ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第170話「魔術」

 

 闇の中。

 その若い女性。

 

 いや、少女達の声が真剣ながらも隠し切れない少し幼い声音で響いた。

 

「わたし達は月兎皇国近衛特務隊です。大人しく投降して下さい」

 

「あんたは完全に包囲されとるよ。ウチらの仲間が今、陣地で中核人材を強襲中や。これで反乱軍は御終い。早いとこ両手挙げて貰おうか。如何にあんたが化け物染みた身体能力してようと。どれだけ魔術を馬鹿みたいに行使出来ようと。この結界の前には無意味や」

 

 影が乗って地面に打ち込まれたソレが僅か表面に紅の耀きを奔らせる。

 

 どうやら魔術具。

 

 それも結界というからには何かしら封じ込める機能があるらしい。

 

 触手で探らせてみるが、電磁的なものはほぼ感じられない。

 

 小石を見えざる触手で結界とやらの外に投げる。

 

 すると、紅の燐光が虚空に小さく耀いたかと思えば、石が一瞬で塵。

 

 いや、目に見え難い程に小さな粒子状まで分解された。

 

 角錐で囲まれた領域の外へ出るのはどうやら通常生物には死を意味するようだ。

 

「どんな類の念動力かは知らんが、今ので分かったやろ? これは冗談の類や無い。さぁ!! 降伏して両手を挙げてんか!!」

 

 一人からの似非関西弁っぽい言葉遣いが気になったのだが、そう言えば、この世界の言語体系はあまり調べていないので背後関係が探れない事に気付く。

 

「ああ……また、調べなきゃな。はぁ」

「何言ってるんや?」

 

 訝しげな声。

 しかし、警戒は解かれていない。

 

「そこの変な言葉遣いの。お前の年齢と官姓名を教えてくれ」

 

「そ、その余裕が何処から来るか知らんけど、教えたる!! ウチは月兎皇国首都防衛近衛特務隊所属三級空尉!! ルアル・ラディッシュ!! 十四歳や!! 皇女殿下の為!! 反乱軍と魔王を名乗る不届き者を捕縛しに参上した!! さぁ!! 観念して縛に付いてや!!」

 

「十四? 月兎の人材不足はもはや深刻ってレベルじゃないのか? そろそろ本気で予定繰上げなきゃならないとしたら、また仕事量が……」

 

「な、何言っとるん?! あんた!! 状況が分かってんの!? 今、この結界の効果見たのにどっからその余裕が湧いてくるん!?」

 

 こちらの悲劇的なブラック企業も裸足で逃げ出す連続800時間労働(精神的休憩込み)の事なんて知らない相手にしてみれば、さぞかし自分は余裕に見えるだろう。

 

「ルアルちゃん。この人、全然私達の事、相手にしてないかも……」

 

 最初に声を出した少女がそう似非関西弁少女に呟く。

 

「はぁぁ?!!」

 

「……相手の表情から内心を推し量れるのか? 優秀だな。となると、人材不足というよりは英才教育の賜物や資質高い人材って話か。そうなると……惜しいな」

 

 こちらの言葉に反応してか。

 

 僅かに今まで沈黙していた所属を最初に名乗った声の主が持っていた得物。

 

 恐らくは杖もしくは剣を複合したようなファンタジーにありがちな代物をこちらに構える。

 

「ルア!! この人の周囲に何か漂ってる!! 注意して!?」

 

 どうやら見えざる触手が見えるレベルの視力。

 それも暗視状態で分かるくらいの相手らしい。

 

「……なぁ、お前らあの光が見えてないのか?」

 

「「「?!」」」

 

 三人が同時に何やら苦い表情をしたような気がした。

 

 魔法使いっぽい貫頭衣の陰に隠れて、全体は見えないが、それにしてもシリアス顔なようだ。

 

「アレは難民連中の灯りだ。明日にはこの街への居住が開始される。ちなみにあっちの工事は病院を造ってる最中だ。言っておくが、オレがいなくなったら確実に開業まで1ヶ月掛かる。ついでにそれまでに死ぬ難民の数は現在の第一陣約10万の内の4000人くらいだろう。連中は極度の飢餓が解消されたのはいいが、衛生や怪我の治癒に関する魔術を使える術師が足りなかったから、病気や怪我でかなり衰弱してる。病人の大半は老人と子供と女だ。妊娠中の奴は命掛けで御産して死ぬか。あるいは堕胎するしかなくなるだろう」

 

「「「ッ!!?」」」

 

「いや、そうして生まれてきても、問題は山済みなんだけどな。大半、胎児の時に母親が飢餓で成長不足。ようやく出産した子も長く生きられないだろう。魔術師がいても、今のところ小さな時から出た脳の障害は治療出来ないんだろ? 中には何とか生んだ子も苦しんで死ぬのならって、自分で埋めてきた母親も多いそうだ」

 

「―――それが、今の状況と何の関係があるん?」

 

 喰い付いて来たので厳然たる事実のみを伝える。

 

「オレは生憎と知らない人間の生死には興味無い方だが、普通の人間並みには可哀想とか救ってやりたいくらいの気持ちはあるし、実際その為の治療薬も難民に供給してる。主に障害を負った胎児やすぐに死ぬような出産されても長くない乳児用のな」

 

「なッ―――?!!」

 

「傲慢な話ではあるだろうが、結構感謝はされてるらしい。オレはそういう連中の感謝の声みたいなのは協力者であるサカマツに上げないよう伝えてるんだが、成果は上がってるそうだ」

 

「あんたを、あんたを捕まえたら、どうなるって言いたいん?」

 

「いや、安心してくれ。オレが捕まっても10万人分の諸々の薬はもう確保してあるんだ。だから、子供も胎児も元気に育つさ。しばらくは大丈夫だろう」

 

 こちらの声にあからまに安堵こそしていなかったが、それにしても似非関西弁なルアルという少女以外の二人がホッとしたような息を吐いた。

 

「じゃあ、ウチらが捕まえるのは何の問題も無いんやない?」

 

「ああ、問題なら無いな。お前らがこの国が消えて亡くなるのを後悔しないなら」

 

「……命乞いでもするつもりなん?」

 

「いいや、厳然たる事実だ。オレが消えた場合、または反乱軍の上層部が捕縛された場合の最も現実的な未来予測は……この国の人間の完全な難民化と奴隷化と月兎の一部貴族達による重度の搾取・支配階級層固定による階層社会の到来だ」

 

「何を―――」

 

 得物を構えた少女が僅かに手元を震わせた。

 

「オレと反乱軍が消えたこの都市は月亀に接収された場合、高確率で月亀軍の月兎支配の中心地になる。理由は以下の四つ。一つ、此処にオレが多数の地下施設と軍用施設、また首都クラスの都市機能を半分以上完成させてしまっている事。二つ、それを運営するだけの難民が此処にもう集結しつつある事。三つ、反乱軍を月亀が取り込まない理由が無い。四つ、反乱軍も月亀軍に取り込まれない理由が無い。以上だ」

 

「ルアルちゃん。この人―――」

 

 優秀そうな特務隊とやらはどうやら理解してしまったらしい。

 

 その不都合極まりない事実に。

 

「お前ら、この国が勝つなんて信じられないだろ? その上で自分の仕事をしてるだけなんですってのは無責任過ぎやしないか? 言っておくが、今の予測は確率的に八割以上起こる出来事だとオレは認識する。月亀はオレ達が止めなけりゃ、ほぼそうするだろう」

 

「ウィンズ卿は月亀を本気で止められると思ってるん? それともあんたがそんな妄想を吹き込んだん? あんたにそんな力が有るって言うんかッ、魔王!!」

 

「あるぞ。だから、オレはこうしてふんぞり返ってるわけだ。反乱軍だって上層部が消えたら、月亀から国民を何とか救う方法としてあっちに従属し、傀儡としての処遇を受けるのが現実的になる。つまり、お前らの襲撃はそういう最悪の未来を助長しようとする悪手だ」

 

「ッ」

 

「オレはな? 此処の連中の取れる選択肢しか提示してないんだ。それに乗ったウィンズは合理的で理性的な判断を下した。勿論、感情的にも受け入れ易いような提案をオレも心掛けた。だが、月亀の上層部はオレとは違って統治は極めて搾取的なものを採用するだろうな。今回の戦争であっちも国力や人的資源を消耗してる。国内の問題を解決する為に月兎から取れるものは何でも吸い上げるはずだ。その相手が“国民”ならば、国際的な加減てものを云々するだろうが、生憎と“難民”や“奴隷”はその限りじゃない。ここらの民を非国民化して、権利を剥奪。その管理用の拠点として此処と首都を軸に旧指導者層の弾圧と取り込み。現地の腐った連中を採用して自国指導者層への憎悪を使った内部分裂助長策と現地民組織集団への内部破壊工作が行われるだろう」

 

 とりあえず、想像出来る限りの予想を並べてみる。

 

「可哀想に……そんな戦後政策じゃ、難民専用の病院なんて必要無いだろうな。きっと、今作ってる施設も軍や将校用の病院に早変わり。此処に保管してるさっき言った薬を筆頭に多数の物資は軍需物資もしくは本国に移送して食い潰され、難民には行き渡らない」

 

「……ッ」

 

「唯一の救いである神殿は邪魔者だが、それも“魔王”と呼ばれた男に協力したという大義名分で追放でもするんじゃないか? オレにはありありとその光景が想像出来る。これを妄想だと言い張るのならば、構わないが……さて、優秀そうな特務隊の皆さんは、軍事的にも政治的にもそれなりな情報と理解度がありそうな君達は、その不合理な事実の上にある予想を前にして『私達は正義の味方で仕事をしてるだけなんです!!』と言えるのかな?」

 

「わ、わたし、達はッ」

「ソミュア!! ダメ!! この人の話に耳を傾けちゃ!!?」

 

「で、でも、この人の言ってる事って?! リリエちゃんが言ってたのと同じ……」

 

「そ、それは!? 私もそうは言ったけど、アレはあくまで最悪の場合の事であって!!?」

 

 二人はどうやら動揺してくれたらしい。

 

「くッ、こういうタイプかいな。聞いてたのとは随分違うようやな。ゴッツイ能力持ってるって話やったのに……あんたエグイで。かなり」

 

 恐らくはリーダー格であるルアルの言葉には苦々しいものが混じっていた。

 

「事実だ」

 

「あんたがこの国を救ってくれるとでも言うつもりかいな!!」

 

「ああ、救ってやろうって話だから、あの名君なんて言われてるウィンズも難民の盾足らんとしたサカマツもオレの協力者になった」

 

「な?!! 難民にサカマツって、まさか山賊団の頭領は―――」

 

「ああ、知ってるのか? 兎殺しのサカマツとか言われてた当人だ。今は月兎と月亀の両国の難民を一緒に面倒見てるぞ。オレはあの二人にこの国を救う方法ってのを教えただけだ。それに協力する対価としてオレはこの街を、いや……都市を建造してる」

 

「でもッ!! あなたに正義は無いッ!!」

 

 ソミュアと呼ばれた少女からリリエと呼ばれた彼女。

 今も得物を震わせている少女が叫ぶ。

 

「此処はオレがどれだけの力を持っているのか。あいつらに見せる場でもある。当然、オレを襲撃する場所を選ぼうと調べたはずだよな? 次々に建つ施設。何処からか湧いてくる山のような物資。難民を受け入れる為に整えられつつある環境。そして、神殿連中の敵わないと諦め切った顔……自分達がするべき事を、しなければならない事を、大罪人扱いなオレにされて悔しそうな顔……さぁ、この現実を前にして、そのお前らの正義とやらは難民一人救える代物なのか?」

 

「―――ッ、でも、だとしてもッ!! あなたは神官や兵隊達を殺した!!」

 

「心外だな。神官連中は殺してないぞ。兵隊連中は奴隷を間引きしようとしてたから、四人程殺したがな」

 

「なッ、殺してない?! でも、神殿には沢山人が!!?」

 

 ソミュアが驚いた様子となる。

 どうやら、神殿内の昏睡者を死体と間違えていたらしい。

 

「寝てるだけだ。ちなみに神官連中が200人くらいオレに協力する見返りに起こされて説得中でもある」

 

「まさか?! 神官の人達が反乱軍に加担するって言うの?!」

 

 リリエとやらの疑問は最もだろう。

 

「オレのやってる事が神官連中に人々の救済に見えたとしたら、そう驚くような事じゃないだろ? それとも今首都でのうのうと惰眠とメシを貪ってる政治の実権握ってる連中が国民の未来を憂い、真面目に国家運営してるとでも? 敗北に次ぐ敗北。それを誤魔化す為に防衛線を下げるでもなく。軍事戦略を見直すでもなく。兵員を徴兵しまくりとか。哀れすら通り越して滑稽だぞ?」

 

「ぅ……」

 

 どうやら得物を向けているリリエ嬢にも分かっているらしい。

 

 今現在、どれだけ政府首班から人心が離れているのかは。

 

「で、今から四十万人以上の未来。いいや、この国たる全ての国民の将来を暗く塗り潰す言い訳は出来たのか?」

 

「い、言い訳?! あんた、ウチらを何やと思ってるんや!?」

 

「腐った貴族や皇族相手に立ち上がった憂国の徒たるウィンズとサカマツが率いる反乱軍と山賊団。後に救国の軍と呼ばれるだろう組織に対してやってきた国民の敵」

 

 ルアルの言葉に真面目な声で告げる。

 

「ッ―――言ってくれるやないか。ウチらはこの国の公的な法に乗っ取った組織の職員や!!」

 

「新生児と乳幼児、薬を投与されれば、これからも全うに生きられたかもしれないまだ見ぬ子供達の親に『自分達は国家を後ろ盾にした正義の味方だからお前らを助けてた悪の親玉は捕まえた。悪いがあの悪者から貰った薬で助かるはずだった子供は助からないだろう。真に遺憾だが仕方ないと諦めて欲しい。心の底からお悔やみ申し上げます』って言い訳くらいは考えた方がいいぞ?」

 

「ッッッ」

 

「今更に躊躇するような決意なら其処を退け。こっちの言い分に言い返せもしないなら帰って寝ろ。オレが何で難民を出汁にお前らへ説教してると思う?」

 

「説教? はは、ウチらが悪者かいな……ッ」

 

 その似非関西弁の声にはまるで力が入っていなかった。

 

「お前らがいる国がもしもあらゆる困難を乗り越えようと国民を大切にして、皇帝や支配階級が共に歩み。その上でまだ余裕のある国家だったなら、オレの言い分はこの都市にある全てを用意しても戯言だったろうよ。でも、現実は違う。お前ら月兎の国の内情は下の下だ」

 

「くっ?!」

 

「余力も無いし、国内の都市の大半は無法地帯一歩手前。戦争終結まで残り三ヶ月も無いのは戦線の状況を聞けば分かる。国も皇帝も貴族も上流階級の皆様は大半が国民を救ってはくれないし、自分の盾くらいにしか考えてない。財政はもう破綻してるし、成人男子の5割を戦場で消費済み。国内じゃ老人が自殺しまくりで、伴侶に与えてやれるのが日に一度の食事ではなく。錆れた刃一つって有様の場所も出始めた。国内の食糧生産地域も労働力不足でほぼ生産力が半減。さて、お前らは一体このどうしようもない国の何処をオレより上手く変えてやれるんだ?」

 

「軍系の公務員にそれを言うのは反則やろ……ってのは言い訳なんやろなぁ」

 

「ああ、そうだ。国民が支持するのは食事を与え、住居を与え、仕事を与え、人生を与え、己の手で未来を切り開ける都市を与えた反乱軍か? それとも今も国の未来を奪い続けている上流階級連中か?」

 

「………」

「お前らに二つ道をやろう」

「何やて?」

 

「一つはこのまま帰って反乱軍に勝てませんでしたと事実を噛み締め、泣いて暮らす道だ。家族でも恋人でも親しい奴が戦場に行かず残ってれば、慰めて貰えるぞ?」

 

「!!?」

 

 ソミュアと呼ばれた少女が息を呑んだ。

 恐らくはクリーンヒットしたのだろう。

 

 上流階級出身ならば、慰めてもらえる人が“一人も欠けていない”、という事も有り得る。

 

「もう一つは?」

 

「オレに負けて、自分達の無力さに打ち拉がれつつ、適当に此処の連中に協力を申し出るって道だ」

 

「どっちもウチらが負ける前提やないか」

 

「私達は……皇女殿下を、今魔王に甘言に騙されている人達を守る義務がありますッ」

 

 リリエとやらが何とか自分の正しさを固めようと声を張り上げる。

 

「なら、オレにも事態を動かしただけの義務がある。それは公的機関や上司、この国の法が定めたわけでもない。単にオレがオレに課した義務だ」

 

「あんたは犯罪者や!! 犯罪幇助!! 国家騒乱罪!! 国家反逆罪!! 集団窃盗!! 強盗致傷!! 公務執行妨害!! その他諸々やで!!」

 

「何か問題あるか? 法なんぞまともに運用されてないし、機能してるのは国民統制用の御題目だけなのは上流階級連中の大半が徴兵を免れてる事からも明らかだ。国民の大半は知ってるけど、諦めてるだけなんだぞ? 法を守らない奴の手下が法を語る可笑しさに死んでいった連中の親族は何て言うんだろうな?」

 

「「「ッ―――」」」

 

「自覚があるなら、投降しろ。お前らはオレに届く力をまるで持ってないし、事実としてオレを捕縛する理由が瓦解してる。正義を名乗るには力不足で役不足な上、前提すら失ってる」

 

「返す言葉も無いが、それでもウチらは自分の役目に誇りを持っとるんよ」

 

 ルアル。

 

 似非関西弁少女の言葉には決意のようなものが宿っていた。

 

 だが、それもまた強がりか。

 その口元は歪んでいる。

 

「それはお前らにとっては正しいが、誰かにとっては単なるエゴだ。そして、今の国家の状況下、この地域の条件下においてはエゴ以下、悪にすらも為り得るだろう」

 

「魔王に説教された挙句に悪呼ばわり……ウチらもそろそろ怒っていいんちゃうか?」

 

「オレからお前らに送る言葉は多くない。もう一度言う。投降しろ。無碍には扱わない。武装解除したら旨い朝飯くらいはおごってやるぞ?」

 

 だが、どうやら少女達の心情は決まってしまったらしい。

 

 結界の外から各々が虚空に浮かび白や黒や紫色の魔導書っぽい本と独創的な杖を構えた。

 

「決裂か。じゃあ、しょうがない。少し痛い目を見てもらおうか。ちなみにお前らって超越者か?」

 

「これでも全員、高位階梯や……勝ち目なんかあんたに無い……」

 

「その自信が最後まで持てばいいな」

 

「どうしても抵抗するんですか? もしあなたが降伏するなら……」

 

「ソミュア!! この人には何を言っても無駄だよ。それは分かってるよね」

 

「……でも」

 

 リリエがどうやら先に仕掛けるようだ。

 友人が心変わりするのを黙って見ているつもりはないらしい。

 

「あなたを捕縛します!! イシエ・ジー・セニカ!!」

 

 結界とやらの外。

 飛び上がった少女の顔がフードが脱げると同時に露となる。

 これは珍しいと言うべきか。

 三毛猫のような左右で耳の色が白と黒。

 

 ついでに瞳が金色で縦に割れた彼女が天に剣と杖の中間のような柄の長い得物を掲げる。

 

 その顔は凛々しく。

 何処か男勝りな厳しさが愛らしい眉目の歪みに宿っていた。

 

「古き螺旋の精霊よッ、栄えたる汝の名を我らは褒め称えたり!!」

 

 その言葉と共に発揮された力は虚空の魔法陣。

 

 いや、この世界でならば魔術方陣と呼ばれる光の円環として回り出す。

 

 そう、本来魔術というのは高位の代物であれば、ある程にそういう複雑な方陣が出現するのだとか。

 

 無論、それもまたこちらには関係ないシステム上の遊び部分ではあったが、4m級の複雑な象形文字が書き込まれた雷鳴のような明るい色合いのソレを見れば、相手の強さは分かった。

 

 円環がリリエの持つ得物へと降り注ぎ、下がるに連れて同じ陣を複製。

 

 最終的に数十にも及ぶ魔法陣がまるで折り重なるようにして得物を包んだ。

 

 ガゴンッと杖の剣身部分が9つに中心から割れて分割されつつ開口。

 

 こちらに向けられる。

 

「クライム・バニッシャァア―――ッ!!!!」

 

 技名が叫ばれて、ザックリと近頃の魔法少女にありがちな光線がこちらに向かって吐き出される。

 

 外からの攻撃は結界によって無力化されたりはしないらしい。

 

 こちらにほぼ光の速さで直撃した。

 周囲が膨大な閃光で視認不可能となる。

 

 予めコンタクトで用意しておいた遮光モードで網膜を保護しつつ、状況を診断。

 

 どうやら本当に“ビーム”らしい。

 

 スーツに仕込まれた観測機器で収集した情報は一端相棒を経由して船のメインフレームを通り、“天海の階箸”に送られ、解析されて数秒後に戻ってくる。

 

 注ぎ込まれるエネルギーが次々にこちらが身体に張っていた防護用の魔術。

 

 電磁誘導障壁で弾かれ、反らされていく様子は正しく漫画的かもしれない。

 

(原理的には陽電子砲の類なのか? 何と言うか。銃弾、日本刀、筋肉、レールガン、レーザー諸々受けてきたが、此処に来てビームとは……ラノベなら弾き返して格好良く決めるところなんだろうが……これが現実って時点で溜息しか出ないな)

 

 遊びでやっていたならば、物騒過ぎるし、平和な時代には要らない力なのは間違いない。

 

 閃光がようやく収まる。

 

 どうやら杖内部で生成されたエネルギーは吐き出し切ったようだ。

 

 結界内部はこちらが立っている場所以外が完全に灼熱した溶鉱炉並みにドロドロとなっている。

 

 足元からは少なからず1200度以上の熱波。

 

 しかし、こちらの肉体も衣装もその程度ではまだ軽く炙られた程度。

 

 断熱性は高いので蒸し暑い程度にしか感じられなかった。

 

「ッッ?!! 無傷!!? そんなッ―――」

 

 リリエがさすがに虚空に浮いたまま固まっていた。

 

「殺す気か? もしオレが魔術で相殺してなかったら、普通に骨まで蒸発してたような気がするんだが」

 

 他の二人がリリエの傍へと上がって、こちらを見下ろしながら、警戒の度合いを引き上げたようだ。

 

「生焼けくらいにはなるやろと思っとったら、まさかの無傷かいな……」

 

「降伏して下さい!! それ以上抵抗したら、もっと強いのを使わなきゃならなくなっちゃいます!!」

 

 触手は撃たれる寸前に引っ込めたので問題ない。

 問題なのは結界だ。

 

 物質の結合を解く魔術でも込められているのだろうが、これを安易に突破しようとは思えない。

 

 今から魔術を無効化する呪文を軍隊を封殺した時のように掛けてもいいのだが、もし途中で先程のような魔術が発動された場合、発生した事象が生み出す結果。

 

 要は電気とか熱とか光とか、もっと悪くすれば、核融合とかが制御を失って暴発しかねない。

 

 そうなれば、少女達は一瞬で火達磨だろう。

 

 こっちも幾らチートがあるとはいえ、安易に自分が無敵と考えるのは下策。

 

 基本的には会話しつつの時間稼ぎがいいとの判断は正しいはずだ。

 

(結界の外には熱量が漏れてない? という事は内部からの物質やエネルギーはほぼ閉じ込める仕様なのか。面倒だな……それとあっちは恐らくエネルギーを溜め込んで撃ってるタイプ……初手の無効化範囲が広くないと相性も悪いと)

 

 今度は他の二人が同時にこちらへと得物を向ける。

 其々に銃剣型と音叉のような型のもの。

 

 ソミュア。

 

 こちらの話にグラ付いた少女のフードが取られる。

 

 未だ苦悩する表情はどうやら“耳無し”と呼ばれるこの世界では差別対象な普通の人間タイプ。

 

 恐らくリリエと呼ばれた少女より2歳は若い。

 そのショートカットの栗色の髪と瞳。

 卵型の顔と親しみやすそうなクリクリとした瞳。

 

 笑えば愛らしいだろう相手はどう相手を思うとしても連携はしっかりとやるタイプなのか。

 

 リリエと同じように魔術方陣を得物に無言で収束させた。

 

(呪文無し? これが通常術師のクリアランスより3段階上の【詠唱破棄階梯《サイレンス》】ってヤツか)

 

「行くで!! 今度はこっち三人まとめてや!!」

 

 ルアル。

 

 こちらもまたフードを脱いだ姿は“耳無し”だった。

 僅かに金髪寄りの赤毛で僅かに白髪が混じるポニーテール。

 三白眼というのだろうか。

 

 少し目付きが鋭い雀斑の残る彼女が音叉型の得物と自分の肉体に方陣を複数発生させる。

 

 四肢と胴体が無数の円環に取り込まれた。

 

 その後、彼女達の周囲に何やら本人達の腕程もありそうな黒い円柱状の物体が複数生成されていく。

 

 紅の燐光が周囲に複数漂い、高速で物質を大気から抽出している様子は錬金術そのものだ。

 

(原子変換レベルの魔術。放射線量はそんなに高く無い? 元々、空気中に金属元素が通常よりも遥かに多いって相棒も言ってたが、もしかしてこういう魔術用なのか?)

 

 考えている間にも三人の周囲で20本程の円柱が生成された。

 

 それが続けてガシャリと内部から割れて展開され……まるで砂時計のような括れた中央部分に丸い水晶状の物体が現れる。

 

 それから放たれた光がこちらを“照準”した。

 レーザーポインタの類だろう。

 人間の弱点。

 身体の中心線に沿って、心臓だの頭部だのがマークされる。

 

「今、こいつらが狙ってる場所には幾らでも魔術を生成出来るんや。通常の防御手段は無効や!! 肉体に直接叩き込まれたくなかったら、降伏しいや!!」

 

 ルアルの言葉に『いや、逆にお前らの事を考えなくていいからありがたいけど』という言葉を飲み込んだのも束の間。

 

 三本の角錐が突如として発生した雷光によって撃たれたかと思うと破壊された。

 

「な?! 仲間か!!? あ、あっちはどうなってるん!?」

「周囲警戒!! 二人は後に下がって!!」

「リリエちゃん!?」

 

 前衛らしい猫耳少女が前に出る。

 

 しかし、その合間にも周囲の封鎖が解除されたこちらは一足飛びで背後に下がり。

 

 こちらの結界を解いた相手の横に並んだ。

 

「お前らか。随分と遅かったな」

 

『ニャ?! 見破られたニャ?!!』

『完全に姿を消してるはずなんですが?』

『こ、怖いデス?!!』

『凄い。わかっちゃった?!』

『たぶん、こっちの音を拾ってるんだと思うよ。エオナ』

 

『まさか、本当に助けなきゃならないなんてな。一つ貸しておくぞ!!』

 

 クルネ、エオナ、オーレ、フローネル、アステ、リヤ。

 

 六人の声が次々に響いた。

 

「で、遅かった理由は?」

 

『こちらの襲撃者はアウルさんが片付けました。もう捕縛してあります。ですが、かなりの相手だったのでさすがに手こずってしまって』

 

 エオナが事情を説明がてら、何やら思い出したように溜息を吐いた。

 

『た、大変だったのニャ!! 死ぬかと思ったニャ……報酬は後払いニャ!!?』

 

「オレが生きてたらな」

 

 とりあえず感謝して、前に出る。

 相変わらず。

 相手の円柱はこちらを照準していた。

 

「そこにいる人達も投降して下さい!! 今ならまだ罪を重ねなくて済みます!!」

 

 ソミュアの声に後からは何やらヒソヒソと話声が響く。

 

『うぅ、終に公務員から投降を呼び掛けられる立場になってしまったのデス(泣き)』

 

『こいつの依頼を受けた時点で今更だろ』

 

「お前らは下がっててくれ。今片付けてくる。終わったら、介抱してからアウルのところに連れてけ。頼んだぞ」

 

「何やお仲間が来たからって、大きく出過ぎやないか?」

 

 こちらの声はどうやらちゃんと拾っているらしい。

 溜息一つ。

 両手の腕輪を意識してから、跳んだ。

 背後の地表では土埃に思わず咽た少年少女達の悲鳴。

 だが、それより早く。

 ルアルの鳩尾に片膝が叩き込まれた。

 

「―――」

 

 意識を狩ったのはほぼ確実。

 相手の防御用の魔術はほぼこちらの防御用の魔術で相殺。

 超越者とはいえ、相手は生身。

 

 肉体を目に見えない速度で加速した“330㎏の物体”に打撃されたのだ。

 

 この世界の普通の人間なら全身骨折と内臓破裂。

 

 もしくは血の染みとなって砕け死んでいるだろうが、僅かに残っていた魔術の相殺し切れなかった分の威力軽減もあって、肋骨数本で済んだだろう。

 

 一瞬のインパクト時に横目で少女達がこちらを何とか追っていたが、それも遅い。

 

 両腕の肘で胸元を打ち据えて、同じように左右へ吹き飛ばす。

 

 両者共に周囲の建造物の屋根に激突した後にめり込んだまま動かなくなる。

 

 そのまま反動で一回転して真下に降り立つ頃には何やら背後で絶句する探訪者達の喉を鳴らす音だけが夜の静けさに響いていた。

 

『……み、見えなかったニャ』

『私達の応援はどうやら殆ど要らなかったようですね』

 

 襲撃状況と被害報告を受ける為。

 

 そのまま手を後手にヒラヒラ振ってから、陣地の方へと今度は通常の速度で跳んだ。

 

 バトルもののお約束はこの世界でも同じらしい。

 

 どんなに相手が強い術を持っていようが、先手有利な状況ならば、敵に何もさせずに勝つというのは実際かなり有効だろう。

 

 ファーストルック・ファーストショット・ファーストキルの精神である。

 

 先手必勝とはよく言ったものだ。

 

 人の限界までを約束されたこちらの能力《スペック》を前に単なる魔術で軽く強化されただけの人間が反射的に勝つ見込みはまず無い。

 

 肉体特化の筋肉達磨だった妖精円卓並みの相手でなければ、今や自分を止められないというのも複雑だったが、この世界に限ってはありがたい事に違いなかった。


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