ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第191話「この果て無き歴史の片隅で」

 世界には幾らも優秀な戦術が存在してきた。

 圧倒的な数を誇る敵軍に対しての各個撃破。

 集団突撃、集団戦闘。

 戦列歩兵や銃兵による陣形。

 機動防御や塹壕戦。

 中でも騎兵と長距離射撃兵器の組み合わせは芸術的だ。

 

 この速度の速い兵と更に距離を征する武器という二つの要素は現代戦においてなら車両と銃。

 

 つまりは自動車化歩兵などに受け継がれ、航空機と誘導弾というものにも置き換わる。

 

 2次元の戦闘が主である世界における航空優勢が如何に怖ろしいものか。

 

 第二次世界大戦では多くの人物が戦場で経験しただろう。

 アウトレンジからの一方的な攻撃。

 

 爆撃機の編隊の前には、航空機という工業の精粋の前には……単なる歩兵や戦車や艦船や塹壕や陣地が如何に脆い事か。

 

 大戦で発展した戦術が世界を変えてきた。

 

 それは命を懸ける戦場においての生存証明が次の時代の偉人と次の世代を生む覇権国家を誕生させる契機となってきたからだ。

 

 膨大な国土を持つ紅き国家はその領域を遺憾なく発揮する縦深理論を発達させ、最後には戦争を勝利の内に終わらせた。

 

 世界を相手に喧嘩を売った鉄の鉤十字は森を鉄の塊で走破し、電撃戦と呼ばれる高速集団戦闘を可能にしてみせた。

 

 巨大なる極彩色の移民国家は火力が如何に重要であり、海上での航空戦力がどれだけの可能性を秘めていたかを示し、その際たる神の力……敵に制空権を取られる事が如何に致命的な問題なのか……国を滅亡に追いやる事なのかを世界に知らしめたのである。

 

 小さな日の丸を掲げた島国もまた搾取され続けた亜細亜の大半に巨大な白人国家が決して神でも絶対でもない事実を悟らせた。

 

 その類稀なる勤勉さと列強に学ぶ事で辿り着いた帝国主義を旗に……例え、黄色人種でも最後まで抗い続ける事が不可能ではないと、相手を恐怖させる事が可能なのだと、植民地化された国々に理解させた。

 

 世界には幾らも優秀な戦術が……いや、戦略があった。

 

 それが次の時代を産むものになると誰が知らなくても、確かにその事実は世界を変えた。

 

「お前らに勧告する。今、この時を持って、オレの軍門に下り、配下としてオレが定めた規律と人類の普遍的な社会的常識を守るなら、助けてやってもいい」

 

 自分が指向するべきは単なる戦術であってはならない。

 そんなものは何処かの誰かが開発している。

 歳の功な連中の方が詳しいだろう。

 

 だから、それは戦略的な勝因に成り得る事実の積み重ねでなければならない。

 

 ファンタジーな神様連中は驚いた表情で。

 

 しかし、容赦なく己の得物を振り下ろしながら、一撃離脱と同時に装甲を付けた人型兵器NVのレールガン掃射で虚空からこちらを狙い撃つ。

 

 しかし、魔術による精密空中浮遊。

 

 空気を個体のように扱う事によって全身に瞬間的に創造、破棄出来る見えない翼を得て。

 

 周囲に気流を還流させながら揚力を得る飛行術は音速を遥かに超えた速度の砲弾を事前予測と合わせて回避するに足る機動力を与えてくれる。

 

 黒剣に力を込め、相手の得物に弾き飛ばされるようにして上空へと後退しながら、()()()()()()()()()による自己強化を施された人間の残渣達に弄ばれるよう……空中で四方を包囲されながら、相手の出方を窺う。

 

 敵の波状攻撃によって逃げ切れない弾も出てくるが、被弾率は約2割程。

 

 ただし、全て黒剣による電磁誘導によって弾きいなせた時点で驚異とはならない。

 

 相手の得物と肉体を構成する材質は分からずとも根本的な構造は有機物ではないらしく。

 

 四柱の近接戦闘の動きは音速を軽く超えている。

 だが、それはあくまでスペックの問題だ。

 

 その最たる権化である自分にはそれよりも確認しなければならない事がある。

 

 それこそが自分の戦い方なのだと理解を深めねばならない。

 勝利条件と目の前の勝利はイコールではない。

 

 そして、この国やこの程度の神様とやらを前にして1日たりとも休んでいる暇は無い。

 

 だから、これは戦術であり、戦略だ。

 

 それを言い張り、それが実践出来て、それが効果を発揮するのなら、確かにソレは人権大好き国家P業が忙しい魔王閣下の戦い方だ。

 

「貴様を殺すと言われて、向かってくる奴より、オレはどうしてだと訊ねるヤツの方が好きだ。後、自分の力を笠に着て、無闇に人間を下に見る奴が嫌いだ。お前らに問いたい。お前らの上司が誰かは知らないが、オレよりそいつ、あるいはそいつらは優秀か? オレよりも全うで、オレよりも合理的で、オレよりも人を幸せに出来て、オレよりも人間心理に詳しいのか?」

 

 四人の男女。

 浮遊甲冑を纏う女神風の女。

 タミエルが手で他三人を制した。

 

「……何が言いたいのだ。イレギュラー」

 

「貴様等は神と名乗っただけの人間だ。この箱庭が実験の為だと知っていながら、その力に溺れて万能者気取り。その上、この世界に抗う事すら止めた……今更、委員会など人類には必要ないと理解しているだろう? この星を滅ぼし、己の楽園を造ったとて、お前らは所詮本人の残り粕に過ぎない。お前らがやってる事は今のままなら結局のところ単なる機械と変わらない。いや、粗末なAIにすら劣る!! いや、AIが最初から最後まで己に与えられた命題に従うのなら、お前らはそれ以下だ!! なんて言おうとお前らは自分達をそんな姿にした創造主とやらの言いなりなんだからな!!」

 

「知った風な口を……何処まで我らメンバーズの事を知っている!!」

 

 女神がこちらに小型拳銃を向ける。

 

「メンバーズ? まさか、お前ら自分の事を横文字で呼ぶのが格好良いとか格好を付けられる立場だと思ってたのか? オイオイ、勘弁してくれ!! オレはお前らのオママゴトに付き合ってる場合じゃないんだ。それにお前らには人間だった時の矜持くらい残ってないのか!! それともそんなのはこの長い時の中で磨耗したか? 委員会は人類の為に、シンギュラリティーの為に在ったんだろう!! なら、どうしてこんな人間を使ったママゴトに興じてる暇があるんだ!! お前らの義務は、お前らが委員会とやらの矜持、あるいは人間としての矜持をまだ持ってるなら、まずは天才とやらに抗う方法を考えるべきだろう!!」

 

「ッ―――賢しらな口を……クリアランス・レッドたる私に利いたな……イレギュラー」

 

「……そうか。お前ら使いっぱしりなんだっけ? じゃあ、こっちの事情も知らないのか。クリアランス? レッド? 鼻で笑ってやるよ。今更、自分の地位や権威なんか誇ってるんじゃないッッ!!! お前らは今、月の天才とやらに屈辱的な仕打ちを受けて、自由を奪われた虜囚だ!! 牢屋の大将を気取りたいなら、人類じゃなく苔類相手にでもやっててくれ!! 此処に生きてる連中の方が被造物だろうと運命を決められていようと余程にお前らより()()()()だ!! お前らのママゴトに巻き込むんじゃないッ!!!!?」

 

 こちらの剣幕に思わず絶句した相手がハッと我を取り戻してか。

 フルフルとその拳銃を震わせた。

 

「カカカッ、小僧が言い寄るわい。まぁ、クリアランス・レッドも形無しじゃな。タミエル」

 

 マスティマ。

 

 巨大な杖を担いだ黄金の法衣を纏う賢者のような老人が肩を竦めて、こちらを見やる。

 

「それにしても灰の月。本星はどうなっとるんじゃ? お前のような若者がやつに挑む為に送り込まれてくるとは……ようやく委員会の手先が来たかと思えば、委員会は必要ないとの話。かと思えば、委員会としての矜持と来たか……ふむ。もしかして委員会は滅んだのか? 小僧」

 

「何千年前の話だ。もうそんな連中がいた事すら殆どの人間は知らない。お前らにとって灰の月の連中が人間の内に入るのなら、だが」

 

「そうか……滅んだか。はは、呆気ないものよ……復讐も潰え、やつの片棒を担いだ挙句に若者から説教……ワシが生身なら、心臓発作であの世に旅立てるものを……」

 

 マスティマがまるで本当に諦観で死ねると言いたげに暗い顔で溜息を吐いた。

 

「嘘だ!? 委員会が滅びるはず無い!! あの連中はまだあの星で人間モドキの王様を気取ってるんだろう!!」

 

 大翼を背負い腰布と全身に赤い刻印を持つ青年。

 アザゼルが叫ぶ。

 

「委員会の最後を教えてやろう。あいつらは自分達の生み出した都市の全てに裏切られ、最後は内戦で最後の一人まで討ち取られ、地下都市は永劫に封印された。まぁ、今はもう戦略核の起爆で跡形も無いがな」

 

「嘘だ!? 嘘だ!? 嘘だ!!? オレ達はこの数千年何の為にッッ!!? 世界の外に向かう事を拒んでおきながら、オレ達の月をオレ達から奪っておきながらッッ!! 何の償いもせずに消えたって言うのか!?」

 

 アザゼルが絶望のあまりか。

 

 ビキビキと顔を引き攣らせて、虚空へ向けて雄叫びを上げた。

 

「……イレギュラーよ。貴様に問う……貴様は何処の所属だ? 日本帝国連合か? EUNか? それともアメリカ単邦国か?」

 

 アラキバ。

 

 巨大なスパナを持った全身鎧のラテン系だろう中年が訊ねてくる。

 

「ごパン大連邦統合軍特務機関【蒼《アズール》】所属だ」

 

「ご、パン?」

 

「お前らの所属していた委員会が消滅した切欠は()()()()()()()()()が立ち上がったせいだ。連中はあらゆる耐性食材を人々に与え、あの死の星に人類の復興を夢見た。そして、人間モドキと貴様等が呼ぶ人々と共に一部の食文化の再開発に成功したんだ。委員会の後釜となり、崩壊した国家共同体の残存者達と共に新たなる国々をプランニングし、今や奴らは空飛ぶ麺類教団と名乗ってる。そういう連中が今はあの世界で最も優秀な技術者集団であり、信仰を集める宗教団体として君臨してるんだよ。地表はそんな食文化思想に因んだ名前が跋扈する戦国乱世だ」

 

 こちらの言葉に四人ともが絶句していた。

 もはや世界は自らが思い描いたものではなく。

 その先へ先へと進んでいる。

 そして、復讐も何もかも無為に帰した。

 となれば、呆然とする以外に無いというのも実際のところだろう。

 

「もう委員会だの、大戦だの、国家共同体だの、時代遅れの戯言に等しい……お前らは自分達の敵が消えて、新しい目標と敵が出来た事を認識するべきだ」

 

「新しい目標とは何じゃ? 若いの」

 

 マスティマが心底にもう疲れたと言いたげに訊ねる。

 

「天才へ復讐しなくていいのか? それともお前らを生き返らせくれた恩人だとでも? お前らも大半が委員会の研究者職だったなら分かるだろう。本当の天才はお前ら下っ端の事なんぞ歯牙にも掛けない。単なる実験道具以上には扱われてない。何せ本人じゃないんだ。倫理も道徳も当て嵌める必要性を感じてないだろう? それでなくてどうして数千年も神様なんぞやらせてる? それともお前らはそいつの実験道具としてこれから永遠にお仕えしたいとでも言うつもりか? そんなに御人形生活が気に入ったなら、いいぞ。是非、そうしろ。オレは何も困らない。オレが倒すべき人の敵が増えたってだけだ。一緒に終わらせてやる」

 

「「「「………」」」」

 

 もはや相手は混乱している。

 

 だが、世界の外からようやくやってきた相手の齎す真実味のあり過ぎる話と過去を知っている者でしか叶わない会話から、それが事実だと理解したのだろう。

 

 タミエルがガクリと膝を折って、自分の下にあるNVの上でブルブルと震える拳を肩の装甲に叩き付ける。

 

「それにお前らは知ってるのか? マスターマシンのブラックボックスが開かれた。お前らの故郷でもあるだろう本星とこの月面地下世界。どちらも一緒に初期化しようと天才やそのシンパが動き始めてる」

 

「何!? 馬鹿な!? そんな話は一つもこちらに降りてきて―――ッ」

 

 タミエルが自らの口を押さえた。

 思い当たったのだろう。

 今の自分達の現状に。

 

「オレはお前らの内情に詳しくない。だが、オレが天才なら下っ端にそれを教える事は無いだろうな恐らく……そして、それが知らされない理由として考えられる理由は二つ。一つ。お前らに教えたくない場合。二つ。教えたらマズイ場合」

 

 その二つに思い当たる節でもあったか。

 

 女神と青年が凄い形相でブルブルと拳を握って震わせる。

 

「見捨てられたんじゃないか? あるいは余計な情報を与えて意見されたりするのも面倒だったか。どちらにせよ。お前らこの世界の初期化後に無事生き残れてるといいな。オレは天才じゃないから、お前らが無様に初期化に巻き込まれてデータ毎消されてるかどうかなんて分からないんだ」

 

 肩を竦めてみせれば、今にも噛み付いてきそうなタミエルとアザゼルが苦しげに形相を歪めた。

 

「マスターマシンの管理はメンバーズ全員の総意が無ければならないって規約に書いた。書いた。書いた。あの時に……ッ、書いたッ!!」

 

 女神様の方はもうどうやら心が折れた様子で泣きが入ったらしい。

 拳が何度も何度も激音を響かせながらNVの装甲を叩く。

 

「どうせ、お前らの人格データ諸々の管理権限は天才とやらが握ってるんだろ? 対等な力が無いのに契約を信じるなんて、それは虫が良過ぎるってもんだ。そもそも委員会メンバーに倫理や道徳があるなら、あんな食料耐性で何千年もやっていけるはずもないよな。同じ人間を食料にしてると知りながら、合理的だからとそうしてたんだろ? どうしてお前らがその難民のように食い物にされないと言える? 仲間だから? 同僚だから? 同志だから? 委員会のメンバーだから? その人間臭さがありながら、今までお前らはそうやって自分の下に見たこの世界の人間が消えるのを黙って見てきたんだ。やられる覚悟も無いのに相手に理不尽な事をしてきたなら、今の状況はな。自業自得って言うんだ」

 

 青年が剣をこちらに向けようとしたが、アラキバが制止した。

 

「アラキバ!? アンタは!?」

「……名を訊ねよう。イレギュラー」

 

「オレの名はカシゲ・エニシ。今はラスト・バイオレットなんて呼ばれる事もあるな。オレのいるこの国を消しに来たのにそれが分からない。そして、オレの名前やオレの能力も推測ですら知らされてないのか? 此処から導き出すなら、お前らの上司連中の思惑は一つだ。お前らに命令した連中、もしくはそいつらに命令した天才とやらはオレを見極める為にお前らを捨て駒にした。あわよくば殺されてくれるとありがたいって判断なのかもな」

 

「―――ラスト・バイオレットッ?!! 【末法《ラスト・テイル》】の最高意思決定権!? それにカシゲ……まさか、まさかッ!? お前は、いや、貴方様はッッ!!?」

 

 タミエルがガバッと顔を上げて何故か喰い付いて来た。

 

「オレの母親が随分と委員会に関わってるそうだ。初めの頃の委員会に関係していたカシゲ・エミって女の息子がオレだ」

 

「そうか。ならば、今回の命令にも合点が行く……女神の息子……偉大なる者の末裔か……」

 

 アラキバが何やら複雑そうな顔になり、何故かこちらに頭を垂れる。

 

「そういう事か。小僧がなぁ……我ら()()()のトップが久方ぶりに召集されるわけだ。ふ、連中の考えそうな事じゃわい」

 

 マスティマもまたこちらに頭を垂れた。

 

「嘘だッ!? こんな奴が!? こんな奴が()()()()()()だなんて!!?」

 

 狼狽した様子でアザゼルがプルプルと震えながら下を向く。

 

 その様子はまるで母親に叱られて、俯く子供のようだ。

 

「エミ、様?」

 

 思わず胡乱になったのも仕方ない。

 

「エ、エミ様の息子だと言うのなら、エミ様の好物を答えてみろ!!?」

 

「いつも仕事場だと缶詰が主食な人だったからな。分からない」

 

「―――!?! な、なら、エミ様の血液型は!!?」

「確かRH-とかだったような?」

「!!!?!」

 

 物凄い喰い付きっぷりでタミエルがこちらに害意は無さそうだが、血走った目を向けて迫ってきた。

 

「な、ならエミ様のバストサイズを答えてみろ!!?」

 

「いや、母親の胸の大きさとか普通知らないだろ。でも、そう言えば、父さんが母さんの物臭ぶりに仕方なく下着買う時、74、74、て魔法みたいにブツブツ言ってたっけ」

 

「~~~ッッッ!?!!?!?!?」

 

 ピシャーンとでも雷が落ちたような表情になった後。

 何故か、こちらを前に土下座した。

 その状況はもはや喜劇のようだ。

 

 どちらかと言えば、エクストリーム土下座と名付けるべきか。

 

 何も無いはずの虚空で窒素を固めて床のように固定化したのかもしれない。

 

「―――御子様とは知らずッッッ!!!? 本当にッ、本当にッ、う、うぅうう、済みませんでしたぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!」

 

 こちらがドン引きな様子になるのを構わず。

 

 というか、目にも耳にも入らぬ状態で絶叫したタミエルの姿を見て衝撃を受けたらしいアザゼルもまた剣を落として、そのまま崩れるように呆然と膝を折った。

 

「……何なんだ? お前ら、オレの母さんの事を知ってるのか?」

 

 此処は自分が出るべきだろうと判断したのか。

 マスティマが顔を上げてから傍に寄ってくる。

 

「我々が結局は捨て駒だという話は本当でしょうな。ワシらの今の状況……そして、坊主……いや、貴方様の名前とその話しぶり……辻褄は合う……」

 

「オレの母さんはお前らにとっての何なんだ?」

 

「―――全て……委員会の思想機関出である我々にとってはきっと……その為に流した血も涙も……受け入れられる事ばかりではなかった……しかし、貴方様は此処に居る。我々の前に……詳しい話は王城でしましょうか。無論、奴らの手が伸びるまでになるでしょうがな……」

 

「まぁ、いい。戦う気が失せたなら、とりあえずは……まぁ、城の持ち主でも謝ってから、会議と行こうか。あ、そのNVは消せないなら動かないように物理的に解体しておいてくれ。乗っ取られて暴走とかは勘弁だからな」

 

「分かった。いや、此処は分かりましたと言っておこうか」

 

 アラキバがスパナを一振りした瞬間、バラバラとNVの全身からパーツが崩壊し始め、地表付近まで落ちると綺麗に整頓されて複数の装甲と小さな部品の山として静かに着地した。

 

 とりあえず、全員で甲凱城の崩れた場所から庭に降り立つと。

 

 すぐに精鋭らしい部隊を連れた月亀の部隊が周囲を取り囲み。

 

 月兎側の代表なのだろう分裂した方のガルンがこちらに進み出てくる。

 

「どうなったの? セニカ様」

 

「いや、説教して話してたら、どうやらオレの母さんのファンらしいって発覚してな」

 

「ファン?」

 

「……魔王応援隊見て『うおおおおお』って言ってる兵隊みたいなもんだ」

 

 チラリと後の個性的な神様連中を見たガルンがこちらに再び視線を向けると半眼になった。

 

「神様にまで説教したの? セニカ様」

「間違ってたら、諭すのが大人ってやつだ」

「それとセニカ様の御母様って……神様よりも偉いの?」

 

「ああ、そう思ってる連中もいるらしいな。知らない間に母さんも随分と持ち上げられたもんだ。とりあえず、こいつらはオレと話がある。会談場所を用意してくれ。出来れば、屋外で人気が無い場所がいい」

 

「イエス」

 

「後、王様と王子に謝っておいてくれ。城の修理費用は……オレが後で建材くらいは無償で増やしておく。金で払ったらブチ切れられそうだからな」

 

「笑えない……」

 

「それと今から他の国で工作中のお前(ガルン)達にタミエル、マスティマ、アザゼル、アラキバって神様の神殿連中を月兎と月亀に招待するよう言ってくれ。こいつらの映像と画像付きでこちらに降臨したとか何とか言って、巡礼名目で勧誘するといい。オレが仮の神殿を造っておく」

 

「え―――」

 

 何やら神様の名前当たりでガルンが絶句していた。

 

「何だ? こいつらに付いて何か知ってるのか?」

 

「……大光矢《だいこうし》タミエル? それに大賢神《だいけんじん》マスティマ? 大天翼《だいてんよく》アザゼルに大機神《だいきじん》アラキバって……ぜ、全員【高位神《フルクラス》】並みの有名神《ゆうめいじん》ばっかりなの!!?」

 

「は? こいつら有名なのか」

 

 ブンブンとガルンが犬の尻尾よりもよく動きそうな耳と首で頷いた。

 

「だ、だって、タミエル様は弓矢と狩人の神でマスティマ様は学問と学徒の神、アザゼル様は空を飛ぶ鳥獣とそれを取る猟師の庇護神でアラキバ様に到っては大神に並ぶ槌神様だから……」

 

「お前ら、有名なんだな。結構」

「は、はい!! 御子様!!?」

 

 何やらすっかり人格が変わったようにも思えるタミエルがコクコクと頷く。

 

「まぁ、研究者としての最後の良心みたいなもんじゃよ」

 

 マスティマが肩を竦めた。

 

「鳥……好きなんだ……」

 

 何やらムッツリした感じで目を逸らしたアザゼルが呟き。

 

「技術者の端くれとして、手慰みにしていただけだ……」

 

 アラキバが変わらぬ表情で冷静に囁く。

 そんなところにカポカポと蹄の音がやってきた。

 後の四人が僅かに緊張が奔る。

 

「まさか、このような事になるとは意外だ……」

 

「パーンか。まだ後にいた方がいいんじゃないのか? お前、非力なんだろ?」

 

 そこで更にガルンが驚いた様子となった。

 

「セニカ様。今、パーン様が非力って言った?」

 

 どうやら今も見えていないようなのだが、キョロキョロとしている桃色髪の顔色は優れない。

 

「言ったが、どうかしたのか?」

 

「さっきは仕事だったから顔には出さなかったけど、パーン様は……大邪神って言われてて……国の三つや四つくらいなら天変地異で消し飛ばせるし、小神じゃ太刀打ち出来ない強さだって、高位の魔物達の間では主要な信仰対象になってる」

 

 四本足偽ギリシア神を半眼で睨む。

 

「オイ」

「いや、非力だとも。技術力は今も保持しているが……」

 

 肩を竦めた純日本人名な男は肩を竦めた。

 

 更に後の四柱を見て、両手に何も無いとばかりに開いて見せる。

 

「はぁ、分かった。じゃあ、大邪神や神様四柱と会合してくる。お前は今言った事を実行しててくれ」

 

「凄い字面……」

 

 呆れた様子になったガルンが部下や周辺にどう言えばいいだろうかと悩んだ表情となる。

 

「それと指示出しした連中には警戒態勢は解除しないが、警戒レベルを一段階下げていいと。周囲に張らせた結界はそのまま。それから王城周辺から人を遠ざける措置は継続。市民生活に混乱が起きそうだったら、魔王が邪神と神様連中を連れて会議中だって適当に公報を入れておけ。それで文句はたぶん出ないし、わざわざ混乱させようとする輩もいなくなるだろう」

 

「……(そっちの方が絶望感で混乱しそう(ボソ))」

 

「何か言ったか?」

「イエス。マジェスティ」

 

 遠巻きにしていた兵隊達に次々ガルンが現状説明と報告をして、部隊を下がらせていく。

 

 それを見届けてから、後の神様連中を振り返った。

 

「じゃあ、話をしようか。長くてもいい。お前らの人生と歴史と経験と……それからこれからの事に付いて話そう」

 

 パーンがこちらを見てからフッと笑みを浮かべる。

 

「蛮族の吟遊詩人に話すネタがまた増えたな……」

「好きなだけ増やせばいいさ。全部終わった後にな」

 

 そうして、夕暮れ時。

 

 用意された会議場は―――風通しの良くなった王城の上層部の一室であった。

 

 その夜、あらゆる月亀の魔術師、超越者達は目撃したのだという。

 

 一人の少年を前に卓を囲む神々を。

 

 まぁ、二日もせずに絵画にされた事以外は有意義な情報交換の場となったのは間違いなかった。

 

【……あぁ、あの様子じゃ僕らの応援は必要なかったみだいだね】

【あぁ、そうらしいね】

【それにしても意外だったよね】

【ああ、意外だったね】

 

【どうやら、僕らの本体もこちら側……システムの制限解除が無かったらヤバかったかも】

 

【さすがにこの数百年分の経験値を取られなくて良かったよ。光量子通信の遮断技術とか……何時の間に作ってたんだろうね。彼女】

 

【まぁ、僕らもこれで完全形態だからね。自由にやらせてもらおうか】

【ああ、やらせてもらおう。彼女が奴とガチンコで戦争を始める前に】

 

 分かった事は二つ。

 マスターマシンと神々のアカウント情報の在り処。

 そして、小神アスクレピオス。

 エマ・アシヤの残した情報の入ったストレージの現在地。

 

【……システム・カーネルからの応答を確認】

【最優先目標はこっちみたいだね……】

 

【しょうがない。じゃあ、いつも通りに僕らは僕らの仕事をしようか】

 

【宮仕えの哀しい性だから、仕方ないね】

【結構、JAも居心地良かったけど】

 

【ああ、カレー糧食が懐かしい。僕ら胃袋は無いけど、お腹は空くからね】

 

 次なる目標は殆どの神殿の本部―――システムへの接続ポイントが集う月蝶、ではなく。

 

 お隣の月猫になるらしかった。

 

【またメシマズ世界かぁ……】

 

【魔王閣下には是非、美食の国を作ってもらいたいね。上手い飯を食った事の無い神様連中が作ったこんな世界じゃポイズンw】

 

【じゃあ、迎えに行こうか。あっちは初めて女の子を引っ掛けたみたいだし、それに何だか……ああ、やっぱりじゃないか。偶然って怖いねw】

 

【ホントだ。怖いねw 本当に偶然なのが何とも……】

 

【……システム/チェック終了―――ラグランジュ1より7までのコロニー管理コンソール起動】

 

【収容違反多数検知。デコード開始―――ケテル43/セーフ32/タウミエル3を確認】

 

【あの()()()()、繁殖してるみたいだね】

 

【ああ、でも、随分と変質してるね……()()がアレかぁ……】

 

【それに僕らが地表でやっている間に移設された2()0()0()0()がやつの管理下になってる。この数千年、随分と探してたみたいだ】

 

【でも、1回も起動されてない。恐らく彼女への最終対抗手段なんだろうね。それにしても15回も初期化した理由ってあの爬虫類のせいなのかな?】

 

【あぁ、そもそもログを見たら、初期化前にオブジェクトが大量に()()()()()じゃないか】

 

【……よっぽど、自分が収容されたのが気に喰わないみたいだね。あの()()

 

【説明書読まない奴多過ぎだったんじゃないの?】

【もしかしたら、全編ラテン語だったりして】

 

【【wwwwwwww】】

 

【じゃあ、残ってるタウミエルでも起動しに行こうか】

 

【ああ、ついでに休眠中のセクターを開放。D()-()()()の起動もね】

 

【収容違反してる子はいねがぁ!!】

【www】

【じゃあ、カバー用の身分でも買いに……】

【そうだな。ん~~原資はコレで】

 

【ミダスかぁ。この間、金属にされたばっかなんだけどなぁ】

 

【物質の変質系オブジェクトは大抵解析が終わってセーフかニュートラライズドになったからねw しょうがない】

 

【……君を()()するのはまだまだ先になりそうだ。()()()

 

【僕らって黒幕属性じゃないんだけどなぁ。でも、記憶が無かったから仕方ない】

 

【CK-SK-XKまでは許容範囲だけど、根本的に彼はYKに分類されるから……】

 

()()()()()も彼に確保。いや、ベタ惚れしてるし、当分は致命的な事にならないだろう】

 

【ユニットのロックを解除……】

 

【僕ら自身にコード/零五を発行。さぁ、僕らの収容の方が早いか。この世界の滅ぶ方が早いか。競争と行こう】

 

 何処かでコインの落ちる音がした。

 とても清んだ音色の先。

 何も無い夕暮れ時の空だけが静かに宵を深めていく。

 

(しっかりしなきゃな……あいつらを守るのは夫であるオレなんだから……)

 

 未だファンタジーの最中。

 

 いつの間にか室内に現れた執事の入れる紅茶の薫り高さだけが、闇夜に確かなものとなって広がっていく。

 

 本当の戦いはまだ始ってすらいなかった……きっと……。


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