ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第156話「美酒は苦く」

 

―――1ヶ月前、月狗邦《げっくほう》首都カグヤ城下町探訪者ギルド受付。

 

 光域の中でも特に温暖で豊かな場所は“照華《しょうか》の地”と言われる恒久界《こうきゅうかい》の中でも指折りの一等地として各国から羨望の的として見られている。

 

 光の量もさる事ながら、何よりも大規模な穀倉地帯を抱えているのが他国からすれば、喉から手が出る程に羨ましいらしい。

 

 人々の主食である粟や稗などの雑穀や果実の最適な栽培場であると同時に多年生の主食に耐える野菜が複数自生しており、それらの食料は加工され、周辺国や影域まで届く主要な交易品になっているのだとか。

 

 この地域一帯の大国は四つ。

 それに同盟する周辺諸国が十二ヶ国。

 

 この合わせて十六カ国が最も恵まれ、最も豊かで、最も技術にも明るく、国力にも秀でた先進国という扱いになるらしい。

 

 必ずそれらの国々には月の名が冠されており、最初に挙げられた四カ国の首都には古の神々の叡智の結晶たる巨大な鋼の円柱“人理の塔”が立っており、漁師達は大蒼海《アズーリア》まで昇って多くの魚介類を陸揚げする。

 

 各国はその天の海に関しては戦争をしている時でさえ、神殿と神々の意向から軍事不介入の立場を取っており、人々は時代時代で戦乱を乗り越える時の原動力として上手く海の恵みと付き合ってきたのだとか。

 

 そんな先進国の一つ。

 

 月狗邦《げっくほう》は周辺諸国十二カ国の内の一つであり、ケモナー大歓喜な犬系ケモミミ人種発祥の地らしい。

 

 耳で種族が決まる恒久界《こうきゅうかい》において主要な種族は其々が漢字で表される。

 

 月狗邦《げっくほう》は正しく狗=犬耳連中の巣窟。

 

 “照華《しょうか》の地”は基本的に貴族階級以外の種族的な血筋には拘らないのが普通のようだ。

 

 猫だろうが、犬だろうが、能力のある奴が取り立てられるのが一般的ではあるが、やはり自国発祥の血筋が支配階級層には求められるのが大半なようで指導者や政府首班は伝統的には主要民族の血筋で固められている。

 

 大国と呼んで差し支えないだろう国家の首都ともなれば、華やかなもので。

 

 赤煉瓦造りの家々に白い塗料の瓦屋根が乗る景色が城下の果てまで続いていれば、これは正しく絶景というやつだろう。

 

 周囲の図書館で相棒に情報を収集検索させ、諸々の常識を詰め込んで半日。

 

 周辺区画の服屋からパクッて来た旅装束に身を包めば、心は正しく探訪者《ヴィジター》だ。

 

 無駄に中世っぽい街や王城の外観とは裏腹に社会体制は妙になんちゃって臭が漂う恒久界はファンタジーにありがちなギルドや冒険者や勇者っぽい役柄の連中やらが花形職業らしい。

 

 探訪者《ヴィジター》は本当にファンタジーのソレに等しい事をする何でも屋だ。

 

 ギルドに入って来た依頼をこなして金と名声を得たり、旅先で化け物を退治して旅費を稼いだり、古の遺跡を漁って発掘したりと正しく物語の中の存在である。

 

 どうやらこの一万と三千年で何度も文明滅亡レベルの戦乱とかが起きたりしていたらしく。

 

 発掘出来る遺跡は山となって地下や世界の果てに眠っているのだとされる。

 

 そんなロマンに溢れた“僕が作ったファンタジー”臭い設定が現実だと言うのだから、もし此処に観光で来ていたならば、一度くらいはそういうRPGをしても良かったかもしれない。

 

 が、今回は生憎と目的があり、時間も足りない。

 

 という事で見た目は公営の施設らしい巨大な酒場のようにも見える本部へと入った。

 

 麻布や皮製の衣服が主流な世界において絹製の衣服を纏う者も少なくない大通りから少し外れた場所にある其処は一転して酒と肴と埃と土の匂いがする旅人や荒くれ風の如何にもな連中が屯するだだっ広い場所だった。

 

 壁際は全てカウンターで棚には酒瓶が山積み。

 薄暗い壁際の二階に続く階段からは吹き抜けの一階が丸見えだ。

 奥には別館も幾らかあるらしく。

 朝っぱらから御盛んな嬌声が何故か普通に響いている。

 

 社会制度的には奴隷あり、娼婦あり、ついでに人権なんて特権階級や金持ち以外には皆無という……国一番の公営ギルドがコレなのだから、地方はもう場末の売春宿とかと大差ないのだろう。

 

「………」

 

 フードを被ったまま無言でランタンが灯る奥のカウンターへと向かう。

 

 マスターらしき人間は複数いるが、奥を選んだのは純粋に人が良さそうな相手を選んだからだ。

 

 相手は四十代くらいのバーテンの格好をした少しふくよかな女性。

 

 耳は灰色で狗系の何族かまでは分からなかったが、目の前まで行くと『何にしましょう?』とニコニコ訊いてくる。

 

「とりあえずお勧めを。それと難民関係の依頼は無いか?」

「難民関係の依頼ですか? ああ、それなら幾らかありますよ」

 

 目の前に出されたのは氷に琥珀色の液体が注がれた何かしらの酒のロック。

 

 それをまず呷る。

 度数は高いようだが、現在の肉体では酔えないので問題は無い。

 

 無駄に苦い以外は樽の樹木の香りがキツイものの、呑めない程でも無かった。

 

 日本語で封と書かれた封蝋が剥がされ、複数の依頼がカウンターの上に提示された。

 

「一番値段が高いのは難民の自国への帰国を促す任務ですね」

 

「帰国?」

 

「ええ、駆除依頼になってますが、さすがにそこらは暈されてると考えて頂ければ」

 

 さすが人権0ファンタジーとの言葉は喉の奥に飲み込んでおく。

 

「……他には?」

 

「難民窟の“掃除”と難民窟に出る“盗賊団”の排除。一番値段が低いのは難民窟への食料支援の商隊護衛ですか」

 

「ちなみに何か資格は要るか?」

 

「いいえ、一番値段が低いですし、護衛任務は基本的に+αが依頼者から出るのが普通ですから。危険度最高で死んだらそれまでの任務に資格まで求めたら、やる人がいなくなってしまいますよ」

 

「そうか。それを受注したい」

「前金はお有りですか?」

「ああ、幾らだ?」

 

 近くの商店から夜にかっぱらって来た皮袋を漁る。

 

「こちらから相手へ連絡する駄賃と証書の発行を済ませるのに銀貨一枚程」

 

「これで」

 

 適当に出すとバーテンが受け取って、目の前に証書らしきものを出してきた。

 

 契約事項というやつだろう。

 

 内容は……まぁ、簡単に言えば、ギルドは依頼斡旋の責任は持つが、結果の責任は持たないという類の代物だった。

 

「此処に名前を書いた後、掌を置いて頂ければ、魔術で手形として捺印しますので」

 

 言われた通り、名前を書こうとしたが……さすがに本名は止めてこの世界でも使われているカタカナの横文字にする。

 

「イシエ・ジー・セニカ様ですね」

「ああ」

「では、魔術での捺印をしますので十秒程お待ちを……」

 

 何やらバーテンが軽く何かを呟き始める。

 

 それと同時に紅の燐光が虚空に発生して、掌の上に降り注ごうとしたが、途中でフッと途絶えた。

 

「あら?」

「どうかしましたか?」

 

「おかしいですね。お客さんの魔力が強いのかしら? 発動しませんねぇ……」

 

「手形はインクで」

 

 代案を出したら、そうしましょうかとカウンターの下をゴソゴソ漁ったバーテンがインク瓶らしきものを手にして、こちらの掌に数滴垂らした。

 

 それを握り締めてから用紙にペタリと貼り付ける。

 

「はい。受領完了です。御疲れ様でした。では、こちらから相手側に伝えますので、すぐにでも合流場所に向かって頂いて結構ですよ」

 

「すぐにでも? こういうのは期日が決まってるんじゃないのか?」

 

「ああ、食糧支援はありていに言えば、奴隷売買用の御題目でして。食料を代金代わりに奴隷買い付けに行く連中からの依頼なんです。だから、期日はいつでもいいんですよ」

 

「―――」

 

 思わず閉口するも、まぁ後でどうにかすればいいとバーテンから地図を貰って背を向けようとしたら、ジッと見られていた。

 

「何か?」

 

「いえ……物好きですね。難民関係の仕事なんて疲れるばかりで実りも少ないし、危険ばかり……あなたくらいに強そうな方ならば、貴人の護衛に神殿の警護、魔術師の依頼と何でも出来そうですのに……」

 

「ああ、そういうのはお呼びじゃないんだ。此処にはちょっと神へ喧嘩売りに来てるだけだからな」

 

「神様に?」

「愉しそうだろ?」

 

「……あははは、そうですね。お客さんが何を御求めになっているのかは分かりませんが、それはとても愉しそうです。では、報酬は依頼者からの直接供与となりますので、お忘れなく」

 

「ありがとう」

 

「いえいえ、久しぶりに“耳無し”なんて見ましたから……心から依頼の達成をお祈りさせて頂きます。神々にではなく、ね?」

 

 ウィンク一つ。

 それに頭を下げてギルドを出た。

 

【マスターが直々にやるなんて珍しいね】

【あら、そうかしら?】

【あの耳無し……ヤバイよ。たぶん】

 

【ふふ、いいじゃない。ちょっとくらい依頼者もリスクを背負う方が仕事にも張りが出るってものよ?】

 

【はぁ……マスターに言われたら、何処の犯罪ギルドだって文句一つ言えないだろうに……】

 

【あの子、清んだ瞳をしていたわ。何かを秘めて、何かを決意して、何かを為す人の目よ】

 

【この塔も近い神殿の御膝元で神様に喧嘩売る耳無しって……馬鹿や間抜けを通り越して、何で死んでないのかを疑う状況なんだけど……】

 

【まぁまぁ、此処だけの話にしておいて頂戴な】

【いいけど……奴隷商ギルドの連中が黙ってるかどうか……】

【ふふ、逆かも知れないわよ?】

【逆?】

【彼がギルドの連中に黙っているかどうか。それが問題なのかも……】

【―――酒。あいつに出した此処で一番高いやつで手を打とう】

【はいはい。半額にしておくわね】

【ちょ?! ソレ今月の半分くらい飛ぶんですけど(汗)】

【ふふふふふふ……】

 

 大通りから渡された地図を見ながら移動する。

 

 城下の端。

 

 スラムへと道は続いているようだった。


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