ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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間奏「その日の出来事Ⅲ」

 最初に一発殴られるのは分かっていた。

 首都を出発して二日。

 到着した天海の階箸。

 その中層階。

 確かに広がる都市区画内の玄関口。

 弾丸列車型の車体がリニア方式で上層に向かって数十分。

 

 減圧されつつ加速した機体は最終的には真空トンネル内をレールガンの砲身を潜り抜ける弾丸のように突き進み。

 

 ほぼ地表付近の発着場から最短距離でポートに到着。

 

 内部の無機質な吊革や座席一つ無いソレの内部で壁に張り付けられるように加速を堪能した後の一撃はかなり効いた。

 

 待っていた迎えがたった四人だった事が良かったのか悪かったのか。

 

 アンジュのお付きであった男ノ娘達と忠犬と呼んで差し支えないユースケ・ベイ・カロッゾの顔には何かを耐えるような表情が浮かんでいた。

 

 人気の無いターミナルは無機質で何も置かれていない。

 フラクタル状の通路を無言で歩き出した四人に続く。

 

 ヒルコが僅かにその鋼鉄の指を頬に差し出そうとしたが、断って息を僅かに多く吸って吐き。

 

 精神的に立て直す。

 

 ポートの伽藍とした出入り口から外に出れば、数ヶ月前に一度入った景色が変わらず広がっていた。

 

 天蓋一面が全てスクリーン投影で空を演出して人に圧迫感を与えず。

 

 また、数kmにも及ぶ都市は複数の区画グリッドが連結された様子で今もあちこちに使用前の抜け、盤上の落とし穴のような場所が確認出来る。

 

 ポートの階段の上からだと京都並みに碁盤目状に整備された街並みがよく見えた。

 

 傍に広がっている道路の下は崖のように90°で切り立っており、数百m下にある都市区域までの距離は長い。

 

 螺旋状の下り坂の手前には軍用らしきハマーっぽいカーキ色の大型車両が一台止まっている。

 

 ユースケが運転し、その背後に三人が、更にその後の座席に載って、ヒルコは何やら車体の後に自分を腕から引っ張り出した鋼線で括り付けて自前の車輪で曳いてくれるよう促した。

 

「行ってくれ」

 

 言葉と同時に車両が螺旋の道路を下に下っていく。

 アスファルト製では勿論なく。

 

 何やら得たいの知れない硝子《クリスタル》の道は半透明だ。

 

 風を受けながら少しずつ近付いてくる都市区画は1マスが100m程の広さを持つ。

 

 その真下は建材などは無く。

 

 電磁誘導で浮いており、周辺区画とは巨大な連結器と通路で結ばれていた。

 

 【統合】程の広さは無いものの。

 

 それでも数キロ単位の居住区画は8層程上まで連なっているので合計では敷地面積的な問題は無いと事前の調査で分かっている。

 

 生活基盤をどうして直接設置型にしなかったのかとの疑問はあったのだが、どうやら外壁の損傷などで区画を犠牲にする必要性を低減出来る移動式にしたから云々。

 

 また、重力のある星への降下時のポジショニングや都市区画を層内部で回転させて1Gを生み出す事も計算されていたのだとか。

 

 ヒルコから聞かされていた通り、都市機能の再始動から時間が経っても内部の空気は清んでおり、埃っぽさとは無縁だった。

 

 どこかしらにガタが来ているのではないかと思っていたのだが、都市機能と外界からの遮断機能は100%稼動しているようだ。

 

「そちらの準備は?」

 

「……はい。明日までに終わるとの事で……エミ様にはこの後、少し新しい生活居住区に拠って頂いてから、他の宗派のトップの方々にお会いして頂く事になっています」

 

「そうか……」

 

「現在、宗導者は復帰なされたマックス様が取り仕切っており、今回の一件に関しては一般には伝えておりません。他宗派はマックス様の手前、沈黙を保つとの判断を下しました」

 

「あの爺さんが……」

 

「発掘していたアレの準備はほぼ終わっていますが、最終確認とテストは未だ行えておりません。調整には今しばらくの時間が必要と技術部門からは……」

 

 男の娘達の顔は暗い。

 それはそうだろう。

 自分達がいない間に主を浚われたのだから。

 

 あの時、この三人とクランのお付き達は次の内々の結婚式の準備に外へ出ていて助かったのだ。

 

 自分達が居ればと思っているのは内心を推し量るまでも無かった。

 

「その調整の事だが、ヒルコに任せる事になった。今、一緒に行動しているのはそういう事だ。話はそっちに行ってるか?」

 

「は、はい……では、その大きなロボットがあの……黒猫様なのですか?」

 

『うむ』

 

 三人が思わず後を振り向く。

 

 今まで一言も発しなかった鋼鉄のガイノイドがいきなり喋り出せば、そうもなるだろう。

 

 ヒルコはあの一件で黒猫スタイルのまま【統合】との折衝に望んでいた為、面識は三人ともあるのだ。

 

『今回の一件ではワシの子も誘拐されておる。必ずや助け出す事を約束しよう。心配は幾らしてもよいが、覚悟ともしもの時の為に休息は取っておいて欲しい。お主らの力を貸してもらう事があるやもしれぬからな』

 

「は、はい!!」

「わ、分かりました!!?」

「当然ですッ!! アンジュ様の為にお役に立って見せます!!」

 

 こういう時の部下の扱い方を心得たヒルコには頭が上がらない。

 

 俄然、瞳に力が戻ってきた男の娘達が大きく頷く様子を見れば、本当に自分の何と薄っぺらい事かと思わざるを得ない。

 

 誰かの上に立つ。

 誰かを導く。

 

 その大変さを前にして凹んだ自分に出来ない事をしてくれている今の相棒は……間違いなくこの一件を解決する為、無くてはならない存在だった。

 

「それで最初に何処へ行くんだ?」

 

「あ、はい……アンジュ様が来月辺りにご自分で切り出すと仰っていたのですが、新しい病院がこの層に出来まして……それの見学に……」

 

「病院?」

「アンジュ様が本当にエミ様に見て欲しいと願った場所です」

「そろそろ付くぞ」

 

 いつの間にか螺旋構造も降り切って市街地に入った車両が次のグリッドに見えてくる大型の白亜の施設の玄関に向けて加速し、一分もせずに玄関先へと到達して車体を止めた。

 

 最初から分かっていたが、やはり広い市街地では未だ人口が少ない【統合】の人間を見掛ける事は無かった。

 

 玄関はしっかりと閉じられており、内部からの明かりは見えるが、完全な防音のせいか。

 

 音は少しも漏れ聞こえてこない。

 

「エミ様。外界からの汚れや雑菌を消毒する為に一度、此処のリフレッシュルームで脱いで頂けますか?」

 

「そういう施設なのか?」

「はい。念には念を入れて……」

「分かった。ヒルコ、お前はどうする?」

 

『ワシは此処で待っておるぞよ』

 

「オレも此処で待たせてもらう」

 

 ユースケは軍装の帽子の鍔を下げて頭を組んだ両手に預けた。

 

「さぁ、エミ様」

「こちらです」

「行きましょう」

 

 男の娘達に連れられるまま。

 

 玄関先から内部に入ると横に紅い光が灯った狭い扉の一室が硝子越しに見える。

 

 一緒に内部に入ると。

 

 すぐに着替えを入れるダストシュートが壁から出てきたので、思わず躊躇したのだが、三人が躊躇無く脱いだので仕方なく全裸になって衣服を入れた。

 

 そうして壁にダストシュートが戻って数秒後。

 

 蒼くなった明かりと同時に壁から複数の霧状のミストが散布され、ついでに上からは泡状の洗剤だろうものが大量に降り注いでくる。

 

「こ、これいつになったら終わるんだ!!」

 

 思わず目を閉じて訊ねると。

 泣き声が聞こえた。

 僅かだけ。

 しかし、それも真水のシャワーの音色に被せられて消えていく。

 やがて、周囲に温風が猛烈な勢いで吹き荒び。

 もう片方の扉が開く。

 

「……行きましょう」

 

 全てが乾き切った少女。

 

 いや、僅か恥ずかしげにこちらに背中だけを向けて、胸を隠して微笑んだ男の娘達が性別も忘れさせるような背中で外へ出ていく。

 

 カシャンと音がして、次々に衣擦れの音。

 

 思わず1人裸だと気付いて、慌てて自分の衣服を回収しに外へ出た。

 

「さっきのは聞かなかった事にして下さい……アンジュ様と一緒にエミ様をお迎え出来なかった事が悔しくて……でも、大丈夫ですから」

 

 強かに笑って衣服を差し出してくる彼らを女神というのは相応しくない。

 

 だが、それでも確かに強い瞳は今の自分が憧れてしまうくらいに強かった。

 

「……ぁあ」

 

 着替えをすぐに終えて。

 

 すぐ集合した三人がエアロックのような分厚い隔壁の前で横のボタンを押す。

 

 すると、左右に開いた扉の先から喧しい程に泣き声が聞こえてきた。

 

「これって……」

「行きましょう!! アンジュ様の代わりに案内致します!!」

 

 三人の誘われるまま。

 

 通路の奥へと向かえば、人の声が戦争のようにあちこちからしていた。

 

「三番!! 出産真直です!! 先生!!」

「よ、四番終わりました!! 続いて五番に!!」

 

「緊急投与しましたが容態は安定しましたよ。良かったですね!! 母子ともに健康です!!」

 

 看護師と医者。

 いや、助産師なのだろうか。

 

 何十人という医療スタッフが忙しく通路を駆け回り、その左右にある複数の分娩室を目も回る忙しさで行き交っていた。

 

 次々に保育器に入れられた赤子が列を成して奥の部屋に運ばれていく。

 

 周囲には厳つい顔の男達が一様に涙を零しながら、良かった良かったと出産を終えた伴侶なのだろう男の娘達を前に泣き崩れていた。

 

「………」

 

 思わず無言になったのはどうしてだっただろう。

 

「エミ様。誰も……【統合】の誰も……あなたを責める者はおりません。今まで同じ現場では泣き声は聞こえませんでした。誰もが涙を堪えて、歯を食い縛っていたから……でも、今は違います。此処には……此処には沢山の声が溢れている……それを与えてくれたのはあなたです。敵対し、己と争い合った人々に手を差し伸べ、自らを省みずに他者の為に働いた。あなたのおかげです。無論、エミ様の都合もお有りでしょう。それでも……それでも、あなたは立派な事を……我々にとっての希望を与えて下さいました……ですから、この子らがやがてこの都市を満たすようになったら……蒼き瞳の英雄と彼に愛された者達の冒険は伝説となるでしょう……その時、我々はあなたとあなたの回りに集った誰かの1人として、語り掛けたいのです……それがアンジュ様の願いでした……」

 

「オレは―――あいつらを……」

 

「助けてきて下さい。どんな結末が待っていようとそれをアンジュ様もクシャナ様も望むでしょうから」

 

 思わず俯け掛けた顔を上げれば、本当に強い今にも泣き出しそうな笑みが其処にはあった。

 

「ああ、約束するッ」

 

「「「はいっ!!!」」」

 

 現実は厳しいだろう。

 もしかしたらという不安はいつだって事実に成り得る。

 それでも、それでもだと。

 言い張れるのならば、自分は全てを覆そう。

 例え、それが人倫と世界の法に許されぬ事だとしても。

 

 約束は為された。

 

 背中に積み重なるソレは重石ではなく。

 

 誰かが自分を押している感触だと思えば、今なら真空の海ですら恐怖の対象には成り得ないのかもしれなかった。


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