ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第162話「依頼」

 

「く、そんな!? マテリアル・バーストが効かないなんて!!?」

「ガァアア?!! リヤァ!!?」

「ぐぁああああああああ!!?」

「い、今すぐか、回復するからッ!?」

 

「全員下がって!? く、高楼に座す主上の鉄槌!! バニッシュメント・ストリームッッ!!!」

 

「やったニャ?!」

 

 何やら物凄い魔術を掛けられているようだ。

 

 世の中には諸々、普通の人間には在り得ない運命を背負う連中がいるらしいが、生憎とそれの1人にしてはリアリスト極まる自分みたいなのがいたりするのも仕方ない話。

 

 この世界で言われている魔術の詳しい原理云々という嘘っぱちな設定に付いては殆ど調べていないが、対処法と状況毎への対応魔術のセットやらはちゃんと考えてあるので何らこちらに魔術が届く様子は無かった。

 

 現在地はファストレッグの大聖堂。

 

 神殿が合同ミサや祈祷などで使う為の施設らしいのだが、そこでの襲撃の真っ最中だ。

 

 敵は六人。

 

 普通の教会よりは幾分大きい長椅子と祭壇、神々が合同で描かれたステンドグラス。

 

 これらを背にして何やら魔王を騙るお前を倒す的な台詞を喋られたのが一分前。

 

 ぶっちゃけ、警備の責任者何してたんだ?とも思わなくもないが、しょうがない。

 

 現地民からすれば、自分達の信頼していた髭の御大ウィンズを操る悪の化身みたいな感じで喧伝されている相手を倒してくれるという探訪者《ヴィジター》である。

 

 邪魔する理由なんて無いのだろう。

 神官師団の連中を物言わぬ昏睡状態にして三日。

 

 順調に兵の練度は上がっているし、武器や防具、この世界で魔術の発動に必要な媒体と言われるものでも最上級クラスの代物が触媒込みで送られてきている。

 

 二日の間、それらを倍々ゲームよろしく山間でこっそり増やしてザックリとウィンズとサカマツの配下に与え、魔術の力を諸々借りて練兵していたのだが、その工程の進み具合は極めて順調だ。

 

 新兵が一般的な能力を獲得するには最低2年。

 将校課程ならば、少なくとも3年以上。

 そういうのはこの世界でも変わらない事実。

 

 が、此処はチート技能である魔術がほぼあらゆる体系において揃っているトンデモ世界だ。

 

 それは教育に関しても言える。

 

 本来ならば、超高額な教育カリキュラムもこちらのチートに掛かれば、お茶の子歳々。

 

 ぶっちゃけ生存確率を飛躍的に高めて恨まれる筋合いは無い。

 普通なら一ヶ月で手に入らない技能と知識。

 

 そして、高度な装備の数々を提供しているのだから、感謝しろとまでは言わないが、せめて真面目に仕事はして欲しいものだ。

 

 だが、頼んでいたウィンズ配下の護衛達は明らかにもう気絶しましたという体で見てみぬフリをしている。

 

 後で今後の事を少し考えねばならないだろう。

 

 物覚えを良くする呪文やら集中力を高める呪文やら睡眠学習用の呪文やら普通ならハイレベルの達人が一日中付きっ切りで掛けなければならないような代物を毎日朝っぱらから掛けている身からすれば、まったく遺憾としか言いようがなかった。

 

「どうしてあの属性エーテルの本流を喰らって平気でッ!?」

「まさか、エーテル・マスター?! ボク達じゃ!?」

「ぅ……がはッ?! 今の……レベル、じゃッ……」

 

「リヤ!? しっかりして!? リヤ!? あなた絶対あの子を買い戻すって言ってたじゃない!?」

 

「バニスト喰らってケロリとしてるなんて、どんな防御力ニャ!?」

「うぅ……」

 

 現地の神殿を司る神官長達に直接会う事になっていたのだが、彼らが現れる兆候もなくの奇襲。

 

 探訪者連中はそれなりに高レベルなパーティーらしく。

 

 かなり独創的な……RPG的に言えば、名前の付いた装飾品や装備品をしこたま満載した感じな衣装を身に付けていた。

 

 前衛二人に後衛が三人。

 

 中間で支援と同時にダメージソースとしてではない撹乱や陽動、遊撃としての中衛が1人。

 

 男が一人に女性が五人という彼らは正しく御手本のような攻め方をしてきた。

 

 最初に後衛が魔術でバフを掛け、中衛がこちらを弱体化する魔術などを放ち。

 

 前衛が自己強化する魔術か。

 

 もしくは超越者の技能でも使って自前で自己を最高の状態まで持っていき。

 

 瞬間最大火力を生かした先行ゲーを仕掛けてきたのだ。

 きっと、物凄く高い触媒とか薬品とか使ったのだろう。

 

 相手側にはさすがファンタジーと思えるようなキラキラした色彩のエフェクトが複数渦巻き。

 

 気っぽいオーラみたいなものを纏っていた。

 

 前衛は正しくファンタジー。

 

 ソシャゲのカードならSSR的な煌き様で超高速突撃してきた。

 

 通常人類ならば、まぁ普通に殴り殺されたり、切り殺されていたかもしれない。

 

 だが、生憎とこちらは通常どころか1Gの世界から来たミリタリー知識込みのリアル系だ。

 

 いや、一応SFとオカルトも入っているが、それにしてもステータスだけで見れば、もしただの普通の人間であった頃であっても、相手に筋力だけでも倍以上。

 

 それでなくても肉体全体の頑強さも幾らか違っていただろう。

 

 例え、相手がファンタジーで自分の能力を数倍から数十倍まで引き上げられたとしても、今の自分に敵うものだろうか?

 

 ぶっちゃけ、音速戦闘とか実際やろうと思えばやれてしまう現在の自分のアレさもどうかとは思うが、バフを限界まで掛けまくったと思われる相手に対して「あ、遅い……」とか思考の片隅で思った時点で何やら気が抜けた。

 

 正しくコントを前にしたような気分だったのだ。

 

―――相手を“何の苦も無く殺せる”と予測出来た時点で、命を狙われているのに弛緩してしまった。

 

 突っ込んできた前衛の拳主体と剣主体の二人。

 

 まず拳を使ってきた女の子……恐らく角があるのでドラゴン的な種族なのだろう相手の脇腹を普通に歩いて横から肘で突き飛ばし。

 

 剣の方の少年は振り下ろされるより早く懐に入って膝を入れて後衛の方へと吹き飛ばした。

 

 その後に頭上から何やら光の柱っぽいものが降り注いだのだが、事前に適当な倍率で強化していた魔術の軽減領域に阻まれて肉体までは到達しなかったようだ。

 

「オイ。お前ら、名前を教えろ。それと歳は幾つだ?」

 

 こちらの問いに苦々しげな表情を浮かべる後衛の1人が僅か前に出て、他の全員の動揺が広がらぬようにか。

 

 しっかりとした瞳でこちらを見据えた。

 

「何故、そのような事を?」

 

 そう問う探訪者の少女はフード付きの大人しめなパーカーのようなものを着込んでおり、他の連中よりは幾分落ち着いているようだったが、明らかに自分達にとって分が悪い相手だとこちらの戦力を冷静に判断してか。

 

 僅か汗を額から滴らせていた。

 

「いや、時間稼ぎしたいと思ってるだろうから。付き合ってやろうという善意からなんだが……」

 

「ッ……私はエオナ。エオナ・ピューレ。十六歳です。見れば、分かる通り、“耳無し”です」

 

 何処か大人しそうながらも艶美な微笑だった。

 

 少なくとも自分と相対して汗を浮かべていなければ、そう見えるに違いないだろう強がりは背中に仲間の命が掛かっている重責に僅か震えていた。

 

「そこのニャー言ってるのは?」

「その子は―――」

 

「あ、アタシはクルネ!! クルネ・エール!! エオナと同じく十六ニャッ。過猫種《ビースト》ニャ!! よ、よろしくニャー!!?」

 

 エオナと名乗ったリーダー格にばかりやらせてはいられないと思ったか。

 

 引き攣ってはいたが、猫耳な黄色い帽子に臍だしパンクな格好の中衛少女が無理のある明るい笑みで何とか気を引こうと必死になっていた。

 

「ワ、ワワ、ワタシはサブリーダーのオーレ。オーレ・ミルク、デス……ロ、長耳種《ロング》デス」

 

 さっきまで流暢に喋って、バニッシュメント・ストリームとやらを掛けてきていた白ゴス衣装にケープと尖った耳の何処かオドオドしたエルフっぽい少女が汗をダラダラ流しながら、引き攣った笑みを浮かべる。

 

「そっちの回復役は? ああ、別に回復はしてていいぞ。別に格上にまた攻撃仕掛けて全滅したいってわけじゃないだろうし」

 

「ボクはフローネル。フローネル・エリキシール……十五……“耳無し”だよ」

 

 そう言うが早いか。

 

 全身が真紅なミニスカメイド服な少女が杖を持って回復用の呪文を唱え始める。

 

 長椅子の横にある石柱にメリ込んだ二人がようやく自力で小鹿のようにプルプルと震えながら立ち上がった。

 

「そこのドラゴンっぽい角のあるのは?」

「……ぅ……」

 

 辛そうながらも、自分の不甲斐なさから時間稼ぎ中という事を理解してか。

 

 そのフリフリな蒼い少女趣味なドレスにバックルやらマントやらを羽織った褐色の捻れた角のある少女の顔は歪みながらも確かに声を捻り出す。

 

「アステ……アステ・ランチョン……十五の鬼竜種《ドラコル》だ……」

 

 最後にこちらを辛そうながらもまだ覇気の衰えない瞳で見る少年の方を向く。

 

「お前は?」

「リヤ……リヤ・レーション。十四……“耳無し”」

 

 パーティー唯一の男にして、微妙に男の娘っぽい童顔に細い身体付き。

 

 ラノベの主人公も張れそうな感じに負けん気の強そうな整った顔立ちが歪む。

 

 僅かに唇の端から覗く犬歯やらゴテゴテと関節や急所を少し多目に覆う鎧に隠された短パンな旅装姿は何とも言えず漫画に出てきそうとも見えた。

 

「で、此処まで待ってやった方としては背後関係を喋ってもらえれば、何もせずにあちらの扉からお帰り願おうかと思ってるんだが、どうする?」

 

 聖堂の扉の方に手をやる。

 

 こちらの言葉に全員が怯む程ではないにしても顔を俯けそうになっていた。

 

 此処で全滅するか。

 

 それとも依頼された相手を売るかの板挟みなのだから、今後の活動にも支障が出る可能性を考えても何も言わずに逃げ去りたいというのが本音だろう。

 

「……何を何処まで言えば、見逃して頂けますか?」

 

 エオナの言葉に他のメンバーが何かを言い掛けたが、その瞳にある決意の色を見て取ってか。

 

 僅かに唇を噛むに留めた。

 

「オレを殺せ、捕縛しろ、あるいは無力化しろ、みたいな蒙昧過ぎる依頼をお前らにした連中の名前。もしくは代表者の氏名。それが分からない場合はエオナとか言ったか。そっちが考えてる依頼者の正体、とかでもいいぞ?」

 

「………それは」

 

 さすがにエオナの唇が微かに震えた。

 

 その言葉に僅かだが、気絶中という事になっている護衛達の動悸が僅かに乱れたのを現在チート中である聴覚は聞き逃さなかった。

 

「ああ、もういい。今のは此処で寝てる連中の反応が見たかっただけだからな。行っていいぞ。後、もしもこの国に長居するなら、此処に逗留するといい。逆に通りかかっただけなら、さっさと影域と光域の中間にある国辺りに逃げるといい。これから此処ら辺は荒れるからな」

 

 その言葉に何やら名状し難い表情となったエオナがこちらを凝視する。

 

「……貴方は魔王を騙り、人々を虐げ、神官達を皆殺しにしたと聞きました」

 

「酷い言われ様だ。それと事実誤認甚だしい。人々をどのように虐げてるのか教えてもらいたいくらいなんだが……精々、此処の連中が困ってるのは行商や商人達の仕入れが大変な事くらいだろ。だが、その分の物資はこちらで調達して地域一帯に配らせてる。ついでに神官は皆生きてるはずなんだが、いつから死人になったんだアイツら?」

 

「え……?」

 

 エオナだけではない。

 

 他の連中もかなりの驚き様を持って、こちらの言い分を聞いていた。

 

「嘘だと思うなら調べてくればいい。神官共は現在寝てる最中。商人連中は商売こそ滞ってるが食うや食わずな生活とは縁遠い状態。この街の連中だって、餓死寸前で痩せこけてたりしないからな?」

 

「「「「「………」」」」」

 

 こちらの言葉に全員が何やら目を見開く。

 

「……聞いてたのと違う」

 

 回復役のミニスカメイド少女がボソッと呟く。

 

「そうみたいですね……」

 

 リーダーらしいエオナが渋いながらも溜息を吐いた。

 

「で? これからどうする? オレは此処に来るはずの連中と会合予定だったわけだが……」

 

「その方達なら来ません。そういう事になってました……」

 

 エオナは依頼者を明かしてくれるらしい。

 

「ふむ。まぁ、それならそれでいい。オイ、いつまで寝たフリしてるんだ? 今日の事は見逃してやるから、少し使いに行ってきてくれ。ウィンズから街の上層部に届けて欲しい伝言がある」

 

「………はぃ」

 

 渋々という感じで護衛の男達が何とも気まずそうな顔で起き上がった。

 

「オレを狙うのはいいが、御粗末な襲撃は止めろ。暗殺は不可能だし、試してもいいが、次からは報復する。二度目まで目を瞑ってもいいが、死ぬ覚悟が無いなら三度目は止めとけ。以上」

 

 男達がこちらに物凄い顔をしてから頭を下げ、その場より去っていく。

 

「さて、と。あ~そっちは帰っていいぞ」

 

 六人が集まり、回復の呪文らしきものを唱えて前衛の二人を癒していた。

 

 その合間にもエオナがこちらに僅か近寄ってきて、ジッとこちらを見つめる。

 

「随分と心がお広いのですね。命を狙われていたのに」

 

「心が広いんじゃない。合理的な判断と言ってくれ。一度ある事は二度あるだろうし、三度も四度もあるだろう。だが、そこまで辿り着く馬鹿が少ないにこした事はない。そういう脅し文句だ」

 

「聞いていた人格と随分違うようです」

「血も涙も無い神官を皆殺しにしたヤバイ奴とか。そんな感じか?」

「想像にお任せします」

「それ以上、と……まぁ、いい。オレはこれで失礼する」

「待てッ!!」

 

 聖堂の外に歩き出そうとすると後から声が掛かった。

 振り返れば、女ばかりのパーティーの1人混じった男。

 リヤと呼ばれていた少年がこちらを何やら物凄く睨み付けていた。

 

「料理人達を殺してないってのは本当なのか!!」

 

「殺して何の得に為るんだよ。人間を千人単位で埋葬なんぞしてる暇は無いし、無駄な労力使って面倒事増やす必要ないだろ。それに死人は極力出さない主義だ」

 

「指導官の男と会ったかッ」

「アウルって奴の事か?」

「そいつは!? そいつは生きてるのか!?」

 

「会話したな。後、普通に生きてるぞ。今は何も喋れずに寝た切りにしてるが」

 

「―――ッ?! そんな!? う、嘘だ!?」

 

 何やら物凄いショックを受けた様子で狼狽した様子となったリヤが剣を震わせていた。

 

 何かマズイと思ったのか。

 こちらとの間にエオナが割って道を塞ぎ。

 他の四人がリヤの傍に寄って、何やら慌てた様子となる。

 

「ボ、ボクは大丈夫だと思う!!」

「そうニャ!! あのイケメンがそんな簡単に負けたはずないニャ!!」

 

 猫のクルネとボクっ子のフローネルが慌ててフォローしていた。

 

「知り合いか?」

「はい。ええ……」

 

 エオナが溜息を吐いて、後で未だに剣を元に戻せないリヤを何処か複雑そうに見つめる。

 

「アウルは……アウルは前にリヤへ剣を教えてくれた人なんだ」

 

 少女趣味なドラゴンっぽい角のアステが苦々しく呟いた。

 

「あ、アウル・フォウンタイン・フィッシュは……その、再起不能なのデスカ?」

 

 エルフ少女のオーレがオズオズと尋ねてくる。

 

 自分が聞きたいというよりは少しでもリヤを落ち着かせる為の問いだったか。

 

 しかし、不用意な発言だとエオナが誤魔化そうとする。

 が、それより早く事実のみを答える事とした。

 

「あいつがオレに協力するなら、起こしてやれる」

「ッ?!」

 

 その言葉にリヤが思わず俯けていた顔を上げた。

 

「ちなみに五体満足だから安心しろ。単に勝手に動かれちゃ迷惑だから、肉体を動かせなくしただけだ。今は此処の神殿の連中が面倒を見てる。まぁ、食事させて排泄の世話を受けてるってだけだ」

 

「―――ッ、貴様ッッ!!?」

 

 思わずなのか。

 

 リヤの剣が上がりそうになるのをクルネとフローネルが慌てて止めた。

 

「五体満足で死んでるわけでもなく。いつでも起きられるようにしてやってるだけ、ありがたいと思って欲しいな。それに尊厳だの何だのは意識があるアウル以外には今のところ関係無い」

 

「どういう事、ですか?」

 

 エオナが何処か声を低く訊ねる。

 

「あの男は神官の長としてオレの前に立った。それにある程度は自分達の行動に対してのちゃんとした理解もあった。だから、あいつだけは意識有りで寝た切りにしてある。他のは意識無しで何も感じてないって事だ」

 

「……何故、そんな事を?」

 

「神官連中を幾らか手勢に引き入れたい。その為の布石だ」

 

 エオナに答えるとリヤが怒りの感情を何とか自制しながらも、こちらを一層強く睨む。

 

「……料理人とはいえ、神官を五千人以上……命を取らずに無力化……随分と力をお持ちなのですね。イシエ・ジー・セニカさん」

 

 相手の傲慢に今はチクリとも棘を刺せない。

 それでも言葉にしなければ、やり切れない。

 エオナの言葉にはそんな感情が篭っているようだった。

 

「力を持ってたら、こんなところで山賊やってたりしないだろ。後、そんな顔されても困る。知り合いが死んでるよりはマシだろ? 倫理だの道徳だの尊厳だのを語りたいなら、それはこの国の政治家共に言ってやれ。オレに文句があるのなら受け付けなくもないが、生憎とこっちには色々余裕が無くてな。手が出るなら排除しなきゃならない」

 

「ッ―――」

 

 リヤが先程の敗北を思い出してか。

 僅か冷静になったようでグッと剣を持つ指が白くなる。

 

「……話がそれだけなら、オレはこれで今度こそ失礼するが?」

「お引止めして済みませんでした」

 

 エオナがこちらから離れて仲間達の下へと戻っていく。

 ようやく話も終わった。

 背を向けて歩き出そうとするが、また声が掛かる。

 

「アンタならッ!! アンタならアイツを起こせるのか!?」

「起こせるが?」

「何を条件にすれば、アイツを起こせる!!?」

「リヤ!?」

 

 さすがにエオナが咎めるように口を噤ませようとしたが、こちらを見る瞳は真っ直ぐだ。

 

「……あの男がこちらの協力者になるのが最低条件だ」

 

 ドラゴン角のアステが気持ちは分かるが、という顔で諌めるようにリヤの肩を掴む。

 

「分かってるだろ。リヤ……あの人は神殿を裏切れるような人じゃないって」

 

「ッ、でも……」

 

「今の私達の力はその人に及ばない。そして、あの人は力で負けて、今の境遇にある。それを変えるだけの力が無い以上……」

 

「だけどッ!! アイツは!!」

「うぅ……ドウすれば……ッ」

 

 答えなんて分かり切っているのに諦め切れない仲間の悲痛な顔にエルフ少女も耳を下げてションボリしてしまったらしい。

 

「一つ聞いていいか?」

「何でしょうか?」

 

 エオナがこちらを振り返る。

 

「お前らは探訪者として名前が売れてる方か?」

「はい。この国ではそれなりに……」

 

「強さ的な基準で聞くが、同人数の相手ならどれくらいの強さの相手と戦える? 具体的な相手を知りたい」

 

「私達は全員が種族も出身国家も違うパーティーですが、連携は相応に高いとの自負があります。少なくともあのアウルさん相手でも六人なら勝てますし、周囲に同人数の彼の部下がいても勝てるでしょう。何故、そんな事を?」

 

「……これが最後の質問だ。お前らはもしオレから仕事が来たら、受けるか?」

 

「それは……事と次第によっては……それも貴方の詳しいところを知ってからならば、可能性はあります」

 

「エオナ……」

 

 リヤが自分達のリーダーを見やる。

 

「ボク、エオナが言うならどんな事もする」

 

 フローネルが何やら察した様子で真顔となった。

 

「じゃあ、立ってるだけでいい仕事を頼もうか」

「何?」

 

 リヤに肩を竦めてみせる。

 

「お前らは本当にただ無言で立っているだけでいいぞ。報酬は……そうだな。神官百人を相手にしろと言ったら、どれくらいの金額になる?」

 

「さすがに百人まとめて相手になんて出来ませんが?」

 

「いや、それくらいの報酬を出そうと言ってるだけだ。で、どれくらいだ?」

 

「………神官の階梯によります」

「じゃあ、最上級よりは落ちる程度が百人で提示してくれ」

 

 エオナがさすがにこちらの意図を測りかねてか。

 仲間達の元に戻ってこちらに背を向ける。

 ゴソゴソと何やら紙上で会話しているようだ。

 カリカリと鉛筆の奔る音がした。

 

 それから三分程してから戻ってきた彼女がヒョイとこちらを前に紙片を差し出す。

 

「これくらいの金額が相場だと思います……単純計算ですけど」

「ふむ。どれ」

 

 そこには0が9桁程の数字が書き込まれていた。

 

「あんまり、ここらの物価に詳しくないんだが、それって現物で言うとどういうものに換算出来る?」

 

「ええと……魔術触媒用のアルケー・マテリアルのトリプルSがざっとこれくらいだから……」

 

 何やら計算し出した相手がすぐに何やら計算式を書き込んで再びこちらに紙片を差し出す。

 

「最上級の魔剣、聖剣の類なら4本。最上級の魔術触媒系のカードなら30枚。魔術具、術の掛かった防具、武具、装飾品なら最上級品が8つか9つ。大邸宅なら一つか二つくらいです」

 

「ふむ……じゃあ、オレは付近の山賊連中の陣地で待ってる。三時間やるからオレの依頼である無言で立ってるだけの依頼を受ける気があるなら来い。この依頼が成功すれば、オレはあいつを起こしてやる。だが、オレの依頼を達成出来なければ、あいつは起こさない。前金は最上級の触媒で3分の1払おう。じゃあ、しっかり調べて受けるか決めて来てくれ。時間までに来なかったら、この話は無しだ」

 

 とりあえずはこれでいいかと聖堂に背を向けて外に出る。

 

 後からは何やら名状し難い空気が漂ってきたが、生憎と本当に時間を無駄にしている時間は無い。

 

 練兵工程の確認に派遣軍の同行。

 幾らでもやり取りする情報がある。

 

『問題発生だ。とりあえず、今から言う事を調べてきてくれ』

 

 インカムに呟きつつ、街のあちこちから降り注ぐ視線に内心で溜息を吐いた。

 

 人の気配があっても人気が無いのは報復を恐れての事なのだろうが、それにしても嫌われたものだ。

 

 が、それも今日限りだろう。

 

 これで少しは戦力が集まるかと跳んで人の方へと屋根伝いで向かう事とした。


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