ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第172話「全世界ケモナー化計画」

 

「………初めまして。ラスト・バイオレットを継ぐ方。私はコード・ジュデッカ。この【SRW(サルヴ)/15(フィフティーン)】のデフラグ及び簡易フォーマット用の執行機《エクスキューショナー・ユニット》です」

 

 何処かの漫画で見た。

 

 と言うべきだろう彼女の姿は正しく敵役で出てくる戦う美少女の神様、みたいな風貌だった。

 

 無駄にメタリックでスタイリッシュな鎧っぽいものを身に付け。

 

 ついでに紅の燐光を閉じ込めた光輪を幾つも背に負っている。

 

 それだけでかなりアレだ。

 

「ジュデッカ……イタリアの詩人が言ってた地獄は月に有ったわけだ」

 

 肩を竦めると。

 

 僅かに表情が柔らかくなったジュデッカと名乗る少女が口元に手の甲を当てて、クスリと笑む。

 

「ようこそ。リップ・ヴァン・ウィンクル」

「リップ?」

「いえ、日本人の貴方には浦島太郎と言う方が良いでしょうか」

 

「―――ああ、そうだな。そういや、オレは確かにそういう時代遅れな主人公だろうな」

 

 背後に控える五人は動かず。

 

 しかし、翼持つ男がこちらに腕を伸ばそうとして、横合いから出た手に止められ、下がる。

 

 氷漬けの地獄の名を冠した少女はよくよく見れば、日本人的な顔立ちをしていた。

 

 肌の色。

 はしばみ色の瞳。

 それらは黄色人種のソレだ。

 しかし、その眉目は整い過ぎている。

 正しく人形よりも丹精に見えた。

 

 非人間的でありながらも、何処か人間臭いのは表情に因るところが大きいかもしれない。

 

 人工的な夜の最中へ突如として顕れた侵入者。

 これを逃す手は無かった。

 

「それでジュデッカさんとやらは何でオレの前に現われたんだ?」

 

「……ロスト・カノンの紡ぎ手を見定める為に」

「それは聞いた事がある。詳しい意味は判らないが」

 

 パチンと彼女の指がおもむろに胸の前で弾かれる。

 

 すると、世界が一瞬にして紅の燐光によって染め上がった。

 

 次の刹那。

 思わず目を見張る。

 蒼い空に白い雲。

 そして、何処までも広がる高原と何処までも続く山岳。

 今までいた場所とは明らかに違う風景は限りなくリアルだった。

 

「これが本来、月に作られるはずだった景色です」

 

(この光景、何処かで……まさか、アリスに見せられたおまけってやつか?)

 

 周囲には小鳥すら飛んでいた。

 場所は分からなくても雄大な自然は美しいと言えた。

 しかし、それも全ては魔術の為せる技だろう。

 瞳に直接映像を投射しているか。

 

 もしくは周辺に輪郭のある薄いディスプレイのような膜でも張って、映像を直接投影しているか。

 

 雄大な自然から吹き抜けてくる風や光、音。

 

 それら全てを欺瞞する事など、量子転写技術とやらならお茶の子歳々だろう。

 

「何でこんなものを見せる?」

 

「この【SRW(サルヴ)/15(フィフティーン)】には現在、ヴィジターが243名、ゲストが4名。そして、貴方を含めたアドミニストレータが2名滞在しています」

 

「………」

 

 最後の言葉にようやく情報があっちからやってきたかと目を細める。

 

「我々はこの世界の管理人のようなものです。それは設定されていたロードマップに従って、行動基準通り、テラフォーミングを行う作業機械の統括者という事でした。ですが、マスター登録の抹消でシステム中枢にアクセス出来る人材は月から消え。此処にはシステム管理者権限の無いヴィジターとゲストのみが残される事となりました。システムは一部維持機能以外をクローズドに移行。つまり、サスペンド状態となってしまった……故にテラフォーミングは頓挫。彼らもまた閉じ込められた」

 

「……ヴィジターとゲスト。つまり、この世界で今、神と呼ばれてる連中か?」

 

「はい。ご理解が早くて助かります」

「で?」

 

「ですが、マスターマシンの完全解放が実現された今、その均衡は崩れました。彼らは機能拡張された一部システムのブラッシュアップを実行しています。このままでは何れ、メンブレンファイル本体から独立した第四のマシンが作られる事になるでしょう」

 

「第四……深雲《ディープ・クラウド》のストレージか!?」

 

「はい。それはつまり、彼らの権限以上の力が齎されるという事。これは滞在規定違反となりますが、システム側である我々にはヴィジターもゲストも止められない。諌めようとする事は出来ますが、耳が傾けられる事は無いでしょう」

 

「……オレに何をしろと?」

 

「我々は本来の業務を遂行出来ず。現在はヴィジターとゲストの正式な要請によって、この月面下の設備と備品を管理し、調整する役目を担っています。平たく言えば、世界の初期化と再構築ですが、第四のマシンが発動した場合。その領域は地球圏全土を飲み込むでしょう」

 

「初期化と再構築? 具体的に何するんだ? 文明を破壊するとか。原始社会まで戻すとか。そういうのか?」

 

「それもありますが、もっと本質的な出来事です。量子転写技術はあらゆる物質の素粒子までの分解と再構築が可能な万能の力です。それはつまり、あらゆる物質的な存在を自由に出来るという事に他ならない……彼らは委員会が滅んだ後も永劫の時を待ち続けた。自らの手中に深雲《ディープ・クラウド》を収める為に……その最終的な方法を何度も何度もこの世界で繰り返し検証しながら」

 

 そのジュデッカの声にゾッとするようなものを感じた。

 恒久界の歴史は調べたのだ。

 そう、この世界は“何度も文明が滅んでいる”のである。

 

「まさか、連中この世界を……地球と戦争する前の実験台にしてたのか?」

 

 ジュデッカが笑むだけに留めた。

 

「初期化と再構築の方法は都合8度目までに方向性が決まりました。そして、13度目において確定し、14度目において試験的に実施され、成功した。そして、彼らは天恵のようにマスターマシンの解放という恩恵を受け、十五度目にして諦めていた願いを果たそうとしている」

 

「具体的には?」

 

「量子コンピュータ連結体以外全ての物質の結合解除。そして、再構築。貴方が何度もやっていた建造物の複製を惑星規模にしたような事象……そうですね、この恒久界風に言い換えるのならば、【神星超置換魔術(マギア・テラ・パーミュテーション)】と言ったところでしょうか」

 

「SFはこりごりなんだがな……サルヴ・フィフティーン……なら、次の地球はシックスティーンか?」

 

 もはや驚く事も出来なかった。

 

「ええ、それが彼らの計画です。それと同時にこの世界も本格的にフォーマットされるでしょう。新たな人類の創造と繁栄の苗床として……彼らはこの十五度目の世界において、ほぼ全てのカードを揃え切った。この世界における新人類の基礎設計は次世代に受け継がれ、次なる初期化後の地球とこの世界には高度な知性として彼らに従順な種が蔓延るはずです」

 

「オレにそれを知らせに来たのはお前がシステムとしての脆弱性を担保する保険役って事か?」

 

「ご名答。委員会が遺した監視プログラムの行動基準は生きていますので」

 

「止めなきゃ、大昔に死んだ連中の人格を模倣した機械に人類が地球毎、完全に滅ぼされると。随分と大仰な計画だな」

 

「いえ、彼らのやろうとしている事は精々が全世界ケモナー化計画と言ったところでしょう」

 

「……人類が滅んでるのに何処に愛でる奴が残ってるんだよ? それとも神様とやらがケモナーなのか?」

 

「ふふ、彼らにそんな趣味はありませんよ。ゲノム編集体の作成時、都合が良い動物の性質を使って遊んでいただけの事です。その役は新世代の“耳無し”がするでしょう。あの新人類最古の雛形は獣と人の混合種を愛でるように設計されていますから。それが当たり前の世界においては管理者役となるはずです」

 

「……アンタ、システムの癖にヤケにそういう話が分かるんだな。本当にただのシステムか?」

 

 暗に誰かの人格の残滓かと聞いたわけだが、少女は肩を竦めて誤魔化すだけだった。

 

「さて、そろそろお暇しましょうか。彼らの世話がありますので」

 

「幾つか聞かせろ」

「何でしょうか?」

 

「この月面に数ヶ月前、地球から戻った宇宙船があるはずだ。そいつに関連した情報が欲しい」

 

「残念ですが、“あちら側”の申請により、あなたに開示出来る情報はこれが全てです。ただ」

 

 ジュデッカが視線を横に向けると翅の男が自身の前に手を翳した。

 

 その真下に地表から紅の燐光が迸り、細長いものが構築されていく。

 

「剣?」

 

 地面に突き刺さっているのは完全に光を反射させない黒い長剣だった。

 

「完全黒体製の接続用端末です。この世界における全てのターミナルと端末にアクセス可能なコードを持っています。これはアドミニストレータ権限の証のようなもの。持っていて下さい」

 

「儀礼用の剣を神様の使いが授けてくれるなんて、さすがファンタジー」

 

 こちらの皮肉に何の痛痒も感じてはいないのか。

 またクスクスと笑みが零された。

 

「使い勝手は良いですよ? 魔術の発動媒体としてはコレが最高位。俗にこの世界では神剣と呼ばれるものの一つですが、敵対的なコードは全て任意に無力化可能。予め設定しておけば、現存する全コードの実行を振るだけでも行えます」

 

「便利アイテムか」

 

「はい。システムにモノポールと光量子通信の原理を用いた多用途物理ポーラー・スピントロニクス・デバイス。深雲の超小型縮小版のようなものです。まぁ、一部の能力は古典である深雲を凌ぎますが。当時、月の天才が残した人類科学の一つの到達点ですよ」

 

「モノ―――ああ、そうだよな。あんな馬鹿デカイ船や地球規模フィルム層がロシュの限界にも抗って、未だ残ってるくらいだ。それくらいはあるだろうさ」

 

 思わず言葉を失うも、気を取り直す。

 

「じゃあ、これはありがたく貰っておこう。で、()()に入るが……これはアドミニストレータ権限とやらからの要請だと思って聞いてくれ」

 

「何でしょうか?」

 

「この世界にオレがいる限り、アンタらは手を出すな。それともう一人のアドミニストレータに伝言を頼まれてくれないか?」

 

「承りましょう」

 

「あいつらがまだ生きている事を切に祈る。お前毎この世界が消えてなくならないよう。お前も祈れ、と」

 

「……必ず、お伝えしましょう。では」

 

 ジュデッカが背を向けてどんな力か。

 燐光も纏わずにそのまま夜の果てへと上昇していく。

 それに他のお付きも続いた。

 しかし、一人だけ。

 こちらに鋭い視線を投げていた翅の男が残る。

 

「何だ? オレに個人的な話でもあるのか?」

 

「………貴様をエンピレオに至る者とジュデッカ様は仰っていたが、絶対に認めん」

 

「?」

 

 どうやら敵愾心はあるらしい。

 

 しかし、すぐ背を向けて、翅に燐光を纏わせたかと思えば、男も遠く消えていくジュデッカ達の列へと戻っていった。

 

 やがて、その姿が夜の領域の外側へと消え、視認出来なくなると。

 

 不意に周囲が明るくなった。

 どうやら結界とやらが解かれたらしい。

 

『さぁ!! 君達も魔王様と明るい未来を掴もう!!』

 

『い~や~や~!? 何で説得に来るのこんな変なのばっかなんやぁ!!?』

 

 誰も今まで止まっていた事にすら気付いた様子もなく。

 

 世界の時間はゆっくりと流れ続けている。

 裏事情なんて誰も知らぬままに。

 剣だけはそれでも黒く。

 

 先程の夜のような漆黒を思わせて、未だ地面に突き刺さっていた。


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