ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
「魔王ッ!! 貴様を必ず倒すッ!!」
歯車が狂っている。
永劫の時の中で碧く青く蒼く。
剣が殺到する。
全てが零に近付いていく。
夜天を見上げれば、銃火の檻に魔の耀き。
地表を見下ろせば、無限にも続く照準器の群れ。
地平を見渡せば、虚空を奔る勇者と魔術師と賢者と……
兎がいる。
亀がいる。
蝶がいる。
猫がいる。
無数の耳達に苦笑しながら、無限にも等しい数瞬を引き伸ばしつつ、主観を加速しながら、訪れる未来をこの手に手繰り寄る為、虚空を蹴る。
鏃が銃弾が砲弾が魔術が剣が槍が杖が……ああ、無数の者達が構えた得物が打ち合いの最中に火花を散らす。
「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「必ずッ、倒すんだからぁああああああああああああああッッ!!!」
「マキシマライズッッ!! バニッシュメントオオオオオオッッ、ストリィイイイイイイイイイイイイイムッ!!!!」
「全ての者に全能なる者の祝福をッ!! マァアアアアアアアカライザーッッ、エフェクトォオオオッッッ!!!」
「これが我々の力だッ!! 魔王ッッ!!?」
業炎が、業雷が、轟風が、渦巻き、列を無し、弾幕の中で荒れ狂う。
無限の攻防。
あらゆる能力を強化する加護を受けて、飛躍的な身体強度と速度と反射を手にして、無尽にも思える刃を振るう者がいる。
繰り出される連斬。
ファンタジーも真っ青な現実かすら怪しいと思える神速。
受け流し、弾きいなし、切り払い、避け切り、全ての得物を剣で薙いだ。
速度に断熱圧縮で焼け付く世界最高硬度のアモルファス集積体。
ウルツァイト窒化ホウ素とカーバインの混合物は赤みを帯び。
大魔術すらも、大気を割る弾幕すらも、引き裂く。
超越する者達の絶え間ない飽和波状攻撃。
威力投射と集中。
だが、その刹那を限界以上に加速した人類というよりはスピン制御高分子体―――魔術による原子一つ分からの超高精度支配が行き届いた物質の塊は……己の肉体は、有機物であろうとも極めて堅牢であり、如何なる攻撃にも傷付くものではなかった。
体表から10㎝にも満たぬ空間に働く物質のスピン制御はあらゆる物体の状況を原子レベルから相似状態にしてエネルギー以外を
要は保管中とほぼ同じ状態に移行させる事が可能だ。
無論、これはつまり単なる剣や単なる物体が互いに衝突するという剣戟においては何ら意味を発揮しないものであるが、剣が熱を帯びたり、雷撃を帯びたり、極低温だったり、放射線を放ったり、激毒を滲ませたりはしなくなる。
それだけでも十分だろう。
また、爆風や爆炎、レールガンや重粒子線の放射なども別の磁気やガスなどを使った防御用の場と合わせて無効化する。
エネルギーとしては光や粒子線などの真空でも比較的減衰し難いもの以外の……媒質が無ければ、遠くまで届かない代物を即時排他的に分散。
中性子などにしても磁気に反応させるようにガス内で変質させて曲げられるのでほぼ効かない。
現存するあらゆる兵器。
レーザーからレールガンから粒子線照射から陽電子砲から殆どの攻撃は物質の制御という極限の力を前にしては無力だ。
その空間を抜けてくるエネルギーにしても体表の物質を使った其々の対処法が間に合えば、まったく恐れるに足りない。
熱量ならば体表から数ミリの空間に物質の薄い層を何層も重ねて、真空のように形成すれば、遮断可能だし、電気ならば絶縁性の高い物質を体表に纏い、体内での発電と細胞単位のコイルを使った磁界で捻じ曲げられる。
衝撃にしても物体が媒介する以上は媒介する物質を別の物質に結合して誘導、通り道の座標を逸らす事が可能だ。
体表を物理強度と柔軟性の高い物質で皮膜したり、鎧みたいに着込んだって十分に内部の人間を守るだろう。
この世界に現存するあらゆる毒も物質である以上は分解、制御可能。
こちらがどうにも出来ないのは圧倒的な……それこそ完全な真空で惑星から放逐され、システムの影響が届かない永劫の闇で漂うとか。
または巨大な惑星破壊規模の現象の最中に放り込まれ続けるとか。
太陽に撃ち込まれるとか。
そういう時のみだ。
それすら自分が気を付けていれば、陥る可能性は限りなく低い。
だから、この結果は当たり前と言えた。
夜天を見上げれば、炎が燃え盛り、あらゆる耀きが罅割れては堕ちていく。
地表を見下ろせば、灼熱と太陽の如き耀きに沈み込む大地。
地平を見渡せば、もはや戦えなくなった仲間を庇いながら、必死に上がらぬ腕を挙げる誰か。
カチリカチリと何処かで時計の音がする。
時刻はまだまだ遠く。
しかし、人はまだ生きている。
だから、目の前の誰かを終りの果てまで連れて行くのは自分の義務だろう。
最後まで何一つ思い通りにはならないとしても、決して此処で全てを滅ぼさせはしない。
振り返れば、色合いも多彩な深い紫色の群れが蒼き全天を覆い尽す勢いで増え続けていた。
「オイ。勇者パーティーご一行とやら」
「しゃ、喋った!?」
「お前らは生き残れ。そして、次の世代に伝えてやれ。この日の情景を。世界の崩壊を。今からお前らに情報を渡す。あの理不尽な物量だ。恐らく同等以上の処理能力だろう相手。オレは半壊以上で死ぬか。もしくは凍結されて修復が終わるまで眠り続けるだろう」
「い、一体何を!? あの光はお前の軍勢ではないのか!?」
振り返れば、満身創痍の男女が数人。
その中にはこちらを見て、哀しげな顔の彼女。
「……悪かったな。色々……だが、お前らの未来を信じてる……」
仮面を外す。
「お、お前は!?!」
「どうしてあなたが!?」
「―――セニカ!?」
泣き出しそうな猫耳少女。
苦笑する以外無い。
「だから、喋る時はニャーを付けろと言ったろ? そっちの方が可愛いぞ」
悪戯っぽくウィンク一つ。
天を覆う執行者の群れに剣を向ける。
「オレの権限がもう少し高ければな……」
「セニカ!? セニカ!?」
「本当の名前は違うんだ。適当にローマ字を入れ替えてみたが、駄目だな。最後まで慣れなかった。次があったら……変えよう。その時は……」
跳ぶ。
振り返らず。
―――また、ダンジョン探索でもしようぜ……あいつらみたいな滞在者じゃない……本当の探訪者《ヴィジター》として、な?
【ダメ、ダメ、ダメ、ニャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!】
最後には笑っていて欲しかった。
だが、それも感傷だろう。
終り無く続く攻防の中へ意識は溶けていく。
最後に聞こえたのは確かに愛した女の声だけだった。
――――――?
『そろーり、そろーり……は?! 口に出してしまったでござる。無言無言……』
ムクリと起き上がれば、其処にはコンソールに近付く幼い背中があった。
「………」
「ぬぅ。これで3人……ようやくでござるか。それにしても……むぅ……エニシ殿にまさか兄がいたとは……これはいわゆる“ねっとり”に近いのでは!? だが、エニシ殿はああ見えて独占欲が強いでござるからなぁ~~いや、此処は敢えて危険な橋を渡りつつ、捕まって無体な事をされたと報告しつつ、エニシ殿からイキオクレ結構宣言を撤回させつつ、やや子まで儲ける計画を……」
「………」
ポチポチと薄暗い薄紫色のメタリックな密閉空間内。
壁際にあるディスプレイには3人目の脱出ポット作動確認との文字。
「それにしてもこの身体は慣れぬなぁ。何とかエニシ殿を回収してシステムで安全に着地させたものの……アレが某達のエニシ殿であるのかも分からぬままであるし、どうしたものか……」
「………」
「主上からこの類の機器の操作方法を習っておいて良かったでござるな。ええと、身体の組み換え? ぬぬぬ!!? もしかして、某達が超絶美女にもなれちゃうカラクリか!? こ、これは危うい……此処は某のみが使う事として……ええと」
「止めておけ。細胞の構成バランスが崩れたら、化け物になるぞ」
「!?!!」
振り返った幼女がダラダラ汗を流しながら、愛想笑いをする。
「お、おぉ!! 起きたのでござるか!! エニシ殿のお兄様!?」
その姿は顔から首下は真っ白な肌で、その領域がジワジワと首の上に迫りつつある。
病院着のような簡素な紺の羽織を一つ纏っただけの姿と身体のコントラストは普通とは言い難いだろう。
「どうやら適合は問題なかったようだな」
「うむ。というか、某が一番
「さっきから見てたんだが……」
「く、バレてはしょうがない!! どうしてエニシ殿と同じ顔なのかは知らぬが、お主が我々の知ってるエニシ殿ではないのは百も承知!! この施設はごパン大連邦所属!! 羅丈機関一かわゆいと評判な某が頂いた!!」
シャキーンと何処から持ってきたのか。
分厚い柄と細い片刃が特長の高周波ブレードを片手にした幼女が後手でポチポチとコンソールを再び操作し始める。
「肉体が安定するまで他の連中の脱出は止めておけ。固定化された後は好きにすればいい……ごほ……っ」
咳き込んでから後の席へ凭れるようにして身を横たえる。
「だ、大丈夫でござるか? もしかして、エニシ殿とは違って身体が弱いのか?」
「生憎と今は病弱キャラだ」
「むぅ……その受け答え。やはり、エニシ殿……某とは違って、心も一つではないのだな」
「……お前が普通じゃないのは肉体を再構成した時に分かってた。もう片方と脳波も同調してたからな……同じ技術上のご同輩みたいだが、地上のオレはどうやらロリコンに目覚めたらしい」
「ろりこん?」
「幼い身体が良いという主義だ」
「そんな素晴らしい主義が!? く、エニシ殿はそんな事一言も教えてはくれなかったでござるよ!?」
「とりあえず、お前がどういう風に扱われてたのかは分かった」
「く、エニシ殿っぽい返しでござるな!? で、でも、同情したりしないんでござるよ某は!!? 人の首をちょん切って連れて来るとか!! 外道でござる!!」
「……悪かった」
「あ、謝っても許さないでござる!!」
「はぁ……まぁ、気にするな。オレの寿命はもう尽きる」
「え?」
「大昔に目覚めたんだ。恐らく、後一回目覚められるかどうかだろう」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待つでござる!? どうしてそんな身体で我々を……」
「気にするな。個人的な目的の為だ……もうオレの役目は果たした。後はお前らの知ってるカシゲ・エニシがどうにかするだろう。此処は好きに使え。それと悪いがオレの遺体は其処の後にあるポットに入れて分解しておいてくれると助かる。悪用されるのは御免なんでな」
「……大昔のエニシ殿……それで……それで貴方は幸せなんでござるか?」
「生憎もう鬼籍に入ってないとおかしい身分だ。それにこの世界での死はもう単なる終りを意味しない……」
「単なる終りでは、無い?」
「死ねば分かるさ」
「ならば、まだまだ分からぬな!!」
「はは、そうだな。お前らは長生きしろ。そして……いつか、こっちに来たら教えてくれ……お前らとあいつの物語を……」
幼女が傍に近付いてくる。
「某は某のエニシ殿を好いておる。だから、貴方の事情に同情はせぬよ。でも、何かして欲しい事があれば、教えてくれぬか?」
「……ふ、よく出来た嫁だ。じゃあ、耳を拝借」
近付いてきた耳元に色々と呟く。
「オレは寝る。これが最後かもしれないから……少しだけ……」
大きく息を吸って吐く。
「優しくしてやってくれ。ああ見えて言う程大人にはなれないんだ」
「うむ……確かに聞き届けた」
「そうか。安心したら眠くなってきた……じゃあな……後はお前らの自由だ……オレはオレの好きにした。だから、お前もお前の好きにしろと……オレに………」
【うむ。了解した……オヤスミでござる……エニシ殿……善き夢を……】
水底に墜ちていく。
終りへと収束していく。
だが、まだカチリカチリと時計の音がしていた。
―――待ってたニャ。
そうして、命は途切れる。
温かな夕暮れ、黄昏に滲む陽のような声と共に………。