ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
この恒久界における最大の神殿の庇護国家……『否、神殿こそが国家を庇護しているのである!!』と、豪語する場所こそが、宗教者達の楽園。
【月蝶《げっちょう》枢機国】であるらしい。
彼らはこの世界における神の代弁者であり、同時に人々の安寧と安堵を司る宗教者達の共同体で、国政を動かす事実上の月蝶政治の最上位組織【神殿会】を要する。
各地にある神殿は月蝶にある本殿と称される各神々の御所の模造なのだという。
このような国家が昇華の地における信仰の中心地として今も畏敬を集める事は当然らしいのだが、その最たる理由は影域と呼ばれる光の届かぬ地への睨みを利かせる監視者としての役割があるから、なのだそうだ。
魔物や化け物が多く。
人が住むには適さない場所ばかりな影域。
其処にある文字通りに薄暗い国家は基礎的な軍事力も大半は弱く。
超越者である多数の神官達を抱える月蝶はこのような弱小国に多数の福祉や軍事における人材を派遣している。
この行為は彼らが影域の人類種と呼ばれるスタンダードな種族達の庇護者であり、守護者である事の証らしい。
また、蛮族と呼ばれる魔物や半人型の魔物に分類される種族達の国家や共同体の大半も影域にある為、そんな化け物達から人類種国家を守るのも彼らの務めだとか。
そのような理由から影域おける大半の荒事や厄介事や軍事的な物事の大半には月蝶が絡んでいるようだ。
『蛮族は皆殺し!! 蛮族は皆殺し!! 蛮族は皆殺し!! 神々に栄光在れ!!』
―――影域【回天の
あの普通に死ねる殺戮密林地帯において何やら物凄いドラゴンを倒して数日。
ヤバい周辺域から何とか脱出して国境地帯を出たまでは良かった。
エミは生きてて良かったと安堵していたし、こちらも命が助かった事を切実に喜ぶのは吝かではなかったのだが……あの蜥蜴鳥類さんをざっくりハチの巣にした妖精……ジャックと名乗る彼女?は……あまり言いたくはないが人格破綻者の類だった。
(とにかく下ネタ属性なんだよな。本当……)
野宿の時は外であの娘と×××しないのかとか聞いてくるし、茂みでトイレ……一応、樹木の葉などで尻を拭いている最中に『おお、中々の大きさじゃないか』とか股間を覗き込んで来るし、食事をしている最中もずっと小型端末で喘ぎ声全開のAVらしき映像を見ているし……さすがにこれにはエミも顔を赤くして羞恥に悶えつつ半ギレというか全ギレであった。
このような相手ながらも、ジャックは過去の世界のサブカルチャーに詳しいどころか。
精通しているような気配があり、過去世界の人格を有していると見えた為、色々と尋ねてみたのだが……何やら行動や意図的な発言に制限が掛かっている云々という話をされて、結局どういう存在なのか詳しいところは分からずじまい。
ただ、それでも相当にこの世界における魔術とやらには精通しているらしく。
品格0、セクハラで訴えられたら完全敗訴確実な表現を除けば、極めて旅では便利な情報屋にして術者だった。
火を起こし、水を湧き出させ、服を風で乾かし、土から石製の寝台まで錬成する。
ファンタジーのお供に妖精は付き物だが、能力値だけ見れば、ジャックは正しくソレに近しい存在に違いなかったのである。
だが、彼の出自は蛮族に該当するらしい。
で、その上で魔術を使うと何故かいつも隠している姿が表出する。
そうして、この国の街でうっかり魔術を使った途端……街の守護者たる神官超越者とやらに捕まったわけである。
(いや、本当どうして道端の路地裏で恋人達の情事を覗き見しようと魔術使う必要があるんですかねぇ……)
どうやら捕まった街には闘技場というのがあるらしく。
中世並みな石製の家々が立ち並ぶストリートの先には街一番の建造物が存在する。
蛮族が闘わせられる場所はその内部。
四方20m程の白い石台上。
此処に蛮族隠匿の罪は死罪相当という名目で捕まった哀れな犠牲者二人と当の蛮族呼ばわりされたジャックが出されたわけである。
どうやら魔術さえ使えれば、一発でどうになるらしいのだが、行動に制限が云々とブツブツ呟いて不満げだった事を鑑みれば、一般人にそういう攻撃は向けられないようだ。
「ど、どうしよう。エニシ……」
エミは闘技場の石柵の外。
満員御礼な老若男女の蛮族は皆殺しコールにちょっと涙目であった。
「あ~いや、単純にあの超越者ってのが同時に10人倒せなさそうだったから、大人しく捕まっただけであって、まぁ……拳銃抜き打ちで2人くらいまでならどうにかなる。様子を見よう。今はまだ」
「う、うん」
周囲の地面には血潮が黒ずんだ地面があちこちに放置されており、腐肉のような臭いも立ち上っている。
石製の観覧席は地面に直接据え付けられたものばかりらしいが、誰もその黄ばんだ座席に座る者は無く。
大半が立ち見で柵を押し倒しそうな程に前のめりになって興奮した様子で叫んでいた。
娯楽が生物の殺し合いとは……人間て歪んでるなぁとは思うのだが、しょうがない。
エミに聞く限り、この世界の倫理観や道徳観は中世ヨーロッパよりは低いらしい。
未だ騎士道的な教義は何処にもなく。
優れた仁徳を持つ人物は神様の使い扱いがデフォなのだという。
それこそ敵の蛮族とコソコソしていた人物なんてのは社会の敵、公共の敵。
となれば、そいつらの臓物をぶちまけるショーが最大の娯楽というのはまぁ……アリのようだ。
影域ではよくある事よくある事。
そうブツブツ悲しげに自分へ言い聞かせるエミの精神衛生は絶賛悪化中なのだった。
「う~ん。勃起してまで蛮族の殺し合いが見たいなんて……こいつらサイコパスか? これは人間に分類していいものだろうか。どう思う?」
真面目な表情で周囲の柵に唾を飛ばして吠える男達を観察していた妖精がキリッとした表情で聞いてくる。
影域の中でもまだ明るい方らしい国の地方闘技場は陰影に富む。
ぶっちゃけ、影が濃い。
しかし、その中でも何故か普通に色彩調整をミスったような明るい姿の妖精は『こいつ制限らしいものが無かったら、周辺の連中皆殺しにしてもケロリとしてそうだな』という感想を抱くに十分な様子で物騒な事を呟いていた。
「エ、エエ、エニシ!? アレ!?」
妖精さんの物騒さに思いを馳せていると横のエミが思わず慌てた様子で遠方を指差した
そちらを見やれば、牢獄に繋がっているのだろう黒く錆びた門がジャラジャラという鎖による昇降音と共に上がっていく。
その内部から表出したのは獣らしい。
蛮族か魔物か。
猫っぽい鉤爪がヌッと闇の奥から出てきて、頭部まで顕わになった。
「豹? というか、デカいな……4mはあるか?」
極めて普通には見えない猫科の動物が出てきたかと一瞬気を引き締めたのだが、途中でその気持ちが???に埋め尽くされる。
『来たぁあああ!! この闘技場に来て3日にして最強の名を手にした猫型の魔物【轟豹】使いの女郎三人衆だぁああ!!』
解説の人の声と同時にその4mの何かに乗った相手が三つの影が出てくる。
『解説のスクイッドさん。彼女達も新種の蛮族だと思われていますが、結局神殿の調べはどうだったんでしょうか?』
『いやぁ、何分あれです。彼女達が調べを拒否しましたので。というか、神殿の方々も困ってたようですねぇ。魔術が効かないとか何とか。ついでに何か術を使っているのか神官の方々が触れられず。乱暴しようとした獄囚達も全員未知の力で腕がもげたもんですから、捕らえておくのが精一杯。食事を出したら、【
「ござる?」
思わず目を細めて、高い猫の背に乗った相手をジッと見詰める。
「―――」
すると、何やら相手もこちらを見て驚いた様子になった。
猫の一番前に乗っているのは見知ったござる口調な幼女だった。
二番目に乗っているのはナッチーな総統閣下大好き美少女だった。
3番目に乗っているのは天真爛漫そうな豆の国のお姫様だった。
全員が何故か病院着みたいな薄出の紐で薄緑色な衣服のパーツを簡易に止めるだけの姿。
そして首筋から下が真っ白な肌になっている。
『あ、A24なのよ!? エーニシ~~~!!!?』
ブンブンと手を振るパシフィカ・ド・オリーブと呼ばれる少女が凄く嬉しそうな顔でこちらに手を振っていた。
だが、前後の黒髪幼女と金髪美少女は横のエミとこちらを交互に見やって何か困惑するような顔でボソボソと話している。
「あいつら、どうしてこんなところに……夢世界に限界は無いのか……」
あの記憶を失っていた数か月間。
いつも明るく話し掛けてくれた少女達が何故か肉体も真っ白な様子で此処にいる。
これは夢と思うには現実を知り過ぎた……何処か精神的に草臥れている自分は正しくあっちの知っているカシゲ・エニシとは別物だろう。
「知り合いかな?」
横の妖精が訪ねてくる。
「ああ、悪いが手を出すな。恐らく、オレと同様に何かしらの理由で此処まで流されてきたんだろう。話を付けたら、脱出する手筈だったか? さっき牢で話していたプランでも発動してくれ。あいつらも一緒に逃がしてくれると助かる」
「横に自分の女がいて浮気……残機君も大概だな」
「オレがいつからエミの彼氏になったんだ……いいから、お願いする。オレはお前の
全裸待機妖精が思わずゲラゲラ笑ってからサムズアップした。
「ハーレムものは好物だ!! ハードディスクは生憎と無いが、魔術で記録は可能……是非、5Pを実現してくれたまえ。いや、こちらを含めて6Pハ―――」
お下劣妖精の口を片手で押さえて黙らせ、そのまま豹の前に進み出る。
「久しぶりだな。飛行船の時、以来か」
「ッ!? やはり、お前は別の……」
フラム・オールイースト。
パンの国の兵隊少女が目を見張る。
「ああ、そうだ。悪いな。お前らのエニシじゃなくて」
「そっちの一時的な女エニシの姿は本人ではないのか?」
エミの事が気になるのも無理はないかと首を横に振る。
「こっちはこの世界で出会ったエミだ。お前らのエニシとは違う。色々分からない事だらけだろうが、とりあえず此処を一緒に逃げ出さないか?」
「ふむ。確かに……」
どうやら納得したらしく。
ナッチー美少女がこちらに応えようとした時。
「こちらとも話くらいはしないか? お嬢さん」
「?」
「ああ、ジャックと呼んでくれ。美少女と美幼女と天然っぽい子よ!! ああ、これはこの間蜥蜴を粉砕した時にドロップした代物だが、お近付きの印に」
何処からか妖精が虚空に何かを掴むような仕草をした瞬間。
視界の全てが………紅の光に染まった。
浮遊感。
そして、瞬時に落下していく肉体が背筋に冷や汗を掻かせ、何も分からぬままに溺れるようもがく。
その手が何かを掴むより先に周囲の紅のカンバスに黒い文字が浮かび上がる。
そう、それはまるでディスプレイの映像へ無理やり細い万年筆で画面の上から書き加えているかのような質感だった。
―――●●●-F154234は直ちに特別収容プロトコル:Code-Philadelphiaを取得し、ミーム汚染による特殊終了判定の条件を次の手続きによって回避してく―――。
【【やぁ!!】】
「?!」
その文字が、英語が、刹那で紅の光に塗り潰された
しかし、その次の一瞬で何もかもが暗転する。
お姫様抱っこ。
誰かが。
いや、
まるで何も見えない闇の中。
物音一つしない世界の中。
いつもの調子で
「久しぶりって程ではないけど、久しぶり」
「ああ、そうそう。久しぶりって程じゃないけど、言いたくなるよね。久しぶり」
「……周囲の人間の確保と生存を最優先。次に状況説明」
「「wwwww」」
こちらの言いたい事はもう分かっているらしい。
二つの気配が笑みを浮かべるのが分かった。
「ああ、せっかくDieピンチに駆け付けたのに」
「ああ、僕らってよっぽど信用ないんだね。今更だけど」
「再起動したのか? それならそれでいい。今言った事は出来てるか?」
「僕らって言われないとやらない人間に思われてる?」
「指示待ち人間ならぬ。指示待ち軍人×2」
「「wwwwww」」
何やら前よりノリが軽いような気もしたが、姿が見えないのではツッコミようもなかった。
「大丈夫さ。全員、保護してる」
「ああ、保護してる。そこのクッソヤバい妖精さん以外ね」
不意に漆黒の闇に僅かな光で輪郭が浮かび上がる。
『……何だ。お前ら再起動してたのか。随分と長い間、帰って来なかったと思ったら……女の化粧時間並みだな』
妖精が何処か憮然とした様子で呆れていた。
その様子は何処か今までの芝居掛かったようなものとは違い。
何処か淡々としている。
「ああ、久しぶり」
「本当に久しぶり」
「………そうか。残機君は
「「僕らってモテるからさ☆」」
ふざけた双子のような軍人二人にいつも自分が向けているような「こいつら……」的な呆れを通り越し諦観にも似た視線を向けつつ、妖精が呟く。
「どうやら
「「ああ、それならほら?」」
双子染みた相貌が二つ。
暗闇の中でとある方角を同時に見た(ように感じだ)。
そして、其処に視線を向けたと同時にソレらが一斉に手にした小銃を揺らす音。
何者かの団体がズラリと近くに並んでいるようだ。
「………」
妖精が嫌そうな顔でその存在のいる方角から顔を逸らした(恐らく)。
「残機君。まだTRPGごっこをしていたかったんだが、生憎とこれからFPSと戦略シミュレーションへ移る事になった。しばらく付き合ってもらうぞ。先っちょだけにしておきたかっただろうが、SFの中にどっぷり……そんな世界にようこそ……」
暗闇へまるで罅が入るかのように紅の輝きが差し込み始める。
恐らくはその現象に浸食されているのだろう。
「この状況……しょうがない。非常に遺憾だが、あの
「ああ、凄い嫌そうだ」
「うん。本当に嫌そう」
妖精が軍人二人に言われるのも構わず。
実際、物凄く嫌そうな顔で溜息を吐く。
「はぁ……勿論!! 嫌だとも!! だが、奴くらいだろう。神を殺して、魔法使いを地獄に落とせるのは……」
「ああ、ログなら見付けといたよ」
「今どういうモノになってるのかは知らないけど、初期化前には必ず何かしら行動を起こしてるみたいだから、きっとそこら辺で油でも売ってるんじゃないかな? 売ってるのはオブジェクトの間違いかもしれないけどw」
「なら、面倒を押し付ける相手でも作るか……」
余計な事を、という顔をする妖精が罅割れていく暗闇の先から入り込んでくる紅の輝きに照らされながら、何やら奇妙な図を、虚空に輝く象形を……指で描き込み始める。
「ああ、それかぁ」
「動作の実証が不可能だけど、いいの? というか、僕らの把握してないタウミエルとか止めて欲しいんだけどなぁ」
「構わないだろう。咎める連中はもういない。いや、この状況では我々こそが最上位になるのだから。財団も結局、
陸軍の人の声に妖精がやる気無さげに答えた。
「この状況で魔法使いを終了にまで持っていけない以上、ソレで
「それってZK案件なんだよなぁ……」
双子がやれやれと言いたげに首を横に振る。
「オイ。お前ら何しようとしてる?」
それに振り向いた海軍の人が肩を竦めた。
「ぁあ、ちょっと今から人員を
「君は見ちゃダメだよ。また、面倒な事になるから。僕らって本当に君のお母さんポジションだよね」
何故か大の大人達から手で目隠しされる。
「「まぁ、どっかの邪悪な文明が遺した遺産の未来的活用方法ってやつさ」」
「?」
「主要四ヶ国と影域の貴族や王族系の人物の居住区へこの画像は適当に時間制限付でばら撒いておくね。あ、君は光が差さない方向にでも行ってくるといいよ」
どうやら物凄く知らなくても良さげな悪事が働かれているらしい。
そうして、ポンと放り出されると。
漆黒の闇は普通に歩ける地面を獲得していた。
『A24~~どこなの~~』
『あいつ、また面倒事に。いや、あいつはあいつではないが、それでも、うぅ……ややこしい!!』
『まぁ、エニシ殿でござるからな。
完全な闇の奥から歩いてくる足音が複数。
『エニシ!! 何処!! 暗いし何も見えない!!』
どうやら少女達と合流する必要があるらしい。
何が起こっているのかはともかく。
確実に前へ進んでいる事は確からしかった。