ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第197話「宣戦布告」

 

 巨大な蜘蛛の足の如く。

 あらゆる角度から突き出されたマイクの柄は銀脚。

 ガスマスクに漆黒の制服。

 

 勲章が五万と飾るパッド入りの肩が極彩色にライトを照り返し。

 

 全ての者へ語り掛けるように演台の上で役者が一人、演説を始める。

 

 まるでモノクローム。

 その誰かの背後。

 巨大な意匠がある。

 

 円環の中に三本の線がどんな意味を持つのか意図的に置かれ、その上に塗り潰すような傷跡、四本の赤い亀裂の形が入れられている。

 

 セピア色の輪郭がまるで錯覚のように濃淡を表現し、その人物は四十四口径の輪転弾倉式な象撃ち用の長物《ブツ》を片手で自らの頭部へ押し付けていた。

 

『我々は天国だって見下した』

 

 声が、上がる。

 

『運命の輪は絞首刑の縄と何が違うと言うんだ』

 

 その声はくぐもっていたが、若い。

 

『踊れ踊れと急かされて』

 

 ガスマスクの紅のガラスは内部を見透かさない。

 

『夢よ華よと育てられ』

 

 カチリと引き金が引かれる。

 

『だが、何一つとして我々は手に入れられない』

 

 カチリと引き金が引かれる。

 

『革命とあなたの為の歌に違いがあると言うのか』

 

 カチリと引き金が引かれる。

 

『せせら笑うお前達』

 

 カチリと引き金が引かれる。

 

『誰が世界に君臨しても、等しく終わりはやってきた』

 

 よくよく見てみれば、演台の中央には二つの英文が小さく書き込まれている。

 

『嗤う者に嘆く者』

 

 ユー・ノー?

 

『壊れ掛けた玩具箱の持ち主達』

 

 ワッチング・ユー。

 

『門を叩く者は常に自分に酔った愚か者か?』

 

 カチリと引き金が引かれる。

 

『地に這い蹲る僕達が、我々になった』

 

 ようやく、その銃口がこちらに向けられる。

 

『それは諦めず、始めたからだ』

 

 その悲しげに聞こえる声は嘆息する。

 

『下賤なる高貴なる優勢遺伝の申し子達よ』

 

 今度は撃鉄がわざわざ起こされる。

 

『誰かが辻褄合わせた美談は好きか?』

 

 その声には少しずつ熱が帯びていく。

 

『それはやってやろうという君の言葉か?』

 

 熱は灼熱となり。

 

『それとも君に言わせている運命の言葉か?』

 

 灼熱は怒りとなり。

 

『君は悦んで与えられたものを貪る怪物なのか?』

 

 怒りは激怒となり。

 

『驕れる君よ……僕は歌おう……君達が目を覚ますように』

 

 冷たく、冷たく。

 

『あるいは単なる鉄槌として』

 

 堅い鋼の如く。

 

『さぁ、立ち上がれ……麒麟の戦士達……』

 

 確かな意志を感じさせて。

 

『我々はもう僕達ではないんだ』

 

 静かに研ぎ澄まされていく。

 

『……一度は捨てた命……』

 

 轟音。

 

『この意を執るなら、示してみせろ』

 

 罅割れた映像は消えながらも、声だけは響き。

 

『終わらぬ愛を絶って、世の息の音を止めよ……導者ロート・フランコの名において、全てを許す……全軍、侵攻開始……目標、月蝶枢機国首都ディアコノス』

 

 最後に通信が途切れる際、こう呟きが零された。

 

『敗して尚、我らの牙は折れず。死して尚、反旗を掲げよ!!』

 

 何やら大変な事になっているらしい。

 

 月猫に向かって国境地帯を僅かに超えた時、起こった事は極めて単純だった。

 

 魔術による世界規模の公共放送。

 それが中二病全開なガスマスクの男。

 今まで書面でやり取りしていた麒麟の国の王様。

 

 祖国の政治体制を1夜にして転覆させ、軍事クーデターを成功させた英雄ロート・フランコの演説にして宣戦布告だと言うのだから、何が何やら分からない。

 

 月面地下世界は現在、夕暮れ時を過ぎた程度。

 唖然とした周囲の面々はざわつきまくりだった。

 

 そりゃそうだろう。

 

 自分の頭に拳銃でロシアンルーレットしてるガスマスク男が意味不明な中二病演説をかました挙句に機材を破壊するシーンを目撃させられたのだ。

 

 だが、その中でも様子がおかしいのはチーム神様というのは意外だった。

 

 タミエル率いる面々の顔には其々何やら複雑そうな表情が浮いている。

 

「どうしたんだ?」

 

【は、もう時期が来ていると思いましたもので】

 

 タミエルが答えて、僅かに指で頬を掻いた。

 

「時期?」

 

【それについてはワシから話そうかのう】

 

 マスティマが浮遊しつつ、こちらに近付いてくる。

 

 その途中にいる月猫の大臣と御子連中が不意に周囲をキョロキョロしてから、こちらを凝視する。

 

 どうやら神様の気配のようなものは感じられるらしい。

 

 恐らくは何らかの魔術、コードを感知しているのだろうが、それにしても人間と神格の間にある能力差は知覚出来ないという時点で天地なのがよく分かる。

 

 マスティマがこちらの傍に降りてくると小さく杖を振った。

 

 途端に周囲のガルンを筆頭に月猫突入作戦に連れてきたメンツが()()()

 

 恐らくは脳内の主観的な観測を強制的に止められている。

 

 あまりこういうのはやって欲しくないとは言ってあるのだが、それを分かっていても普通の人間に聞かせられない話らしい。

 

「で、どういう事だ?」

 

【麒麟の国と呼ばれる国にいるあの生命体は本来が我々の生み出したものではないと言えば、分かりますかな?】

 

「……月面……財団絡みか?」

 

【知っておられるようで。委員会において月の開発が決定されたのは我々四人が生まれる遥か以前であるとの事ですが、当時の委員会メンバーが残したレポートに寄れば、()()はどうやらこの過酷な月で生存していた唯一の生命体だったそうで……】

 

 どうやらシンウンに聞いていた話の続きが此処で聞けるらしい。

 

「つまり、人類が滅んで財団の施設はあいつらのパラダイス。あいつらが先住民だった、と?」

 

【……まぁ、有り体に言えば……そして、開発中も延々と戦争をしていたそうです。あの者もまた過去の委員会のメンバー達と同じく。奴らを滅ぼす事が出来なかった。何とかこの恒久界に封じるのが関の山……結果として、次期文明《ポスト・カルチャー》への初期化に巻き込む形で数を減らすという場当たり的な対策をし続けている……今文明で麒麟国と呼ばれる者達の祖先は数文明前からは何処から情報を抜いているのか。初期化前の時期には必ずこうして反乱を起こすのです。その形は我々神格の庇護が最も高い地域を狙うというものになる】

 

「そして、その対策に下っ端のお前達は駆り出されていた、と」

 

【然り】

 

 こちらの会話を聞いていたタミエル達が渋い顔をした。

 どうやら余程に嫌な記憶らしい。

 神にこんな顔をさせるのだから、さぞかし実力があるのだろう。

 

 月兎と月亀の戦争も蓋を開けてみれば、実はその横に神格やこの世界の秘密に触れた者達がいたというのは如何にもありそうな出来事と思えた。

 

「神への反乱……か。当然と言えば、当然だろ。そりゃ、誰だって死にたくはない。だが、一つ聞いていいか?」

 

【何でしょうか?】

 

「真に神に等しいって天才様はどうして麒麟国の連中を滅ぼせない? 魔術があるだろ。この世界の人間とは違って、お前らみたいにコード制限なんて無いはずだ」

 

 微かな沈黙の後。

 老人が語り始める。

 

【……あの蜥蜴達は彼らの管理者であった者達の遺産を受け継いでいる。その遺産の中には彼《か》の天才すら解析不能の力を有す物が幾多あるといいます。それを全て使いこなせるわけではないようですが、それでも奴らの知能は高く。人類を憎悪する性質も変わっておらず。世代を重ねる毎に文明の発展速度は飛躍し、我々も駆除し切れずにいた。それ程の力があるのですよ。あの蜥蜴達は……」

 

「魔術すら届かない連中って事か……」

 

【それどころか。この世界の最初期から数えれば、3柱程完全な形で奴らに滅ぼされた者もおります】

 

「?!」

 

 さすがに驚かざるを得なかった。

 

【……確かに魔術は……量子転写技術《クォンタム・トランスファー・テクノロジー》のコードはシステムの干渉環境下なら万能の力と言っても過言ではない。しかし、それを凌駕する現実もまたこの恒久界には眠っている。彼の天才は己をゲームマスターと戯れに呼び習わせますが、その全能者にイレギュラーと言わしめる者がこの世界には多くこそありませんが、幾らかいます。あの蜥蜴達はそんな者達の一勢力なのです。こちらもまた煮え湯を呑まされてきた。それこそ戦いに敗れ、撤退を余儀無くされた事すら……】

 

 マスティマの言葉に他の三人が物凄く渋い顔をしていた。

 どうやら、過去の余程に忌々しい思い出が蘇ったらしい。

 

「事態は分かった。で、だが……事前に話したオレの計画とオレの行動に奴らは関わってくるか?」

 

【今のところは無いでしょうが、今回は過去とは違ってマスターマシンのブラックボックスが解放されている……恐らく、あちらもまた何かしら情報は得ている可能性が高い】

 

「つまり、月蝶が落ちる前にオレ達がシステムにアタック出来る場所で必要な作業を終えてないと鉢合わせして面倒事か?」

 

 マスティマが大きく頷いた。

 

【パーンは今頃、己の派閥に招集を掛けて、解析と事態の予測結果の精度を上げている頃でしょう。今回はバックアップに就くと自分から言い出した手前、恐らく蜥蜴達の決定的な行動前には連絡を入れてくるかと】

 

 あの邪神と神格の会合現場において話された事は数多い。

 

 だが、その中で最大の収穫と言ってよかったのは恐らくパーンを筆頭にする委員会と元々敵対していた国家共同体側の人物達で構成される邪神派閥と接触出来た事だ。

 

 どうやら恒久界が創られた経緯の引き金は予想していた通り、生身だった頃のパーン達が月面の委員会施設を破壊した出来事が絡んでいるようなのだが、驚いたのは恒久界に再構成された彼らが自分達を再創造したに等しい天才に一矢報いていた事だ。

 

 簡単に言えば、一時マスターマシンに接触したおかげでブラックボックスの一部に干渉……当時珍しくなかった高資源性の人格保管ストレージや死体から情報を抜かれぬよう細工した結果、再構成された彼らの中身を創造主は覗き見出来なくなった上、勝手に消したり生存を害する干渉は無理になったのだとか。

 

 それでも恒久界に封じ込められ、仕事をさせられる部分はどうにもならず。

 

 今の今まで委員会月面分派残党の纏め役をして、相手の駒へ徹しながらも文明の崩壊後も持ち越せるような人的資源や組織力、資産を作ってきたらしい。

 

(邪神が月亀の王家と繋がってたのも結局はそういう事……あっち側も下手に刺激して面倒事にはしたくなかったから、半ば本当に邪神扱いでちょっと飼い慣らした程度に思ってたわけだ)

 

 この数千年以上にも及ぶ時間の中。

 決して諦めず。

 囚われの我が身のままに戦い続ける。

 それがどんなに険しい道か。

 想像して余りある。

 

 自分もまた戦うと決めた人間だからこそ、その邪神達の積み重ねた年月は称賛に値した。

 

(……こんな所にまで来ても人間てやつは政治と感情からは逃れられない……まったく業深い事だ……オレが言えた義理じゃないが……いっその事、大邪神でも名乗って面倒事を新規開設した神殿にでも任せてみるか……)

 

 不意に周辺へ喧騒が戻る。

 どうやらマスティマのストップが解除されたらしい。

 

 主観時間が動き出した者達の殆どは何も理解していない様子だったが、3人だけ反応した者達がいた。

 

 それは遺跡探索に行くから来てくれと呼び出したエコーズ面々を纏めるエオナと御子と呼ばれるユニと周辺の空の明るさに違和感を覚えたらしいケーマルだった。

 

 その三人が現在対処を話し合う仲間達を置いて、こちらにやってくる。

 

「かみさまとおはなし~?」

 

 ユニが小首を傾げてケーマルの前に出て訪ねてくる。

 

「ああ」

 

 それにエオナがこちらを見て半眼となった。

 

「もう驚かない驚かないと言い聞かせてるのに驚かしてくれるんですから、我々の雇い主も相当だと自覚して欲しいものです」

 

「一応、使い魔的な関係じゃなかったっけ?」

 

 訊ねてみたが、ジロリと睨まれる。

 

「大きい人が使い魔じゃなくて、枝を切って植え直せば根が出る野菜とか例えてくれましたけど?」

 

「ま、まぁ……確かに……(なんつーそれっぽい例えを)」

 

 ケーマルがこちらとエオナを見てから、何やら不可解そうな顔となりながらも、神様との話し合いとやらの内容が気になるのか。

 

 傍に寄ってきた。

 

「閣下。一つ訪ねても?」

「何だ?」

「麒麟国の今回の件は閣下が?」

 

「いや、完全に別件だ。恐らく、オレとは直接的には関係ない」

 

「間接的には関係ある、と?」

 

「まぁ、世の中には知らなくていい事なんて山程有る。そっちはそっちで自分達の心配だけしておくといい。あっちがどういう手を打ってくるか知らないが、恐らく神殿と神様相手に大喧嘩予定のはずだ。普通に進軍してくるのか。あるいは大蒼海を使うのか。それともまた別の方法か。どうなるにしろ……周辺国の情勢と影域全土に目を配る必要がある。オレの情報網とそっちの情報網。どちらも使って麒麟国の軍の動向を掴むのが先決だ」

 

「では、今回の件は中止を?」

 

「いや、それは無い。あいつらが干渉して来ない内はこっちにしても何もしない。外交ルートで問い合わせるがな。で、そっちの方は全部終わったのか?」

 

「ええ、レッドアイ地方の軍には追跡を中止させました」

 

 結局、今日の朝。

 

 制圧中のファストレッグに付いては現状維持で棚上げが決定された。

 

 その際に交渉の余地は逃げた人材への追跡を停止する事、として要求したのだが、あっさりと通ったので待っていたのだが、どうやら多国間での調整は終わったらしい。

 

「ふむ。じゃあ、オレもウィンズ、サカマツ、アウルとの定時連絡で確認しておく。確認出来たら、一応の()()だ」

 

「よろしくお願いしましょう」

 

 ケーマルが頷く。

 結局、反乱軍との激突は回避されたものの。

 未だ敵である事は変わらない。

 それは相手も分かっている。

 

 今のところ、アクションらしいアクションが無いのは御子としてのユニの力を信じているからだろう。

 

 何処かでこちらが月猫側からストップを掛けられる可能性は恐らく未来での重大なイベントに関するフラグ。

 

 分岐点前になるはずだ。

 

「……?」

 

 不意に視界が切り替わった。

 

「―――は?」

 

 キリキリと脳が熱ダレしたようなハードディスクが高熱に悲鳴を上げているような感覚に吐き気を堪えながら、目の前を見る。

 

 どうやら、自分は夢を見ているらしい。

 其処は見知らぬ小さな()の上。

 

 そして、サカマツとアウルとウィンズがこちらに剣を向けていた。

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