ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第182話「アイドルとファンタジーの狭間(または魔王Pの憂鬱)」

 この世に軍という単語が生まれた時から、娯楽は彼らと切っても切れない関係だ。

 

 それが倫理も道徳も薄い時代なら、敵国の街を略奪しつつ、女だろうが子供だろうが奴隷にして性的欲求まで満たせちゃうとばかりに無体を働いて堪能するのが普通の兵士であった。

 

 が、この魔王軍が月兎を滅ぼしましたという昨今。

 

 そんな無道徳で無理解で無倫理極まる連中を食わせてやる理由は無いし、そんな人材を囲っている暇も無い。

 

 使えるものは使え。

 というのは使った後を考えない思考だ。

 

 そういった兵士を量産しても戦後処理で必ず面倒事になる。

 

 だから、この魔王軍と呼ばれつつある連中に、戦争を遂行する反乱軍の兵隊に、難民上がりで奴隷上がりの志願兵に、必要とされるのは……高邁な思想と精神、()()()()

 

 自分の欲求を他者に迷惑が掛からない行動として消費出来るセルフコントロールだ。

 

 つまり、自制心。

 

 そして、それは日常生活に戻っても普通に働き、生活を送る上で重要な趣味を養えという事。

 

 人間としての一要素の育成である。

 

 このような観点から軍の精神医療系はとにかくガッチガッチになるまで金を掛けた。

 

 トラウマに掛かってしまいましたというのは人間ならばよくある事。

 

 過去の人類が築いてきた臨床心理学の叡智を神官連中に分厚い教科書で丸暗記させて実践まで行わせるのに2週間強。

 

 速成とはいえ、それでも軍の精神状態は良好な水準へと近付いている。

 

 その事実を持って兵士達の心理的な育成計画は第二段階へと移行。

 

 兵隊の野蛮な娯楽をファンタジーにありがちな『ぐへへ、お前はオレの奴隷なんだよぉぉ』という陵辱系犯罪行為から、『L・O・V・E・ラブリー○○ちゃ~~~ん』という萌え豚御用達アイドルの追っかけに改宗させる事とした。

 

 統合に残っていた【超文化的芸術《アニメ》】の衣装をざっくりコピーして現地の人間に更なる要素を加えさせ、魔王軍(仮)の神官と貴族と民間から集めた見目麗しい美少女達を編成し、職業踊り子や吟遊詩人という人々にこちらから渡した歌とダンスと振り付けのマニュアルを全員に特訓させただけだが……まぁ、アレだ。

 

(とりあえず、何処かのアニメ張りに文化は人類を救うな。たぶん)

 

【ついにデビュー!! 月兎の耀ける星になれ☆ 私達、国民の為に歌って踊ります!! 魔王応援隊初ライブ!! 認証巻物《チケット》絶賛発売中!!!】

 

 性的欲求の解消と日常的な娯楽の両立という名の精神安定化策こそ、その街角にあるポスターの正体だ。

 

 兵隊にサブカルチャーをぶっ込んで健全なヲタク自衛隊員みたいに調教する為の第一歩を踏み出させようというわけだ。

 

 ファンタジー世界の法則が乱れる!!

 

 とか言いたい奴には言わせておけばいい。

 

 欲しいのは宗教を語るテロリスト的な倫理観欠如済みドン引きゲリラ戦力ではなく。

 

 普通の先進国にありがちな倫理規定違反しないヲタクな志願正規兵なのである。

 

(はぁ……それっぽ過ぎて、逆に此処がファンタジー系SF世界とか忘れそうだな)

 

 現在位置は月兎首都の大通りに近い小道。

 

 ぶっ通しの戦後処理を月兎を落として4日間続けていたので息抜きと買出しと首都の現状を視察がてらウロウロしていた時、見付けたのは正しく自分が前以て準備していた計画の告知であった。

 

(綺羅星のように現れる華麗で可愛いアイドル的なポスターにしろとは言ったが、あのアイアンメイデンに渡した参考資料《アイドルアニメ》よりよく出来てるってのは……まぁ、いいか。任せたし……)

 

 首都を制圧し、近衛本隊を武装解除。

 その勢いで首都各地の行政省庁を全て掌握。

 月兎皇国は事実上の降伏となった。

 

 その後、首都と各地に派遣した部隊に全ての人材を登録する為に送った相棒謹製の大型端末数百台であらゆるデータと共に貴族とそれに連なる軍政経の関係者、行政執行者をリスト化。

 

 これを元に人事の大幅な改革を即時断行。

 

 イナバ大公からのアドバイスを受けつつ、現地の機微というやつを加えつつ、今まで犯罪として認識されていなかった全ての反倫理的な行い、反道徳的な行いをする貴族を片っ端から捕らえて長期間の拘束を行う体で連行。

 

 こちらの魔術で3時間という短時間に新設した監獄は半分以上が埋まる事となった。

 

 結局、今まで好き勝手やっていた首都住まい貴族達の5分の1以上を48時間全力で捕らえ続けた結果、行政と経済は半分ストップ。

 

 あまりにも貴族と繋がる犯罪行為が多過ぎ、あまりにも倫理と道徳が希薄過ぎた彼らは自分達が捕らえられた後も不平不満タラタラであった。

 

(黒い金儲けにパワハラ、セクハラ、あらゆる悪徳詰め込んでますと言いたげな所業。ついでに奴隷売買から普通の人身売買まで……本当に人権0ファンタジーってやつは……夢も希望も無いな。それに夢を与えてやるのが仕事になるってんだから、魔王業は国家プロデュース業。オレは正しくアイドルのPさんではなく。国家のPさん。つまり、魔王Pか……)

 

 このような人々が行っていた理不尽と不合理の塊こそ行政というものであった為、思っていたよりも深刻に役所をスクラップ&ビルドする事になったのである。

 

 また、厳罰に処するレベル以外の捕まえる程ではない連中に対応する人材が足りなかった為、大人しくさせながら力を落す為、軽度の犯罪行為を行った者には一律の大増税+新税の導入で文句があるなら魔王までというフレーズを乱用した。

 

 これに関連し、人身売買を筆頭に商売を行っていた商人連中にはその商品を()()()()()()()()()()()()、即時逮捕、即時資産没収、ついでに巨額の税金と罰金を課すとも脅したので、奴隷を解放せざるを得なくなった者は破産。

 

 貴族との取引で富みを得ていた商会の大半も貴族相場の暴落と罰金刑の嵐を前にあらゆる現物での資産が足りなくなって崩壊。

 

 取り込んでいた商人達も含めて同じ様にした為、騙された云々言われたが、金を払って商売をしていた事と国の制度を変えた事にどんな因果関係があるのだろうかと言ってやれば、相手はようやく自分達が何に手を貸していたのか理解して絶望のどん底でガクリと膝を折った。

 

 このような商業の中心にいた者達には倍々ゲームのチート錬金術で用意した資金を原資に()()()巨額を貸し付け、最終的に莫大な借金を背負わせつつ、政府の御用聞きとなってもらった。

 

 政府系商会の発足は国家事業。

 日本で言うなら国営の投資ファンドを開いたようなものだ。

 

 これの中核人材として複利の借金と税金と罰金で首が回らなくなった商人連中を高額給金で釣って徴用したのである。

 

 彼らにしてみれば、今までの生活水準を維持する為には馬車馬のように働かなくてはならなくなるという事態であり、理不尽だと愚痴も募ろう。

 

 が、商人の性か。

 殆どの悪どい豪商はそれに乗った。

 

 恐らくは今までのような賄賂漬け攻勢でどうにかなると踏んだようだが、そんなのはお見通し。

 

 誰もまだ気付いていないが、彼らには超絶ブラックな労働環境が待っている。

 

 極大の借金と税金で破綻しそうになりながらの綱渡り激務。

 

 逃げようにも借りた相手は国家の象徴である魔王様。

 

 こっそり消えようとしたら、お前らの首まで消えるから気を付けろよ(ニッコリ)と釘を刺しておいたので彼らはヒィヒィ言いながら過労死寸前で働いてくれるだろう。

 

 こうして貴族とはまた違った今までの支払い(ツケ)の清算を商業関係者の大半も課されたのだ。

 

(利権にしがみ付いて犯罪者として死ぬか。金を掴んで働くか。とりあえず、前者を選ぶ奴はいなかったが、これから現実を前にして慎ましく暮らそうって奴は出るだろうな)

 

 倫理と道徳が低い共同体への劇薬の処方を膨大な資産と物資で薬漬け患者のように感覚を麻痺させながら行っているのが現状だ。

 

 このような国家改造論的なパラダイムが今正に首都を中心に波及しつつあるのが、月兎の実情なのである。

 

(倫理的に雑い連中の教育と行政、商業、軍事からの分離がまだ足りない……倫理的に矯正出来なさそうな連中は一律借金漬けにして地方の健全な農務労働にでも回すか……)

 

 この四日の内に首都で発生した事案は本来ならば通常数ヶ月を掛けてやるような事ばかりだ。

 

 全部一律で前倒しするのは月亀軍の後方へと向かう為の下準備。

 

 そのせいで行政の大転換と貴族の没落は各地で極大の話題となった。

 

 だが、魔王軍の御触れ。

 

 主に貴族を取り締まるのは我々であり、民間人がこれを無断で行った場合は重罪として貴族と同じ様に罰するという話に貴族達を大規模に襲撃する者は今のところ無く。

 

 実質的には内部が大荒れながらも緩やかに行政機能の復活は進んでいる。

 

 まぁ、その行政従事者である社会上層連中の3分の1以上が恐ろしく無能で怠惰の極みを体現するような貴族連中ばかりだったので必要な事を聞いたら、解雇しているのだが、そういった連中への新規の仕事の斡旋やら生活保障やらも事前準備していてすら、一部では混乱した。

 

(悪人や犯罪者にも人権を保障してやる近代国家のありがたさを是非味わって欲しいもんだが……それが連中に分かるのは何年後の事やら……)

 

 近衛もこのような不平不満タラタラな連中の例に漏れず。

 

 殆どの大貴族の子弟達はあまりにも使えないので、このままなら即時家に帰るか首都で働き口を見つけろと脅して何とか警察権無しの範囲内で警邏の仕事をさせている。

 

 このような現状から切実にレッドアイと首都の文官系神官達が頼もしく見えた。

 

 彼らは少なくとも腐敗とは無縁な者が大半で仕事もしっかりとこなす事務系の熟練労働者だ。

 

 魔王に与するなどという言と自治権を盾に取っての抵抗を試みようとしたが、国家予算に占める神殿への寄付と組織の解体、それから月兎内の無税だった神殿関係者を一律増税してもいいのかと尋ねたら、最終的には2時間で折れた。

 

 このような神殿周辺の関係を整理出来たのは自分の秘書の有能さによるところが大きい。

 

 その内部事情に精通し、神殿の動かし方をレクチャーしてくれたガルンには本当に頭が下がる思いとなったのである。

 

(本人は何だか物凄く張り切ってたが、あのやる気が後一ヶ月は続いてくれるのを願おう……)

 

 一人で1000人分の事務処理能力を持つとも噂されてしまう実際1000人以上に分裂して仕事をこなしていたガルン・アニス筆頭秘書官の逸話は恐らく1日2日では語り切れない。

 

 とりあえず、2徹目が終了した時点で12時間程の就寝を強制したが、次に目覚めたら食事させて風呂に入れて着替えさせた瞬間に仕事を100件単位でやらせる事になるだろう。

 

 魔王の独裁と揶揄された1日目は夜も突貫で各種の問題をサカマツ、ウィンズ、アウルの三人に投げて解決させ、2日目は倫理とスキルが両立出来ている人材の確保に奔走し、3日目は集めた商人と行政の連中との会合をぶっ通しで徹夜。

 

 そうして、4日目に突入したわけだが……そこでようやく事前にやっていた準備の結果を官庁の道端にある看板で見かけたわけだ。

 

(アイドルライブの看板なんて、見るのは首都圏にいた時以来か)

 

 この数日、ガルンやアイアンメイデン、三人の協力者以外と話していない。

 

 なので、どうなったのかもまるで知らなかったが、ちゃんとあちらはあちらでやっていたらしい。

 

 その看板に張られた色彩鮮やかなポスターは魔術ではなく。

 

 【統合】内にあった現物のコピー機を脱出艇内に持ち込んで刷った代物だ。

 

 その表紙に使われているのはあの探訪者《ヴィジター》の六人。

 

 エコーズの面々である。

 

 見目麗しい方である彼らに戦線へ赴く前に頼んだ新依頼。

 

 それこそが歌って踊って暗い世の中を明るくする仕事ダヨと紹介したアイドル業立ち上げの立役者、魔王応援隊の創立期メンバーになる事であった。

 

 軍の疲労は戦ってこそいないが、首都の制圧任務が長引いているせいでピークに達している。

 

 此処で間髪入れずに何も気にせず可愛い女の子がキラキラフリフリの衣装を身に纏い。

 

 まるで自分に歌ってくれているような錯覚を覚えさせるPVとかを全力で虚空に垂れ流したら、もうコレは一瞬で刷り込み完了だろう。

 

(此処だけの話……これでしばらくは地下抵抗活動も治まるだろう)

 

 この混乱の最中に善からぬ事を画策しようとする輩はまだ一応いる。

 

 それらに対処する為の公安に近い組織をサカマツに立ち上げさせて、さっそく対処させているが、これもまた根本的な解決にはならない。

 

 こういう企みがなくならないのは相手が現実の状況に認識的なバイアスを受けているせいなのが大半だ。

 

 幾ら喚こうと月兎は反乱軍によって制圧されているし、もう旧貴族階級の復権という芽は無い。

 

 それを信じられない輩に世界が変わったと教えてやるには軍事的なアピールなんぞは愚の骨頂。

 

 反発を買わずに諦めさせる方法は『もう、この国は戻れないところまで変化しています!!』と信じ込ませる以外にない。

 

 国民そのものと反旗を翻そうとする勢力がこれを受け入れてようやくこちらは月兎を手に入れたと言えるのだ。

 

 その象徴として今までの堅苦しかった月兎からしたら在り得ない……もしかしたらこの世界なら娼婦だって恥ずかしがって着ないかもしれないという衣装を着込んだパンチラする八の字眉毛のはんなり美少女(一部、美男子)達が使われるわけである。

 

「文化的な侵略行為は祖国の十八番だからな」

 

 過去、日本文化諸々に影響された外人達が大勢いた。

 

 それをこのファンタジー世界でやろうというのだから、これは過去からの侵略と言えなくも無い。

 

 こういう大衆娯楽文化は根本的にグイグイと相手に自分の常識を押し付けて何ぼ。

 

 理解出来なくてもソレが自分の欲求に訴え掛けるものだと感じられれば、それが良くなって来るし、欲しくなってくるというのが人間だ。

 

 マーケティングでも刷り込みは基本であり、世代格差で若いもんはなんて言うおじさんおばさん状態にしてテロリストの卵達の認識を改めさせるのにこれ程優れた手段も無い。

 

(アイドルは世を写す鏡って誰かが言ってたが、今なら心底真実に聞こえるな……)

 

 異世界ですら男と女が居れば、世の理は同じ。

 

 人間なら好みの女または男が性的アイコンとしてガンガン太腿チラ見せしたり、耀く笑顔で頑張っている姿を前に立ち向かえるはずが無い(断言)。

 

 健全エロスと世界共通語であるカワイイは国家すら救うのである。

 

(隠れてない裸体より隠れてる裸体の方がエロい。いや、隠れてないのは嬉しいけど、それはあくまで結果であって、その脱がす過程が重要だろう。というエロ紳士淑女の教えがこんなところで役に立つファンタジー世界の現実を嘆くべきか。あるいはそんなものすらないハードな中世戦記張りの世界観を構築した神様連中にユーモアと人間心理への理解が足りなかったなと説教するべきか。悩むな)

 

 生憎と神殿は根本的に性道徳をあまり説かない。

 

 そういう神殿や性に関する神様とやらもいるにはいるらしいのだが、メジャーではない。

 

 そういう神殿事情の集大成みたいな朴念仁と評判の御仁《アウル》もこんな『破廉恥なものを流すなんて何を考えているんだ』と言いつつ、チラッとアイドルのプロデュース用書類を紅い頬で見ていたりしたのでこれは脈在りと判断し、計画を推進したが……まぁ、問題は出ないだろう。

 

 というわけで、集められるだけ集めたアイドル業に必要な業種の人材を軍に同行させていたのだが、本格始動したアイドルグループのメンバーは自分も知らない顔すら確かに美少女ばかりだった。

 

「さて、行くか」

 

 業務状況を確認しに本番会場へと向けて歩みを進める。

 

 十分以上もボウッとしていたらしく。

 

 瞳の端に移る現在時刻はいつの間にか進んでいたのだった。


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