ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第200話「神と人と」

―――月猫連合国地方チェシャ郊外魔物の森。

 

 紅の燐光が包む大地。

 

 その最中、辿り着いたはずの場所では未だ何もかもが曖昧に輝きに没し、全てを覆い隠していた。

 

 其処には樹木も何もない。

 広がる地平が世界の丸さを示すのみ。

 だが、それすらも超えてソレが着地して数分後に現れた時。

 思わず目を見張った。

 世界の覆い尽す蝗のように。

 何かが空の果てからやってくる。

 無限のようにも続くパレードを思わせて。

 

「アレは……」

 

 輝く大地の上。

 

 土か光かも分からぬものの上に立つ自分に見えているものが本物だと言うならば、正しく世界は狂っている。

 

 それは飛行機だった。

 しかし、現代にあるような戦闘機ではない。

 複葉機。

 それも少し大きめな。

 恐らくは第二次世界大戦(WWⅡ)期くらいの機体。

 それが極めて大量に世界を飛んでいた。

 恐らくフィアなんたらとか言うのだろう。

 

 だが、それよりも何よりも怖気が奔ったのは……この月面地下世界にあるまじき……パイロット達の姿だ。

 

 ああ、それは本当にどうなっているのか。

 其処では()()()()()が操縦桿を握っていた。

 

 世界に満ちる“神の屍”でも、未だ残る男の娘でも、この月面世界の普通にも見える耳無しでもなく。

 

 恐らくはラテン系の白人。

 

 その機影は……ヨーロッパにおいて戦ったはずの名前も知らない……画像でしか見た事の無い、記憶の片隅のイタリア軍のものに見えた。

 

 紅の大地に天を覆い尽す航空機の群れ。

 

 しかし、自分が狂ったのでなければ、その光景は確かに存在する。

 

 それは周囲で唖然とする神様四柱を見ても確定的であ―――。

 

 タミエル、アザゼル、マスティマ、アラキバの四名が硬直していた。

 

 活動を止められたと言うべきか。

 

「?!」

 

 横に誰か立っている。

 いや、誰かではなく。

 誰もがと表現するべきだろうか。

 自分の知覚すら潜り抜け、刹那で構成された誰か達。

 それは白人の少女や黒人の老人。

 あるいはラテン系のオヤジに黄色人種の青年。

 

「ケセラセラだよ」

「な、に?」

 

 老人が言う。

 

「ギューレギュレギュレギュレ♪」

 

 青年が思わずと言った様子で笑う。

 

「お前らは……いや、()()()誰だッ!!」

 

 僅かに身を引いて、片手を神剣に添える。

 

「ぼくは」

「わたしは」

「ワシは」

「我々は」

 

 日本語だと思ったが、脳裏で翻訳されているのか。

 自分が初めて知らぬ言語を喋っている事に気付く。

 

「「「「ギュレン」」」」

 

「ギュレン? お前が……月の天才か」

「如何にも」

 

 少女が笑いながら、左手の指を頭部の横で鳴らす。

 

 途端、世界の全てが、燐光の大地が自分を中心にして遠ざかり、ぽっかりと穴を開けた。

 

 しかし、浮遊感は無く。

 

 まるで見えないエレベーターにでも載せられたかのように神様連中を置いて、現在位置が降下していく。

 

 四人の人物。

 

 否、たった一人の化身達が其々に別々の笑顔を浮かべて、同じように肩を竦める。

 

「地を這い蹲る蟲にも五分の魂」

「呑んで嗤って物語れ」

「悲恋と喜劇を棺桶に」

「今日も彼らは舞い踊る」

 

 まるで狂人のように言葉が繋がっていく。

 

「午前0時の死にぞこないさ」

「だって、みんなが主役だもん♪」

「12月24日の呪いに掛かる」

「せせら笑う男の……ショウタイムだ」

 

 脈絡の無い文字列が垂れ流され。

 

 だが、その全てに意味が無いかと推測しようとして―――思考が強制的に一つに収束する。

 

『―――理論証明《QED》型の意味迷宮《インポッシブル・ソリューション》を回避』

 

 脳裏に響く声。

 

 それが“天海の階箸”のメインフレームからのものであると気付いてハッと頭を振る。

 

「ケセラセラだ。カシゲ・エニシ君」

 

 いつの間にか。

 四人の誰も消えていた。

 降りていく虚空に終わりはない。

 

 だが、自分の横にはいつの間にかジーパンにワイシャツを着崩した50代程の少し口ひげを蓄えた男がいた。

 

 人種も定かではない白人にも黄色人種にもラテン系にも見える奇妙な程に骨格に特徴の無い相手が目を輝かせてこちらを見つめている。

 

「その姿も仮か?」

 

「この世に意味を求めていては研究者などやっていない。そして、ボクは問われる事が好きだ。青い瞳の女の子くらいにね。君はああ……()()()()()

 

「話が噛み合わないな。狂人は合理性だけになった人格の事を言うってどっかで聞いた事がある」

 

「ジ・エンドだった人類がこうして未だ世界に君臨している。それだけで合理性という話には程遠い。人間が必要だと思うのは人間だけだ」

 

 男は苦笑していた。

 まるで冗談を聞かされたかのように。

 

「この世に意味を求めたならば、それは探求じゃない。探求とは知る事の本質、未知を踏み躙る喜びであり、意味を求める事とは真逆の行為だ」

 

「それは何処に求めるかによるだろう。答えを人間に聞くか。自然法則から学ぶか。そんなの大した違いじゃない。オレは生憎と一般人なんでな。どうでもいい事はどうでもいいと言わせてもらう」

 

 クツクツと男が、ギュレンと名乗った男が、唇の端を吊り上げる。

 

 その目はまるで血に濡れたかと思うような輝きを宿し、何処か温厚そうにも見えた男の表情を一辺させる。

 

 それは紅の燐光を宿したかのような不安にもなる意志の光。

 ゾッとするような生温さ。

 

 目の前で生理的な嫌悪を掻き立てる歪んだ顔がまるで劇画のようにも見えるのは男が通常の人類の範疇とは程遠い内面をしているからか。

 

「ボクは問われる事が好きだ……そうだ。ボクはね。悲しいんだ。コーヒー党の癖に紅茶派に分類されるようなものだ。だって、そうだろう? 探求を求めたボクに人はこの世の意味を求める。その何たる醜さか。それは問いじゃないんだよ。ボクにとっての問いとは証明された事を訊ねられる事じゃない」

 

「……どうしてお前みたいな奴がこの世界を生み出す必要があった? 社会も歴史も時代も何もかも既知の部類だろう? その変形を推測する程度にこんな大そうな装置を使う理由などないんじゃないのか」

 

 男が指を自分の顔の横で弾く。

 すると、ようやくか。

 地面が出来た。

 

 だが、悪趣味極まりないのはその地面の全てが女の肉体で出来ている事か。

 

 その光が凝集した跡にあるのは無限にも思える柔肌の絨毯。

 

「そうだッ。やっぱり、君は本質を理解している!! 探求の何たるかを!! ああ、そうだよ!! 君は最初から答えを知ってるんだ。だから、それは問いじゃないんだよね?」

 

「………」

 

 こちらの無言に気を良くした様子で男が腕を大きく広げた。

 

「ボクは心臓の鼓動を数えるくらい単純な答えを求めてなんかいない!! それが正しいかどうかにも興味はない!! でも、でも、それを分かってくれる人はいなかったんだ!! 分からない事こそを聞いて欲しいんだ!! ボクにも分からない事こそが探求の道となる!!」

 

 その瞳の焦点は合っていない。

 

 恍惚とした表情のまま天を仰ぐ姿は正しく狂人と言った風情だが、男は自らの歓喜に浸り切りのようで。

 

 こちらにどう見えているのかを考えていたりはしないようだ。

 

「ギューレギュレギュレギュレ♪」

「鳴き声がキモイな」

 

 グルンと首が捩じ切れそうな角度でこちらを見た。

 喜悦満面の男が再び指を弾く。

 すると、男の頭部が消え去った。

 断面を晒した首。

 

 と、同時にまるで色々な色彩の紙袋を張り合わせ、パッチワークのように綴った雑で遠近感の狂う顔型の紙袋が一枚そこへ被さり。

 

 その表情を何処か嬉しげにこちらへ向けた。

 

『人間の何とちっぽけな事か。ボクはね。人類の生存に意味なんて要らないと思ってる。だから、どうでもいいんだ。本質的に何も彼らへ求めてはいない。ただ、人類が意味不明の塊に挑む様を眺めて、せせら笑うのが趣味なのさ』

 

「悪趣味な……」

 

『分かるだろう? いや、君だからこそ分かるはずだ。世界の外側から眺めていると、本当に人の滑稽さが目に付き過ぎる。そして、その滑稽さにイライラしながらも、君はソレを使って沢山の出来事を変えてきた』

 

 男が見てきたように言えば、その理由は恐らく一つだけ。

 

「―――天海の階箸にはオレのコード無しだとアクセス不可能。なら、その情報はブラックボックスから得たものか……」

 

『あぁ、素敵だ。勃起してしまいそうだよ。君はなんて物分かりがいいんだ……イレギュラー? とんでもない。君はボクと同類だよ。君とボクの違いは一つだけ。人が好きか嫌いかくらいのものだろう』

 

 うっとりした声に生理的に受け付けない類の笑みを浮かべる男に吐き気がした。

 

「……生憎と五十代の見知らぬ男に靡くような趣味は無いな」

 

 すると、また指を弾いた男が突如として燐光になって消え失せ。

 

「ふふ、なら、この姿なら?」

 

 背後から幼い声が響く。

 振り返れば、予想通りか。

 今度は恐らくロシア系の幼女が一人。

 

 白の無地に花柄のワンピースを着て、こちらを見つめていた。

 

「オヤジ幼女? 新し……くはないか。だが、マイナー過ぎる趣味も持ち合わせが無いので靡いたりはやっぱりしない」

 

 こちらの声にクツクツと幼女が歳に不相応な顔で笑う。

 

「既知を訊ねる愚かさを人が自覚しないなら、半端な知識など要らない。そんなものがない世界を創ればいい。無智の知すらも自覚しない彼らが永劫車輪の中で走り続けるのを見守るだけでいい。ボクは少なくとも、この人類に絶望はしているが、彼らを滅ぼす程に憎いわけじゃない。だが、助けてやる程お人よしでもない」

 

「………」

 

「あの星に今も噛り付く者達もそれは変わらない。この世界に神という役割で配置した彼らもだ。そして、君はこの世界にボクと同じ気持ちを抱いている……素敵だ……素敵だ素敵だ素敵だ!! ようやくボクは君という人間を得た!!」

 

 興奮した様子の幼女の唇の端からダラダラと唾液が滴る。

 

 歪み切った顔はどんな体でも同じか。

 確かにたった一人の個性を感じさせた。

 

「オレは生憎と嫁連中に売却済みだ。そして、もう非売品でもある」

 

「同類よ!! 問われる事に疲れた同類よ!! 君とて、人の愚かさに辟易しているはずだ!! ボクらのように()()()()()()は常に虐げられてきた。だが、この世は愚昧に過ぎ、世界を構成する連中は己で嘯く程に賢くはない!! ああ、だから、君とて自らと同族に近しい者に情を感じるのだろう? あの独裁者モドキの老人と会話するように」

 

「オレの記録をブラックボックスから抜いて、一体何がしたい?」

 

「君はとっくの昔に分かってる!! ああ、分かってるとも!! 本質的にボク達は同類だ!! 同類なんだ!! だから、その()()()はいつだって僕らのものだ!!」

 

「………」

 

「ボク達みたいなのはどれだけ時間が経っても社会が変わっても狂人扱いさ!! 合理的で正しい答えは常に人倫と人の感情に押し潰されてきた!! しかし、もはやソレそのものを司る我々のような者に今更説教をする者はいない!!」

 

 答えもせず興奮した様子でギュレンが天を仰ぐ。

 

 今度は肉の絨毯が透明化したかと思えば、遥か地の奥底に新たな輝きが見える。

 

 それは星の核……ではないだろう。

 

「これはXKシーリングと呼ばれるものの一つ。ボクがこの世界の仕組みの参考とした代物だ」

 

 だが、確かに遥か下から紅蓮の眩い光を一等星のように発していた。

 

「偉大なる始祖によって生み出された()()()()()が唯一持ち得るクラス:タウミエル……原始時代に()()()()()が用いた歴史への修正能力を持つオブジェクト。それを解析、委員会により原理の解明の後、それを用いて作成、秘匿された究極の成果こそがコレだ」

 

「時間と空間……歴史……此処に来てまたオカルトか。で? オレ達に都合の良い世界でも作るのか?」

 

「敢て訊ねる無粋を許してほしい。その程度の事で揺らぐような自我なら、我々はこのような人生を歩んでは来なかった。違うか?」

 

「………」

 

「コレは量子転写技術のように()()()()()()()()()()()()()()

 

「(今度は()()()()と来たか……まぁ、もう何が来ても驚かないだろうが、オカルトって言うよりは神の力、だな)」

 

「今のところ人類が認識出来た宇宙の法則に従わない粒子の存在と哲学や概念、情報の本質《イデア》というべきものが、他の物理・量子事象へ干渉を起こす異法則、それが支配する空間というものを発見している」

 

「ラノベか」

 

 思わずツッコミを入れるも相手は華麗にスルー。

 

「ソレらと我々が認識する通常空間、二つの世界が相互干渉しているという事までも突き止めた。コレの輝きはその異法則下空間が物理法則下空間に接する境界。猫の入った箱そのもの。こちらの物理事象を定める法則、定義がこの箱を開く事で書き換えられ……否、浸食を開始する事で世界は上辺の物理法則下では起こり得ない事象を獲得する。これが今のところボクの間接的に証明出来た物理法則に準拠しないオブジェクトの根幹原理と思われるものだ」

 

「……ご苦労様。人類にとって無駄な危険がまた増えたな」

 

 認識する事は認識される事。

 辿り着いたという事はいつか辿り着かれるという事。

 分かっているともと言いたげな笑みがクツクツと零された。

 

「宇宙の全てが関係性のある場面の連続で出来ているとすれば、客観的な事実から繋ぎ合わせた()()()()()()()()()()()()()()()()()は極めて脆弱と言わざるを得ない。もしかしたら、我々が話すこの一瞬すら一秒前にはこの宇宙には存在しないかもしれない。あるいは君と僕は恋人だったかもしれないし、別の時代、別の何処かで友人や家族だったかもしれない。というのが、一部……()()()()()()()()()、と言えば理解の一助になるだろう」

 

 相手の言い始めた事は置いておき。

 取り敢えず、真下の光を目で追う。

 

「SFなんだかオカルトなんだか分からないな」

 

 こちらの言葉に唇の端が吊り上がり。

 ギュレンがニチャリと笑う。

 

「正式名称はもはや失われている証明不能のアンクラスド……クラス:ソムニウム……これは人類が一人残らず滅んだ歴史を自動書記し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()オブジェクトだ」

 

「過去に起こった………」

 

 こっちの困惑の表情にクツクツと表情から笑みが溢れる。

 

「ただ、コレの自動での維持発動には条件がある。距離にして1星系程度の空間内部に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ」

 

 それは矛盾だ。

 

 もうオカルトにも慣れてきたはずなのだが、明らかに目の前のギュレンを名乗る男の言っている事はおかしい。

 

 本当なら、ソレは人類が生存していなければ起動していない、人類が滅んだ過去を常に生み出すオカルトという事になる。

 

 過去の時点で滅んでいるのにソレが存在していてはおかしいではないか。

 

 なら、その矛盾を解決するのは簡単だ。

 現在時点に人類が生存しているという歴史。

 否、宇宙が()()()()()()()()()()()()

 

 先程の話からしても、一瞬前の時間は存在しているのかというものだった。

 

 人類が滅んでいたら、ソレは存在しない。

 

 ならば、ソレが存在する限り、人類も存在するという事になり。

 

 人類はソレがある限り、滅びないというところにまで矛盾が辿り着く。

 

 何故なら滅んだ過去と現在は時空間的な連続性を有せず。

 

 一瞬前の過去と今は()()()()()のだから。

 

 そうなれば、何があっても驚きはしない。

 

 正しく何でもあり(バーリトゥード)な世界だ。

 

「………何回この世界は滅んでる?」

 

「検証のしようもない。それを示す情報もないからね。ただ、あの波《ひかり》は別宇宙の粒子……恐らくは反物質やそれともまた別種の粒子が支配する宇宙における法則が働く空間内でしか生成されない、というところまでは検証が済んでいる。それがこちらに到達した時、場に変換され紅に見えるだけで実態はまだ直接観測出来ていない。つまり、観測用の基礎理論の構築に留まる」

 

「委員会は万能無限じゃなかったと思うが、どうやってそんなのを生み出した?」

 

「始祖達の中にも出来が悪い者は多かっただろう。そして、逆に我々のような者も少数ではあったが、いたはずだ。そう……そんな彼女によって、ソレは生み出された」

 

「彼女?」

「君の親族に当たる女性だよ」

「母さんか!?」

 

 頷きが返る。

 

「宇宙の多数派である粒子の謎を解き明かした彼女、カシゲ・エミが……委員会に提出したものがアレの中枢機構へ利用されているというのが正しいだろう。が、それこそが鍵となった。財団より強奪した英知と不合理なる数々のオブジェクトを研究した当時最高の頭脳達……()()()にコレを生み出させたのは間違いなくアレを創った君の母親だ」

 

「―――まさか、アレはッ!!?」

 

「マスターマシン。メンブレンファイルのオリジナル・パーツさ♪」

 

(ブラック・ボックス?!)

 

 思わず顔に出たのも仕方ない。

 

 それこそが自分の求めていた嫁達を見付け、救う為の鍵の一つなのだから。

 

「そう、原理は分からずとも作動までは漕ぎ着けた委員会における究極の救済システムにしてディープ・クラウドのデータ処理中枢という()()()()()()()オブジェクトこそがアレだ」

 

 次に何かを喋り出そうとする前に肉体の周囲にブルースクリーンのような青いパネル状の映像とXの文字が浮かび上がり、すぐに消える。

 

『【再顕災害《リヴァイヴァル・ハザード》】が終息した』

 

 虚空に中年以上くらいだろう少し渋い男の声が響く。

 

「そうか。ワールド・バックアップ補完率は?」

 

『誤差最低値以下を記録している。蜥蜴共が来るぞ』

 

「分かった。そちらに行く」

「オイ!?」

 

 恐らくは相手の協力者。

 

 しかし、それにしても此処で水を差されるとは思っていなかった。

 

 次々に押し寄せる情報の濁流。

 

 その先にある答えにようやく辿り着くかと思えば、そうでもなかったらしい。

 

「……これは15分程話した()()への細やかな贈り物だ」

 

 パチンとまた指が弾かれた途端。

 

 大地を覆い尽す紅の燐光の中に黒い球体のようなものが虚空に映像で映し出される。

 

「君のお嫁さんとやらは全員無事だ」

「―――ッ!?」

 

「それと是非、遊んでいってくれ。このSRW(サルヴ)唯一神(クリエイター)たるギュレン・ユークリッドが持て成そう。簡単過ぎる遊び程詰まらないものはない……君用にMODを用意した。存分に()()()()()()()の贈り物を愉しんでくれ……では、また会おう……ギューレギュレギュレギュレ♪」

 

 あの生理的に受け付けない笑みを深め。

 

 明らかに地位がグレードアップされつつ、サイコパス野郎が燐光に分解されて、今度は光の玉へと変貌する。

 

 ソレがフワフワと浮き上がった。

 

 かと思うと世界を全て白く染めるかのような閃光を発し―――途端、風を感じる。

 

 超高速で肉体が外に向けて射出されているのだ。

 

 下を見てみれば、物凄い勢いで紅の本流が吹き上がっているところだった。

 

 そうして最後に外が見えたかと思えば、ボンっという音と共に光が掻き消え。

 

 今まで自分が通ってきた穴は無く。

 

 高度300m程のところで周辺一帯が単なる山林になっている事を確認する。

 

 もう何処にも世界が変化していたような痕跡は見受けられなかった。

 

『婿殿!! 婿殿!! 聞こえるかや!! 先程からのノイズは何じゃ!?』

 

「ああ、聞こえてる。後で話そう。悪いが今は現状把握を優先する。そっちも情報を纏めてから報告してくれ」

 

『了解じゃ。すぐに取り纏める!!』

 

 真下に煙が見えたので地面へと魔術で減速して降り立てば、其処には月猫へ向かっていた仲間達と同行者が揃っていた。

 

 神様連中も今までの事が無かったかのように何処からか持ってきたらしいパフェを空中にフヨフヨ浮きながら食べている。

 

「セニカ様? どうして空から降ってくるの?」

 

 ガルンが不可思議そうな顔でこちらを見て、周囲の他の人物も同様の様子となる。

 

「様付不要だ。今まで何があったか分かってるか?」

「何か……あったの?」

 

 その何もありませんでした、と断言される辺りにこの世界の仕組みの理不尽さを感じて、頬を掻く。

 

 だが、その中で何故かエコーズのリーダーであるエオナだけが顔を真っ青にして、こちらに走り寄って来ていた。

 

「一体、何があったか説明をッ!!」

「どうしたニャ? エオナ?」

 

 仲間達が疑問符顔でその背中を見つめている。

 

「どうやら……色々と話さなきゃならないようだな。お前にも……」

 

 そうして、溜息を吐いてから周囲を見渡し―――絶句した。

 

 何でもなさそうな顔で野営していた魔王御一行様キャンプの周囲には複数同じようなテントが設営されており、その周囲では……何故か全裸の年齢も様々な若い女性達が水浴びしながら、こちらに手を振っている。

 

「エオナ。どうしたんだよ。そんなに慌てて」

「ッッ!!?」

 

 後ろを振り返ったエオナが思わずプルプルと震えて、物凄い顔をした。

 

 やってきたのは耳無しの少女らしい。

 

 引き締まった身体つき……というか、上半身全裸で片手には濡れた布が持たれており、体を清めていたようだ。

 

 首を傾げる様子は男の娘っぽい。

 というか、童顔に細い身体付き。

 

 ラノベの主人公も張れそうな感じに負けん気の強そうな整った顔立ち。

 

 唇の端から覗く犬歯やらが勝気さを演出する相手を何処かで見た事があるような気もする。

 

「お前がまた何かしたのか? 魔王」

「あ、いや、その、お前誰だ?」

 

「はぁ? もしかして寝ぼけてるのか? お前が言ったんじゃないか。オレ達が負けてから奴隷になるなら助けてやるって。エコーズなんて名付けて、オレ達を侍らせたかと思えば、全員を後宮に入れてやるとか……フン。見たきゃ見ればいいさ。オレはお前を何とも思っちゃいない」

 

「………」

 

 こちらの内心はもはやかなり胡乱だ。

 あの唯一神とやらが何をしたのか。

 あるいは何を変えたのか。

 少しずつ明白になっていく。

 

「だけど、仲間達に手を出したら許さないからな!! あいつらもエオナも他の開放奴隷や後宮女官志望の連中みたいに思うなよ!! す、するなら、オレだけにしろ!!」

 

「………」

「何かありましたか?」

 

 話していると今度はキャンプの方から金と銀で左右に分かれた髪をオールバックにした妙齢の女や蜥蜴っぽい肌に尻尾の女戦士や二十代の過猫種の女戦士、としか言いようのない相手が目を丸くして彼らを見やるユニを連れてやってくる。

 

「………」

 

 思わず黙り込むしかなかった。

 

 エオナがそちらを見ても青くなり、こちらに凄い『どうしよう!!?』というような顔となる。

 

「なぁ、ちょっと確認したいんだが、お前の名前を教えてくれるか?」

 

「……何かあったようだ。ユニ様との婚約に付いて思うところでも?」

 

「え?」

 

 当のユニが困惑を通り越している様子で『これはゆめ?』という顔で首を傾げた。

 

 その相手……恐らく保護者相当な彼。

 否、彼女をどうすればいいのかと。

 躊躇いに満ちた様子は困惑100%混じりっけ無しだ。

 

「リヤ・レーション。ケーマル・ウィスキー。お前らって前から()だったっけ?」

 

「「はぁ?」」

 

 被った声の下。

 

 次々に周囲のテントで体を洗い終えたらしい少女達……よく見れば、あの魔王応援隊で見た顔が集まってくる。

 

「魔王様。何かありましたか? 魔王応援隊として、()()()()()()()として、どのような事でもお伺い致します」

 

 そう傍に来て畏まった様子で優しい笑みを浮かべたのは……結局、名前も知らぬままだった、あの幕屋で話した月亀の元奴隷少女だった。

 

「……ハーレムものは食傷気味どころかもうお腹一杯なんだがな」

 

 こちらの呟きにほぼ全員が首を傾げる中。

 

 慌てた様子のアイアンメイデンからの報告を耳にしながら、天を仰ぐ。

 

 そうして、神様を殴る理由がまた切実に増えたのだった。


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