ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第164話「メシマズ決死圏」

 探訪者達の襲撃から四日。

 練兵中の兵隊の中からようやく抽出した部隊が幾らか揃った。

 

 全ての部隊が揃うまではしばし掛かるだろうが、訓練上がりの連中を即座に用意にしていたテストで振るいに掛け。

 

 ついでに資質や適応力毎に新規で作った部隊に振り分けて再編。

 

 最も早く活動を始めさせたのは1にも2にも補給部隊と諜報部隊。

 

 諜報部隊はサカマツの部下で固めて、補給部隊はウィンズとサカマツ両方の部下で固めた。

 

 どちらにもこの世界に来てから煮詰めていた装備と備品一式を複製した代物を持たせている。

 

 彼らの働き次第では今後の戦力の展開が大きく変わる事だろう。

 

 どちらもそれなりに両者が信頼出来るという人間を選抜したのでこちらを裏切る事はほぼ無いと見ている。

 

 訓辞だの何だのは無く。

 

 とりあえず、即座に指示を下して報告はウィンズとサカマツへ直接という事にさせた。

 

 各方面へと散っていく機動諜報部隊と補給部隊の真価は後々に発揮されるだろう。

 

 という事で本日の補給。

 もといメシマズなメシを食べる為に幕屋が張られた陣地の端。

 配給場所へと向かう。

 すると、何やら数人の料理番達が難しい顔をしていた。

 

「どうした?」

 

 朝飯前だというのに煮炊きの煙すら無いのはおかしいと傍に近付けば、サカマツの部下がウィンズの部下と共同で何やら鍋を見詰めていた。

 

「これはセニカ様」

 

 一応、様付けでこちらを呼ぶサカマツの部下がボリボリと頭を掻いた。

 

「何か問題が起きたのか?」

「ええ、実は……」

 

「朝飯前なのに大変だな。水と食料は十分にあるはずだが、料理器具か?」

 

「はい。鍋の底が抜けました」

「はぁ?!」

 

「……三日前に街で買ってきた新品なのですが……まぁ、商人達の中にもこちらを快く思っていない者もいるでしょうから、“掴まされた”かと」

 

「そういう事か。で、残った調理器具は?」

 

「買い揃えた鍋は全滅。後は反乱軍が前から使っていた300人分の大鍋くらいしか」

 

「分かった。じゃあ、それで」

「……その」

「何だ? それも問題があるのか?」

 

「いえ、大鍋用の調理器具はかなり重く。小型のものを揃えたと同時に元々使っていた連中は全員練兵場の方に行ってしまっているので……さすがに我々では……」

 

 見てみれば、月亀の戦士達とて月の民には違いない。

 膂力はかなり無い方だ。

 それは体型からも明らかだろう。

 配給所の裏手では30人掛かりで大鍋の用意がされていた。

 半径だけで10m近い中華鍋のような代物だ。

 

 それが巨大な炉の上に置かれ、専用らしき4m弱の長さの鉄のおたまが数人掛かりで運ばれてくる。

 

「しょうがないな。腹を空かせた兵隊を量産するわけにもいかないし、こっちで作る。材料を持ってきて、今から言う通りに下拵えしろ」

 

「下拵え……?」

「え?」

 

 こちらの言葉に小首を傾げた料理番達が何の話かという顔をした。

 

 それに嫌な汗が背筋に流れる。

 

「お前ら、今までどうやって料理してた?」

「それは勿論、鍋に材料をブチ込んで、水で煮てましたが?」

 

「―――ああ、そうだろうな。そうだろうよ。そうか……料理でソレか……ウン。分かった……今から料理番じゃなくて、料理専門の部隊を作る。今日の料理番の連中は何人だ?」

 

「は、はい? げ、現在、約十五名であります!!」

 

「今からオレの言った事を忠実に守って材料を下拵え……つまり、事前に料理する直前の状態に材料を加工する!! いいか!!」

 

『りょ、了解しました!!?』

 

「よろしい。じゃあ、さっそく材料の検分を始める!! 今日の料理に使う材料を全部此処に持ってこい!!」

 

 指示すると程無く複数の馬車がやってくる。

 荷台から出された麻袋が数十。

 中には野菜や雑穀、調味料が入っていた。

 

 この世界がメシマズなのは来た当初から知っていたが、地球とは決定的に異なることが一つある。

 

 それは地上では終に全滅していた食材や調味料が普通にある事だ。

 

 塩や香辛料のみならず。

 醤油や味醂、日本酒に類する物が普通に存在した。

 

 名前こそまったく違っていて、生産量もあまり無い様なのだが、流通していたのである。

 

 これを大量に魔術で複製しておいて、陣地では幾らか増やしながら使わせていたのだが、味がちょっと濃くなっただけでオカシイと思っていたのだ。

 

 根本的に料理というものが原始人レベルでしか理解されていなかったらしい。

 

(リュティさんの料理が切に恋しいな)

 

「まずは雑穀からだ!! 水で洗った後はまた新しい水に漬けておけ!! そっちの果実は皮を切ったら、等分に切り分けて芯を取り除き、やっぱり水に漬けておけ!! それとそっちの調味料を持ってこい!! 使い古した寸胴にオレがいいと言うまで其々のブツを入れ続けろ」

 

 こちらの指示に男達が右往左往し始める。

 

「塩!! 味醂《ミーリン》!! 酒《アルカール》!! 醤油《ソーユ》!! それはそのままジャリジャリ言わなくなるまで混ぜておけ!! 次!! 野菜は全部丁寧に洗って土を落せ!? 何で皮がそんなに分厚いんだ!! こうやるんだよ!? 見てろ!? 分かったなら、やれ!! そっちぃいい!? 便所に行ってきたなら手を洗え!? クッ、オレはお前の母親じゃないんだぞ!? 野菜だ野菜!! 根菜類は丁寧に洗ったなら、本当に黒い部分だけ刃の角で抉り出せ!! 切り方は全部一律にしろ!! 形は揃えなくていいが大きさは揃えろ!!」

 

 次から次へと食事時には有り得ない現実が襲い掛かってくる。

 

 こんな料理を食わされていたのかと思うとビキビキと顔が引き攣らざるを得なかった。

 

「オイ!! 炉に火を入れろ!! 鍋に油もだッ!! 水を横に用意しておけ!! 泥水用意すんな!? 煮込み用だぞ!? オイ!! その灰汁だらけの果実はそろそろ水から出してもう一度洗え!! それが終わったら、清潔な棒で磨り潰して重量に対して1%の塩と30%くらい砂糖を入れて混ぜて寝かせておけ!! ええい!? 肉は骨毎少し大振りにしてぶつ切りにしろ!! 何? そんなの無理? いつも化け物ぶった切ってたんだろ!! いつもみたいに勢いでヒャッハーすればいいんだよ!! ヒャッハーすれば!!」

 

「ヒャ、ヒャッハー(小声)」

 

「それが終わったら、乾燥してる雑穀で一番渋くない粉があったろ。それを薄く付けろ!! 付けたら、叩くんだよ!! 叩いたら清潔な箱の中に横並びにしておけ!! 油が温まってきたな? 油に香辛料をオレがいいと言うまで入れろ!! それと火力を落せ!! 水をぶっ掛けようとするんじゃない!! 火掻き棒で掻き出すんだよ!? 香辛料は……そろそろいいな。目の細かい網目のおたま有ったろ!! あれをすぐ寄越せ!! 今掬い上げた香辛料はさっきの調味料の鍋に果実の砂糖漬けと一緒にブチ込んでおけ!! 肉を投入!! 15本毎だ!! 全部一斉に入れようとするんじゃない?!! 鍋肌からそっと入れるんだよそっと!!」

 

 声を嗄らして指示しながらの調理は困難を極めた。

 

 骨付き肉を中火でゆっくりと揚げながら、次々に肉に火を通し、それを油切り用の板を置いたバットに並べて、上から清潔な布を被せ、余熱である程度火を入れる。

 

 それを横目に残った油に大量の鳥皮を入れて揚げ、しばらくしてから香味野菜も投入。

 

 カリカリになるまで待ってから引き上げ、油は別の寸胴に魔術で空中を経由させて移動させておく。

 

 鍋肌に残った油に硬い野菜から入れて炒め。

 

 その間に雑穀を蒸して、炊き上がったものに味醂と塩を混ぜ合わせて熱したものを少しずつ入れて馴染ませ、風を当てて冷まさせる。

 

 野菜に火が通ったら、先程揚げた香味野菜を入れて同時に混合調味料を投入して炒め合わせ、得たいの知れない澱粉を水で解いたものを投入してトロミを付け、揚げた骨付き肉の入った皿にぶっ掛ける。

 

「……朝飯前から夜みたいな疲労感とか……」

 

 雑穀の蒸しものと骨付き肉の野菜餡かけ。

 

 ぶっちゃけ男料理……カリカリに揚げた鳥皮を添えれば、完成だ。

 

 ちなみに残った香味油は昼飯と夕飯に使うと言い含めておく。

 

 途中から面倒になって、盛り付けは料理番達に死ぬ気でやらせる事にした。

 

 配給所のベンチに寝転がる。

 身体は疲れないが、精神的には疲れたらしく。

 額には汗が浮いていた。

 

「腹減った……」

 

 しばらく食事を待っていると何故か凄惨な惨殺現場に出会ったみたいなムサイ男達の悲鳴と絶叫が響き渡る。

 

「ん?」

 

 目を開けて確認すると。

 

 男達が何故か口から涎を垂らして恍惚の表情で大声を上げながら倒れていた。

 

 その様子を見た料理番達が衛生兵を呼び。

 

 事態が混迷を深め始めたところで掛け付けて来た顔見知りを複数確認する。

 

「あ!? イシエ・ジー・セニカだニャ!? く!? へ、兵隊達に何て惨い事を!? どんな料理食わせたニャ!? こ、これは反乱軍瓦解のチャン―――危機だニャ!?」

 

 今サラッと反逆罪が暴露されたような気もしたが、面倒過ぎて相手にする気も起きなかった。

 

 そこにいたのは暗殺依頼を受けていた六人。

 

 女五人に男一人のハーレム仲間的に思えなくも無い探訪者達だった。


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