ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第168話「罪を負う者」

 

 戦闘終了後。

 

 戦争において最も重要なのは捕虜の取り扱いだ。

 大別して後に禍根を残さない方法は二つ。

 皆殺しにして存在を完全に抹消するか。

 あるいは丁重に扱って、その記録をしっかりと残しておくか。

 どちらにしても人間の扱いを誤るとロクな事にならない。

 完全に降伏した兵は主に二分類した。

 一つは今すぐにでも故郷に帰って農家に戻りたいという者。

 もう一つは今後も戦争でメシを食おうという者。

 

 前者は神殿預かりにして帰郷の為の資金を稼がせるという名目で神官や今後も出るだろう昏睡者その他の世話、現地の食料増産計画への従事を行わせた。

 

 後者は事前に用意していた適性検査と叛意を炙り出す為の試験をパスした者のみを招き入れ、他の兵と合同で訓練を実施。

 

 その中から戦時に使えそうな文官適性のある者を高待遇でサカマツとウィンズの下に付けて、教育させると共に実地で働かせる事となった。

 

(それにしてもファンタジー要素のせいで軍の編成も歪だな……)

 

 未だ兵農混合軍という前時代的な構成でありながら、軍が先進国としてやっていけたのは恐らく魔術と皇家が抱える魔術で生み出した化け物によるところが大きい。

 

 月兎の【巨人《タイタンズ》】と言えば、何処の国にも恐れられる最強の兵士なのだとか。

 

 巨大な化け物のみならず。

 小型のものや中型のものも多数生み出せるそうで。

 魔術師と軍の精鋭、近衛など以外は脆弱。

 殆ど後から魔術具や弩弓、攻城兵器などを運用する際の数合わせ。

 力仕事専門の奴隷みたいなものらしい。

 

 だからなのか。

 

 降伏した農兵達に帰郷の手助けとして働き口の斡旋をすると言った時は驚かれた。

 

 労働集約的な産業ならまだしも、都市部でのサーヴィス業や能力のいる職の労働力確保に農民なんぞ向かないと意見するウィンズやサカマツの部下もいたが、任せるのは介護と本業の農業従事である。

 

 また、降伏した者の中で使えそうな人材を即座に組み入れるとの意見にも反論が出たものの。

 

 反乱者は全てこちらで処罰すると笑顔で言ったら、さすがに意見していた者達も押し黙った。

 

 その背筋に大量の汗が流れていたのはしょうがない。

 

 どうやらあの光景は魔術で姿を戻す前に多数のウィンズやサカマツの部下に目撃されていたようだ。

 

 凶悪な魔王という美名をありがたく頂戴する事にして、今はとりあえず恐怖と畏怖で統制するのがいいだろうと放置している。

 

 あまり馴れ合いをしても後が問題だし、逆に怖がられ過ぎても面倒。

 

 という事で現在は比較的大人しく慈善活動などをしているわけである。

 

「そこ!!! 死にたくないなら、矢を絶やすな!! そっち!!! 補給部隊の方に射撃するんじゃない!! 昼飯抜きになりたいのか!!!」

 

 此処は地獄の訓練場。

 

 ウィンズとサカマツの部隊を合同で再編し、次の皇家の人間が混じる軍との決戦に備えて諸々の戦術と戦略基礎を叩き込んでいる最中。

 

 現在位置は訓練場の物見櫓の上。

 

 30m程下に見える広大な敷地のあちこちで基礎教練と兵科毎の訓練、更に新武装などの講習と実地までやらせているのだ。

 

 それを声を拡大する魔術を使って監督するのが何故に慈善活動かと言えば、魔術で治してもほぼ死人扱いの連中や怪我人を毎日治しつつ、病人やらトラウマ貰った精神不安定な兵やらのカウンセリングの総指揮をやっているからである。

 

 ちなみにそちらは神殿から派遣してもらった人材をアウルの部下に付けてやらせているので問題ないだろう……一番のトラウマはあの光景を見た兵隊連中だとの話に目を瞑るならば。

 

 こちらは簡単な手引き書を書いてマニュアル的に対応させ、その他の個人単位で解決出来る事以外の問題のみ報告書に記させている。

 

 目下、無能と取り巻きは昏睡中。

 

 残った気概のある連中はアウルとウィンズに説得させている最中。

 

 そんな何処から瓦解してもおかしくなさそうなブラックな職場である反乱軍が回っているのは優秀な人材のおかげだろう。

 

(あっちからの報告も順調。後は人材の確保。それと軍の実戦経験の獲得。それとあの端末に書かれていた情報の検証と今後の使い方の具体案の推考……それにしても人権0で化け物や超人みたいなのはいる癖に案外触手プレイは不評だったな……)

 

 現場を見ていたサカマツとウィンズには後から物凄くアレな顔をされつつ、色々と現場の状況を話したのだが、それにしても引き気味に扱われた。

 

『話は分かったが、さすがにアレで貴様を暗殺しようという輩が出ても文句は言うな』

 

 サカマツには暗殺するくらい気概がある連中が出たら、オレの部下にしてやると暗殺しそうな奴に伝えとけ……という話をしたのだが、真面目に受け取った男が本当にその話を部下連中にするものだから、実際暗殺に動く可能性も大いにあったのだろう。

 

 ウィンズには敵将の扱いが酷過ぎるとの話をされたので、現実的に屑い連中は殺されないだけマシと思えとの言葉を送った。

 

 ついでに戦場で兵を無駄に死なせる無能や合理的な思考が出来ない連中が精神性すら最低以下なのに殺さず身代金用に生かしてるというだけで奇跡だろうにとの言葉も添えた。

 

(現在進行形で難民を此処に受け入れてる最中。第一陣の3分の1が明日にも到達する。残る二陣、三陣、四陣は一ヵ月後を目処に到着。受け入れ態勢はサカマツを軸に物資の配給と郊外の居留地街建設を推進。周辺地域から集めた大工連中に昼夜無くやらせて団地型の複合住宅を現在2棟……後でテキトーに魔術で増やせばいいか)

 

 ただでさえ、現在はやらねばならない事が多過ぎる。

 面倒だからと殺しもせず。

 

 しっかり後の面倒を見る為に神殿へ運んでいるのだから感謝して欲しいくらいだ。

 

(汚水、排泄物や廃棄物処理は魔術師任せになるから、そろそろ神官連中を起こさないとな……メシの種に農民連中を指導役に付けて、ついでに生活物資の生産拠点を拡大。今のウチに箱物だけは全部最小限揃えないと難民でパンクするか……原資を全部オレが物資の倍々増殖の錬金術で賄わなきゃ、さすがに不可能な芸当だが……人材さえ優秀ならある程度は任せてもいいのが楽だな)

 

 こっちはまともに睡眠なんて取らずに数百時間以上働き詰め。

 そんな環境下でもあまりカリカリせず。

 

 合理的にこいつら死んだ方がいいなと思いつつも、見ている協力者達の手前殺さなかった自制心は褒めて欲しいものだ。

 

(共和国の本を大量に持ってきたような相棒の書庫ぶりのおかげで手順の簡略化や労働の効率化の成果も上がってる。優秀な人材の登用と資質を見極めての適材適所への配置。人事を全部自分でやれるのはかなり助かる。この数ならまだ問題無いが、そろそろ直轄の人事部局を立ち上げなきゃ苦しくなってくるか)

 

 常に思考し、常に推測し、常に気を張り巡らせているのは疲れるには疲れるが、人間離れした自分の身には今更な負荷だろう。

 

 だが、それとて心が削れないというわけではない。

 

(マニュアルの作成と現地に合わせたローカライズを機械任せにして推考は相棒任せ。あっちの仕事がマッハで指数関数的に増えているような気もするが、まぁ機械の身体で勤しんでもらう事にしよう……)

 

 脳裏で自然に思考をマルチタスクしながら、溜息一つ。

 

 そろそろ別の仕事の時間だと物見櫓から跳んで、そのまま地表へとダイブする。

 

 6分の1Gにも慣れてきたおかげか。

 十m以上の高度もまるで苦に為らなかった。

 

 と、其処で何やらドン引きな六人の探訪者《ヴィジター》達に出くわす。

 

「お揃いでどうしたんだ?」

「ず、随分高いところから降りてきたなと思いまして……」

 

 リーダーのエオナが他の全員の内心を代弁する。

 

「仕様だ。それで何か用か? オレはこれから郊外に用事なんだが」

「……アウルさんからの伝言を伝えに来ました」

「何だって?」

「神官の力が必要なはずだ。神殿に来られたし、だそうです」

「分かった。すぐに行く」

「お供します」

 

 エオナの言葉にピクリと反応したリヤが内心不満そうに「お供って何だよ。こいつにはそんなの必要ないだろ!!」という顔をした。

 

「言っておくが、こっちはそれなりに速いぞ?」

 

 その言葉にビクビクしながらオーレが前に出てきて、何やら呪文を唱え始める。

 

「ひ、比翼は飛び立つ。運命に向かって……」

 

 どうやら空を飛ぶという極めてファンタジーな呪文らしい。

 周囲の全員が微妙に浮き始めた。

 

 その身体の下半身から少し離れた地点には紅の燐光が僅かに発していた。

 

 空気を下方に噴出して低重力下でも飛べるようになるらしい。

 

「御心配なく。近頃、オーレが【イーグル・ロー】の呪文を覚えたので」

「そうか。じゃあ、勝手に付いて来てくれ」

 

 その場から跳躍して、周辺の樹木を蹴り飛ばしながら街に向かう。

 時速で言えば、80kmくらいだろうか。

 スタートダッシュに驚いたのか。

 

 慌てて後方から六人が付いてくる。樹木が途切れた場所からは地面に着地した瞬間に跳躍という事を繰り返しての移動となった。

 

 二分もせずに街が見えてきて、神殿の前まで市街地端から一気に向かった。

 

 地面に降り立つと土煙が上がる。

 この移動方法の唯一の欠点だろうか。

 どうやら合同神殿の玄関先で待っていた様子でアウルが出てきた。

 そして、こちらのやってきた方角を見て呆れた様子となる。

 

「身一つで呪文を超えるか……さすが魔王と褒めるべきか迷うな」

 

「御託はいい。本題は中で聞かせてもらおう」

「分かった……」

 

 内部に入って昏睡者だらけの通路を歩いて講堂を抜けた先にある現在の神殿の主たる男の執務室へと向かう。

 

 内部には数人の部下が壁際で並び待っていた。

 

 ソファーの対面に腰掛けるようにして座れば、ゴングが鳴ったようにも思えて、話をさっそく訊ねる事にする。

 

「あいつらからは神官の力が必要との話だったが、結局お前はウィンズやサカマツに協力するよう部下を説得出来たのか?」

 

「ああ、それは心配ない」

「そうか。で、オレに何をさせたい?」

「他の者達を起こしてくれ」

「起こすだけの利がオレにあると?」

「そうだ」

「何人起こして欲しい?」

「二百八十六人。それがこのリストだ」

 

 アウルの後からこちらを睨み付けたいのを必死に耐えているような顔で汗を浮かべた鎧姿ではない白い貫頭衣のような神官服の男が分厚い書類を上司の手に渡した。

 

「見てくれ。こちらで君が起こしてもいいと思えるだろう人材を選んだつもりだ」

 

 差し出されたそれを数枚読んでみる。

 

 そして、幾らかペラペラ捲って共通項はやはりそれかという感想となった。

 

「……殆ど若い女性だな」

「ああ」

「ついでにこの処女とか非処女って情報いるのか?」

 

「どんな情報も漏れなく記載した書類を作れと言ったのは君の方だと思ったが?」

 

「……料理人、魔術師、神官、能力的はそれなりだが反乱起こしそうには見えない連中ばかり。ついでに穏健派でお前に心酔してる連中が大半。後、幾らかお前より強そうなのも混じってるのは気のせいか?」

 

「個人の戦闘能力の高さと神官としての位は直接的には結び付き難いからだ」

 

「一つ尋ねていいか?」

「何だ?」

「こいつらは難民の為に最後まで働いてくれると思うか?」

「最後までとは?」

「無論、死ぬまで難民を見捨てたりしないかと聞いてる」

 

「誰もが献身的な子達ばかりだ。難民が問題を抱えてる事は知ってる。だが、人々の為に働くとなれば、決して見捨てはしないだろう」

 

「それとこの神官連中の大半は別系統の神を祭る神殿からもやってきてるはずなのにお前に心酔してる奴が多過ぎじゃないか?」

 

「昔から神殿同士の合同教練や神前試合でやらかしていたからな」

 

 どうやら、自覚があるくらいには神殿内で異端だったようだ。

 

「……分かった。全員起こそう。ただし、二つ条件がある」

「条件?」

 

「一つ、こいつらを説得したら文官適性がある連中を全部こっちに寄越せ。これから人事を司る部局を立ち上げる。二つ、こいつらの中に皇家やこの国の上層貴族階級に連なる連中がいたら、オレの直轄にする。説得後に寄越してくれ。何人でもいい」

 

「……何を考えている?」

 

「これから可哀想なお姫様が攻めてくるってのに情報収集しないわけにもいかないだろ? それとこれからはこの国の上層部を相手取って、降伏させなきゃならない。その時に相手の手の内が分からないと面倒なんだよ」

 

「ッ―――」

 

 部下の幾人かが言い分に文句でも言い出しそうな顔となる。

 

「あの光景を実現してみせた魔王の言葉とは到底思えないな」

 

「オレは全能で万能なお前らの神様とやらじゃないんだ。出来る事には限度がある。そして、オレは戦争を終結する為に二つの道がある。オレに片方を選ばせたくないなら、承諾して貰おう」

 

「お得意の脅迫か?」

 

「そうだ。結果が同じでも過程くらいは選ばせてやるって言うんだ。良心的だろ?」

 

「ッッ」

 

 思わず足が前に出掛けた部下達を前にアウルが片手を上げて征した。

 

「起きてからもずっと思っていたが、その物言いは敵を増やすぞ?」

「だから、やってるんだよ」

「何だと?」

 

「オレは味方を増やしてるつもりはない。オレの言う事を理解し、オレのやっている事を理解し、その上でオレに従うしかないと渋々付いてくる敵を所望してるって言えば、分かるか?」

 

「良い君主には成れそうもないな」

 

 肩を竦めている男の瞳には確かに見定めようとする光があった。

 

「最初に言ったろ? オレはその内、此処から消えると。お前らが内在的にはオレと対立していてくれてた方が何かと後の政治でも助かるはずだぞ」

 

 こちらの言い分の裏側。

 

 戦後処理のタイミングでのパワーバランスと多国間からの反乱軍、山賊団、魔王という協力者、この三者に対する評価の事を思ってか。

 

 僅かな沈黙が降りる。

 

「………今から、戦後の話か」

 

「オレは心強い味方なんて求めちゃいない。現在、オレの指示に従ってくれる都合の良い敵がいいんだ。無論、指示に従わない敵がどうなるかは自分で経験したお前らに何を言う必要も無いだろう。オレが貴様等神殿の連中に提示出来る利害は三つ。難民を救ってやる。戦争を終わらせてやる。協力してくれるのならば、人死には最小限度。それだけだ」

 

「つまり、それ以外は全て貴様の自由にさせてもらうと」

 

「人間の命より重いものは世の中に幾らもあるだろうが、無為に失われていい命は無いとオレは思う」

 

「逆に言えば、理由があるのなら、失われてもいい命もまたあると?」

 

「人間は平等じゃない。オレはオレの独断で失われていい命を勝手に選別するし、それを失わせる事に躊躇も無いだろう。だが、お前らの説くお利口な理屈が分からないわけでもない。だから、その境界で利害の一致で出てくる益を折半しようと言ってるんだ。オレは少なくとも此処までお前らに見せてきたはずだ。オレが今言った三つのものがどうなってきたのか」

 

「そして、それ以外がどう奪われてきたのか」

 

「お前らがそれに我慢ならないって言うのなら、それは自由だ。障害にならない限りは排除する必要もないからな。逆に我慢ならなくても、現実としてオレがいなかったらその三つがどうなってたか。どうなるのか分からないとは言わせない。少なくともそれを理解する頭が無い奴が此処にいるとは思わないんだが、どうだ?」

 

「………その口車に乗せられてやろう」

 

 鋭い瞳がこっちの内心を見透かそうとするかのように光った気がした。

 

「交渉成立だな?」

 

「ああ、さっそく起こしてもらおうか。そちらと会話していると千年椅子に齧り付いた後のようだ」

 

 溜息を吐いたアウルが腰を上げる。

 そして、部屋を出ようとした時。

 ようやく追い付いて来たのか。

 ハァハァと息を切らせたエオナを筆頭にした六人がやってくる。

 

「す、すみません。こんなには、速いとはッ。お話は!?」

「済まない。もう済んでしまった」

 

「あ、そうですか。護衛も兼ねていたのに申し訳ありません。アウルさん」

 

「いや、非常識な速度でやってきたこの男に非がある。そして、それに釣られて話し始めてしまったオレにも……護衛分の報酬もちゃんと支払うから安心してくれ」

 

「え、でも?」

「いいんだ。目的も一応は達成したしな」

 

 その言葉に猫耳少女とエルフ耳少女とミニスカメイド少女がさすが御大とでも言いたげな顔となった。

 

「や、やっぱりイケメンは太っ腹ニャー!?」

「ボク、アウルさんがもっと好きになったぞ!!」

「で、でも、あ、あの額を貰うのはちょっと気が引けるデス」

「アンタがいいなら、いいけどさ」

 

 リヤが仲間達の反応にさすがにお気楽過ぎではないかという顔をしてから、こちらを睨む。

 

「ちなみにその男の払いは全部原資がオレだ」

「今、凄く受け取りたくない気持ちになったニャ……」

「魔王の誘惑、ダメ絶対!!?」

「うぅ、これが魔王の力なのデスか……?!」

 

 金は金だろうにとの言葉は飲み込んでおく。

 

 ちなみに軍資金も魔術でザックリ増やしたので、その内に国家規模で金貨銀貨銅貨などがインフレするのは間違いない。

 

「さて、全員一緒の場所に集めてあるか?」

 

 アウルがこちらに頷く。

 

「分かった。通り抜け様に全部起こしておく。ああ、それとさっきの人事関係の話なんだが、直轄連中には武装だのを持たせられない事を予め断っておいてくれ」

 

「どうしてだ?」

 

「オレを殺しに来る連中が問答無用な場合、抵抗したら殺される可能性があるからだ」

 

「……少しでも抵抗させようというつもりはないと?」

 

「オレの強さが知れ渡ったなら、オレを殺そうと思う奴が頼る方法は二つ。暗殺か。真正面から叩き潰せそうな戦力をぶつけて来るかだ。人死には最小限にするって言ったろ?」

 

「直轄の者達をお前が全員守ると?」

 

「ああ、命は掛けられないが、オレの血肉で89%くらいなら使ってもいいと思ってるからな」

 

 こちらの言い分に何やら物凄い微妙な顔となった探訪者達がヒソヒソと囁き合う。

 

『89%って何ニャ? それ半分以上死んでるニャ!!』

『で、でも、魔王だから、死なないかもだぞ?』

 

『不老不死の可能性も……やはり、魔王は特別なアンデッド説が有力デス』

 

『さすがに自分の肉体を半分以上って、何かの冗談なのかも……魔王的な?』

 

「そこ、聞こえてるぞ。オレは冗談でこんな事は言わない。少なくともオレがそのくらい物理的に消滅してもまぁ復活するってだけだ」

 

『『『『『『!!?』』』』』』

 

「貴様なら在り得る。いや、そうなのだろうな。だが、それをオレ達に教える理由は何だ?」

 

 アウルが解せぬと言い始めそうな顔になる。

 

「オレが危なくなったら、依頼するか。もしくは救援を求めるかもしれない。その時はそこら辺の数字で判断してくれって事だ。自発的に助けるにしても目視の目安が必要だろ?」

 

「「「「「「「………」」」」」」」

 

 六人と一人がさすがに黙った。

 

「助けたくないってのは思っててもいいが、実際オレが途中で死んで困るのは反乱軍に参加した此処にいる全ての連中だ。そして、その罪を背負えるのはオレと少なくともこの国の建て直しに必要な……オレが本当に優秀だと思う連中だけだ」

 

「「「「「「「?!!」」」」」」」

 

「これは分の悪い賭けでもなけりゃ、お前らに利が無い話でもない。この屋台骨の腐った国の上層部や同調する周辺諸国が罪に問える人間は限られてるし、謂れ無き罰で無辜の民や名君や統治者としての資質がある連中が消えれば、亡国まっしぐら。精々、オレを助けてくれ。お前らとお前らの大切にしたいものの為にな」

 

 そのまま部下に案内させて、未だ固まっている七人に背を向ける。

 やる事は山積み。

 今日も寝られそうには無かった。

 

【彼は……思っていたよりもとても聡明。いや、明晰なのかもしれない。そう思わないか? リヤ】

 

【アステッ、あいつは―――】

 

【いえ、リヤ。その思い込みはまず横に置いておきましょう。彼は“耳無し”である我々にも何ら侮蔑するところなく。本当に個人として……全うな関係でこそありませんが、正確な理解をしてくれています】

 

【ッ、だとしても……あいつは此処にいる全員をあんな姿にしてるんだぞ?】

 

【そうだニャー。そこら辺はまず間違いなく狂人というか発想がヤバイと思うニャ~】

 

【だけど、どうして自分がいなくなった後の事まで考えてくれてるのか分かりません……そもそも戦後に自分で罪を被ってやるなんて嘘を此処で付く合理的な理由も無い。本当なら何もかもを破滅させて、自分だけ逃げたっていいはずなんですから】

 

【オーレ……それは私も思いました。彼は少なくとも私達の事を、この国の人、この地方の人、反乱軍に加担する人達の未来を明確に考えてくれています。それは先程までの会話からもたぶん間違いないでしょう】

 

【逆にアレだけの事を言って、嘘って言うのも物凄く変というか。無駄な話ニャー】

 

【君達の言う通りだ】

【アウル。アンタまであいつの事を?】

 

【リヤ。君達は然程知らないだろうが、あの男は少なくとも全力でこの反乱軍と難民救済に付いては動いている】

 

【どういう事だ? そっちに仕事を丸投げしてるって話だったはずだろ?】

 

【そうだな。だが、そう……丸投げしてはいるが、あの男はそれに必要なものを全て揃えた。それどころか。様々な分野での改革や改善。また我々がまだ知らないような技術までも持ってきて、かなりの数の民間人にも接触を図っている。その全ての現場で今までとは殆ど別物のような現実がある……大工達には新しい工法や昼夜無く働ける環境を。他の農業関係者からも持ち込まれた見知らぬ作物や肥料や農法の知識やそれを手順化したものが手渡されたそうだ。どれもこれもこの国を一変させる可能性を持っていると言えば、君達にも凄さが分かるだろうか】

 

【何かあの言動からは掛け離れてる話ニャー】

 

【そうだな。しかし、やっている事は確かにこの反乱軍と地域が滞りなく運営される為に欠かせないような事ばかりだ。先日の話は聞いているか? リヤ】

 

【あ、ああ、鎮圧軍に殴り込んで化け物の本性を露にして最終的に師団長とその部下をなぶり殺しにしたんだよな?】

 

【いや、それは噂に尾鰭が付いている。現実には死人は兵隊が4人だけだ。それも後で此処の共同墓地に埋葬された】

 

【え? どういう事ですか? アウルさん】

 

【現地で見ていたが、アレは……そう何と言うべきか。月亀の女性達の命を守る為に兵の命を狩った。そう評するべき出来事だった】

 

【月亀って……女性達はその……】

 

【ああ、エオナ嬢。済まない。あまり言いたくは無いが、敵国の民だからと無体を働き。その上で兵糧の節約の為に殺されていたらしい】

 

【ッッ、軍の奴らッ!?】

【そんなのッ】

 

【リヤ、アステ君。他の子達も……君達の憤りは理解する。だが、現実に軍はそのようなものが無ければ、大軍であればある程に統制が取れないというのも現状では本当のところだ。オレはそんな方法は間違っていると思うが、今の我が国の軍の現実はそういうものだ。そして、そんな死ぬのを待つ彼女達を彼は助けた】

 

【―――あいつが?】

 

【そうだ。魔術で遠目に見ていたが、怒っていたというよりも……哀しそうな顔をしていたのではないかとオレには見えたよ】

 

【アウル。アンタ、あいつが部隊の指揮官を半殺しにしたところも見たんじゃないのか?】

 

【ああ、それも見た。先日、その理由を聞いたが、無能な男とそれに付き従う兵隊を無駄に死なせそうな連中を半殺しにしただけ、だそうだ……四肢の半分が無くなっていたのは女性達の事があったからかもしれないが……】

 

【し、四肢の半分?!】

 

【今も神殿の奥で昏睡している。ちなみに指揮官は顎と喉も無い。敵意と武器を向けた者は瞳の破壊や指の切り落とし、舌の排除が行われた。助命と反乱軍に入る事、軍事上の情報を全て漏洩し、その事を本国に対して喧伝される事を条件にしてくっ付けたり、治していたりしたが】

 

【それって……】

 

【国家を裏切った人間を国家が真に許す事は無いだろう。また、それを強要されたと言われても、法に照らせば軍法によって死刑が確定するだろう犯罪者となった彼らにはもはや魔王が勝つ以外の保身手段が無くなる。度を越した合理主義かもしれないが、彼は人間の感情を制御する方法をよく心得てる。利害で釣られる相手で彼を相手にするのは骨だろう。だが、逆に感情のみで相手にするのも愚かだ。飴と鞭の使い分けは正しく悪魔的だが、そこには確固たる理屈が存在している】

 

【彼って、何だか御伽噺の魔王って感じじゃないかもしれない】

 

【アステ。お前まで……】

 

【リヤ。彼がどういう相手だろうとやっている事は変わらない。ただ、それが単に何の考えも無しに行われているわけではないとは覚えておいた方がいい】

 

【そうですね。その意見には賛成です】

【エオナ。それはリーダーとしての考えか?】

【いえ、彼がしてきた事に対する純然な評価です】

【分かった……】

 

【君達を巻き込んでしまっている事は謝罪のしようもないが、もしもの時は逃げてくれて何ら構わない。これはこの国に生きる者とこの国で戦う者達の問題だ。だから、無理だと思ったらいつでも去ってくれ。己と仲間の命を一番に……】

 

【それでアンタがあの男のせいで死ぬのをむざむざ風の噂で聞くくらいなら、オレは此処で最後まで齧り付いてでも見届けてやるッ】

 

【そうですね。あの魔王様からの直接依頼も受けましたし、今更逃げても風聞は何処までも追ってくる。ならば、此処で密かに活動を続けた方がまだマシかもしれません】

 

【そうニャ!! 一度頼まれた仕事は依頼内容に不備が無い限り、有効ニャ!!】

 

【ボク、それがいいと思う!!】

【私もデス】

 

【……ありがとう。では、そろそろ向かおう。彼女達の説得を部下と一緒にせねばならないからな】

 

 通路に一列で並べられた女性達を通り抜け様に見えざる触手で薬液を頚部から注入していく。

 

 その合間にも見えてくる出口は遠く。

 此処からの道の長さを思わせた。

 

 皇女殿下とやらの軍と戦端が切られるまでそう時間が残っていない。

 

 それまでに仕込めるものは全て終えておくのが最善。

 九十九時間ぶりの仕事が途切れた時間。

 だが、予定を繰り上げて次の目的をこなす事にする。

 

 まだまだ、ファンタジーを相手にする手札が足りた気配は無かった。


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