ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第184話「魔王と皇女」

 月亀王国の革新は凡そ数年前。

 前の戦争の終結時期より始っているというのが通説だ。

 

 その中でも一際大きな事として語られるのは彼らが発達させた銃の事、ではなく。

 

 この世界で言うところの魔物と呼ばれる存在と協定を結んだ事にあるようだ。

 

 知能が存在せず。

 本能で生きているとされる下級の存在。

 

 ゴブリンやオーガとか言われるような人型にしても会話も成り立たない存在相手の事ではない。

 

 高位とされる魔物の中でも極めて優れた知性と力を持った者達との間に交された約定は他の主要3ヶ国に大きな衝撃を奔らせた。

 

 曰く、もう月亀が化け物に襲われる事は無い、らしい。

 

 それを証明するかのように周辺国においては未だ化け物による被害が出ているのに月亀国内ではそのような事はまるでなく。

 

 この数年、平和そのもので軍備のほぼ全てを前線に連れて行っても、警備は人相手の最小限で済んでいるのだとか。

 

「皇女殿下の御為にいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

『御為にいいいいいいいいいいいいい!!!!』

 

 現在地は大蒼海《アズーリア》水底より高度200m。

 月亀行きの船。

 

 要はこの世界における漁業などにも使われる水中を行く魔術式の潜水艦内での事であった。

 

(こんなところで仕掛けて来るとか。船の乗組員もグルか。身体検査と思想検査はしたんだけどな……はぁ……)

 

 遊覧や旅行目的の為に使われる王家専用のソレは商用や産業用のものとはまるで違い。

 

 海中を泳ぐ鯨にも似た形をしていて、幅広の空間を保つ。

 

 前方は透明な壁となっており、海の一部は切り取られた巨大な水槽を思わせ。

 

 上品な動くアクアリウムといった風情。

 展望デッキは横に広く外を見渡せるので圧迫感はまるで無く。

 

 ソファーに座っていれば、時速50kmという水中にしてはそれなりに高速で進む景色を眺めているのも苦ではない

 

 そんな月亀行きの船内には数人の少女の姿がある。

 こちらのお付きであるガルン。

 フラウとお付きであるヤクシャとシィラ。

 

 その他は船を動かす人間しか乗っていないはずの世界でダダダダッと駆け付けて来たのは抜剣済みの騎士らしき男女が八人程。

 

 こちらが目を丸くしている合間にフラウが止める間もなくの速攻。

 

 ラウンジ内は仄かに薄暗く。

 

 仄かに青いぼんやりとした灯りで映し出されているが、魔王軍謹製の昼食を食べ終わったところで全員が壁際や中央のソファーで其々に首都での仕事から解放されて小休止していたのだ。

 

 そのような所に不埒者。

 いや、忠義者の乱入である。

 

 止める声が間に合わなかったのは気が抜けていた自分以外にとって責められる話でも無いだろう。

 

 特にフラウは皇家の親類と家族に付いて、こちらに助命を嘆願。

 

 その為に反乱軍への献身的な活動や首都の貴族達の間を取り持ち、調整する役目を自ら買って出たりもしていた。

 

 貴族の中には裏切り者めという顔をする者もあったが、魔王第一の信徒という体で情報操作していたので狙う者は皆無。

 

 逆に国民の大半からは聖女と誉めそやされたりと気苦労は耐えなかったようだ。

 

 首都攻略から1週間目の本日。

 

 アイドル達の初回コンサートが大成功してから数日の間に自分もまたその列に加わろうという意気込みを見せ、特別隊員に任命されるというイベントをこなした彼女が……自分への国家的で貴族的な意味での忠義を口にされて固まってしまったのも無理は無い。

 

 裏切り者。

 救世の御子。

 

 その相反する属性に一番戸惑っていながら、それでも国家と国民と貴族……そして、家族の為に魔王に付き従う事を選んだ彼女にとって、その言葉はまるで呪いにも等しいだろう。

 

(そして、オレの気苦労も増やされる、と)

 

 襲撃者達は誰も彼も微妙に汚れており、風呂へ満足に入れてもいなかったのか。

 

 饐えた臭いをさせながら、魔剣や聖剣と呼ばれる類の刃を手に何度リハーサルしたのだろうかと思うような手際で全方位から突き刺しに来た。

 

 これが火曜辺りのドラマなら、CM明け前の短いBGMが流れているところだろう。

 

 猫耳メイドもいる事だし、見出しはこうだ。

 

 魔王暗殺事件簿~猫耳メイドは見た!! 正義と皇女殿下の名の下で振るわれる水底の凶刃を~。

 

 といったところだろう。

 どうやって入り込んだのか、とか。

 

 その名前を使われた皇女殿下がドン引きな様子で口元を手で覆っているだろ、とか。

 

 まぁ、色々言いたい事はあったのだが、面倒なので溜息を吐くだけに留める。

 

「お前ら、サカマツの報告にあった捕縛を逃れた近衛だな?」

「な?!!」

 

 己の刃が貫通したはずの人間から尋ねられた全員が何故だと言わんばかりに手へ力を込める。

 

「聖剣、魔剣……色々能力があるんだよな。確か」

「馬鹿な?!! どうしてだ!? 何故、効かんッッ!?」

 

「う、嘘!? こ、これでもダメだって言うの!? 魔術は無効化されても、聖剣や魔剣は効くはずじゃなかったの!!?」

 

 驚愕のあまりにも周囲の警戒がおざなりになった連中の首筋にいつもの見えざる触手を叩き込む。

 

 背骨から神経系を侵食された全員が声も上げられずに剣から手を離してペタンとその場でへたり込んだ。

 

「近衛の刀剣類には傷付けるだけで即死とか。相手の身体を溶解するとか。他にも滅茶苦茶切れ味が良いとか。物凄く硬いとか。劇毒が染み出してるとか。まぁ、色々あるって聞いてはいたが、生憎とオレはこっちだ」

 

 薄暗がりに黒羽の外套を着込んだ魔王様を見た全員が愕然とする。

 

 と、同時にガルンが肩を竦めた。

 

「げ、幻影か!?」

 

「月亀への制圧に向かう道中、普通に寛いでるわけないだろ。戦闘中に等しいってのに皇家の遊覧船に乗ったからって、油断してるとでも?」

 

「クッ?!! こ、皇女殿下!?」

 

 もはや、此処までかと近衛達が己の大義名分を見やる。

 

 しかし、その当人の瞳には何処か哀しそうな色が浮いているのみだった。

 

「お前らの皇女殿下の思いを代弁してやろう。どうして、こんな無謀な事をしたのですか。お父様が降伏した今、この方に刃を向けるという事は月兎を危険へと曝す事。この方が今死ねば、月兎の民は貴族をどう処するかも分からない。せめて、行動を起こす前に話していてくれれば」

 

「?!」

 

 驚いたフラウが図星だったのか……瞳を伏せて、こちらの前までやってくる。

 

「……無理を承知でお頼みします」

 

「ああ、気にするな。オレは襲われてない。そこの間抜け過ぎて忠義者な連中にはお前の護衛でもやってもらおう」

 

 全てをお見通しかという諦観。

 その顔には僅かな安堵が浮く。

 

「ありがとう、ございます」

「殿下!!? 魔王に頭を下げるなど!?」

 

 襲撃者達の一人がそう言った途端、近付いていたシィラがその言葉を発した相手の頬を拳で殴った。

 

「ぐ?! な、何を!?」

 

「近衛の方々!! 今、どれだけ殿下に迷惑を掛けたのか!! お分かりにならないのか!!? 城と近衛の最精鋭を単騎で落とし、皇家と大貴族の方々を説き伏せたのは目の前の男だ!! なのにッ!! あなた達はたった数人で不意打ちをした程度で倒せると思っていたのか!? どうして、今殿下が頭を下げたのか!! どうして、感謝せねばならなかったのか!! 今、皇主様がその身を自ら監獄へとお繋ぎになり、何とか国家を建て直そうと最善を尽くしている時にあなた達は己の忠義と履き違えた無謀のツケを殿下に払わせた!! それを怒らずにいろと言われたら、私は、私はッ!!?」

 

「シィラ……」

 

 フラウがそのお付きの震えた声に思わず目を丸くする。

 

「ッ、す、済みません。差し出がましい事を……」

 

 その怒気をシオシオと沈めた犬耳護衛騎士が主の声にシュンとなってイソイソと後へと下がっていく。

 

 だが、彼女の説教を聞いていた着の身着のままな近衛達は愕然とした様子でもはや精も魂も尽き果てたとばかりに両手をフラウの前で付いて頭を床に擦り付ける。

 

「ど、どうか……どうか、お許しを!! 我々の短慮が、まさか、こんな、うぅ……殿下に我々は何という負担を……」

 

 平伏した男女にフラウが衣服が床に付くのも構わず。

 その法衣の膝を折って顔を近付けた。

 

「良いのです。頭を上げなさい。我もまた敗軍の将……あなた達の行いの本当のところを分かるつもりです。ですが、この方を倒す事は出来ない。また、もう進んでしまった針を戻す事も不可能。故にその気持ちだけ受け取りましょう」

 

「お、おぉ、殿下ッ、殿下ッ!!?」

 

 涙目となった男女が謙虚なフラウの姿勢に号泣し始める。

 

 それと同時にチラリとラウンジの開きっ放しの背後の扉を見やれば、そこには顔を引き攣らせてペタンと座り込んだ乗組員……貴族風の礼服を身に纏った者達が数名、自分達の賭けに負けた事を悟って、自刃しようと短剣を取り出し―――何も出来ずにこちらの前まで自分の意思では動かない身体でやってくる。

 

「―――?!!?」

 

 声も出せないようにした彼らがダラダラとこちらの前で冷や汗を流して目を泳がせる。

 

 その顔と身体はブルブルと震えていた。

 

「本来なら手打ちにしてやるところだが、こいつらの前でそんな事はしたくないし、此処は気に入った。何処も手入れと掃除を欠かしていなかったようだし、お前らの給仕と主に仕える姿は的確で適切だった。だから、今日の分は大目に見といてやる。とりあえず、この忠義者の連中を臭いが取れるまで洗って、身形を整えさせろ。お前らの仕事が確実な限り、二度目があるまでオレの手がこうなる事は無い」

 

 一人ずつ。

 手刀を首筋へチョンチョンと触れるように付ける。

 

 心音が跳ね上がった誰もが真っ青になった様子で今にも白目を剥きそうになっていた。

 

「シィラ。そいつらの管理はお前に一任する。護衛として最低限の仕事をさせろ。艦内警備は丁度いなかったからな。そいつらに任せよう。それから月亀に付いてからはフラウの護衛にも付いてもらう。ああ、その物騒な剣と短剣、ナイフ類は全部没収して布で巻くなり、鞘に収めるなりしてから、倉庫の奥に放り込んどけ」

 

「こ、こちらは殿下の命令しか―――」

「シィラ。閣下の言う事は我の言う事と思うように」

 

「わ、分かりました。殿下……では、しばらく御傍を離れる事。どうかお許し下さい」

 

 頭を下げて、犬耳護衛騎士が近衛達と今にも失禁しそうだった連中を連れてラウンジ後方の通路へと消えていく。

 

 それを見届けてから、黒羽の外套をソファーの横に投げて体力を吸われた身体の不調を元に戻すべく。

 

 ソファーに寝転がる。

 

「その、大丈夫でしょうか?」

「実はその外套呪われててな。着てると物凄く疲れる」

 

「ッ、そう、ですか。閣下に近衛の者達が迷惑を掛けた事、今一度お詫びします」

 

「謝らなくていい。それと閣下も無しだ」

「……ヤクシャ」

「は、はいにゃ!?」

 

 猫耳メイド衣装な少女が今までの一連の出来事に呆然としていたが、首を振って、主の声にピンと背筋を伸ばして答える。

 

「しばらく、我はこの方と話がある。席を外して欲しい」

「わ、分かりましたにゃ。お、お気を付けてにゃ。殿下……」

 

 チラリとソファー横で熱心に書類仕事に戻っていたガルンを見やると。

 

 すぐに何か察したらしく。

 

 立ち上がると頭を下げてヤクシャの後へと付いてラウンジから出ていった。

 

「「………」」

 

 二人切りという場面。

 

 これがまともなファンタジーなら魔王様と皇女殿下という薄い本展開が待っているのだろうが、生憎とこちらは単に疲れただけだ。

 

 目を閉じて次の月亀での工程を脳裏で煮詰める作業をしつつ、肉体を休めるというポーズで精神も少し落ち着けようという程度の事でしかない。

 

 が、皇女殿下はそう思ってはいなかったか。

 ソファーの前。

 

 こちらの頭部が近い位置で床に座り込んで、こちらを見つめ始めた。

 

「……何だ?」

 

()()()に訪ねたい事がある。セニカ殿」

 

 その瞳は真剣で横になりながら、首を向ければ、それでも高い相手の背丈のせいで少し見上げる形となる。

 

「オレの首が寝違えるまでなら何でも聞いてくれ」

「父は……皇主は命を取られるに値する罪を犯したのだろうか……」

 

「それは裁判次第だ。裁判は半年後から細々とした罪に関しては早めに行う予定になってる。戦争主戦派連中とあの徴兵案を出して承認した連中。それから徹底抗戦を唱えた軍上層部。兵を使い潰すような指揮をした現場の指揮官連中には死刑判決が下る可能性が高い。皇主は半分以上、主戦派の言いなりだった事は調べが付いてる。だが、それを差し引いても戦争責任の追及ってやつが為されれば、上手くいっても終身刑だ」

 

「一生、牢の中……という事でよいのだろうか?」

 

「ああ、そうだ。だが、根本的にはこの国をボロボロにするような発案をしたヤツと命令したヤツが主に裁かれる。それを裁可したヤツはその当時の状況の妥当性があったかどうかが争点になるだろう」

 

「戦争は終わったのに……それでも民はそうするだろうか」

 

「そうするな。十中八九そうする。そもそも今回の戦争の遂行に当たっては講和や条件付の降伏が可能な時期や機会が複数回あった。月兎の徴兵が過剰だったのは確実だし、死んだ夫や恋人や息子や娘……難民に身を窶した連中の親類や親しい奴らにとっては吊るし上げる相手が必要になる」

 

「それが父や皇家や地方領主や大貴族達だと?」

 

「そうだ。それを正当化するだけの犯罪やりまくりだった腐った連中が多過ぎる。人民裁判みたいな感情のままに死刑みたいな話にはならないが、これから再整備される法規と追加される項目。それから裁判官と判事と弁護士には悪徳な連中を除いた穴を埋める形で民間から選出、教育したやつらを半数宛がう事になった。数年後に始る大審院での主な罪状に付いての審判が終わって、刑期や刑の種類が決められてから連中はアタフタするべきだな。非人道的なのは全部廃止になるから、拷問紛いの事はされないし、刑の執行までは過剰ではない労働刑や施設内でも外気に触れられる禁錮刑になるはずだ。メシもちゃんと喰えるし、身形だって整えられるだろう。死刑になるやつにしても情状酌量の余地があるなら薬を使って貰える筈だ。それ以外は()()事になるだろうが……」

 

 僅かな沈黙が周囲に下りる。

 

「……父とは」

 

 そう目の前の少女が話し始めれば、外には小魚の群れが泳ぎ始めた。

 

「そう話した事が無い。でも、時折……我が学問を修めて良い成績を取ると褒めてくれた」

 

「そうか」

 

「母は第二王妃であったものの、父は他の子達と隔てなく接してくれたのだと今なら分かる……」

 

「………」

 

「我は弱い子だと母は言っていた。泣き虫だったから……先生であったイチジクの影にいつも隠れて、他の貴族達の前では照れ屋なのだと庇って貰って……」

 

「………」

 

「今、母は泣いて暮らしている。父を愛していたから……でも、父はそう悲しそうでは無かった……この一週間、時間を見付けては面会に行ったが……やつれてはいなかったと思う」

 

「監獄は全部オレが作り直した。生活も貴族の豪奢なものは無理だが、一般人が生活する程度にはちゃんと出来るよう計らってるつもりだ。まぁ、規則正しく起床から就寝まで管理されるが」

 

 フラウが瞳を伏せた。

 

「我を罪に問えと言ったら、あなたはきっと馬鹿なと肩を竦めるのだろうな」

 

「……妥当な刑罰は今、お前が受けてるもので十分に償ってもらってる。これは国の法でも神の法でもない。お前が自分で受けると決めた罰だ……」

 

「敗軍の将だから。我は……」

 

「敗軍の将かどうかは関係ない。ソレを背負うお前を今更追求しようとする国民は……いたとしても大抵は口を噤むだろう。自分の親や皇家、貴族達の為に魔王へ尻尾を振ってると……そう、お前を罵りたい連中だって何も言えやしない。お前のように自分の手で己の国を崩す手伝いをする勇気や度胸が無いからだ。それが無い連中に何を批判する資格も無い。そんなものがあったとしても、オレはそれを許さない。個人的には……」

 

「………」

 

 今度はフラウが沈黙した。

 

「お前には前々から言ってた通り、オレに必要なものを造ってもらう。それが終われば、何をしようとオレは干渉しない。皇家を残そうと尽力するのもいいだろう。民間に下って、貴族達のこれからを支援するってのも考えられる選択肢の一つだ」

 

「あなたの傍で働き続ければ、減刑される……というのは浅はかな考えなのだろう」

 

「恐らく、オレは数年後まで此処に存在しない。手伝って貰った恩くらいは返してやりたいが、裁判に関してオレは決断を下す立場に無い。戦争当事者として意見書くらいは出すだろうが……」

 

「……イシエ・ジー・セニカ」

 

 そっと立つ少女の手には袖から取り出したのだろう細身の短剣が一つ。

 

「我はただもう母様に悲しんで欲しくない……ただ、それだけの事に……我が身の限りに尽くしたいと思う……これを浅はかだと思うなら、思ってくれて構わない……」

 

 フラウが自らの首元に刃を当てる。

 

 剣呑な光が浮かんでいる事も無い瞳にはただ何かを諦めるような決意だけがあった。

 

「……言ったはずだ。死は免れる可能性もある」

「だが、それは可能性でしかない。だが、あなたなら」

 

「だから、オレに一声掛けろと? 一生監獄住まいで長生きして欲しいって言うなら、お前よりも重要度が低い関係上、そうしてやってもいいが……それは同時に暗殺される可能性を高くするし、恨みも相当に買うって分かってるか? あの皇主《おとこ》は全ての責任を取る為に生きてるとオレには見受けられた。今後の裁判上で争点になるのは避けられない身の上。裁判官達に最初から死刑以外の刑にするよう圧力を掛けたら、何処からか情報が漏れた時、一身に罪を被るのはお前だぞ?」

 

「魔王に取り入った女として?」

「ああ、そういう事だ。それでもいいんだな?」

「覚悟はもう出来ている」

 

「分かった。じゃあ、あの皇主様にはオレの流儀で死んでもらおう」

 

「?!」

 

 起き上がり、片手で刃を掴んで止める。

 

「まぁ、任せておけ。こういうのは得意だ……お前の父親が本当に死ぬかどうかはあの男の強さ次第になるだろうがな。それくらいの博打はさせてもらおう……あの男自身にもケジメが必要だ。それを失くしたらあいつだって生きていけないだろう。使命、義務、責任、それを背負う立場なんだから……」

 

「―――あなたは……」

 

 刃に力を込めて砕き零す。

 

「オレが居ない間に死んだりするなよ? お前に死なれたらオレの予定は狂いまくりだ。自分に出来るだけの事をお前はした。脅迫の上手い魔王業Pなオレが認めてやる」

 

 ソファー横の台の上にあったボトルからグラスに水を注いで一息吐く。

 

「……父は」

「あの男には禊をしてもらう」

「ミソギ?」

 

「全部終わった後にな。しばらくは大丈夫だ。暗殺されないよう近衛の精鋭を監獄の管理と監視業務にも付けてるしな。反乱を起こさないよう半数はサカマツの部下も使ってる。時間はあるんだ。ゆっくり待つといいさ」

 

「分かりました……」

 

 こちらが置いたボトルから水をグラスに注ごうとするのを手で止めて、一気にラッパ飲みする。

 

「この水は止めておけ。睡眠薬入りだ」

「!?」

 

「しばらく、意識を落して休む。15分くらいしたら起こしに来てくれ。それまではたぶんウンともスンとも言わない。何を言っても聞こえてないからな。まぁ、薬は効かないから自主的な休みってやつだ」

 

「……不思議な方ですね。あなたは……」

 

「そうか? ちょっと、母親と一緒に中二病を拗らせただけだ。世界を滅ぼすくらいに……」

 

 ソファーへ再び横になって目を閉じる。

 意識を水底に沈めて、再びのシミュレートが始る。

 目的までの最短ルート。

 神殿の本拠地へのカチコミ。

 この世界を巻き込んだ救出作戦は未だ途上。

 終わるまで気の抜けない工程に差し挟む休憩は最小限。

 まだまだ思考する事は残っていた。

 

【……不思議な方……本当に……】

【(にゃー? よく見えないにゃ)】

【でも、傍で見てきた我には分かる……】

【(ヤクシャ!? の、覗き見など趣味が悪いぞ!!)】

 

【もう、この身はあなたの信徒と人々は知っている……きっと、このような事もあるとすら、思われている……それを知ってか知らずか……それでもあなたは何も仰らず……殺されるかもしれない相手を前にこうして無防備な姿を……】

 

【(もうちょっと詰めるにゃ。シィラ)】

 

【あなたに民が救われた。そして、無体を働いてきた貴族達は消えていく……でも、それはきっと我には出来なかった……見られなかったはずの未来……】

 

【(むむ。どうやら殿下はソファーのところにいる。足? あれは魔王?)】

 

【泣けばいいのか。怒ればいいのか。恨めばいいのか。分かりませぬ……なれど、あなたが戦を止めた事は事実……敗軍の将として……どう扱われても文句も言えぬ身をああして慮ってくれた事……ヤクシャとシィラを共に連れてきてくれた事……感謝致しましょう】

 

【(にゃむ? 殿下がソファーの下に顔を……何してるにゃ?)】

 

【我が身の全てをあなたに……偽りの信徒だとしても……共に眠りへ就く事を……お許し下さい】

 

【(ッ、で、ででで、殿下?! 一体、魔王に何を!?)】

 

【ん……っ……ちゅ……んく、んぅ……っ……ふ……ぁ……】

 

【【(―――ッッ?!!?)】】

 

【お休みなさい……我が主となる方……終り無き戦乱の世を滅ぼす最後の覇者……そして、怖ろしくも優しい……相克の面を持つ方よ……あなたの未来にどうか……善き日が、訪れん事……を……】

 

 何処か穏やかな心地で予測は進む。

 

 久しぶりによく休めているような気がした。


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