ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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間奏「その夕暮れ時の事Ⅱ」

 

『ミスター。ミスター・コーヴァ……貴方は確かに素晴らしい叡智を掴んだ研究者かもしれないが、私は今……非常に訝しい思いをしている。どうして、貴方が私の研究に興味を持っているのかと。確かに()()から紹介されはしたが、貴方と私の研究分野は星と星の間程も隔てられたものだ。どうして貴方の分野では一介の素人でしかない私に意見を?』

 

『あー、そうだね。うん……君の言う事は最もだ。ミスターK……』

 

『済まないが、その呼び名は好きではない。()()が勝手に付けたあだ名のようなものでね』

 

『そうか。では、エイシと呼ばせてもらって良いかな?』

『ああ、それなら構わない』

 

『では、エイシ。君の疑問に対する回答をしようか。確かに君の免疫研究はあくまで人体探求の一分野であって、僕のAIによる未来予測研究……表面的にはプログラミングと予測モデルの構築にまったく関係がない』

 

『では、この出会いにはどのような意味があるんだろうか? ミスター・コーヴァ……』

 

『最もな疑問だ。だが、それは表面的と言っただろう。実際には繋がっているんだ。どのような分野の研究だろうと本質的な問題は常に一つだ。君の国の刀と僕の国のロングソードが同じ刃であるように。君の研究も僕の研究も大局的な観点では大いなる一つの回答を形作る小さなパーツに過ぎない』

 

『中々に抽象的な表現だな』

 

『失敬。だが、ソレを顕す学問が多過ぎる以上、僕と君の研究は天秤の端と端にあるようにも思えるだろうが、実際には()()の探求の一つなんだ』

 

『世界?』

 

『君の研究は私の研究において重要な基礎を築いてくれるものだと今の私は確信している』

 

『……浅学の身で済まないが、具体的にはどのような関係が?』

 

『私のAIによる未来予測研究はシンギュラリティーに関わるものとされる。この単語を聞いた事くらいはあるだろう?』

 

『機械が人を超える日、だったかな』

 

『そうだ。それに深く関わるものだ。そして、私はAIというものを深く探求する事は人間を探求する事だと知った』

 

『……君の研究するAIが人間以上の知性を必要とするからか?』

 

『能力的に一部分はそうだが、人間以上の知性は要らない。高度な未来予測においては特に処理能力の高さというようなもの一定以上は本質的に意味が無いんだ』

 

『意味が無い? 素人目にはより処理能力の大きいシステムを使うAIの方が正確に正しい未来を予測出来るよう思えるが……』

 

『ふむ。普通の人間はそう考える。だが、世界最高の処理速度を持つコンピューターが世界で一番利用されるコンピューターではないというのは、君の国のスーパーコンピューターを見れば、一目瞭然だ』

 

『……言いたい事は何となく理解出来る……』

 

『スパコンを幾ら早くしても処理速度をどれだけ上げても、未来予測の精度というものは大きく向上したりはしない。それは現実の辿る未来のルートを検索しているに過ぎず。しかも、そのルートは既存の情報上から延ばせる未来までしか発見出来ないからだ。それよりは未来予測のモデル。各分野毎に必要なソレの確度と精度を上げた方がまだマシだろう』

 

『………』

 

『例え話にしようか。君の国の気象衛星と南国の漁師の長が明日の天気を予測する勝負をしたら、気象衛星は大まかにしか予測出来ず。漁師の長が勝つというのが未来予測における一つの結果であり、勝敗だ。どれだけ観測しても、世界の観測には限界があり、その観測による経験則を長年蓄積してきた人間の方に軍配が上がる事もある』

 

『今の科学の進歩は観測機器の精度と得られる情報量を大幅に上げたかと思うが……』

 

『此処で私の本題が関わってくる。君は未来予測を行うAIのプラグラミングにおいて、どのような言語を使うべきだと思う?』

 

『それはええと……プログラミング言語についての事かな?』

 

『ああ、この世の中には多数のプログラミング言語が存在する。私はその中でも自然言語によるプログラミングを模索する研究者だ』

 

『自然言語……つまり、我々人間が話す言語という事かな?』

 

『そうだ。今まで機械は我々の言語の曖昧さを汲み取れずに処理出来ないのが当然だった』

 

『そうなのか?』

 

『ああ、そうだ。しかし、近年実用化されつつある高キュービット量子コンピューター。つまり、世界最先端の叡智の結晶がそもそも0と1ではなく曖昧なものを処理している事に我々は目を付けた』

 

『それが今の私とどう関わってくるのか。話を続けてくれ』

 

『そうしよう。我々は数千種類もあるだろうプログラミング言語の中でもほぼ世界で初めてと言っていい独自の自然言語による代物を発明した。自然量子プログラミング言語の歴史への登場だ』

 

『それは……快挙と言っていいのは何となく分かる』

 

『ああ、そうだよ。快挙なんだ。だが、我々のソレは未完成でね』

 

『未完成?』

 

『言語学者、プログラマ、古語を専門とする文化人類学者、象形文字の研究者、色々と話し合ってはみたんだ。けれども、中々にして完成させる為のパーツが見つからない。だが、此処で古代言語の研究者が“とある古代文明”の文字と関数と言語の分析を行った論文を持ち出してきた。そして、何とソレが我々のプログラミング言語において極めて重要な要素である事が判明した』

 

『極めて幸運な出来事だったんだろうか?』

 

『そうも言える。しかしね。此処で我々はその重要なパーツにも抜けがある事に気付いたんだ』

 

『抜け?』

 

『ああ、その古代言語には失われた部分が多かった。しかし、それを再構成、再構築する手段を我々は彼らの文明の一部から見出す事に成功した』

 

『おめでとうと言うべきかな……』

 

『どうかな……彼らは独自の言語を生み出す際、その方法として人間を用いた。それは極めて残酷な方法であったが、当時にしてみても恐ろしい程の技術……いや、この時代よりも遥か先を行くような方法論を確立していた。彼らは言葉は頭に宿ると考えていた。だから、頭を覗けば、言葉が見つかると考えた。そして、それを形にする為の道具も揃えていた……文明の礎となる為に彼らは多くの同胞からオーパーツと呼ぶしかない()()()()()()を駆使し、言語を抽出し、恐ろしい程の技術力を持って、世界に君臨したという……』

 

『………それで?』

 

『君はどうして私が顔以外をカメラで見せていないのか疑問に思うかもしれない。だが、その理由を今からお見せしよう。引いてくれ』

 

『………ッ?!』

 

『これが私の現在の姿だ。彼らの言語を抽出する為に彼らが遺した機構を使った。それに微塵も後悔は無いが、体が遺物の混入に抵抗を示した結果……今や人体の43%が壊死、15%が腐り掛け、残りは彼らの遺物たる()に生かされている哀れな死にぞこないだ』

 

『―――ミスター。ミスター・コーヴァ……君はまだ人間なのか?』

 

『頭部を透明な頭蓋に覆われ、脳へと食い込む成長するネジに文字通りの頭脳を締め上げられ、彼らの言語を吐き出し、棺の器具で肉体を縫い止められた。そんな人間だとも……私が化け物ならば、まだ良かったのだろうが、生憎と未だ母親のボルシチが好きな事は変わらない。ミスターK……彼らの技術力は素晴らしいものがあった。だが、それでも人間一人を生かすのには限界もあった。そして、その限界というのが、人の免疫なのだよ』

 

『………』

 

『後少しだ。後少しなんだ。私はその後は死んでも構わない。だが、それまでの時間が足りない。君が全うな研究者だった事は知っている。その倫理も尊重したい。だが、君はこちらに片足を突っ込んだ。君は()()と言ったが、今や君もまたその一人である事を自覚するんだ。()()()()K()

 

『………私の研究は提供しよう。それでいいかな……』

 

『ありがとう。ならば、私も君に協力しよう。我々が生み出した自然量子プログラミング言語はやがて世界最高の量子コンピューターに用いられる事になるだろう。いつでも君達に力を貸そう……仕様を見たが、アレは未来を予知する為の機械であり、我々のAIにとって必要不可欠な代物となるだろう……君達の研究にも大いに役立つはずだ。バックドアくらいなら構わんよ。こっそり、一緒に使おうじゃないか。オイオイ、そんなに笑うなよ君達』

 

『……貴方が人間だと認めよう。ミスター・コーヴァ』

 

『何、よいのさ……それは当然の反応だ。この世で最も自国の民を粛清した男に憧れるような親を持った手前、こうして人類に貢献したいと願うのは私の存在意義のようなものでね……今日は此処までにしよう。では、後日』

 

『ああ、君の生存を祈るよ』

『父さん?』

 

 テレビに向かっていた父の背中。

 映画でも見ていたのだろうか。

 消された映像にはホラー映画が映っていたような気もした

 

『さて、今日は夕飯を近場のホテルで摂る事にしよう』

『急にどうしたの?』

『そうしたい気分なんだ。息子よ』

『??』

『ささ、着替えた着替えた。母さんにはテイクアウトだな』

『今日って記念日か何か?』

『実は父さんと母さんが初めて出会った日なんだ。嘘だが』

『……嘘なんだ……』

 

『まぁ、いいじゃないか。ホテルで食った後は……ああ、そう言えば、新しいゲーム機が数日前に出たんだったか。一緒に買ってきてやろうじゃないか!!』

 

『い、いいけど……』

『今日はそうしたい気分なんだ。是非、付き合ってくれ。息子よ』

『分かった……了解』

 

 暮れ始めた世界にスーツは何処だと慌てる声が響く。

 

 どうやらディナーは遅くなりそうだった。


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