ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第202話「魔王極光輝炎斬《まおうきょっこうきえんざん》」

 

 常人ならば見えない速度。

 空を巨大な物体が旋回しながら莫大な加速で飛翔していく。

 遅れて空を割る大轟音。

 咄嗟にユニを懐に引き込んで外套を翳す。

 

 衝撃波が直撃する刹那、全身へ産毛のように這わせていた極細の触手から黒羽を生成して、全ての波を吸収させる。

 

 だが、周囲を巻き込まれたか。

 大木やら瓦礫やらが一斉に飛んできた。

 ユニを片手にしながら避け続ける事数秒。

 

 急行してきたらしい浮遊甲冑込みのタミエルが片手の拳銃を撃ち放ちながら、その音速超えの何かを迎撃する。

 

【無事ですか。御子様!!?】

 

「今のは何なんだ?」

 

 後ろから付いてきたマスティマ達が驚いたように遠方に消えた何かを目で追ってから、微妙な顔をした。

 

【アレは?! どうしてこの文明にいる!? マスティマ!!】

 

 タミエルが訪ねると老人が杖を振る。

 それと同時に周囲へ複数の画像や映像。

 

 それから計画書らしきものと遺伝子配列らしき螺旋状のモデルが数字と共に浮かび上がる。

 

【今、この空を駆け抜けていったのは9文明程前にこの世界の生態系へのテコ入れとして導入された人造生物の一つです。現在、この文明に生き残る竜のご先祖と言ったところですか】

 

「で、そんなのがどうして此処にいる?」

 

【分かりませんが、恐らくはギュレン・ユークリッドの差し金でしょう。その当時の文明の3割程を焼き滅ぼしたので種族事消滅させた存在で……一応、当時のデータはアーカイブに残っていたはず……ですが】

 

「ですが?」

 

 訊ねている間にも遠方から何か輝きが見えたかと思えば、周囲が灼熱地獄と化して―――いなかった。

 

 大出力レーザーらしき輝きが周囲に弾き散らされたかと思うと。

 森林の各所が溶けながらすぐに焼結。

 ガラス状になってシュウシュウと音を立てる。

 温度を一斉に神様連中が下げたのか。

 周辺には冷気が漂い始め、キラキラと雪のような埃《ダスト》が舞った。

 

【口内からNV武装レベルの収束光波《レーザー》。音速を超える機動力。しかも、我々のコードが通じないようで】

 

 マスティマが杖をチラリと見てから片目を瞑って溜息を吐いた。

 

【ん? コードが拒否された? これも奴の仕業か……座標指定のコードは全て解除……真っ当な攻撃で倒せという事か。階梯15以上の装備でなければ、神使には辛いな……“神の水”への優先権コードは凍結、“神の輪”へのアクセスコードも凍結、残っているのは……ロクなものが無い……個人裁量権内の特殊コードのみとは……陸に揚げられた魚か。我々は……】

 

 アラキバが瞳を細め、超弱体化を食らった自分達の事情をそう称する。

 

【どうする? やる?】

 

 アザゼルが自らの翅を羽ばたかせられるよう広げた。

 

【御子様。不甲斐ないのですが、此処は一時撤退を進言申し上げます】

 

 タミエルが悔しそうにしながらも、空の彼方を見てから、こちらに真摯な表情で伝えてくる。

 

「悪いが蜥蜴程度に予定を邪魔されちゃ困るんだ。お前らは此処の連中全員を守っててくれ。オレが潰してくる」

 

【御子様!? 先程攻撃しましたが、アレは直接干渉制御型のコードを全て無効化しています!! 外部からの攻撃のみを受け付けるとなれば、近付かねば攻撃を当てられるかも怪しい!! とても危険ですッ!?】

 

「危険なのは慣れっこだ。スペックだけ教えてくれ。後はオレが単体で対処する」

 

 こちらの言葉にタミエルは言葉を失い。

 マスティマが情報の画像をコンタクトの方に転送してくる。

 

 アザゼルはこちらを見て何やら複雑そうな顔をし、アラキバはどうやって倒すのだろうかと興味津々の様子だった。

 

【少なくともマッハ8くらいは出ているようですな。過去のスペックの2割り増しくらいですが、通常の観測機器でも捉える事は可能でしょう。体表は直接的な干渉を行う魔術コードを弾く仕様らしい。予測照準用のプログラムを用いて、何らかの物理量を直接ぶつけるか。弾丸などの運動エネルギーやレーザーの類で融解させて破壊するのが良いかと】

 

「ふむ……」

 

 速過ぎる敵にも当たるお約束武装の筆頭はレーザーだが、実際には減衰率からしても大気圏内の長距離では使い物にならない。

 

 弾丸を軽く弾く装甲を前にしては照射時間も短くは無いだろう。

 

 一応、天海の階箸のアーカイブから兵器類の情報は抜いてきたので陽電子砲の類ならば恐らく魔術込みでも作れるが……ぶっちゃけ、威力が強過ぎて、天井の大蒼海をぶち抜いたら事なので使いたくは無かった。

 

「体表の硬度そのものはチタン合金よりも堅い程度。再生能力を有しており、部分的な欠損は瞬時に補えますが、復元ではない為、肉体の3割を超える物理的な切断や消滅に対しては10分程の再生時間が必要ですな。その場合には神の水が自動で周辺物質から質量を変換補填する仕様です。ただ肉体はあくまでカルシウムと有機物の塊で頭部にも脳が存在する。魔術コード全般を使って肉体を維持している事から、身体能力は極めて高いでしょうが、細胞の構造的な限界はあるでしょう……情報はこのくらいです。お役に立てて下されば】

 

 マスティマの的確な説明に頷いて、頭に情報を入れ。

 黒剣を腰から引き抜く。

 

「じゃあ、後ろの連中は頼んだ」

 

【ハ、ハイ!! この身に代えましても!!】

 

 タミエルの答えに思わず苦笑が零れる。

 

「代える必要はない。自分に出来る限りで頼む」

 

 それに何か言おうとするより先に飛ぶ。

 

 垂直に上がっていけば、空の彼方から何かが引き返してくるのが超遠距離でも視認出来た。

 

 恐ろしく速い。

 だが、所詮は生物だ。

 

 魔術だろうが何だろうが、脳があって肉体が普通の有機物ならどうにかなる。

 

 黒剣。

 

 モノポール入りの神剣は幾らか暇な時に能力をある程度試し終えている。

 

 要は大抵の物理事象を引き起こせるデバイスと考えればいい。

 

 完全黒体製の表面が僅かに熱を帯びたかのように仄か赤くなる。

 

 黒体放射。

 

 あらゆる波の放出を可能とするソレの動作が始まったのだ。

 そして、得物の根元から超精密な幾何学模様。

 

 殆ど単なる光の幕にしか見えない回路が高密度で表層に奔り出せば、事前に入力しておいたデータを読み込み、即座……コードを実行する。

 

 ミサイルより速かろうが、装甲がチタン合金だろうが、魔術で肉体のパフォーマンスが分子制御や運動エネルギー、熱エネルギーの制御で飛躍的に上昇していようが、関係など無い。

 

 根本的に生物とは脆い存在であり、銃弾一発だって死ねる時は死ねる。

 

(上手く作動してるようだな……適当な仕様の魔術をコレだけで再現するってのも楽でいいが、ヒルコにオプションコードとランチャーを組んでもらえたのがやっぱり大きい……)

 

 回路はそれのみで嘗てならば、大規模な機材が無ければ不可能だっただろう磁場を剣身の周囲に形成していく。

 

 魔術で行うよりも強固で強力なソレは吸気した空気を内部に取り込み、限界まで圧縮して激しい閃光を放つプラズマの封入器と化す。

 

 剣身の周囲に折り重ねるように何層も形成されたソレは明々と燃え始めたようにも見える芯と化した刃の周囲に輝く熱量の諸刃を極大化して顕現させた。

 

(プラズマカッターというよりはプラズマの封入剣(シーリング・ソード)か。大抵蒸発させられるが……名前、何がいいかな)

 

 地表まで200m程あったが、その輝剣は50m近くの異様を周囲に晒す。

 

 艶めく黒剣の黒体放射は赤からオレンジ色へと移り、あらゆる周辺事象に対しての波の支配……電磁波、音波、高周波……魔術コード込みとはいえ、如何なるエンジニアリングも必要なく莫大な出力を周辺に発生させていた。

 

 電磁的な干渉能力。

 

 これは剣の一面でしかない。

 電磁波のみならず。

 音や光にも介入するコレは正しく万能の力と言える。

 

 あらゆる波を出力する完全黒体とその出力と制御を高速で処理する回路の形成をモノポール入りのスピントロニクス・システムは刹那でやってのける。

 

 如何なる回路も生み出せるソレは一種、あの天海の階箸の表層部分を思わせて自在に過ぎた。

 

 レーダーにECM装置に電磁誘導にと大活躍。

 全天候型量子光学迷彩どころの話ではない。

 光や音を干渉範囲化において偏向し、出力し、消し去れるのだ。

 世界を幻影に沈める事すら出来る。

 

 素粒子単位からの管制制御が可能な魔術コード込みならば、五感全てを欺瞞可能。

 

 視覚、聴覚、触覚、は元より。

 

 生体カーボンナノチューブ製のスイッチング工具を魔術コードで相手の内部へ直接生成すれば、神経系への信号介入で脳へより直接的に触覚や嗅覚や味覚までも送り込める。

 

 相手の構成物質が完全に制御下ならば、工具すら必要なく神経系そのものや網膜に直接電気信号や神経伝達物質を生成、ブチ込んで現実に見せ掛けてもいい。

 

 それらが出来るだけの臨床心理学の心理誘導データや実証データなるものが、剣身がアクセスするアーカイブには存在していた。

 

 人間の五感情報に関するデータは天海の階箸や歴代の主上が研究していた神の屍のものをヒルコがぶっこ抜いて来たので雑で良いなら補正も可能。

 

 脳内情報を直接弄る事が出来ず、疑似科学での五感入力でしかそれを制御する術は無かったというのが嘗ての委員会での現実ではあったのだろうが、量子転写コードとそれを使った15世代にも及ぶ文明での莫大な脳内情報の観測データを元にしたアーカイブは正しく彼らが行おうとしていたもの全てを可能にする。

 

 このような情報は魔術込みの物質への完全制御下の生物に対してでなくとも、五感情報を通してなら、かなりの事が出来るという事実を導くのだ。

 

 正しく豆の国にあったあの胸糞悪いアレの完全上位互換バージョンだろう。

 

 原子変換、分子構築、スピン制御と量子テレポーテーションによる物質のほぼ完全な再現が可能なこの恒久界ならば、単に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのでも十分だ。

 

「まぁ、全部後でいいか」

 

 思考に陥りそうな脳裏を振り払い。

 実際、デカ過ぎる剣を握りしめた。

 

 数十m単位の範囲攻撃は普通の剣をこの体で振るのと大差無い速度でも可能。

 

 磁場で密封した空間内の物理量は周辺からの空気の流入と圧縮、プラズマ化が続く限り、限界無く上がっていき、放射線を気にしないなら、何処までも値を上昇させていくだろう。

 

 構造物が触れたら容赦なく溶かし切る熱量が連続して叩き込めれば、どんな化け物だろうが根本的な原理的防御が用いられない限り、倒せるはずだ。

 

 摂氏1万度以上の熱量とそれを閉じ込める磁場を受けて生存している生物なんて今のところ確認されていないし、居て欲しくも無い。

 

 磁場内部の熱量を運動エネルギーへと置換。

 

 要はスピン制御を基礎とした分子運動の完全制御が完璧に動作するなら、輝く剣そのものが巨大な核融合炉と熱と運動エネルギーを交換する潜水艦などにも使われていたスターリングエンジンを兼ねる状態であり、発電所と変わらない出力を約束する。

 

 という事で、そんな原理的に物理マシマシなファンタジーブレードで試し切りが開始される。

 

 剣の左右から後方に莫大な炎《エネルギー》が放出された。

 

(結構、速いな)

 

 圧倒的な大きさをものともしない加速は固体ロケット並みだ。

 噴射されたのは分子運動の一方向への噴流。

 それが即座、空気を急激に振動させ、加熱。

 

 青白い炎が噴き出したかと思えば、極端な熱の集中に……片手剣に引っ張られるよう肉体が敵目掛けてすっ飛んでいく。

 

 だが、その剣先はブレず。

 

 しっかりと観測した敵の電磁波を捕らえて切っ先が自動で補正。

 

 そうして凡そ4秒後。

 

 猛烈な速度ですれ違い様にその灰色掛かった装甲を纏う片翼が半ばまで断ち切られて、衝撃に弾け散る。

 

 こちらは突撃以外、何もしていない。

 相手は己の加速で避け切れず。

 

 こちらは人間の細胞構造的には即死する慣性に肉体が耐えただけである。

 

 炎を零しながら溶けて燃え上がる肉体。

 

 四足歩行の9m程の翼付蜥蜴が絶叫しながら空中で錐揉み落下していく。

 

 それを追って急速反転、刃の左からブースターよろしく出る炎で旋回しつつ、確認してから、また突っ込む。

 

 敵は痛みでそれどころではないし、こちらを見てもいない。

 

 あっさりと巨大な輝く剣身に頭部から胴体までも両断され―――相手が溶けながら、風船のように内部から爆発。

 

 紅蓮の小雨となって周囲に飛散した。

 フッとコードの実行終了と同時に剣から輝きが失せる。

 

「我が背には黒翼、我が躰は疾く駆ける」

 

 同時に落下するも背中に滑空用の黒い翼を生やす魔術と運動エネルギーの背後への放出魔術を脳裏で起動して、そのままキャンプ地に戻る。

 

 数分で空の旅を終えて、衝撃波に混ぜっ返された大地の一部に降りれば、周囲に女性陣と神様連中が集まってきた。

 

「負傷者は?」

 

 近寄ってきたエオナに訊ねる。

 

「いません。ですが、馬車が数台破壊されました。起すのに時間は掛かりませんが、散らばったものを集めますか?」

 

「いや、それよりも情報収集が先だ。ちょっとこっちに来い」

 

 他の連中に各自、私物を集めておくように言いながら、少し離れた場所でひっそりと話しを続ける。

 

「お前、邪神竜って知ってるか?」

 

「いえ、竜種ならば、それなりに知っていますが、聞いた事がありません」

 

「恐らくだが、唯一神の仕業だ。再構成される前の世界にいなかった種族が最初からいた事になってる」

 

「な?!」

 

 エオナが思わず固まる。

 

「再構成に含まれてなかった連中にその記憶は無いようだが、それ以外の連中にとっては最初から存在しているものという可能性が大きい。こういう再構成前との食い違いをお前には今から更にさっきの指示と同様に調べて欲しい。追加された種族や技術体系や敵になりそうな連中や新しい世界情勢、常識、歴史的な事実、魔王関連、それっぽいのは何でも集めてくれ。後、くれぐれもこの任務は再構成に巻き込まれた連中へは内密にな。無駄に正気を減らす必要も無いだろう」

 

「わ、分かりました。それにしても竜種がこんなところにいるなんて……」

 

「野良らしいな。邪神の竜ってくらいだから、ヤバいんだろう。オレは他の連中の様子を見てる。頼むぞ」

 

「りょ、了解しました。それにしても竜種……恐らく高階梯の存在をああも容易く……貴方の強さは本当に異次元ですね。今に始まった事ではありませんけど」

 

「単なる道具の性能だ。オレ自体は大したもんじゃない。使える奴が使えば、オレよりも強いさ。それにオレは自分がされたら嫌な事を他人にしないのが信条なんだ」

 

「その発言に色々と言いたい事はありますが、一応……謙遜として受け取っておきます。では」

 

「ああ」

 

 エオナが首を傾げてこちらを見守っていた仲間達の方へと戻っていく。

 

 それに付いて戻ったら、そこら中で衝撃波で散らばったものを魔王応援隊の誰もが集め始めていた。

 

 ひっくり返った馬車などの点検をしている者や幸い無傷だった馬(どうやら神様連中に守られたらしい)などを宥める者もいる。

 

 というところで見て回ろうとしたら、こちらに近付いて来たのはケーマルとお付きの二人。

 

 そして、ガルンと皇女ご一行だった。

 

「何だ? もう私物は拾えたのか?」

 

 その問に今や30代くらいになった妙齢の女ケーマルが頷く。

 

「ええ、魔術で色々と整理して無くなったものが無いかと確認しましたが、大丈夫でした。それで先程の邪神竜に付いてですが……恐らくは本国からの刺客ではないかと」

 

 その邪神竜云々に付いてまったく知らない自分が知っている前提で話が進んでも困るのでガルンに視線を向ける。

 

「ガルン。ちょっと確認したいんだが、邪神竜ってのは根本的にそういう事に使われるもんなのか?」

 

「セニカ様詳しいところは知らなかった?」

 

「ああ、そうだな。一度、全部の情報を()()()()しておきたい。そこらに座って、ちょっと話そう。フラウ達もいいか?」

 

「はい」

 

 コクリと頷いたウサ耳皇女様とヤクシャが付いてくるようだ。

 

 シィラだけはどうやら魔王応援隊の方に向かうようで頭を下げて離れていく。

 

「それにしても、先程の魔王極光輝炎斬(まおうきょっこうきえんざん)は見事でした」

 

「は?」

 

 ケーマルの呟きに何やら後ろの蜥蜴女が頷く。

 

「さすが魔王体系の術者と言うべきか。魔神剱《まじんけん》アイオーン……それから繰り出される戦技の数々……恐ろしい力だ……」

 

「え?」

 

 と、こちらが思わず呆気に取られている間にも今度は猫女がかなり悔しそうな顔となった。

 

「我らでは届かない。だが、ユニ様を守るのは我々だと覚えておいてもらおうか。魔王よ」

 

 その表情からしても自分は魔王体系とやらを修めた存在、になっているらしい。

 

「……魔王体系って何だっけ?」

 

「何言ってるの? セニカ様が過去の魔王の魂から継承した総合戦闘体系って自分で言ってたのに」

 

 ガルンが怪訝な顔となった。

 

「………」

 

 どうやら、そういう事のようだが、そのネーミングに思わず内心で渋くなる。

 

魔王爆裂咆哮斬(まおうばくれつほうこうざん)も凄く恰好良かったから、もうセニカ様の次の人形劇には今のも取り入れられると思う。」

 

「……さよか」

 

 言いたい事はあったが、本人達が大真面目な顔なので何とも言えなかった。

 

 それは偽の記憶ですと言ったところで通じるかどうかも怪しい。

 

 世界の全てを構成出来る出鱈目を前にしては過去の記憶や記録の証明なんて大抵不可能だ。

 

「あ、それと夜になったら、応援隊の人達が子作りしに来て欲しいって」

 

「ブッホ?!」

 

 思わずガルンの言葉に噴き出す。

 

 すると、月猫連中は微妙に視線を逸らして聞かなかった事にして、フラウはヤクシャと同時に頬を赤らめ、少しオドオドした様子でソワソワしていた。

 

「……さすがにちょっとTPOを弁えて欲しいんだが」

「てーぺーおー?」

 

「何でもない。とにかく、今日は何もしないし、するつもりもない。それより政治情勢とか政治ワールドの話をさせてくれ」

 

「そう? でも、魔王皇として立つ以上、フラウ様の子供達だけじゃ新皇家の発足も覚束無いし、これから親族を増やしていかないと議会制発布後の派閥創りも困ると思う」

 

「魔王皇……派閥……」

 

 顔が引き攣り始めたこちらに気付きもせず。

 

 ガルンが少しだけ小さくなったように身を縮めて、上目遣いというか。

 

 頬を微かに染めながら、おずおずとこちらを見やる。

 

「それに……魔王の暴力的な衝動を抑える為にも、した方がいい……でしょ?」

 

「―――」

 

 どういう設定になっているのかまだ全部は分からないが、どうやら此処に復讐鬼状態終了後の溌剌と魔王軍を動かしていたガルン・アニスはいないらしい。

 

「とりあえず、気持ちだけは受け取っておく。全部、終わってから色々と話そう。あの竜の事もある。しばらくそういうのは無しの方向で」

 

「わ、分かった…………残念(ボソ)

 

 最後の言葉は聞かなかった事にして、僅かどころではない渋さの内心を飲み下す。

 

 幸せそうな記憶だからこそ、それを偽物にしてしまう己は罪深いのかもしれず。

 

 だが、それよりも……許せない事があると知った事は良かったのかもしれず。

 

(ギュレン・ユークリッド。この借りは必ず返す)

 

 例え、世界が滅んでも、糾すべき事がある。

 例え、世界を滅ぼしても、守りたい人がいる。

 

(だから、オレはまた此処に誓おう)

 

 狂人と謗られようと。

 聖人と褒められようと。

 友人と求められようと。

 

(貴様を殴り飛ばすまで、オレが魔王だ。唯一神)

 

 少なからず。

 

 その好ましい少女達を玩具《オモチャ》にした報いだけはこの世界の創造主とやらに刻まれる事が決定した。

 

 それが人の生死を己の目的の為に翻弄した自分に言える事では無いのだとしても………。


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