ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
月猫《げつびょう》連合国は名前の通り
主要四カ国の一つであり、月兎程の格式も月亀程の技術も月蝶程の信仰も有さない。
だが、彼らが常に他に勝ってきたのは一重に商売である、らしい。
まぁ、簡単に言うと重商主義国家だ。
ついでに月狗邦の輸送力を取り込んでおり、先進国中の物流に干渉し、品を乗せる最大手という存在でもある。
金融国家としても名を馳せ、そのシステムは四か国中で最も進んだ代物だ。
そんな彼らこそが月兎と月亀の戦争の一番の被害者であり、同時に支援者でもあるというのは公然の秘密であろう。
輸出業は打撃を受けるも、その貸し付けた資金は極めて多額であり、どちらの国家も今後数十年は頭が上がらないだろうというのが識者の話であった。
まぁ、その金融システム……金本位制が事実上崩壊しているのだから、今回の魔王介入で一番割りを喰った勢力である事は間違いないだろう。
そんな本来軍事に明るくない彼らがどうやってレッドアイ地方をほぼ掌握したものか。
まだ予測しか出来ないが断定はしない方がいいかと、一番奥の席へと相手側を招いた。
四人掛けのテーブルにはガルンと猫耳幼女とモノクル紳士と自分。
他の月猫側の蜥蜴男ともう一人の猫耳な青年は少し離れた通路で歩哨のように周囲の警戒任務に立っている。
「まずは初めまして。わたしは月猫連合国で政務官を兼任で勤めている者でケーマル・ウィスキーと申す者。こちらは月猫連合国の象徴で在らせられる高猫《マオ》の一族。その末姫でユニ・コーヴァ・メロウ・ウッド様。お目に掛かれて光栄だ。魔王閣下」
紳士はニコニコ笑顔だ。
そして、幼女は目をキラキラさせながら、バルトホルンの持ってきた紅茶とクッキーとパフェに釘付け。
その視線は横の年長者にチラチラ向いており、『食べていい? 食べていい?』と聞いていた。
それに少しだけ溜息を吐いてから、仕方無さそうな困った笑みでこちらに視線が向けられる。
「どうやら我が国の姫様は我慢出来ぬらしい。よろしいだろうか?」
「構わない。こっちが出したものだからな。是非、月兎印の菓子を味わっていってくれ」
パァァァッと顔を耀かせたユニと呼ばれた御姫様らしい幼女がスプーンを片手にアイスクリームを一掬いし。
「ッッ?!!?」
口に運んだ途端、絶句して目を丸くし、物凄い喰い付きようで次々に小さな口でスプーンからパフェを頬張り始めた。
この世界にバニラは無いが、牛乳が手に入るなら大抵の氷菓はアイスクリームの内だろう。
フレーバーは甘い香料の取れる華を使っている為、物凄く高いが……味はかなり良い。
「♪」
それを横目にケーマルと名乗った紳士が瞳を優しく細めた後、真面目な顔でこちらに向き合う。
「さて、そちらのお嬢さんが魔王の筆頭秘書官であるガルン殿かな?」
「イエス」
「我々の事をご存知ならば、まずは魔王閣下にお教えしておいてはどうだろうか? 我が方から自己紹介されるよりはいいと思うのだが」
こちらに視線を向けたガルンに頷く。
魔術は一応切ってある。
脳裏で会話しながらになると表情がおざなりになる事もあるし、そもそも盗聴の危険もある。
交渉しながら使うのは今の状況では無理があった。
敵魔術の無力化をやりながら自分達だけ脳裏で話し合うのでは相手への印象もかなり違うだろうから、適当な対応と言える。
「こほん。では、失礼して……セニカ様、この方はケーマル・ウィスキー
「兼任て言ってたが、もう片方は……そういう事か。重商主義国家の首魁ってわけだ」
「ははは、そのような大した者ではありませんよ。単なる数字が好きなオジサンというだけなので」
その言い様はまるでパンの国の中隊長を思い起こさせて、僅かに内心が渋くなる。
自分を謙遜出来る者。
淡々と本音で
己の限界を知るからこそ、その能力の最大値を叩き出す事に躊躇も余念も無い相手を前にしては単なるチート魔王様では本質的に分が悪かった。
「それは謙遜……ケーマル・ウィスキー。年齢48歳。祖国は影域の【終天の獏国】。母親は月猫貴族の生まれで政略結婚で地方の諸国に嫁いだ。父親は当時、【帰天の麒麟国】と共に大型通商政策を推進した耳無しの大豪商。幼い時に父親が病死した後、母親に付いて月猫に戻ってからは実家が没落していたので苦学生。でも、一際優秀だった事から、月猫の最高学府である月猫貴商大学校を次席で卒業。その後、通商府に入った同期達を数年で追い抜いて、次々に影域との大型通商条約の成立に貢献。新型経済政策を幾つも長年に渡って建議し続け、通り名は
聞いているだけでゲッソリしたのは言うまでも無い。
自分のような遺跡の力アリアリで前提を引っくり返すタイプな人間には一番相性が悪い相手。
それはつまり目の前のような素質があり、努力をし、経験を積んだ、普通の優秀で老獪な一般人なのだ。
「ああ、他人に自分の経歴を話されるというのはこれはこれで恥ずかしいな」
紅茶を何の躊躇も無く飲む姿は正しく貴族という典雅さがある。
オッサンなのだが、画になる。
正しく、英雄というのはこういう人物なのかもしれない。
そして、それが武を使わないというのなら、そちらの方が自分には余程怖ろしい。
「そちらの方は過猫種《ビースト》の血統の中でも最も旧いって言われてる高猫《マオ》の一族。その八女ユニ・コーヴァ・メロウ・ウッド様。高猫の家系は連合国の成り立ちと密接に関わってる一族で前文明から生き残った種族だって言われてる。連合国は元々が昇華の地の過猫種達の部族が寄り集まって出来た経緯がある。その纏め役が高猫の家系。連合成立期には皇帝や王族を名乗るに相応しいって言われてたけど、これを一族は固辞。その代わり、各部族から平等に選出した優秀な人材の中から多数決の話し合いで指導者を決める制度を提案した。それ以来、高猫の一族は高貴な身分、貴族の象徴として君臨してるけど、実権は全て貴族院が握ってる。ただし、高猫の血統には必ず1世代に1人か2人くらい特別な力を持って生まれてくる子がいて、その人は御子と呼ばれる」
「御子? 神様でも祀るのか?」
「違う……御子は老齢になって力を失うまで、一切神殿から離れて暮らすから」
「どういう事だ?」
「御子の持つ特別な力は未来を見るものだと一般的には知られてて、詳しくは分からないけれど、必ず間違わずに国家を導けるって話」
「未来予知か」
「そう。だけど、御子は神様の力を得るとその能力が消えるとされ、御隣の月蝶とは違って、月猫では神殿が必ず街の隅に置かれてたりするみたい。その関係で微妙に神殿との折り合いが悪い。ただ、その代わりに寄付額だけは多いから一番神殿の人が裕福だったりするって本に書いてあった」
「為になる雑学ありがとう」
「どういたしまして」
「それで御子同伴の数字の哲人とやらがレッドアイ制圧のご報告をしてくるって事はどういう状況だと思う?」
ガルンが俯いて目を細めた。
「……未来を見て、この状況が一番自分達にとって都合が良いと判断して此処にいる、と思う」
パチパチと軽くケーマルが拍手する。
「素晴らしい。状況判断はしっかりとしているようで安心しました」
その口ぶりはしっかりしてなかったら、漬け込む気満々でしたとも聞える。
これ以上は人見知りな秘書に話させるのも酷かと会話を引き継いだ。
「で、ケーマル大臣。オレ達とどんな件について、どんな交渉をするつもりなんだ?」
「お分かりにならない?」
「早とちりしても困るからな。正式な書面。もしくは口頭での明確な説明を求めさせて貰いたい」
「分かりました。では、これを」
ケーマルが未だパフェに夢中な幼女を横にして席に置いていた鞄から少し厚めの書類の束を取り出し、こちらにそのまま渡す。
「拝見させてもらおう」
それの表紙には冗談でも何でもなく。
クッソ丁寧な小難しい書体でこう書かれてあった。
―――魔王軍-宛て-降伏勧告状-発-月猫大本営-。
「………つまり、貴国と戦争状態である反乱軍に降伏を勧告しに来た、と」
ガルンなどはその慇懃無礼な文面に思わず噴出しそうになった後、大きく息を吸って吐いてを繰り返してから、書類の続きをペラペラと捲りながらかなり眉間に皺を寄せる。
「そうなるかな。いや、宣戦布告が遅くなってしまった。御子様と一緒に月亀の名物廻りをしていたらついつい……」
そのオッサンの笑みに『実際、名物廻りをしたんだろうな』という感想を抱く。
こういう物凄く真面目に見えてふざけられる人物は大抵、
「条件は?」
「こっちに載ってる」
こちらの言葉にガルンが呟く。
「条件付降伏を認める。軍は解散。月兎と月亀の皇族と王族による再統治。というか……これ本当に降伏勧告? 月猫に対する条件がフラウ皇女殿下を月猫に成人するまで留学させるってなってる」
内容をペラペラ捲って読んでみれば、正しくその通り。
月猫側からの要求はそれだけ。
他は月兎と月亀に今までのような統治を返せという一文で足りるような事柄しか書かれていなかった。
「………随分とオレの予定を崩す為の条件が書かれてあるな」
「予定?」
「ああ、色々あるって言ったろ。オレがお前にも教えてないような事が大部分予測されて、対策立てられてるなこりゃ……そこのユニ、だったか?」
「?」
パフェをようやく食べ終えたらしい口元を白く染めた少女に視線を向ける。
「オレの求める未来が見えたのか?」
「……いろいろみえた-」
「面白いな。じゃあ、オレと勝負してみるか?」
「しょうぶ?」
首を傾げる幼女を前に懐から月亀の金貨を一枚取り出してみせる。
「コインを投げて手の上に落として蓋をする。それで表側の柄を当てる勝負だ。もし、オレが負けたら、条件付降伏を
「セニカ様?!」
さすがに驚いた様子になるガルン。
それはケーマルも同じだった。
「いいけど……」
「けど?」
その光沢のある耳がヒコヒコと動く。
「ゆにがまけたら、なにをかけたらいーい?」
「ユニ様。それは……」
思わず諌めようとしたケーマルにその幼女の特異な瞳が向けられる。
「―――分かりました。口出しは致しません」
すると、紳士はまるで従順な僕の如く、それだけで納得した様子となった。
「じゃあ、オレの……まぁ、いい。ユニ・コーヴァ・メロウ・ウッドの身柄を預かろう。じゃあ、十秒後に開始だ。ガルン、ゆっくりでいい。数えてくれ」
「イ、イエス……ッ」
そうして、数字が読み上げられるのを互いに見つめあいながら待つ。
ユニはまるで怖じける様子も無かったが、こちらを見つめている最中は常に何やらソワソワしていた。
こちらも相手の能力が如何程かを量る丁度良い機会だと思考を加速し、
すると、途端だった。
目の前の幼女がフシュウッと湯気でも上げそうな様子で顔を紅くして熱っぽく息を吐いた。
それにケーマルが思わず手を出し掛けたが、その手が幼女当人の手によって止められる。
そうして、10とガルンが呟いたと同時。
袖の内部から十枚の金貨を一斉に上空へと勢いのままに放り投げ、すぐに虚空で素早く手に取りながら、手の甲の上に積んだ。
一瞬の出来事だ。
しかし、その複数の煌きにケーマルも気付いただろう。
「じゃあ、計十枚。当てっこといこうか」
「……いいよ~」
「月亀の金貨は全て表が甲羅の柄で裏が1の数字だ。最初は?」
「こうらー」
手の甲の上にある金貨のタワーが露わになれば、確かに甲羅の柄だった。
「次は?」
「いち~」
次も金貨を一枚取ると正解していた。
そうして、四枚目までは的中。
しかし、五枚目。
「いち~」
「残念。甲羅だ」
そのままハズレが続いて最後の一枚が二枚目に隠されている状態となった。
「最後の一枚は?」
「……こうら?」
一枚目の柄は1だった。
「オレの勝ちだな」
「まけた~~どーしたの? けーまる」
「………」
物凄く面倒事になったと言わんばかりな紳士の深い溜息だった。
「それにしても四割的中させるのか……オレとの
「?」
ガルンが首を傾げる。
「どういう事? セニカ様」
「ああ、単純にユニの能力はオレに一部肉薄するかもしれないって事だ」
「オレの能力?」
「ああ、オレも未来予知みたいな事が出来る。ただし、予知じゃなくて予測だが」
「予測?」
「こういう予測予知能力ってのは互いに持ってると大抵、処理速度の問題になる。つまり、オレが予測した未来に向けて行動するって未来を相手が予測するって未来を更に予測……みたいな、予測合戦で大量の未来を予測した方が勝つ。で、さっきの十秒でオレは数百通りくらいの未来を強引に予測した。ついで行動も数百通り程、予定して行動に移せるようにした。で、あっちも恐らくオレの予測した行動を更に予測した。これで予測合戦の開始だ。例えば、オレの動きを全て予測出来れば、ユニの勝ちだっただろう。でも、数百通りを予測する時間が10秒じゃ短いだろ? 何処かで予測を切り上げないと次の予測に向かえない。さっき紅くなってたのは強引に予測しようとして時間が足りなくなって頭が疲れたんだろ?」
「………」
ケーマルがこちらの言葉を唖然として聞いていた。
さすがに種は明かせないのだろうユニがフゥと溜息を吐く。
「でも、結局、未来は一つだ。その瞬間を作るのはオレだった。一瞬の内に数百通り数千通りの金貨の積み方が出来る状態のオレの動きを予測し切るのは予測合戦中じゃ不可能だよな? 一番可能性が高い未来が互いに見えてたら、低い未来に向かうかもしれない。そして、低い未来に向かうという予測から今度は別の未来に向かうかもしれないってな具合に未来が変動する。そうやって予測の変化を煽ってやれば、最終的にオレが金貨を積み終わる時間切れの瞬間の未来まで予測は変動したままだ。だが、オレは実際に予測が変動しても最後まで積み切らなきゃならない。最後の瞬間までオレが積み方をランダムに違うものとしてたら、相手はオレ以上の予測能力が無い限りお手上げだ」
「……まおー、すごい!!」
何故か幼女が目をキラキラさせて、こちらを見ていた。
「じゃあ、今日一日、魔王印の宿にご案内しよう。この数日で内装変えてスタッフ集め終えたばかりなんだ。色々と即席で教育させたが、まだ客を取った事が無くてな。悪いが泊まってくれるかな? ケーマル大臣」
「……ああ、そうしよう。約束は守らねば、な」
「ありがとう。けーまる♪」
「いえ、我が身の非才と努力の不足を嘆くばかりで……すみません。ユニ様」
「?」
どうやらファーストコンタクトは上々の成果らしい。
だが、更に念押ししておくのも悪くないだろう。
交渉はしない。
道理を蹴飛ばして屁理屈と合理性と実力で押し通す。
それがいつの間にか出来ていた魔王の流儀だ。
小突かれたら、全力でド付き返すスタイル。
ついでに札束で頬を殴り倒すような方法論だからこそ、相手もまたこちらの話に耳を傾ける。
もう一押し。
そう思えば、渇いた口に水を一口でまだまだ舌は百万言も動きそうだった。