ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第169話「望み」

「ぬぅ……難民の第一陣がこうも早く……」

 

 夜。

 

 書類仕事を終わらせて、明日からの練兵に関しての詳細を詰める為、ウィンズの幕屋まで向かったが留守という事で探し回れば、そのカイゼル髭は物見櫓にいた。

 

 夜だというのに遠方の細い街道から押し寄せてくる難民の群れ。

 それが松明の明かりで出来た道という形で視認出来た。

 

「そちらの受け入れ準備は滞りなく終わった。とりあえず九万六千人分の住居の確保は終了。北側の荒野が街になって良かったな。領地が栄えたんだから、喜べ」

 

「……その冗談を何処まで喜んでいいのやら。魔術で無理矢理集合住宅を増やしたと聞いたぞ。造成時に無駄に土で幾らも小山を作らせていた理由は複製だったわけだ……」

 

「ちなみに明日の朝から居住開始だ。第二陣が来る前に更に北の枯れた山林を使わせてもらう。魔物くらいしか出ないって話だが、文句は無いな?」

 

「無いとも……だが、水をどうする?」

 

「今あちこちで井戸を掘らせてるが地域で一本掘ったら、それも倍々で複製する。此処ら辺は田舎だが水量は豊富だと聞いた。排水や汚水の処理は全て魔術で一括管理する場所をもう地下に作った。サカマツの部下に集めさせてた地下遺跡の水道図面を丸々写して、そのまま使ってる。街の南側の端辺りだ」

 

「昨日あちらに行っていたのはそういう理由か。もはや1日で都市の治水が終わったか。そちらの奇術に驚くのも疲れたが……このまま難民を受け入れるのは良いとしても、治安維持と仕事はどうする?」

 

「難民連中だって元々は仕事を持ってた。新しい街が一つ出来るなら、新しい職場を用意するべきだろ。その為の箱物は三日前に90棟複製した。最初の運転資金の原資は全てオレ持ち。施設も何も無料。ついでに孤児院の開設と一定年齢からは子供を全部一括で学校に通わせる」

 

「ほう? 学び舎か……すぐにいなくなると嘯く癖によく考えたな」

 

「協力者としては出来る限りやる。少なくとも必要だろ? 父親や母親が日中働かなきゃならない家庭もあるだろうしな……」

 

「父は戦場へ。母は働きに、か。戦の常とはいえ……我が身の無力が身に染みるわい……」

 

「とりあえず、話を戻すが……残る問題は後顧の憂いが無くなった連中が真面目に難民生活をやるかどうか。その真面目にやるって部分でサカマツから尻を叩かせる。安住の地はタダじゃない。お前らが反乱軍に力を貸さなければ、すぐにでも失われるものだと悲観的な噂も流す事になってるというか。もう流した」

 

 カイゼル髭が如何にも仕事が速過ぎるという顔をしたが、何も言うまいと溜息を吐いた。

 

「まぁ、連中も戦はうんざりだろうからな。兵隊は取らない。が、文官は足りてないから、書類仕事が出来る奴を常時募集する。新しい役所や事務職系は数万単位で募集が掛かるだろう。そこらはアンタの部下とサカマツの部下、今どっちにも仕事を造る仕事ってのをやってもらってる」

 

「そして、働くに忙しければ、罪を犯しようも無い、と」

 

「無論だ。でも、難民はお客様だ。お客様が他人の家で罪を犯したら顰蹙買うだろ? そのペナルティーがこの都市からの追放だと言えば、御行儀よくしてるのはしばらく確定だろうさ」

 

「飴と鞭の心得はあるようだな」

 

「……問題は戦争が終わった後。それまでには新しく出来た街の階層や地位も固まってるはずだ。そこを全てあんたらが統治するんだから、長生きしてくれ。一応、貴族制度の他にも色々と戦後に取れる統治用の政治形態は用意しておいた」

 

「おんぶにだっことは正にこの事。まさか、今から老後を心配される羽目になろうとは……」

 

「戦後には過剰流入した難民も何割か故郷に帰す手筈だ。行政負担は一時的なもの。それもある程度平和になれば、恐らく収まる。魔王の力のお零れで胡坐を掻くような統治なら元の地方に逆戻り。それも誰もいない街付きだ。此処に残る連中が“自分の街”の事を真面目に考えるなら、おのずと働いてくれるさ」

 

「何処までも見通す預言の類か。あるいは壮大なる詐欺の手口か。悩むところだ」

 

 近頃、報告やらコミュニケーション過剰で口が渇くと持ち歩いている水筒から水を一口。

 

 僅かに息を吐く。

 

「……国を一つ滅ぼして救おうって言うんだ。詐欺でも預言でも結果が同じなら受け入れる以外無い」

 

「フン。では、精々利用させてもらおうか。魔王閣下殿」

 

「軍主力の練兵は一週間後までに完了。各地に散らばせた補給部隊と諜報部隊の働き如何によっては即座に月亀と月兎の前線まで兵を行軍させる」

 

「……前々から訊ねたかったが、どうやって両軍を沈黙させるつもりだ。あの程度の玩具を覚えさせたからといって、自分達の数百倍以上の戦力を相手に戦えるとでも?」

 

「勘違いしてるな。軍を使って相手を倒すなんて誰が言った?」

 

「何?」

 

「オレはお前のとこの兵隊を無駄死にさせる趣味は無いぞ。連中には月兎の首都無血開城時の制圧任務をしてもらうだけだ。都市の大きさから言って、最低でも1万弱は欲しい。難民からの志願兵が加わっても恐らくギリギリの数だな」

 

「……兵をどうやって首都まで行軍させるというのだ?」

「簡単お手軽な方法を一つ」

「その心は?」

 

「月兎と月亀のほぼ全戦力のいる最前線付近をオレが無力化してこっちの兵で前線から首都まで一気に昼夜問わずの高速行軍で打通する」

 

「な?!!」

 

「予備戦力が枯渇してて、尚且つ戦線に対して正面にある都市の治安維持用の部隊すら全て投入してるって話だ。って事は戦場の主戦力が沈黙したら、ロクな戦力が正面には残ってないって事になる。そもそも残った絞り粕みたいな部隊は全部オレ達反乱軍の討伐へと向かわせてるんだ。こちらで無力化すれば、現地の防衛部隊なんぞ塵に等しい」

 

「いや、それが出来たとしても抵抗する輩はいるだろう?!」

 

「そもそも反乱軍と言ってもウィンズ卿率いる月兎の軍だろ? 現在、各都市地域に情報を流して抵抗を弱める下地作りも滞りなくやってる。無論、首都の最後の頼みの綱である近衛は一定数いるだろうが、オレが精鋭とはいえ、近衛程度に遅れを取るとは今のところ考えられないな」

 

 大きな溜息が一つ。

 

「……これならまだ詐欺師の方が信用出来る分、疲れないわい」

 

 櫓に持ち込まれていた小さな酒盃にやはり小さな陶製のスキットル……小瓶から琥珀色の液体が注がれる。

 

「言うまでも無い事だが、戦争ってのは社会と社会の衝突だ。だから、最終的にはもし滅ぼす気が無いのなら、勝者は戦後……相手の社会にどうなって欲しいのかってのを思い描いて、道筋を付けてやらなきゃならない。支配したいのか。搾取したいのか。属国にしたいのか。それとも単に市場として解放されているだけでいいのか。または主義思想を共有する相手や軍事同盟の相手なのか。サカマツは難民が安寧を得られるなら、どれだろうと文句なんか無いだろう。だが、アンタは違う。名君なウィンズ卿に問うとしたら、それだ」

 

「権威の象徴たる皇家の意見も必要であろうよ」

 

「それは次の戦場が終わったら、存分に聞かせてやる。だが、基本的にはそっちの考えが優先だ。少なくともこの地域を守ってきたアンタがこの国に望むものは何だ? まぁ、聞かなくても分かるような気もするが、一応、聞いておこうか」

 

 カイゼル髭が静かに瞳を閉じる。

 

「……子供が」

 

 ポツリと大の男がまるで何も知らない子供のように空を仰ぐ。

 

「子供がせめて父母に恵まれ、貧困に喘がず、親より先に死なぬ世界だ」

 

「御題目としては素朴だが、人へ訴え掛けるに足る望みだ」

 

 酒盃が飲み干される。

 

「親不孝を味わった身からすれば、この痛みをこの国から取り除けるのなら、命を賭しても構わん」

 

 名君と謳われた男の息子は一年前に前線で戦死している。

 それどころか死傷者は一月で万単位に近い。

 殆ど総力戦状態が続いた月兎は死に体。

 未来が無駄に消費されていると言える状況なのだ。

 これはほぼ国民の殆どが同時に抱く気持ちと言ってもいいだろう。

 

「その望みに出来る限りの献策をしよう。そっちは引き続き地域内の意見集約と説得を纏め役として続けてくれ」

 

「いいだろう。未だ事は実らず。しかし、道は見る限り、未だ続いている」

 

 自分で作った酒の肴を皿でカイゼル髭の横に置いて、勝手に喰えと言い添え。

 

 そのまま櫓から飛び降りる。

 

 周囲には夜という事もあって夜間訓練している以外の連中はまるでいない。

 

 静けさの漂う街は未だ戦の煙も見えない世界。

 しかし、これもいつまでも続く平穏では無いだろう。

 皇女殿下が率いるとされた軍の動向は掴んでいる。

 

 それが来るまでの時間に何処まで出来るのかで今後の進捗も決まる。

 

 となれば、今日も一人徹夜の書類仕事。

 

 今後の布石を何処かのソシャゲ運営の詫び石並みにばら撒かなければならない。

 

(魔術収集に状況毎の御手軽呪文セットも増やさなきゃならないし、どうしたもんかな……身体が二つ欲しい……百合音じゃないが……)

 

 小さく苦笑して駆けるように一足で100m弱を蹴り飛ばしながら、街の奥。

 

 神殿の先にある反乱軍の拠点に向かう。

 さすが夜半だけあって、人気はいない。

 

 難民受け入れ前の一時逗留場所と未だ昼夜無く交代で大工達に仕事をさせている方角は明るいが、街全体を照らし出すには足りないだろう。

 

(病院が出来れば、もう少し明るくなるはずだが、まだ先の話か。先進国と言っても、夜の明かりは貴重で蝋燭や照明器具は嗜好品だって事だしな)

 

 遠目に病院を施工中の方角に視線をやる。

 

 夜間診療が出来る難民用の救護所を郊外で開いているが、さすがに病床数が足りず焼け石に水で医療設備はまだ足りていない。

 

 大工達に病院を急ピッチで建てさせているのだが、消耗品の類と医療品、医療器具の搬入が遅れていた。

 

 まず施設と中身を一式揃えてから土山を魔術で同質量の建造物として内部の品も一緒に複製しているので、最初の1棟が建たないと動けないというのが、魔術で諸々を増やす場合のネックなのだ。

 

 土木作業や難民援助で出た様々な廃棄物を埋め込んだ小山を使っているのでゴミ問題の先延ばし策も兼ねている。

 

 集合住宅にしても様々なケースの家庭や単身者を受け入れられるよう家具や食料以外の消耗品は全て搬入させてから同じものを大量に複製するやり口で量産しているので魔術も資源《リソース》の加工に付いてはまだ万能という域では扱えていない。

 

(とにかく、最優先は住居の確保。食料と水はあるから、残る最低限度のインフラ整備が終われば、一息吐けるが、それまでが山場だな)

 

 井戸は明日中には新しい街へ300以上複製予定。

 

 完成を待っている医療施設、役所、孤児院、養老院と諸々の箱物は三週間後には完全に揃うだろう。

 

 難民の年齢、職歴、職能、世帯構成、諸々の選別は居住前とあって現在街の外で待っている人数の半数程が完了している。

 

 彼ら経験者を放り込んで各種インフラの維持管理する人的資源を補充。

 

 仕事を大量に発注し、配給の優先や給料を与えて、食わせる事となる。

 

 各地の施設にはこの街での同業者を監督役に付けてあるので、問題はそちらに丸投げ。

 

 物資と構造的な問題は全てトップダウンでこちらから解決。

 

 すぐにでも難民達は生活の為に動かねばならなくなる。

 

 無理矢理にでも都市機能を一度獲得させれば、後は難民達も自分達の職責や責任で問題を解決していかなければならないので、一気に楽になると踏んでいるのだが、そこまでがえらく遠い。

 

 数十万人規模の人間を自活させる為の内需を賄えるようになるまでは補助も已む無しだろうが、そこまで自分がいるかも極めて怪しいのでとにかくサカマツには自分達でどうにか出来る事は難民達に全て自己責任でやれという類の警告も既に出させている。

 

(後は結果を待つばかり、となるまで何週間掛かるやら……)

 

 割りと問題になりそうな今後の進捗を脳裏で計算しつつ、街中に構えさせた二階建ての大型事務所の手前までやってきた時。

 

 薄暗がりの空の下。

 

 “灰の月”と呼ばれる“照華《しょうか》の地”からしか見えない大蒼海《アズーリア》に映る唯一の天体を見上げる。

 

 それは単に天井に映し出される映像にしか過ぎないが、それだけではない極めて重要な場所の一部でもある。

 

 現地の人々にとっては特別と認識される場所だ。

 

 灰色の飴玉。

 

 それが地球の現在進行形な姿だと言えば、本来の姿を知る人類なら、絶望しそうなものであるが、生憎とそこで色々とメロドラマ張りにハーレムしていた人間からすると、少しだけ懐かしくも思えるのだから不思議なものだった。

 

「……行くか」

 

 衛兵すら立たせず。

 まだ魔術具の洋光《ランプ》が煌々と耀く室内。

 

 西部劇風の酒場にも見える現在の仮住居に向かおうとしたところで不意に巨大な影が空から揺らぎ降る大蒼海《アズーリア》の光を遮断した。

 

 ガゴンッ、ガゴンッ、ガゴンッ。

 

 大通りの三方。

 

 夜には誰もいない木製とレンガ製の店舗群の店先に突如として落ちてきたものが突き刺さり、こちらを囲んだ。

 

 全長で3m弱の大きな角錐状の何かの上に一人ずつ影が降り立つ。

 

「あなたが魔王、で間違いないかな?」

 

 どうやら名前が売れても国家のバックアップが無いという状況は思っていた以上に厄介であるらしい。

 

 今更にパンの国の警備状況が恋しくなるというのだから、自分も随分毒されていたらしいと、自嘲が思わず零れた。


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