ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第174話「戦後の準備」

 皇女殿下が率いる反乱軍討伐の命を受けた寄せ集め師団がレッドアイ地方に入るまで残り三日。

 

 行軍速度は偵察に出した部隊が逐一魔術で遠方から観測して通信で送ってくる為、あちらの殆どの事情は筒抜けとなっていた。

 

 無論、それはこちらも同じ。

 

 地方に潜入しているだろう皇女軍の諜報員が幾らでも情報を送っているだろう。

 

 だが、それにしても限界はある。

 相手のホームで土台機密なんて盗めはしない。

 精々が軍や街の動向を探る程度だろう。

 現在、起こして説得に応じた神官は9割を超えた。

 そして、降伏した討伐軍の兵の3割が合流。

 

 残りは故郷に帰るまでの路銀稼ぎの名目で都市部での農業土木関係の仕事に従事。

 

 部隊長や同クラスの貴族系列の取り込みは4割に留まるが、応じなかった連中も現在のところ大人しく市街地に限り出入り自由という破格の条件での軟禁生活を満喫中だ。

 

 ちなみにそういった頑固な連中には捕虜の扱いではないのだから、自分で生活費を出してねという話をしてある。

 

 要は働くか。

 

 もしくは自分の持ってるものを売るかしないと食うや食わず。

 

 山賊退治と高を括っていた連中の装備はそう良くは無かった。

 

 剣でも鎧でも装備はこちらの直営である質屋に易く買い叩かれて小銭に代わり。

 

 十分な配給を受けている街の住民や軍人達が使わない店舗には物資が入ってこないせいでインフレしている物価8倍という高額な品への高貴な悲鳴が相次いだ。

 

 断固、捕虜待遇を要求するという相手には「じゃあ、小汚い砦の独房生活で構わないか?」という意地の悪い質問を返しているので、已む無く降参する者が多数。

 

 飢餓なんて経験した事の無い家柄の者達は已む無く土木作業や農業従事で働くか。

 

 もしくはこちらの軍へ下る羽目となっている。

 誇りとて腹が膨らまねば保てはしない。

 それはどんな時代にも言える事だろう。

 

 彼らの軍へ下る決め手となる事情にこちらの物凄く改善された食糧事情というのが割かし大きなウェイトを占めている、というのは少し予想外ではあった。

 

 何でも【高貴な自分がクソマズな雑穀の塩スープを飲んでいるのに、何であっちは見た事も無い超美味そうな料理を食っているんだ。世の中間違ってる!?』という輩がそれなりの数いたようだ。

 

 そして、そういう連中に限って、何故か軍に入ってメシを喰い始めると「こんな料理出してる軍に勝てるはずがない」と抵抗心がボッキリ折られるのだとか。

 

「ふぅ……で、お前らが皇女殿下の話ついでにオレの慰み者になってやろうって気高い近衛達(笑)なわけか?」

 

 練兵場横に立てた休憩所近くの配給所。

 遅いメシを一人喰っていたこちらの前には少女達がいた。

 あの近衛の三人組だ。

 似非大阪弁のルアル・ラディッシュ。

 こちらの説得にグラ付いていたソミュア・オレンジ。

 武人タイプそうなリリエ・グレープ。

 

「今、何や物凄い侮辱された気がするで」

「ルアルちゃん。此処は押さえて。リリエちゃんも……」

「や、やっぱり、考え直そう。ルアル!! ソミュア!!」

 

 どうやらまだ仲間内では意見が統合されていないらしい。

 

「もう一度訊くが、お前らオレの護衛役に付いて何がしたいんだ?」

 

「そ、それは……あれや。アンタの実力は分かった。悔しいけど、今のウチらじゃ歯が立たんのも理解した。あの大口ノ真神のアウルさんが瞬殺って時点でどうにもならんわ。でも、ウチらはウチらで出来る事をしようって話になったんや」

 

「何でオレの身の回りの御世話係りなんぞをお前らがする事になった?」

 

 触手で端材から削り出した箸で焼き魚を突きながら今一度訊ねる。

 

「さ、さっきも言ったやろ? 近衛の装備は皇女殿下からの給わり物や。此処で売るなんて出来ん。戦後にそんな事が知れ渡れば、本人だけじゃなく家族だってどうなるか分からん。だから、近衛全員分の金策はウチらがやる事になったんよ」

 

 ルアルが額に汗を浮かべながら、何とか納得させようとこちらを必死な顔で見詰める。

 

「お前ら以外はどうしてる?」

 

「ウチら近衛は反乱軍には絶対加担せん。それは絶対や。でも、此処で飢え死にするのも出来ん。あの人達は貴族で首都に家族を持っとる。裏切り者にはさせられんよ。でも、ウチらは元々地方出や。だから、ウチらだけで他の近衛全員分を養うだけの仕事をしたいとアウルさんに掛け合ったんや」

 

「農業でも土木業でも好き嫌いはいけないな」

 

 魚を食べ終えて骨だけにした後。

 

 メインのタンドリーチキンもどきの手羽を油紙で持って齧る。

 

 実際には鶏ではなく。

 何やらそれっぽい小型モンスターのものらしい。

 

「ウ、ウチらお断りされたんよ!? 女子供に力仕事は任せられんて!! 魔術が使えれば、どうにかなったのにコレやもん!?」

 

 ルアルが自分の額に刻まれた円と幾つかの象形文字の刻印を見せる。

 

「そりゃそうだろ。襲撃して来た賊の魔術師を生かしてるんだからな。魔術の封印くらいで済んで良かったじゃないか。なぁ?」

 

「ぅ……」

 

 さすがに正論かとルアルが押し黙る。

 

「それと他の近衛連中だって、反乱軍そのものに資するわけじゃない職になら就けただろう。それが出来ないのは貴族だからか? お前らだって地方出とはいえ、それ相応の格の家だって資料にはあるが……」

 

 パラパラと持って来られた三人の経歴書を見る。

 

「首都の貴族出はウチら以上に厳しい統制を敷かれてるんや。例え、直接関係無いとしても、反乱軍の御膝元で働いたなんて噂が立ったら、どうなるか……」

 

「お願いですッ!! さ、三人で働かせて下さい!!」

 

「ソミュア!? こ、こんな奴に頭なんか下げたりしちゃダメだよ!?」

 

 三人娘の話を聞く限り、裏切り者には厳しいらしい。

 まぁ、戦争末期では仕方ないだろう。

 が、それよりも何よりも問題なことが一つある。

 

「どうして此処の連中がお前らの事を知ってて、オレの下で働くついでに慰み者にされるに違いないとか事実無根な噂がこの短期間で大量に流れてるんだ? 朝っぱらから、物凄い下種に向けるような視線を集めまくりなんだが」

 

「うぅ、ウチらは普通に御世話する事になったって料理人のおっちゃん達に話しただけやもん!?」

 

 どうやら此処で一番兵隊達と親しい=話をする機会が多い男達にポロッと言ってしまったらしい。

 

「ぅ……か、覚悟なら、あります!!」

「ソミュア?!!」

 

 リリエが思わず涙目になって二人を庇うようにギュッと抱き締めた。

 

「そして、何故にお前らはオレの女になる気満々なんだ。普通に考えろ。オレが近衛をそういう風に扱ったら、問題ありまくり。軍の士気にだって影響するんだぞ? 噂みたいな事になるわけないだろ」

 

「え……」

 

 溜息がちに言うと何やらルアルが意外そうな顔をした。

 

「どうして、そこで思ってもみなかった、みたいな顔をする……」

 

「あ、いや、だって、御世話するってそういう事だと思うやろ? だ、だって、魔王なんよ!?」

 

「此処は御伽噺じゃないんだぞ? 現実とごっちゃにするんじゃない。アレか。お前らは自分が御姫様になれると信じてる幼児か何かか」

 

「ま、魔王の癖に何や物凄い倫理観高いんやな。アンタ……」

 

「余計な御世話だ。お前らのお世話とやらは受けてやってもいいが、部屋の片付けとか。視察時の護衛とか。しばらく息抜きしてる時の見張りとか。それくらいだ」

 

「じゃ、じゃあ、お世話してもいいんですか!?」

 

 ソミュアに頷く。

 

「や、やったよ。リリエちゃん!!?」

「素直に喜べないよ。ソミュア……」

 

 ルアルが二人の正反対な表情に何やら胸を撫で下ろした様子で安堵した。

 

「それにしても……魔王なのに他の兵士と同じもん食うとるんやな」

 

「そりゃそうだろ。他の連中が食ってるものを喰ってれば、毒を入れられる心配も少ないしな」

 

「ああ、そういう……」

 

 チキンもどきを骨まで齧り終えた後。

 

 皿を夕飯の仕込み中な料理人達のいるキッチン横に置いて、そのまま歩き出す。

 

 後に三人が付いてくるのを確認して、陣地の幕屋の一角へと向かう。

 

「オレが今使ってる街の事務所に寝場所は用意してやる。食事は朝昼夕と陣地で取れ。オレが違う場所にいる場合は軍のレーションになるがな」

 

「レーション? 糧食の事かいな?」

「ああ、そうだ」

「本当に……此処の食事は恵まれとるみたいやね」

 

「まぁな。ちなみに面倒だから、オレの事はセニカでいい。魔王魔王と呼ぶのは無しだ。それと言うまでもない事だが、オレの傍で見聞きした事を敵側に流したら、ざっくりと厳罰。連帯責任制で近衛全体に迷惑が掛かるからそのつもりで」

 

「「「ッ」」」

 

 さすがに此処は言い含めておくべきだろう。

 後で息を呑む音が聞こえた。

 

「後、お前らの思ってる戦後は来ないとだけは断言しておく。何故なら、この国の名前が変わって、皇家は実権を剥奪。貴族制度改革で貴族はほぼ絶滅。残った極少数も義務と権利と利益がほぼ常人並みになるからだ」

 

「―――また、エライ事言いよるね」

 

 ルアルが何処か空恐ろしいモノでも見るかのような少し震えた吐息を零した。

 

「貴族階級の身の丈以上の資産は全て国庫に返納。土地に関しては一括して国家に帰属させた後、地方に分割して再開発に使用する。明日からは一般人らしく慎ましく暮らせってのが貴族連中の嗜みになるだろう。ま、それ以前に法律違反でガンガン牢屋行き。労働刑や禁固刑、罰金刑に現在の地位で付いた仕事も免職って方が早いだろうが」

 

 ルアル以下全員が物凄い重苦しい沈黙に陥ったらしく。

 しばらく、声も出ないようだった。

 

「……なぁ、本気なん。それ?」

 

「オレが国を手に入れたら、今まで特権階級だの何だので見逃されていた全部が諸々無くなるってだけだ。ちなみにこれは今までの無能と怠惰を一部償わせるのと同時に保護政策でもある」

 

「保護って、今の何処にそんな要素あるん?」

 

「あるだろ。牢屋に入れてやるんだぞ? 感謝されこそすれ、恨まれる筋合いは無いな」

 

「意味が分からん……」

 

「本当に? だとしたら、お前らみたいな温そうな環境にいる上流階級は地獄を見る事になるぞ」

 

「どういう事や?」

 

 ルアルに肩を竦める。

 

「全うな政治が返ってきたら、国民がまず最初にする事は何だと思う?」

 

「そりゃぁ、まずは今までの清算やな―――ッ?!!」

 

 どうやら気付いたらしい。

 

「ルアルちゃん?」

「どうしたの? ルアル」

 

「ああ、そういう事かいな。そうやろなぁ。アンタが本当に国家を取って、“普通の政治”を始めるとしたら、誰も彼も貴族連中はアンタに感謝せなアカンかもしれんな」

 

「どういう事?」

 

 ソミュアの問いにルアルが重苦しい口を開く。

 

「……貴族の立場が弱くなるってこの人。セニカさんは断言しとるわけやが……そうなったら貴族は血祭りやろう。恐らく……というか、ほぼ確実に」

 

「「?!!」」

 

 他の二人が凍り付いた。

 

「そういう事だ。オレは全うな法律と国民に納得出来る程度の刑罰を課すだろう。だが、現行で国民がこの戦争で失われた命の代償を求めるとしたら、そんな程度で済むわけない。今はまだ国内の目が無能な上層部連中や何もしなかった貴族連中に向いてないが、月亀との戦争が円満に終わって体制が変われば、国民の不満と怒りは一気に弾けるぞ。恐らく貴族は皆殺しレベルの暴動で関係ない連中も巻き込まれて死傷者多数。無政府状態になる地域すら有り得る。さぁ、問題だ。オレがそんな時に取れる選択肢は三つある。一人ずつ答えてくれ」

 

 ルアルが正しく今にも岩になりそうな重苦しさで呟く。

 

「………罪のある貴族の処刑」

「正解。次、ソミュア・オレンジ君」

「あ、ぅ……貴族制度の解体」

「七割正解。次、リリエ・グレープ君」

「……だから、投獄するって言うの? 魔王」

 

 肩を竦める。

 

「処刑される奴もいるだろうが、それはオレが現行法の偏った場所を全部変えてからだ。事後法になるが、戦乱のどさくさって事で自由に変えさせてもらおう。悪法もまた法為りというのは健全な状態の国家の中でこそ言える事であって、悪法は所詮悪法にしか過ぎない。やられたらやり返される事を想定してない貴族連中なんぞに同情する余地は無いな」

 

「「「………」」」

 

「貴族に対する減刑主義や裁判官や判事の貴族偏重、汚職の一掃。法律の適性な運用、諸々手を加えて国民からあまり文句が出ない法規と裁判所を1から整備する。その上で罰されるとなれば、国民だって納得は出来ずとも理解はするだろう」

 

「それがアンタの考えか……」

 

「悪い事をしたら罰がある。それだけの事だ。それ以外は現行法を緩やかに公平性のあるものに変えていくって話になるが、そっちは整備した裁判所の仕事だな。オレの見込みでは厳罰で処刑されるのは国家全体で140弱。無期懲役が1万程度。禁固刑が約三万。罰金刑が貴族の八割。他の今まで“高貴な連中の義務”を怠ってきた奴らには軍役で刑期を肩代わりさせるのと資産の国庫への自主返納で対応する。また、自主的に刑務に服す許可を与える事にもなるだろう」

 

 今まで散々に魔王だ山賊だ国家を乗っ取るなんて不可能だと思っていたのだろうが、もはやそれで自分を誤魔化すのも限界だろう。

 

 三人娘の内心が手に取るように分かった。

 

 本気で国を変えると言っているのが少しは伝わったはずだ。

 

 それは無理でも無茶でも無謀でもない。

 

 単なるチート能力を持った人間の本気でやろうとしている予定なのである。

 

 その生々しさは少女達には暗黒の未来と見えているに違いない。

 

「人道的だと思うぞ? 本人以外の家族には例え、どんな事情があろうとも、それが虐げられていた国民であろうとも、手出しさせない。手出しした連中は一律しっかりと情状酌量の余地無しで罰するつもりだからな」

 

 もう声も出ない様子の三人の足取りはトボトボというものになりつつあった。

 

「オレの傍でオレを世話するってのはそういう現実を前にして眺め続けるって事だと覚悟しろ。オレからお前らに対して伝える注意事項は以上だ」

 

「ウチら、どうやらトンでもない奴の世話をしなきゃならんようやな」

 

 ようやく実感が沸いたに違いない少女達。

 

 その吐息だけが世界に訪れる変容の予兆のように震えていたのだった。


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