ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第177話「暁に出ずる人の喜び」

 

―――小さな小さな妖精がお空に飛んではふわりふわり。

―――大きな大きな太陽がお空に沈んでそろりそろり。

 

―――ちーさな君は今日の友。

―――おーきな君は明日の敵。

 

―――やがて、降り出す雨の中。

―――手に手を取って仲直り。

 

―――よーせい、たいよー、みな笑顔。

 

―――さぁさ、今宵は踊ろうか。

―――人の果てまで踊ろうか。

 

―――夢より先に待っている。

―――哀しい日々の終わりまで。

 

「………」

 

 聞こえた童謡は優しく。

 ゆっくりと目を開ける。

 起きようとして、自分の顔を凝視している視線と目が合った。

 

「!!?」

 

 バタバタと駆け出した秘書。

 ガルンが扉をドンドン叩く音。

 そして、それに続いてゾロゾロと数名がやってきた。

 戻ってきたのはルアル率いる護衛の三人娘。

 

 そして、ガルンと宿屋には大き過ぎるかもしれないローブを室内でも羽織った影。

 

「婿殿。どうやら目覚めたようじゃな」

「ヒルコか……何時間経った?」

「アラームから12時間と32分程じゃ」

「エオナは?」

 

「ああ、あの婿殿が魔改造した子かえ? あちらは今、ワシが持ってきた医療系と工業系のドローンを使って、無菌室内で隔離。現在、解析終了しておる部分で婿殿の遣り残しをワシの手元にあった技術で補完中じゃ」

 

「そうか……生きてるんだな?」

 

「うむ。6時間前に意識を取り戻した。まぁ、半ばあの身体は婿殿の分身レベルじゃから、あちらに色々と教えておく事が多くてなぁ。暴走されてもアレじゃし、最低限の使い方と安全装置をこちらで組み込ませてもらったぞよ」

 

「……まぁ、妥当か」

 

 こちらが話している合間にも口を挟まずにいた少女達が身を起こしたこちらの傍に寄ってくる。

 

「驚いた。セニカ、実は病弱?」

 

 紅の燐光を微妙に纏っている事から、それが増やされた方のガルンだと理解する。

 

「病弱だぞ。神様とやらの悪戯に付き合った挙句コレだ。まだ、始ってないか?」

 

「こんな時までそっち? 今は嵐の前の静けさ……どちらも部隊が正面攻勢に出てる様子は無い。恐らく、大魔術と戦略級を揃えてる。でも、時間の問題」

 

 ガルンが何処から持ってきたのか。

 

 各戦線の部隊配置を簡易的に魔術で虚空に地図を浮かべて投影する。

 

 それにはどちらの戦力も次の決戦に向けて力を蓄えているのを顕すように部隊の合流と集結の様子が時間経過で表されていた。

 

 その互いの正面戦力は正しく決戦に相応しいだけの数十師団VS数十師団というもの。

 

 だが、どちらも相手を瓦解させる必殺の切り札があると読めば、最も敵の数が多い正面に突破の為の兵を集めているのも納得がいく。

 

「何や物凄い戦場が大変な事になってるみたいやけど、今はええ。それより何があったん? あっちのリーダーさんに聞いても、神の声に従わせられそうになった後、覚えてない言うし。あの普通に見える身体も何や変やし。そもそもこの医者って名乗っ取るおっきい人が変な魔術具持ち込んで宿の人が通路破壊されてカンカンなんやけど」

 

「ああ、そうか。悪いな。色々対応させたか?」

 

 その問いに病み上がりを気にしてか。

 ルアルを少し肘で突いたソミュアがあははと愛想笑いを浮かべる。

 

「今は仕方ないよ。リーダーさんはセニカさんが助けてくれたって言ってたし、倒れちゃったのも助けたからなんだよね?」

 

「あ、ああ……随分と消耗したな……オレはこいつと話す事がある。宿は……まぁ、いい。全部買い上げる。ガルン」

 

「持って来てる。どれくらい?」

 

「この宿屋設備の相場が幾らか知らないが、とりあえず三倍出してやれ。それでしばらく此処を“好きに使わせろ”と交渉を」

 

「分かった」

 

「終わったら、此処にいる客全員に宿の宿泊費の4倍の額を出して明日から次の宿場まで向かって貰え。すぐに出て行くなら10倍まで吊り上げていい」

 

「イエス」

 

 ガルンが有能秘書らしく何故か伊達なのに掛けてる眼鏡をクイッと上げて桃色髪を揺らして扉の外へと消えていった。

 

「で、そろそろウチらをファストレッグから呼び寄せた理由教えてんか。いきなり、ガルンちゃんに自分と一緒に来るよう言われたんやけど。というか、あの子を連れて来るの結構大変やったんよ? 物凄く大きな荷物背負ってたし、緊急時やからって限界まで飛ばせられたし」

 

「悪かったな。こっちはこっちで色々あったんだ。本来なら戦線をどうにかした後に合流したかったが、オレが間に合わない可能性もあったからな。ガルンにはオレの協力者から連絡がいったら、緊急時の行動を言い含めてあったんだ。それでお前らを連れてきた」

 

「そゆ事……で、ウチらは何すればいいん? さすがに月兎軍に対しては何も出来んよ?」

 

「お前らとの契約上、そういう事は任せるつもりもない。だが、オレの意識の浮上が間に合ったから、お前らは帰っていいぞ。もし此処にいるなら、あの六人の護衛というか。様子見をしててくれるだけでもいいんだが、どうだ?」

 

「ソミュア。ルアル……どうする?」

 

 リリエの問いに似非大阪弁少女の肩が竦められた。

 

「いいんやないか? ウチらに出来る事なんて他に無いしな」

 

「じゃあ、しばらく宿屋の外で他に見付からないよう周辺警戒と警護を頼む。必要になったら呼ぶから、それまでは外で待機しててくれ……って、薄暗いが、今何時だ?」

 

「今は夜明けちょっと前やね」

「そうか。よろしく頼む」

 

「……そうやって素直ならウチらも少しは信用出来るんやけどなぁ」

 

「生憎と今は寝起きだ」

「ま、ええわ。ほな、ウチらは外に行くで。さいなら~」

「御大事にして下さいね」

「ソミュア。大丈夫だよ。だって、魔王だし」

「そ、そうかなぁ?」

 

 リリエの辛辣な意見は実際そうである為、息を吐く事しか出来なかった。

 

 そして、ルアル達が出て行ったところでドタドタと廊下から数人がやってくる足音。

 

 四人部屋に入って来たのはフローネルとクルネとエオナ以外の全員だった。

 

「起きたようだな。魔王ッ」

「リ、リヤ!? 喧嘩腰はダメだって!?」

 

 アステに止められた少年がこちらを険しい視線で睨む。

 

「何が有ったか話して貰おうかッ。あのッ、あのエオナの身体はどういう事だ!!」

 

「まぁ、落ち着けとは言わないが立って話を聞くには長くなる。座れ」

 

 傍の椅子を見て促すも少年はこちらを睨んだまま。

 

「リヤ……落ち着いて下さい」

「オーレ。だけどッ」

「いいから、落ち着いて下さい。私が今のリーダーです」

「ッ、分かった」

 

 居合わせたオーレが落ち着かせ、少年がようやく椅子に座る。

 

 三人を見渡せば、目には薄く隈が出来ていた。

 

「寝てないようだな」

 

「ああ、そうだ。お前がオーレとエオナと一緒に行ってから魔術で連絡があって行ってみれば、お前とエオナが抱き合うようにして断崖下。それに回復魔術を必死に掛けてる涙目のオーレを前に血の気が引いた……言うまでも無いが、全部説明して貰おうか」

 

「いいだろう。端的に言おう。あいつはお前らに隠してたが神官だったらしい。それで神の声が聞こえてる状態だった。ついでにその神様とやらの尖兵にされ掛かっていた」

 

「尖兵?」

 

 アステに頷く。

 

「洗脳とか。そういう生温いのじゃない。肉体の全てを別物に置き換えられる寸前だった」

 

「な―――」

「?!!」

「ッッ」

 

 リヤは絶句し、アステは目を見張り、オーレがそういう状況だったのかと顔を青くして血の気を引かせた。

 

「頭部まで置換されたら恐らくアウト。存在は消えてただろうな。本当のところはどうだったかオレにも断言出来ない。だが、あの身体は本来が神側からの働きかけで出来た代物だ」

 

「神様がエオナを別の何かにしようとした……そう言うのか?」

 

「オレに感謝しろよ? 頭部の保護、再生、維持、生体部分の定着。生命維持機能は問題なかったはずだが、どうだった?」

 

 それに答えたのはヒルコだ。

 

「うむ。咄嗟にやったと言われてもワシすら素直に頷けない完成度じゃったぞよ。まぁ、昔もあそこまでの精度は無くとも生体と無機物の融合事例は多かった。有機機械のミクロレベルの結合を神経系のみならず細胞単位で行う者も一応は長寿を望まれた者達にはいたとも聞くしのう」

 

「そうか。で、今のところの不具合は?」

 

「肉体の3割程が固まっとるが、バイオセンサー類の信号を脳と神経が自分のものとして受け取れるようになるまで早ければ、2週間というところか。それを補う用に延髄付近にコンバーターを埋め込んでおる。此処に来る前にあの子達の為に作ってきた機械との神経接続用の試作品じゃが、上手くいった。恐らく寿命が来るまで大丈夫じゃろう」

 

「そうか……」

 

「オイ!? アンタらだけで分かってないでオレ達にも分かるようにいえ!! 寿命まで大丈夫って、エオナはこれからも生きていられるのか!? 身体は今までみたいに動かせるんだよな!?」

 

「リヤ。メッ!!」

「?!!」

 

 オーレが逸るリヤの頭をコツンとしてから、こちらに頭を下げる。

 

「あまりよく話の内容は分かりません。でも、貴方がエオナを助けてくれたのは分かります……だから、ありがとうございました」

 

 今までデスデス言ってるだけだったので素の言葉は聞いた事が無かった。

 

 その長耳が両側で八の字に下がる。

 

「オレはオレのやりたいようにしただけだ。ただ、オレもそれなりのものを払った。だから、エオナ・ピューレにもそれなりの制約を受けてもらう事になるだろう。感謝は止めとけ……後で文句を言いたくなるだろうしな」

 

「……分かりました。でも、命を救ってくれた事には変わりありませんから」

 

「うん。エオナが無事ならそれでいいよ。リヤもほら。頭下げて」

 

「ぅ……ぁあ、オレだって分かってるさ。エオナが笑って彼に非はありませんなんて言ってればな。でも、これだけは言っておく。アンタがエオナを助けたとしても、やっぱりあいつを不幸にしたとするなら、オレはどんな理由があっても、許せない……だから、これは今だけ、だ」

 

 深く深く。

 頭が下げられる。

 

「オレ達のリーダーを救ってくれて、ありがとう」

「……好きにしろ」

 

 そろそろ起きようと寝台から出て立ち上がる。

 すると、扉が再び開いた。

 

「皆さん。もういいですか?」

「エオナ?!! ダメ、寝てなくちゃ!?」

 

 オーレが思わず駆け寄る。

 

「な、何やってるんだよ!? 今、絶対安静だろ!?」

「エオナ?!!」

 

 リヤとアステが強く言えない事を歯がゆく思いながらも、早く寝台まで戻そうと取り囲む。

 

「まぁ、待つのじゃ。若者達」

 

 それを遮ったのはヒルコだ。

 

「お医者さんがイイって言ったよ?」

「そうニャ~。一応、少し動くだけならって事だけど」

 

 扉の後からはフローネルが倒れないようにとエオナの背中に手を当てており、クルネが呆れた様子ながらも仕方ないと肩を竦める。

 

「お、お前らなぁ……」

 

「まぁ、とにかく主治医の話を聞くのじゃ。ほれ、そこらに全員座れ」

 

 こういう時の貫禄だけは何故か高いアイアンメイデンはさすが大陸一の諜報組織の長だった事だけはあるようだ。

 

 すごすごと全員が出された椅子に座らせられる。

 

「ワシが見る限り、患者としてエオナ・ピューレはぶっちゃけ健康体じゃぞ。だが、普通とは違う身体を頭が動かそうとして、そう簡単に動かせるわけがない。解析した結果として、その身体の寿命は不明。一応、婿殿の力を使っておるから、もしかしたら、栄養を補給し続ける限り、寿命は来ないかもしれん」

 

「……覚悟はしてましたが、寿命が減るどころか延びるなんて、得しちゃいましたよ」

 

 エオナが少しだけ微笑む。

 その笑顔が不安の裏返しである事くらい。

 仲間達には分かっているだろう。

 

 しかし、それでも仕方無さそうに笑みで返すしかないというのも彼らにとって本当のところか。

 

 生きているだけで救われるものは大きいようで、その笑みには安堵も混じっているようだった。

 

「ちなみに排泄器官まで再現されておるから、そちらも心配はないぞよ。ちゃんと内蔵は全部あるからのう。ただ、生体機能に必要ない、その身体本来の機関が解析出来ておらん。婿殿が一括で神経接続したせいで回路も本来とは違う形に変容しておる。それが起動した時の効果はやってみなければ、今のところ分からん。詳しい検査が必要じゃが、その検査用の機器はこの世界に無い」

 

「この世界に無い……つまり、他の世界になら、ある?」

 

「うむ。反乱軍の上層部。ウィンズ卿や頭領のサカマツ。他の者達に時折ポロリと婿殿が零しておるが、ワシと婿殿はこの世界の人間ではない。また、普通の者でもない」

 

 エオナにヒルコが頷いた。

 だが、それ以外の全員が固まる。

 

「続けて下さい」

 

 当人だけが静かにこちらを見つめて、話の続きを促した。

 

「エオナ・ピューレ。お主が自分の身体の事を知りたいと願うならば、ワシらと深く関わり、この世界の真実やワシらの敵とも相対する覚悟が必要じゃ。それはつまり―――」

 

「神に喧嘩を売る行為、ですか?」

 

「そうじゃ。ワシらはその可能性が最も大きい道を進んでおる。それはこの世界への反逆。この恒久界そのものを敵に回す可能性が高い選択肢じゃ。故に……ワシらはエオナ・ピューレ個人に三つの道を提示する」

 

「三つ……」

 

「一つは我々と共に運命を共にし、自らの事を知る為に多大なリスクを背負って、最終的にはこの世界からワシらのいた世界まで旅する道」

 

「この世界の外側……」

 

「そうじゃ。もう一つはその身体の詳しいところを知るのを諦め、全て無かった事にして、ワシらから離れて暮らす道じゃ。この場合、ワシらがこの世界から離れたら、解析はまず不可能。寿命や病、何があっても自己責任。神にまた乗っ取られる可能性や暴走する危険性。周囲を危険に曝してもワシらは手伝えんし、自分で何とかするしかない。その覚悟があるのなら、此処でワシらから手を引くのが良いじゃろう」

 

「三つ目は?」

 

 チラリとこちらをヒルコが見た。

 

 そこで振るからにはこちらの考えそうな事はもう推測していたのだろう。

 

 本来の計画的にも現地人材が必要な事は多かった。

 だから、それを想定しているのも当然と言えば、当然かもしれず。

 

「オレが話そう。エオナ・ピューレ。お前がもしも二つの道を取らないなら、三つ目の道はこうだ」

 

 一歩前に出て、手を差し出す。

 

「この世界とオレ達の世界を繋ぐ架け橋として、俺の外交を支援する部下として働け。この世界にいて、尚且つオレ達の技術や知識を使う術はそれしかない」

 

「……この世界にいられるんですか?」

「行き交う事すら可能になるかもしれない」

「まだ、みんなと旅が出来ますか?」

「この世界が落ち着いてオレの目的を達成したなら」

 

 そこで初めてポタリと少女の瞳から雫が一つ落ちた。

 

「みんなと一緒に生きて、いられますか?」

 

「オレがこの世界に絶望しなかったなら、滅ばなかった世界で好きにすればいいさ」

 

「あはは、やっぱり……あなたは魔王ですね。イシエ・ジー・セニカさん」

 

 それは綺麗な笑顔だった。

 

「お願いします。此処で、この場所で私はみんなとまた旅がしたいんですッ」

 

「承諾した。歓迎しよう。オレ達の協力者として」

「はい」

 

 頷いた少女は未だ寝巻き姿。

 

 その身体のあちこちには蒼いスーツを貼り付けたような部位が未だ存在する。

 

 だが、その身体が人工物だろうとも、心は未だ人か。

 誰もが納得するだろう。

 少女は肉体が変わろうとも、確かに彼女自身なのだと。

 

「エオナの好きにして。付いてくから」

「そりゃ、オレ達のリーダーの選んだ道だ。オレに否は無ぇ」

「エオナはこれからもエオナだから、大丈夫!!」

「うぅ、良かった……エオナ良かったデス!?」

「ニャー。好きにするのが探訪者の流儀ニャ!!」

 

 全員に頷いて。

 彼女がそっとこちらの前に出ると片膝を付いて頭を垂れる。

 

「貴方が契約を果たす限り、私も契約を果たしましょう。我が主となる方」

 

「堅苦しいのは苦手なんだが……」

 

「これは我が一族に伝わる信仰のようなものです。と言っても、祖父方のですけど」

 

「エオナは軍略家の家系でもあるニャ~」

 

 クルネがそう補足する。

 

「そうか……じゃあ、どうすればいい?」

 

「みんなも付いてくるみたいなので……私達のパーティーに名前を貰えませんか? それを契約として魔術で。いえ……私の魂に刻みましょう」

 

「今まで無かったのか?」

 

 仲間達を見やれば、どうやら今まで旅から旅への生活だったらしく。

 

 首を傾げて「そう言えば」という顔をしていた。

 

「分かった。じゃあ、適当に……頭文字でいいか。イー・ファルコでどうだ?」

 

「イー・ファルコ?」

 

「頭文字取ったら、お前の名前だけ付け足す丁度いい場所が無かったから……」

 

「婿殿。さすがにそれはワシでも無いわ~というのが分かるのじゃが」

 

 ヒルコがさすがに呆れていた。

 

「アイアンメイデンにすら言われるのは……分かった。ええと……ファル・コエ……じゃあ、遠くに響く声……山彦? だとすると、戻ってくる声……エコー……じゃあ、お前らはエコーズだ」

 

「エコーズ?」

「意訳して、必ず戻ってくる声達。そんな感じで」

 

「エコーズ、エコーズ……響きもいいですし、では……我々はエコーズという事で」

 

 どうやら受け入れられたらしい。

 

 立ち上がったエオナが傍に寄ってきて、何やら腰の後に差してあった羊皮紙の巻物を取り出す。

 

 それが広げられるも何も書かれていなかった。

 

「これは?」

 

「この身体にしてくれた賠償金でもと思って持ってきましたが、魔王イシエ・ジー・セニカとの契約書という事にしましょう」

 

「強かなだな」

 

「ええ、探訪者ですから。それで我々エコーズを使うのなら、相応の金額を要求したいのですが、あなたは我々の働きにどれ程の価値を付けますか? 主よ」

 

「セニカでいい。それと契約書に書くペンが無いんだが?」

 

「魔術で印字を焼き付けます」

 

「そうか。じゃあ、お前らには外交部門としての働きを期待して、手に入れば、この世界で一番価値あるものをやろう。それまでは普通に金銭や現物支給、制度で我慢してもらうという事で」

 

「具体的には?」

 

「一括で家と少し広い土地を支給。生涯給付型の年金有り。子供がいたら、教育資金は全額無料。医療費も無料。当人が傷病時、最高位の治療の確約。税金の生涯免除。これを死ぬまで。福利厚生の基本はこれでいいか?」

 

「ず、随分と盛りましたね……」

 

「報酬は仕事に必要なモノで現物支給した物の残りと。出来高払いでお前らが案件一つを片付けたら……今までオレの依頼以外で儲けた時、どれくらいが最高額だ?」

 

 全員が顔を見合わせて、少し話し合いをした後。

 金額が虚空に魔術で耀く数字で表された。

 

「これを六等分した値をお前らに払おう」

「い、いいんですか?」

「オレが払えるならいいだろ」

 

「分かりました……それでさっき言ってた価値あるものって何です?」

 

「ああ、何の事はない。外交を任せるなら、恐らくお前らの管轄になる。だから、管理権はお前らに一任って事になるだろう場所だ」

 

「場所? 土地ですか?」

 

 明け方の空が見える。

 

 その先にある大蒼海には今日も“灰の月”が浮かんでいる。

 

 ただ映し出されただけの映像。

 しかし、もう確認してある。

 それが門と呼ばれている理由も理解している。

 それは……可変型の大規模宇宙ドック。

 恒久界と宇宙を隔て大蒼海を貫通する巨大な大穴。

 

 両側から透明性の高い“何か”で蓋がされただけの10km長のリング型コロニーなのだ。

 

「お前らに“神の輪”をやろう」

「神の輪?」

 

「大蒼海《アズーリア》の中に浮かぶ灰の月を写してる場所は開口出来たなら、外にまで続く代物だ。そして、その穴は内部が空洞で巨大な輪みたいな施設になってる」

 

「「「「「「―――」」」」」」

 

「つまり、大蒼海の制御中枢。大蒼海の一番重要な部分をやるって言ってるんだ」

 

「「「「「「はぁああぁぁああああああああああああああッッッ?!!?」」」」」」

 

「良かったな。もし手に入って、神様とやらと話し合いが付くか。あるいは駆逐したなら……その上でオレの世界との交流が始れば……お前ら一気に大金持ちだぞ? 関税収入も入るだろうしな」

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

「?」

 

「婿殿、全員あまりの事に気を失っておるぞよ」

 

「じゃあ、朝飯でも食いに行くか。後で新しい依頼もしなきゃならないし、栄養補給といこう。そこで聞いてる皇女殿下とお付き二人も含めて開いてる店に出発だ」

 

『ッ』

 

 扉の外では何やらゴソゴソと慌てるような音がした。

 

「それにしても詐欺じゃな。ぶっちゃけ、面倒事を丸投げしただけであろうに」

 

「嘘は一言も言ってない」

 

「ああ、分かっておるぞよ。真実を少し話し忘れただけ、なのじゃろう?」

 

「さて、どうだかな」

 

 時は今。

 駆け抜ける準備は出来た。

 後続の反乱軍が来るまで2日。

 それまでに戦線の全てを沈黙させる。

 その為だけに今は力を尽くそう。

 

(一応、部下も出来た事だしな)

 

 世界が例え敵だろうとも、負ける気は一欠けらとて無かった。


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