主軸として戦術を叩き込んだ兵達はそもそも暴走に巻き込まれていない。

 

 陣中枢の速やかな制圧は突撃した兵が背後に抱えていた中距離戦用のボーガンで行われる為、陣周囲を守っていた精鋭達は魔術師でも無ければ、為す術なく槍衾並みに手足を穿たれて行動不能。

 

 完全に包囲していた陣中枢に相手を押し込めた時点で勝利は確定した。

 

 連絡を入れて、中枢への攻撃を中断させてから幕で覆われた内部へと高速で降下。

 

 陣に土煙を巻き起こしつつ着陸する。

 さすが精鋭。

 即座、剣で斬り掛かってくる者が数名。

 その指を見えざる触手。

 

 鋸上等ないつものアレで切り落とし、煙の中から陣の指揮者の前へ進み出た。

 

 最後の壁か。

 猫耳の少女と犬耳の少女。

 

 革と鎖帷子の戦装束姿な二人が己の主を守るように短刀を手に汗を浮かべ。

 

 こちらを前にして震える事なく睨み付け。

 

 背後の主の横に控えるファンタジックな曲線を多用した鎧と外套を重ね着した魔術師らしき壮年二枚目男が杖を片手に主の前でその上部に付いた宝玉を紅の燐光に耀かせた。

 

「もう良い。ご苦労であった。皆の者。巨人《タイタンズ》を止めよ」

「殿下!!?」

「ダメです!!? 殿下!?」

「何と言われても止めないにゃー!!」

「我が大権にて命ずる……止めよッ!!!」

 

 それと同時に戦場の時間が止まった。

 巨大な化け物達が動きを止め。

 

 兵達もまた言い含めていた通り、相手の抵抗が収束した事を受けて様子見へと移行。

 

 また、陣を包囲する兵達もこちらを遠巻きにするのみで手足を打ち貫いて無力化した負傷者に対するトドメは無しに後方からやってきた医療専門の兵達と合同で適切な処置を施していく。

 

「お初にお目に掛かる。我が名は月兎皇国《げっと・こうこく》の皇主ファナン・ライスボール・月兎の長子にして第一継承権所有者。フラウ・ライスボール・月兎である。そなたが黒衣の大賢者……いや、魔王イシエ・ジー・セニカ殿だろうか」

 

「今はそう名乗ってる」

 

「貴君の噂は予々《かねがね》。我が軍は降伏する。我が首と引き換えに軍の者達の助命を嘆願するものである」

 

 主が頭を垂れ、伏して首を差し出す光景に慌てて止めようとした従者達だったが、その伸ばした手を出し掛けて止める。

 

「くッ、殿下?!」

「ああ、ダメです!? 殿下?!」

 

「そ、そんな、そんな事をしてはいけませんにゃー!!? 殿下!!?」

 

 誰も自分の命が惜しいわけではない。

 

 主が命を掛けてしてくれている事がどれだけの苦悩の末にあるものなのかを知る故の静止だった。

 

 震えた従者達の手を見れば、もはや勝敗が決した事を誰もが理解し、飲み込んだのだ。

 

「……最初から野戦軍の殲滅が目的ではないし、そもそもお前と同じで無駄に兵を消耗させるような理由は無い。沼地での足止め、遠距離からの投擲、此処じゃ真新しい塹壕戦術と壁を盾にしての持久戦、敵の殲滅を主眼にせず、人的資源、兵の命を優先して相手の戦力を削り、降伏させようとした手腕。そういう面は評価に値する」

 

「?」

 

 顔を上げる相手が不意の褒め言葉に何やら不思議そうな顔をしていた。

 

 命を掛けている状況だと言うのに豪胆な話だ。

 

 しかし、それが生活環境から来る人格の地の部分というのなら、それは正しく英雄とかには必要とされる代物に違いない。

 

「だが、魔術師の不足は明らかだったな。敗色濃厚な戦線に引き抜かれ過ぎた予備戦力はもはや無い。徴兵人口も限界を超えて払底してる。此処の兵は殆ど新兵ばかりで速成したはいいが、練度も最低ギリギリ。その上、士気を上げる為にお前みたいな戦いに向いていない人間を送り込んでくる時点で戦乱の終焉は近い」

 

「で、殿下に何て言い―――」

「にゃ、にゃ―――」

「静まれ」

 

 魔術師が少女二人を杖で抑えるようにして後へと引かせる。

 

「お前らのやってる事は戦争という美名で下された全滅してこいって命令の実行に過ぎない。組織だった抵抗が出来なくなったのを承知で国の延命を図ろうとした連中の捨て駒役だ。徴兵制の国で救国の反乱軍と名高い相手に高い士気を求めようなんて時点で不合理が過ぎる。最精鋭部隊なんて言っても、周囲を固めてたのは惨敗して戻ってきた正規兵の寄せ集めだろう? ハッキリ言って、御粗末以前の問題だ。どれだけ化け物を投入出来ようが戦力は無限じゃないんだ。限界がある。生命力が強く使い勝手は良くても、今戦争中の相手国を見れば、押されてる理由は一目瞭然」

 

「随分とこちらの陣容に御詳しいようで」

「当たり前だ。調べさせてたからな」

「……我が国の力不足だと仰いますか?」

 

「そうだ。月亀との戦争も根本的にお前らとあいつらじゃ次元が違うってだけだ。組織としての合理的な命令系統。武器の統一。グダグダで無能な世代格差広がり過ぎの戦術論に戦略論。敵攻勢に耐えれてたのは単に化け物が今までは圧倒的な武器として機能してたからだが、相手はそれを相手に弛まぬ努力と研鑽と研究を積んだ。戦争なんてのは始る前から結果が見えてる。正に亡国寸前だな」

 

「それで我々にそのような話をする理由をお聞かせ願いたい」

「お前の国を一時的に貰い受ける。手伝え」

「………正気で仰っているのか?」

 

「逆に問おう。戦争してる連中が正気だと思えないお前みたいな奴が此処に立ってる時点で祖国に芽は無いと気付いている自分はいないか? 人として生まれたのに単なる肥料となって消えていく国民達に申し訳なく思ってる自分を誤魔化せるか? 失われる故郷に人が残っている内が華だぞ? 国家を失った民の行く末は悲惨を極めるし、相手国に飲み込まれれば、民族的には少数派になって消えていく未来しか子孫にも残してやれない」

 

「―――宮中、前線、世界の全てを見てきたような事を仰る……まるで、空から見下ろすあの()()()にいるという外神《そとかみ》のようだ……貴君は」

 

 相手が見上げるのはこの世界の外へと続く唯一の門。

 天蓋に聳える巨大な穴に写る月。

 

「さてな。お前にオレが示す道は二つだ。此処で民を見捨てて死ぬか。此処で民の為に生きるか。無論、お前に生き残った末の選択肢など無い。オレを手伝う事と同義に思ってくれ」

 

「一つお尋ねしてもよろしいか? 貴君……いや、()()()は我が国を手に入れてどうしたいのだ?」

 

「オレの道具になってもらう。全てが終わったら解放しよう。ああ、無論だが、国民が全滅するような事は無いし、使い潰して奴隷みたいに使い棄てる事もない。人権は保障しよう。物凄く苦労してもらうだろうがな。でも、かなりマシだと思うぞ? 戦争で無駄に人命が失われ敗戦して侵略者御用達の三拍子、略奪・虐殺・支配の輪舞《ワルツ》を死体寸前で踊るよりずっとな」

 

「信じろと?」

 

「今のお前に信じないという選択肢も無いな。自分の力不足を恨め」

 

「………」

「殿下」

 

 僅かに逡巡する主を前に背後から魔術師の壮年が声を掛ける。

 

「お好きになされませ。我々は全てを共にしましょう」

「……クノセ、我は……」

 

 名前を呼ばれた男が静かな瞳で主を見据える。

 

「どのような邪道も道である限り、何処かには続いておるはず。選ぶのは殿下でございます」

 

 少女達は主を前にして静かな瞳でただ自分の主の選択を絶対に見逃さぬよう目を見開き、口を真一文字に結んでいた。

 

「決まったな。じゃあ、とっとと武装解除してもらおうか」

「我はまだ答えを―――」

 

「本当に優しい人間は自分の事なら犠牲に出来るが、相手に犠牲を強いる事が出来ない」

 

「―――?!」

 

「此処でオレがこいつらの身の安全を盾にお前を脅さないのはそんな不合理な事をする必要も無く、お前がそうすると確信しているからだ」

 

「………あなたは神になったつもりか。魔王を名乗る者よ……」

 

 その瞳は真っ直ぐにこちらを見据えていた。

 どうやら覚悟は決まったらしい。

 

「一応、教えといてやる。オレは人殺しが嫌いで、戦争は遊びの中だけがいい人間だ」

 

「何?」

 

「そして、目的の為なら…きっと、この大地すら壊していいと感じる……そういう何処か壊れた人間でもある。自分を、祖国を、民を、お前を慕う全ての人々を守りたいと願うなら、オレがこの世界に絶望しないよう精々頑張ってくれ。これは脅しじゃない。単純で純粋なオレからの善意。最初で最後の忠告だ」

 

 こちらの笑みに何を思ったのか。

 ゴクリと唾を飲み込んだのはお付きの三人。

 どうやらかなりキテル人物に見えるらしい。

 

 いや、そう見えてもらわなければ困るのだが、事実として……目的達成がなされない場合、自分でも自分がどういう選択をするのか分かりはしない。

 

 だから、半分は演技。

 半分は本当というのが正直なところだろうか。

 

「……了解した。あなたに……従おう。魔王よ」

「それとその魔王ってのは止めろ」

「では、何と?」

 

「好きに呼べばいいさ……降伏受諾の宣言をしてもらう。こっちに来い」

 

 立たせて、横に並ばせ、耳元のインカムを相手の口元に持っていく。

 

「今からここらの兵にお前の声が送られる。簡潔に部下へ伝えてくれ」

 

「分かった……」

 

 スイッチを入れて促す。

 

「全ての将兵に告ぐ。我々は負けた!! 降伏し、ただちに武装解除せよ!! 大人しく投降すれば、命は取らないと敵将との間に話が付いた!! 我が名、フラウ・ライスボール・月兎の名において降伏せよ!!」

 

 周辺の地面には既にばら撒かせた小型のスピーカー。

 

 この世界でいう魔術を込めた品が起動している。

 

 辺りから一斉に響いた声に周囲で上がる声は呻きか。

 それとも泣き声か。

 しかし、将兵達のそれに続いて、こちら側の鬨の声が周囲で上がる。

 

「ご苦労さん。後は其処の有能そうなおっさんに事後処理は任せようか。投降した将兵を纏めて武器その他の物資を食料以外全て取り上げさせてもらう。現地の指揮官は此処の外にいる。オレの名前を出して協力するよう言われたって言えばいい。最高指揮官の代理として働いてもらうぞ」

 

「分かった……私の名はクノセ。クノセ・サルガッソー・イチジクだ」

 

「よろしくな。それとそっちの涙目でオレを睨み付けてる二人は連れていってくれ。後で主の世話係にしてやるから、今は黙ってそいつの下で働け。重傷者の回復、死人の埋葬。やる事は幾らでもあるからな」

 

「殿下ぁ」

 

 犬耳の少女が主を見て俯き。

 拳を震わせた。

 己の不甲斐なさが許せないらしい。

 

「にゃぁ……」

 

 弱々しくも主を見つめ、その後涙目でこちらを睨む猫耳少女が唇を真一文字に引き結ぶ。

 

「大丈夫だ。我はセニカ様と話がある。お前達はクノセを傍から支えてやってくれ」

 

「分かり、ました……」

「分かりましたにゃぁ……」

 

 名残惜しそうに、不安げな表情をしながらも魔術師クノセの横に付いて何度も振り返りつつ、二人は幕の外へと向かった。

 

 残るのは自分と相手のみ。

 そして、こちらを真っ直ぐに見据えた貴人が真に清んだ瞳となる。

 

「残された意味は理解しているつもりだ……全てを捧げると誓おう」

「は?」

 

 シュルリと軍装と言うには典雅な白と金の法衣。

 

 魔術師の中でも皇族にのみ許されていると話に聞いた布地があっさりと着物のように脱げた。

 

「好きに……なさればいい」

 

 思わず噴出しかけて、どうしてこの世界には勘違い野郎……否、女朗しかいないのだろうと片手で顔を覆う。

 

「はぁ……」

 

「どうしましたか? 我が体はお気に召しませんか?」

 

「オレがそういう野蛮な事する人間に見られた事がショックだ。いや、人を死なせてる以上、野蛮なのは間違いないか。だが、少なくとも性癖的にそういうものを求めてると思われるのは心外だな」

 

「え? ぁ、で、では……何を求めて二人切りに?」

 

 自分が見当違いの行動をしていたと知った相手。

 フラウ・ライスボール・月兎。

 

 長子にして皇女が脱ぎ捨てた法衣を体に寄せるようにして恥ずかしげにこちらを見やる。

 

 その頭部にあるファンタジーならありがちだろう兎のような長いが半ばから折れてフルフル震えた。

 

 白い肌、紅の瞳。

 純粋に人形のような整った顔立ち。

 

 今年で12歳になるとされていた身長175cm以上の少女はこちらに困惑した表情を浮かべている。

 

 この()()では平均より少しだけ高い背丈。

 

 しかし、それでもやはり女性というにはまだ凹凸が足りない身体。

 

 これで戦争しろと送り出されたというのだから、政治という奴はまったく度し難い。

 

「とりあえず、造ってもらいたいものがあるんだ」

「……ぁ、その……子供、を?」

「ブッフォ?!」

 

 やはり、という顔になったフラウ殿下はまた衣を肌蹴ようとする。

 

「違うから!? 化け物を生み出す秘術だよ!! 月兎の血筋にしか伝わってない魔術は有名なんだろ!! ソレを使って造って欲しいものがあるんだよ!!」

 

「それで戦力を?」

 

「いいや、そんなものじゃない。オレが造って欲しいのは……まんじゅうだ」

 

「マン、ジュウ?」

「いや、月の兎に頼むとしたら団子か?」

「ダンゴ?」

 

「この狭い世界に革命を起こしてやる。人権無視奴隷マシマシ神格有り中世魔術戦記ファンタジー虐殺蹂躙エロ同人路線とか、そんな面倒なリアル求めてないんだよ。生憎オレはな」

 

「??」

 

「この狭い天蓋の中で生き抜いたあんたらに世界の外からのプレゼントだ。半月……半月でお前の祖国を救ってやる。だから、お前はお前達の為に力を貸せ。フラウ」

 

「力を?」

 

「そうだ。此処だけの話。この世界の住人じゃないオレには今より大きな後ろ盾がいる。後、世間一般で流れてる噂にある魔王は大魔術師とか、黒衣の大賢者なんだとか、スゲー超越者なんだとかは嘘っぱちだから信じるな」

 

「え?」

 

「SFバデーにオカルト漬けな元ニートが表の顔で魔王とか、どうやって笑えばいいんだかな」

 

「………あなたは……一体……」

「オレが“灰の月”から来たと言ったら、お前信じるか?」

 

 驚きに固まる相手に『まぁ、そうだよな』と肩を竦める。

 

「生憎と此処には神様気取りの連中から嫁を取り戻しに来たんだ」

 

 この世界の空。

 蒼き天蓋には鯨。

 

 地表に恵まれる光の最中からは幻想的な生物達の泳ぐ宇宙線低減用の長さ3140kmにも及ぶ大水槽《うみ》の一部が表出していた。

 

 地下世界。

 

 ゲノム編集に基く独自の生態系を築いた緑の楽園。

 

 6分の1Gにしか過ぎない重力において人と人ならざる者が暮らす幻想郷。

 

 あらゆる事象を物質から引き出す体系。

 

 紅の燐光を発生させる“魔術”を行使し、戦乱の最中にある世界に今、時代の終りがやってくる。

 

 それを導くのが己ならば、この世界に語られる世界の終焉を約束する魔王とは本当に自分なのかもしれなかった。


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