ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第195話「ニートと秘書子の愉快な戦略講座Ⅱ」

 

「我々の目的は―――」

 

「魔王からの解放で虐殺じゃない。だが、軍の維持には金が掛かる。金《きん》での支払いだって、いつまでも続けられない。お前らのやってる事を手伝った周辺国がずっと気付かないままだとでも? 時間はオレの味方だ。時間が経てば、お前らの進退は窮まる。そして、オレはその間に幾らでもお前らの国家を軍以外の手段で攻撃する用意がある」

 

 ケーマルが続けようとしたところで遮る。

 不快そうな顔はしなかったものの。

 明らかにペースを握られるのを嫌ったか。

 

「それで我々がどうにかなると?」

 

 返しの言葉は大国だからこそ言えるものだった。

 

「ふ、なら、好きなだけ味わうがいいさ。魔王の地獄のフルコースってやつをな……」

 

「地獄……」

 

 ケーマルが薄らと堅い顔になる。

 

 この世界における神殿が説く天国や地獄というのは過去のものと大差無い。

 

 悪い事をしたら、地獄に行きますよと神殿のシスター連中が子供に語るくらいにはポピュラーな話だ。

 

 だが、それを語るのが魔王ならば、それは限りなく真実味のある現実だろう。

 

「経済、軍事、政治、生活、福祉、物流、文化、貿易、どんな分野の嫌がらせが望みだ? オレが今、魔術で一報を入れれば、その瞬間から明日仕事を失くす奴、今日首を括らなきゃならなくなる奴、不満を爆発させてクーデターを起こす奴、色々取り揃えてるぞ?」

 

「我が国の中にも?」

 

 その言葉に頷く。

 

「勿論だ。人間の最たる愚かは人の不幸が蜜の味であるという性質だとオレは思う。オレが崩した分野に群がる連中がどれだけお前らのような裕福過ぎる国家を憎悪しているものか。自分達の立場くらいは理解しているだろう?」

 

「まぁ、それなりには……」

 

 金融の権化。

 

 そんな月猫は過去の大戦期における英国にも似て、二枚舌三枚舌上等の国情だ。

 

 影域では表彰される程の相手とはいえ。

 

 それでも祖国が裏ではえげつない取引をして他国から恨み半分に恐れられているというのは大臣の地位に付いて他国との取引をする者だからこそ、身に染みているだろう。

 

「オレはただ最初の一押しをするだけで良かったりする。根本的にオレは粗探しが好きだ。それが無いなら創るのも吝かじゃない。そうだな。例えば、お前らみたいな金余りで死に掛けの輸出と金融に秀でた国家相手なら……」

 

 男の瞳が細められる。

 

「いっそ、お前らと同じ金融国家を“昇華の地”に興してみるのはどうだ? 国民は難民主体にして、月亀と月兎から忌地扱いになったあの決戦場辺りに新興の国際金融街を創るんだ」

 

「?!」

 

「オレの肝入りでお前らよりも優秀な経済システムを導入。ついでに金を無限に()()()()()()()使()()()()()に換金してやる場所を設置。オレが死んだとしても、オレが創ったものやオレが他人の権威を使って生み出したものは残り続けるからな。それらとの取引を続けられるとなれば、そこを使おうとする連中は多いだろう。月猫が今現在のオレが持つ技術や知識や構築出来るシステムを超えられない限り、延々と独壇場だった分野で得られたはずの利益を掠め取っていく輩が出来るって事だ。独占が崩れたら、その分野における没落は必至だよなぁ?」

 

「―――それは本当に遠慮願いたい未来だ」

 

 ケーマルも今の発言のヤバさが分かったのだろう。

 さすがに口を挟んできた。

 一旦出来たものはそう簡単に失くならない。

 それが他者にとって利益になる事物ならば尚更だ。

 

 戦争やらに比べれば地味な話だが、それでも十分にインパクトがある。

 

 自分達のメシの種を荒らされるという事は月猫にとっての生命線が常に脅かされるという事。

 

 こちらを排除しても、息の掛かった組織、集団、国家、システムが決して終わりなく彼らを圧迫するとなれば、それはもう呪いに等しい。

 

『黙れ。魔王』

 

 首筋に背後から、刃がヒタリと当たった。

 席の周囲に立っていた蜥蜴男。

 そして、猫耳の青年。

 上半身裸。

 

 軽い民族衣装らしき色彩豊かな編み込みの飾りが美しい。

 

 軽装の羽織を着た彼。

 

 二人の男の剣はしっかりと首筋から0.1mmの地点で止まっていた。

 

「大臣。この口達者に何を言っても無駄です。責任はこの僕が取る。決断を」

 

「姫様のお顔を隠して頂けませんか? ケーマル殿」

 

 青年はやる気らしい。

 蜥蜴男も本気だ。

 それは後からの殺気で分かっていた。

 ガルンなどはそれを驚いた様子で……見ていたりはしない。

 さすが、慣れてきたらしい。

 肩が竦められていた。

 こうなるくらいに脅し過ぎだと思ったのは間違いない。

 もう薄いアイスコーヒーが縦長のタンブラーから煽られた。

 カランと氷が鳴って、水滴が地図に落ちて染みとなる。

 

「はぷともれーめも、めーよ?」

 

 何故か。

 

 プクッと頬を膨らませたユニがこちらの後を半眼で見ていた。

 

「ユニ様。残念ですが、この男は危険過ぎる。交渉の余地は……」

 

 と言ったところでユニがそっとテーブル越しに背伸びをして、首筋の刃に触れようとし、サッと二つの刃が万が一があってはならないと引っ込められる。

 

「姫様。何を―――」

「姫様。危ないですよっ」

 

 青年も蜥蜴男も驚いた様子になっていた。

 

「……()()()()()()()()。だから、めー」

 

「「!?」」

 

 後の二人がどうやら悟ったらしく。

 刃を迷わせる。

 

「二人とも、此処には交渉に来たんだ。その物騒なものは収めてくれるか?」

 

 目の前の男は笑みを浮かべて、首を横に振った。

 

「……大臣。しかし、それでは……」

「ケーマル殿。ですが……」

 

「我らがユニ様の御墨付きだ。閣下は殺せないよ。そこのお嬢さんの方が君達よりもずっと冷静だぞ」

 

 ガルンが話を振られてから、視線を横に逸らす。

 

 だって、この人がそれで死ぬんだったら、もっと前に死んでるという感想が雰囲気から駄々漏れだった。

 

 まぁ、今まで百万の軍だの、国家最高戦力だの、神様四柱だの、色々な連中と戦ってきたのだ。

 

 そうもなるだろう。

 

 心配してくれなくなったのはこちらを理解してくれている証拠だと嬉しく思うべきか、それとも普通に心配してくれるのが人情だろうと悲しむべきか、微妙な心地となった。

 

「降ろしたまえ」

「済みません。大臣、姫様」

「失礼しました」

 

 ようやく殺気が治まる。

 

「非礼を詫びよう」

 

 ケーマルが頭を下げてくる。

 

「詫びる非礼があるとも思えないな。オレに対する非礼ってのはそういう事じゃない。単純にオレじゃない誰かを人質に取るとか。そういうのだ」

 

「今のは危険にも入らないと?」

 

「お前らが国家の為に横の秘書や軍以外の協力者を狙うようなのなら、そもそもさっきので死んでる」

 

「ははは、冗談……ではないのだろう事は分かりました」

 

「勿論、本気だ。まぁ、色々と話したが、明日までに答えをくれ。それまではゆっくりしてるといいさ。ところでフラウとは知り合いなのか? ユニ姫、でいいかな?」

 

「ゆにでいいよ~」

 

 ぽやんとした幼女がそうニコニコする。

 

「じゃあ、ユニ。フラウとは友達なのか?」

 

「うん!! まえにおたんじょうびかいでいっしょにおうたきいたの!!」

 

「そっか。じゃあ、そろそろあっちの階段上で心配そうにしてるあいつに挨拶でもしてきてくれ。好きなだけ話すといい。終わったら、宿に案内しよう」

 

「は~い」

 

 席から降りると嬉しそうにユニが階段のある方へと駆けていく。

 

 それに慌てて、後の蜥蜴男と青年が付いていった。

 

 未だ座ったままのケーマルが出されて手を付けられていなかったパフェ。

 

 いや、パフェの溶けたドリンク状のシェイクに口を付ける。

 

「おぉ!? これは凄い……魔王が美食家との話は本当のようだ」

 

「どうだかな。これを美食じゃなく普通にするのがオレの今の目標の一つだ」

 

 こちらを先程までとは違って静かな瞳で……本当に純粋な疑問を訊ねるように男が見やる。

 

「魔王は詐術や奇術を使う詐欺師で人を取り込む事に掛けては一流との噂はどうやら本当だったようだ。だが、一つ腑に落ちない事がある。訊ねてもいいだろうか? 閣下」

 

「ああ、いいぞ」

 

「楽をする為と言いながらも、人を心底に気に掛ける。人を肥料してやると言いながら、人に何よりも価値を置く。その考えは矛盾しているのではないかな?」

 

「オレの基準が普通の人間とは少し違うってだけだ。それにオレはどっちも本音として言ってる。やりたくなくても、必要があるなら、そうするしかないなら、オレはそうする。だが、その時にどれだけの負担がオレに掛かると思う?」

 

「負担?」

 

「オレは誰かに恨まれたりするのは最低限にしておきたい性質だ。だから、こうして策も弄するし、お前みたいな男を前にして恐ろしくも感じる。不安を解消する為にあらゆる準備を惜しまないし、人間だって大切にする」

 

 こちらの言葉をどう受け取ったものか。

 ケーマルは真顔でこちらを覗き込む。

 

 だが、真実そうとしか思っていないのだから、観察眼に長けていれば、相手も嘘だとは思うまい。

 

 まぁ、魔王に騙されていると思ったとしても、自身の目で見た事を優先して判断基準にするのが人間というやつだ。

 

 これをヤバい人物の演出と取るか、本心と見るか。

 

 どちらでも相手のこちらへの評価を迷わせるという点では有効な会話だ。

 

 魔王の人物象がブレれば、それだけこちらに対処しようとする者も困る。

 

お人好し(ボソ)

 

 何故か、横から秘書の呆れた声が呟かれる。

 

「何か言ったか?」

「ノウ。今から宿に行って準備してくる」

 

 ガルンが席を立つといつの間にかパフェを平らげた様子で空の器を背に玄関先から出て行った。

 

「さて、全員いなくなったところでようやく本題が聞けそうだな」

 

「本題?」

 

「ああ、オレだって馬鹿じゃない。この時期にオレの居場所まで一直線に辿り着いた事といい。迅速なレッドアイの制圧といい。軍事に疎い月猫が予知だけを頼りに何もかも画策したと見るのは無理があるだろう。お前らを動かしたのは誰だ?」

 

「………ふ、お見通しか。今ならばと。そう考えていたが、どうやらこの氷菓並みに我々月猫は甘かったようだ……お教えしよう……月蝶だ」

 

「やはりか」

「気付いていたのか?」

 

「そんな事だろうと思ったってだけだ。数日前に神様連中と会合してたんだ。どうせ、何か神殿連中が仕掛けて来るだろうと思ってた」

 

【いや、まったく、君は面白いな。この男を説き伏せるとは】

 

 今の今まで後の席で厨房からくすねて来たのだろうパフェを食っていた四足の偽ギリシア神。

 

 大邪神らしいパーン(本名日本人)が微妙にこの数日で馴れ馴れしくなった様子でスプーンをクルクルと手の上で器用に回しながら肩を竦める。

 

 その反対側の男達が立っていた横の席では()()()()()()女神(タミエル)が浮遊甲冑も無い素のちょっと太腿から臀部までハイレグなエロティック剥き出し衣装で未だ階段のすぐ手前で待っている蜥蜴男と青年を睨んでいた。

 

 四人掛けの席には他にも神様が集合している。

 

 アザゼルがパフェを食べながら、こちらから視線を逸らして、マスティマは珈琲を静かに嗜み、アラキバは紅茶に大量の砂糖を投下してはゆっくりと流し込んでいる。

 

 無論、自分以外には見えていない。

 あの会合の後。

 上層部連中からの直接アプローチが無く。

 また、タミエル達への帰還命令も出ず。

 

 四柱はそのメンバーズと呼ばれる委員会分派のアカウントから本体を追い出され、物理ストレージとして、その肉体のみに意識を囚われた。

 

 その在り様は言うならば、体持つ機械知性そのものだ。

 

 どうして存在を情報事消されなかったのかは分からないが、危険は無さそうという事で今は四人のまとめ役であるタミエルの強い意向から人間に知覚出来ない存在として護衛に付いてもらっていた。

 

【フン。御子様を差し置いて御子を名乗るとは不遜な。今からあの者達を分解してきましょうか?】

 

「止めろ」

「?」

 

 目の前の相手から怪訝な顔をされる。

 

【……これが美味いって事……なのかな】

 

 現在、翼を消したアザゼルは出会った時の激情が嘘のようにナイーブな様子で大人しく甘味を突いていた。

 

【ああ、こういう文化を知らないのは人生かなり損してたんじゃなぁ。ワシら】

 

 染み染みと法衣の老人マスティマは珈琲を口にしながら清ました顔。

 

【生身の栄養補給に『高資源(ハイ・リソース)』など無駄だと思っていたが、どうして中々……】

 

 今もツナギ姿のラテン系オヤジなアラキバが紅茶の分子組成でも思い浮かべていそうな冷静過ぎる表情でジッと解ける砂糖を見つめている。

 

「良かったな。分解されなくて」

「?」

「こっちの話だ」

 

『閣下。ユニ様と宿で一緒に話したいのだが、良いだろうか?』

 

 フラウが降りてきながら、こちらに声を掛けてくる。

 その顔は此処に来た時よりも随分と嬉しそうだ。

 

「ああ、好きにしろ。じゃあ、出発しようか」

 

【行くぞ。御子様に続け】

【はいはい……】

【まったく、現金なもんじゃのう】

 

【NV内環境の改善に紅茶の抽出装置を入れれば、生存率が上がるかもしれんな……】

 

 パーンが最後のパフェを席に置いてカポカポと歩き始め。

 

 全員がその一つの席に置かれた……空となったパフェ容器の山を発見し、目を丸くしていた。

 

 旅は道連れ、世は情け。

 

 そんな結果になるのではないかと予測するまでもなく心の何処かが感じている。

 

 それが明らかとなるのは翌日の朝。

 

『しばし、ご同行してもよろしいかな? 閣下』

 

 そうケーマルが毅然として太々しく言い放ったのは夜に話し込んでいた皇女殿下と御子姫が朝食時に寝坊してやってきた時間帯の事であった。


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